魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
「……」
暁美ほむらが、目の前に来ていた。
まどかが身を固め、さやかがそれを背に庇う。
俺はただ、呆然と彼女の姿を眺めていた。
(大丈夫)
頭の中に、知った声が響く。
マミさんの声だ。
暁美ほむらの後ろ、こちらの向かい側にある校舎の窓から、見覚えのある姿が自分達を見ていた。
彼女の目が黒い内は、暁美もまどかに手出しは出来ない筈だ。
さやかもそれを理解したのか、緊張をいくらか解いた様子で暁美と向き合いだした。
「昨日の続きかよ」
「いいえ、そのつもりはないわ」
さやかの挑発を含んだ問いに、暁美は否定で返す。
「そいつが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけれど、今更それも手遅れだし」
そいつ、と言う所で暁美の視線がキュウベぇの方を向く。
が、当の魔法生物は動じた様子も見せず、ただ硝子玉のような目を彼女に向けるだけだ。
自分の命を狙っているものに対する態度としては、やけに平然とした様子だった。
「で、どうするの?貴女も魔法少女になるつもり?」
暁美はキュウベぇから視線を外すと、今度はまどかにその言葉の矛先を向ける。
「私は…」
「あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ!」
さやかが率先して口を挟むが、暁美はその台詞を意に介していないかのように無視し、まどかだけを見ていた。
「昨日の話、覚えてる?」
「うん」
昨日の話。
彼女の言う話とは、先日彼女が転校してすぐ、まどかを呼び出してしたあの禅問答のことか。
“今とは違う自分になろうなんて思わないことね”
あの時は要領を得ないものに聞こえた言葉の意味が、魔法少女を知った今ではよく分かる。
でも彼女がその言葉を発した理由は分からないままだ。
きっと、まどかにとっても。
「ならいいわ。忠告が無駄にならないよう、祈ってる」
まどかの答えに満足したのか、暁美は用は済んだと言わんばかりに長髪を翻し、校舎の方へと戻っていこうとした。
だが、それを俺は許さなかった。
「何故お前は、まどかだけに拘るんだ?」
去り行こうとするその背に、俺が疑問を投げ掛ける。
それを聞いた暁美は、一旦足を止めたかと思うと、首だけを回して俺を見つめた。
無視はされていない。
そのことを確認し、言葉を続ける。
「さやかにだって魔法少女の素質があるのは知ってる筈だ。でもお前は、明らかにさやかを無視して話している」
今の言葉に思い当たる所があったのか、隣にいる二人が小さく息を呑む。
暁美ほむらは、何も言わずに俺を見ているだけだ。
そんな彼女の様子には気にせず、言葉を続けた。
「そこまで固執する程の価値が、まどかにあるっていうのか?」
それを聞いたとき、暁美ほむらがようやく動いた。
背を向けたままの胴体がこちらに向き直り、横目だった彼女の視線は、今や真っ向から俺を捉え、突き刺すような光を向けてきていた。
「あなたこそ、どうして鹿目まどかに固執するの?」
そんな問いが、彼女の答えだった。
「何?」
「キュウベぇが見えるからといって、あなたは願いを叶えられる訳でも、魔女と戦える訳でも無いでしょう」
俺の言葉の一切を無視し、暁美は一方的に問いをぶつけてくる。
「あなたには、私達の戦いに関わる義務も義理も無いはずよ」
きっぱりと、彼女はそう言い切る。
無感情なくせしてやけに激しい暁美の語調は、まるで俺がこの場に存在することを否定するような、拒絶にも似た感覚を抱かせてきた。
だが、彼女の言ももっともな事だ。
俺はただ魔法的なものが見える性質、というだけであって、まどかやさやかのように願いを叶えてもらう資格は無い。ましてマミさんのように戦う力などありはしない。
本当なら魔法少女なんかに関わる理由は無いし、必要も無いのにわざわざ自ら危険に飛び込んで行っている馬鹿な人間と思われても仕方のないことではある。
でもそれは、魔法少女との関連性に限った話だ。
俺がここにあるための理由は、そんな義務的なものじゃない。
「義理なら、ある」
冷たい彼女の視線を真っ向から見返し、言い放つ。
その言葉に暁美は一瞬眉を潜めると、ちらりと隣にいるまどかとさやかの方を見やった。
「たかだか昨日今日の関係でしょう」
「ああ、昨日からの長い付き合いだ」
少し呆れたような意思を含んだ彼女の言葉に、迷わずそう返してみせる。
「お前ともな」
最後に、そんな台詞も付け加えた。
「テツヤくん…」
俺の言葉を聞いたまどかが、驚いたような声を小さく漏らす。
暁美の方はというと、相変わらず無感情な顔でこちらの瞳を覗き込んでいる。
