魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity>   作:石清水テラ

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第18話 「私、先輩出来てるんだ」

 

 

 

 

そこは広大な庭だった。

草花が咲き乱れ、蝶が飛び回り、暖かな陽射しの降り注ぐ穏やかな庭園。

 

しかし同時に、寂れた廃ビルでもある。

破れたブラインドがそこらにぶら下がり、茨のような鉄線が張り巡らされた、陰惨な密室。

 

さっきまでと同じようで、違う風景。

幼子の描いたような空想と、物言わぬ現世の無機物。

絶対的に異なる2つの世界が溶け合い、同化し、極限まで抽象化された異界。

それが、魔女の結界だ。

 

そんな場所を走っていた。

 

前衛をマミさんとして、さやかがその後ろに続き、まどかを挟む形で最後尾に俺が付く。

 

閉塞的なビルの中とは打って変わって広大な空間に頭が混乱してしまう。

周囲を彩る毒々しい色合いの背景画は秒単位でめぐるましく移り変わり、気を抜けば前後不覚に陥りそうだ。

確かなものといえば、自分達が今踏みしめているこの大地、そして前方を行くマミさんの後ろ姿ぐらいか。

 

まるで何か巨大な生物の胃袋にいるような気分だった。

実際、その認識は間違いではない。

魔女と魔女の結界を一つの巨大怪異と考えるなら、その怪異の内側にいる自分たちはまさしく魔女の胃袋の中にいることになるわけだ。

 

そして胃袋に入り込んだ異物には、当然それを吸収するための消化作用が働く訳で。

 

「_!!__!!!_!」

 

笑うような、歌うような、聞き取り難い声が上から響いた。

 

上方を見上げると、そこには名状し難い形状をした小型の物体が浮遊していた。

 

「うっわなんか出た出た!」

 

思わず変な声で叫んでしまう。

 

白色のスライムみたいな爛れた体表に、不気味な眼が数個程まばらに配置された異形の身体。

身体の中央にはいつか見たモジャモジャと同じく、立派なおひげが生やされている。

その背中にはなんとも不釣り合いな蝶の翅が一対付いているが、どう見てもあれで翔べるようには思えなかった。

 

この結界を統べる魔女の使い魔だろう。

 

以前に見たのとは大幅に容姿が異なっている。

何か別の役割を持った存在なのか。

ひげという共通モチーフを持つのはいかなる理由か。

 

「_!__!!」

 

一瞬抱いた細かな疑問に悩む機会も与えず、ソイツは俺達に向かって急降下を始めた。

 

「うぉ、こっち来るぞ!?」

 

一直線にぬるっと飛んでくる使い魔に思わず身体を強張らせる。

だがそんな警戒は無用の産物であると数秒後に知った。

 

「ハッ!」

 

短い烈迫の気合い。

それと共に轟音が鳴り、使い魔が身体の中心を何かに撃ち抜かれ弾け飛ぶ。

どこかで見たような吹き飛び方だった。

 

…銃撃?

 

思わず発砲音のした方へ視線を回す。

 

そこに、やたらと長く古めかしい銃器を構えたマミさんを見た。

手に持っている獲物は、白い銃身に金の縁取りがなされた中世風の前装式銃。

マスケットとかいっただろうか。

どこからともなく取り出されたそれは、華美な装飾がされているのもあって一目で尋常な武器では無いと分かった。

 

それが、マミさんの魔法少女としての武器。

 

一撃必中。

使い魔を一撃の元に屠った威力もさることながら、空中を浮遊する対象へ的確に命中させた彼女の腕前も驚異的だ。

 

しかしまあ、なんだ。

 

「マスケット銃て…」

 

銃が強力な武器であるのは確かだが、魔法少女の武器としてはいささか物騒過ぎやしないだろうかと思う。

 

いや、確かにマミさんの中世風の魔法少女服に、長く美しいフォルムの前装式銃はこの上ない程似合っている。

…似合ってはいるのだが。

 

弓とか杖とかならともかく、銃をメインウェポンとする魔法少女は何だかピンと来ない。

自分の魔法少女のイメージが貧困なせいだろうか。

 

