イビルアイが仮面を外すとき   作:朔乱

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当初予定の最終話でした。


最終話: イビルアイ、約束する

 二人はそのまましばらく、無言で穏やかな視線をお互いに交わし合った。

 

 もはや隠すことはなにもない、嘘偽りが必要のない関係という気安さがそうさせたのかもしれない。イビルアイの表情は満足げで、アインズもこれまでになく穏やかな気分の自分に浸っていた。

 

 しばらくして、アインズが口を開いた。

 

「先程、お前は本当の名前はキーノだと言っていたが、今後はキーノと呼んだほうがいいのか?」

「……、本当のことを言えば、アインズ様にはキーノと呼んでほしい。しかし、私は普段はその名前は隠しているので、これまで通りイビルアイと呼んでください」

 

「そうか……。お前にも、いろいろ事情があるようだな」

 

 イビルアイは少し逡巡した様子だったが、やがて口を開いた。

 

「本当は、もっとたくさん、私はアインズ様にお話したいことがあります。私が昔引き起こしてしまった恐ろしいことなんかも……。でも、私は臆病で、まだそこまでお話する勇気が今はまだありません……」

 

「……私にだって、人に話せないようなことはたくさんある。それを気に病む必要などなかろう。全てを人に包み隠さず話すというのは、勇気が必要なだけではなく、とても難しいことだと私は思っている」

 

「そう、……ですよね。本当に、その通りですね!」

 

 急に、少し元気を取り戻した様子のイビルアイに、アインズもなんとなく嬉しくなる。

 

「ところで、イビルアイ、少し聞きたいことがあるのだが、構わないか?」

「はい、なんでしょうか?」

 

「お前は先程、吸血姫という種族だと言っていたが、あいにくそれは私の知識にはない種族のようだ。この世界ではよくある種族なのか?」

 

「……実は、私にもよくわかりません。ただ、私は非常に特殊なタレント持ちだったらしく、幼いころ自分がよくわからないままにそのタレントを発動させてしまって……、気がついたらこのような身体になってしまったのです……」

 

「そうか……。それは、大変だったんだな……」

 

 どうやら、現地産のアンデッドの発生方法はなかなか複雑なようだ。後で調べてみなければ、と思いつつも、イビルアイの声がかすかに震えているのを感じ、アインズは、なぜかそうした方がいいような気がして、再びイビルアイの頭を撫でた。イビルアイは、先程とは違い、怯えることもなく撫でられるがままになっている。その様子にアインズはなぜかとても微笑ましい気分になる。それに吸血姫という聞いたことのない種族にもひどく興味を引かれる。その上特殊なタレント持ちだとすると、この世界ではイビルアイは恐らくかなりのレア物なのは間違いない。アインズは自分のコレクター欲も少し刺激されるのを感じる。

 

 ……少なくとも、このままイビルアイを手放してしまうのは、とても惜しい気がする。もちろんレアだから、というのもあるかもしれないが、それとは違う何かもある気もする。しかし、その気持ちの違いは、今のアインズにはまだよくわからなかった。

 

 おとなしくアインズに撫でられるままのイビルアイの耳には『かなりのれあもの』とアインズが微かに呟く不思議な言葉が聞こえたような気がしたが、その意味はイビルアイにはよくわからなかった。しかし、アインズが優しく頭を撫でてくれるその骨の手になぜか心が安まるものを感じて、そのままじっとしていた。

 

 

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 やがて、太陽が夕日に変わり空を赤く染め上げる。それが、今日の約束の時間の終わりであることを告げていた。

 

 アインズは軽くため息をつくと、イビルアイに切り出した。

 

「さて、イビルアイ。私は、お前にもう少しだけ話さなければいけないことがある」

 

 それを聞いて、イビルアイは少し真面目な顔になって頷く。

 

「お前は、ある意味魔導国の最大の秘密を知ってしまった。それはわかるな?」

「……はい」

 

「だから、お前をこのまま何もなしにエ・ランテルから出してやることはできない。それも、わかってくれるな?」

「…………はい」

 

