所用のため会社から出ていた俺は本日、昼食を外で取ることにした。行先はバーガーショップ。国内発祥のチェーン店。多少お高い分、満足感、贅沢感の味わえる店だ。
ジャンクフードで満足感を味わえるなんてお安い男だなぁ。とは思うけれど、こんな事を言うとお店に失礼に当たるかもしれないので、そんな自虐は控えておく。
自動ドアをくぐって、レジの前でしばらく待つ。その間、メニューを見て何を頼むかを検討。今回は照り焼きバーガーとスパイシービーフバーガー、更にはポテト・ドリンクセットをくっつけることにした。
支払いを終えて、適当に空いている席に歩く。昼にしては案外あっさり空席を見つけることができた。
だけれど、にゅっと視界の外から細い腕が伸びてきた。先の手が、さながらイソギンチャクの様にひらひらと揺れている。
俺は伸びてきた方向に目線を向けた。この間のように黒色のスーツ。片手にハンバーガーの紙袋。口紅で赤く染められた唇が動き出す。
「やあ、また会ったね。思わぬ再開だったけれど、私は嬉しいよ」
「……正直な所もう会う事は無いと思っていたんですけどね」
「そんな寂しいこと言わないでよ。ここで会ったのもまた何かの縁。一緒にどう?」
ここで断るのもなんだか気が引けた。彼女には一飯の恩がある。彼女からすれば、ただの謝礼、課金とのことだが、何でもされっぱなしは気に食わない。時間が許す範囲であれば彼女と食事を共にするのも悪くない。そうした方が気分は良いだろう。そう判断した。
「構いませんよ」
「そう。良かった」
「では、失礼して」
着席番号札を机に置いてから腰をかけた。頬杖を付きながら彼女の食事風景を眺める。丁度長い人差し指と親指でポテトをケースから引き抜く所だった。先っぽからちまちまと、口に入れて食べ進める。それを二度三度と繰り返す。
何だかハムスターを彷彿とさせる食べっぷり。じっと見ていても飽きが来ない。俺はペットとかを飼ったことは無いけれど、もし餌を与えるたびにこんな気分が味わえるのなら、面倒な世話に耐えるだけの価値があるのだろう。
「ん? どうかしたのかな。私の顔をじっと見て。ひょっとして何か付いていた?」
「いや、そういう訳じゃ無いんですけど」
「じゃあ、何?」
「……」
解答にもたつく。正直に『貴女の食べる姿に見惚れていた』なんて言えなかった。晒してしまえば彼女に延々と弄り続けれるのが目に見える。とっさにそれらしい言い訳を思いつきたかったけれど、残念ながらそこまでの機転を俺は持ち合わせていない。それ故の沈黙である。
「もしかして、言えないようなことを考えてたの?」
「そ、そんな事はないでですよ」
「口が上手く回って無いねぇ~。図星かな、これは」
赤い唇が弧を描く。彼女の手の平で踊らされているような気分だった。彼女の目の前ではすべてが愚策になってしまう。そんな気がした。
「貴女があんまりにもおいしそうにポテトを食べるものだから、自分の物が来るのが待ち遠しくなっただけですよ。お腹が余計に空いただけです。それを口にするのは意地汚いと思ったから、話さなかっただけです」
持ち直す。ゆっくり、そして淡々と単語を連ねた。嘘と本当を織り交ぜた口撃。これを見抜くことは相当難しいはずだ。俺の言葉を聞いて、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「そっか、じゃあ……食べる?」
「何を?」
「ポテトを」
彼女はケースから一本ポテトを引き抜いて俺に突き付ける。素早く流麗な動き。レイピアの切っ先を突きつけられたようだった。
「別に、要らないですよ。どうせ自分の分もそろそろくるでしょうから」
「今なら私専用のトッピングが付いてくるとしても?」
「専用のトッピング?」
「そう、私専用のトッピング」
