イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

52 / 58
9: 強襲

 スレイン法国の神都を守る城壁から、少し離れた場所に古い砦跡があった。普段は誰も近寄ることのない場所だが、今は、多くの異形が集まっていた。

 

「あの女の話が正しければ、この場所のどこかに神都の中央部に通じる非常用通路があるはずよ。探しなさい」

 黒い鎧をまとったアルベドの命で、シモベたちが姿を消す。

 

 アルベドはそれを見送ると、茶色のローブをまとい、フードを目深にかぶった少女を従えて、かろうじて残っている砦の石の階段を一番上まで登った。

 崩れかけてはいるものの、アルベドにとっては、そんなことは何の障害にもならない。

 その場所からは、真夜中だというのに、煌々と輝く神都がよく見えた。

 

「ルベド、あなたはあれを見て何か感じる?」

 

 アルベドは自分の後ろでおとなしく立っている妹に声をかけた。

 ルベドは黙ったまま首を振った。

 フードからわずかに見える顔はかわいらしかったが、明らかに造り物めいている。

 アルベドは、自分の創造主が、ゴーレムに自然な顔を作るなんて難しすぎるとぼやいていたことを思い出した。

 

(この子の美しさがわからないなんて。所詮、あの男はその程度ってことだわ)

 

 腹立たしい記憶を振り払うと、アルベドは目の前に広がる巨大な都市を眺めた。

 事前に得た情報と照らし合わせて、今後の動きをシミュレートする。

 全ての可能性に対応できることを確信して、アルベドは微笑んだ。

 

 今回の作戦で、アルベドが陣頭指揮を取ることに、モモンガやデミウルゴスは反対していたが、アルベドは譲らなかった。

 そう。なにがあろうとも、他のものに任せるわけにはいかない。

 成功の暁には、モモンガとのハネムーンが待っているのだから。

 

「長かった。これまで何度も挑戦しては失敗してきたけれど、それももう終わり。モモンガ様の隣に、私が座る日がやってくるのよ。くふっ、くふふふふ!」

 

 夢にまで見た甘い生活のあれこれを思い浮かべ、ニンマリとしたアルベドを、ルベドは無表情に眺めている。

 

「ねぇ、ルベド。あなたも喜んでくれる?」

 

 姉に問われて、少しばかり戸惑うようにルベドは首を傾げたが、やがて小さく頷いた。

 

「ありがとう。あなたは本当にいい子ね」

 アルベドは愛おしそうにルベドの頭をなでた。

 

「統括殿、こちらでしたか」

 

 不意に、愛する人の声が聞こえ、アルベドは反射的にそちらを見た。

 そこには、いつの間にか、パンドラズ・アクターがモモンガの姿のままで立っていた。

 

「……いつから、そこにいたの? パンドラズ・アクター」

「今しがたです。それが何か?」

 

 ルベドと同じように小首をかしげ、大仰な素振りをするパンドラズ・アクターを見て、アルベドの美しい顔が歪んだ。

 

「悪いけど、アインズ様の御姿で、あまりふざけたことはしないでくれる? いくらアインズ様の被造物だからといっても、不敬にも程があるでしょ」

 

「あぁ、失礼しました。統括殿。決して、そのようなつもりはなかったのですが! それにアインズ様の御姿でなければ、私の作ったアンデッド達は上手く動きませんし」

「それはわかっているわよ。まぁ、仕方ないわ。今回の作戦を立てたのは、私だしね」

 

 アルベドは肩をすくめた。

 

「それで、どうだったの?」

「はい、上空から偵察した限り、例の女の情報はほぼ間違いないようですね。話に出てきた聖域という場所については、防御網が固く、流石に把握できませんでした。内部に潜入してから探す必要があるでしょう」

 

「それは想定内だから問題ないわ。最初からその予定で、こちらも編成を組んでいるし」

「流石はアインズ様の信頼厚い守護者統括殿。いつもながら、完璧です。それと、偵察してきた内容は、こちらに詳しく記しておきました」

 