「私が提示できる選択肢は二つある。まずはそれを聞いてから、お前の答えを教えてくれ」

 本当の選択肢は三つだが、アインズは三つ目の選択肢を取るつもりは既になかった。

 

 イビルアイは無言で頷いた。

 

「まず一つ目の選択肢だが、お前が王国を、もちろん蒼の薔薇も離れて、私に忠誠を誓い私の臣下となることだ。ただし、私がお前の愛情に応えられるかどうかについては、今の段階では何も約束できないし、何かを保証することもできない。お互い、今初めて相手のことを知ったようなものだ。だから、私達の関係がどうなるかは、今から作っていくものだ。違うか?」

 

「…………。はい、それはそうだと思います」

 

「そして、二つ目の選択肢だが……」

 

「…………」

 

「私の魔法でお前の記憶を操作し、魔導王アインズと英雄モモンが同一人物であること、そして、ここであったことを忘れてもらう。その後は、これまで通り蒼の薔薇の一員として普通に行動してもらって構わない。問題は私とモモンが同一人物であるということを知ったままにしておくことなのだから。それさえ忘れてしまえば、何の問題もない」

 

 その言葉を聞いたイビルアイは、真っ青な顔をしてアインズを見つめた。

 

「どちらを選ぶのも君の自由だ。イビルアイ。私はどちらでも構わないぞ」

「ま、待ってください!!」

 

 アインズの言葉を遮るようにイビルアイが叫ぶ。

 

「ん? どうした?」

 

「忘れるのは……、忘れるのだけは嫌です! それだけは、絶対に……」

 イビルアイは全身を震わせながら、必死になってアインズに訴えかけた。

 

(むしろ、こんなことは忘れたほうが幸せな気がするんだがなぁ……。それとも、俺はやっぱり、まだよくわかっていないんだろうか……)

 アインズは首をかしげる。

 

「それでは、イビルアイよ。我が国に来て私に仕えるということでいいのか?」

 

「すみません、それも……あの、少しだけ……少しだけ考える時間をください……!」

 

 イビルアイが何に引っかかっているのか、よくわからなかったが、確かにこれはイビルアイにとっては人生の岐路のような選択だろう。ならば、少しは時間を与えるべきだ。

 

「わかった、お前が納得できる答えがでるまで待とう。ただし、もう時間も遅い。待てる時間にも限度があると知ってほしい」

 

「ありがとうございます。多分、すぐ済みますから!」

 

 イビルアイが非常に真剣な様子で悩んでいる様子に、アインズはなるべく急かさないよう気をつけようと思う。そして、シモベ達には、手を出さないようさりげなく合図をした。

 

 

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 イビルアイはしばらく考えた後、ようやく口を開いた。

 

「私は、この国にとても魅力を感じています。この国なら、私は自分を偽ることなく生きていけるでしょう。それに、モモン様、いえアインズ様が作られていくこの国の未来がどうなるのかも見たいと思っています。でも……」

 

 イビルアイは、懇願するようにアインズに訴えた。

 

「今の仲間たち、蒼の薔薇のメンバーは、私が吸血姫であることを知っていて、それでも大切な仲間として扱ってくれているのです。それを見捨てて去ることは、どうしても……その、できないのです……」

 

 大切な仲間を見捨てたくない。イビルアイのその言葉は、長いこと仲間を待ち続けたアインズの心を打った。

 

「……なるほど。その気持ちは私にもわからなくはない。つまり、今すぐ私の元に来るのは難しいということだな?」

 

「はい。ただ、アインズ様さえよろしければ、私の忠誠をここで誓いたいと思います。そして、それをもって私のアインズ様への約束とさせてください。どのみち、そう遠くない未来に彼女たちも年を取りチームを離れることになるでしょう。その時には、アインズ様の元でお仕えしたいと思います。もちろん、先程知ったことは、決して他に漏らすことは致しません。それに……少なくとも私はアインズ様への愛を諦めるつもりはありませんから!」

 

 自信満々に宣言するイビルアイの様子を見て、アインズはイビルアイの意志が揺るがないだろうと確信する。

 

