イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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最終話: 未来への扉

 その時、玉座の間にようやくパンドラズ・アクターがヴィクティムを抱いて走り込んできた。

 

「アインズ様! 遅くなりまして申し訳ございません!」

 

 相変わらずの緊張感のない声に、アインズは少しだけ救われた気分になった。

 

「ギリギリだ、パンドラズ・アクター。しかし、よくやった。ヴィクティムもご苦労」

「とんでもございません」

 

 胎児のような姿のヴィクティムは穏やかに答えた。

 パンドラズ・アクターはルベドから注意深く距離をとっている。

 

 ようやく必要な手札が揃ったアインズは、なんとも表現し難い思いで、ルベドと向き合った。

 

 タイミングが重要だ。

 タイミングを誤ると、ルベドだけではなく、最悪十階層全てが破壊されることになりかねない。

 

「ヴィクティム、すまない、お前の能力を使わせてもらう。パンドラズ・アクター、合図をしたらヴィクティムを殺せ。アルベド、なんとしてでも、ルベドを抑え込め。その後、お前の切り札とスキルをフルに使って防御に徹しろ」

 

「はっ!」

 

 全員が唱和し、行動に移る。

 

 アルベドはルベドを後ろから羽交い締めにしようとしたが、難なくルベドはそれをかわす。しかし、アルベドはそれを予期していたかのようにルベドの足元を払い、そのままもつれるようにして床に抑え込んだ。

 

 アインズは、再び〈伝言〉でオールオーレ・オメガに連絡をすると、普段は隠されている第八階層からのゲートが開かれた。

 

 巨大なゲートからは、不可思議な発光体が次々と溢れ出てくる。

 大量の発光体は、広大な玉座の間をほぼ埋め尽くし、眩い光を放っている。

 

 それらは、既にオーレオールのバフで強化されているはずだ。

 しかし、それだけでは足りない。アインズは自分の腹の部分に収められている赤黒い球体に触れた。

 

 この世界で五レベルダウンした場合、さすがに、それを再び取り戻すことはできないかもしれない。しかし、そんなものは些細な代償だ。どのみち、ここでルベドを抑えきれなかったとしたら、自分もここで死ぬことになるし、ナザリックは完全に崩壊することになるのだから。

 

(せめて、失われた者たちを生き返らせるまで、俺は死ねない。レベルを上げる手段はもしかしたら、そのうち見つかるかもしれないが、死んでしまってはそれすらできなくなる……)

 

 アインズは覚悟を決めると、それらに対して、自分の所持しているワールドアイテムの能力を最大開放した。

 

 自分の体から大量の力がアイテムに流れ込んでいくのを感じる。

 そして、普段は赤黒く脈動しているアイテムから、光が発光体に放たれた。

 

 それを受け、発光体の光は数段激しさを増した。それらはやがて、ルベドを抑え込んでいるアルベドごと、その周囲を固めるように密集していく。発光体は一瞬、その光を抑えるかのように、またたいた。

 

「パンドラズ・アクター! 今だ!」

 

 次の瞬間、発光体が一斉に炸裂し、同時に強力な足止めスキルが発動した。

 パンドラズ・アクターの手の中からはヴィクティムの姿が消えている。

 

 ヴィクティムの足止めスキルはある意味、時間停止よりも強力だった。

 周囲にいたアインズたちも完全に動きを封じられたが、あたかも目に見えない障壁を作ったかのように、爆発の衝撃をルベドの周囲で抑え込むことにも成功した。

 

 ただでさえ強力なあれらに、限りなく上限に近いバフが乗った破壊力は凄まじく、ルベドは苦しげな悲鳴をあげた。爆発の衝撃で、ルベドの体を形作っていたゴーレムの部分がそれに耐えきれず、徐々に崩壊していく。

 

 ルベドを抑え込んでいるアルベドは、ありったけのスキルを駆使して身を守っているはずだが、この爆発の中で無事であるかどうかはわからない。

 

「るべど、きのうていし……」

 

 ルベドは最後に一言だけつぶやくと、その身体は粉々に崩れ落ちた。

 

 しばらくして、ヴィクティムのスキルの効果時間が切れ、ようやく、玉座の間には静けさが戻った。

 

 発光体の群れは、元の姿へと再生していく。

 

 床の上には赤く輝く宝玉(カロリックストーン)が一つ残されていた。

 

 

----

 

 

 あれだけの壮麗さを誇っていた玉座の間は、まるで廃墟といってもいいほどに、荒れ果てていた。

 アインズは、残された宝玉を拾うと、後悔と怒りに苛まれながらも、それをインベントリにしまった。

 

 振り返ると、オーレオール・オメガが心配そうに見ていた。

 

「ご苦労だったな、オーレオール。おかげでナザリックの崩壊を防ぐことができた」

「とんでもございません。アインズ様がご無事でなによりです」

「……そうかな? まぁ、いい。では、悪いが、あれらをまた第八階層に戻しておいてくれ」

「畏まりました。その……、あまり、気落ちなさらないでください」

 

「ありがとう、オーレオール。それと、復活の儀式は急ぐつもりではあるが、なにぶん、ここまで破壊されてしまうと、玉座の間の修復にはそれなりに時間がかかるだろう。ヴィクティムはなるべく優先して復活させるつもりだが、ヴィクティムがいない間、第八階層の管理を頼む」

「承知いたしました」

「それと……、今日、ここで見聞きしたことは、一切忘れてくれ」

「畏まりました。それがアインズ様のお望みであれば」

 

 オーレオール・オメガは恭しく頭を下げると、玉座の間に整然と並んでいたあれらを指揮して移動させ、発光体は次々とゲートの向こうへと消えていく。やがて、全てを飲み込んだゲートは、まるで、そこには何もなかったかのように姿を消した。

 

 アルベドは床に伏したまま泣いているようだ。

 姿がある、ということは、とりあえず無事にあの爆発から身を守れたということだ。

 

 アインズは、少しだけ安堵した。

 いくらあれだけのことをしでかしたとしても、アルベドまで喪ってしまっていたら、さすがに自分を保てなかったかもしれない。

 

 パンドラズ・アクターは、アインズの側に静かに立っていた。

 

「アインズ様、アルベドはいかがいたしましょうか?」

「……アルベドも今は混乱しているだろう。自室で謹慎させておけ」

「わかりました。では、そのように」

 

 パンドラズ・アクターは、一礼をすると、まるで人形のように呆然としているアルベドを連れて退出していった。

 

 静まり返った玉座の間に残されたのは、アインズただ一人だった。

 

 重い気分でマスターコンソールを立ち上げる。

 NPCリストを確認すると、やはり、ほとんど全てのNPCの名前は失われている。

 予期していたことではあったが、改めて、確認すると、やはりショックは大きい。

 

 詳しいことは、アルベドに聞いてみる必要はあるだろう。

 しかし、アインズには、全ての発端が、自分のほんの小さな出来心のせいであることがわかっていた。

 

『モモンガを愛している』

 たった十文字の設定変更が、おそらく全てを狂わせたのだ。

 

 大切な友人たちから預かった大切な子どもたちを守っていこうと思っていた。

 しかし、その結果、逆に子どもたちを死なせる羽目になってしまった。

 

 だが、子どもたちは金貨さえ費やせば、復活させることができる。

 死なせてしまうような事態を起こす原因を作った自分を許すことはできないが、それでも、彼らには再び生を与えることができるし、そのくらいの蓄えなら、まだナザリックには十分ある。

 

 問題は、イビルアイだ。

 

 あれが本当にロンギヌスなら、イビルアイが戻ってくることは決してない。

 

 アインズはほんの僅かの可能性にかけて、インベントリから取り出した『蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)』を使用してみた。

 しかし、やはり、何も手応えはない。

 単にワンドの使用回数が消費されただけだ。

 

(やはり、間違いない。死亡ではなく消滅(ロスト)だ)

