魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity>   作:石清水テラ

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めっちゃくそ更新が遅れました、申し訳ございません。
全ては、期末テストとproject.ANIMAとくるみインワンダーランドとメタルダーとのんのんびよりのせいです。

…ハイ、サボっててスンマセン。

夏休み中は時間が出来ると思うので、巻き返す勢いで更新していきたいと思います。
…部活の作品と同時進行になってまた遅れる可能性もありますが。

ともあれ、これからも本作をよろしくお願い致します。





第9話 「一仕事、片付けちゃっていいかしら」

 

 

「まどか、そっちはダメだって!」

「離してっ!さやかちゃん!」

 

慌てた様子で必死に引き留めるさやかちゃんを振り払って、私はさっきまで走っていたのと反対方向に行こうとしていた。

何とか振り切って走り出そうとするけれど、彼女は手を掴んだまま中々離そうとしてくれない。

 

「本当に危ないって!こんな場所でコスプレで通り魔してるようなヤバい奴なんだよ!?行ったら何されるか…!」

 

心の底からこちらを心配した顔で彼女が訴え掛けてくる。

私だってさやかちゃんの言うことが分からない訳じゃない。

 

ほむらちゃんが悪い子だとはあんまり思いたくないけれど、あの様子の彼女に近付くのはとても危険な気がする。

 

「でも、テツヤくんが…!」

 

だからこそ、彼一人を、

暦海テツヤくんを置いてきぼりにする事は出来なかった。

 

「っそれは…そう、だけど、さあ…」

 

さやかちゃんもそれは分かっているようで、私の言葉を聞いて苦しそうに顔を歪める。

けれど、それでむざむざ私を危険な場所に向かわせるような彼女では無いことも分かっていた。

 

「…っ、それにあんた、その抱えてるのどうすんのよ」

「ぁ…そうだ、この子…」

 

さやかちゃんの指摘で、胸に抱えたままにしていたこの白い生き物の事を思い出す。

元はといえば、これに呼ばれたから私はここに来て、これを守るために今必死で逃げているのだ。

 

「つーか何それ、ぬいぐるみじゃないよね…?生き物?」

 

不審そうな顔でこの子を見つめるさやかちゃん。

その言葉で今更になって自分が抱えているものの異常さに改めて気付かされる。

 

確かにこんな白い生き物は見たことも聞いたこともない。

触った感触もビックリするぐらい柔らかくて、それこそぬいぐるみか何かと勘違いする程だ。

 

「わかんない。わかんないけど…」

 

でも、確かにこの子は生きて傷付き苦しんでいる。

だから、どんなに理解不能なものであっても見捨てたりなんかしたくない。

 

「この子、助けなきゃ…」

 

けれどそのためにここから離れるというのは、テツヤくんを置き去りにするということだ。

 

彼とはまだ出会って間もないけれど、それでも私達の友達であるという言葉に嘘は無い。

その彼を置いていくなんて選択肢も始めから有りはしない。

 

そこで、葛藤が発生する。

 

この白い生き物は恐らくほむらちゃんに狙われている。

だから彼を助けにいくのはそのままこの子を危険に晒す事にも繋がってしまうのだ。

 

「私、どうしたら…」

 

悩み決断出来ないまま時間だけが過ぎようとしている。

その停滞を打ち破るかのように、さやかちゃんの声が横から響いた。

 

「あー、もうっ分かった!あたしがちょっと見てくるからっ!」

 

「えっ!?」

 

私が戸惑っている間に、颯爽と彼女が前に躍り出る。

そして私に、返答の暇も与えないまま一人で闇の向こうへと駆け出した。

 

「まどか、あんたは先に行って。その変なの、頼んだから。」

 

「ま、待ってよさやかちゃん…!そんな…っ」

 

引き留めようと手を伸ばした時にはもう遅く、さやかちゃんはもう見えない所まで走り抜けた後だった。

 

「さやかちゃんっ!!」

 

暗闇に向かって呼び掛けても返答は返ってこない。

暗い通路に一人取り残された形になる。

 

