デミウルゴスは、竜王国から若干離れた地に新たに作った牧場を見て回っていた。
牧場と呼んではいるが、正しくは都市型の実験施設であり、聖王国で作っていたものとは雰囲気も趣もかなり異なっている。
大小様々な建物が整然と並んでいる都市の周囲には、堅牢な石造りの壁が築かれている。
一見すれば、多少、物々しい雰囲気はあるものの、一般的な小規模都市のように見えることだろう。
ただし、窓がついている建物はほとんどなく、敷石で整備された通りを歩く人影を見かけることもない。
なにしろ、ここで行っている実験の主たる目的は、デミウルゴスにとっての悲願でもある異種族間での交配方法の確立であり、そのために必要な薬品やアイテムの開発も同時に行っている。聖王国で収集した数々のデータも踏まえて、より踏み込んだ実験を行っていたものの、今までのところ、かんばしい結果は出ていない。ただ、どれも、決して外部に知られてはならない重要な研究であることに変わりはない。
だから、この都市の周辺には、デミウルゴスが構築した厳重な警戒網がはられており、この街に安易に立ち入れるものは、基本的に存在しない。
デミウルゴスは若干憂いを帯びた表情で、この都市の中でも一番大きな建物であり、自らの執務室と実験棟を兼ねた場所へと向かった。
出迎えた魔将にしばらく人払いをするように命じて、部屋の中に入る。
デミウルゴスの執務室は比較的シンプルな作りで、質の良い骨で作られた手製の執務机と椅子、それに資料を整理する棚があるだけだ。それでも、部屋の最も奥まった壁には、アインズ・ウール・ゴウンの旗が掲げられ、アインズの精巧な像が置かれている。
部屋に入ったデミウルゴスは、最初に、その像の前で恭しく一礼をして、偉大なる主への敬意と忠誠を示すと、それから、自分の執務机の椅子に優雅に腰を下ろした。
「ふむ。アルベドからの提案は悪くない。うまくいけば、かなりの効果が期待できることでしょう」
懐から小さな小瓶を取り出して眺める。
なんということのない白い粉末ではあるが、デミウルゴスにとっては、非常に興味深い代物だった。
法国で行っていたという実験結果、それに関するパンドラズ・アクターの分析結果などがまとめられた資料を空間から取り出すと、書類に丁寧に目を通していく。
生物の劣情を刺激する薬が存在する、ということはデミウルゴスも知っている。
サキュバスの持つ特殊能力にも同様の効果があるし、ナザリックには、そういった効果のある体液を持つシモベも存在するからだ。
もっとも、今のところ、この世界にはデミウルゴスが欲しているレベルのものは存在していない。
人間の娼館などで使われているものを試してみたが、品質が悪く、必要な効果が得られないものばかりだった。
ナザリックの五大最悪の一人であるシモベの体液を元に、薬液の作成実験も行ってみた。
しかし、人間種や亜人種では使用された側が高確率で発狂し、異形種の場合ですら、長期に渡って薬の作用が持続し、最終的には性欲を断ち切ることが困難になってしまうケースが多いという散々な結果だった。
とてもではないが、デミウルゴスが崇拝する御方に献上できるような代物ではない。
いささか潔癖すぎるところもある主の姿を思い出し、デミウルゴスは苦笑いした。
(効果が高すぎても低すぎてもよろしくない。なかなか加減が難しいものですね。もっとも、あの体液は使用されたものを廃人にするためのものとも聞いていますから、至高の御方々の狙い通りの効果なのでしょうが)
しかし、ベースとして使用するのが、亜人種などを興奮させる薬効のある麻薬であれば、原料としては申し分ない品かもしれない。
しかも、ここにあるものは、法国で入手した薬品を、パンドラズ・アクターが解析し、更に強化が施された代物だ。
アルベドは、パンドラズ・アクターの知識と自分の研究結果を融合させれば、より効果的なものができるだろうと考えているのだ。
(種族の壁というのは案外厚いもの。聖王国での実験でもそれは明らかでした。世界にそのような理が存在するのか、それとも、種族の防衛本能なのか? 他種族との交わりに対する忌避反応は思いのほか強い。悪魔にとっては、あまり理解できない感覚です。セバスとツアレのように、異形種と人間種が自主的につがいになるのは、むしろかなりの少数派と考えるべきでしょう。いくら、我々が不死に近いとはいえ、いつ何が起こるかわからない以上、そんな偶然を、のんびり待つわけにはいきません)
その巨大な垣根を、ただの薬物で超えることができるようになれば、実験は大いにはかどることだろう。
