魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
またしてもすっげえ遅れまして申し訳ありません。
きらファンやったりグリッドマン観てたらこんなに遅れました。だらしねえな。
マギレコとかも始めるべきかと思ったけど、現状鑑みると忙殺されそうなのがお辛い。
そういえばTV アニメ化されるんでしたっけ、何気にまどかシリーズの外伝映像化はこれが初ですね…。
とりあえずみんな秋から始まるアニメ版グリッドマン、観よう!
なんか途中からただの日記になってしまいましたが、どうぞ12話、お楽しみ下さい。
ちなみに今回はアホみたいに長いです。
“私は巴マミ”
“あなたたちと同じ、見滝原中の3年生”
“そして”
“キュゥべえと契約した、魔法少女よ”
「テツヤさん?」
「ん」
後ろから聞こえた聞き覚えのある声で、ぼんやりしていた意識が現実に引き戻された。
早朝、見滝原中学校へ向かう途中。
早起きは三文の得だかなんだか知らないが、早い内に目覚めてしまった俺は取り敢えず長い長い通学路を半ば眠りながらぶらりと歩いていた。
「おはようございます。結構早起きですのね」
「あぁ、えっと、志筑…ヒットミンさんだっけ?おはよう」
心配そうな顔でこちらを覗き込むその人に大丈夫、と手を振りながら挨拶を返す。
「仁美です。昨日はどうも、途中で帰ってしまって…」
「気にしてないさ。習い事で忙しいんだろ?苦労してんだな」
「いえいえ。それほどの事ではございませんわ」
俺に呼び掛けてくたのは、昨日知り合ったノーブルガールの志筑仁美さんだ。
まどかとさやかを合わせたトリオの一人で、昨日のショッピングモールで一人お茶の稽古に行くため退席した子であった。
「ところで先程はどうなされましたの?少しぼんやりしていたようですけども」
「んや、ちょっと悪夢を見てだな。早く起きすぎて逆に眠い」
「まあ、昨日のまどかさんみたいな事を言いますのね」
「何だっけそれ、暁美に夢の中で会ったって奴か」
さっきまで呆けていた理由を問われ、内心ドキリとしながらも一応は平静を装って答える。
下手に自分の知る真実を漏らしてしまわないか、気を付ける必要があるからだ。
しかしここで暁美ほむらの名前が出てくるのは何の偶然やら。
全く笑えない。
「テツヤさんの見た夢ってどんな内容でしたの?」
「む、気になるのか」
「ええ。まあ」
まどかの前例があったせいか、反応されてしまった。
何だか興味深そうな彼女の素振りを見ると、はぐらかす事もできなさそうだ。
「そうさね、何と説明したものやら…」
昨日会ったことをそっくりそのまま言うわけにはいかない。
内容は夢の中のこととして、それをどう趣向を変えて分かりやすく表現すべきか。
そうだな、言うなれば…
「魔女に呪われる夢、かな」
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「うわ…」
「素敵なお部屋…」
明るい照明で照らされた、愛らしいコーディネートの部屋を見て、まどかとさやかの二人が感嘆の声を挙げた。
「うお、女の人の部屋だ…」
何となく、場違いな場所に来てしまったような気がして尻込みしてしまう。
自分の家の殺風景な部屋と比べると恥ずかしくなるぐらい明度が違うように感じた。
「独り暮らしだから遠慮しないで。ろくにおもてなしの準備もないんだけど」
そんな俺達に対して、巴マミさんはそう言って微笑むと、自分の部屋へ俺達三人を招いてくれた。
昨日のあの後。
異空間に巻き込まれ、異形の化物に襲われた俺達を助けたマミさんは、事情を説明したいと言って自宅にみんなを招き入れた。
事情、というのは間違いなくその化物絡みの話だろう。
あの怪物と、あの世界の正体、そしてそれと渡り合い殲滅してみせた彼女と、彼女に協力していると思しきこの生物の真実。
どこか危険な匂いを感じながらも、見過ごしてはおけないこの街に潜む謎。
是非とも早く説明を頂きたいものではあったが…。
「マミさん。すっごく美味しいです」
「んー、めっちゃうまっすよ」
「ぅん、甘い…美味い…初めて食ったぜこんなの…」
部屋のテーブルに座って早々、おもてなしとして出された紅茶とケーキの甘味には、誰も抗えなかった。
マミさんがお出ししてくれた見るからに高級そうなケーキの甘味は、豪華さの中にお菓子らしいしっとりした部分もあって、ちょっと英国のティータイムめいた洒落乙な気分にさせられる。
しかし、これが“ろくなおもてなし”ではないと言う事は、彼女にとってこういった類いの品は日常的に食されている物な訳で。
紅茶を入れる手際の良さといい、こういった洋菓子を集めるのが彼女の趣味だったりするのだろうか。
