魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity>   作:石清水テラ

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前回からまたしても1ヶ月以上の時間をかけてしまい、いやぁ申し訳ありません。
お気に入り数が100を超え、高い評価も頂いておきながら、モチベを維持できていないのがなんとも辛い所。
それでもなんとか定期的に投稿を続け、本編3話までたどり着きました。いや遅えよと。
それでは、お楽しみ下さい。
















第21話 「中学生っぽくないような…」

 

「はぁー…はぁー…」

 

胸に手を当てて、深呼吸。

気持ちを落ち着け、身だしなみを整えてから、いざ目の前の病室の扉と向かい合う。

 

 

私、美樹さやかはある理由で市内の病院へと足を運んでいた。

ある理由、といっても大した理由じゃない。

知人がここに入院していて、そのお見舞いに来た、というそれだけの話。

 

その知人というのが誰かは…まあすぐに分かると思う。

 

お見舞いに来るのは始めてじゃない。

もうかれこれ数ヶ月の間、私は毎週欠かさずこの病室へと運んでいる。何なら暇さえあれば毎日だってここに来たいとすら思うくらいに。

けれどもこの病室の扉を開ける時は、いつも緊張してしまう。

 

その理由の方は、自分でも上手く言えないけれど…何となく分かってはいるつもりだ。

 

「…うん」

 

意を決して、扉に手をかける。

そしてあまり音を立てないように意識し、慎重に扉を開けた。

 

扉が開いて、最初に目に映るのは、一人分の病院用ベッド。

重篤な患者や重要人物が使うために作られたこの個室には、ベッドが一つしかなく、入院している患者も一人しかいない。

部屋の中央に据えられたそのベッドには、私のよく知る人が今日も身体を横たえていた。

 

その頭が、むくりと起き上がり私の方を見る。

 

 

「やあ」

 

そう一言、その少年は私に軽く微笑んで挨拶した。

 

 

病室のベッドに沈み込み、こちらに笑いかけるその中性的な容姿の男の子の名前は、上条恭介といった。

私がお見舞いしにきた知人であり、学校が同じ友達でもあり、…そして、私の小さい頃からの幼馴染みでもある。

 

「はい、これ」

 

手に提げていたお見舞いの品を彼に手渡す。

これが今日の主な用事。ここへ来る時の習慣のようなものだ。

 

袋の中に丁寧に仕舞われたそれを、彼は受け取るや否や嬉々とした表情で引っ張り出してそのパッケージをしげしげと眺め始める。

中身はあるクラシック音楽のCDだ。

ついこの前、まどかやテツヤとCDショップに行った時に購入していったものだ。

あの時このCDを買ったのは良かったものの、その後魔法少女関連の事件に巻き込まれたり、マミさんの魔法少女体験コースに参加していたせいで、しばらく渡しそびれたままにしていた。

 

「うわぁ…、いつも本当にありがとう。さやかはレアなCDを見つける天才だね」 

「あっはは、そんな、運がいいだけだよ。きっと」

 

本当はどちらも違う。私は運が良いわけでも天才なわけでもない。

毎日毎日暇を見てはCDショップを巡って、彼が気になっている曲や彼の好きそうな曲を探し回っていた、その当然の結果だ。

でもその事をわざわざ口にするのはおこがましいというか、気恥ずかしいような気もしたので、言わない事にする。

 

恭介は、早速手持ちのCDプレイヤーを用意して曲をセットし、イヤホンを耳にはめ始めていた。

 

いつもいつも苦労して集めては、彼に渡すだけのCD達。

でも、心の底から嬉しそうにそれらを手に取る彼の横顔を見ていると、それだけでも探した甲斐があったように思えて、嬉しくなってしまうのだ。

 

と、不意に彼がイヤホンを片耳だけはめたまま手を止め、私の方を向く。

急に目を合わされたものだから、ちょっとドキリとしてしまう。

そんな私の気も知らずに、彼はイヤホンのもう片方を私に差し出す。

 

「この人の演奏は本当にすごいんだ。さやかも聴いてみる?」 

「う…、い、いいのかな…?」

 