 

 復活さえさせられない。

 それがあのワールドアイテムの最悪なところだ。

 本来なら、使用したルベドも代償として消滅するが、ルベドは熱素石(カロリックストーン)を核として作られた存在(ゴーレム)。ある意味、ワールドアイテムそのものともいえる。

 だからこそ、ルベドには何事も起こらなかったのだろう。

 

『ずっと、アインズ様の側にいる』

 

 そう約束してくれたのに。

 どうして、大切な人たちは、皆、自分から去っていってしまうのだろう。

 

 アインズは、泣くこともできないアンデッドの体を今ほど呪ったことはなかった。

 

「くそ!! くそくそくそ! クズがぁ!!!」

 

 クズは自分だ。

 

 そう思いながらも言わずにはいられなかった。

 どうせ、誰もいないのなら、いくら喚いても構わないだろう。

 偉ぶった支配者ロールをしなければならない相手は、もう誰もいないのだから。

 

 荒れ果てた無人の玉座の間で、アインズは一人暴れ、もがいた。

 そして、強制的に沈静化されて、再び、床を殴りつけた。

 

 そんなことをしていれば、もしかしたら、イビルアイがひょっこりと現れて、笑って止めてくれる、そんな気がしたのだ。

 

 繰り返し、繰り返し。

 

 しかし、当然のことながら、誰も戻ってくることはなかった。

 

 

----

 

 

 どれくらい、そうしていたのか。

 

「父上、戻りました」

 

 いつの間にか、すぐ近くにいたパンドラズ・アクターに声をかけられて、アインズはようやく我に帰った。

 いくら我が子同然の存在と言えど、ここまでの醜態を見せたことはない。

 しかし、今のアインズにとっては、そんなことは、もうどうでも良かった。

 

「あぁ、パンドラズ・アクターか。――みっともないところを見せたな。さすがのお前でも、あきれただろう。笑ってもいいんだぞ?」

 

 床の上に転がったまま、自嘲気味にそう言ったアインズを、パンドラズ・アクターは心配そうに見つめた。

 

「父上、私の前では、無理をされる必要はございません。たとえ、どんな方であろうとも、アインズ様は、私にはかけがえのない大切な御方なのですから」

 

「そうなのか? だが、それは、あくまでも、俺を創造主として認識しているからだろう?」

 

 パンドラズ・アクターは、埴輪のような顔をそのまま傾げて、少し考え込んだ。

 

「それは、そうかもしれません。でも、それでも、アインズ様を大切に思う気持ちに、変わりないと思いますが?」

「そうか……? そうかもな」

 

 パンドラズ・アクターは、こんな状況だというのに、いつもと全く変わらない、ひょうひょうとした雰囲気で、そんな彼と言葉をかわしているだけで、アインズも、多少気分が慰められるのを感じた。

 

 少なくとも、まだ、自分一人きりではないのだ。

 

 アインズは体を起こすと、あらためて、玉座の間の惨状をゆっくりと見回した。

 

 仲間と作り上げた美しい広間は、焼け焦げ、破壊され、たくさんのアイテムが床に散らばっている。

 あんなに大勢が倒れたというのに、死体らしいものがひとつも見当たらなかった。

 

 意志を持って動いていても、NPCはこの世界に実在している存在ではない。

 アインズが考えていた仮定は、確信に変わった。

 

 ――案外、俺も同じような存在なのかもしれないけどな。ユグドラシルのゲームとしての制限に縛られているのは、俺だって同じなのだから。俺も死ねば、アイテムだけを残して、消えてなくなるのかもしれない。

 

「パンドラズ・アクター、アルベドはどうしている?」

 

「完全に心神喪失状態でしたので、とりあえず、自室の寝室に拘束してあります。なにぶん、見張らせるシモベがおりませんので……」

「それは仕方がない。あの様子だと自害しかねないから、ある程度片付くまでは、そのままにしておけ」

 

「畏まりました。それと、アルベドが所持していた、真なる無(ギンヌンガガプ)とリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは回収してまいりました。今の状態のアルベドに持たせておくのは少々危険な品かと思いましたので。独断で行動しましたこと、お許しください。最終的な御判断はアインズ様にお願いいたします」

 

「確かにどちらも今のアルベドに持たせておくと、どのような行動に出るかわからないな。お前の判断は正しい。とりあえず、リングは俺が預かっておこう。真なる無は、宝物殿に置いておいてくれ」

「承知しました」

 

 パンドラズ・アクターは恭しくお辞儀した。

 

 アルベドに渡していたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、予備のリングとは別の場所にしまい込む。再び渡すことがあるかどうかはわからないが、とりあえず、予備と一緒にするのは多少気が引けた。

 

「それと、父上。こちらも回収してまいりました」

 

 パンドラズ・アクターは、空間から、綺麗にたたまれた、白い光沢のある服を引っ張り出すと、アインズに差し出した。

 

「これは?」

「先程、アルベドが着ていたドレスです。名前は傾城傾国。おそらく、シャルティアが洗脳されるのに使用されたワールドアイテムでしょう」

「なんだと? これがか!?」

 

 アインズはそれを受け取り、自分自身でも〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉を唱えた。

 

 「傾城傾国」とは、ずいぶん皮肉な名前だ。

 このアイテムに踊らされて、アルベドはナザリックを崩壊寸前に追い込んだのだ。

 

 ワールドアイテムであることを差し引いても、アインズは手に触れるのも不快に感じた。

 

「このアイテムのおかげで、シャルティアは洗脳され、アルベドは今回の計画を思いついたというわけか」

「その通りでございます。アルベドは、長いこと、このアイテムを探し求めていました。実のところ、スレイン法国の宝物庫を襲撃したのは、アルベドがこのアイテムがそこにあるという情報を入手したためです」

 

 アインズは自分があまり報告書などに目を通していない自覚はあったが、さすがにそれを見落とすほどいい加減にやっていたわけではない。

 

「アルベドは、その情報を俺に隠していたのだな……」

 

「おそらく、計画自体をアインズ様には知られたくなかったのでしょう。ただ、これは、単なる私見ですが、アルベドは決してアインズ様に対して害意をもっていたわけではありません。むしろ、アインズ様の御為に、という想いが暴走した結果だと思っています」

 

「いや、お前の推測は正しいと俺も思う。そもそも、アルベドが俺を裏切るなど考えられない。暴走した原因は……、やはり俺なんだろうな」

「アインズ様が御自分を責められる必要はありません。私自身、もう少し上手く立ち回ることができていれば。ここまでの事態にならなかったのでは、と反省してはおりますが……。あのルベドを相手にして、防ぎきっただけでも、十分成功に値すると愚考いたします」

 

 これで成功といわれても、とてもそんな風には思えない。

 

 しかし、いつまでも、こうやって座り込んでいるわけにもいかないだろう。

 やらなければならないことは、たくさんある。

 一人で反省会をするのは、全て片付けてからだ。

 

「ともかく、アルベドとは、後でじっくり話をしなくてはな……」

 

 アインズは、出ないため息をついた。

 

「アインズ様、スレイン法国の方はどうなさいますか?」

 

 スレイン法国の名を聞いて、アインズは一瞬激しい怒りにとらわれたが、それはまたたく間に沈静化された。

 

「あの国はただでは済まさん。奴らには、シャルティアとアルベドの借りを、いずれ倍にして返してやる。ナザリックに、これほどまでのことを仕出かしたのだからな。だが、今は後回しだ。まずは、ナザリックを立て直さねば」

「畏まりました。全て父上の御心のままに」

 

 アインズは軽く手をふると、ひどく疲れたように、ゆっくりと立ち上がった。

 

「では、パンドラズ・アクター。宝物殿にある金貨を、後でここに運んでおいてくれ。今回死亡したもの全員の復活の儀式をする必要がある」

「はっ。早急に手配いたします」

 

