イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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14: 砕けた仮面

「あははは! なかなか愉快な趣向だね、アルベド」

 

 突然、タブラは触手をまるで拍手をしているかのように大げさに打ち合せると、愉快そうに笑い出した。

 アルベドも、周囲に居並んだシモベたちも、あっけにとられている。

 

「まさか、自分の娘に反抗されるとは思ってもみなかったよ。しかも、武器まで突きつけられるとは! ――アルベド、正直、貴女がどのように動くつもりなのか、ずっと興味深く見守っていたのですが、なるほど、そういうことでしたか」

 

 タブラは楽しそうにうなずくと、その姿がぐにゃりと変化していく。

 次の瞬間、そこに立っていたのは、タブラではなく、黄色い軍服姿のパンドラズ・アクターだった。

 

「な……、どういうこと!? パンドラズ・アクター!」

「そんな計画ではなかったのに? そうではありませんか、統括殿?」

「……一体、何のことかしら? あなたともあろうものが、気でも狂ったの?」

「ご存じないとは言わせませんよ」

 

 先程までの勢いはどこに行ったのか、アルベドは明らかに狼狽している。

 それと同時に、周囲のシモベたちの雰囲気が不穏なものに変わっていく。

 

 アインズは何が起きているのかわからず、呆然と目の前の状況を見ていた。

 

 なぜ、パンドラズ・アクターは、タブラとして自分の前に姿を表したのか。

 なぜ、アルベドとパンドラズ・アクターが言い争いをしているのか。

 

 デミウルゴスを見ると、憤懣やるかたない表情でアルベドを見ている。

 シャルティアやアウラ、セバスですら、怒りを隠せない様子だ。

 

 少なくとも、自分の知らないところで何かが起こっていたことは間違いない。

 

 アインズは、いつものように玉座に座ろうとして、少しばかり自分が玉座に座ってもいいのかどうかためらった。

 先程までのタブラの台詞が、パンドラズ・アクターの本心かどうかはわからない。

 だが、もしかしたら、NPCの中には、アインズがここに座ることを、本心では良しとしていないものもいたかもしれない。

 

 ――とりあえず、今は事態を収めるのが最優先だ。そうすれば、自分が気がつかなかった彼らの本心が少しはわかるかもしれない。

 

(本当に、俺は情けない支配者だな……)

 

 アインズは口の中でこっそりとつぶやいた。

 しかし、一人で反省会をするのは二の次だ。

 

 玉座の間は、既に一瞬即発に近い状況になっている。

 

 アインズはひとまず自分に注目を集めるために、空間から取り出した杖で、床を強く打ち鳴らした。

 

「お前たち、静まれ! アルベド、それに、パンドラズ・アクター。この茶番が一体どういうことなのか、説明してもらおうか?」

 

 威厳ある最高支配者からの叱責に、二人は一旦口をつぐみ、その場で跪いた。

 

 あれだけ情けない姿をシモベたちの前で晒した後だったにも関わらず、堂々たる支配者の演技をすることができた自分を、アインズは褒めてやりたい気分だった。

 

「申し訳ございません、アインズ様。このような騒ぎを起こしてしまうなど、守護者統括としてあるまじき失態で……」

 

 アルベドはしおらしく頭を垂れたが、それを遮るようにパンドラズ・アクターが叫んだ。

 

「お待ち下さい! アインズ様、これは全て統括殿の企み。シャルティア殿が洗脳された世界級アイテムで私を洗脳して、至高の御方々の姿を取らせ、ナザリックに内紛を起こすつもりだったのでございます。まさに、守護者統括としてあるまじき非道。反逆者であるアルベドを即刻捕縛し、即刻、ルベドの指揮権をアルベドから剥奪することを進言いたします!」

 

「なんだと……!?」

 

 パンドラズ・アクターの口から語られた内容に、アインズは言葉を失った。

 激昂と衝撃でアインズの精神は激しく高ぶったが、次の瞬間、それは沈静化された。

 

「アルベド、パンドラズ・アクターの言に反論はあるか?」

 

「――アインズ様。私が貴方様を裏切ることなど決してありません。何があっても、アインズ様を一番に愛し、その盾となって戦い、アインズ様の代わりに死ぬことが、私の最大の喜びであり望みでもあります。私の言葉は、アインズ様の名にかけて、全て真実でございます」

 

 アルベドはまっすぐアインズの目を見て、そう答えた。

 その様子には、嘘偽りはないようにアインズには思えた。

 

 しかし――

 

 他のシモベ達は、明らかにそう思ってはいないようだった。

 特に、玉座の前の最前列にいる守護者たちは、今にもアルベドに襲いかからんばかりに激昂している。非常に不味い事態だ。

 

 確かに、アインズとしても、タブラの帰還が狂言だったことは腹立たしい。

 よりにもよって、ナザリックに内紛を起こそうとしていたのなら、尚更だ。

 しかし、それ以上に、アインズは子どもたちが争い合う姿だけは見たくなかった。

 

「アインズ様、私からも宜しいでしょうか?」

「許す、デミウルゴス」

 

「先日、私もウルベルト様とお会いし、アインズ様と戦うよう命じられました。パンドラズ・アクターの機転のおかげで、大罪を犯さずに済みましたが、私ですら危うく騙されてしまうところでした。恐らく、私だけではなく、他にも同様の経験をしたものがいることでしょう。たとえ、アルベドに裏切りの意図がなかったとしても、アルベドの行動は我々シモベをアインズ様と敵対させようとしていたとしか思えません。ナザリックの最高支配者であり、尚且、大恩あるアインズ様に対するこの行いは、守護者統括の地位剥奪の上、極刑相当の裏切り行為だと思われます。どうか、然るべき御判断をお願いいたします」