分かっていても、つい声がうわずってしまう。

彼の誘い。それはつまり、イヤホン半分こって奴な訳で。

カーテンから射し込む夕陽の赤さが今はありがたい。

きっと今の自分の顔は、絵に描いたように真っ赤になっていることだろう。

 

「本当はスピーカーで聴かせたいんだけど、病院だしね」 

「え、えへぇー…」

 

必死に照れ笑いを噛み殺しながら、彼のイヤホンを耳にはめる。

互いの耳をコードで繋ぎ顔を寄せ合っていると、なんだか恋人同士になったようにも見えて、余計意識してしまう。

バクバクと鳴り響く心臓の鼓動がどんどん大きくなって、もうどうにかなってしまいそうだ。

 

そんなタイミングを丁度見計らったように、耳元からバイオリンの優しい音色が流れだした。

 

二人を暖かく包み込むような、美しい管弦の調べ。

その演奏を聞いていると、不思議と落ち着いた気分にさせられる。

さっきまで破裂寸前だった心臓が、嘘みたいに穏やかだ。

後には、ただ彼と寄り添っていることへの充足感だけが残った。

 

この曲のことを、私はよく知っている。

かつて一度、恭介が弾いたことのある曲だった。

幼い頃の私は、この曲に深い感動を覚えた。

 

両親に連れてこられた、小さな演奏会。

元々音楽が好きっていうガラでもないし、わざわざ椅子に座って静かに演奏を聞く意味すら分からなかった、あの頃。

どうしてだか、恭介の弾くバイオリンの音には、心が惹き付けられてやまなかったことを覚えている。

 

私は、舞台に立つ彼の姿が好きだった。

バイオリンの弦を弾く、彼の指が好きだった。

自分の奏でる音に酔いしれるような、彼の表情が好きだった。

 

彼の弾くバイオリンが、好きだった。

 

その思いはいくらか月日がたっても変わらず私の胸の中にある。

同時に、それ以上の感情も。

 

「………」

 

いつの間にか、あんなに嬉しそうに話していた恭介がすっかり黙り込んでいるのに気付く。

音楽に集中しているからだろうか。

彼はずっと窓のどこか遠い所を見ているようだった。

 

「……あ」

 

その彼の顔から、小さな水滴が零れ落ちた。

 

瞳から溢れた涙が、頬に細い跡を描きながら流れる。

水滴が一粒、ベッドの上に置かれた彼の右腕に落ち、そこに巻かれた包帯に小さな染みを残した。

 

 

恭介は、一言も発さず静かに泣いていた。

 

「……」

 

かける言葉が見つからなかった。

 

小さな事故だった。

恭介とは何の関わりもないような、突然の事故。

でもそれで、彼は自分の半身に近しいものを奪われてしまった。

 

 

ここ数ヶ月間、私は彼のバイオリンを聴けないままでいる。

 

そして、もう二度と聴く事はできないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…なーるほど」

 

そう誰に聞かせるでもなく一人呟く。

 

「上条恭介 様」とプレートに記された病室の扉を、俺はただ立ちすくんだまま、ずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ティロ・フィナーレ!!」

 

「_!!__!___!?___!!!!!」

 

叫びと共に放たれた火線が醜悪な魔女を貫き、その全身を巨大な火柱に変える。

今夜もまた一体、マミさんの手によって魔女が倒された。

 

「マミさーん、ナイッショゥッ!」

「いやー、やっぱマミさんってカッコイイねえ!」

 

魔女の消滅とともに結界が揺らめき、周囲の風景が元の現実世界へと戻る。

最初に見たときこそ面食らったが、あれから数日たった今となってはもう慣れ親しんだ光景だ。

 

「もう、見世物じゃないのよ?危ないことしてるって意識は忘れないでおいて欲しいわ」 

「いえーす!」

「いえっさー!」 

「息ピッタリね、あなたたち…」

 

やたらノリの軽い俺とさやかの言動に、マミさんが少し呆れた風に笑う。

自分でもなんか危機意識が薄すぎる気もするが、なんもかんもマミさんが強過ぎるのがいけない、ということにする。

 