「そうか、わかった。お前の忠誠を受け入れよう。では、お前がいずれ一人になったら私の元に来るがいい。どのみち、お互いにアンデッドなのだ。我々には時間はいくらでもあるのだから」

 

「はい……!」

 

 イビルアイは、初めて心の底から溢れるような笑みを浮かべ、それから、悪戯ぽい表情を浮かべると、アインズに思いっきり抱きついた。

 

「!!? イビルアイ、一体なにを!?」

「ああ、これが本当のモモン様なのですね……! ずっとこうしたかったのです!」

 

「そ、そうなのか?」

「はい!」

 

「……骨しかないんだが?」

「こうやってみると、骨もいいものですね!」

 

 あまりにも嬉しそうなイビルアイの様子に、アインズ自身も思わずなんともいえない愛おしい気分でいっぱいになる。最後にこんな気持を感じたのは一体いつのことだったのか、アインズには思い出すことはできなかった。

 

(パンドラズ・アクターにしてやられたと思っていたが、結局は、奴の思い通りになったのかもしれないな……)

 

 そして、一生懸命自分の骨しか無い首元に顔を擦り付けているイビルアイを見ながら微笑むと、その背中にそっと手を回し優しく抱きしめた。

 

 

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 アインズは、モモンの姿に戻ってイビルアイを黄金の輝き亭まで送ると、ナザリックに帰還した。

 

 九階層の自室に戻ると、既に中でパンドラズ・アクターが待ち構えていた。

 

「アインズ様、お疲れ様でした」

 いつものごとく仰々しいお辞儀をするパンドラズ・アクターに、軽く手を振り、ソファーに腰を掛ける。

 

「お前もなかなか素晴らしい手回しだったな。礼をいうぞ、パンドラズ・アクター」

「勿体無いお言葉、ありがとうございます!!」

 

「パンドラズ・アクター、立ってないでお前も座るがいい」

 

 パンドラズ・アクターに着席を促すと、本日のメイドであるシクススに、飲み物を出してやるよう指示をする。

 

「ではお言葉に甘えまして、失礼いたします」

 

 珍しく、隣ではなく反対側に腰をかけると、パンドラズ・アクターは少し真面目な顔をした。

 

「それで、アインズ様、今回の実験はいかがでしたでしょうか?」

 

「そうだな、思ったよりは悪くなかったと思う。それに、まさかイビルアイが現地産のアンデッドだとは思っても見なかった。どうやらユグドラシルにはいないタイプのレア種のようだ。しかも、強力なタレント持ちでもあるらしい。彼女をナザリックに取り込めればナザリックの強化にも繋がるだろう。そう考えると、今回の件は想定以上の収穫があったのではないかと思う」

 

 そういいながら、自分の手を見つめる。なんとなく、先程抱きしめたイビルアイの柔らかな身体の感触が残っていて、少しふわふわした気分がする。

 

「それは、よろしゅうございました。しかし、あのまま帰してしまって本当によろしかったのですか?」

 

「本音を言えば帰したくはなかったが……。まぁ、別に構わないだろう。私に忠誠は誓ったことだし。あの様子なら今日のことを漏らすこともなかろう。それに、いずれにしても、あれは自分からこちらに来るはずだ。そう遠くない未来にな」

 

 アインズは、その日を少し楽しみにしている自分に気がつく。

 

「そうですね。全ては、アインズ様の御心のままに」

 

 そう答えるパンドラズ・アクターの表情は読み難かったが、少なくとも自分の計略が当たったのか、まんざらでもない顔をしているように見える。

 

「……ところで、パンドラズ・アクター。今日の件、アルベドには本当にバレてないんだよな?」

 

 それを聞いてパンドラズ・アクターは不思議そうにぐるっと首をかしげる。

 

「今日は、アインズ様が気晴らしに私を供にエ・ランテルを散策なされている時に『偶然』イビルアイと出会われたため、情報を引き出すべくお話をされた『だけ』でございますよね? 何か問題になることなどございましたでしょうか?」

 

(こいつ、腹黒っ……!?)