 

「……デミウルゴス、わかった。他に、言いたいことがあるものはいるか?」

 

「あたしは許せない。だいたい、なんでナザリックに争いを持ち込もうとしたのかもわからない。アルベド、あたしがどれだけ苦しんだかわかってるの!?」

 

 珍しく怒りの感情を隠そうとしないアウラに、アルベドは下を向いたまま、何も答えなかった。

 

 実の息子同然のパンドラズ・アクターが、アインズを裏切ることはありえない。多分。

 

 そして、忠義に厚いデミウルゴスの言葉や、アウラの率直な言葉を否定するものもいない。

 ということは、やはり、アルベドが反逆を企てたということなのだろう。

 

 アルベドは守護者統括として、ナザリックではアインズの次席としての地位を持つ。

 しかも、これまで、ずっと、ナザリックの管理運営を献身的に行ってきてくれた。

 

 アインズは、アルベドには絶対的な信頼をおいていたし、アルベドはそれに応えてきてくれた。一体、何が不満だったのだろう。

 

『私は操られてアインズ様を愛するのは絶対に嫌です』

 

 不意に、先日のイビルアイの言葉を思い出し、アインズは頭を抱えて転がりまわりたくなった。

 

(やっぱり、あれか? 俺がやらかした設定変更のせいで、アルベドが暴走してしまったんだろうか? そもそも、部下の不始末の責任は上司にある。だとすると、今回の件で、一番責任があるのは俺……だよな……)

 

 しかし、この場でそれを話すわけにもいかない。改めて、アルベドときちんと向かい合って話をするべきなのだろう。思い起こせば、自分は、アルベドと正面から話をすることから、ずっと逃げてきていたような気がする。それが最大の原因だったのかもしれない。

 

 アインズとしては、自室での謹慎に留めたかったが、守護者たちの心情を考えると、さすがに今回はそういうわけにもいかないだろう。下手をすると、それがシモベたちの新たな火種になりかねないのだ。アインズは出ないため息をついた。

 

「わかった。では、今回の事件の重要性も鑑み、ことの真偽を正すためにも、アルベドは、一旦守護者統括の任を解く。デミウルゴス、アルベドを氷結牢獄に投獄せよ。後ほど、私が尋問を行う」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスは、玉座の間に集まったシモベの中に、さりげなく配置していた自分の直属の部下を何人か集めると、アルベドを捕縛するよう命じた。

 

「お待ち下さい、アインズ様。どうか、それだけは……!」

「アルベド、観念しなさい。貴女の企てを立証するだけの証拠は既に集めています。それをご覧になれば、アインズ様も全ておわかりになるはず」

 

 デミウルゴスはアルベドに歩み寄り、その手首をつかもうとしたが、アルベドはその手を払いのけた。

 軽く舌打ちをしたデミウルゴスは配下に向かって合図をした。魔将数人がアルベドを取り囲み、そのまま無理やりアルベドを押さえつけようとした。

 

 その時、アルベドのすぐ脇でうずくまったまま、まるで石の塊のようにじっと動かないでいたルベドが急に立ち上がった。

 ルベドの体全体から、淡い赤色の光が放たれ、その瞳は赤く輝いている。

 

「ねえさまを、きずつける。ゆるさない」

 

 ルベドは閃光のように、アルベドを捕縛しようとしている魔将ごと、デミウルゴスの首を刎ね飛ばした。

 

 

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「デミウルゴス!?」

 

 誰かが叫んだ。

 甲高い悲鳴があがる。

 

 デミウルゴスの姿は、そのまま輝く光に包まれるように消え去り、残されたアイテムだけがその場に転がっている。

 

 デミウルゴスを瞬殺したルベドからは赤い光が強く放たれ、更に赤みを増してきている。

 ルベドは無言のまま、空間から十字槍に似た戦鎌を取り出して、軽くくるくると回すと、それを右手に握りしめ、アルベドを守るように立った。

 

 それに相対するように、守護者たちが一斉に立ち上がり、ルベドとアルベドを取り囲む。

 

 アインズは、デミウルゴスが喪われた衝撃で、一瞬頭が真っ白になった。

 激しい憤怒と悲嘆で、感情を大きく揺さぶられる。

 しかし、それもすぐに抑制された。

 

(ルベドのあの光は……!? 落ちつけ、俺。ルベドがまだ命令可能なら、指揮権さえアルベドから奪えばこれ以上の被害は出ないはず。ともかく、皆が争いあうことだけは避けなければ。アルベドの件はその後だ)

 

「ルベドの指揮権をアルベドから剥奪する。ルベド、直ちにアルベドの命令の実行は停止、以後は私の指示に従え」

 

 アインズは強い口調で命令した。

 指揮権を剥奪すれば、元々存在している繋がりを通じて、それが自分に戻ってきたことを感じ取れる。

 しかし、今回は、繋がりが全く反応しないことにアインズは気がついた。

 

 赤く発光しているルベドは、冷たい視線でアインズを見ている。

 アインズの命令に従おうという意志は全く感じられない。

 

(おかしい。本来なら、被造物は、上位者である俺の命令を無視することはない。しかし、どうみてもルベドは反応していない気がする。もしかして、この世界に転移したことで、ルベドの性質も変化したのか? それとも、命令を下したのが姉であるアルベドだったせいなのか?)