 パンドラズ・アクターは恭しくお辞儀をすると、先程情報を書き足した資料をアルベドに手渡した。

 

「ありがとう。確認させてもらうわ」

 

 アルベドは素早く資料の内容に目を通すと、ちらりと目の前にいるパンドラズ・アクターを見た。

 

「ふーん、貴方はこの場所だと踏んだのね。根拠は?」

「宝物殿領域守護者としての勘ですね」

「勘? まぁ、いいけど。貴方がそう思う何かがあったということなのでしょう?」

 

「統括殿は察しがよろしくていらっしゃる。その周囲の警備が堅固なように見えたのもありますが、建物の形状的に、貴重なものを置くとすればそのあたりかと。少なくとも彼らにとって、重要な何かがあるのは間違いないと思います。ただし、それが目的の場所とは限りませんが」

「なるほどね。では、作戦の第一目標はこの場所に設定しましょう。ルベド、あなたもこの場所を覚えてちょうだい」

 

 アルベドはルベドに資料を手渡し、ルベドは黙ってそれを受け取った。

 

「それで、作戦の決行は? すぐに動くのですか?」

「ちょっと待ってちょうだい。まだ地下道の入口が……」

 

 その時、アルベドの影から、影の悪魔が一体姿を現し、何事かを囁いた。

 

「……そう。素晴らしいわ。では、すぐに待機中のシモベに、集合するよう伝えなさい。これより三十分後に作戦を開始します。パンドラズ・アクター、ルベド、よろしく頼むわね」

 

「畏まりました!」

 パンドラズ・アクターはふわりとマントを翻し、ルベドは黙って頷いた。

 

 

----

 

 

 石造りの美しい聖堂の一室では、カチャカチャという小さな音だけが鳴り響いている。

 

 大きなドーム状になっている部屋の壁面に作られた数多くの壁龕(へきがん)には様々な品々が美しく飾られており、部屋の一番奥には六体の彫像が置かれていた。そのうち数体は見事な意匠の武装を身につけている。

 どれも希少なマジックアイテムであり、スレイン法国の神の遺産そのものだった。

 

 だが、部屋の中央部に座り込んで、一心に手元の玩具に熱中している少女にとっては、そこに保管されている品々など、興味が引かれるものではなかった。

 単なる武装などつまらない。どうせなら、その武装をまとって、自分と互角に戦える戦士とかなら良かったのに。

 

 外見は少女だったが、漆黒聖典番外席次『絶死絶命』は、既に長いこと生きていた。

 

 自分が生を受けた過程に様々な思惑が絡んでいたことは知っているし、その結果として強大な力を手に入れることになったが、周囲の者たちが思っているほど、関心もこだわりもない。

 自分はもはや、父や母を超越した存在になっているのは間違いないし、今後、自分を超える存在が現れることだって、ほぼありえないと思っている。

 

 ただ、最近の彼女は妙にわくわくしたものを感じていた。

 

 ――絶対に神官長達は、私に隠し事をしている。

 

 いくら、神殿の最奥から外に出ることがなくとも、噂話が全く耳に入ってこないわけではない。その名が密かに囁かれるのを、番外席次は何度も耳にしてきた。

 

(アインズ・ウール・ゴウン魔導王、か……。問いただしてみたものの、あの隊長ですら怯えているようだったな)

 

 強大な魔法を行使し、数多くの人間や亜人を滅ぼす、法国の神々にも匹敵する力を持つという存在。少なくとも、以前、話を聞いた吸血鬼などとは比べものにならないくらい、強いことだろう。

 

(どうやれば、魔導王と戦うことが出来る? 神官達が反対するのは間違いない。いっそ、ここを密かに抜け出して、魔導王の元へ行けばいい?)