さっきの台詞に何も感じ入るものがなかったのか、それか意図的に表情を消しているのか。
揺るぎのない彼女の瞳からは、何も伺い知る事は出来ない。
やがて彼女は諦めたように目を伏せ、こちらに背を向けた。
「…なら、せめてその義理を裏切らないことね」
そんな小さな忠告だけを残して。
「え?」
気付いた時にはもう暁美の姿は大きく遠ざかっていた。
引き留める間もなく、彼女は今度こそ非常口に向かって進んでいく。
風になびく黒髪が、会話の終わりを無言で告げていた。
「あっ…ほむらちゃん!」
その背に、今度はまどかが声をかける。
「あの…あなたはどんな願いごとをして魔法少女になったの?」
彼女が執着を見せていた、鹿目まどか、当人からの問い掛け。
それに応えることなく、暁美ほむらは非常口の扉を開け、校舎の暗闇に溶けていく。
「あっ…」
後には、茫然と立ち尽くす俺達三人と何も言わないままの動物一匹、そして空になった弁当箱だけが残された。
授業開始5分前のチャイムが、陽射しの翳り始めた屋上に虚しく響いていた。
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「授業が、終わった…」
頭上で鳴り響く授業終了のチャイムに耳を傾けながら、ぼんやりとした頭でそんな事を呟く。
あれから2時限分の授業を経て、この学校での生活は2日目を終了した事になる。
だがその割に感動が薄いというか、時間の経過を一瞬に感じてしまって少し戸惑っていた。
授業を真面目に聞いていなかったせいだろうか?
いや、分かってる。
そんなものは上辺の理由に過ぎない。
昼休みを終えてから、ずっと暁美ほむらの姿が脳裏にこびりついて離れないのが原因だ。
「その当人は、っと…」
暁美ほむらの席へと目を向ける。
流石は謎の美少女転校生と言うべきか。
授業が終わって間もないというのに、彼女の周囲には既に数人の女子生徒が集まっていた。
「暁美さーん!」
「今日こそ帰りに喫茶店寄ってこう?」
遠巻きに見ているので彼女らが何を話しているかは上手く聞き取れないが、断片的に聞こえた部分から判断するに、あの女子達は暁美を帰りに誘っている所らしい。
「…は、…………」
それに対して暁美は何かしら返答をしたようだが、あの静かな声が自分の席まで届いてくる事はなかった。
「あいつ、どうすんのかな…」
そう一人呟いていた矢先、不意打ち気味に脳内へと聞き慣れた声が届いた。
(二人とも、そろそろマミさんの所に行こう?)
まどかの声だった。
ビクッとして視線をまどかの席へと移すと、丁度まどかとバッチリ目が合う。
少し戸惑ったのも一瞬、まどかはいつものように微笑んでこちらに手招きしてくれた。
「…ぅ、うーん?」
後ろを見れば、6限目のずっと眠りこけていたさやかも、ヨダレを垂らしながら緩やかに覚醒を迎えている。
2日目の学校はもう終わった。
ここからは、2日目の魔法少女が始まる時間だ。
「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」
某日某所…いや、昨日行ったのと同じ喫茶店だが。
俺、まどか、さやかの見習い三人組は学校帰りにマミさんと合流し、この場所に集まった。
マミさんの塾の講師みたいな軽い一言で始められたこの体験コース。
昨日の時点で各々覚悟は決めていたつもりだったが、いざこうしてマミさんと面と向かって座っていると、緊張で少し震える。
隣を見れば、まどかもさやかも、餅を喉に詰まらせたみたいな顔で沈黙していた。
多分俺も似たような顔をしているだろう。
そんな俺たちの様子を知ってか知らずか、マミさんは見ていて蕩けそうになるくらい和やかな調子で俺達を見回し、
「準備はいい?」
と、聞いた。
その言葉で多少緊張が柔らいだのか、さやかは張り詰めた表情を少しだけ緩め、意気揚々と席から立ち上がる。
「準備になってるかどうか分からないけど…持って来ました!」
そういうと彼女は、やたら横に膨らんだ鞄のチャックを開き中から何やら長くて太い棒状の物体を取り出したかと思うと、それを意気揚々と掲げ上げた。
「…おー、いい鈍器」
思わずそんな感嘆の言葉が出るくらい、彼女の持ってきたそれは、大層見事と言う他ない、素晴らしい、
ただの金属バットだった。
彼女の私物だからだろうか、中学生の体型に馴染むサイズでありながら、使用された形跡の無い小綺麗なフォルムをしている。
それにしても鈍器とは、物騒なものを持ってきたものだ。
…いや、ここだけの話自分も人の事は言えないが。
「何もないよりはマシかと思って…」
「…まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」