「喜んで貰えたなら嬉しいわ…あら」
二人の反応に気を良くしていたマミさんだったが、ふと一人異なる様子の人がいるのに気付き視線をこちらに寄越す。
「フーッ…フーッ…フーッ…あづっ」
視線の先にいるのは、丁度アツアツの紅茶に息を吹き掛けさましている最中の自分である。
「テツヤくん、もしかして熱いの苦手?」
「なになに、猫舌ってやつ?」
「いや、実は熱さ自体になんか苦手意識があってさ」
心配そうな顔でこちらを覗き込むまどかと、ここぞとばかりに口を挟むさやかを適当にいなしつつ、恐る恐る紅茶に口を近付けていく。
「よかったらミルクなんかも入れるけれど…」
「いやいや、お気になさらず…ぁあぢっ!」
席を立とうとするマミさんを止め、ちょびっとずつ紅茶を口に含んで飲み下す。
彼女の心遣いは有り難いが、折角出して貰った極上の茶を無下にするのは憚られた。
「熱いのがあれなだけで、このお茶が美味いのは分かりますんで」
「そう…ありがとうね」
ホッとしたような顔で席に戻るマミさん。
お手を煩わせかけてしまったが、何だかんだ喜んでくれたようで一安心だ。
転校して初日も初日なもので、俺にはこういった上の学年の人とは話した経験が全くと言って良いほどない。
でも今目の前にいるマミさんが、いかに物腰柔らかく気遣いの出来る人であることがこの短い時間の中でよく分かった。
何というのだろうか、頼れる姉というか、お姉さまみたいな雰囲気がすごくある。
「…さて」
そう言ってマミさんはティーカップを置くと、先程より幾分か真剣になった表情で視線俺達全員に向ける。
今回ここに招いた理由である、話の核心に触れるのだろう。
「キュゥべえに選ばれた以上あなたたちにとっても他人事じゃないもの、ある程度の説明をする必要があるわよね」
「うんうん、何でも聞いてくれたまえ」
「さやかちゃん、それ逆…」
「え、じゃあお前スリーサイズいくつ?」
「ふふん、何を隠そう上からなな…ってコラァ!何言わせんのよ!?」
「あががが、何でも聞いていいって言った…!」
「…コホン」
真面目な話を始めようとした矢先にコントを始めた俺達(ほぼ俺とさやか)を少し諌めるようにマミさんが咳払いを入れる。
流石にこの場では悪ノリが過ぎたようなので、二人揃って首をすぼめて反省の意を表した。
気を取り直したマミさんは、おもむろに左手を目線の高さまで上げて、手を開く。
次の瞬間、彼女の掌から光が洩れだし、気付いた時にはいつの間にか卵大の宝石がその手の上に出現していた。
「わぁ、きれい…」
まどかが感嘆の声を上げる。
その一方で、俺はただ目の前に現れた不可思議な光を放つ宝石に戸惑っていた。
「なんだ、これ宝石…?」
「フフッあなたは初めて見るんだったわね」
そう笑う彼女の手の中で、その宝石は明るい黄金の光をほんのりと放っている。
美しい装飾の施された艶やかなその輝きは、彼女が“変身”していた時帽子にくっ付いていたものと同質のものだ。
まるで魔力の源のように使われていた、この光は…。
「これがソウルジェム。キュゥべえに選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石よ」
「魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの」
魔法少女の、証。
(この光、確か前にも…)
不意に脳裏にあの時の事が思い出される。
異空間で、暁美ほむらに助けられた、あの時。
彼女が盾を装備していた左腕の手の甲に、紫の光を放つ菱形の宝石が嵌め込まれていた。
放たれる光の色こそ違えど、あの輝きはこの宝石の光と酷似している。
だとすれば彼女もまた、キュウべえと契約した…。
「契約って?」
まどかも丁度疑問系でマミさんに質問をぶつけている。
その答えをマミさんが言うより先に、いままで大人しく彼女の側でうずくまっていたアイツが口を開いた。
…正確に言うと口を開けてはいないが。
「僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつ叶えてあげる」
白色の不思議な魔法動物、キュウべえはそう言った。
「え、ホント?」
さやかが素っ頓狂な声でそう聞き返す。
しかし願い事を叶えるとはまた唐突な。
それと契約になんの関係があるのか疑問だ。
「願いごとって?」
「なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」
戸惑うまどかに言い聞かせるように、キュウべえがスラスラと説明してあげている。
だが、奇跡を起こすだと?
