魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity>   作:石清水テラ

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第11話 「夢だけど、夢じゃなかった」

 

 

 

 

“夢”

 

 

それは、将来への希望や願望を指す言葉だ。

 

大人になったら花屋さんになりたいとか、素敵な男性と結婚してお嫁さんになりたいとか、ミュージシャンになって名を挙げたいとか。

 

英雄になりたい、外宇宙に旅立ちたい、みたいな大それた妄想や、あの子と友達になりたいとか、好きな人と結ばれたい、といった等身大の願望も夢といえば夢だ。

 

希望、欲望、憧憬。

そして、願い事。

 

そういったモノ達の総称を人は夢と呼ぶ。

 

 

だが、今はそういった概念的な意味の言葉は関係ない。

ここで関係があるのは、現象としての“夢”だ。

 

睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像。

それが、夢という現象。

 

睡眠中の脳が記憶を整理している最中、その過程が無意識の中で再生され、実感を伴った幻覚となる。

そういったプロセスで夢という現象は発生するという。

 

 

だから、

 

 

“…__け美ッ!…”

 

 

こういった夢を見てしまうのも、当然といえば当然か。

 

 

“…_伏せルルォッッ!!…”

 

 

なんたって昨日1日の中で、

 

 

“…_使うしか、ないわね…”

 

 

 

最も印象深かった一瞬がこの時であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 

昨日のあの時。

ショッピングモールに発生した異空間…いや、結界か。

 

そこに暁美ほむらと共に巻き込まれた俺は、襲い来る魔物達の群れに成す術もなく殺されかけていた。

 

包囲され、追い詰められ、こちらに刃を向けるもの達に抵抗する事も出来ず、出来ることと言えば傍らにいる赤の他人の前にその身を投げ出すぐらいの話だった。

 

迫り来る死の気配を感じながら、数秒後に訪れるであろう激痛を予感して身を震わせる。

 

その瞬間を今か今かと待ちながら、ふと言い知れぬ違和感を覚えた。

 

(…なんか長くない?)

 

いつまでたっても、背中に奴らが襲いかかってくる様子がない。

覚悟していたような激痛も、奴らの大挙してくる圧迫も、全くと言っていいほど感じられない。

 

もしや既に我が肉体は貫かれ痛みすら感じない瀕死状態になっていたりはするまいな、と思ったが、見たところ全身五体満足のようにしか見えなかった。

 

それに多分、違和感はそれだけではない。

 

(音が、しない…?)

 

あれほど喧しく響いていた筈の魔物達の歌声が、ぴったりと止んでいた。

それどころか、あの跳び跳ねるような足音も、金属音を掻き鳴らす鋏の音もいつの間にやら全くしなくなっていた。

 

いきなりスピーカーをミュートにしたみたいに、一切の環境音が消え去っている。

 

「…っ!?」

 

顔を上げ、後ろを振り向く。

 

そこにあった光景は、想像を遥かに絶する不可解なものだった。

 

 

「なっ、え、何これ…止まっ…て、…る?」

 

 

魔物や鋏達が、空中に浮かんだままピタッと静止していた。

 

伏せる寸前に見たのと寸分も変わらない、俺達に襲いかかろうとした体勢そのままだ。

それだけじゃない。あれだけめぐるましく変わっていた空間の背景も、何百と後ろに控えていた残りの魔物達も、皆揃って一切の動作を停止している。

 

まるでフィルムから一コマだけを切り抜いたみたいに、世界の全てが止まってしまっていた。

 

「え、いや何なんすかこれ。どういう事なの…」

「……さい」

 

困惑し、呆然とダルマさんの気分でそれらを眺めていた俺の耳に、ボソッと呟くような声が届いた。

 

「え?」

「…なしなさい」

 

暁美ほむらの声だった。

 

そういえば彼女、俺が庇おうとした時に、ほとんど押し倒すような感じで抱きすくめてそのままのような…。

 

「…あーっと、その、これはですね」

 

背中に回した腕から伝わる華奢ながら柔らかい感触を必死で思考から排除し、落ち着いた口調で彼女に語りかける。

こちらをジッと見つめる彼女の顔が滅茶苦茶近い。

 