照れくさそうに言うさやかを見て、しばし唖然していたマミさんは、やや困り気味な顔でそう言った。
「あ、それなら俺も似たようなの持ってきてます」
「えっ」
便乗する形で申し出た俺に反応した人物は、さやかとマミさんの二人。
ただし、さやかの方は、少し意外といった風なニュアンスなのに対し、マミさんの方は、あなたもかとでも言いたげな困惑を含んだ言い回しだが。
まあそんな反応は気にしない。
せっせと俺も学生鞄とは別に持ってきていた袋から、自慢の得物を解放する。
「電光掘削剣シャベルくんソードッ!」
ズバァッといった効果音(脳内)と共に天を貫く長大な剣。
それはもう、まったく誰も見まごうことなく完璧なまでに、
ただの園芸用シャベルである。
ちなみに私物ではなく、学校の庭から拝借した盗品である。
君と僕だけの秘密だ。
「うわぁ…」
「二人とも、考える事は同じなのね…」
まどかの気圧されたような歓声と、マミさんの少し呆れたような笑いが交互に向けられる。
結構カッコつけて出したのになんか、思ったより反応がビミョくて少し悲しい。
さやかとネタ被りしたせいだろうか、おのれ。
「シャベルって…それ土木工事以外に使えんの?」
ネタ被りした当の本人は、我がシャベルに何の不満があるのか、やや納得のいかなさそうな様子でこれを眺めている。
やれやれ、自分だって持ってきたのは似たような日用品だろうに、このシャベルの凶器としての汎用性を知らんとは。
「フン、知らないな?第一次大戦の塹壕戦で最も人を殺した武器は…」
「まどかは何か持って来た?」
「聞けよ」
無視された。
今めちゃくちゃ上から目線でふんぞり返りながら説明しようとしたのに、ガンスルーされた。
好きの反対は無関心というが、俺嫌われてるんだろうか。
悲しい。
「えっ!?えっと、私は……」
さやかに話を振られたまどかは、どうしてか急に挙動不審になってモジモジし始める。
その様子は大変愛くるしくて良いとは思うが、それはそれとして何を戸惑う事があるのだろう。
「どうした、別に何も持って来てなくてもいいんだぞ?」
「そ、そういうんじゃなくて、その…」
一人だけ用意が無いのが恥ずかしいのかと思ったが、どうもそれは少し違うようで。
しばらくして、まどかは一通り躊躇った後、頬を少し赤らめながら鞄から何かを取り出した。
「これ…」
そう言って差し出されたのは、一冊の簡素なノート。
女の子らしい柔らかなデザインのそれに、一体どんな意味があるのかといぶかしんでいると、彼女の手によってページが開かれその内容が目に飛び込んできた。
「うーわぁー…」
「あらかわいい」
「これ、鹿目さんが描いたの?」
三者三様の反応を見せる俺達に、まどかは照れと戸惑いの混ざったような顔で答える。
「と、とりあえず、衣装だけでも考えておこうと思って」
ノートに描かれていたのは、多種多様な女の子の衣装デザイン。
それも単なる衣服ではなく、リボンやフリルなどがふんだんに取り入れられた、少女趣味的な…それこそ魔法少女と言って誰もが思い浮かべるような華美な衣装がそこには描かれていた。
中でも中央に描かれている、デフォルメされたツーテールの少女の衣装には気合いが入っている。
察するに、これがまどかの考えた自分の魔法少女コスチュームの決定稿なのだろうが、しかしこれは…。
「すごい、これ、かわいいな…」
素でそんな言葉が漏れてしまうくらい、その衣装はビックリする程愛らしくて、まどかという少女のイメージにピッタリ合いまくっていた。
「え?ふぇぇ…」
まどかが俺の感想を聞いて照れくさそうに俯く。
いや、魔法少女の研修にこれは役に立たないだろとか、契約する前にデザインすんのかいとか、そもそもデザイン描いて持ってくる時点で天然が過ぎるとか、色々突っ込むべきである事は分かっている。
事実さやかは腹筋をやられてさっきから大爆笑しているし、マミさんもちょっと苦笑いしている。
でも、それはそれで救われたような気もして、悪いようには感じはしなかった。
「うん、意気込みとしては十分ね」
「あっはははっはっは!!こりゃあ参った!あんたには負けるわ…っっ!!」
「…かわいいな、本当にこれ」
「ぇ?ぅ、ぁ…あ、ありがとう…」
これからこの街の闇の部分を探索しに行く前だというのに、俺達の顔は明るく、笑顔に溢れていた。
笑われているまどか自身だけは、すごい恥ずかしそうだが、そこはまあ後でフォローする事にしよう。
いつの間にか空はすっかり夕日に染まり、ついに魔法少女体験コース第一弾の始まる時が来た。
さあ、非日常へと繰り出そう。
年内に上げようと思っていたのに大幅に遅れまくった…。
部活用の短編を書いていたせいとはいえ、これは酷い。
何はともあれお待たせしました新年一発目。
お楽しみ頂けたなら幸いです。
次回投稿まで、また暫くお待ちください。