これまでは、ほぼ不可能だと考えざるを得なかった、アンデッドと他種族との交配すら可能になるかもしれない。もしかしたら、性的な行為に全く興味を持たないように見える主にも、多少なりとも効果があるかもしれないのだ。
(とりあえずは、この薬がどの程度の効果があるのかを確認しなければ。最初は下等な生物同士で試すにしても、ある程度の結果が出せるように改良できれば、いずれは、他の守護者たちの協力も仰いでみてもいいかもしれません。最終的には、アインズ様も懸念されているナザリックの戦力強化にも繋がりますし。ただ、その場合は、アインズ様のご許可も必要になるでしょう)
ふと、デミウルゴスは、ゲヘナで使用した悪魔像を空間から取り出した。
アインズから下賜された創造主ウルベルトが遺した像。
この像は、二重の意味でデミウルゴスにとって神聖なものだった。
至高の四十一人のまとめ役であったアインズや、他の至高の御方々にも等しく仕える身ではあるが、真に自分の全てを支配しているのはウルベルト・アレイン・オードルだけだ。
しかし――
何年も前に第七階層にあるデミウルゴスの部屋で、ウルベルトが口にしたセリフを思い出し、デミウルゴスは苦い顔をした。
もう遥か昔のことのように感じられるが、たとえ何千年が経とうとも、自らの創造主から賜った御言葉を忘れることなどありえない。
だからこそ、デミウルゴスにはわかっていた。
あの時、ウルベルトが告げた言葉は真実であり、ウルベルトはデミウルゴスには手の届かない地で行われている聖戦へと赴き、二度とナザリックの地を踏むことはないのだと。
(ウルベルト様……。私には『りある』で戦っておられるウルベルト様をお助けすることは出来ません。そのかわり、例え、この身が朽ちようとも、ウルベルト様が愛したナザリック地下大墳墓を守り、唯一絶対の支配者であるアインズ様にお仕えすることを誓います)
「最後まで残られたアインズ様の慈悲に報いるためにも、より一層の忠誠を示さなければ。そう。至高の御方であれば誰でもいいわけではない。あの叡智にあふれる御方こそが、忠義を尽くすに最もふさわしい」
デミウルゴスは、この薬を渡しに来たときのアルベドを思い出した。
慈母のような微笑を絶やさない彼女ではあるが、いつもとは違う笑みを、ほんの一瞬浮かべたのだ。もちろん、すぐに、何事もなかったかのように普段の態度に戻ったが。
あの時は、これまで何度となく主に手を出そうとして失敗している彼女のことだから、この薬がアルベド自身にとっても望ましい効果を発揮するものになることを期待していたからだろうと、特に深くは追求しなかった。
アインズの側近くに控え、ひたすら忠義を尽くしている守護者統括。
その忠誠心に偽りはないだろう。
彼女が主をこの上なく愛していることも。
しかし、デミウルゴスは、アルベドを完全に信じ切ることができないでいた。
あのシャルティアとの生死をかけた戦いのときに、アインズをたった一人で送り出してしまったからか。
ナザリックの防衛指揮官である自分には内緒で、高戦力の遊撃隊をアインズから与えられていたからか。
それとも、聖王国の作戦のときに、アルベドが口走ったセリフのせいなのか。
『あなたはウルベルト・アレイン・オードル――様に対しても同じことがいえるのかしら?』
創造主ウルベルトの死。
例えそれが仮定であったとしても、デミウルゴスは気が狂いそうになるような焦燥感を感じる。デミウルゴスには、ナザリックの全守護者の中で、自分こそがもっとも冷静に物事を判断できるという自負があったが、その自分でさえ、創造主の死を前にして、平静でいられる自信はなかった。
だが、あの時、アインズが死ぬと口に出した時も、ほぼそれに近い衝撃をデミウルゴスは受けた。
この世界に来たばかりの頃の自分なら、もっと不遜な考えを抱いたかもしれない。だが、今はもう違う。自分よりも遥か先を進み、道を指し示して、より高みを見せてくれる、そんな主は、ただお一方のみ。
動揺を押し殺し、あくまでも平静を装ったのは、主の御前だったからこそ。
それに、あのようなことを主が自ら口にされたということは、御方の千歩先を見通したお考えに、またしても、自分は到達できなかったということ。
そのような場で、うろたえるなど失態の上塗りになるだけだ。
アルベドにはそれがわからないのだろうか。
それとも――
(あのときのアルベドは、いつもよりも攻撃的だった。確かにアルベドは多少私情に走るところはあっても、あそこまで感情をあらわにすることは普段ならない。それだけアインズ様のお言葉がショックだったのかもしれないが、本当にそれだけなのだろうか?)