 

 自分がその気になりさえすれば、それを止められるものは、この国にはいない。

 

 唯一の例外と言える存在がいないわけではないが、彼が現世のことに口出しすることはまずない。彼が関心を示すのは自分自身の神のことだけで、普段は地下深い墓所にこもったまま、表に姿を現すこと自体、稀なのだから。

 

 ただ、一つだけ大きな問題があった。

 

(万一、私がそうしようとすれば、連中は間違いなくアレを使って止めようとするよね)

 

 法国でも屈指の至宝。神の力が込められた神具。

 

 さすがに、アレを使われて、自分の意思を持たない傀儡にされるのだけは嫌だった。

 

(一番いいのは、魔導王がここまで攻め込んで来てくれることなんだけど。そういう可能性もないわけじゃない?)

 

 番外席次は、六体の像のうち、恐ろしいアンデッドの姿をかたどった像を見つめた。

 魔導王は、スルシャーナと酷似したアンデッドだと聞く。

 

 法国に伝えられている伝承によれば、スルシャーナはかなりの力を持つ魔法詠唱者だったらしい。

 だとすれば、魔導王も相当な力を持つ魔法詠唱者なのに違いない。

 

 その彼に立ち向かい、得意の獲物である自分の戦鎌を、その首に押し当てる。

 いや、むしろ、魔導王の強大な魔法で自分がねじ伏せられることになるかもしれない。

 

 勝利するとしても、これまでの敵よりは、よほど楽しませてくれるだろうし、敗北したら、その魔導王とやらに、この身体をくれてやってもいい。

 

 もしかしたら、自分も初めて男を知ることになるかもしれないと思うと、それだけで、なんとなく心がそわそわした。

 

 実際、このところ、番外席次はそういう妄想で頭がいっぱいだった。

 

 だが、小国とはいえ、相手が一国の王である以上、そうそう簡単に直接戦う機会など訪れないだろう。そのくらいの知識や常識は、外を自由に出歩くことができない自分でも、さすがに持ち合わせている。

 

 時折回ってくる報告書など、ろくに読んではいないが、神官たちは、魔導国のことになるとひどく慎重な対応をしているし、今はまだ、法国が魔導国とことを構える準備ができていないのも、見ていればわかることだ。

 

 周辺諸国に共闘の打診などはしたようだが、あまり芳しい返事は得られていないと第一席次もこぼしていた。

 

 法国が慎重に根回ししようとしている間に、魔導国は周辺諸国を友好的に取り込んでいっている。このままでは、最悪、スレイン法国が孤立しかねないと。

 

(まぁ、もうそうなってるのかもしれないけど。彼らは私に本当のことなど教えてくれようとはしない。でも、そうなれば、逆に魔導王と戦うチャンスが訪れるかもしれないよね? どのみち、スレイン法国は魔導国と手を組むなんてできっこないんだから)

 

 はぁ、と大きなため息を漏らすと、番外席次は、再び手に持ったままのルビクキューの攻略に熱中しようとした。次の瞬間、妙なことに気がついた。

 

 ――あまりにも、静かすぎる。

 

 自分の持ち場であるはずの場所で、番外席次はゆっくりと身体を起こした。

 

 普段なら、例え聖殿の奥深くとはいえ、定期的に警吏が歩く音もするし、密かな話し声も聞こえる。この奥まった場所であれば、通常の人間なら聞こえないレベルの些細な雑音だ。しかし、番外席次は、エルフである父親譲りの鋭敏な聴覚を持っていた。

 

 だからこそ、この静けさに強い違和感を感じ、より一層周囲の様子に注意を払ったが、やはり物音一つ感じられない。

 

 何らかの異常事態が起きている。番外席次はそう判断した。

 

「何事かしら?」

 

 呟いてみるが、返事をするものはいない。

 そもそも、有事であれば、漆黒聖典の誰かが自分に連絡の一つもよこすはずだが、誰かが来る様子もない。

 