 

 デミウルゴスの死を目の当たりにし、守護者達は明らかに殺気立っていた。

 全員、臨戦態勢に入っているのが見える。

 

「イクラ、至高ノ御方々ガ定メラレタ守護者統括トイエド、アインズ様ヘノ反逆ヲ企テルナド許サレナイ。マシテ、同ジ、ナザリックノ仲間ヲ手ニカケルトハ!」

「アインズ様、御命令をいただければ、この売女をめった刺しにした上で、ニューロリストのところに引きずってまいりんす!」

 

 コキュートスは、めったに人前で振るうことのない斬神刀皇を構えている。

 完全武装に姿を変えたシャルティアが、憎しみを隠すことなく叫んだ。

 

 アルベドは蒼白な表情で、その場に座り込んだまま、何も言おうとはしない。手が微かに震えている。

 

「コキュートス、シャルティア、それから、他のものも少し待て。今、アルベドに手を出すな。理由はわからないが、アルベドに与えたルベドの指揮権が、私に戻っていないようだ」

 

 アインズは玉座の前に立ったまま、守護者たちを手で制した。

 

 アルベドがどのような命令をルベドに出していたかはわからないが、このままでは、NPCたちとルベドが戦うことになるのは間違いない。

 その場合、どの程度、NPCたちはルベドに対抗できるのか。

 なにしろ、ルベドはあのたっちみーを凌駕する力の持ち主だ。

 アインズですら、タイマンで戦いを挑んでも勝ち目などない。

 

(落ちつけ。考えろ、俺。守護者たちの戦力では、ルベドを抑えきれない。なんといっても、あの時、ナザリックの第八階層が陥落しなかったのは、あれらとルベドの働きがあったからだ。そのルベドとまともにやりあっても勝ち目なんかない……)

 

 アインズは発光するルベドを見つめながら、必死に手がかりを求めて記憶の中をさまよった。

 

 

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 第七階層が陥落するのも時間の問題だ。

 モモンガたち、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、全員、第八階層で敵である侵攻軍を待ち構えていた。

 

 ここはナザリック地下大墳墓の最終防衛ライン。

 突破されたら、後はお客様を玉座の間で歓迎するしかない。

 四十一人全員が、気合十分で敵を待ち受けていた。

 

 しかし――

 

 そこで行われた戦いは、あまりにも一方的だった。

 モモンガの持つワールドアイテムで最大強化されたあれらとルベドの戦力は圧倒的で、必死で辿り着いたプレイヤー達が次々と倒れていくのが見える。

 

「すげー。プレイヤーがまるでゴミみたいだぜ」

「一応、結構な人数が、ここまで辿り着いたんですけどねぇ。まぁ、ここまでの階層に設置されてるトラップの数々で、MPが底をついてるせいかもしれませんけど」

「まさに、大殺戮……というに相応しい光景ですね」

 

 千五百人にも及ぶ侵攻軍の大半が、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが待ち受けている地点まで、たどり着くことはなかった。

 

 砂漠のど真ん中からは、派手な色の閃光が走り、大きな叫び声が聞こえてくる。

 相当な激戦が行われているのは、傍目にも明らかだった。

 

「まぁ、俺達は、あれを上手いこと回避しようとしてくる連中をきっちり片付けましょう。ここで油断して第九階層へのゲートをくぐらせたら笑い話にもなりませんからね」

「わかってますよ、ギルド長!」

 

 なにしろ、侵入者の人数だけは多いのだ。

 前方での戦闘を見て、迂回路を取る者たちがそこそこでてくる。

 

 もちろん、そんなことを許すわけにはいかない。

 チーム毎の指揮官の指示で持ち場に散ると、淡々と侵入者を片付ける仕事を続けた。

 

 軽い冗談を飛ばしてはいるが、戦闘で手を抜くことなど一切ない。

 何しろ、ナザリック地下大墳墓陥落寸前まで追い込まれるほどの大軍ではあったのだから。

 

 砂漠の中央で繰り広げられている閃光ショーも、やがて僅かに光が点滅する程度になり、それも直にやんだ。

 

 コンソールで侵入者の残存数を確認していた、ぷにっと萌えが大声で叫んだ。

 

「侵入者の全滅を確認! 我々(AOG)の勝利が確定しました!」

 

「ひゃっほう!」

「おおおおおおぉおお! やったぜ!」

「さすがに、今回はダメかと思ってたよ、僕は」

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光を!!」

 

 ギルメン達は勝利で浮かれ騒いでいる。

 その時だった。

 

 戦いが終わったはずのルベドが、自分たちに向かって攻撃を仕掛けてきたのは……。

 

 

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 ルベドを止めるのは、正直、侵攻軍を止めるよりもやっかいだった。

 ギルメンのみならず、あれらを再度動かして、ようやく行動停止に成功したのだ。

 

「ちょっと! タブラさん、どういうことなんです!? ギルメンが総力戦を挑んでも、歯が立たないじゃないですか!」

「ワールドチャンピオンにも倒せない防衛装置か。そりゃ、寄せ集めの侵攻軍じゃ対抗できないよな」

 

 ウルベルトが皮肉げに笑う。

 

「すみません、モモンガさん。すっかりいうのを忘れてたんですけど、カロリックストーンについて、少し面倒なことがわかりまして」

「えぇ? まぁ、あの運営のことだから、何か仕掛けられていても驚きませんけど」

「それもそうなんですけど。どうも、昔使われていた粗悪な核燃料と同じような性質があるようで」

「核燃料? ……ですか」

 

「このルベドには、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン同様、自動迎撃システムを組み込んであります。先程、赤い光を発してましたけど、あれもその効果の一つです。ただ、その性質のおかげで、一定量を超えたエネルギーを発するとコアが暴走する可能性があるんですよ。その場合、いわゆるコマンドの類は一切受け付けなくなります。つまり、今回は、その一定量を超えちゃったってことですね」