「俺、時代遅れなんかな…」

「テツヤー、ボケッとしてないで早く来なさいよー!」

 

首を捻っている間にさやか達はもう数メートル程先に進んでしまっていた。

彼女らが大して驚く様子も無いのは、昨日既にマミさんの戦闘シーンを目にしたからだろう。

やれやれ、こちとら驚いてばっかりだよ。

 

「今行くからちょい待…」

「次、来るわよ!」

 

休む暇もなく、マミさんの警戒を促す声が響く。

 

空を見れば、知らぬ間にさっきのと同じような使い魔が大小合わせて数十体ほど浮遊していた。

流石魔女の使い魔。

一匹二匹で打ち切りではないらしい。

 

「__!!_!__!!」

 

一番距離の近い二匹が不気味な挙動でこちらに向かって降下を始める。

それとほぼ同じタイミングで、マミさんの両手に二丁のマスケット銃が出現した。

 

一撃。

二擊。

 

銃口から火花が迸り、正確に二匹の中心がぶち抜かれた。

一部の隙もない反応速度だった。

 

だが、それで逃げ出すような単純な相手ではない。

どこからともなく使い魔がまた数匹ほど増え、他の個体とともに一斉にこちらへ急降下してくる。

 

「__!!」

 

これには流石に危機感を覚えた。

いくらマミさんといえど、これだけの数を相手に単発の銃で対応できるものか。

 

「…フッ」

 

が、そんな俺の不安とは裏腹に、マミさんは少しも表情を変えずに次の行動に移った。

 

まず両手に持っていた弾切れの銃が無造作に放り捨てられる。

手放された二丁の銃は、マミさんの手から離れた途端にその形状を崩壊させ、細い糸状の光となって散った。

 

そして空になった両手を中空にかざすと、そこから八丁余りの銃が一度に出現した。

 

その一つを掴んだかと思うと、即座に引き金が引かれ、銃口から飛び出た閃光が使い魔の一体を貫く。

それに合わせるように、中空で待機している銃も一斉に銃口を上空に向け、自動的に弾丸をばら撒いた。

 

大量の銃器による一斉掃射は、濃密な弾幕となって迫りくる使い魔を撃ち落としていく。

瞬く間に目に見えるだけの使い魔が全て射ぬかれ四散した。

 

「うわぁ、瞬殺…」

 

圧巻の光景だった。

 

これは後で調べたことだが、昔の銃っていうのはとんでもなく精度が悪く装填に時間がかかるものだったので、大規模な歩兵に装備させて一斉掃射させるのが主な戦術だったらしい。

だがマミさんはその手数の悪さを全て魔法で補っていた。

 

無限に銃を精製することでクールタイムを無くし、一度に大量の銃を操ることで攻撃の密度を補う。

言うなれば一人戦列歩兵隊。

それがマミさんの戦闘スタイルだった。

 

「さ、進みましょう?」

「え、あっはい」

 

一時的とはいえ進路を阻む相手が消滅し、マミさんが行軍を再開する。

右も左も分からない俺達は、ただそれについていくだけだ。

 

 

 

 

 

目的地は結界の中心部、およびそこに隠れているであろう魔女。

マミさんのソウルジェムがその場所を感知しているから、このふざけた迷路のような場所で迷わずに済んでいる。

 

だが当然進めば進むほど妨害というのは強くなるものだ。

さっきの倍はいるであろう使い魔が定期的に出現し、俺達の道を阻もうとする。

それも先に行く度に少しづつ数が増えているようだ。

 

マミさんの銃が四方に火を放ち、襲いかかってきた使い魔から順に撃墜されていく。

 

彼女の制圧力は絶大だった。

しかしそれでも足手まといが三人もいれば防御に穴も出ようというもの。

 

使い魔が一匹、弾幕の穴を抜けてヌルッとさやかの眼前にまで迫る。

 

「う、うゎぁ、来るな、来るなーっ!」

 

巨大な怪物を目と鼻の先にして、パニクったさやかががむしゃらにバットを振り回す。

女子の腕力で狙いもつけずに振るわれたそれが大した脅威になるはずもなく、使い魔はスルスルと彼女に取り付こうと迫る。

が、いざ喰らい付こうとした瞬間、何かに阻まれてその動きを止めた。

 