「……っ」

 

正確には一人じゃない。

腕に抱えた生き物も合わせて二人だ。

 

私はこの子を任された。

だからさやかちゃんの言う通り、私一人でこの子と安全な場所まで逃げるのがこの場での最善だ。

 

だけど…。

 

「やっぱり、私も…!」

 

意を決してその場から駆け出す。

私がさやかちゃんを追いかける形だ。

 

バカなことをしているとは、自分でも思う。

これがさやかちゃんの決意を無駄にするような行動なのは分かるし、自分が行ったところで状況をどうにか出来る訳ないのも分かってる。

だとしても、彼女一人を危険な目に遭わせるのはどうしても我慢ならなかった。

 

でも、それ以上に。

 

このままじゃ、絶対に何か良くない事が起こるという不吉な予感があった。

 

「…っぅわぁ!?」

 

するとさやかちゃんを追って走った最初の曲がり角で、いきなり何かにぶつかって転びそうになる。

 

尻餅をつく寸前で何とか踏み留まり、痛みに呻きながらも自分の衝突したものを確認するべく前に向き直った。

 

闇の中、目の前に立つ人影を確認して怯んだのも一瞬、それが自分とついさっき別れた人物であるのに気付いて驚きの声を上げる。

 

「さ、さやかちゃん…?」

 

私の代わりに引き返していった筈のさやかちゃんが、何故かあれから数十メートルも離れていない地点で立ち止まっていた。

 

そう距離を離されないまま合流出来たのは喜ばしい事だったけれど、彼女の様子がどこかおかしい。

まるで自分がぶつかったのにも気付いていないみたいに呆然として、微動だにしない。

 

「まどか…」

 

そんな彼女が、錆び付いたロボットみたいにゆっくりと首を回してこちらに振り向く。

 

大きな困惑と動揺を浮かべた瞳がこちらを捉える。

そして重苦しく絞り出すように彼女は言った。

 

 

「どこよ、ここ…?」

 

 

さやかちゃんの肩越しから覗く、進行方向の道。

 

ほんの数分前に通った筈の薄暗い通路。

 

それが今、不可解な風景へと変貌していた。

 

 

真っ暗な壁はクレヨンで描いた夕暮れみたいな暖色に。

 

冷たい床は庭園の土みたいに柔らかく崩れた地形になり。

 

一本だった筈の道は遠くが見渡せるほどの大平原みたいに広がっている。

 

「ええっ…!?」

 

驚いて後ろを振り返ると、さっきまで自分が歩いていた道すらも同じような景色に移り変わっているのに気付く。

今となってはもはやモール地下の面影は完全に消失し、右も左も分からないような異空間と成り果てていた。

 

でも、変化はそれだけに留まらない。

 

「変だよ、ここ。どんどん道が変わっていく…?」

 

混乱する私達を嘲笑うように、周囲の風景が秒単位で移り変わっていく。

 

殺風景なだだっ広い道は草花が生い茂る庭のようになり、無機質な壁には赤々とした太陽が照り始めた。

足元を見れば、裸を晒していた大地の上に、いつの間にか美しい色合いの薔薇が地面に咲き乱れていた。

 

ともすればワンダーランドにでも迷いこんでしまったかのような幻想的な体験。

 

でもそれはあくまで、字面だけを見た場合の話だ。

 

実際私の目に映る光景は、幻想的だなんてそんな優しいものじゃない。

 

美しく咲く草花も、周囲を舞う蝶の群れも、みんな絵画から切り抜かれたみたいな不気味な質感で、あまりにも現実感が無い。

 

「もう、一体全体どうなってんのさ…!?」

 

そもそもこの空間の雰囲気自体がかなり異質だ。

 

気味が悪くなるぐらい現実に近いリアルな質感と、悪趣味とすら呼べるほど極端に抽象化されたビジュアルが混合されたような周囲の風景は、見るたびに猛烈な嫌悪感を覚えさせる。

まるで雑誌から抜き出したコラージュを手当たり次第ぶちまけたみたいな乱雑さと歪さに、クラクラしてしまいそうだ。

 

(なんなの…この空間…!?)