 アインズは呆れて、パンドラズ・アクターの顔を見る。

 

「まぁ、そうだな。……それなら、確かに問題はないな」

「ええ、お気になさることなど何もございませんとも」

 

 確かにバレていたとしたら、恐らく戻ってきた時に部屋の中でアルベドが仁王立ちして待ち構えていたに違いない。そう考えると、その辺はこいつが上手いことやっていたのだろう。

 

 涼し気なパンドラズ・アクターの顔を見つつ、アインズは、後で何かあったらこいつに押し付けようと心に決める。

 

「しかし、問題が一つできてしまったな……」

「何が、でしょうか?」

 

「後で、エントマには謝らなければならない……。以前、約束していたものは諦めてほしいと。何か他のもので我慢してくれるといいのだが……」

「それは問題ないでしょう。エントマとてアインズ様の願いであればそれを受け入れるのは間違いありません」

「それはそうなんだがな……。本当に、私は我儘だな」

 アインズは思わず苦笑する。

 

 「アインズ様はもっと我儘を言われてもよろしいかと」

 

 アインズの困ったような表情を見てパンドラズ・アクターは楽しそうに笑った。

 

 

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 翌日、イビルアイは宿を引き払い、エ・ランテルの街から去ることにした。

 

 いつものローブを纏い仮面を被ったイビルアイは、荷物をまとめ黄金の輝き亭を後にすると、エ・ランテルの城門に向かう。

 

 もう、今回の目的は十分に果たせたのだ。いずれこの街にはまた来ることになるだろうし、その機会はこれからいくらでもあるだろう。

 

 左手の薬指には、昨日別れ際にアインズから渡された指輪が嵌っており、イビルアイはその指輪をそっと撫でる。

 

『たいした品物ではないが、これを持っていくがいい。アンデッドの弱点である炎属性と神聖属性の耐性を上げる効果のある指輪だ。今日は私も楽しく過ごせたからその礼だと思ってくれ』

 

 アインズはつまらない品だと笑っていたが、イビルアイからすれば大層なマジックアイテムだった。

 

「これがつまらない品物だというのだから、アインズ様は、本当に大した御方なのだな……」

 

 呆れたような口ぶりで言ったものの、なにより、愛する人から贈られた品である。それに、自分を守る効果があるということも、純粋に嬉しかった。これからは、彼がいない時もこの指輪が自分を守ってくれるだろう。

 

 そんな風に思っただけで、イビルアイは自分の気持ちが高揚し、愛情で胸がいっぱいになるのを感じる。

 

(今すぐは無理だけど、あと何年かしたら、きっとあの方の心を手に入れてみせる! 同じアンデッドなのだし、何の問題もないはずだ!)

 

 そう、私達には時間だけはたくさんあるのだから。

 

 今までは、悲しみでしかなかったその事実は、今のイビルアイにはこの上ない幸せに感じられる。

 

 イビルアイは、城門をくぐり、エ・ランテルの街の外に出た。

 

 しばらく歩いてから、ゆっくりとエ・ランテルの街を振り返る。

 

 門の前には、来た時と同様に愛しい人の像が二つ置かれてあった。それを長いこと見つめ、そっと指輪にキスをする。

 

 そして、イビルアイは徐に転移魔法を唱えると、王都へと帰還した。

 

 

 

 




アンコール・スワットル様、薫竜様、誤字報告ありがとうございました。

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初めてまともに書いたSSでしたが、拙い文章を最後まで読んでくださった皆様、そして、感想、評価、誤字報告をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

これは、本編のアインズ様とイビルアイがほんの少しだけ、幸せになってくれることを願って書いた物語です。

あくまでもイビルアイの死亡フラグが消えスタートラインに立てただけなので、この後どうなるかはわかりませんが、イビルアイならきっと乗り越えてくれるでしょう、多分……


アルベド「抜け駆けなど許さん」
シャルティア「こんなの認めないでありんす」
エントマ「…………コロス」

アインズ「ちょっと待って!?お前たち、コワイ」



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