「…意図したものではなくて状況的にこうするのが適切な行動だと思っての事でして」

 

ここで何かヘマを打てば、訴訟モンになるような気がして、必死こいて彼女に弁明しようとする。

 

「だから、あの、許してクリエメ…」

 

「放しなさい」

「じぉうっ!?」

 

問答無用で突き飛ばされた。

 

そりゃむさ苦しい男子中学生に抱きすくめられるのは気持ちの良いものでは無いだろうが、それにしたってもっと穏便に離れることだってできたんじゃないかなと思う。

 

というか力強過ぎだろう、女子中学生の腕力じゃなかったぞ今の。

 

「らぃどぁッッ!!」

 

勢い余って大地に叩きつけられる自分。

背中が痛いのを我慢して即座に起き上がり、加害者たる暁美ほむらに食ってかかろうとする。

 

「痛ってぇなこんにゃろ、加減っても…」

 

のを知れ。

 

と、言いかけたその瞬間、耳慣れない破裂音が鼓膜を叩いた。

 

「…へ」

 

それと同時に何かがボトッと落下する音が後ろでした。

と思えば、辺り一面に次々と何か小さなものが落下し、妙に柔らかい音を出して地面を叩く。

 

自分のすぐ隣に落ちてきたその一つに目を向ける。

 

それは、体に大きな穴を開けられた、髭の小人だった。

 

「…っ」

 

周囲一帯をぐるっと見渡す。

さっきから地面に落下しているのは、全てこれと同じ小人達だ。

 

中には髭の付いていないただの蝶々や、さっきまで連結していた筈のバラけた鋏達もある。

 

その全てに悉く身体を何かに穿たれた痕があった。

 

「…これは」

 

ごく最近、これとよく似た光景を目にしたのを思い出した。

ここに来る途中、暁美ほむらに辿り着く直前に見たものだ。

 

だとすれば、今の超常現象を引き起こしたのは。

 

「お前がやったのか?」

 

前方に、そしらぬ顔で立っている彼女に問い掛ける。

 

「…何の話かしら」

「じゃあ、その盾はなんだ」

 

暁美ほむらの腕に、さっきまで無かったものが出現していた。

 

片手に張り付くぐらいの小振りな円盤。

円のような幾何学模様が刻まれた、灰色の盾だ。

 

見たところ、コスプレの一貫として持っているだけの装飾物と言えなくもない。

だが、それがどこからともなく、あの一瞬で出現したというのが不可解だった。

 

それに、あの盾は飾りじゃない。

表面に所々見える細かな傷や汚れ、そして縁の部分に一点だけある、欠けた部分から覗く断面が、それが玩具ではない確かな防具である事を物語っていた。

 

 

欠けた部分?

 

 

冷静な考察の最中、何故かその存在に妙な違和感を覚えた。

 

「あんた、サイキッカーか何かか?」

 

言い知れぬ違和感をひとまず押さえ込み、とりあえず彼女をまた問い詰める。

 

「随分と突拍子も無いことを言うのね」

「現に今、突拍子も無いことが起こってんだろ。ウルトラ念力が使える女の子がいても不思議じゃない」

 

暁美ほむらは頑として今のが自分の仕業と認めようとしない。

それで逆に、確信を持った。

 

「全て悪い夢って事もあるわよ」

「自分ではそう思ってない奴の台詞だぞ、それ」

 

彼女は、超常現象に巻き込まれた側にしては余りにも冷静過ぎる。

いくらか感覚が鈍ければこの怪奇結界を見ても驚かないぐらいはあるだろうが、それでも目の前で超常現象が引き起こされ、それを自分のせいだと言われればもっと反論してもよさそうなものだ。

 

だが彼女は、あくまではぐらかすような事しか言わないでいた。

まるで、自分の正体を隠すかのように。

 

「あんた、嘘下手だろ」

 

「_ッ」

 

その言葉を聞いた瞬間、彼女の姿が大きく歪んだ。

違う、移動したのだ。

一切の予備動作を感じさせぬ動きで、自分のすぐ近くまで。

 

「いっ!?」

 

瞬間移動と見間違う程の速度で接近する彼女の姿に、反応が遅れた。

 

全力で後退るも、どういうわけか彼女の方が圧倒的に速い。

 

その左腕が振り上げられ、俺の顔面に向けて突き出されるのを辛うじて視認する。

 

だが、回避は間に合わない。

 

(地雷踏んだ-ッ!?)