「……お前ばかり働かせてすまないが」 

 

 ぽつりとつぶやいたアインズを、パンドラズ・アクターは心配そうに見つめた。

 

「何をおっしゃいますか。私は大丈夫です。それに、アインズ様が私にこれをお貸しくださっていたおかげで、私はアルベドの洗脳から、無事逃れることができました。改めて御礼を申し上げます」

 

 パンドラズ・アクターは軍服の胸元に手を差し入れると、一つの指輪を取り出し、アインズに差し出した。

 

 アインズは黙ってそれを受け取った。

 ナザリック最大の至宝の一つ。

 

「アルベドは、私を洗脳し、今は姿を消した至高の御方々の姿を取らせ、階層守護者らにアインズ様に背くよう命じさせました。これがなければ、私は完全にアルベドの傀儡となっていたことでしょう。アルベドは玉座の間で私を殺し、真相を闇に葬るつもりだったのでしょう。ともあれ、結果的に、デミウルゴス殿には、私からアルベドの計画を伝え、それを阻止するよう助力をお願いすることができました。もっとも、さすがのデミウルゴス殿も、ルベドの力量は想定外だったようですが……」

 

「そうだな。ルベドがこれまで、実戦投入されたのは、以前ナザリックが第八階層まで侵攻されたあの時だけだ。あの時あったことを、実際に見て覚えているのは、オーレオール・オメガくらいのものだろう。今後は……、ルベドを起動するのは、なるべく避けたいところだな。それこそ、起動しなければ、ナザリックが破滅する。そういった状況に追い込まれるまでは……」

 

 これからのことを、言葉に出したアインズは、そもそも、これからどうしたらいいのか、わからなくなってしまっている自分に気がついた。

 

 たくさんの……。

 本当にたくさんの犠牲を出したが、ナザリックが完全に崩壊することだけは食い止められた。

 以前、シャルティアを復活させたときは、数日分の記憶が失われていたから、今回も、死亡したNPCは、この事件の記憶を全て失った状態で復活するだろう。

 オーレオール・オメガも、口止めした以上、事件を口外することはないはずだ。

 

 破壊された玉座の間も、莫大になるはずの修復費用はともかく、いずれ元通りの荘厳な姿を取り戻すだろう。

 アインズもまた、以前と何も変わらずに、ナザリックの支配者として生きていくことになるのかもしれない。

 

 しかし――

 

 少し離れたところに散らばっている、イビルアイの仮面の破片が目に入った。

 

 アインズは、よろめきながらそちらの方に歩み寄り、破片を一つ拾い上げた。

 おそらく、これだけが、この世にイビルアイが存在したという唯一の証なのだ。

 

 アインズの行動を静かに見守っていたパンドラズ・アクターは、何かを感じたのか周囲を見回した。

 

「そういえば、父上。イビルアイはどうしたのです? 死体は見当たらないようですが。もしかして、無事に脱出できたのですか?」

「いや、イビルアイは……消滅した。存在そのものがな。この仮面は、直前に体から離れたから、この世界に遺されたのだろう」

「……どういうことですか?」

 

「以前、お前には、私が知っている世界級アイテムの話をしたことがあったな。お前のことだから覚えているとは思うが、二十の中に『聖者殺しの槍』というものがある」

「使用者を完全抹消する代償として、使用された者を完全に抹消できるアイテム、ですね?」

 

「そうだ。現物を見たことがあるわけではないから、確証があるわけではないが、このような効果を持つアイテムなど、他に心当たりはない。先程、復活魔法を試してみたが、何の効果もなかった。蘇生を拒絶されたという感覚もない。だから、ただの死亡ではないことは確かだ。ともかく、どこで入手したのかはわからないが、ルベドは聖者殺しの槍を所持していた。そして、先程の戦いでイビルアイに使ったのだ。本来なら使用者であるルベドも消失するが、ルベドはワールドアイテムだから消失することはなく、使用されたイビルアイだけが消失したというわけだ。……ナザリックには、聖者殺しの槍はなかったはずなんだけどな」

 

「仰る通り、少なくとも、宝物殿に収められたことはございません。一体、いつの間に? まさか、あの時……?」

 

 パンドラズ・アクターは、アルベドたちと、スレイン法国の宝物庫を襲撃したときのことを思い返した。

 あそこにあるアイテムは自分が全て鑑定したと思っていたが、もしかしたら、自分が気が付かないうちに、ルベドが持ち出したのかもしれない。

 少なくとも、あの場所には世界級アイテムが一つは存在していたのだから、複数あったとしてもおかしくはないだろう。

 

「パンドラズ・アクター、何か心当たりがあるのか?」

「はっきりと見たわけではないのですが……」

 

 パンドラズ・アクターは、あの夜のことをアインズに話した。

 

「なるほど。スレイン法国は六百年もこの世界に存在している。複数のワールドアイテムを所持していたギルドはほとんどなかったから、この世界に来てから新たに入手したのかもしれないな。聖者殺しの槍は使い切り型だから、今は一旦失われているが、条件を満たせば、おそらく、またこの世界に出現することだろう。厄介な話だ」

 

 そんなことを話しながらも、アインズはぼんやりと考えていた。

 

 ナザリックは、確かにまだ、存在はしている。

 以前は、過去の遺物だと思った。

 しかし、今のこの状況では、遺物としての価値すら失った、ただの残骸なのかもしれない。

 

 しかも、これ程の多くの犠牲を生み出す原因を作った者が、未だに無事に生きており、アインズ・ウール・ゴウンの名を名乗り、その頂点に座している。

 そんなことが、はたして許されるのだろうか。

 

 NPCたちを再び復活させたとして、自分はこれまで通り支配者として振る舞う資格があるのか。

 

 アインズは、手のひらの中にある貴重な指輪を見た。

 二十の中でも最大の効果を持つといっても過言ではない。

 

 『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)

 

 存在しないつばをゴクリと飲み込む。

 これを使えば、ほぼ、ありとあらゆる願いを叶えることができる。

 そう、イビルアイを復活させることも……。

 

 

----

 

 

 だが、これは、ナザリック最大の秘宝だ。

 どうしようもない状況に陥っても、これさえあれば、それをくつがえすこともできるはずだ。

 そのような貴重なものを、ここで使ってもいいのだろうか?

 

 シャルティアのときは使うことが出来なかった。

 しかし、あの時は、今回とは状況が違う。

 あの時は、これを使わなくともシャルティアの洗脳を解除する方法が存在した。

 だからこそ、将来のために温存することを選んだのだ。

 

(将来? 将来ってなんだ? 何のための将来なんだ?)

 

 アインズは、自分が今まさに、人生の岐路に立っていることに気づいた。

 

 これまでと、同じようにたった一人で、ナザリックの支配者アインズ・ウール・ゴウンとして生きていくのか。

 それとも、一人の人間……、モモンガ、それとも、鈴木悟として、仲間と共に生きていくのか。

 

(仲間には、なってもらえないかもしれないけどな)

 

 アインズは苦笑した。

 

 そもそも、前々から考えていたことじゃないか。

 

 以前の仲間たちがいたアインズ・ウール・ゴウンは存在していない。

 今回の事件は、あらためてそれを俺に思い知らせてくれた。

 それをただ、俺自身が認めればいいだけだ。

 

 失ったのなら、また新しく作ればいい。

 

 あの時、クラン・ナインズ・オウン・ゴールを解散して、新生ギルド、アインズ・ウール・ゴウンになったように、もう一度、新生ギルド・アインズ・ウール・ゴウンを作るんだ。

 

(そして、また、ギルドメンバーを増やしていけばいい。ギルドメンバーなら、主人とシモベなんていう関係じゃなく、対等の立場の仲間になれる。そう、NPCたちだって……)

 

 そのために、俺には、どうしても必要なものがある。

 ナインズ・オウン・ゴールでは、俺を拾ってくれたのはたっちさんだった。

 

