魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity>   作:石清水テラ

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第17話 「本当に悪い子なのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は歩いていた。

 

 

──ドコ ヲ アルイテ イル?

 

 

それは無機質で退屈なこの街を。

 

憂鬱な夕焼けの中を。

 

汚ならしくて息が詰まりそうな廃虚を。

 

躓きそうになる高い階段を。

 

 

 

女は逃げていた。

 

 

──ナニ カラ ニゲテ イタ?

 

 

それは記憶を蝕む過去から。

 

自分を縛る現在から。

 

そして迫り来る窒息の未来から。

 

 

 

女は疲れていた。

 

 

──ナニ ニ ツカレテ イル?

 

 

それは仕事に。

 

友人関係に。

 

親に。

 

満員電車に。

 

地面にガムを捨てる若者に。

 

所構わず喚き散らす幼子に。

 

常にこちらを睨む老人に。

 

 

 

そして、生きるということそのものに。

 

 

 

 

 

 

 

女は、闇の中を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時、見滝原の街並みに、四人の少年少女の影が伸びる。

 

魔法少女体験コース第一弾。

そんな名目で始まったこの遠征だが、あれからしばらく周辺を彷徨いただけで、進展らしい進展はない。

 

昨日魔女の出現したモール付近を行ったり来たりしたかと思えば、少し道を外れて別の建物の周りをぐるぐる回ったりする。

命の危機に晒されるような事はしていないが、平和に甘んじて散歩に興じている訳でもない。

 

一見行くあてもなくほっつき歩いているように見えるが、マミさんの進む道にはちゃんとした理由付けがあった。

 

「これが昨日の魔女が残していった魔力の痕跡ね」

 

マミさんの手の中で、黄金色の宝石…ソウルジェムが、ぼんやりと発光していた。

光は一定ではなく、彼女の立つ位置によって光が薄くなったり、明滅が早まったり遅くなったりするし、場所によってはまったく光らなくもなる。

 

魔力の痕跡が濃ければ濃いほどこの光は強くなり、逆に時間が経ちすぎていたり、遠く離れてしまうと反応しなくなるらしい。

 

要領はさっぱり分からないが、ソウルジェムがダウンジング的な役割を果たしていると言えば分からんか。

 

「基本的に、魔女探しは足頼みよ」

 

マミさんは慣れたもので、俺達に魔女探知の方法を説明しながらも、光の強くなる場所を探し、迷いの無い足取りで進んでいく。

 

「こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

 

そう言って見滝原中を回るマミさんに、俺達はただ後ろから付いていくだけだった。

端から見れば帰りを共にする仲良し先輩後輩のようだが、気分としては金魚と金魚の糞というのが正しい。

 

「…意外と地味ですね」

 

隣にいるさやかがちょっと苦笑する。

その気持ちには同感だが、探索任務なんてこんなものだろうし仕方ない。

 

「まあ何か不思議探索みたいで楽しいですよ、俺は」

 

本当は街のお巡りさんぐらいの心持ちだが。

そんな気休め程度の俺のフォロー。

 

けれどマミさんは、その言葉を聞いて嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「そうね、私も何だかみんなと回るのは楽しいかも」

 

そう言ったマミさんの笑顔は、いつもより少しあどけなく見えた。

 

 

 

 

 

それからまたしばらく街を歩いた後。

未だに魔女を発見できないまま、あれから数十分程の時間が経とうとしていた。

 

「光、全然変わらないっすね」 

「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね…」

 

さやかの言った通り、ソウルジェムはあれから強い反応を見せていない。

光が弱くなった様子が無いという事は、一応痕跡を辿れているという証拠なのだろう。

だが、それでどれくらい相手に近付いたのか、離れたのか、全く分からないのだ。

 

マミさん曰く、時間の経過で魔女の痕跡は薄くなるらしいが、1日分のタイムロスは思った以上に響いているようだ。

 

「あの時、すぐ追いかけていたら…」

「仕留められたかもしれないけど、あなたたちを放っておいてまで優先することじゃなかったわ」

「…ごめんなさい」 

「フフッ、いいのよ気にしなくて」 

 

悔やむような言葉を漏らすまどかだが、マミさんはこの事を気に介する様子も見せない。

彼女だって手掛かりの少ない状況で歩き回るのは疲れるだろうに、一度も顔を曇らせる事なく明るい顔でまどか達を引率してくれている。

 

年長者故の余裕か。

いや、彼女にとってはこういう地道な捜索が日常茶飯事であるからか。

 