アルベドの言葉の端々に現れていた僅かな手がかりを拾い集め、デミウルゴスは考えにふけった。
しかし、自分と同等の頭脳を持つ相手。そうそう簡単には、裏など読ませないだろう。
(できれば、近いうちにパンドラズ・アクターに接触した方がよさそうですね。少なくとも、彼ならアインズ様に対する害意は持ち得ない。それに、立場上、アルベドの副官でもある。もしかしたら、私では掴んでいないアルベドの真意について、何か知っているかもしれません)
その時、部屋の外で何やら騒ぎが持ち上がったようだ。複数の魔将が誰かと話している声が聞こえる。
少しして、部屋に近づくコツコツという足音とともに、唐突に執務室の扉が開く大きな音が響いた。
「誰です!? しばらく誰も中に入らないように命じたはずですが? 即刻、ここから出ていきなさい」
書類から目を上げずに、デミウルゴスはイライラした声を上げた。
「随分な挨拶だな、デミウルゴス。この俺のことを忘れたのか?」
その声を聞いた途端、反射的にデミウルゴスは書類を机の上に置くと、慌てて立ち上がった。
あまりの衝撃で、手に持っていた試薬の瓶を取り落し、それが床でカシャンと音を立て、少しばかり、独特の癖のある匂いが漂う。
貴重な薬を無駄にしてしまうなど、ナザリックのシモベとしてはあるまじき失態だ。
ナザリックに属する全ての財は、御方のものなのだから。
しかし、今のデミウルゴスにはそれを気にかける余裕はなかった。
目の前の光景から受ける衝撃に、心が完全に囚われて。
胸の鼓動は、部屋の入口に立っている相手にも、聞こえるのではないかと思うくらい激しくなり、気分がどうしようもないほど高揚している。
(まさか……、まさか、再び相まみえることなどないと……)
デミウルゴスの目から一粒の涙が流れた。
それは、二度と耳にすることがあるはずもないと思っていた自らの創造主だった。
「ウルベルト様!」
「元気そうで何よりだ。随分、激務だそうだが」
ウルベルトはゆっくりと部屋の中に入り、後ろに向かって軽く振り向くと、パチリと指を鳴らした。
「扉を閉めろ。それから、しばらくの間、この部屋には誰も近寄るな」
「か、畏まりました! ウルベルト様」
集まっていた魔将たちやシモベは頭を伏したまま返事をすると、そのまま、恭しく下がっていく。執務室の扉は静かに閉まった。
その様子を若干皮肉そうな目つきで見ていたウルベルトは、少し見下すように鼻を鳴らし、再び、デミウルゴスに向き直った。
「本当に久しぶりだな、デミウルゴス」
とっさにデミウルゴスはその場に跪き、深々と頭を下げた。
普段冷静さを欠くことのない自分が、どうしようもない混乱状態にあることは理解していた。
自らの創造主が帰還されたのだ。シモベとして、これ以上喜ばしいことはない。
ウルベルトの視線を受け、名を呼ばれただけで、デミウルゴスの体の中にぞくりとした喜びが走る。
アインズに対するものとは明らかに異なる……感覚。
それなのに、そんなはずはない、という気持ちもどこかに残っているのだ。
(創造主を疑うなど万死に値する。私ともあろうものが、一体何を考えている?)