この生物、こんな犬っころみたいななりをしてそんな芸当が出来るというのか。
まるでランプの魔人、もしくは神龍、果てはファウストの悪魔みたいな事を言うものだと思った。
「うわぁ…金銀財宝とか、不老不死とか、満漢全席とか?」
「いや、最後のはちょっと…」
そんな俺の疑念も露知らず、さやかちゃんは案の定一人でに盛り上がっていらっしゃる。
気持ちは分かるがちょっと欲望さらけ出し過ぎじゃないか。
「ところでマンカンゼンセキって何だ?美味いの?」
「え、いや確かに美味しいらしいけど…」
何となくそこだけ引っ掛かったので取り敢えず聞いてみたが、なんか食い物であることしか分からなかった。
まだ自分には社会勉強が足りんらしい。後で調べよう。
「でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム」
そんな風にまた勝手に盛り上がっていたら、マミさんによって再び話を元に戻された。
なんか、真面目に聞けない後輩で申し訳ない。
で、なんの話だったか。
確か、願い事と引き換えに宝石が出来上がるって…?
「この石を手にしたものは、魔女と戦う使命を課されるんだ」
キュウべえが、マミさんに続いて言葉を重ねる。
字面だけは重苦しく、その実声のトーンは至って変わらない明るいままの台詞だった。
「魔女?」
まどかの鸚鵡返しの声が夕陽の射し込む室内に響いた。
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「なあ、仁美さんや」
通学途中、傍らを歩く仁美さんに、ふと思い至ってある質問をしてみた。
「?なんです?」
「もしもさ、願い事を何でも一つだけ叶えてやる、って言われたらどうする?」
案の定それを聞いた彼女は質問の意図が分からない、といった様子で小首を傾げている。
「急になんの話ですの?」
「いんや、ちょっとしたアンケートってか、無意味な禅問答と思ってくれていい」
実際その問いに大した意味はなかった。
彼女はキュウべえと会っていないし、選ばれている訳でもない。
ほんの興味本位の質問。ちょっとした意見収集みたいなものだ。
だが彼女はその問いを聞いてからしばらく沈黙し、しばらくの間何か考えている様子だ。
「…そうですわね」
何かいけない事でも聞いちゃっただろうか。
とか思い始めた辺りで、彼女はようやく一言洩らし、そこからポツポツと胸の内を整理するように言葉を紡ぎ始めた。
「叶えたい願いや夢なんていうのは私にもいくらでも有りますわ」
「けれど、たった一つ選べ、と言われて選べるような大きな望みは思い付きませんわね」
「…ふーん」
なんか、結構拍子抜けするぐらい真っ当な答えだった。
いや、大それた狂言を期待した訳じゃないんだけども、さやかの時みたいなはっちゃけた欲望ぐらいは出るんじゃないかと思っていたから少し戸惑ってしまう。
「それに、もしそれだけ大切な想いがあるのでしたら、自分自身の力で叶えたいとは思いませんか?」
「ははぁ…大真面目さね」
元々彼女が落ち着いているからか、あるいは教育が行き届いたりしているせいなのか。
意外な程現実的な考えが来たものだなと思う。
彼女はそもそも良いとこの育ちであるようだし、そこまで欲の多い子では無かったのかもしれない。
夢がない、とも言うのか。
そういえばこの人は昨日の夢談義においても、結構現実的な目線で話をしていたっけか。
「申し訳ございません。このような解答で」
「いや、いい。そういう考えも一つの答えだと思う」
「ならいいのですけれど…」
やや拍子抜けした思いが顔に出てしまったのか、仁美さんに少し気を遣わせてしまったようだ。
本当のところ、これは意見収集ですらないただの自己満足に過ぎない行動だ。
彼女の答えで何か得られる訳でもなし、そもそも俺がこんな質問をする事自体が全くの無意味なのだ。
俺も、何かに選ばれている訳ではないのだから。
「…でも、どうしても何か一つ考えろというのでしたら」
後ろで、仁美さんが何かを小さな声で呟いた。
さっきの解答の続きか、と思って耳を澄ませる。