「─?──??」

 

前に進めど進めどさやかに近付けず、不可解そうな声を使い魔が上げる。

使い魔の進行を止めているのは、薄い光の盾のようなものだった。

 

その発生源は、さやかの振り回していたマミさん印のバット。

彼女が必死に使い魔を遠ざけようと得物を振るうと、それに合わせたように壁が発生して使い魔を阻んでいた。

 

「すごいな、ただリボン巻いただけでこんな…」

 

感心している間に、マミさんの銃がさやかに群がる使い魔を端から全て撃ち落としていく。

マスケットのくせに命中率も百パーっていうんだから反則的だ。

 

「た、助かったぁ~」

 

さやかがホッとしたような声を上げる。

武器を強化してくれたマミさん様様だ。

 

「さやかちゃん、大丈夫だった?」

「お、おう…見ての通りこのバットの力で……え」

 

心配してさやかの元にかけ寄ろうとするまどか。

それに震え声で強がろうとしたさやかだったが、不意にその表情が凍り付いた。

 

「まどか、使い魔来てる!使い魔来てる!」

 

さやかがまどかの後方を指さし必死の形相で叫ぶ。

 

「え?わ、きゃぁあ!?」

 

彼女の指さした方向に別の使い魔がどこからともなく発生し、まどかに対して狙いを定めているのが見えた。

発生した使い魔はムクムクと肥大化しながらまどかの方に近付いていく。

 

まどかにはさやかと違い身を守る武器がない。

これは、結構マズイ。

 

「うわわわ、寄るんじゃねこのヤロォーッ!?」

 

大慌てで地を蹴り、まどかの元へと駆け寄る。

急な事態についテンパった声が出た。

そんなことはどうでもいい。

迫る使い魔に立ちはだかり、持ってきたシャベルを構える。

 

…やれるのか?

 

自問自答する暇が惜しい。

自分の行動の是非を問うだけの思考力がどっかに行ってしまった。

頭の中にあるのは、守護と迎撃の二語だけ。

 

ほとんど捨て鉢に武器を振りかぶった。

 

「そぉいっ!」

 

手にした凶器が唸り、標的に真っ向からぶち当たる。

ドンピシャ!

ガラス細工を砕くような、奇妙な手応えがした。

 

「──!!─!?」

 

使い魔が大きく後方に吹っ飛んでいく。

自分が予想した数十倍の距離を跳ね跳んだかと思うと、壁に激突し、そのままバラバラに砕け散って消滅した。

 

跡形も残らなかった。

 

「…あれ」

 

倒せた。

倒せてしまった。

呆気ないくらい簡単に。

 

「うわシャベル、すっげえな…」

 

さやかが少し驚いたような声を上げる。

自分だって結構驚いていた。

まどかが心配そうに俺の方へ駆け寄ってくる。

 

「て、テツヤくんゴメン!ケガとかしてない?」

「え、あぁ、うん。見ての通りほら、強化シャベルで真っ向両断したからモーマンタイって感じで…」

 

まどかを安心させるために取り敢えず五体満足の身を示す。

 

「全然大丈夫だって、ねえ?マミさん」

 

自分が使い魔とやり合った、という実感を持てずに困っていると、ふと他の使い魔を片付け終えていたマミさんと目が合った。

 

「……」

 

そのマミさんは、どこか呆けたような顔で俺をぼんやりと見つめていた。

 

「ん、あの、マミさん?」

「あっいえ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」

 

俺が再度名前を呼ぶと、ようやくマミさんが気を取り戻した。

慌てて謝りながら構えたままの銃が降ろされる。

実はさっきぼんやりしてた時もずっと銃口がこっちに向いていたので、ちょっと怖かった。

 

しかしビックリしたというのか。

こんなに場慣れしている風なマミさんが。

 

「まさか魔法少女でもないのに使い魔を倒せる人がいるなんて思わなかったから、ね」

 

「ぃや、マミさんの強化あってこそでしょ」

「それはまあ、そうかもしれないわね」

 