「まさか……、敵襲?」

 

 先程まで魔導王との戦いを妄想していたとはいえ、誰かがこんなところまで攻め込んでくるなんてありえない。

 最も警戒の厳しいこの部屋に至るまでには、スレイン法国の精鋭部隊の目を掻い潜って、もしくは、それを殲滅しなければ、やってくることなどできないのだから。

 

 しかし、敵襲、と思い切って口に出してみると、戦いの予感で、自然と頬が緩むのを感じる。

 

 自分がこの国の宝を守る任務に着いてもう長いことたつが、誰一人としてここまで侵入してくるものはいなかった。

 なにしろ、ここは神都の中枢である神殿の最奥部。

 侵入を試みる愚か者は、ここに辿り着く前に死ぬのが普通なのだから。

 

 だんだん、何のために自分がここにいるのか、わからなくなった。

 神官たちが皆揃って自分を崇め、大切にしてくれていることは知っている。

 しかし、番外席次がこの場所を離れることを許してくれることはなかった。

 

 戦いの訓練だって、最後にしたのがいつなのかすら、覚えていない。

 なにしろ、幼い頃、自分に戦い方を教えてくれたものたちは、あっという間に自分よりも弱くなってしまった。

 そして、自分が強くなってから、自分よりも強いものが新たに現れることはなかった。

 

(隊長には、少しだけ期待してたのだけれど……)

 

 とりわけ神の力を色濃く受け継いだはずの彼ですら、彼女の敵ではなかった。

 それでも、たまにからかってみたい気分になるのは彼だけだったが。

 

 退屈だった。

 何もかもがつまらなかった。

 だからこそ、自分の目の前に立ち向かうべき敵が現れる、ということが大事だった。

 

(ふふ。どうせなら魔導王なら良かったんだけど、流石にそれはないよね)

 

 少しばかり残念には思う。

 まぁ、いい。とりあえず、めったにないお楽しみを、ふいにしたくはない。

 

 番外席次はつややかに光る唇を舌で舐め、手にしていたルビクキューを放り投げると、傍らに置いてあった十字槍にも似た戦鎌を手に取った。

 

「どうせ、ここまで来るんだろうから、ここで待っていてもいいんだけど……」

 

 数百年前から存在していると言われる『聖域』。

 この地こそが六大神が降臨した場所だと言われている。

 ここを賊に汚されることなどあってはならないし、神宝が賊に奪われるなどもってのほかだ。

 

 だが、番外席次にとって大切なことは唯一つ。

 侵入者が自分を打ち負かせることが出来るほどの強者なのか、ということだけだ。

 そうこうしているうちに、敵は恐らく聖殿の心臓部であるこの場所へと近づいてきているに違いない。

 音は全く聞こえないが、番外席次の直感がそう告げていた。

 

 恐らく、魔法的なジャミングを張り巡らして、音がもれないようにしているのだろう。

 巨大な神殿の内部で、それだけの魔法を行使できるとすれば、明らかに侮ることができない相手だ。

 

「やっぱり、せっかくのお客様だもの。お出迎えしたほうがいいよね。ここを離れたら、あの石頭たちは怒るかもしれないけど、そんなの知ったことじゃない」

 

 果たして敵はどんな連中なのか。数十年ぶりに感じる興奮で胸が満ちる。

 手にした鎌をくるくると回し、自分の手さばきに満足すると、番外席次は薄い笑いを浮かべ、扉の外へと飛び出した。

 

 

----

 

 

 女からの情報通り、古い砦跡からは、神都の中心部へ通じる古い通路が存在していた。元々は下水道として作られたものだったようだが、都市の再設計の折に砦が放棄され、その際にこの場所も使われなくなったらしい。

 

 悪臭を伴う水はまだ通路のところどころに溜まっているものの、歩行の邪魔になるほどでもない。ところどころ壁が崩れた箇所もある。しかしながら、なるべく余計な揉め事を起こさずに行動するという、当初の目的を達成するには十分な代物だった。