 

 モモンガだけではなく、その場にいるギルメンたちも一斉に嫌な顔をする。

 暴走して自分たちにまで攻撃を仕掛けてくるとしたら、ルベドは非常に厄介な存在だ。

 

「タブラさん、それは流石にまずくないですか?」

「毎回、こんなことはやってられないですね。ここまでの大規模侵攻がそう頻繁にあるわけじゃないでしょうけど」

「一番はそうならないように、なるべく起動は最低限に留めるのが基本ですが、暴走した場合は、やはりあれらの力を使うのが一番無難でしょう。実は、そのつもりで、あれらを配置してたんですよ!」

 

 タブラは自慢気に説明したが、ギルメンは、一斉に白い目をタブラに向けた。

 ニグレドにも変なギミックを仕掛けていたように、実は、ルベドをわざとそういう風に作ったのではないかと疑って。

 

「まさか、このあと自爆する、とかいうんじゃないでしょうね?」

 

「ははは。それも面白いですけど、さすがにそれはないですよ。元々、これはぷにっとさんの案で、第八階層の階層守護者に強力な足止めスキル、領域守護者には戦闘指揮能力をもたせる。そして、ルベドを抑えることができるレベルの戦力群を用意すれば、いざというときに、ナザリックの防衛戦力にもなるし、ルベドの暴走対策にもなる。どうです、上手いこといったと思いませんか?」

 

 

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(やはり、なんとかして、第八階層の戦力をここまで持ってくるしかない。どうすれば、なるべく被害を最小限にしてそれを実行できる?)

 

 いつもなら、防衛指揮官として的確に行動してくれるデミウルゴスはいない。

 アインズの補佐をしてくれる……アルベドも……。

 

 今のところ、ルベドは積極的にはこちらを攻撃してきてはいない。

 言動からして、どうやら、アルベドが行動のトリガーになっているようだ。

 

 ルベドを刺激しないように注意しながら、アインズは目だけ動かして現在の玉座の間の状況を確認した。

 ほとんどのNPCたちが集まっているが、ルベドと戦闘になった場合、実質的に戦力になりうるのは百レベルのものだけ。

 デミウルゴスがいない今、アルベドを除いて総勢六人。

 

 俺も含めれば、最低限の時間稼ぎはできるだろう。

 ただし、パンドラズ・アクターには頼みたいことがある。

 そう考えると、わずか五人。かなりギリギリだ。

 手数的に、プレイアデスには後方支援を任せたいところだ。

 その他の戦闘能力を持たない者たちは、早急に撤退させなければ。

 

(ユグドラシルの最高レベルは百だから、ルベドも本来はそのくらいのレベルのはずだが、その性質は実質ワールドエネミーに近い。だからこそ、あれだけの数の討伐隊の撃破も可能だったわけだし、チートだと叩かれた。味方であれば非常に頼もしいが、敵に回られるとこの上なく厄介な代物だな……)

 

 ここでルベドと応戦するものは、おそらく命を落とすことだろう。

 残って戦えと命じるのは、死ねと命じるのと同じことなのだ。

 アインズは、既に失われた心臓に鋭い痛みを感じた。

 

 その時、ふと、広間の端の方にイビルアイの姿が見え、アインズは一瞬混乱した。

 

(どうして、イビルアイがここにいるんだ? いや、別にいてもおかしくないが、よりにもよってこんな状況のときに? ……落ちつけ、俺。ここには、俺が守らなければならない者たちが大勢いるのだから)

 

 集中力が散漫になりそうな自分を叱咤すると、アインズは現時点で自分に考えられる最善の方法をひとしきり考え、もう一度、イビルアイの姿をちらりと見た。

 まるで祈りを捧げているかのるように、イビルアイは自分を見つめている。

 彼女は自分のことを信頼してくれている。なんとなくそんな気がした。

 

(恐らく、この状況を作った原因は俺にある。だからこそ、ギルド長としての責任は取らないとな……)

 

 アインズは覚悟を決めると、無詠唱化した〈伝言〉で、オーレオール・オメガとヴィクティム、そしてパンドラズ・アクターに小声で短い命令を下した。

 

 

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 パンドラズ・アクターが即座に姿を消したことを確認し、アインズは何事もなかったかのような威厳ある態度で、注意深くアルベドとルベドとの距離を測りながら、ゆっくりと階段付近まで歩いた。

 そして、極力穏やかな声で、ルベドに向かって語りかけた。

 

「ルベド、武器を下ろせ。ここにいるのは、お前の敵ではない。それに、誰もアルベドを傷つけたりはしない」

 

 ルベドはアインズの顔をじっと見ていたが、やがてぼそりとつぶやいた。

 

「――それは、うそ。みんな、ねえさまのてき」

「嘘? 嘘じゃないさ。どうして、そう思うんだ?」

 

 ルベドは何も言わずに戦鎌を構え、アインズを睨みつけた。

 その行動にしびれを切らしたのか、シャルティアが、ルベドとアインズの間にふわりと降り立つと、スポイトランスをルベドに突きつけた。

 

「ぬしゃあ! アインズ様の御言葉に答えなんし!」

「――てき、かくにん。ルベド、こうげき」

 

「待て、ルベド!」

 

 ルベドが発する光がより一層強さを増し、とっさに、アインズはルベドを抑えるように〈肋骨の束縛(ホールド・オブ・リブ)〉を唱えた。

 

 斬りかかってくるルベドの体を巨大な爪のような骨で捉えることには成功したが、ルベドの赤い目はギラギラとひかり、次の瞬間、ルベドは爪の先端部分を破壊した。シャルティアは、降り掛かってくる破片をスポイトランスで払うと後ろに飛び退り、アインズは〈飛行(フライ)〉で壊れた骨とルベドから多少の距離をとった。 