「……自分の気持ちに折り合いを付けたい、でしょうか」
そんなことを、彼女は言っていた。
「それ、どういう…?」
「やっほー!仁美…と、あれ、テツヤ?」
後ろから一際やかましい、もとい元気な誰かさんに声を掛けられ、仁美さんに聞き返す機会を逃す。
まあ、別にそれほど深く聞きたい話でも無かったから別に良いのだけれど。
「おはようございます、さやかさん」
仁美さんが振り返り、平然とした様子で後ろにドタバタと駆けて来た誰かさん、
美樹さやかに挨拶した。
「ほほ~う、朝から二人一緒とは仲がよろしいことで♪」
「何だ、誰かと思えばチャンじゃないか」
「いや、チャンじゃなくてさやかちゃん…ってか今日まで引っ張るつもりなのかそのネタ!?」
遅れて合流して来たチャン=サヤカもとい美樹さやかは、駆け寄ってくるなり俺達を茶化し始めた。
が、親愛を込めた渾名呼びを聞くなりすかさず突っ込む辺りは、生真面目というか芸人気質というのか。
「え、チャンじゃ駄目なのか?」
「駄目っていうか普通に呼んでほしいっていうか…」
「じゃあなんだ、さっちゃんとかサーヤとか、げろしゃぶかフーミンとか、そういうのがいいのか」
「そーいう問題じゃねーし、てか最後らへんは絶対におかしいでしょ!?」
「んじゃ、みーくん」
「…いや、ゴメン意味わかんない何で?」
「ほら、美樹ちゃんだからみーくん」
「あぁ、もうチャンじゃないならなんでもいいよ…」
あ、諦めた。
どうも相手するのを疲れさせてしまったらしい。
いい加減ふざけ方の度合いを測れるようになりたいものだが、まだまだ上手くはいかないようだ。
しかし渾名呼びは親睦を深めるのに効果的と近所のおっちゃんに聞いたのだが、何がいけないのだろう。
あまり彼女に気に入られている感じがない。
「んで、さっきからお二人さんは何の話で盛り上がってたワケ?」
「いや言うほど盛り上がっちゃいなかったと思うけど」
気を取り直して仁美さんに話を振るさやか。
「今朝テツヤさんが見た夢の話をしていましたの」
「へー、何か昨日のまどかみたいな事言うじゃん」
「ええ。なんでも魔女に呪われる夢を観たんだとか」
「あはははっ、魔法がどうとかよくわからない夢を見るのもそっくりだねぇ」
HAHAHA、と素知らぬ顔で朗らかに談笑しているさやか。
だがその最中、仁美さんに気付かれないような自然な足取りで俺の近くまで身を寄せてきた。
そしてある程度接近した瞬間、いきなりその手を俺の耳に伸ばしひっ掴んだかと思うと、グイっと俺の耳を自分の顔の近くまで引き寄せる。
「いだだっ、あふっ耳弱いから口寄せないで…!」
「…テツヤあんた、まさか昨日の事」
「言ってない言ってない、あくまで悪夢見たって言っただけで」
「なら、いいんだけどさ…」
必死の弁明に納得したのか、彼女はスッと耳から手を離すと、そのまま何事も無かったかのように仁美さんと並んで歩くのを続ける。
「ったた、まったくせっかちさんめ…」
俺が彼女に昨日の出来事について要らぬ事を喋ったのではないか、と疑われてしまったらしい。
やてやれ、思い込み激しいとは聞いていたが大した直情傾向だ。
まあでも彼女が友人を巻き込みたくないのは分かるし、自分も夢の話とはいえお喋りが過ぎたとも思うから仕方ないのだが。
とはいえだ。
「大体、言っても信じて貰える筈がないだろうに」
「そりゃまあ、確かにね…」
小声でブーたれる俺の文句をちゃんと聞いていたさやかが、苦笑しながら軽く頭を下げる。
「?」
そんな俺達の様子を、仁美さんは不思議そうに眺めていた。
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「魔女って何なの?魔法少女とは違うの?」
夕暮れ時のマミさんの部屋で、まどかがキュウべえに質問した。
「願いから生まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから生まれた存在なんだ」
イマイチ分かるような分からんような答えが返ってきた。
呪いから、生まれる?