たとえどちらの理由であっても、常に落ち着いた雰囲気を崩さないマミさんの姿が、俺には眩しい。

 

「うんうん、やっぱりマミさんは正義の味方だぁ!」

 

さやかもすっかりマミさんになついたもので、楽しそうに彼女にじゃれついている。

 

「こらこら先輩にくっつくんじゃあない」

「あら、私は別に構わないわよ?」

 

ちょっと引き留めようかと思ったが、マミさんも何だか満更では無い様子だったので、そのままとしてやる。

 

「それに引き換え、あの転校生…ホンットにムカつくなぁ!」 

 

ふと、忌々しげにさやかはそんな言葉を呟いた。

 

どうやら昨日の魔女の動向を探っている内に、昨日の暁美ほむらの振る舞いを思い出してしまったらしかった。

 

その気持ちはもっともだ。

自分でも、こうしてマミさんと近くで触れあっていると、暁美ほむらの冷たさとの落差を感じてしまう。

 

先輩として、後輩に魔法少女のなんたるかを細かくレクチャーしてくれるマミさん。

徹底して不問不答を貫き、魔法少女との関わりを拒絶する暁美ほむら。

どちらも同じ魔法少女でありながら、ここまで態度に違いが出るのはどうしてだろう。

 

「本当に…悪い子なのかな…」

「え?」

 

他の誰にも届かないような、小さな呟き。

まどかの言葉を、すぐ隣にいる俺だけが聞き取れた。

 

「ほむらちゃん、確かにキュウべえには酷いことしたけど、でもなんだか悪意があるようには見えないっていうか…えぇっと…」

 

思いを上手く言葉に出来ないのか、口ごもってしまう。

でも彼女の抱く違和感のようなものは、自分にも理解出来た。

 

「言いたい事は分かるよ」

「そう、かな?」

 

前を行くマミさんとさやかには聞かれないよう、声を潜めてまどかに囁く。

 

「痕跡があるって事は、暁美は魔女を倒してないって事だろ。あの状況で、追えば仕留められた筈の獲物だ。でもしなかった」

「それってどういう…?」

 

「少なくとも、魔女狩りのためだけに動いている訳じゃないかもしれないってコト」

 

まどかの顔の困惑色が強くなる。

勿論今のは俺のしがない憶測に過ぎない。

魔女は普通に逃したのかもしれないし、痕跡もこの先何処かで途切れている可能性もある。

 

ただ、暁美ほむらが魔女以上にまどかの事を注視しているのは間違いないと思っていた。

 

「じゃあなんで、ほむらちゃんは…」

「ただの推測だって。どちらにせよ彼女を信用する理由にはならない」

 

そうだ。

違和感だの既視感だのなんだのはどうだっていい。

重要なのは暁美がまどかを狙っている要注意人物であるという事実だけだ。

余計な感情でその認識を曇らせてはいけない。

 

「理由が何であれアイツの狙いが君だって事は忘れちゃ駄目だ」

「…うん」

 

まどかが小さく頷いた。

 

彼女の傍にいるために、自分はこの場に立っている。

例え相手がどんな人間で、どんな理由があっても、この意思だけは覆すまい。

心にそれを強く命じる。

 

“なら、せめてその義理を裏切らないことね”

 

その思いと裏腹に、いつだったかの忠告が頭を過った。

 

 

 

 

 

 

「大分へんぴな所に来ましたね…」

 

あれからまた何十分かが経過し、昨日魔女が現れた地点とは大幅に離れた所まで来てしまっていた。

魔女の姿は、相変わらず発見できないままだ。

 

「ねえマミさん。魔女の居そうな場所、せめて目星ぐらいは付けられないの?」

 

しびれを切らしたさやかが、マミさんにそんなことを聞く。

そのマミさん自身は、大して焦る様子も見せずに平然と歩き続けていた。

 

「魔女の呪いの影響で割と多いのは、交通事故や傷害事件よね」 

 

探索の足は止めないまま、マミさんが説明する。

周囲に警戒を払いながらもあくまで落ち着いた素振りで説明を続けるマミさんの姿からは、疲れた様子は微塵も見受けられない。

 

「だから大きな道路や喧嘩が起きそうな歓楽街は、優先的にチェックしないと」

 

淀みなく語られる解説には、豊富な経験値と探索への慣れが窺えた。

一体どれくらい魔法少女を続ければ、ここまで順応する事になるのだろうか。

 

マミさんの言葉は続く。

 

「あとは、自殺に向いてそうな人気のない場所。それから病院とかに取り憑かれると最悪よ」 

 