 

「アインズ様!!」

 

 シモベ達の叫び声が玉座の間に響いた。

 

「守護者達! 戦闘体勢に入れ! 連携してルベドに波状攻撃せよ! プレイアデスは守護者を支援! それ以外のものたちは、少しでも上の階層に撤退せよ!」

 

 

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 玉座の間での騒乱の中、イビルアイはすぐには動くことができなかった。

 

 アインズが「この場から撤退せよ!」と叫んだ声も聞こえた。

 しかし、逃げるなどということはできるはずがない。

 

 詳しいことは、イビルアイにはわからない。

 イビルアイが、この場所にある程度足を運ぶようになったのは、まだ最近のこと。

 アインズや、アインズに仕えている者たちのことを、完全に理解できているわけではない。

 

 だが、アインズの大切な仲間が、ようやくナザリックに帰還したのではなかったのか。

 少なくとも、アインズはとても喜んでいるように見えたのに。

 

 お互いが大切に思い合っている関係のはずなのに、なぜ、争いが起きたのか。

 アウラは、どうして泣かなくてはならなかったのか。

 

 でも、子どもたちを守りたいと言っていたアインズも、アインズを命をかけて守るといっていたデミウルゴスも、アインズ様が大好きなんだと泣いたアウラも、全部本当の気持ちだったのは間違いない。

 

 イビルアイも、長い人生の中で、大切に思っていたのに助けられなかった者たちは大勢いた。

 故郷の人々も。

 魔神たちの戦いで命を落とした仲間たちも。

 ガガーラン達だって、助けることはできなかった。

 

 確かに自分では全く役にたたないかもしれない。

 しかし、それでも、ここで何もしないで見ているだけなんてできるわけがない。

 

 何より、ほんの少しでもアインズの助けになるなら、それで十分じゃないか。

 

 イビルアイは左手の指輪をそっとなでると、凄まじい戦いを繰り広げているアインズに目を移した。

 

(もしかしたら、私はここで死ぬかもしれないな。でも……アインズ様のために死ねるなら、本望じゃないか?)

 

 イビルアイは微笑むと、戦いの渦中に向かって走り出した。

 

 

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 守護者やプレイアデス達は素早く、それぞれの行動に移る。

 デミウルゴスが防衛時の訓練を事前に行っていた成果だろう。

 

 イビルアイが、ルベドに悟られないように〈飛行〉を使って移動してくるのも見えた。

 

 だが、撤退を命じたものたち――ほとんどはメイドや男性使用人たち――は、誰も玉座の間から動こうとしない。

 

 アインズは再び叫んだ。一人でも助かってほしいという願いを込めて。

 

「何をしている! 逃げろと命じたはずだ。この場に残れば死ぬだけだぞ!?」

 

「私達は、アインズ様をお守りするのが使命です!」

「アインズ様こそ、どうかこの場からお逃げになってください!」

 

「守るべきものを見捨てて逃げるなど、主人として失格だ! せめて、部屋の後方まで下がれ。いいな!」

 

 それでも、誰も動こうとはしない。

 NPC達の決死の覚悟を感じて、アインズは喜んでいいのか悲しんでいいのかよくわからなかった。

 

 しかし、こうなったら、自分自身を盾にしてでも、大切な子どもたちを守らなければ。

 

 アインズはルベドに守られるようにしているアルベドを見た。

 

 ――ルベドはまだいい。あれは、タブラさんの作品ではあるが、NPCではない。ただのアイテムだと割り切ることもできる。だが、俺はアルベドを手に掛けることができるのか……?

 

 アインズは迷いを振り払うように、ルベドに向かい合った。

 

「残念ながら、交渉決裂のようだな、ルベド。では、こちらからもいかせてもらおう。〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 

 アインズの使用可能な魔法のうち、ルベドに一番ダメージを与えられそうな魔法だったが、ルベドにはあまりダメージを与えたようには見えなかった。

 あのウルベルトの最強魔法にも耐えきったのだから当然ではあるが。

 

(やはり、かなりの魔法耐性があるな。しかし、少しでもダメージをいれて、ヘイト管理を徹底しなければ。一瞬でも隙を見せたら、恐らくあっという間に戦線崩壊するだろう)

 

 ここで全滅すれば、実質的に、それはナザリックの完全崩壊をも意味する。

 

 アインズは、ルベドのすぐ脇で、凍りついたように動かないアルベドに目をやった。

 せめて、アルベドが盾となってルベドの攻撃を防いでくれれば、その分、勝機は増えるはずだ。

 

 アインズの攻撃から、間髪入れずにルベドの前からコキュートスが、後ろからはシャルティアが同時に攻撃を仕掛けた。

 その背後から、ルプスレギナが支援魔法を唱え、二人の速度が更にあがる。

 

 ルベドはそれを素早く身をかわして回避すると、コキュートスの首を刎ね飛ばし、コキュートスはそのまま姿を消した。アインズは既にない心臓に大きな棘が突き刺さるのを感じる。

 

(コキュートス、許せ……)

 

 ルベドは無表情に飛び上がると、後方支援に徹しているプレイアデスに剣を投げつけようとしている。

 アインズはルベドの背後から〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉を再び放った。

 

「〈死せる勇者の魂(エインヘリアル)〉」

 

 シャルティアが叫ぶと、プレイアデスの前にシャルティアの映し身が姿をあらわす。

 

「もっと後ろに下がりなんし」

「ありがとうございます!」

 