なんだか分からないけど、生身の一般人が使い魔を倒すというのは意外と珍しいことであるようだ。

別に俺が何か特別という訳ではなく、それだけマミさんの魔法による強化が凄かっただけの話だが、いかんせん前例が無いので驚かれたのかもしれない。

 

「今度はちゃんと私が守るから気を取り直して行きましょうか」

「ハイ、今度は出しゃばらんよう気をつけまっす」

 

気を取り直した風のマミさんに頭をヘコヘコ下げながら、結界の攻略を再開する。

マミさん後ろに、さやかとまどかが続き、自分もその背を追う。

 

その途中、ふとまどかがこちらに振り向いた。

 

「えっと、…さっき助けてくれてありがとうね」

 

はにかみがちに、小声でそんなお礼を述べてきた。

そうやって真っ直ぐこちらを見やる彼女に。

 

「…いや、多分俺に感謝する必要はないよ」

 

つい、つれない返事をしてしまう。

 

「?」

 

俺の言葉の意味がよく分からなかったのか、まどかは首を少し捻りながらも前に向き直った。

 

 

「………」

 

使い魔を仕留めた時の事を思い出す。

 

マミさんは、さっき銃口を俺の方へ向けていた。

俺の立っていた方向。

つまりは、使い魔が襲ってきた方向だ。

多分あの時、自分が出て行ったからマミさんは構えた銃を撃たずそのままにしていたのだろう。

 

 

自分がそこにいなかったとしても、マミさんはまどかをちゃんと助けていた。

 

 

その事実に安堵すると同時に、何故か奇妙な虚しさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからはもう、怒涛の勢いだった。

 

結界の奥に進む分使い魔は増え、警戒用とおぼしき浮遊個体以外にも昨日のひげもじゃや鋏蝶などの姿も見受けられるようになっていく。

しかしマミさんはその一切合切をものともせず、圧倒的な制圧力をもって余さず使い魔達を撃ち落としていった。

 

群がってくるものは掃射で殲滅し、四方から飛び掛かってくるものは流れるように狙い撃つ。たまに弾幕を抜けて接近したものは直接銃床で叩き落とした後にとどめを刺す。

 

まどかの方に寄ってくる使い魔を警戒して、俺とさやかも申し訳程度に武器を振るうが、大抵の使い魔はそれにたどり着く前に乱れ飛ぶ銃撃の餌食となった。

 

戦場の中心で火花を散らし舞い踊る、洋装の麗人。

結界の異様な情景を背に、縦横無尽に駆け回るマミさんの姿は反則的なまでに美しく、まるで何かの舞台演目でも観ているような錯覚さえ覚えた。

 

「どう?怖い?三人とも」

 

結界の中心へと近づきつつある中、マミさんが不敵に笑いながらそんな事を聞いてくる。

 

「な、何てことねーって!」

「声上ずってんぜ、お嬢さん」

「う、うるせーなー!もう!」

 

強がりを口にするさやかを茶化して笑っていると、マミさんも安堵したようにクスリと笑う。

 

「フフ、暦海さんはあんまり緊張感が無いみたいね」

「そりゃ、マミさんが頼もし過ぎるのがいけないんすよ」

「あら、先輩へのおべっかが上手いのね」

「事実ですって、なあ?」

 

「えっ?あ…はい!」

 

唐突に話を振られたまどかが、少し声を上ずらせながらもコクコクと頷く。

 

「確かに怖いけど…でも…」

 

少し顔を赤くしながらも、マミさんを真っ直ぐ見つめるその目には、大きな憧れが満ちていた。

 

「…そう、私、先輩出来てるんだ」

 

マミさんが、小さく微笑みながら何か呟く。

 

その言葉から、何かただならぬ感情が見えたような気がたけど、結局その時はよく分からないままだった。

 

 

もうすぐ、魔女の結界の最深部に辿り着く頃だ。

 

 

 

 

 









いつもの事ながら大変遅くなりました。
待っていただいた読者の皆様に感謝です。
いい加減上げないとヤバいと思ったので、今回はかなり短めになっています。
次回か次々回でようやく原作2話が終わる感じでしょうか。道のりは長い。
春休み、しっかりと執筆を続けたいと思います。
ではでは。

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