「ただでさえ弱っている人たちから生命力が吸い上げられるから、目も当てられないことになる」

 

魔女は人間の心に取り憑いて、死に至らしめる。

 

病院というのは、下手な墓地や事故現場なんかよりもよっぽど死の空気に満ちている場所だ。

マミさんの言う目も当てられないことが、容易に想像出来てしまって気分を悪くした。

 

「そういう経験って、…あったんですか?」 

 

我ながら酷な質問だなと思った。

まるで他人の傷を開くような。

それでも聞かずに居られなかった。

 

「…えぇ。もう結構前のことだけど」

 

マミさんの肯定の言葉。

自分達の知りもしないような修羅場を巡ってきたであろう彼女の台詞には、文面以上の重みがのせられていた。

 

「……そうですか」

 

聞くんじゃなかった、と知らないままでいたくなかった、が胸の中に同居して気持ちが悪い。

その決まりの悪さを隠すように、口を噤んで目を逸らす。

 

「病院か…」

 

逸らした視線の先で、さやかがぼんやりと何かを呟いていた。

 

 

 

そしてまた、ひたすら歩き続ける。

魔女の足跡を辿って、街の中心地から大きく離れていく。

 

日が大きく傾いて、4人分の影がさっきよりも斜めに長く引き延ばされる。

 

 

そうして刻一刻と、

 

その時は、近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は疲れていた。

 

 

──ドウ スレバ ツカレナクテ スム?

 

 

それは、二度と動かなければ。

 

呼吸をやめてしまえば。

 

思考を投げ棄ててしまえば。

 

生きることを、やめてしまえば。

 

 

 

 

女は生きるのに疲れていた。

 

 

──ジャア イキルノヲ ヤメル タメニハ?

 

 

その為には。

 

今すぐここから飛び降りて。

 

頭蓋を砕き。

 

心臓を潰し。

 

そうして命を失って────────

 

 

 

 

 

 

“── シン デ シマエバ イイ !! ──”

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

──そして、その時は訪れた。

 

「かなり強い魔力の波動だわ…!」

 

マミさんの手の中で、ソウルジェムが激しく明滅している。

近くにある強い魔力に反応しているのだ。

 

つまりそれは、近くに魔女が存在しているという証拠…!

 

 「近いかも」

 

短く呟くと、マミさんは一直線に駆け出した。

 

「…ッ!?マミさん!」

 

俺達も一拍遅れて彼女に続く。

 

昨日魔女が現れた地点から相当歩いたので、自分たちは今、都市から大きく離れた下町にいた。

周囲にはショッピングモールのような巨大建築物は一切見られず、古風な民家や、もう使われなくなって久しい廃ビルや工場が残るのみ。

 

元々見滝原市は、一介の地方都市に過ぎなかったという。

それが大規模な開発計画の影響で、大幅に発展が進んだ結果、今のような近未来型都市へと変貌した。

だが、開発の恩恵が街の隅々まで行き届いた訳ではない。

急速な発展について行けず放置された下町というのが、そこかしこに存在していた。

 

自分達のいるこの場所もその一つだ。

開発途中で放置されたビルや、働き手のいない工場がいくつも建ち並び、人の活気というものが失われた、空虚な町。

 

いかにも、自殺に向いてそうな人気の無い場所。

 

魔女が出現するには、うってつけの条件と言えた。

 

「間違いない。ここよ」

 

ソウルジェムの明滅が、最大まで高まっている。

たどり着いた場所は、荒みきった小さな廃ビルだった。

 お世辞にも巨大とはいえない、三階か四階ぐらいの建築物。

ここに、魔女が…!

 

 

「ッッ…ぁが!?」

 

 

その瞬間、脈絡なく心臓が跳ねた。

 

ほとんど反射的に胸を抑える。

…熱い。

何かが、胸の中で蠢いていた。

 

頭の中に、誰かの咽び哭くような音が響く。

不快な響き。

背筋を這う、猛烈な悪感情。

ゾワリ、と全身の毛が逆立つ。

 

いつだったかと同じ感覚だった。

 

(これ、魔女の気配か…!?)