気になった。聞き返した後で、チェーン店で個人専用のトッピングなんてあり得ない。そう思ったけれど、ここで話題を新しく振るのも不自然だ。俺はそのまま話の流れに身を任せた。
「……どんなものなんですか」
「どんなものだろうね? 君が要らないというのであれば、もう二度とそれを見ることはできないだろうけれど」
煙に巻く。彼女は酒に酔っても酔わなくても、面倒な話の回し方をする。今回は酔っていないとはいえ、このまま話をさせると、前回の二の舞になりそうだ。
でもまあ、所詮は暇つぶし。適度に時間を使っても問題はない。なんなら彼女の言う所の『専用のトッピング』の正体が分からなくても構わない。適当に会話を回す。
「専用トッピングというのは大いに気になる所ですが、俺にも好き嫌いがあります。知らないまま受けることはリスキー、違いますか?」
俺の言葉を聞いた彼女は、顎に手を添えて小さく「ふむ」と漏らした。
「じゃあ、ちょっとしたゲームをしようか」
「ゲーム?」
「ああ、君は好きでしょ?」
「ええ、まあ。でもどんなゲームですか?」
「私は君の質問に答える。それで君が正体を見極められたのなら、食べるかどうかの決定権は君に、見極められなければ、私が決定権を持つ。制限時間は、君の注文した物が届くまで。これでどうかな?」
「……直接は教えればいいのに」
「これは暇つぶしだよ。普通に教えるのはつまらないでしょ?」
ハンバーガーを食べ終えていた彼女は残った紙袋を三角に畳む。
問題はない。彼女の娯楽というか、楽しみに付き合ってもいい。元々、感謝の気持ちを示すための同席なのだから。俺は首を縦に小さく振る。
「……分かりました。じゃあ、最初の質問です」
「うん。なにかな?」
彼女は空いた両手の指を組んで、肘をテーブルに付いた。
質問の数は無制限というルールの為、思いつく限り、口任せに質問をしていくことにする。フッ、と一息吐いてから視線を彼女に向けた。
「貴女はよくそれを頼みますか?」
「いいや、頼まない。自前で持ってくる」
「成程、じゃあメニューには無いものなんですか?」
「ああ、無いね」
「じゃあ、どこでそれを買ってくるんですか」
「買ってこない。売ってないからね」
「へぇ、じゃあ自家栽培とかですか?」
「ある意味そうかもしれないね。毎日とまではいかないけれど、手入れも欠かせない」
「成程……」
情報を整理する。
そのトッピングはメニューには無いもの。だからこその専用で、特別メニュー。
どこかで買うものではない。売っていないから。
だから彼女は育てている。毎日、とまでは行かないけれど手入れをして。どうやら手間のかからない物らしい。
よし、時間も無いから続けよう。
「どんな手入れをするんですか?」
「よくやるのは水をあげる事かな。あとたまに温めたり、先端を切り取ったり、削ったりする」
「切り取る、削る……? 収穫って事ですか?」
「うーん、ちょっと違うかな。長い間やらないとねじれていったりするし、衛生的にも良くないの。そうなると見た目も悪くなるからね」
「なんか、盆栽みたいですね」
「ハハッ、やっぱり君は面白いね~。まあ似たような面白さがあるかもしれないね。私は盆栽をやったことが無いから分からないけれど」
そう答えると彼女は「さて」と言葉を区切った。チラリと視線が俺の後ろに行く。気になって後ろに向けて首を回すと、店員さんがトレーを持って近くに来ていた。俺たちの視線を受けて店員は俺の所に品々を置いて、頭を下げてこの場から撤退する。
「タイムオーバーだ。君の出す答えを聞こうか」
「…………」
視線を逸らした。まずい。正直全く分からない。
植物に水をやったりすることは一般的。温めることは、温度調整、つまりは室温管理だろう。だけど、切ったり、削ったり? サッパリだ。どんな野菜なのか見当がつかない。