 でも、今回、俺を拾ってくれたのは、……多分、イビルアイだったんだ。

 

(イビルアイ。ずっと側にいるって約束したのに、勝手に約束を破るなんて、俺は許さないからな。嫌だといってももう遅い。俺は、こう見えても我儘なんだよ)

 

「パンドラズ・アクター。俺は、アインズ・ウール・ゴウンの名を返上しようと思う」

 

アインズはパンドラズ・アクターの穴ぼこのような黒い目をまっすぐに見た。

 

「わかりました。では、これからは何とお呼びすればよろしいですか?」

「モモンガ……、はアインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名前。これからの新しいギルドにはそぐわないかもしれない。だから、これからは……俺のことを鈴木悟……いや、サトルと呼んでほしい」

 

「サトル様……ですか。畏まりました」

「いや、様もやめてくれないか? ただのサトルでいい」

「さすがに、それは不敬が過ぎます。それに、新しいギルドとは……どういうことでしょうか?」

 

「パンドラズ・アクター。俺は、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンを解散し、新たに新生アインズ・ウール・ゴウンを立ち上げることにする。旧ギルド・アインズ・ウール・ゴウンは、これまで長い間、新たにメンバーを加えることはなかった。しかし、今後は新たなギルドメンバーを加入させていくつもりだ。何か問題はあるか?」

「何もございません。全ては、父上の御心のままに」

 

 パンドラズ・アクターは恭しくお辞儀をした。

 もしかしたら、パンドラズ・アクターがこんな風に自分に振る舞うのを見るのも最後かもしれない。

 

「俺は『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』をイビルアイの復活に使おうと思う。それに異論はあるか?」

「私には、異論などございません。前から申し上げているように、父上は、父上が好きなようにされれば良いのです」

 

 パンドラズ・アクターは妙に満足そうにサトルに告げた。

 

「よし。では決まりだ」

 

 サトルは、長いこと指輪をはめることのなかった左手の薬指に、永劫の蛇の指輪をはめた。

 指輪から伝わってくる情報が、脳の中に書き込まれる感覚を覚える。

 ほんの少しだけ、これを入手した時の、仲間たちとの冒険を思い出して、サトルは楽しい気分になった。

 

(いずれ、また、お前を手に入れてみせるさ。今度は、新しい仲間たちと共に)

 

「では、いくぞ。永劫の蛇の指輪よ、我が願いを聞き届け給え。イビルアイを復活させよ!」

 

 サトルは、祈りを捧げるように左手を上に掲げると、そう叫んだ。

 

 

----

 

 

 完全な混沌。

 全てのものが生まれ、そこに還っていくべき場所。

 

 肉体も精神も完全に分解され、自我も失い、混沌と一体になる。

 

 無だ。

 これこそが。

 

 かつて、イビルアイ――キーノだったものは今や緩やかに分解されていくのを感じる。

 

 愛しかったものも、憎んでいたものも、全てが消えていく。

 その、最後のよすがが消え失せようとしたとき、何か冷たい指先が自分の破片を集め、再び形作ろうとしているのを感じる。

 誰かが自分を手招いていることも。

 

 それは、とても寂しい孤独な魂。

 過去の栄光に囚われ、それに満足していた哀れなもの。

 しかし、そこから新たな道へと歩みだそうとしているのだ。

 

 イビルアイは愛おしいという気持ちで心の中をいっぱいにしながら、その硬い骨の手を優しく握った。

 

 

----

 

 

 イビルアイが目覚めると、そこにはアインズと、軍服を来た見知らぬ埴輪のようなものだけがいた。

 

 周囲は惨憺たるありさまだったが、戦闘が行われている気配はない。

 何が起こったのかは、あまりよく覚えていなかったが、少なくとも今は危険はないらしい。

 ただ、最後のおぼろげな記憶からして、おそらく、自分は一度死んだのだろう。

 

 自分をすぐそばでじっと見ているアインズが、泣いているように思える。

 その理由はイビルアイにはわからなかった。

 

 しかし、アインズが無事に生きていてくれたことにイビルアイは心から安堵した。

 

「アインズ様、ご無事だったんですね……。良かった」

 

 ようやく、口を開いたイビルアイに、アインズは「すまない」といって頭を下げる。

 

「別にアインズ様が謝る必要なんて……」

「いや、これは俺の失態だ。俺がこれまで、先送りにしてきたことのつけが回ってきてしまったんだ。アルベドやルベドも、その犠牲者にすぎない。その結果、俺は、何よりも大切に思ってきた子どもたちのほとんどを失ってしまった。それだけじゃない。イビルアイ、お前まで犠牲にしてしまった。覚えていないのか?」

 

「……あまり、良くは覚えていないです。ただ、なんだろう。死ぬというよりも、自分自身が消えてしまおうとしていたような……」

 

「お前に使われたのは、『聖者殺しの槍』と呼ばれる世界級アイテムだ。その結果、お前は死んだのではなく、存在自体が完全に消滅してしまったのだ。しかし、もう大丈夫だ。『聖者殺しの槍』は使用されたことで、一時的にではあるが消滅した。俺は、もう二度とお前をあんな目にあわせたりはしないと誓う」

 

「アインズ様……」

 

 イビルアイは、体を起こそうとしたが、顔が妙にすーすーするのを感じた。

 慌てて顔に触れてみると、仮面がなくなっている。

 めったに晒すことのない素顔を、二人に見られていることに気がついて、イビルアイは顔を真赤にした。

 

(わ、私は! アインズ様の前で、また変な表情とかしてたりしないだろうな!?)

 

 あわてて、どこかに仮面が落ちていないか探していると、側にいた埴輪が、イビルアイに割れた仮面の破片を渡してくれた。

 

「もしかして、これをお探しですか? でも、残念ながら、貴女の仮面は割れてしまいました。破片は集めておきましたが……」

 

「え? あの、ありがとうございます。その……失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」

「はは、そうか。イビルアイにはまだ紹介していなかったな。これは、パンドラズ・アクターという。俺の息子のようなものだ。モモンとして何度かあっているはずだ」

「え!? アインズ様の息子!? モモン様!!?」

 

 呆然としているイビルアイの前で、アインズとパンドラズ・アクターは楽しそうに笑った。

 

 どことなく、何かが吹っ切れたように見えるアインズを見て、イビルアイは少し安心した。

 

「改めて、自己紹介いたしましょう。ナザリックの宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクターと申します。ドッペルゲンガーですので、変身してア――サトル様のかわりに、モモンをやっておりました」

 

「――サトル?」

 

 聞き覚えのない名前に、イビルアイが驚いたその時、アインズがイビルアイの名前を呼んだ。

 

「イビルアイ」

 

 アインズのひどく真剣な声に、イビルアイはどきりとした。

 

「は、はい」

「俺はアインズ・ウール・ゴウンのギルド長として、アインズ・ウール・ゴウンを解散することにした。これまで名乗っていた、ギルド名である、アインズ・ウール・ゴウンの名も返上する。だから、今後は、俺をサトルと呼んでほしい」

 

「サトル?」

「そうだ。実は、それが俺の本来の名前なんだ」

「そう……だったんですか。わかりました! サトル様」

「様をつける必要はない。呼び捨てにしてくれないか? イビルアイ」

「ええ?」

 

 サトルは空間から、何かを取り出した。

 

「俺は、新たに、新生アインズ・ウール・ゴウンを結成することを決めた。そして、その一番最初のメンバーに……、イビルアイ、お前がなってほしい」

「えっ!?」

 

「新生アインズ・ウール・ゴウンの加入条件は、旧アインズ・ウール・ゴウンと同じにするつもりだ。つまり、社会人――職業についていること、異形種であること、メンバーの過半数の賛成があることだ。そして、今はメンバーはギルド長である俺しかいない。だから、賛成一反対なしで条件は満たす。後は、イビルアイ、お前が同意するかどうかだ。――イビルアイ、俺の仲間になってくれないか?」