 

自分理解の範疇を越えた異常事態に翻弄されるばかりの私達を嘲笑うように、世界は着々と元の景色からかけ離れたものに置き換えられていく。

 

舞い踊る蝶や虫たちの数はいつの間にか最初の何倍にも増大し、気付けばそのどれとも違う異質なものまで紛れ込み始めていた。

 

「やだっ。何かいる!?」

 

白くて丸いモジャモジャした体に、綺麗に整えられた立派なお髭。

手のひらサイズのちんまりした体躯だけれど、蝶の形をした下半身で跳びはねながらこちらに迫り来る異形の姿は、見るものに強い恐怖を与えるのに十分な不気味さを持っている。

 

最初は何かの見間違いかと思えた、その小さな「何か」。

それが段々と数を増やして周囲に現れはじめ、今では辺りを埋め尽くすほどの数となって私達を取り囲んでいた。

 

「冗談だよね?私、悪い夢でも見てるんだよね?」

 

震えた声で呟くさやかちゃんの声が聞こえたのか、それとも一切聞こえていないのか。

それまで跳び跳ねるばかりだった髭の小人さん達は、私達とジリジリ距離を詰めながら唐突に理解不能な異音を発し始めた。

 

異音、いや、言語?まるで唄っているかのような不思議なリズムがある。

でも何て言っているのかは聞き取れないし、聞き取る余裕も無い。そもそも私の知らない言語かもしれない。

いつの間にか彼らの周りには真っ黒な鋏が出現し、唄に合わせてリズムを取るようにその刃をかき鳴らしている。

 

まるでディナーを前にナイフとフォークをカチャカチャさせる子供みたいな喧しさ。

 

でもこの例えでいけば、食事の役は私達…

 

「ねえ、まどかぁ!!」

 

「…ぁっっ!?」

 

隣から聞こえる恐怖の声に、異常な光景で麻痺していた思考が僅かながら正気に戻る。

でも、そこから逃げ出そうとするにはもう何もかも遅すぎた。

 

 

私達を包囲していたモジャモジャと鋏が一気に距離を詰め、その刃の矛先を私に向けて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃいいいいいいいいやああああああああっ!!!」

 

まどか達が謎空間でモジャモジャ達に襲われていたのと同時刻。

俺もまた彼女らと同じくこの奇々怪々な不思議時空に取り込まれ、お髭の怪物や飛び交う鋏達から必死に逃げ回っていた。

 

「なんじゃこの頭のおかしい空間はあああああああっ!!」

 

辺り一面360度、目に見える全ての物体が抽象的で歪な絵柄に塗り替えられたようなこの気色悪い空間は、見ているだけで頭がクラクラして気持ちが悪い。

その上やたらファンシーな動きの化け物達が敵意全開でこちらを取り囲もうと大挙しているのだからもう気が狂いそうだ。

 

自分と同じように普通の輪郭を保っている連れが近くにいるのが数少ない救いである。

 

「…面倒な事になったわね」

 

今言ったところの連れ、すなわち暁美ほむらはというと、なんだか不気味な程に冷静な様子で俺と一緒に逃走中だ。

 

知っての通り運動神経抜群らしい彼女はさっきから一定のペースを乱さないまま恐ろしいスピードで走り続けている。

 

「いやいやいや何でそんな落ち着いてんのあんたこれちょっ…」

「少しは黙って走りなさい。死ぬわよ」

「…えぇ」

 

反論する余地のない叱責を受けて仕方なく口をつぐむ。

だが胸の内では飲み込んだ無数の疑問や文句が詰め込まれたままグルグルしている。

 

この魔空空間か幻夢界みたいな場所は一体どこか。

ワラワラ湧いてくるこの髭どもは何者か。

そもそもさっきこいつがまどかと一緒にいたのは何故か。

そのまどかが抱えてたあの白い動物は何か。

 

そして、何よりその格好はなんだ。

 

白と黒、時々紫でやや学生服風味といった感じの彼女の服装は、コスプレと呼ぶには綿密で、戦闘服と呼ぶにはどこか神秘的だ。

 

異形にまみれたこの空間において、華麗なその黒いシルエットを影のごとく走らせるその姿は妙に美しくて。

 

 

"___ッッ_____ッッッッ____ッッッ__ッ!!"