結界の外の世界はすっかり夜闇に包まれ、空には綺麗なお月さまがうすぼんやりとした光を地上に落としていた。

 

前回の魔法少女体験ツアーから何日か経った後。

あれから毎日俺達はマミさんに付いて夜な夜な魔女退治に繰り出していた。

とはいえ特筆すべき事など何も無く、前回の魔女退治とやってることは何も変わらない。

街を歩いて魔女を探し、結界を見つけては突入し、魔女どもを火力で一掃。その繰り返し。

変わった事といえば、活動の時間が夜中主体になり、少々寝不足といった程度だ。

 

「あ、グリーフシード落とさなかったね」

 

まどかが、何も落ちていない公園の地面を見て言う。

 

「む、本当だドロップしてないぞ」

 

さっきまで魔女がいたその空間には、本来なら倒された魔女の卵が落ちたりしているものだが、そういったものはどこにも見当たらない。

 

「今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね。グリーフシードは持ってないよ」 

「魔女じゃなかったんだ…」

 

相変わらずまどかの肩に居座っているキュウべぇが述べた捕捉に、まどかが嘆息する。

 

「何か、ここんとこずっとハズレだよね」

「使い魔だって放っておけないのよ。成長すれば分裂元と同じ魔女になるから」

 

 不満を漏らすさやかの気持ちも分かるが、マミさんの言うことは尤もだ。

本来なら魔女なんてものいない方がいいのだし、使い魔しか出ない現状を嘆くべきでもないのだろう。

 

「でもグリーフシードがないとジェムが濁ったまんまになりません?」

 

ただ一つ、心配することがあるとすればソウルジェムだ。

あれは使う度に魔力を消耗するから、グリーフシードだけが唯一の回復手段である筈だった。

 

「大丈夫よ、こういう時のために予備も持ってるし。それにグリーフシード惜しさに使い魔を野放しにするなんてできないもの」

「マミさん…」

 

こともなげに、マミさんはそんな格好の良い台詞を言い切る。

彼女の魔法少女としての責任感の強さが筋金入りであることは、この数日間の内で承知している。

それは実に誇らしいことであるし、彼女に対して尊敬する気持ちも自分の中に強くある。

しかし…。

 

 

「マミさんって何か、一個上って感じしないですよね」

「え?」

「いや、悪い意味じゃないんですけど…」

 

キョトンとした顔のマミさんに、自分の感じたことをどう説明したものか考えあぐねる。

何と言うのか、この感じは。

 

「ほら、俺達ってこんなちゃらんぽらんじゃないですか」

「俺達ってあんた…」

 

どうにか言葉を選んで彼女に説明を続ける。

俺達、と一括りにされて不満そうなさやかさんが何か言っているが、無視。

 

「その分何だかマミさんが大人びて見えるっていうか、同じ中学生って感じがしないっていうか、社会人っぽいっていうかお姉さん越えてママっぽいっていうかその…あれこれ大分悪口だな…」

「ママって…」

 

結局途中から要領を得なくなった俺の台詞に、まどかも苦笑いする。

我ながら社会人ってなんだよママって何だよと思う。老けてるってことじゃねえか。

 

「とりあえず何か、俺達よりすごい大人な気がします」

 

何とかそういう無難な表現で締める。

…いや始めからこう言えば良かったような。

 

「…そうでも無いわよ」

 

当のマミさんは怒るでもなく、ただ静かに笑ってそう呟く。

 

「私はちょっと人より色んな事を経験してて、ちょっと周りの人に格好を付けてるってだけ。本当はあなたたちと大して変わりないただの中学生よ」

 

…本当はただの中学生。

その言葉に、少しだけ彼女の本心を見た気がした。

 

「…そういうもんですか」

「そういうものよ」

 

朗らかに返すマミさんの顔は、もういつもの大人びた先輩に戻っていた。

 

 

「それはそれとしてやっぱ身体の発育は中学生っぽくないような…」

「おいコラ」

 