 

「…………!」

 

 イビルアイはすぐには返事ができなかった。

 

 自分がサトルと特別な関係になることは、正直あきらめていた。サトルと自分の間にはあまりにも多くのものがありすぎた。

 

 だからこそ、仲間になって欲しいといわれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 アインズ、いや、サトルにとって『仲間』が、何よりも大切な存在だと知ってしまったから。

 

 それに、仲間ということは、対等の関係で生きていけるということだ。例え、恋人とかそういうものじゃなくとも、サトルにとって大切な存在になれるのなら。

 

(これ以上を望むなんて、欲張りすぎというものだろう。少なくとも、仲間なら、サトルと共に未来永劫歩むことはできる。しかも、「一番最初」の仲間として……)

 

 それがどれだけ特別なことかわからないほど、イビルアイも鈍感ではない。

 

 イビルアイは、自分を見つめているサトルを見返した。緊張で体が震える。

 

「その、――わ、私でいいんですか?」

「もちろん。それに、ずっと側にいてくれると約束してくれただろう? まさか、それを破るつもりなのか?」

 

 サトルはくすりと笑い、イビルアイは、更に顔を真赤にした。

 

「そんなことは、ぜったいに、ないです!! サトルさ――ん、私は何があっても一生ついていきます! 今更、嫌だといわれても離れませんからね!」

「――そうか。ありがとう、イビルアイ」

 

 サトルは、なぜか、喜んでいるような、泣いているような、そんな様子にみえた。

 

「じゃあ、イビルアイ、左手を出してくれるか?」

「わかりました」

 

 イビルアイが左手をサトルの前に出すと、薬指を見てサトルは呆れたように軽く笑った。

 

「その指輪、大した効果でもないのに、まだ持っていたのか」

「当たり前です! ずっと、ずっと大切にしていたんですから」

 

 イビルアイは、むっとしたように、少し頬を膨らませた。

 

「じゃあ、今日は、代わりに別のものをやろう。悪いが、その指輪を外してくれないか?」

「……え?」

 

 イビルアイは、妙に真剣なサトルの様子を見て、おとなしく左手の薬指から大事な指輪を外した。

 

 サトルは、イビルアイの左手を優しくとると、なぜか少し震える骨の指で、イビルアイの左の薬指に、大粒の赤い宝石がついた美しい指輪をはめた。

 その指輪を見てイビルアイは驚愕した。

 

「これは……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……?」

「そうだが?」

「あの、こんな、貴重な指輪をいただいていいんですか?」

 

「ギルドメンバーの証だし、イビルアイがメンバーになるのなら当然だろう?」

「それは、そうかもしれないですが」

 

「もう、そんな畏まる必要なんてない。仲間なんだから。――受け取ってくれてありがとう、イビルアイ。頼りないギルド長だけど、これからもよろしく頼む」

 

「こちらこそ。ずっと……よろしく。サトル」

 

 イビルアイは、以前もらった指輪は右手の薬指にはめて、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを優しく撫でた。

 

「結局、それもまだ使うのか。まぁ、好きにするといい」

 

 サトルに笑われて、イビルアイは再び顔を赤くした。

 

(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。正直、これを私がはめることになるとは思っていなかったけれど)

 

 しかも、サトル自身が左手の薬指にはめてくれたのだ。

 サトルには特に意味はない行動だったのかもしれないが、もしかしたら、もしかすることにイビルアイは気がついた。

 

 それに――

 

(私は新生アインズ・ウール・ゴウンのメンバーになることを承諾した。ラキュースたちには悪いが、私はもう、これで『蒼の薔薇のイビルアイ』では、なくなることになるんだな)

 

 脱退すること自体に異議はない。

 ラキュースたちだって、話せばわかってくれるだろう。

 それに、自分はもう既に、サトルと共に生きると決めているのだから。

 

 ただ、ひとつだけ、引っかかっていることがある。

 

 ――アインズ様は、新生アインズ・ウール・ゴウンに相応しい名前として、サトルという名に変えた。いや、むしろ、本来の名前に戻ったといえるだろう。

 

 だったら、自分は……、蒼の薔薇から離れる自分は、イビルアイではなく……。

 

 イビルアイは、サトルの目をまっすぐにみつめた。

 綺麗な赤い灯火の灯るサトルの目が、イビルアイは好きだった。

 

「サトル。せっかくなので、この際、私もイビルアイという名は捨てようと思います」

「ん? そうなのか? 別にお前まで変える必要はないんだぞ?」

 

「長い間、私は名前を隠して生きてきましたが、仮面をなくした以上、隠していても無意味でしょう。それに、サトルと一緒なら、隠す必要もない。だから、これからは、本名を堂々と名乗ろうと思います」

「本名……、確か、キーノだったか?」

「はい。キーノ・ファスリス・インベルン。この名前をつけてくれた親に恥じないように。そして、サトルの側にいる人間として相応しくあるように、生きていこうと思います」

 

「そうか。では、キーノ。改めて、これからもよろしくな」

 

 サトルはキーノに向かって右手を差し出した。

 キーノは、その手を優しく握り返した。

 

 

----

 

 

「さてと、パンドラズ・アクター。お前に少し頼み事がある」

 

 サトルは、側でずっと二人の様子を見守っていた自分の黒歴史に向かい合った。

 

「なんでしょうか?」

「俺は、以前、他のものとお前とどちらかしか助けられない時、お前を見捨てる、ということを話したな」

「はい。サトル様の御為でしたら、このパンドラズ・アクター、死ぬことも厭いません!」

 

「じゃあ……、悪いが、ちょっと、実験台になってくれないか?」

「は!? 一体何を……!?」

 

「失敗したら、ちょっと廃人になってしまうかもしれないが、死ぬことはない。それに、俺の仮説に間違いはないと確信している。まぁ、九十九パーセントくらいだが。それに、これが上手くいくかどうかで、俺の新生アインズ・ウール・ゴウン計画の今後が決まる重要な役どころだ。お前以外に任せられる人材がいない」

 

 さすがのパンドラズ・アクターも廃人という言葉を聞いて一瞬固まったが、すぐにぴしりと敬礼をした。

 

「畏まりました! サトル様の御心のままに!」

 

 サトルは、真剣な顔で、パンドラズ・アクターの両肩に手をのせた。

 

「まぁ、安心しろ。万一、廃人になっても、俺はお前を見捨てることだけはしないから」

「は、はぁ……」

 

 さすがのパンドラズ・アクターも、廃人と重ねて言われて、少しばかり嫌そうな声を出したが、渋々うなずいた。

 

「よし。じゃあ、ここじゃなんだから、俺の部屋に行こう。悪いが、キーノも付き合ってくれないか? さすがに、この場では、ちょっと……な」

 

 キーノは、サトルの意図はさっぱりわからなかったが、素直に頷いた。

 

 

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 パンドラズ・アクターへの実験を無事に終えたサトルは、玉座の間の修復が完了するのを待ってから、パンドラズ・アクターに金貨の運搬役を任せ、死亡したNPCを全て復活させた。

 

 復活の儀式には、ギルメンの残した金を充てざるを得なかったが、もはやサトルはその金に手を付けることに躊躇することはなかった。

 

 守護者たちや、メイドたちが戻ってきたことで、ナザリックは再び、以前の賑わいを取り戻した。

 復活したNPCたちは、案の定、例の事件のことは全く覚えていなかった。

 変わってしまったのは、おそらく、サトルたちだけなのだろう。

 

 そのため、サトルは、当座は自分の計画について、三人だけの秘密にしていた。

 

 ただ、アルベドが長期謹慎していることや、イビルアイがアインズのすぐ側に付き従っていることは、すぐにナザリック中で噂になり、様々な憶測をよんだ。

 

