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『虎穴に入らずんば虎子を得ず』
--後漢の班超が他国との争い時に部下に述べた言葉である。大きなリスクを背負うことなく、大きな力、功績は得ることが出来ないという意味だ。
前の教壇にて古典教師の発したこの一文、何故か教室の1番後ろの席で寝不足により眠気と格闘する結城真の耳にははっきりと残った。
(……虎穴に入らずんば、か……)
「おい結城、お前なら大丈夫だとは思うが、居眠りも程々にしておけ!居眠りしてて志望校落ちました、は通らないからな!」
「あ、はい、すいません……」
(俺も寝たくて居眠りしてるわけじゃねぇよ……)
教師の指摘に真は素直に謝る。ここで反抗してもメリットは何も無いからだ。
素直な真の態度に満足したのか、古典教師は再び黒板に向かい合い板書を進めていく。
--結城真(ゆうきまこと)、18歳。今年大学受験を控えた進学校に通う高校生だ。成績は校内トップクラスであり、志望校は医療関係に携わる両親の影響から、某有名大学の医学部である。
その部分だけ見れば真は秀才であるように聞こえる、いや秀才なのだが、彼は学力と引き換えに他の全てを捨てて今の成績を得ていた。両親、そして教師や周りのプレッシャーにより部活をせず、友達さえも作らずに学業にのみ専念していた。
(とは言え、流石に眠い……。今日は早いとこ寝るか、予備校も空いてないしな……)
先程の居眠りも先日の徹夜勉強によるもので、真は疲れを取るため久々の空いた時間を睡眠に費やすことに決めた。
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「ふぁぁ……」
学校が終わり、結城は徒歩で家に向かっていた。
時々猛烈な眠気により大きな欠伸をし、虚ろ虚ろで常に半目の状態である。
(布団に倒れ込みたいな……)
意識が朦朧とする中、ゆっくりとした足取りで家へと一歩一歩進んでいく。
そんな真が曲がり角に差し掛かった時である。一台の自動車が真に向かって突っ込んできた。
「あぁ、車か……って車?!」
真は眠気が吹っ飛ぶほどの衝撃を覚えたが、意識がはっきりした時にはもう遅かった。
「あ……」
一瞬の強烈な痛みが真を襲い、その直後、意識が沈んだ。
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(……ん??ここは……?)
「お、ようやく意識が戻ったか。お主の名前は結城真でよかったかの?」
真の意識が徐々に覚醒し始める。真の目の前には何やら白い服、白い髭を生やした年寄りが座っていた。
(この人…まるで神様みたいな感じだな)
真が抱いた率直な第一印象である。
「神、というわけではなく、わしはこの死後の世界で管理人をやっておるものじゃ。管理人とでも呼んでくれたらよい。お主、繰り返すが結城真で間違いないな?」
(あ、あぁ……そうだ、結城真で間違いない。ところで、ここは死後の世界なのか??いきなりそんな事言われても信じられないし、色々混乱しているんだが……)
「ああ、そうじゃ。まあ詳細には死んだ生物の魂を輪廻転生させる前室、といったところなんじゃが今はいいじゃろう。その証拠にお主、自分の記憶を辿ってみよ」
管理人の言葉で真は記憶を辿る。するとものの数秒で真には死ぬ直前の光景がフラッシュバックしてきた。
(俺は確か……学校からの帰り道、車に轢かれて……っ!)
自分の体を確認しようと、無意識に手で体を触ろうとするが、そこで手がないことに気づき、加えて体そのものが存在していないことに気づく。
(管理人!俺の体は?なぜ俺の体がない?!)
「ここは死後の世界、体などここに来れるわけがなかろう。どうだ、これで信じてもらえたかの?」
真が辺りを見回すと、そこには真っ白な世界が広がっていた。実体のない自らの体、自分と管理人以外何も無い世界、真は管理人の言うことをようやく信じる。
(本当に、死後の世界なんだな……。まあ死後の世界がどんなものかなんて死んでみないと分からないよな……)
「分かってもらえたようで何よりじゃ。まあ、本題はここからだがのう……。結城真、わしは分け合ってこの前室に、お主の魂だけを意識が伴った状態で待機させておる。本来であれば、こうして意識や記憶が戻ることなく、無数の魂は輪廻転生を繰り返す。もちろん、前世の記憶は綺麗さっぱり失った状態でじゃ」
(……続けてくれ)
「話が分かるやつで助かるのう。そこでお主の魂をここに留めている理由なんじゃが、実はお主が生きていた世界以外にも様々な世界があってのう」
(他の世界も存在するのか……)
死後の世界を認識した時点で自らの常識とかけ離れていたため、多少の事では口を挟まないでおこうと決めていた真であったが、さすがに他の世界の存在には驚きを隠せなかった。
「そうじゃ、様々な世界が存在しておる。しかし、中にはその世界における均衡が保ちにくく、非常に危うい世界が存在する。そんな世界の均衡を保つため、稀にその世界に転生させるに相応しい魂を送り込んでいるのじゃ。この前室は、言わば魂を様々な世界に転生させるためのワープ空間といったところかの。ちなみに、新たな世界では赤ん坊からのスタートじゃが、ある地点を境に前世の記憶を思い出す仕様になっておる」
(ちょっと待ってくれ……。てことは、俺は他の世界に転生するのか?!)