 

(何が起こってもいいように、万全の計画を立てたつもりだったけど、思いのほかあっけなかったわね)

 

 既にドリームチームは、作戦の目的地である、大神殿内部に予定通り展開していた。

 

 今回は情報収集及び、希少アイテムの回収が目的だ。現時点ではまだ魔導国が動いていることを法国に察知されてはいけない。

 それはモモンガにも重々釘を刺されている。

 だからこそ、隠密に優れたシモベを駆使し、被害は最小限に抑えている。

 

『万一、ぷれいやー、もしくはそれに準じる存在と接触した場合は、可能なら捕縛してナザリックに連行、危険を感じたら無理せず即時撤収するように』

 

 アルベドとしても、そのモモンガの方針に否やを唱えるつもりはない。

 愛する旦那様の意向は、妻として大切にすべきことだからだ。

 

 しかし、今のところ、それらしい存在とは遭遇したという情報は入っていない。

 アルベドは、自分の傍らにいる妹をちらりとみやった。

 

(まぁ、何かあっても、この子がいれば遅れを取ることなど、そうそうないはず)

 

 アルベドは敵の排除を終えた通路を、なるべく音を立てないように歩む。

 といっても、既にパンドラズ・アクターがアイテムでジャミングを張り巡らしているはずだから、相手には音は聞こえないはずだ。

 

 神殿内は厳かな雰囲気が漂い、そこかしこに意匠を凝らしているものの、ナザリックの第九階層の神域には到底及ぶものではない。ここを造ったのがぷれいやーだとしても、少なくともナザリックを創り上げた至高の存在よりは、数段劣っているのだろう。

 

 パンドラズ・アクターの想定が正しければ、この先に例のアイテムが安置されているはずの宝物庫があるはずだ。

 

(もし、ここに存在すれば、シャルティアを洗脳したのは間違いなくスレイン法国ということになるわね。そうなれば、モモンガ様は容赦なくこの国を滅ぼされるはず)

 

 そう、少なくともその事実をモモンガが耳にすれば。

 

 アルベドは、モモンガを裏切るような、そんな後ろ暗い気持ちに駆られる。しかし、これはモモンガを裏切る行動ではない。

 モモンガを真なるナザリックの最高支配者とし、そして、後顧の憂いを断ち切るためには必要なことなのだから。

 

(二度とあの愚か者たちに、モモンガ様の御心を乱させないためにも。モモンガ様にあの時のような悲痛な思いを二度と味合わせないためにも。私はこの計画をやり遂げなければいけない。私はモモンガ様の盾。モモンガ様を護るために存在するもの。モモンガ様の御為になら、私は……何を犠牲にしても構わない)

 

 アルベドは空間からバルディッシュを取り出し、その手に握った。

 

「この先のはずだけど、シモベからの連絡が遅いわね。何かあったのかしら?」

 

 〈永続光〉で照らされた神殿の通路は妙に静まり返っている。いくら、物音を立てないように襲撃をしているとはいえ、おかしなことだ。

 アルベドは足を止めると、通路の先を眺めた。

 

「シモベって、こいつらのこと?」

 

 耳慣れない女の声がして、白と黒の髪をした少女が数メートル先に突然飛び降りてきた。片手には戦槍を、もう片手には影の悪魔の死体を引きずっており、それをアルベドの目の前に放り投げる。

 

「あら、わざわざ連れてきてくださったの? ご親切にありがとうございます」

「どういたしまして。邪魔だったから殺しちゃったけど、構わないよね?」

「そうね、役に立たなかったのだから、仕方ないわ」

 

 落ち着いて涼やかに答えるアルベドを見て、楽しそうに番外席次は笑った。

 