誰かが誰かを呪った時にあんな異形の化け物が生まれる、とでもいいたいのだろうか。
「魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望を蒔き散らす」
そんな疑問を知ってか知らずか、キュウべえはスラスラと次の言葉を選んで魔女の説明を続ける。
「しかもその姿は普通の人間には見えないから性質が悪い」
「不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ」
よみとどみなく淡々と告げられる魔女というものの実態。
その概要を聞いて、心なしかまどかとさやかの表情が固くなったように見えた。
俺も同じような表情をしているのかもしれない。
「理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ」
「形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでゆくの」
さっきまでとはうって変わって沈鬱な表情をしたマミさんが、そう補足してくれている。
それを聞いて、なんというか、心が冷えるのを感じた。
今の真実は、少なからず自分達の心に恐怖を抱かせた。
魔法や魔法少女なんていうのも確かに衝撃的な話ではあったが、それらは余りにも今までの現実から解離しすぎていて、未だに別世界の出来事としか認識しようがなかった。
だが魔女の話は別だ。
不安や猜疑心などの悪感情、悪意を持った他人による犯罪や攻撃は、自分達のすぐ身近に、あるいは自分自身の心にも多かれ少なかれ存在していた筈の存在。
それが得体の知れない化け物によってばらまかれ、操作されていたのかもしれないというのだ。
今まで自分の周囲で当たり前のように起こっていた事件や事故の裏に、そんな外部からの悪意が潜んでいたかもしれない、というのは中々にゾッとする話だった。
「そんなヤバイ奴らがいるのに、どうして誰も気付かないの?」
「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね」
さやかの当然の疑問にキュウべえは少しもペースを崩さないまま答えを返す。
「さっき君たちが迷い込んだ、迷路のような場所がそうだよ」
「結構、危ないところだったのよ?あれに飲み込まれた人間は、普通は生きて帰れないから」
「うぇ…そうだったのか危ねえな」
マミさんの説明が本当なら、あの時の俺は本来なら袋の鼠状態でなぶり殺しにされている訳だ。
ただでさえ常人では勝ち目の無さそうな相手に、逃げ道が用意されていないというのは即死に繋がる。
転校1日目で蒸発する転校生なんて笑えない冗談だろう。
…しかしだとすると、本当にあの時暁美ほむらがいなければ、自分はこの場に生きてはいなかった事になる。
あいつは、それが分かってて俺を助けたっていうのか。
まるで正義の味方みたいな事をする奴だと思った。
「…マミさんは、そんな怖いものと戦っているんですか?」
「そう、命懸けよ」
少し怯えた声色で訊ねるまどかに、マミさんは誤魔化す素振りも見せず、はっきりと言い切った。
「だからあなたたちも、慎重に選んだ方がいい」
マミさんが言葉を続ける。
「キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある」
俺達に対して、警告するように強く言い聞かせる。
その真剣な眼差しと重い台詞に、自然と身が引き締められた。
「でもそれは、死と隣り合わせなの」
死と隣り合わせ。
シンプルながら、これ以上無いほどの重みを持った言葉に、二人が少し身体を竦ませるのを感じた。
「ふぇ…」
「んー、悩むなぁ」
文字通り、命を懸ける選択。
それを突き付けられて、まどかもさやかも何も言えない様子だ。
当然だろう。
願い事一つの為に自分の命を軽々しく差し出すような選択が、まだ14かそこいらの中学生に決断出来るはずもない。
彼女達はいましがた、その命を脅かす“魔女”というものの脅威を目の当たりにしたばかりなのだ。
それがいかに危険な行動で、どれほど重い対価であるか、想像するのは難くない。
…俺はどうだろう?
もし何か叶えたい願いがあったとして、その為に自分の生死を危険に晒せるものなのだろうか。
少女が願いを叶えて貰うために、その命を差し出す。
何かを得るために何かを捨てる、対価ありきの奇跡。
楽して叶えられる夢はないとは言うが、しかし。
「命懸けの、魔法少女か…」
ぼんやりと口に出して呟いてみると、奇妙な響きだと思った。
…ん?
その時、ふと自分の言った台詞に違和感を覚えた。
魔法…少女?