 

彼女の腕の盾が風を切り裂いて迫り、

 

 

俺の背後にいつの間にか迫っていた髭の小人を弾き飛ばした。

 

「ぉぅ…」

「余計な詮索をするより、自分がどう生き延びるかを真面目に考えた方がいいわ」

 

そう、暁美ほむらは鋭くいい放つと、腕を下げて再び背中を向けるとどこかへと歩き出した。

 

「…はは、やっぱ尋常じゃないなお前」

 

地面に落ちた小人の死骸を見る。

無惨にも鈍器で殴られたような醜い凹みを刻まれたそいつは、しばらくすると風船が割れるみたいに小さく弾けて消え去った。

周囲一帯に散らばっていた筈の他の死体もいつの間にやら跡形もなく消え去っている。

 

これが全部、暁美ほむら一人によって成されたものだと思うと、少しゾッとする思いだ。

 

さっき見た彼女の動き、明らかに少女の域を逸脱していた。

思えばこの空間を逃げ回った体力、俺を突き飛ばした時の力、あれも少女の身体能力としては些か過剰だったようにも思う。

 

彼女が超人的な能力を持ってしてあの魔物達と戦った事は、もはや疑う余地もない。

 

「誰か説明して欲しいね、全く」

 

そんな風に物思いに耽っていると、不意に前方を歩いていた暁美が足を止めた。

首だけ後ろに回し、こちらを見る。

 

「…私はこんな所で油を売っている暇は無いの。ここで死にたいなら、このまま置いていくわよ」

 

ぶっきらぼうに、そんなことを呟いた。

 

「…はぁ」

 

彼女はそれだけ言うとそそくさと再び歩き出した。

 

「…つまり、付いてこいってことね」

 

素直にそう言えばいいのに。

 

さっき俺を助けた事といい、いましがたの下手くそな嘘吐きといい、こいつ本当は凄い律儀な奴なんじゃないかと一瞬思った。

 

ともあれ実際俺もこのまま油を売っているつもりはない。

友達を待たせているし、転校初日で以後不登校になるのも頂けない。

早急にこの場を脱出する必要があった。

 

 

しかし、こいつは迷いなく前に進んでいるが、一体全体どこに向かおうとしいるんだろう。

出口分かってんだろうか。

 

…あり得る。

 

こいつ、最初ここの来た時も驚いて無かったもんな。

いよいよ彼女の正体が疑わしい。

 

「あんた結局何者なんだ?只の人間ではないだろう」

 

彼女に追随しながら、ダメ元でもう一度聞いてみる。

 

「それを答える必要があるかしら?」

 

案の定素っ気ない答えが帰ってきた。

今回は振り向いてすら貰えなかった。

 

「では当ててみよう。超能力者、異能力者、サイキッカー、あとは何だ、魔法使い?」

「どうとでも思えばいいでしょう」

 

中々どうして頑なだ。

化物やら亜空間やら念動力やら、ここまで見せられたんだし説明の一つぐらいあっていいと思うのだが。

正体がバレたら蛙にされたりするんだろうか。

 

…ふむ。

 

「さっきここに来る途中、似たようなモノを見た」

 

話題を一先ず転換し、別の切り口から攻めてみる。

 

「真っ白な未確認不明生物が全身撃ち抜かれて死んでた」

 

さっきから気になっていた事だ。

いましがた目にした魔物達の死に様は、あの時の死屍累々と酷似していた。

 

「あれも、あんたの仕業か」

 

暁美ほむらは足を止めない。

 

だが、その言葉を聞いたとき、微かに肩が震えた。

彼女の目が、傍らの俺に向けられ、視線が交錯する。

 

無機質に見えるその瞳の奥で、微かに何かが揺らいだ気がした。

 

「…あなた、一体何者?」

 

いつだったかに聞いたのと、よく似たような台詞が出た。

 