 

「あっ、マミさんあれ!」 

 

さやかが叫び、上方を指差す。

彼女の示した先は建物の屋上部分だ。

 

そこに、人影が一つ。

 

屋上には一人の女性が立っていた。

恐らく成人はしてるであろう年齢、スーツを着ている。

会社勤めの若手OLといったところか。

しかしどこか挙動不審だ。

荷物も持たず、あんな場所に一人きりで。

 

ふらふらと頼りない立ち姿だ…。

 

「…あ」

 

…気付いた。

 

屋上には飛び降り防止の柵があるものだ。

なのに、この地上からは女性の全身がくっきり見てとれた。

あの人は、柵の外側に立っているのだ。

 

女性の姿がゆらめく。

彼女は靴を履いていなかった。

 素足のまま、一歩を踏み出す。

 

見上げたその女性の顔は、

 

 

死を決意した自殺志願者そのもので…!

 

 

「きゃあああああっ!!」

 

まどかが悲鳴を挙げた。

さやかは絶句し、凍りついたように立ち竦んでいる。

 俺は反射的に手を伸ばすけれど、そんなもの届く筈もない。

 

女性が屋上から落下する様が、スローモーションのようだ。

 

一瞬が永劫の刻に感じられる、刹那の時間。

 

その時間の中でただ一人、マミさんだけが前に駆け出していた。

 

ソウルジェムが煌めき、金色の光が溢れる。

光が弾ける一瞬の内に、彼女の姿は大きく変貌する。

 

羽根つき帽子にコルセット。

黄色いリボンの凛々しい魔法少女の姿がそこにあった。

 

「ハッ!」 

 

彼女が手を上空にかざす。

すると何もない虚空から、光の糸のようなものが何本も生え出てきた。

光で出来た細長い繊維のようなそれは、生物のそれとは違った、布や生地を思わせる柔らかさをもってゆらめく。

 

(…リボン?)

 

魔法のリボンは一本一本が意思を持った生物のように自在に伸縮し、落下する女性に絡み付く。

制動をかけられた女性の身体は、地表にあと数メートルで激突、といったところで緩やかに停止した。

 

一秒あったかも怪しい、一瞬の出来事だった。

 

「っぶねえ…」

 

まさに間一髪。

少しでもマミさんの判断が遅れていたら間違いなく間に合わなかっただろう。

 

その事実に戦慄する。

つい昨日自分が死にかけたばかりではあるが、見知らぬ誰かが目の前で死に瀕する光景にはその時以上の衝撃があった。

 

マミさんが手を軽くかざすとリボンの拘束が弛み、優しく女性を地面へと下ろす。

女性はぐったりと横になったまま動かない。

一瞬死んでしまったかと思い不安に駆られる。

リボンはかなり優しく女性を受け止めていたし、怪我もないように見えるが…。

 

「魔女の口づけ…やっぱりね」

 

マミさんが女性の首筋を覗き込みながら呟く。

自分もまどからと一緒にマミさんの元に駆け寄り、肩越しに女性の様子を覗き込んだ。

 

「口づけって…これが?」

 

マミさんの見ていた場所、女性の首筋。

そこにどす黒い何か、紋章のようなものが纏わり付いているのが見えた。

刺々しい薔薇の茎に囲われた蝶にも見える小さな刻印。

見ただけでそれが邪悪なモノである事が感じ取れる。

濃密な呪いの香りに、軽く眩暈を起こした。

 

「…この人は?」

 

まどかが、ピクリとも動かない女性を不安げに見やる。

 

「大丈夫、気を失っているだけ。行くわよ!」

 

女性の命に別状は無いと判断したのか、マミさんは素早くその場を離れ魔女の巣くっているであろう廃ビルへと侵入していった。

 

 

「………ぁ」

 

颯爽と駆けていく彼女の背中。

可憐でありながら、どこか勇ましくもある、その魔法少女としての姿に思わず目を奪われる。

 

 

「テツヤくん?」

 

「…えっ、あ、悪い今行く」

 

まどかの声で、慌てて意識を元に戻す。

まどかとさやかがマミさんを追おうとしている時に、自分だけボケっと突っ立っていた。

いかん、見とれている場合じゃない。

頭を振って気持ちを入れ替え、駆け足で廃ビルまで走り出す。

 

「急にどうしたのかな?」

「あー、そういえばアイツだけマミさんの魔法少女姿見るの初めてだっけ」

 

後ろで二人が何か言っていたけれど、恥ずかしいから聞こえないフリをした。

 

 

 

 

 

マミさんに追い付き、一緒に階段をいくつか駆け上がる。

目的の場所はすぐに見つかった。

 

ビルの何もないコンクリートの壁に、一点だけ黒い染みが発生している部分がある。

ペンキで塗ったのとは明らかに違う、黒い障気のようなもので覆われた呪いの孔。

 

間違いない。

 

昨日見たのと同じ、魔女の結界だ。

 

 

「今日こそ、逃がさないわよ」

 