「ふふ。貴女、とっても強そう。もしかしたら、私と同じくらい? ねぇ……私と戦ってみない?」

「そういう貴女も、なかなか強そうね。もしかしたら、貴女が先祖返りをしたという方かしら?」

「ふぅん……、どこからその話を聞いたの? ここのお偉方以外には知ってるものなどほとんどいないはずだけど」

「このくらいの情報は、私には簡単に手に入れられるのよ」

「そっか。ずいぶん、自信があるんだ? だったら、遠慮なんていらないね。――私を……楽しませてよ!!」

 

 急に人が変わったかのように、番外席次は殺気立つと、軽やかに跳躍し〈時間停止〉を発動させた。

 

 これさえ使えば、これまでどんな相手だって馬鹿みたいに動きを止め、気がついたときには自分の戦槍を首元に押し当てられることになるのだ。しかし、黒い鎧を着た女は何の影響も受けたように見えず、自分に向かって禍々しい黒のバルディッシュを振るう。

 

 小さく舌打ちをした番外席次はそれを軽く飛び退けると、すかさず戦槍をアルベドに叩き込んだ。が、アルベドは余裕で使い慣れたバルディッシュで受け流した。

 

「やるじゃないの。はじめてよ。この呪文が効かなかったのは」

「このくらい大したことではないわ。対策していて当然ですもの」

 

 番外席次は唇を舐めると、アルベドを睨めつけるが、アルベドは意にも介さない様子で、バルディッシュをしっかりと握り直す。

 

「煽るのも無駄なんだ? いいわね」

 

 にやりと笑って体勢を整えた番外席次は、アルベドの手元を狙って素早く突きを繰り返し、アルベドはそれに負けじと払いのける。

 

 アルベドは、嬉々として自分に攻撃を仕掛けてくる相手の攻撃を冷静に受けつつ、敵の戦闘パターンを分析する。

 

(言うだけのことはあるわね。私達、守護者と同程度かしら。だとすると、私では打たれ負けるかもしれない。このアイテムの力を開放すれば装備を打ち砕くことは出来るだろうけど、アインズ様からは極力それは避けるように言われている。できれば、装備ごと確保したいところね。そのためには……)

 

 多分、レベルは百相当。非常に素早く狙いも確実。かなり手強い相手であることは間違いない。

 

 更に数合、アルベドは自分のタンクとしての持ち味を活かしながら、素早い動きで鎌を繰り出す番外席次をいなし続けた。

 

「なぁに? 攻撃してこないの? 受けてるだけじゃ、私に勝てないよ?」

「それはどうかしらね」

 

 確かに動きは素早いし、狙いは正確。でも、手筋が単調?

 

 アルベドは、番外席次が次々と繰り出す攻撃を受け止めつつ、モモンガにバルディッシュの使い方を指南した時のことを思い出していた。

 

 モモンガは専業戦士ではないから、戦士としてのレベルはアルベドよりも遥かに低い。

 しかしながら、武器の使い方に一旦習熟すると、思いも寄らないフェイントや多彩な攻撃を仕掛けてきた。

 

 もちろん、それでもアルベドの敵ではなかったが、鋭い一撃を入れられそうになったことは何度もある。主はアルベドの戦い方を褒め称えていたが、アルベドはあの手合わせで主に勝った気分にはなれなかった。もしも、モモンガが完璧な戦士だったら、負けていただろうことを感じて。

 

 アルベドは密かにルベドに後ろに回るように命令を出すと、少しずつ番外席次に押され負けしている風を装った。

 バルディッシュは槍に弾かれ、アルベドは若干体勢を崩す。

 それを見て取ったのか、番外席次はニヤリと笑う。

 

「やっぱり、貴女も私の敵じゃなかったみたい。まぁ、少しは楽しかったけど、そろそろ飽きてきた。これで終わりにする。――サヨナラ!」

 

 残念そうな声とともに再び高く跳躍すると、アルベド目掛けて鋭い一撃を放とうとした。

 が、なぜか槍が途中でびくとも動かなくなる。

 