少女、そう少女だ。
違和感の正体が次第にはっきりし、今までスルーしてきた重要な事実に気付く。
どうして今まで自分は気付かないままでいたのか。
どうしてこれまで周りの誰も突っ込んでくれなかったのか。
「あのー、一つ質問いいっすかね先輩」
「何かしら?」
恐る恐る手を挙げ、マミさんに質問を告げる。
「そこのキュウカンバーと契約した女の子がなるのが、魔法少女なんですよね?」
「そうね」「僕はキュウべえだよ?」
マミさんの肯定の言葉と、キュウべえの訂正の台詞が被るが、名前の方は正直どうでもいい。
重要なのは、契約できるのは“女の子”であるという事だ。
「じゃあ男の俺って、この話にはあんま関係無いって事になるんすけど…」
そう、魔法少女は少女であるからこそ魔法少女たり得る。
つまり、男性である俺は魔法少女の話を聞いたところでどうしようもない訳だ。
まどか達に連なってマミさん宅までお邪魔してきてしまった訳だが、これでは自分がここにいる意味がまるで無い。
「そうでもないかもしれないの」
「え?」
そう思った矢先の、マミさんの台詞に思わず面食らう。
関係があるかもしれない?
俺と、魔法少女が?
何ゆえに?
「あなた、さっき魔女について言った事覚えてる?」
「はい。なんか呪いから生まれたとか、結界の中にいるとか、あと…」
そこまで言って、再度頭を強打されるような衝撃を覚えた。
そうだ、忘れていた。
だが待て、それではおかしな事になる。
でも確かにキュウべえのやつは言っていた。
魔女の質の悪い性質、その内の一つ。
「…普通の人に、見えない」
「そうね」
マミさんは頷いた。
それは、俺の気付いてしまった異常性の肯定に他ならない。
「魔女を視認できるのは、同じ魔法の力を持った魔法少女と、その資質を持った女の子だけだ」
キュウべえがマミさんから引き継いで言葉を続ける。
「勿論魔女だってただの幻じゃない、実体のある存在だ。条件さえ整えば資質のない人間でもその姿を見る事はある」
「でもただの人間なら、そもそも魔女の隠れている結界にたどり着く前に呪いを受けてしまう筈なんだ」
俺には、あの魔女の姿がはっきり見えていた。
あの異形と狂気的な背景の様相は、今でも鮮明に思い出せる程くっきりと思い出せる。
それがどれだけ異常な事であったのか、今になって突き付けられて一人戦慄する。
「なのに君は、暁美ほむらの介入があったとはいえ、呪いの影響を受けずに直接結界の内部に侵入する事が出来た」
そもそもあの場所に自分がいたのだって、まともな理由じゃなかった。
何かを感じた。
そんな意味の分からない感覚に導かれて、あの場所に行ったのだ。
「俺は…なんで、あそこに」
「テツヤくん…?」
まどかが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
その顔をまともに見返す事が、今の自分にはできない。
「それだけじゃない。今この瞬間、君が僕と話している事自体が本来ならあり得ない事なんだ」
キュウべえは一切の容赦をせず、立て続けに言葉を続ける。
「僕も魔女と同じように、普通は他の人に見る事はできない」
「現に、今まで君達は僕の存在を知らなかっただろう?」
淡々と語られる真実。
それが一体何を意味するのか分からないし、理解したくもない。
「僕を見る事が出来る条件は魔女と同じ」
だが、相手はそれを許してくれない。
「魔法少女か、その資質を持った女の子だけなんだよ」
俺にとどめを刺すかのように、その言葉が放たれた。
「え、ちょっとそれって…?」
さやかが混乱ぎみの声を漏らす。
トントン拍子で語られる説明について行けていないのだろう。
「でも今、君は僕と目を合わせて会話をしているよね」
だがそれでも、キュウべえが俺の異常性を語っている事は誤魔化せない。
「待てよ…お前…」
嫌な予感がした。
こんな会話をつい最近もした気がする。
なら最終的にキュウべえの台詞もあの時と同じものに収束してしまう。
俺が一番言われたくない、あの台詞に。
「君はどういうわけだか、女の子でも魔法少女でもないにも関わらず僕の事を認識している」
「待てって言ってるだろ…!」
「暦海テツヤ」
キュウべえが台詞を遮って俺の名を呼ぶ。
いつだったかの焼き直し。
暁美ほむらと最初に出会った時にも聞いたあの質問。
答えなんて出る筈の無い、
俺が解答を持ちえない、
あの言葉だ。
「君は、一体何者なんだい?」