 もうひとりの自分を盾にしながら、アインズの攻撃のタイミングと合わせて、スポイトランスでルベドに攻撃をしかけた。

 ガチンという音をたて、ルベドの戦槍がスポイトランスを受け流した。

 

「なっ!? じゃあ、これでも喰らいなんし!」

 

 反撃に出ようとしたルベドに、シャルティアはギリギリのタイミングで、清浄投擲槍を投げつけた。

 避けようとしたルベドの足元を、アウラの鞭が横から絡め取り、清浄投擲槍は、少しバランスを崩したルベドの右肩に命中した。

 しかし、傷跡さえもつかない。

 

 ルベドはそのまま体を回旋させ、シャルティアに反撃しようとしたが、イビルアイはすかさず〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉を唱えた。

 ルベドの周囲に砂嵐のようなものが発生し、ルベドの動きが僅かに鈍る。

 

 その隙にシャルティアは、ルベドから飛び退り、形勢を立て直そうとした。

 しかし、再び、ルベドから赤い光が放たれ、それと同時に、シャルティアの真上に跳躍したルベドの戦槍がシャルティアを薙ぎ払った。

 

 次の瞬間、光に包まれてシャルティアは姿を消した。

 

「シャルティア!?」

 

 怒りに震えるアウラは弓を構えたが、矢を放つ前に、ルベドは邪魔な鞭を切り払い、次のターゲットといわんばかりに、そのままアウラに向かおうとするが、その動きを止めようとルベドの体に植物の蔓が巻き付いた。

 

「こ、これでもくらえ!」

「サンキュー、マーレ! 〈影縫いの矢〉!」

 

 二重の拘束技を受けて、さすがのルベドも足が一瞬止まった。

 

 その好機を見逃さず、セバスは拳でルベドの首を狙った。

 

 ルベドの体から赤い光が閃光のように走り、拘束を打ち破り、ルベドは上へ高く跳躍した。赤い光に焼かれたセバスはその場に倒れ、そして消えた。

 

 アインズは、とっさに〈魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法三重化(・トリプレットマジック)魔法の矢(・マジック・アロー)〉を唱えた。三十本の光の矢が空中に舞ったルベドに向かって爆発した。

 

 ルベドは赤い光を盾のように展開して、アインズの魔法を難なく受けきっていた。

 

「おまえたち、てき。てき、ころす」

 

 ルベドが左手をあげると、その上に赤い玉のような光がだんだん大きく膨らんできた。

 

(なんだ、あれは? 魔法ではないようだが……)

 

 次の瞬間ルベドはそれを玉座の間の中央付近に無造作に投げた。

 アインズはとっさにシールド魔法を展開したが、若干遅かった。

 

 光の衝撃波はシールドが展開されなかった部分をほとんど焼き尽くし、その場にいたNPCたちは全て姿を消していた。

 

 

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 アインズは、とっさに周囲を見回した。

 まだこの場で、生きて動いているのは、自分とアウラ、マーレ、イビルアイ、それに、アルベドだけだ。

 

 後方から援護してくれていたプレイアデスは、むしろそれが仇になり、先程の衝撃波に巻き込まれたようだ。

 

(なんてことだ。ルベドの恐ろしさはわかっていたつもりだったが……。仲間がいてもあれだけ苦戦したのだから、当然といえば当然か)

 

 こちらは満身創痍なのに、ルベドは多少の傷がついてはいるものの、平然と立っている。

 たっち・みーですら歯が立たなかったという事実が、今更ながらに骨身にしみた。

 

 いや、それでも、まだ負けたわけではない。

 それに、今は勝つことを目的にしているわけではない。

 あと、ほんの少しだけ時間稼ぎをすればいいだけなのだ。

 

 倒れていったNPC達のことは、今は考えてはいけない。

 彼らを無事に蘇生させるためにも、なんとか持ちこたえなければ。

 

(パンドラズ・アクターはまだなのか? くそっ! せめて、盾であるアルベドが動いてくれれば……)

 

 アインズは、未だに何の反応も見せないアルベドに目をやった。

 アルベドの目は虚ろで、いつもの冷静な守護者統括の姿はどこにもなかった。

 

(アルベドが意図的にルベドをこのような状態にしているとは思いがたい。多分、アルベドにとっても、これは不測の事態なんじゃないか?)

 

 ――それに、アルベドの行動の原因が俺にあるとしたら、むしろ、責められるべきは俺のはずだ。

 

 

----

 

 

 ルベドの頭には、ただひとつの命令しかなかった。

 

「ねえさまをまもる。そのためになら、すべてころす」

 

 もともと、ルベドは侵入者を抑え、倒すためだけに作られた存在。

 それ以外に、ルベドには目的など何もなかった。

 

 これまで、ただ一度だけ、受けた命令もそうだった。

 

『これから、この第八階層に大勢の侵入者がやってくる。彼らを皆殺しにするんだ』

『ルベド、起動。全力防衛モード』

 

 その言葉で、ルベドの頭の中はいっぱいになった。

 

 ぜんりょくぼうえいもーど。

 やることは単純だ。

 味方以外は全て殺せばいい。

 

 侵入者を倒すことは、ナザリックを守ること。

 

 ルベドに理解できるのは、それだけだった。

 それに、戦いはルベドの心をひどく高揚させるのだ。

 戦えば戦うほど、身体の中央で発生する熱が更に高まってくる。

 

 そして、今、守る対象は、愛する姉であるアルベドに書き換わっていた。

 

(姉さまを守るためなら、全て殺す)

 

 敵を倒すこと。それだけが、ルベドの存在意義なのだから……。

 

 

----

 

 