「顔を上げろ、デミウルゴス」
デミウルゴスは、床のギリギリのところまで下げていた頭をあげた。
「眼鏡を外せ」
普段は外すことのない眼鏡を、デミウルゴスは素直に外した。
薄青色の宝石の瞳が陽の光できらめく。
ウルベルトは、ほぅ、とため息を漏らした。
「なるほど。やはり、お前は完璧だ。非の打ち所のない容姿、卓越なる頭脳、仕えるものに相応しい振る舞い。デミウルゴス、お前は俺の美学の結晶だ」
その言葉はあまりにも甘美だった。
創造主を満足させることができるのは、被造物にとって、最上の喜びなのだから。
デミウルゴスの心は歓喜であふれた。
「ありがとうございます、ウルベルト様」
そう。同じ至高の存在といえど、アインズとは違う。
何故か少しばかり心に引っかかりを覚えたが、もはや、それはあまり気にならなかった。
「別に礼などいう必要はない。……ところで、デミウルゴス。どうして俺がここに姿を現したのかわかるか?」
「ナザリックにお戻りくださるためではないのでしょうか?」
それを聞いたウルベルトは、いささか呆れたように肩をすくめた。
その若干芝居がかった動作は、りあるに去る前のウルベルトそのものだった。
(ウルベルト様は一体何をお考えなのか?)
正直、このまま、ナザリックへの帰還の準備を頼まれると考えていたデミウルゴスは困惑した。
至高の存在がこの世界に降臨し、シモベの前に姿を現したというのに、ウルベルトには帰還する意志はないのだろうか。
いや、それとも、自分を遥かに超える叡智を誇るアインズ同様、我が創造主はもっと他の大いなる意図をお持ちなのに違いない。
デミウルゴスは複数の可能性をとっさに考えたものの、どれも現実的ではないと、それらの考えを捨てた。もしかしたら、このような愚かなシモベに愛想を尽かしたから、ウルベルトは自分を捨てて去っていったのかもしれない。
デミウルゴスは、ウルベルトの足元の床に頭を擦り付けるように深く土下座をし、謝罪した。
「ウルベルト様、申し訳ございません。私ごときの浅知恵では、ウルベルト様の深遠なるお考えをお察しすることはできません。どうか、私にウルベルト様のお考えをお話しいただけないでしょうか?」
「お前はナザリックでも最高の智者として創ったはずなんだがな。……まぁ、いいだろう。つまらないことで時間を無駄にするものではない」
「ウルベルト様の御慈悲に感謝いたします」
「デミウルゴス。俺は、長いこと一人きりで旅をしていた。モモンガさんに会おうにも、どこにいるのかわからなかったし、ナザリック地下大墳墓の場所もわからなかった。こんなことは、はじめてだった。そして、ある時、アインズ・ウール・ゴウンの名を耳にしたのだ。俺は喜び勇んでその地を探し求めた。思いのほか手がかりが少なく、時間を浪費してしまった。だが、ようやく探し当てたのは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王なる人物が建国したアインズ・ウール・ゴウン魔導国だった」
ウルベルトの言葉に若干不穏なものを感じ、デミウルゴスは体を固くした。
自分たちの行動が、創造主の怒りをかってしまっている可能性を危惧して。
「デミウルゴス。アインズ・ウール・ゴウン魔導王というのは、モモンガさんだな?」
ウルベルトは、苦々しげな表情で、部屋の奥に置かれている像を見ている。
「その通りでございます」
「何故、モモンガさんは、我々の栄えあるギルド名を名乗っているんだ?」
「詳しいことは存じません。モモンガ様は、長いこと、一人きりでナザリックに残られていました。ウルベルト様をはじめとする、他の御方々が去られた後も。そして、ある時、残されたシモベを集めて、宣言されたのです。これからは、自分はアインズ・ウール・ゴウンと名を変える。そして、アインズ・ウール・ゴウンを永遠の伝説にする、と」