マミさんが不敵に微笑む。

その顔からは、命を懸けて戦う事への恐怖心は微塵も見受けられない。

戦士の顔をしていた。

 

おもむろにその手がスッと掲げられ、俺とさやかの方を向く。

するとその場にいきなり魔法のリボンが出現し、さやかの持つバットと俺のシャベルに絡み付いた。

 

「うぅっ、うわぁーっ!?」

「あっばばばばっばナニコレナニコレ!?」

 

俺達が慌てふためく中、リボンは包帯みたいにグルグルと得物に巻き付き、すっかり表面を覆い尽くしてしまう。

と、そのリボンの光がいきなり弾け飛び、下から大きく変容したその姿を現した。

 

「すご~い…」

 

まどかの感嘆の声。

 

リボンによってコーティングされたシャベルは、さっきまでの物々しいフォルムとはうって変わって流麗な見た目になっていた。

土や埃でくすんでいた表面が陶磁器のように真っ白な材質に。

無骨な刃先は緩やかにカーブしたティーカップの持ち手みたいなデザインに変化。

そして何の飾り気も無かった各所が、過剰なまでの金縁の装飾に覆われていた。

 

「な、なんかオシャンティっすね…」 

 

隣を見れば、さやかも似たようなデザインに変化したバットをしげしげと眺めている。

 

こちらもまるで茶会の食器みたいなアレンジだ。

シャベルより太い分装飾が多く盛り込まれているようで、ピンク等のカラフルな色味や宝石のようなアクセントなど、メルヘン具合は俺のシャベルすら凌駕する。

 

「気休めだけど、これで身を守る程度の役には立つわ」 

「ど、どうも…すごいっすねこれ」

 

何やらこれもマミさんの魔法のようで、俺達の持ってきた凶器を魔法で強化させたらしい。

リボンによるコーティングと言うが、見たところ表面に結び目は見当たらない。

どうも見た目以上に高度な変質が行われたようだ。

 

「ふむふむ」

 

ツンツンと武器の表面を突っつく。

手触りは思っていたよりずっと重く、硬い。

 

「…でもなんか弱そうだな」

 

正直見た目がお洒落過ぎて強そうな感じがまったくしないが、マミさんが強化したって言うんだから強化されているのだと思う事にした。

 

 

かくして、戦闘準備は整った。

マミさんが俺達を振り返り、強くこちらの目を見据える。

 

「絶対に私の傍を離れないでね」

 

そう、念を押される。

 

「はい」 

「はい!」

「りょーかいっ!」

 

三者三様の応答。

それに満足して頷くと、マミさんは視線を結界へと戻し、意気揚々とその内部へ飛び込んでいった。

 

彼女の姿が黒い闇の中に呑まれて消える。

結界の扉はマミさんによって開かれたまま、俺達の到来を待っていた。

 

「よっ、と」

 

さやかが真っ先に、ひょいとその扉を抜けていく。

不安のない軽やかな足取りだった。

 

「テツヤくん、行くね」

「あぁ、どうぞ」

 

まどかがさやかに続いて結界の前に立つ。

彼女は気分を落ち着かせるように、ホッと息を一度落とした。

そして意を決し、結界の闇へと飛び込んでいく。

 

まどかの背中が消えてから、最後に俺が行く事となった。

 

「んじゃ、いっちょ入ったりますか」

 

魔女の結界。

呪いと狂気に満ちた幻夢の世界。

そこにもう一度侵入する、覚悟を決める。

 

足を踏み出し、結界の闇に自ら呑まれていく。

通り抜けた先には、昨日見たのと同じ光景が待っているのか。

不安を圧し殺し、身体を中に突っ込ませた。

 

「……ん?」

 

その時不意に、何か見知った気配を感じた。

 

首筋に、刺すような視線。

そう遠くない間に感じたのと同じ、誰かの感覚。

 

それに気付いて振り返ろうとした瞬間に、俺は何の抵抗もなく闇の扉をすり抜け、現実世界と隔絶した場所に消え去っていた。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

だから、物陰からこちらを眺める黒髪の少女の姿に、気付く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 









今回は比較的早く仕上がりました(当社比)。
この調子でいつか週2くらいのペースで…あわよくば週1ペースの更新ができるように、頑張りたいです。

あと、書いてる間に何故かお気に入り数がぐんぐん上昇してビビりまくってました。
まだ殆ど話も進んでいないというのに、この評判の良さはとてもありがたい。

ご期待に添えるよう、書き続けていく所存ですので、次回も楽しみに待って頂けると幸いです。




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