何故かマミさんじゃなくさやかに怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで二人とも何か願いごとは見つかった?」

 

今日の魔女退治が終わり、帰る途中にマミさんは久方ぶりにその話題を挙げた。

初めて魔法少女と出会って数日。

考えを纏めるには良い頃合いなのだろうが…。

 

「んー…まどかは?」 

「う~ん…」

 

聞かれた二人はというと、数日前と何ら変わらぬ歯切れの悪いリアクションで思い悩んでいる。

どうにも答えはでていないらしい。

 

「なんだ二人ともまだ決めかねてたのか」

「まあ、そういうものよね。いざ考えろって言われたら」

 

苦笑してマミさんがそう漏らす。

その反応に少し引っ掛かる。

同じ契約者にしては、どこか他人事のような反応だった。

 

「マミさんはどんな願いごとをしたんですか?」

 

悩み果てたまどかがマミさんに話を振った。

 

思えばマミさんがどんな願いで魔法少女になったのか聞いた事がなかった。

ここ数日、結構な時間を一緒に過ごしているのに、マミさん自身の事を俺達は何も知らない。

それは寂しいことであるように思えた。

 

「……」 

 

マミさんは、何も言わず口をつぐんでいる。

 

無視している訳ではない。

口元を引き締め、目が微妙に下を向く。

答えようとして、どこかで逡巡している風だった。

 

「いや…、あの、どうしても聞きたいってわけじゃなくて…」

 

何も言わない彼女の様子を察してか、慌ててまどかが言い澱みながら付け加える。

その言葉をかけられた背中は、何も反応を返さぬままだ。

 

「言いづらい、理由なんですか」

 

敢えて不躾に問い掛ける。

相手の触れられたくない部分に踏み入るような行為は、本来なら躊躇う所だ。

でもそれ以上に、この自分より遥かに大人びた先輩の抱えたものの正体を、知りたいと思ってしまった。

 

 

やがて、彼女が口を開いた。

 

「私の場合は……」 

 

驚くほどに平静な声で彼女は淡々と続けた。

 

 

「考えている余裕さえなかったってだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある、一人の少女の話をしよう。

 

どこにでもあるような、誰にでも起こりうるような、ありふれた不幸のお話。

 

 

それは小さな事故だった。

 

もう2年も前になる。

 

ごくごく平凡な、一人の少女がいた。

 

暖かい家族がいて、沢山の友達もいて、そんなありふれた幸福を甘受して生きる、普通の女の子だった。

 

 

でもその普通は、ある日突然奪われた。

 

交通事故、とでも言っておけば分かるだろうか。

 

そういうことだ。

 

車には父と母と、少女が乗っていた。

 

死は一瞬で少女の父母を物言わぬ肉塊に変えた。

 

けれど少女だけが、肉塊の仲間になり損ねた。

 

それでももう、彼女は永くなかった。

 

痛くて、冷たくて、怖くて、少女はただ命が失われゆく恐怖に震えていた。

 

そこに、天使が現れた。

 

白くて小さな、赤い目をした救いの主。

 

それに少女はひたすら願った。

 

 

『助けて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後悔しているわけじゃないのよ。今の生き方も、あそこで死んじゃうよりはよほど良かったと思ってる」

 

そう語るマミさんの顔には本当になんの後悔の色もない。

むしろ後悔しているのは、今の話を聞いた自分達の方ではないかと思うほどに。

 

「でもね、ちゃんと選択の余地のある子には、キチンと考えたうえで決めてほしいの」

 

一転して少し厳しい口調で彼女はそう言う。

 

「私にできなかったことだからこそ、ね」

 

念を押す彼女の気持ちが、今なら少し分かる。

 

彼女の背負うものの正体。

それを少しだけでも理解できた事を、後悔すると同時に素直に嬉しく思う自分がいた。

 

 

「ねえ、マミさん。願い事って自分の為の事柄でなきゃダメなのかな?」 

「え?」 

 

さやかが、思い立ったようにマミさんに質問した。

思わず聞き返すマミさんに、さやかはどこか躊躇いがちに言葉を紡いでいく。

 