「……お前は、それに反対しなかったのか?」
「反対すべき理由がありませんでした。それに、モモンガ様は唯一ナザリックにお残りになられた至高の御方。シモベ風情が御方のお決めになられたことに口を出すなど、畏れ多いことでございます」
ウルベルトは冷たい視線でデミウルゴスを睨みつけた。
「それがお前の考える忠義なのか? 主に盲目的に従うことが忠義だと? 俺はお前がそこまで愚かだとは思っていなかった」
「ウルベルト様、私とて必要があれば、命をかけて主の意に反することもいたします。例え、諫言して死を賜わろうと。それがシモベの努めというものです」
「だが、お前は、モモンガさんが行った数々の愚かな行為に、特に反対もせず付き従っていた。そうだろう?」
「畏れながら、ウルベルト様。アインズ様――いえ、モモンガ様は非常に叡智あふれる御方でございます。これまで、ア――モモンガ様がなさってきたことは、私としましても、これ以上はないほど最善であり、反対する必要など全く感じませんでした」
「ほう? 随分とモモンガさんに心酔しているんだな、デミウルゴス」
創造主が皮肉げな笑い声をもらし、デミウルゴスは非常な焦りを感じた。
「いえ、私はただ、ナザリックに唯一お残りになられたモモンガ様にお仕えするほか、存在する意義がございませんでしたゆえ」
「まぁ、いい。モモンガさんを一人きりにしてしまったことには、俺にも原因がある。しかし……、アインズ・ウール・ゴウンは我らが栄光あるギルドの名。例え、ギルド長であろうとも、それを勝手に我がものとしていいものではない。――デミウルゴス、悪を行うにせよ、それは相応の美学に則って行うべきだ。モモンガさんの行為は、アインズ・ウール・ゴウンの名を汚濁で穢すような振る舞い。少なくとも、俺はそう考えているし、断じてこれを許容するわけにはいかない」
ウルベルトは、ステッキを取り出すと、イライラしたように床をコツコツと鳴らした。
「そもそも、モモンガさんは、人をまとめる能力を買われて、ギルド長という地位についた。皆がそれを認めたし、俺もそう考えていた。しかし、今はそれを後悔している。やはり、アインズ・ウール・ゴウンの頂点に立つべきなのは俺だ。力こそが全てを掌握し、真実の悪の美学を表現できるのだ。まぁ、モモンガさんも決して弱いわけではない。しかし、ユグドラシルでも数少ないワールド・ディザスター。その中の一人である、このウルベルト・アレイン・オードルこそが真の強者であり、ナザリックの最高支配者であるべきだ。デミウルゴス、お前もそう思うだろう?」
デミウルゴスは、創造主こそが絶対である、ということを今更ながら思い知っていた。
アインズが、自らの主であり、神の一柱であることに異論はない。それに至高の御方々は、被造物にとっては等しく神であることにも。
しかし、創造主であるウルベルトは、自らにとっての最高神であり、他の神々よりも上位の存在なのだと。
デミウルゴスは、ウルベルトにどうしようもなく魅了されていた。
「……はい。仰るとおりだと思います」
デミウルゴスは、一瞬躊躇したものの、再び頭を深く下げた。
「お前に認めてもらえるなら非常に喜ばしい。では、デミウルゴス、創造主として勅命を下す。我がために、ナザリック最高支配者として相応しい玉座を用意せよ」
「ウ、ウルベルト様! それは!?」
「手段はお前に任せる」
デミウルゴスの脳裏には、ナザリック第十階層にある玉座の間に鎮座する、諸王の玉座が目に浮かぶ。そして、そこに座るアインズの姿も。
ウルベルトが欲しがっているのは、それであることは間違いないだろう。
しかし、それが同時に意味することは唯一つ。
デミウルゴスは、じっとりと手が汗ばむのを感じる。
ウルベルトの命令に逆らうことなど出来ない。