 

 

いつか見た、悪夢の光景を想起させた。

 

 

「…これ、やっぱ、どっかで」

 

身に覚えが、ある気がする。

 

でもどこでだ?

こんな狂気じみた状況には記憶にある限り遭遇した事はない。

 

しかし確かに夢か現実かもあやふやないつかに、似たような怪物を、似たような悪意を、そして似たような姿の少女を、俺は見ている。

 

あれ?

いや、違うかな。

もっと別の所で、これにもっと似た景色を、見

 

「…ぅごぉっ!?」

 

前方を走っていた暁美が突然全力疾走を止め、ぼぅっと後ろ姿に見とれていた俺は不意を突かれその背中に追突してしまう。

そのせいでさっきまで頭の中に渦巻いていた疑問符が俺の肉体と一緒に後方へ吹っ飛ばされた。

 

「あいった、急に止まんなよお前っ!?」

 

大きく仰け反った体勢を何とか立て直し、彼女の背中に文句を浴びせるが、彼女は微動だにしない。

 

あれ、そういえばあれだけの勢いで衝突したのに暁美の方は直立不動を保って平然としているな。

いや、そもそもさっきまで結構な速度で全力疾走していたにも関わらず彼女は息ひとつ荒げていない。

 

確かに彼女の運動能力は大したものだが、いくらなんでも体格差とか覆せないものだってあるはずじゃないか?

 

「…囲まれた」

「え」

 

ボソッと呟いた彼女の言葉につられて、自分も辺りを見渡してみる。

 

「ぅぉわあっなんか一杯いるっ!?」

 

気付けば彼女の言葉通り、あの髭もじゃや黒蝶々らが俺達の周囲を包囲してジリジリと距離を詰め始めている。

前から横から後ろから、時たま上からも降ってくる髭のフルコース。

何やら楽しそうに歌いながらこちらに群がる姿は見方を変えれば微笑ましくもあるが、その頭上に犇めく無骨な鋏の群れから隠しようのない殺意が見え隠れしている。

 

「ぁぐっ…」

 

再び、胸が疼くのを感じた。

自分を暁美の元に導き、この場所まで連れてこさせたあの感覚。

 

それは間違いなく周りにいるこの化け物共に反応している。

やはり、あの悪意はこいつらが発していたものなのか。

 

(くそ…なんなんだこれは…どうすればいいんだ…)

 

退路は無く、進む道も無い。

このままではなぶり殺しにされる。

 

まだ包囲が薄い今の内なら走って突っ切る事が出来るだろうか。

俺はまだ走れるし、暁美もさっきの様子からして走り抜けるだけの体力は残っていると思う。

 

行けるか?

 

そう、暁美に問おうとして彼女の方を見る。

 

「……」

 

暁美はさっきからその場を動かず、黙って俯いていた。

少し苦い表情で地面を見つめたままで、まるで周囲を警戒していない。

自分が今どういう状況にいるのか理解できていないのだろうか。

 

そもそも彼女はこの混乱の中でずっと異様なまでに冷静だった。

異空間に取り込まれる時も動じること無く、当たり前のようにその中に足を踏み入れていた。

 

彼女、もしかして何か知ってる?