「…だから知らねえって言ってんだろうが」

 

それに対する俺の答えも、前と変わらないものだった。

 

「それは俺の質問だよ。あんたこそ何だ」

 

「さあね」

 

質問に質問で返す俺に何を思ったのか、彼女は俺への興味を失ったかのようにまた目を逸らし、ずかずかと先に進んでいく。

 

そして背を向けたまま淡々と、やや冗談めかした調子で言った。

 

 

「通りすがりの魔法少女、とでも思えばいいんじゃない」

 

 

魔法少女。

 

中学生の口から出るには、どこか幼稚で、子どもっぽいとすら感じさせる響きの言葉。

 

だがその実、

魔法のごとき力を操り、少女的な衣装で戦い舞う、暁美ほむらの姿は、

 

魔法少女という呼び名が相応しいように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夢か」

 

ベッドの上で、ばっくりと目を開きながら呟いた。

 

首を回し、ベッド脇に置かれた時計をぼんやりと眺める。

時刻は朝の05:13を指している。

早く起きすぎたらしい。

 

「酷い…夢だった…な」

 

まだ倦怠感が残る身体にむち打ち、のっそりと起き上がる。

窓の外からは、弱々しい陽の光が射し込み、新たな1日の到来を告げている。

鶏の鳴き声でも欲しいところだ。

 

「やれやれ、何が魔法少女だ全く…」

 

何時だったかに、終末感に溢れる悪夢を見てしまった反動だろうか。実にファンシーな題材の夢を見たものだと思う。

 

…いや、ファンシーと呼ぶにはやたらおどろおどろしい雰囲気だったような気もする。

 

どんな夢だったっけ。

夢は覚めてしまうと急速に記憶が薄れてしまうものだが、確か。

 

クラスメイトが魔法少女で、念動力で粉砕して、髭とか鋏に教われて、消火器に当たって、落ちて、あと何だったっけ。

そうだ死体だ。小動物の死体をいっぱい見た。

 

どんなやつだったろうか。

何だか白くて丸くて、赤い目をしていて。

 

そうそう、丁度ベッドの脇でこちらを見つめる真っ白なぬいぐるみとクリソツな姿の…。

 

 

 

「おはよう、暦海テツヤ。随分と早い目覚めだね」

 

 

 

「……」

 

 

見知らぬ白いぬいぐるみが、暗がりの中、血のように真っ赤な瞳でこっちを見ていた。

 

 

 

「いやぁあああああああああああっっ!!!妖怪ナガミミシロマルヤマネコォオオオオオオオオオオオーッッッ!!??」

 

 

 

思わずパニック状態になり、ベッドから全速力で転がり落ちた挙げ句、我が家のフローリングに頭から叩きつけられる。

 

割れるような頭頂部の痛みに呻きつつ、突如として出現した呪いの人形から逃れるべく必死にのたうち回った。

 

「奇妙な反応をするね。14才の少年の起床はいつもこんな感じなのかい?」

 

そんな俺の姿をどう思ったか、ぬいぐるみは不思議そうな声で、ただし表情を一切動かさないまま喋り掛けてきた。

 

それを見た瞬間、急速に寝惚けた頭脳が活性化し、昨日までの記憶を急速にリフレインし始める。

そうだ、完全に思いだした。

 

「…あ、おま、お前…確か、きゅ、キュウ太郎…」

 

「僕の名前はキュウべえ、と言った筈だよ?暦海テツヤ」

 

白い動物ぬいぐるみ、いや。

 

魔法の使者、キュウべえはそう言って、僅かに目を細めた。

 

 

「…ぁー」

 

のたうち回りすぎていつの間にやら上下逆さまになった視界で、俺は目の前の非現実的な光景を眺め嘆息する。

 

ああ、思い出した。

昨日遭遇した衝撃的体験と、そこからの出会い。

この街に潜む真実と、目の前に居座る胡散臭い魔法生物の事を。

 

こういう状況を、なんと言ったか。確か…。

 

「えっと…夢だけど、夢じゃなかった?」

 

 

 

 

 

 








今回は丸々回想でした。
次回は本格的に二話分に入っていくかな?
…いくといいなぁ。
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