 そんな中、サトルはキーノとパンドラズ・アクターの協力のもとで、計画を淡々と進めていた。

 

「今後の運営資金がかなり不安だな……。復活費用よりも、玉座の間の修復費用があそこまで高額だったとは……」

 

 キーノを伴って、宝物殿を訪れたサトルは、だいぶん目減りした金貨の山を見ながらぼやいた。

 

「いえ、心配しなくても大丈夫ですよ、サトルさ――ん。確かに、何らかの収入源の確保は必要ですが、普通に運営していく分には十二分な資産が残っていますから」

「まぁ、お前がそういうなら、そうなんだろうな。パンドラズ・アクター」

 

 サトルは周囲の財宝にすっかり気をとられているキーノを見ながら、宝物殿の最奥部へとつながる真っ黒な入り口のところで足を止めた。

 

「さてと、二人とも、しばらくここで待っていてくれないか? 俺はこの奥の霊廟に用があるんだ」

 

「霊廟?」

 

 不思議そうに首を傾げたキーノに、サトルは頷いた。

 

「そうだ。……ここを去っていった仲間たちのアヴァターラが並んでいるだけの場所だ。今となっては、本当に霊廟だな」

「一緒に行かなくても大丈夫なのか? サトル」

「なんなら、私もお供しますよ?」

 

 霊廟という名前で不安感をかられたのか、キーノがすがりつくような目で自分を見ている。

 サトルはくすりと笑った。

 

「じゃぁ、二人ともついてくるといい。ただ、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは一旦俺に預けろ。でないと、このなかにいるアヴァターラに襲われるからな」

 

 二人から指輪を預かると、自分の分も含めて、隠し場所にしまい込む。

 

 サトルは、二人を引き連れて、久しぶりに霊廟に足を踏み入れた。

 

 霊廟は、相変わらず静かで、古い仲間たちが本当にここに骨を埋めているような錯覚に陥った。

 

(これから俺がしようとしていることは、死者を冒涜する行為のような気がしないでもないな……)

 

 しかし、遺されたものは親から子へ引き継がれるべきだろう。

 

 サトルは、アヴァターラを一つ一つゆっくりと眺めた。

 

(たっちさん、ウルベルトさん、やまいこさん、ぶくぶく茶釜さん……。皆さんのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、一旦、返してもらいますね。子どもたちに渡すために……)

 

 心のなかで、一人一人名前を呼びかけていき、その勇姿を目に焼き付けた。

 勇姿といっても、立派なのは装備だけで、アヴァターラ本体は残念な出来ではあるが。

 

 仲間たちは、皆笑顔で自分を見送ってくれているような気がする。

 

『いいんですよ。アイテムは、全部モモンガさんの好きに使ってください、っていったじゃないですか』

『それよりも、うちの子たち、大事にしてやってよね。モモンガお兄ちゃん!』

 

(そうですよね。――これまで、ずっと、ありがとう。皆のおかげで、俺はこれからも生きていけます)

 

 そして、サトルは深く頭を下げた。

 

 

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 サトルは多少緊張しながら、アルベドの部屋に入った。

 

 この部屋からは既に人払いをしている。

 デミウルゴスには止められたが、サトルが強く命じたため、外にも護衛はいない。

 正直、サトルがこれからしようとしていることを、シモベたちが、どのように感じるかわからなかったからだ。

 

 内部の様子については、事前にパンドラズ・アクターから情報を仕入れてはいた。

 

 しかし、実際に中に入ってみると、中の様子はサトルの予想を遥かに超えていた。

 どこをみても、アルベドがどれほど深くモモンガを愛しているかが伝わってくる。

 

 部屋の最奥部に垂れ下がっている旗が、ギルドサインではなく、もう捨てたものと思っていた、玉座の間に掛けられていたモモンガの旗であったことにも、少なからぬ衝撃を受けた。

 

 アルベドがこの部屋を立ち入り禁止にしていた理由は、おそらくこれだろう。

 

『モモンガを愛している』

 

 サトルの心は後悔にさいなまされた。

 しかし、今日こそは、何があってもアルベドに償いをする。

 そう固く心に決めてきたのだ。

 

 アルベドがいるはずの寝室の扉を軽くノックし、応えを待つまでもなく、サトルは部屋の中に足を踏み入れた。

 

 アルベドはベッドに横になったままだった。

 近づいてくるサトルを見て、何も言わずに、涙をこぼした。

 

 アルベドの拘束が外されていないことに気が付き、サトルはそれを解除した。

 

「ずいぶん、長期間、拘束してしまったようだな。すまなかった」

 

 自由になったアルベドは、即座にベッドから滑り降りて、サトルの足元に土下座した。

 

「……アインズ様! 本当に、申し訳ありませんでした。守護者統括として、いえ、アインズ様を愛するものとしてあってはならない失態の数々……。どのような罰を受けても許されない身であることはわかっております。ただ、どうか、せめて自害することをお許しください」

 

「アルベド、謝らなくてもよい」

 

 サトルは優しく言った。

 

「アインズ様!?」

「お前がやったことの数々は確かに許されないことだ。しかし、その原因を作ったのも、それを知りながら、何もしなかったのも私だ。だから、責められるべきなのはお前ではない。全ての罪は私にある。長い間、苦しめてすまなかった。許してくれ、アルベド」

 

 サトルは、深々とアルベドに頭を下げた。

 

「アインズ様、どうか、そのようなことはおやめください! アインズ様に罪などございません!」

「いや、違う。私があの時、最後だからと余計な気まぐれを起こさなければ……。タブラさんの最高傑作を汚すようなことをしでかさなければ、少なくとも、お前はあのような計画を思いつくことすらなかったはずだ。だからこそ……。私は、私の罪を償うためにここに来たのだ」

 

「アインズ様……? それは一体……?」

 

 アルベドは不安そうにサトルを見上げた。

 そんなアルベドの頭をサトルは優しくなでた。

 

「アルベド。私は、お前を解放しようと思う」

「それは、どういうことでしょうか? アインズ様、私に何かご不満がおありなのですか?」

 

「いや、お前に不満などない。ただ、私は、自分の罪を償う方法を他に思いつかないのだ。私は、そういう意図ではなかったが、お前の心を無理やり操り、捻じ曲げ、自分に縛り付けてしまっていた。だからこそ、そういう歪んだ形ではなく、本来あるべき姿に戻したうえで、お前に真の意味での自由を与えたいと思う。もし、お前が、犯した罪の意識が消えず、何らかの罰を願うなら、これが罰だと思ってくれても構わない。ただ……私としては、心からお前の幸せを願ってやることだ。アルベド。わかってくれるか?」

 

 アルベドは、サトルをじっと見つめながらしばらく涙を流していたが、やがて、静かに頷いた。

 

「ありがとう、アルベド。では、ベッドに横になってくれ」

 

 アルベドはおとなしく、ベッドに横になった。

 サトルは、その脇に座ると、アルベドの額に手を当てた。

 

「これから、お前に魔法をかける。目を閉じて。力を抜いて、魔法を受け入れるように。いいな?」

「はい」

 

 サトルは〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉を唱えた。

 これまでに何度も検証を重ね、シズでも試し、パンドラズ・アクターでついに成功したやり方で、アルベドの記憶をたどっていく。

 

 『モモンガを愛している』と刻まれた箇所は、一瞬だけ迷ったが『ちなみにビッチである』に戻し、NPCとしての繋がれている鎖を探し出して、それを解除した。

 

(これで、アルベドは本来の設定のまま、NPCから解放されたことになるはずだが……)

 

 大量にMPを消費したことによる激しい疲労にたえながら、サトルはアルベドの様子を観察していると、パンドラズ・アクターから〈伝言〉が入った。

 

「首尾はどうだ? パンドラズ・アクター」

『サトルさ――ん、アルベドの名前が一覧から消えました』

「そうか。では、無事に成功したようだな。確認ありがとう」

『とんでもございません!』

 