 

「暁美、あんたは…」

 

俺の声が聞こえていないのか、押し黙ったままの彼女の後方。

空中で刃をかき鳴らしていた鋏の一個が、突如としてこちらに方向を変えるのが見えた。

 

「…!」

 

鋏が、猛烈な勢いで射出される。

その射線上には、暁美ほむらの姿。

 

それを認識した瞬間、身体が勝手に動いていた。

 

「-暁美ッ!!」

「…何?」

 

暁美を庇うように、鋏の射線上にこの身を踊らせる。

このままいけば俺の体は鋏にぶっ貫かれて素敵な赤い花を咲かせる事になる。

もちろんそれは御免だ。

 

前に拾ってから持ちっぱなしだった鉄パイプを構え、迫りくる死の鋏に向けて叩き付けるように全力で振り抜く。

 

「届っけぇぇぇいッッ!!」

 

耳障りな金属音が鳴り響き、確かな手応えを感じた。

 

少しでもタイミングがズレれば空振りでデッドボール。

自信などなく、ほとんど運任せで放った一撃。

 

それは幸運にも正確に鋏を打ち据え、自分とは反対方向に向かってその鉄塊を弾き飛ばした。

 

(…間に合った!)

 

弾き飛ばされた鋏がそのまま射線上の毛むくじゃらにぶつかって吹き飛ばすのを見て、俺は自分の幸運に感謝する。

 

同時に、この状況を生き延びる希望が湧いてきた。

 

鉄パイプが当たった、という事は、相手が生の肉体を持った実在であるという何よりの証拠だ。

平面で切り絵みたいな見た目をしているが、あれは殴れば吹き飛ぶし、貫けばきっと殺す事だってできる。

 

「よし…少なくとも当たるって訳ね」

 

大勢で襲いくる奴らは確かに脅威だが、それでも所詮は小型の有象無象。対してこちらには武器もある。

暁美を連れて全力疾走し、武器でやつらの攻撃を捌きつつ包囲の穴を抜ける。

リスクは高いが、生き残れる可能性は全くのゼロじゃあない。

何とかなるかもしれない。そう思うと急激に戦う気力が湧いてきた。

 

「うっし、このままやったるかっ!」

 

意気揚々と鉄パイプを掲げ、臨戦体勢を整える。

迫りくる毛むくじゃら達を威圧するように、ブンッとパイプを唸らせ一振りしてみせる。

 

「…ん?」

 

その時、腕に妙な違和感を覚えた。

なんかやけに腕が軽いというか、何かが欠けてしまっているような気がする。

 

「…」

 

凄く、嫌な予感がして、振り抜いた自分の右腕を見る。

 

 

右手に握りしめた鉄パイプが、最初に拾った時の半分ぐらいの長さになっていた。

 

 

「…ぉ」

 

自分の遥か右前方に見覚えのある鉄の棒が落下し、間抜けな金属音を響かせる。

丁度今自分が持っているパイプと同じ長さの鉄棒だ。

 

「折れたああああああああああああああああッッッ!!!」

 

折り傘サイズからサイリウムサイズにまで短くなってしまった鉄パイプを両手に絶叫する。

 

見ればパイプの切断面はマグナム弾でも喰らったみたいに抉られ引き千切られていた。

微かに漂う焦げ臭い匂いと、黒ずんだ断面がぶつかった相手の衝撃を知らしめる。…これって衝撃でちょっと焼けたって事か。

 

「えぇ…うそん…え、いや、えぇん…?」

 

いくら射出速度が速かろうが刃が鋭かろうが、金属の棒を真っ向から切断するには、ただの園芸用鋏では限度がある。

今更ながら、自分が理解の及ばぬ超常存在を相手にしている事に気付かされ、肝が冷えた。

 

もはや俺に武器はなく、自分の身を守る事も相手を蹴散らす事も叶わない。

対してあちらは俺が抵抗を示した事で完全にこちらの認識を「獲物」から「敵」に改めたようで、油断も隙もない動きで包囲を固めつつ、確実に俺達の命を奪うべく距離を縮めにきている。

 

打つ手なし。

俺達が生き残る可能性は完全に絶たれた。

 

「おい、凄くマズいんだけどこの状況…」

 

後ろにいる暁美に呼び掛け、打開策を募ってみる。

ほとんど絶望的な場面だが、さっきから叫び一つ上げない彼女なら何かこの場を覆す打算があるのではないかという僅かな期待を込めた。

 

