魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
「やっぱり簡単なことじゃないんだよね…」
まどかの漏らした呟きが、薄ぼんやりとした街の灯りに溶けていく。
夜の帳が街を包み、頼れる光源は古びた街灯と月明かりぐらい。
そんな真っ暗な夜道を、二人で歩いていた。
「そらまあ一生に一度あるかないか、ってな感じだからな。簡単に決まっちゃ困るだろ」
テキトーに返した言葉も、宵闇の向こうへ霧散し消える。
夜の魔女退治からの帰り道。
俺はまどかを家まで送るために、彼女に同行していた。
さやかの方はマミさんが付いていってくれている筈だ。
夜中に女子中学生二人が出歩くのは少し危なっかしい気もするけど、俺が付いていくよりもマミさんがいる方が安全なんだから仕方ない。
「僕の立場で急かすわけにはいかないしね。助言するのもルール違反だし」
そういうキュウべぇは相変わらずまどかの肩に定住している。
俺の観察とまどかの保護がこいつの仕事なのだから、別にいてもおかしくはないのだが…何となく野暮ったい。
「ただなりたいってだけじゃダメなのかな」
「え」
ふと、聞こえたその呟きに、思わず聞き返した。
彼女の口からそんな積極的な言葉が出るとは思わなかったからだ。
「まどかは、力そのものに憧れているのかい?」
キュウべぇが不躾に聞き返す。
「いや、そんなんじゃなくって………………………、うん…そうなのかな」
「いやいや、そうなのかなじゃねえでしょうよ」
何やら会話が怪しい感じの流れになっているのを聞いて、慌てて口を挟む。
「…まどかはなりたいのか、魔法少女に」
ここ数日の付き合いでしかないけれど、自分の見たところ彼女は大した願いを持った人間ではなかったと思う。
家族や友人に恵まれ、時折身近な問題に悩んだりすることはあっても、基本的に平凡な幸福を甘受する、そういうごく普通の女の子だった筈だ。
魔法少女になって叶えるような願いがあるでもなし、まして強大な力を求めたりするような欲望とはまるで無縁のタイプだと思っていた。
だから、今の言葉はちょっと意外だった。
「えっ…と、その、あのね?」
少し恥ずかしそうに彼女が顔の前で手を振る。
「前にも言ってた事だけど、私って鈍くさくて何の取り柄もないから…、だからマミさんみたいにカッコよくて素敵な人になれたら、それだけで十分に幸せなんだけどなぁ、…なんて」
将来の夢を恥ずかしがる子供みたいに、はにかみながら語る彼女の顔を見て、俺は最初に出会った時のことを思い出していた。
まどかの中にあるコンプレックス。
変わりたい今とは違う自分。
誰かの警告が頭を過る。
「そりゃあ、マミさんみたいな人には誰もが憧れるだろうけどさ。そうまでしてなりたいもんか?」
「うーん…確かに、魔法少女になったらマミさんみたいな人になれるって訳でも無いんだろうけど…」
少し考えこむように俯く。
けれど彼女はすぐに、顔を上げて答えを口にした。
「でも、自分の力で色んな人を守れるような自分になりたい。それが私の願いなのかも」
…なんてことを言うんだ、と思った。
そんなことを願える人間がいるとしたら、それこそ正義の味方そのものじゃないのか。
「それにほら、この街に沢山の魔女がいて、それを倒す力が私にあるんだったら、それでパパやママやタツヤとか、家族やクラスの皆を守れるのかもしれないし…」
「なるほどねえ」
言われてみればそういう考えもあるかもしれない。
街に存在する危険を知ったなら、自分の身近な人を案じるのは当然の思考だ。
マミさんや暁美の存在があるからといって、それが直接その人達の安全に繋がる訳ではないし、もし自分に力があれば…
ん?いやちょっと待て。
「待って、まどかちょっと」
聞き慣れぬ単語に反応し、食いぎみに話を遮る。
「え?」
「あの、差し支えなければお聞きしたいんですけど…その」
割とデリケートな話題になるかもしれないので、少しばかり聞くのが憚られたが、それでもさっきの台詞は聞き捨てならず、振り絞るように声を出した。
「…タツヤって誰すか?」
しばし、沈黙。
それからしばらくして、まどかがハッと気付いたような表情になり、顔をみるみる赤くさせた。
「あ、いや、ちがっ!…いや何も違わないんだけど、その、タツヤっていうのは…えっと、私の弟の名前なの!!」
「あー…あぁ、弟か…なんだそうか、よ、よかっ…」
手と首をブンブンしながら必死に説明する彼女の姿に安堵したのも一瞬、別方向から頭をぶん殴られたような衝撃が俺を襲う。
「ぇ、いや、え、弟ぉ!?」