「例えば…例えばの話なんだけどさ、私なんかより余程困っている人が居て、その人の為に願い事をするのは…」 

「それって上条君のこと?」 

「たたたっ、例え話だって言ってるじゃんか!!」

 

まどかの率直な指摘を、さやかは顔を真っ赤にして否定する。

 

…しかし。

 

「上条くん、か…」

 

その名前は、以前から度々話題には上がっていた。

上条恭介。

美樹さやかの幼なじみであるという男。

 

どこかで聞いた名前だとは思っていたが…。

 

「…いや、言わなくていいか」

 

病室のネームプレートに刻まれた名前を思い出す。

 

元天才バイオリン奏者。

事故により利き腕を負傷し入院生活。

そーゆーチャンスが欲しい人。

 

それってつまり、そういうことなのか。

 

「別に契約者自身が願い事の対象になる必然性はないんだけどね。前例も無い訳じゃないし」

 

キュウべぇがすかさず口を挟む。

必要がなければ基本喋らないが、こういう事務的な説明の時はやたら饒舌になるのがコイツの性なのだろうか。

 

「でもあまり関心できた話じゃないわ。他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておかないと」

「どういう意味ですか、それ」

 

思わず聞き返してしまうぐらい、マミさんは真剣な面持ちでさやかの方を向いていた。

 

「美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」

 

そんな質問を、彼女は投げ掛けた。

これまでにないくらい真面目な声色で、酷く単刀直入が過ぎる質問だった。

 

「マミさん…」 

「同じようでも全然違うことよ。これ」

 

口を挟みかけたまどかすら遮って、マミさんは続ける。

 

その直接的な物言いに傷つけられたのか、少しバツの悪そうにさやかは俯く。

 

「その言い方は…ちょっと酷いと思う」

「ごめんね。でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま先に進んだら、あなたきっと後悔するから」 

 

それは本当に、さやかを案じての言葉だったのだろう。

 

願いの在処。

その所在を他人に依存するのは危険が過ぎる。

 

ただでさえ命を懸けた願いごとなのだ。

それを他人の為に使い捨てるには相応の覚悟が必要だ。

まして中途半端な虚栄心をもって人を救えば、その命懸けの願いの責を相手にも背負わせることになりかねない。

 

マミさんは、そういった心構えの話をしているのだ。

 

「…そうだね。私の考えが甘かった。ゴメン」

 

さやかが軽く俯いて謝る。

 

マミさんの言葉の意味を理解したのだろうか、思ったよりも素直に思い直した様だった。

彼女がどこまでマミさんの言い分に納得したのかは分からなかったけれど、それ以降さやかの口から上条恭介の名が出ることは無かった。

 

「やっぱり難しい事柄よね。焦って決めるべきではないわ」 

「僕としては、早ければ早い程いいんだけど」 

「ダメよ。女の子を急かす男子は嫌われるぞ?」

 

相変わらず無用な口を挟むキュウべぇを、マミさんがいじらしく嗜める。

 

結局この日も願い事は決まらぬまま。

まどかとさやかが魔法少女になるかどうか、俺の体質の理由とやら、そのどれも定まらぬまま、話はいつも通りの白紙状態へと戻っていった。

 

会話は踊る、されど進まず。

 

今夜もいつも通りの安寧の日々が過ぎるばかりだ。

 

「うっふふ、ウフフ、あっはは、ハハハ…」

 

でも、いつもの調子でバカみたいに笑うさやかの横顔を見ていると、こうも思うのだ。

 

「……」

 

こんな日々も、案外悪くない。

 

まどかがいて、さやかがいて、魔法少女のマミさんというちょっと変わった先輩がいて、一応キュウべぇもいて。

目的とか正義とか願いごととか、特に無いけれど。

こうして好きな人達が集まって、どんな非日常でも一緒に過ごしていけるなら。

 

まどかじゃないけれど、それはとても嬉しい事じゃないかって。

 

 

そんな甘い夢を、この時はまだ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、てかお前オスだったの…?」

 

 

 

 

 

 


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