「…」

「あの、君聞いてるか?俺の話」

 

しかし、暁美ほむらは相変わらず俺の問いには答えず、無表情のまま何かを思案するように俯いている。

さっきから思うが彼女は落ち着きすぎだ。

自分の身に迫る危険を危険と認識していないのか、あるいは。

彼女にとってこいつらが警戒に値する程の存在ではないとでもいうのか。

 

その時、不意に彼女が俯いていた視線を上げ、一瞬だけ俺の方を見た。

不意打ちぎみに視線が交錯し、少しだけドキリとする。

 

暗く深く、重い色を湛えた瞳だった。

 

「ここで見せる訳には…」

 

「は?」

 

彼女が俺を見ながら呟いたその一言の真意が分からず、茫然となる。

心なしか何かを浚巡するような口調にも聞こえたが、気のせいか。

 

その一瞬を隙と見なしたのか、慎重に包囲を詰めていたモジャモジャ達が聞くに耐えない不快な叫び声と共に一斉に飛び上がり、それを合図として鎖状に連なった鋏の群れが蛇のようにのたうち回って猛然と襲いかかってきた。

 

「__!!___!!__!___!!!__」

 

回避も防御も許さない全包囲一斉攻撃。

それを防げるような盾も、回避するだけの能力も、今の自分は何一つとして持ち合わせていない。

 

だから、最後に残った手段は一つだけだった。

 

「…クッソ、伏せルルルォォッ!!」

 

後ろにいる暁美ほむらに振り返り、その身体を強引に抱き寄せ、半ば押し倒すように覆い被さる。

 

「…ぇっ!?」

 

彼女にとってよほど予想外の行動だったのか、これまで聞いた事も無いような驚きの声が上がる。

 

その声を意図的に無視し、一層彼女を抱き締める腕に力を込めて、できる限り自分の身体に隠れるように体勢を崩した。

 

背中から、死の鋏がジャラジャラ音を鳴らしながら迫りくるのを感じる。

相手は金属をぶち切るような化け物鋏だ。生身に喰らえば醜い肉塊に成り果てること間違いない無しだし、自分の身一つ盾にしたところで彼女を守り切れない可能性だってある。

 

それでも、これ以外に取るべき行動が思い付かなかった。

 

 

ああ、馬鹿な事をしたな、と思った。

 

せっかくの転校初日に、クラスにもまだ馴染めぬまま、初めて出来た友達とも途中ではぐれ、こんな訳のわからん空間で、さして仲良くもない同級生の女を庇って死のうとしている。

 

まだ、自分は何も始めていないというのに。

なんて、理不尽な終わり方だろう。

 

短く、何もない人生だった。

本当に、短い…。

 

髭の小人達が奏でる狂喜の唄を聴きながら、俺は迫りくる死の気配を間近に感じ、自分を貫く断罪の痛みを覚悟した。

 

その時-

 

「…使うしか、ないわね」

 

 

 

 

 

どこかで聞いたような、歯車の音が、耳元で鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?」

 

さやちゃんの困惑した声を聞いて、自分がまだ生きているのに気付いた時。

最初私は、何が起こったのか分からなかった。

 

まず目にしたのは、眩い光だった。

まるで周囲の重苦しい闇を包みこむような暖かな黄金色の輝き。

 

事実、その光を目にした瞬間、辺りに立ち込めていた闇が晴れ、光が私達の足元を照らすように射し込んだ。

するといつの間にか、さっきまで私達を襲いにきていた筈の小人や鋏達が近くから消え去り、遠くの方でその進行を止め、立ち竦んでいた。

 

助かった、…ってこと、なの?

 

「…これは?」

 

ふと、辺りに漂う光の残滓のようなものが目に入った。

さっき目にしたのと同じ、黄金色の暖かな光。

 

ふわふわと揺らめいていて、オーロラみたいに美しい。

いや、でもこれはオーロラと呼ぶには細く長い、まるで光で出来た布みたいな見た目だ。

 

言うなれば、光のリボン。

 

でも、こんなもの、一体何処から…?