「そうじゃ、しかし無理にとは言わん。お主がそれを望むのであれば、という話じゃ」
(にわかに信じられない……転生って、あの転生だよな……)
「あぁ、お主が考えておるもので間違っておらん」
真は唐突な展開に驚きを隠せない。真は前世において、少しだけラノベを漁った時代があり、転生というワードには聞き覚えがあったのだ。
「ちなみに、お主が転生予定の世界は剣術、魔法が主な世界じゃ。どうじゃ?少年心をくすぐられんかの?」
(剣と魔法の世界って……厨二病かよ……)
中学時代に、クラスメイトにそういう奴がいた事を思い出し、真は一瞬なんとも言えない気持ちになる。
それと同時に、真の中で疑問が浮かび上がった。
(ちょっと待て……。さっき俺が転生する理由のとこで、世界の均衡を保つため、とか言ってたよな?そんな剣と魔法の世界で非力な俺が出来ることなんてたかが知れてるぞ)
「あぁ、その点は心配せんでよい。お主がその世界に転生すること、それ自体で均衡は保たれるからのぅ。あと、後者のことも安心せい」
(後者?あぁ、地球人の俺が何の力もないってところか……)
「そう、そこじゃ」
真は一瞬、前世で読んだラノベ作品を思い出す。
その中に死んだ主人公が神様からチートな力をもらって、新たな世界で俺TUEEEEする作品を1度だけ見たことがあった。しかし、その作品に不快感を感じ、それ以来、真は主人公最強系のラノベは読んでいない。
真は全てを犠牲に学力一点にのみ身を捧げてきたのだ。何の努力もなく、強力な力を無償に得て、敵をなぎ倒す主人公に感情移入できなかった。そして真自身、そうしたチートを享受する気にはなれなかった。
(管理人、俺は都合よくお恐れた力が手に入るとは思っていない。転生出来るだけでも十分だ)
真がそう述べると、一瞬驚いたような表情をしたと思うと、すぐに管理人は笑みを浮かべた。
「その心がけ、素晴らしいぞ。お主の言う通りじゃ。しかし、そんなお主だからこそ、結城真に相応しい力をわしはあげたいと思う。何せ剣と魔法の世界じゃ、手ぶらで行かせるのも気が引ける」
(いや、だからそんな力はいいって……)
「なに、お主が考えておるチートじみた便利な力ではない。そうじゃな……あまりわしの口からは言えない決まりなのだが、お主の覚悟と対価に応じて発揮する力、とだけ言っておこう。これはお主だからこそ、使える力だ」
(覚悟と対価……ねぇ……)
あまり乗り気ではない真に管理人はさらに続ける。
「わしがお主に転生させる機会を設けたのには理由がある」
(ん……?無作為に選んだ訳では無いのか?)
「転生者が誰でもいい訳なかろう。お主だからじゃ」
管理人の思ってもみなかった発言に、真は衝撃を受ける。
「前世のお主は、他の全てを犠牲にし学力という1点のみを磨いてきた。それは簡単なことではない。何せ人間は欲深い生き物じゃ、他のものに目がくらんでしまうのが世の常であろう。しかし、お主はそれができる人間であった、そんな人間が、大きな功績を上げることなく人生を終えてしまうのは勿体無い、そう感じたのじゃ」
(……)
黙って話を聞く真に、管理人は言葉を続ける。
「転生先で何をするも自由じゃ。自分で納得のいく人生を送ってほしい、ただそれだけじゃ」
(……もう少し、力についての説明が欲しい)
徐々に乗り気になってきた真に、管理人は優しげな笑みを浮かべる。
「先程言った通り、本来力についての説明は詳しくはできないが……まあこれくらいなら良いかのう……。お主にさずける力は、チートな魔力量過多や、無詠唱、無属性魔法、剣聖レベルの剣術などではない。血属性魔法というものじゃ。血属性魔法はあまり世間で知られておらん、だからお主に限って無いとは思うが、力をひけらかすことは控えた方が良いかものう。すまんが、流石にこれ以上は説明出来ん」
(血属性……魔法……)
思案するように真は呟く。
「そろそろ時間が迫っておる。力を持って転生するかしないか、決めてくれ」
(……分かりました。俺も前世においては少し後悔があります。折角のチャンス、もう一度活かしたい。その力、授かります)
「受け入れてくれてありがとうのう……。繰り返し言うが、生まれ変わってしばらくは前世の記憶がなく、然るべき時に記憶と、血属性魔法も習得するようになっておる」
(分かった)
「では、良い転生を」
管理人がそう言うと、真の目の前に広がる白い世界が歪み始め、そして真の意識も闇へと沈んでいった。