「なっ!?」

 

 慌てた番外席次のすぐ後ろには、ローブを纏った赤い瞳の少女が無表情で槍を抑えている。槍は巨大な岩に挟み込まれたかのようで、どうあがいても動かすことはできない。次の瞬間、アルベドは番外席次に体当たりで、その場に転がすと、押さえつけた。

 

「は、放せ!」

 

 暴れる番外席次にアルベドは馬乗りになると、平然と手足を抑え込んだ。

 

「ふふ、どうせなら、こういうことは愛しの君としたいところだけど、贅沢は言えないわね。ルベド、その武器は回収しておいて頂戴」

 

 ルベドは黙って頷くと、槍を自分の武器のように握りしめた。

 

「二人がかりなんて卑怯! 一対一じゃないと敗北の意味がない!」

「あらそう? 別に私一人でも、貴女になんて勝てたわよ。なるべく傷をつけずに生け捕りにしたかっただけで」

「な……、私はこんな形での敗北を望んでいたんじゃない! 私は……!」

「悪いけど、貴女の意向なんてどうでもいいの。私にとって大切なものは、この世にたった一つしかないんですもの」

 

 ようやく事態が飲み込めてきたのか、青くなって叫ぶ番外席次に、アルベドは冷たく言い放った。 

 

「統括殿、お見事です」

 

 わざとらしい拍手の音が響く。

 アルベドは面倒くさそうに、振り返った。

 

 そこには、モモンガの姿をしたパンドラズ・アクターが立っていた。

 

 押さえつけられていた番外席次は、なんとかアルベドを振り払おうと力の限り抵抗したが、新たに現れたパンドラズ・アクターの姿が一瞬目に入り、その姿に釘付けになった。

 

「……え? どういうこと? スルシャーナ様が御帰還になられた? それとも……まさか、魔導王!?」

「残念ながら、どちらも不正解です」

 

 パンドラズ・アクターは番外席次を冷たく見やると、アルベドに向かって大仰にお辞儀をした。

 

「遅かったわね、パンドラズ・アクター。悪いけど、この女を拘束してくれる?」

「畏まりました。それでは、失礼して」

 

 パンドラズ・アクターが空間から取り出したマジックアイテムを起動すると、それは網状に広がって番外席次を完全に拘束した。

 

「何をする! こんなもので私を拘束できるとでも思っているの!?」

「逃げられるのなら試してみるといいですよ、お嬢さん」

 

 憎々しげにパンドラズ・アクターをにらみつけ、しばらく網と格闘していた番外席次も、やがてアイテムの効力のためか完全に動かなくなった。

 

「ようやくおとなしくなりましたね。統括殿、お疲れさまでした。これで当座は大丈夫でしょう」

「こちらこそありがとう、パンドラズ・アクター。なかなか利用価値がありそうな娘だから、早速、氷結牢獄にでも送ることにしましょう」

 

 アルベドはゆっくりと立ち上がると、パンドラズ・アクターの手元にあるアイテムを興味深そうに見た。

 

「それ、なかなか便利なマジックアイテムね。私にも一つくれない?」

「……申し訳ありませんが、お断りします。嫌な予感がしますので」

「あら、失礼ね。まぁ、いいわ」

 

 アルベドは不敵な笑みを浮かべると、拘束されて床に転がっている番外席次を見下ろした。

 

「随分変わった髪の色をしているわね。エルフと人間の混血だから? それとも他の血も入っているのかしら。両方の瞳の色が異なるのは、あの男が言う通り、エルフの王族の血筋の証とやらなのかもしれないけれど。ともかく、今はあまり時間もないことだし、詳しく調べるのは後にしましょう。それで、他の場所の状況は?」

 

「全て対処済みです。残りは例の場所だけかと」

「そう。それじゃ、行きましょうか。ルベド、その女も連れてきてくれる?」

 

 




zzzz様、誤字報告ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。