というかまず、店にも売っていないと言っていたから、とんでもなく、マイナーな野菜なのだろう。そんな物、野菜ソムリエでもなんでもない俺が見極めることができるはずも無かった。
「ギブアップ、です」
「良いのかな。そんな簡単に諦めて」
「ええ。無い袖は振れないって言います。同じく無い知識は、出て来ませんよ」
というよりは、これ以上こんな訳の分からない情報に頭を使いたく無かった、というのが本音である。
「成程、それはそうだね。じゃあこの勝負は私の勝ち。でもまあ、ちょっと意地悪な問題定義、質疑応答だったかな」
「と、言うと?」
「まあ、私も負けたくなかったから意地を張っただけ」
彼女は適当に答えて、彼女のフライドポテトを親指と人差し指で掴むと俺へと差し出す。
「ほら、口を開けてよ」
「いいですよ、自分で食べますから」
「駄目だよ。決めたでしょ。君には断る権利は無いの。決定権は私にあるんだから」
「いや、それはトッピング付きのポテトを食べるかどうかの決定権でしょう。食べることは自分でします」
「うん。だから、これがトッピングだよ」
「……どういう事ですか?」
俺は聞き返す。彼女は何もしていない。何も乗せていない。何もかけていない。ただポテトを持っただけだ。
「なにもトッピングって言うのは食べ物だけを差す言葉じゃない。バースデイケー
キに乗る蝋燭だってトッピングの一種。食べ物を彩る物であればなんだっていいんだよ。つまり、今回のトッピングは『ポテトを運ぶ私の指』という訳さ」
得意気な顔だ。ちょっとイラッと来る。そんなもの盤外戦術じゃないか。将棋盤にリバーシの石を置かれたような気分だった。
訳の分からなかった追加情報を指であることを前提に考えて見る。(化粧)水をやる。(肌を)温める。先端(にある爪)を切る、削る。こういったことだろうか。恐らく、嘘は付いていない。
というか、それよりも――
「俺は貴女から『はい、あーん』ってポテトを食べさせられるって事ですか」
「うん。そうだね。まあ、拒否権は無いんだけれど」
グイっと踏み込んで、さらにポテトを俺の口元に突き出す。
こっぱずかしい。彼女の一つもできた事もない俺が、こんなことをやるかと思うと……頭が痛い。だが、拒否権は無いと念押しされている以上、腹を括るしかないのだが。
大きく口を開けた。代わりに目は閉じた。近づいてくる彼女の顔をまともに眺めていられる気がしなかったのだ。
「フフッ、素直な所は嫌いじゃないよ」
「……いいから、やるなら、やるで、早くしてくださいよ」
「おっと、ゴメン。焦らされるのは嫌いだった? じゃあ、ほら、あーんって口を開けてよ」
指示された通りに口を開ける。舌の上に何かが乗っかった。ザラッとした感覚に塩気が感じられた。
でも、それだけで終わりではない。
最後まで口に入れる為に彼女の指が動く。すべて俺の口に収まる様にポテトの端を押した。急な事だったので、俺は驚いて瞳を開けた。押し込み終わった所で彼女の指が少し口に入って、舌の先が彼女の指先を撫でた。それを気に彼女の手が離れていく。
「おっと、びっくりした~。私の指は美味しくないよ」
「んっ……ゲホッ、ゲホッ。それは、悪かったとは思いますけれど。元はと言えば、貴女が押し込んできたのが悪いんですよ」
「まあ、そうだね。私も悪かったな」
彼女は悪戯が成功した少年のような無邪気な笑顔を見せた。大人びた雰囲気の見た目なのに、俺が大人になるに連れて捨ててきた物をまだ持っている。そんな気がした。
そんな笑みを保ったまま彼女は話を続ける。
「ところで、私の指はどんな味だったのかな?」
「……知りませんよ」
そっぽを向いて、今度は自分の分のポテトを口にする。何の違いも無いはずなのに、さっきの物とは明らかに味が違う気がした。