 サトルは、おとなしく横になっているアルベドの手を優しく握った。

 

「アルベド、終わったぞ。どうだ? 気分は」

 

 アルベドは目を開け、ゆっくりと周囲を見回すと、やがて自分の顔を見つめているサトルに目を向けた。

 

「……なんでしょう? とても不思議な気分です。つい先程まで感じていた憎しみや怒りが、どこかに消えてしまったような……。もちろん、自分がやってしまったことを忘れたわけではありませんし、それに対する罪の自覚はあります。……ただ、どうして、あのようなことをしてしまったのか、今の私には理解できません」

 

 それを聞いて、サトルは安堵し、まるで産まれたばかりの子どもをあやすように、アルベドの手を握った。

 

「そうか。それでいいんだ。今のお前が感じていることが、本来、あるべきお前の本当の心なのだと俺は思う」

「あるべき私ですか?」

「そうだ、アルベド。お前は、もう誰かに無理に縛りつけられてはいない。だから、これからは、自分の望むように生きていけばいい。もし、そうしたければ、ナザリックや魔導国を離れ、好きなところに行っても構わないんだぞ?」

 

 アルベドは一瞬戸惑うような顔をしたが、やがて、何かを思いついたように、サトルの顔を見上げた。

 

「アインズ様。本当に、私が望むように生きてもいいのですか? それがなんであっても構わないのですか?」

「あぁ、もちろん。まぁ、派手に他者を傷つけたり、破壊されたりするのは困るが。そうでないことであれば、好きにするといい」

 

 アルベドは、それを聞くと再び涙をこぼした。

 しかし、それは、先程までのものとは違う。

 明らかに、嬉し涙のようだった。

 

 そして、アルベドは「モモンガ様!」と呼んで、サトルに抱きついた。

 

 突然、抱きつかれたサトルは動揺したが、それでも、自分が好きにしていいと言った以上、優しくアルベドの背中をなでた。

 

「モモンガ様、私は、ずっとモモンガ様をお慕い申し上げておりました。そして、アインズ様ではなく、モモンガ様と……、ずっと、ずっと長いこと、そうお呼びしたかったのです……! モモンガ様はそれをお許しくださいますか?」

「あぁ、お前がそう呼びたいのなら、モモンガと呼んでも構わないぞ」

「私は、モモンガ様を愛しております。それも、お許しくださいますか?」

 

 サトルは、確かに設定は元にもどしたはずだと少しばかり首をひねったが、しかし、本心から愛していると言われるのはそう悪い気分ではなかった。

 特に、相手がアルベドのような美女であれば。

 

「もちろんだとも。私だって、お前を愛してる。タブラさんの愛娘を愛していないわけがないだろう?」

 

 アルベドは可憐に微笑んだ。

 思えば、アルベドのこのような笑顔を見るのは、随分久しぶりな気がする。

 サトルも、いつになく嬉しくなってアルベドの頬をなでた。

 

 くすくす笑ったアルベドは、下からの目線で可愛らしく尋ねた。

 

「モモンガ様、じゃあ……本当に、私の好きにしてよろしいのですか?」

「あ、あぁ、好きにするといい」

 

 サトルは一瞬何のことかよくわからなかったが、とりあえず無難に答えた。

 

「モモンガ様はなんてお優しいのでしょう! 私は、ずっとずっと、モモンガ様とこうしたかったんです!」

 

 喜びいさんで、アルベドはサトルに勢いよく抱きつき、ベッドの上に座っていたサトルは、その勢いでベッドに横倒しになった。

 

 そのとき、アルベドが肉食獣の表情になっていたことを、残念ながらサトルは全く気づいていなかった――。

 

 

----

 

 

 ナザリックの誇る玉座の間には、先日の破壊を思わせるものは何も残っていない。

 そこに居並ぶシモベたちにも、そのようなことがあったことを知るものはいない。

 

 ただ、全員が、自分が一度死んでいることは理解している。

 アインズがかなりの回数の復活の儀式を執り行ったことも。

 ナザリックにとって、何か重大な事件が起こったことだけは確かだ。

 

 ただ、アインズからナザリックの今後に関する非常に重大な発表があると、ようやく謹慎を解かれたアルベドから通達されている。

 全員、期待と緊張でいっぱいになりながらも、それでも忠誠心をあらわすべく、整然と並んで跪いていた。

 

 アインズが、イビルアイとアルベド、パンドラズ・アクターを伴って玉座の間に姿を表し、一瞬、空気がざわめいたが、やがてそれはすぐにやんだ。

 アインズはいつものように玉座に腰を下ろし、アインズの右脇にアルベドが立った。しかし、今日はいつもとは違い、左脇にはイビルアイ、そしてその隣にパンドラズ・アクターが立っている。

 

 二人がアインズの隣に立つなど、ナザリックとしては異例のことだ。

 居並ぶシモベが微妙にざわめいた。

 

「皆、集まってくれて感謝する。既に、お前たちもある程度聞いていると思うが、今日これからする話は、私にとっても、お前たちにとっても非常に重要な話だ。だから、心して聞いて欲しい。まず、私は、再度、名を変えることにした。アインズ・ウール・ゴウンの名は返上し、今後は、サトルと名乗ることにする。アインズ・ウール・ゴウン魔導王に関しては、私自身の名ではなく、魔導国の王の敬称として、今後も使用するものとする。――私自身が名乗らなくとも、アインズ・ウール・ゴウン魔導国はこの世界の伝説になるだろう。それだけで、アインズ・ウール・ゴウンをこの世界での伝説にするという当初の目的は十分達成したと私は判断した。これに対して異論のあるものはいるか?」

 

「御尊名、確かに拝聴いたしました。至高の御方のお考えに異論などあるはずもございません。サトル様、万歳!!」

 

 サトルの右脇にいるアルベドが声を張り上げる。それと同時に、玉座の間に控えている大勢のシモベたちが全員復唱する。

 

「サトル様、万歳!」

 

「よし。異論はないようだな。では、次の話に移る。今、私の隣にいるアルベド及びパンドラズ・アクターは、ナザリックのシモベではなくなった。そのため、現在は守護者統括、及び、宝物殿領域守護者の地位は空席となっている。しかし、今後はそのような地位自体をなくすつもりだ」

 

 玉座の間にどよめきが走る。

 最前列に並んでいる守護者たちさえ、怪訝そうな表情でサトルを見ている。

 

「私は……、いや、俺はお前たちと対等でありたいとずっと望んでいた。お前たちは、アインズ・ウール・ゴウンの被造物として生まれてきた。ナザリックに対して強い執着心を持ち、創造主である私や他のギルドメンバーに対して忠義を感じていることだろう。だが、それはお前たち自身の自然な心のありようではない。俺は長い間、そのように感じてきた」

 

 玉座の間は静まり返っている。

 皆の視線が自分を突き刺すように、サトルには感じられた。

 

「もしかしたら、お前たち自身は気がついていないかもしれない。しかし、それは不自然極まりない関係だ。だからこそ、俺は二人を解放した。そして、これから、お前たち全員、シモベという立場から解放しようと思っている」

 

「畏れながら、サトル様、そのようなことは……」

「不要だといいたいか? デミウルゴス」

「はい。少なくとも私は、今の立場に満足していますし、それは他のものたちも同様かと思われます」

 

 デミウルゴスは硬い声でサトルに反論した。

 

「そうか。デミウルゴス、お前の気持ちは理解した。お前が、忠誠心からそういってくれていることも。しかし、お前は盟友であるウルベルトさんの大切な息子だ。だからこそ、シモベではなく、盟友の息子として対等に付き合いたいのだ。ウルベルトさんと同様にな。それでは、納得できないだろうか?」

 

「……いえ、サトル様の深いお考えに、異議を唱えたことをお許しください」

「もちろん構わないとも。他に、意見のあるものはいないか?」

 