しかし、自分にアインズを弑することなどできるのだろうか。
アインズは最高神ではなくとも、最高の主であることには変わりはない。
それに、自分は既に多大な恩義をアインズから受けているのだ。
「お、お待ち下さい、ウルベルト様。私、デミウルゴスはウルベルト様を絶対神として仰ぐもの。しかし、他のナザリックのシモベは、同様に、別の御方々に従うものたちです。僭越ながら、ナザリックを統一可能なのは、モモンガ様お一人ではないかと……」
「俺にはナザリックを統一するつもりなどない。それに、他のものがどうなろうと知ったことではない。――それとも、デミウルゴス、お前は俺の命に従えないとでもいうのか?」
「い、いえ、決してそのような……。ただ、他にもやりようはあるはずです」
「ほう? 確かに、忠言はするようだな。だが、この件に関しては、俺は譲るつもりはない。決定事項だ」
デミウルゴスの体はわずかに震え、大粒の汗が額を流れる。あの時、王国でアインズに査問されたセバスも、こんな風に感じたのかもしれない。
「不要なものは、全て排除しろ。俺に必要なものはナザリックの玉座のみ。何度もいうが、他がどうなろうと、俺の知ったことではない」
そういうと、ウルベルトは大仰にマントの裾を跳ね上げ、デミウルゴスに背を向けた。
「ウルベルト様、どうかご翻意を……」
デミウルゴスは、必死でウルベルトのマントの裾に向かって手を伸ばし、頭をこれ以上はないくらい、深く下げた。
「デミウルゴス、くどい。そんなみっともない姿を俺に見せるとはな。そんなに、モモンガさんが良かったのか?」
さげすむような声の調子に、デミウルゴスはそのまま床の上に手を降ろした。
ウルベルトの決意を変えることはできない。ようやく、それを理解したデミウルゴスは、しばらく、その場に凍りついていた。
やがて、振り絞るような小さな声で「いえ」と答えた。
ウルベルトは薄笑いを浮かべた。
「ずいぶん返事に時間がかかったな。まぁ、いいだろう。次に会うときまでに、最高の捧げものを用意するように。〈
次の瞬間、ウルベルトの姿はかき消えた。
(……私は一体どうすれば? しかし、創造主のお望みに逆らうことなど出来ようはずがない。しかし、アインズ様を手にかけるなど、私には……!)
デミウルゴスは、床に伏したまま、こぶしを何度も床に叩きつけた。
(私に……、大恩あるアインズ様を殺せと仰るのですか? 常にはるか先までその叡智で見通し、御方々がいらっしゃらないナザリックを、ただお一人で導いてくださったアインズ様を?)
激情のままに、叩きつけているこぶしには、手袋ごしに血がにじみでていた。
(……ウルベルト様の命に背くことなく、なおかつ、大恩にも背かずにすむには……)
一つの案がひらめき、デミウルゴスはようやく我に返った。
まるで、混乱状態からようやく覚めたかのように。
ウルベルトの命令を遂行可能なのは、自分とウルベルトが召喚した傭兵モンスターのみ。
戦力としては皆無に等しい。その戦力では……アインズを殺すことなど実質不可能だ。
しかし、デミウルゴスは、アインズに殺されるなら、それはそれで構わない、と心のどこかで感じていた。
「私としたことがとんだ失態でしたね」
埃など床に落ちてはいなかったが、それでも、軽く体を払うと、デミウルゴスは立ち上がり、ウルベルトが立っていた場所に恭しくお辞儀をした。
(ウルベルト様に、私の覚悟と忠誠を捧げます。それが、この不肖のシモベとして出来る最大の忠義ですから)
その時、ウルベルトが立っていた場所に、ごく小さな紙片が落ちているのが目にはいった。
不審に思いつつも、デミウルゴスはそれを拾い上げた。
佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。