…オトウト、…おとうと、
…弟。
「…え、まどかさん弟いたの?」
「うん、今年で3歳になる私の弟。…言ってなかった?」
「はぁい聞いていません」
まどかの弟、つまりは鹿目タツヤ、という氏名になるか。
不意打ちで名前を聞いたときにはあらぬ想像をして大変焦ったけれど、なるほど彼女の親類であるなら何も心配することは無かったわけだ。
…でも本当にビビった。
いや、たとえ彼女にどんな交友関係があろうと今更友情が揺らいだりはしないのだけど、なんかこうね、うん。
「はぇー、まどかってお姉ちゃんだったのか…」
「まぁね。柄じゃないって良く言われるんだけど」
「そうかー、まどねーちゃんだったのか…」
なんというか、まどかのことは妹というか、末っ子ポジという勝手なイメージがあったので、彼女が長女であるというのがイマイチ想像できない。
とはいえ弟くんはまだ3歳になったばかりというので、家では意外なお姉ちゃんぶりを発揮しているのかもしれないが。
「……姉か」
姉と弟。
…少し気になった。
「なあ、弟って姉から見て可愛いもんか?」
「え?、う、うん」
急な質問に、少し戸惑った様子だったけれど、まどかは答えてくれた。
「まだお姉ちゃんになって3年くらいだし、これからどう成長するのかとか、姉としてやっていけるか不安な時もあるけど。でもそれも含めて、タツヤは私の大事な大事な家族の一人だと思ってるよ」
家族への想いを噛み締めるように、彼女はそう言った。
その言葉に、嘘偽りの色は見られない。
「…そっか」
特に意味は無いが…嬉しくなった。
「でもそうなるとやっぱりマミさんって理想的な先輩だなぁ。テツヤくんも前に言ってたけど、一個上なのにお姉さんっぽさが凄いんだもん」
「確かに。あれで一人っ子だったぽいし、分からんもんだな」
家族の話をして少し照れ臭くなったのか、話題を元の魔法少女の話に戻す。
とはいえ話題になるのは結局マミさんの話だ。
知ってる魔法少女がマミさんと暁美ほむら以外いないのだから当然ではあるけれど、やはり魔法少女という存在が、自分と結びつかない遠い存在のように感じられるからだろうか。
「私も少しくらいマミさんみたいに強くてカッコよく…」
「まどかが魔法少女になれば、マミよりずっと強くなれるよ」
不意打ちぎみに、キュウべぇが口をはさんできた。
「え?」
「もちろん、どんな願い事で契約するかにもよるけれど」
そんな言葉で前置きして、そいつは淡々と言葉を続けた。
「まどかが産み出すかもしれないソウルジェムの大きさは、僕にも測定しきれない。これだけの資質を持つ子と出会ったのは初めてだ」
一瞬、思考停止する。
俺もまどかも、どういう風に反応すれば良いわからず、しばし言葉を失った。
街灯の下、2つの影法師がバカみたいに立ち尽くす。
「あはは、何言ってるのよもう…嘘でしょう?」
先に沈黙を破ったのはまどかの方で、そんな風に苦笑でその場は流された。
けれどその時キュウべぇは、何も答えなかった。
「それじゃ、私の家そろそろだから」
「おう、じゃあここでな」
デートの時間は瞬く間に過ぎ去り、まどかとはお別れの時間となった。
手を振る彼女に手を振り返し、その背中を見送る。
キュウべぇは彼女の肩に乗って離れず、そのままお持ち帰りされていくようだった。
一応俺の観察もあいつの目的であった筈だけど、共に過ごす頻度はどうにもまどかの方に偏っている気がする。
「……」
まどかに偏った注目を向ける存在には、もう一人心当たりがあった。
暁美ほむら。
前回の接触以降、学校以外ではロクに出会わず、話す機会も無いままだ。いや、もしかしたら今日もこっそりついて来ていた可能性も否めないのだが。
思うに、彼女は、さやかやマミさん、そして自分よりも、まどか個人に強く執着しているように見えた。
もし、さっきのキュウべぇの言葉が悪い冗談でないのなら。
彼女がまどかをつけ狙う理由は…。
「-また、明日ねー!」
ふと、聞こえた声に心が現実へ引き戻される。
見ればまどかが思い出したように振り返ってこちらを見ていた。
その顔を見ていると、小難しい謎や陰謀に頭を悩ませることが、ひどく馬鹿らしく思えてきて、思わず苦笑する。
ヘンに考えるのは後回しでいいだろう。
今はただ、今日という日の終わりを惜しみつつ、彼女を見送るだけでいい。
「うん、また明日な」
結局、その後彼女の背中が見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。
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深夜、人の気配のすっかり消えた公園に、二つの影が大きく距離を開けて並んでいた。