 

 

「危なかったわね。でももう大丈夫」

 

 

「…ぇ?」

 

今まで聞いた事のない人の声が聞こえて、その声の方に反射的に振り向く。

 

 

その人は、この不思議な空間の中で、臆する様子も無く平然とこちらに歩いてきていた。

 

暗闇を抜けて、光の射し込む私達の周囲に足を踏み入れると、おぼろげだったその全身がハッキリと曝される。

 

「あら、キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう」

 

女の人だった。

それも若い、少女と形容できるくらいに。

 

この状況に余り似つかわしくない穏やかで柔和な顔付きと、二つに結んだ上で両方を縦にロールさせた特徴的な髪、そしてどこか儚げな色を湛えた目元。

 

背丈は私より少し大きなくらいで、あまり年の差を感じさせない。

見ればその身に纏っているのは私達と同じ見滝原の制服だ。

おそらく私と同級生か少し上ぐらいの年齢だろう。

 

だというのに、彼女の落ち着いた物腰と背筋の伸びた立ち姿は、私の何倍も生きてきたような貫禄に道溢れていた。

 

「その子は私の大切な友達なの」

 

彼女が私の胸に抱えられたモノを見ながらそう言う。

それで、彼女が自分と自分の抱えるこの動物に向かって話しかけているのに今更気付いた。

 

この子…キュウべえってさっき呼ばれていたっけ…が、彼女の友達で、それを助けに来たってことは。

つまり、この人が私達を助けてくれた張本人?

 

「私、呼ばれたんです!頭の中に直接この子の声が…!」

 

もしかしたら、彼女はこの動物の事も、この空間の事も、みんな知っているのかもしれない。

そう思うと、咄嗟に言葉が口を衝いて出てきた。

 

「ふぅん……なるほどね」

 

その言葉を聞いた彼女は、茶化すでもなく、笑うでもなく、真面目に何かを納得した様子で頷いていた。

 

「その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」

 

彼女の方から疑問を投げ掛けられ、私は返答に戸惑う。

 

「あ、あなたは?」

 

変わりにさやかちゃんが質問を質問で返し、言外に自分が二年生である事を肯定する。

 

「そうそう、自己紹介しないとね」

 

そんな彼女の答えに気を悪くした様子も無く、その人は至って優雅に、世間話でもするような自然体で受け答えしている。

 

 

「でも、その前に…」

 

不意に、一段とその人の声のトーンが下がる。

 

それと同時に、光の外側で静寂を保っていた小人達が怒ったような唄を再開しはじめた。

先ほどの一撃の効力が切れたのだろうか、鋏の群れが再び鎖みたいなジャラジャラ音を立ててその刃をこちらに向けてくる。

 

今までの品定めするような動きとは違う、明確に外敵を排除しようとするような攻撃的な挙動。

 

それを背中に感じていながら、目の前にいる彼女は恐れる素振りすら見せず、優雅な動きでそれらに向き直る。

 

その手には、いつの間にか手のひらサイズの小さな宝石が乗せられていた。

金色に縁取られた卵型の外枠に、透き通るような黄色の水晶が埋め込まれた、美しい宝石。

 

その中心部からは、眩い黄色の光が洩れだし、薄暗い異空間の中にあって一際明るく輝いている。

 

彼女がその手の宝石を大きく前に付きだすと、洩れだす光が一層その輝きを増し、周囲の暗闇を塗り潰すくらいに照らし出す。

 

目も眩むような閃光の中で、彼女の高らかな叫びだけが耳に届いた。

 

 

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしらっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女は変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ついに、あの人が出せた…長かった…。
そして調子に乗って長く書きすぎた…。そら更新遅れるわこんなん…。

この調子じゃ某餡子とかいつの登場になるんでしょうかね。
ともあれ更新再開できましたので、これからの展開を楽しみにして頂けると幸いです。



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