 玉座の間の半分を燃やし尽くす衝撃波を撃った後、不思議なことに、ルベドはそのまま行動を一時停止している。

 

(先程放出したエネルギーの再充填中なのか? 原子炉みたいなものだという話だしな)

 

 もし、そうだとすれば、再び準備ができ次第、ルベドは攻撃を再開するだろう。

 その前に、なんとしても、アルベドに協力してもらわなければ。

 

 不意に訪れた奇妙な静寂の中で、アインズはアルベドに静かに語りかけた。

 

「アルベド、聞こえているか? 私にはお前の助けが必要だ。お前がどうして、こういう行動をとったのかは、今は問わない。だが、このままでは、ルベドはナザリックを滅ぼすだろう。私はそれだけは避けたいのだ。もし、お前が不甲斐ない主人に仕えるのが嫌だというのなら、今だけでもいい。お前の力を貸してくれないか?」

 

 アルベドは、自分の周囲で行われている、ルベドによる一方的といえる虐殺を前にして、完全に動くことができなくなってしまっていた。

 

 そう、こんなはずではなかった。

 

 自分は、ルベドとともに、タブラに変身させたパンドラズ・アクター、それに、パンドラズ・アクターにそそのかされたモモンガを第一とは思わないシモベからの攻撃からモモンガを守り、ナザリックの全てをモモンガに捧げ、そして、モモンガの愛情を勝ち取るつもりだった。

 

 それなのに、どうして、こんなことになってしまったのか。

 

 今の自分は間違いなく、ナザリックの内紛を引き起こした、ただの裏切り者だ。

 少なくとも、モモンガはそう判断することだろう。

 

(私は……モモンガ様が彼奴等のせいでお苦しみになることが許せなかった。そして、救って差し上げたかった。ただ、それだけだったはずなのに……)

 

 今更ながら、ニグレドの言葉が重くのしかかる。

 

『スピネルはナザリックに災厄をもたらす』

 

 自分は一笑に付したが、ニグレドにはわかっていたのかもしれない。

 しかし、そのニグレドも今はいない。

 

 モモンガはこのような状況を引き起こした自分を決して許すことなどないだろう。

 

(私には、もう、正妃になる資格も、守護者統括を名乗る資格もない。……それどころか、モモンガ様の前に出る資格すらないでしょう。この壮麗な玉座の間を穢した罪を償わなければ……。そもそも、私がこのような計画を実行しなければ、ここまでの事態にはなっていなかったのだから)

 

 もはや、生きて立っているものはほとんどいない。

 

 モモンガが、どうやってルベドを止めようとしているのかはわからない。

 だが、せめて、最後に、モモンガの盾としての役目を果たせれば……。

 

 アルベドは覚悟を固めた。

 

 ――この罪は私の生命で贖います。最愛のモモンガ様。本当に御身だけを愛しておりました。

 

「アルベド。私だけではだめなのだ。どうか、私を助けてはもらえないか?」

 

 アインズはアルベドに向かって手を差し伸べた。

 

 その手はアルベドには届かなかったが、アルベドの凍りついた心に優しく触れた。

 

「アインズ様、私は……」

「よい。ともかく、立て。今はルベドは動いていないが、おそらく、準備が整い次第、次の攻撃に移るはずだ」

「はっ。畏まりました。必ずや、御身の盾として働いてご覧にいれます」

「――ありがとう、アルベド」

 

 

----

 

 

「アウラ、マーレ、イビルアイ、そしてアルベド。ルベドを刺激しないように、こちらに集まって欲しい」

 

 アウラとマーレは、アルベドに対して敵意を隠さなかった。

 

「アウラ、マーレ、お前たちの気持ちはわかる。だが、今は協力することだけ考えろ。ルベドは最強の個。互いに協力しあわなければ、ルベドの思うつぼだ。いいな?」

「――畏まりました」

「は、はい……」

 

 アウラは不満げに、しかし、アインズの言葉の意味は理解したようで、承服した。

 マーレもおとなしく頭を下げた。

 

「アルベド、どうやらルベドは、現在、暴走しているようだ。停止命令が効かない。お前はルベドの攻撃を可能な限り抑えつつ、お前がルベドを停止可能か試してみて欲しい」

「承知いたしました」

 

 アルベドは深々と頭を下げる。

 

「アウラ、マーレ、イビルアイは連携して攻撃を行え。指揮は私が取る。我々の目標は、ルベドを倒すことではなく、パンドラズ・アクターが戻ってくるまで、一人でも多く生きて、持ちこたえることだ。おそらく、パンドラズ・アクターはあと数分で戻ってくるだろう」

 

 全員がうなずくと、アルベドは先頭に走り出て、残りの三人はその背後に、そして、その更に後ろにアインズが陣取った。

 

 やがて、ぴくりともしなかったルベドの体に、再び赤い光を帯びてきたのが見える。

 

「どうやら、準備ができたようだな。来るぞ! 全員、戦闘用意!」

「はい!!」

 

 アインズの言葉が終わるやいなや、ルベドは再び戦槍を手に踊りかかってきた。

 

 

----

 

 

 パーティーの盾として、アルベドは一歩も引かない覚悟で、バルディッシュを構えた。

 

 その背後から、マーレとイビルアイの攻撃呪文が飛び、アウラは再びルベドの足止めを狙って矢をつがえている。

 

 ルベドは迷うことなく、盾として最前列に立っているアルベドを無視して、アウラに斬りかかった。

 

 すかさずパリーを発動し、アルベドはバルディッシュで横からルベドを牽制した。

 

「ルベド、命令よ! 攻撃をやめなさい!」

 