片方は巴マミ。だがその後ろに佇むもう一人は、共に帰っていったという美樹さやかではなかった。
既に夜は更けに更け、美樹さやかは帰宅を済ませベッドの上だろう。だが巴マミはそのまま自宅へ戻ることなく、あえて人気のない場所を選び、今日も自分たちを着けてきていたとある人物と相対していた。
「分かってるの?」
黒い人影が、その口を開く。
闇に溶けてしまうのではないかと錯覚させるほどの暗い影が、不気味に揺れる。
なんてことはない。それはその人物が美しい黒髪をなびかせているというだけの話だ。
「貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」
暁美ほむらが、鋭く言葉を投げ掛ける。
それを巴マミは意に介さず、ただ冷ややかな視線を向けるだけだった。
「彼女たちはキュゥべえに選ばれたのよ。もう無関係じゃないわ」
暁美ほむらは表情を一切崩さず、その視線を受け止める。
微かに顔をしかめたように見えたのは、丑三つ時の闇の下という状況が生んだ錯覚か。
いずれにせよ、敵対する二人の魔法少女が、人の気配の失せた深夜に密会するというのは、穏やかではない。
互いの距離はその間柄をそのまま示すようにやや離れていたが、魔法少女の身体能力を持ってすれば、一息に踏み込める距離だ。
一触即発。
静寂の中に、確かな緊張があった。
「それならあの無関係な男を連れ回しているのはなぜ?彼もキュゥべえに選ばれたとでも?」
「あら、あなたが暦海くんのことを心配していたなんて意外だわ」
皮肉げに笑う巴マミに、暁美ほむらは何も言い返さず口をつぐむ。
確かに彼女は暦海テツヤに多少の関心を持ってはいたが、それ以上の感情はなかった。彼女にとって彼の存在は二の次であり、故にこれ以上話題を横へ逸らすのは無意味と判断したのだ。
「…貴女は二人を魔法少女に誘導している」
「それが面白くないわけ?」
「ええ、迷惑よ。特に鹿目まどか」
そう、暁美ほむらにとって重要なことはその一点のみ。
それは巴マミもおぼろげながら理解しているところである。
そしてその理由は、これまで鹿目まどかを観察する内に気付いた、ある要因にあると、彼女は既に推論していた。
「ふぅん…。そう、あなたも気づいてたのね。あの子の素質に」
鹿目まどかの持つ、魔法少女としての高い適性。
暁美ほむらが彼女に執着する理由がそれであると、巴マミは断じる。
魔法少女の戦いは、ただ魔女の討伐のみに収まるものではない。
グリーフシードを確保するためには、いかに自分以外の魔法少女に横取りされず魔女を仕留めるかが重要になってくる。
その熾烈な縄張り争いを制しようとする者にとって、強力な魔法少女というのはただそれだけで脅威となり得るのだ。
未来の脅威の芽を摘もうと考える魔法少女は、珍しくもない。
暁美ほむらもその類いの人間であると巴マミは結論付けた。
「彼女だけは、契約させるわけにはいかない」
「自分より強い相手は邪魔者ってわけ?いじめられっ子の発想ね」
今度は明確に暁美ほむらを煽ったつもりだったが、彼女は相変わらず何の反応も示そうとしない。
何の感情も読み取れない無表情。常に自分に向いていながら、まるで自分ではなく自分の後ろにいる誰かを見ているような、冷たい視線。
それら全てが巴マミには、ひどく不気味なものに見える。
「…貴女とは戦いたくないのだけれど」
ようやく 開かれた口から出たのは、敵対の意思。
ならば返す言葉も、拒絶以外に言うことはない。
「なら二度と会うことのないよう努力して。話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから」
暁美ほむらは、自分にとって敵である。
それを確認できれば、巴マミにはもう十分だった。
今宵の密会はこれで終わり。
明日になれば二人はただ学校が同じだけの知り合いに戻る。
もし戦場で再会したならば、その時は互いに排除するのみ。
不穏な余韻だけを残して、公園から人の姿が完全に消え去った。
大変長らくお待たせしました。
約一年半ぶりの投稿ですが、生きてます。失踪してないです。
今日まで待っていてくれた方は、マジでごめんなさい。
別に待ってねーよって方は、どうか見捨てないで下さい。
初めて読んだわ誰だお前って方は、暇な時間にでも序章から読んでくれると幸いです。
相変わらず話がぜんぜん進んでませんが、完結目指してエタらず頑張っていきたいと思います。どうか再び見守ってください。