「サトル様には、我々がご不要ということでしょうか?」

 

 セバスの低い声が響く。

 

「いや、セバス。そうではない。俺はお前たちを自分の子どものように思っている。大切な友人たちから預かった、大切な子どもたちだと。だからこそ、お前たちを不自然な状態にはしておきたくない。自分で考え、そして、自分の本当の気持ちで……、俺に仕えることを選ぶのであれば、俺はそれを喜んで受け入れるし、望まないのであれば、無理強いはしたくない」

 

 シモベたちには、あまり納得した様子がみられない。

 サトルは何と説明したものか、少しばかり考えた。

 

「そうだな。例えば、セバス。お前は以前、ツアレへの愛情よりも俺への忠義を選んだ。しかし、それは本当に正しいことだったのだろうか? 俺は疑問に思ったのだ。お前が、もし、ナザリックに縛られず、自由に選択できたとしたら、もしかしたら、別の選択をしたかもしれない。もちろん、お前の忠義を疑ってこういう話をしているわけではないぞ、セバス。ただ、私のいいたいことが少しは伝わったのではないか?」

 

 セバスは黙って、アインズに頭を下げた。

 

「他に、意見があるものはいるか?」

 

 シモベたちはかなり動揺しているようだったが、サトルの決心が硬いことは伝わったのだろう。それ以上、声をあげるものはいなかった。

 

「では、これ以上、反論がないのであれば、俺はお前たちを解放することに決定する。そのためには魔法を行使することになるが、この術は一度に行使することはできない。そのため、順次お前たちに施していくつもりだ。そして、その後、ナザリックに残るか、それとも他の地に去るか、それはお前たちの自由意志に任せる。そして……」

 

 サトルは少し言葉を切り、ゆっくりとシモベたちの顔を見回した。

 

「俺は、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンを解散する。アインズ・ウール・ゴウンは……既にその役目を終えたのだから」

 

「サトル様……」

 

「俺は、その代わりに、改めて、新生アインズ・ウール・ゴウンを設立するものとする。そして、一番最初のギルドメンバーとして、ここにいる、キーノ・ファスリス・インベルンを迎え入れる」

 

 キーノは、サトルに促され、一歩前に出た。

 仮面をつけず、フードを下ろしたキーノは、シモベたちの前でも臆することなく、堂々と一礼をした。

 

「キーノ・ファスリス・インベルンだ。以前は、イビルアイと名乗っていた。今後は、新生アインズ・ウール・ゴウンのメンバーとして、サトルと共に歩いていこうと思っている」

 

 アウラとシャルティアがキーノを羨ましそうに見ている。

 

「一人だけずるいでありんすぇ……」

 そんな声も聞こえたが、サトルはとりあえず、聞こえなかったことにした。

 

「ありがとう、キーノ。もちろん、メンバーになるのは、キーノだけではない。自由になったお前たちがそれを望むなら、俺は、お前たちを喜んで俺の仲間として、新生アインズ・ウール・ゴウンのメンバーとして迎えよう。お前たちを創造した以前の仲間たちと同様に。その先駆けとして、アルベド、及び、パンドラズ・アクターも迎え入れる」

 

 アルベドとパンドラズ・アクターも一歩前に出ると軽く頭を下げる。

 

「俺は今後はナザリックの支配者ではなく、一人のサトルとして生きていく。お前たちと対等に。皆もそれに賛同してくれることを強く望む」

 

 誰も声を上げるものはなかった。

 サトルの脇にいるキーノはサトルを優しく見つめていた。

 

 

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 それから――

 

 一人ひとり、サトルはNPCを解放していった。

 

 最初は皆戸惑っていたが、やがて、それは不思議なほど自然に受け入れられた。

 もっとも、サトルの予想に反して、ナザリックから出ていくことを選ぶものはいなかった。

 

 サトルは、ある程度はナザリックから出ていくものもいるだろうと、以前のナザリック内での職務分担を見直すことも考えていたが、全員、それまでの職務を嬉々としてやっているのを見て、とりあえず、現状維持することに決めた。

 

 実際、サトルが自分で慣れない手付きで自室の掃除をしようとしたら、セバスからしこたま怒られたのだ。

 

(なんだろう。何か、俺のやり方が間違っていたんだろうか? それとも、彼らが自分の意志に反して行動している、という俺の仮説が間違っていたんだろうか?)

 

 新生アインズ・ウール・ゴウンに参加希望するものも数名現れた。

 ただ、全てのものがメンバーになることを選んだわけではない。

 

 それだけは少しだけ残念だったが、サトルは気落ちはしなかった。

 

「大丈夫だ。時間をかければ、皆もきっとわかってくれる」

 キーノのその言葉がサトルを支えてくれたから。

 

 

----

 

 

 サトルはキーノと共に円卓の間に向かっていた。

 

 思えば、円卓の間に来るのは本当に久しぶりだ。

 

(ユグドラシルのサービス終了前にヘロヘロさんと別れて以来かもしれないな……)

 

 ユグドラシル時代は、仲間が誰一人いなくなった後も、ログイン・ログアウトをするために、この部屋を使っていた。しかし、この世界では、そういう用途もなくなったうえ、円卓に共に座る仲間がいない以上、来る必要などなかった。そう。これまでは。

 

 サトルは隣を歩いているキーノをちらりと見た。

 きらめく赤い瞳と、短めの金髪がとても綺麗に見えた。

 不意に、そのキーノを抱きしめたくなったが、サトルはその衝動を抑えた。

 

 ――先日のアルベドはやばかった。やはり、こういうのは、本人の許可をとらないとダメだよな。

 

「キーノ」

「なんだ? サトル」

「――その……、いや、やっぱり、何でもないです」

「サトルは本当に……」

 

 キーノの呆れ声が聞こえる。

 

「ほら、遅刻するぞ。行こう、サトル」

 

 キーノがサトルの右手を握り、サトルはそれを握り返した。

 

 四十一もの椅子が並んでいる円卓の間。

 これまでは、誰も座るものはいなかった。

 しかし、今日は、部屋の中から人の気配がする。

 

 サトルは円卓の間の扉を見つめた。

 急に少しばかり緊張してくる。

 

(これを開けば、新しい未来につながるはずだ。俺たち、新生アインズ・ウール・ゴウンの……)

 

 キーノが握っている手に更に力がこもる。

 サトルはそれに励まされて、扉を開いた。

 

 

----

 

 

 円卓の間には、既にアルベドやデミウルゴス、パンドラズ・アクター、その他、メンバーになることを選んだもの全員が顔を揃えている。

 

 ここに集まったのが、新生アインズ・ウール・ゴウンの初期メンバーだ。

 俺たちは、これから新たな道を切り拓いていく仲間だ。

 

 サトルは、そこに居並ぶものたちの後ろに、以前の仲間たちの姿を見ていた。

 

 それに、自分の傍らには、キーノが寄り添ってくれている。

 

(大丈夫。俺はこれから、新しい人生を、この世界で生きていくんだ。もう、俺は一人ではない。皆と、キーノと一緒に……)

 

「それでは、これより、新生アインズ・ウール・ゴウンの初会合を開く!」

 

 万雷の拍手が湧き起こった。

 

 

 

 

 




佐藤東沙様、路徳様、誤字報告ありがとうございました。
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いろいろ回収しきれなかったエピソードはありますし、賛否両論あると思いますが、これで、この物語は完結となります。
これ以上は蛇足になりそうなので、番外編などを書く予定は今のところありません。

本当に長い間お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
最後まで読んでくださった皆様に、心から感謝を込めて。

追記:質問が多かったので、設定を追記します。この話では、ルベドはカロリックストーンをコアとしたゴーレムのため、ロンギヌスの効果は及びません。また、宝物殿の二個の二十のうち、片方はウロボロスであり、それがアインズ様の左手の普段はめていない指輪である、ということになっています。
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