 アルベドからの一撃で、驚いたように、一旦ルベドは後退したが、更に赤く目を光らせつつ、アルベドを見据えた。

 

「ねえさま、ルベド、こうげき。ねえさま、てき?」

 

「私は敵じゃない。ルベドの味方よ。ルベド、こんなことはやめなさい。もう戦わなくていいのよ」

 

「るべど、たたかう。るべど、たたかう、やめない。ねえさま、てき。るべど、てき、ころす!」

「ルベド!?」

 

 ルベドの目は真っ赤に輝いている。

 握りしめた戦槍も燃えるような熱を帯びているかのように、鈍く輝いている。 

 

「ねえさま、ばいばい」

 

 ルベドは宙に飛び上がると、アルベドに向かって戦槍を振り下ろした。

 

「イージス! ウォールズ・オブ・ジェリコ!」

 

 赤熱した戦槍とバルディッシュは激しく激突した。

 その衝撃で、二つの武器は大きな音を立てる。

 ルベドは反射的に飛び退ったが、手に持っている戦槍は完全に折れていた。

 

「どうしても戦うというのなら、私が止めてみせる。遠慮なくかかってきなさい、ルベド」

 

 折れた戦槍を軽く振り、ルベドは無表情にそれを投げ捨てた。

 そして、代わりに、空間から古ぼけた槍を取り出し、それを左手で握った。

 

 

----

 

 

「みんな、てき。みんな、ころす」

 

 ルベドは、天井近くまで浮き上がると、再び右手の上に赤い光の玉を作り始めた。

 

「あれを作らせるのは不味い! 〈現断〉」

 

 アインズはルベドの右手を切断するように呪文を投げ、マーレとアウラはそれを援護するように攻撃しようとしたが、次の瞬間、ルベドはその玉をマーレ目がけて投げつけた。

 

 イビルアイはとっさにマーレの近くに〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉を発動し、アルベドはバルディッシュで玉を跳ね除けようとした。

 だが、防壁は瞬時に破壊され、玉はバルディッシュを掠めると、マーレと近くにいたアウラを直撃し、二人は声をあげる間もなく消失した。

 後には焼け焦げた絨毯と、二人の装備だけが残っている。

 

「ルベド、もうやめろ!」

 

 アインズの悲痛な声が響く。しかし、その声がルベドに届いたようには見えなかった。

 

 イビルアイは、覚悟を決めた。

 次に、またルベドが動けば、おそらく誰かが死ぬことになる。

 そして、もう、ここにはアルベドと自分、そして、愛するアインズしか残っていないのだ。

 

 ――多分、私よりも、アルベド様の方がアインズ様をお守りできるだろう。ならば、先に私の番といこうか。せめて、十数秒くらいは、時間稼ぎしたいものだ。まぁ、アインズ様の呪文すらほとんど効いてなさそうだから、私の呪文では、かすり傷一つつかないだろうが。

 

 イビルアイは、それでも、先程多少の効果があった気がした〈砂の領域・対個(サンド・フィールド ワン)〉をルベド目がけて唱えた。

 再び、砂嵐がルベドの周囲に撒き起こり、ルベドの動きが一瞬止まる。

 そのすきに、〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉、〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉と次々と自分の使える攻撃呪文を唱え続けた。

 

 どの呪文も全く効いているようには見えない。

 イビルアイは、それでも、ルベドの注意(ヘイト)が自分に向いていることをはっきりと感じ取っていた。

 

(まぁ、うるさい羽虫程度だろうが、それでいい。次の攻撃のターゲットがアインズ様でさえなければ)

 

 赤い光が砂嵐を吹き飛ばし、そこには、無表情なルベドが何事もなかったかのように、たたずんでいた。

 

 そして、興味がなさそうにイビルアイを見ると、無造作に左手に持っていた古い槍を投げた。

 

 アルベドはそれを受け止めるべくシールドスキルを発動し、イビルアイも〈水晶盾〉を発動した。

 

 おそらく、ルベドにとっては、まともに攻撃する相手としても認識されなかったのだろう。イビルアイはそんな風に心のなかで自嘲した。

 

 しかし、その古ぼけたボロボロの槍は、何故かアルベドのシールドをやすやすと通り抜け、イビルアイの魔法盾は先端が触れただけで霧散した。

 

「なに……!?」

 

 槍はイビルアイの仮面を直撃した。白い仮面はカシーンと音を立てて割れ、周囲に弾け飛ぶ。

 

 そして、そのままの勢いで、イビルアイを貫いた。

 

「あ……いんずさま……」

 

 アインズに向かってイビルアイは手をのばした。

 次の瞬間、イビルアイの姿はかき消え、同時に槍も消え失せた。

 割れた仮面の破片が床に落ちる、カチャンという小さな音だけが響く。

 

「イビルアイ!? どういうことだ!」

 

 アインズは呆然とした。

 NPCではないイビルアイは、死ねば死体はそのままその場に残るはずだ。

 それなのに、何もかも……、まるで、存在自体が消滅したかのようになくなるなんて……。

 

(まさか……、あれは『聖者殺しの槍(ロンギヌス)』!?)

 

 ルベドは、そのまま平然と別の武器を空間から取り出し、再びそれを構える。

 

 何が起こったかわからないが、取り返しがつかないことが起こったことをアルベドは感じ取っていた。

 

「アルベド、今は集中しろ。パンドラズ・アクターが到着するまで、なんとしてでもルベドを止めるんだ。いいな?」

 

 激しい怒りと哀しみで、逆に精神が抑え込まれたモモンガは、驚くほど冷静にアルベドに命じた。

 

 




佐藤東沙様、誤字報告ありがとうございました。
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