魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
「…おはようございやーす」
気さくな挨拶。それに答える人がいないのは、誰にも聞こえないくらい小声で言ったからだ。
クラスメイトはみなそれぞれの会話の輪の中で一喜一憂するばかりで、今しがた登校した俺のことは目に入っていないらしい。
まどかやさやかと行動を共にするのが当たり前になって、つい忘れがちになるけれど、自分は未だにこのクラスになじめている訳ではないのだ。
…まあ元より自分が地味であることは自覚しているし、魔法少女関連に気をとられて学校生活を雑にこなしているせいでもあるから、それはいい。
教室に入ってすぐの席に目を向ける。
そこに、他の人よりもやや見慣れた顔の人間が座っているのを見て、戸惑うような、安心するような、微妙な気持ちになった。
「……」
長い黒髪をぶら下げて、暁美ほむらが無言で机とにらめっこをしている。
転校初日の熱烈な歓迎も今は冷めやり、彼女の周囲には、クラスの誰も集まっていない。
日頃からそっけない態度がデフォの彼女だ。クラスメイトらは目新しい反応を見せない彼女に飽きたか、あるいは遠巻きから眺める方向にシフトしたのか。
いずれにせよそれを哀れと思うほど自分は偉くないし、おそらく彼女もそのことを寂しむ気持ちは無いのだろう。
だから、暁美ほむらが寂しそうに見えた、とかそういうことは全然無く、むしろ自分の方が寂しかったくらいなのだが、
「よう、元気?」
なんとなく、その横顔に、理由もなく声をかけてしまった。
スッと彼女の黒い瞳がこちらを捉えた。
粗雑な挨拶。
それに気を悪くするでもなく、無表情のまま彼女は、
「…なんの用かしら」
とだけ答えた。
素っ気なさの塊である彼女だが、意外にも反応を求めて無視されたことは少ない。
答えられない質問をはぐらかすことや口を噤むことこそあれ、声を掛ければ一応のリアクションは返してくれる。
「いやなに、最近は学校以外で会わないから何してんのかな、と思ってさ」
「敵情視察のつもりかしら」
「そんな大袈裟なもんじゃない、話したかっただけだよ」
「そう、私は貴方と話したいと思わないけれど」
まあ、こんな感じでつれない態度に変わりはないのだが。
冷たいながらも答えは返す彼女の実直なところが、嫌いではない。
「転校してからなんか、友達とかできた?」
「別に」
「そっかー、俺もあんまりそういうの上手くいかなくてさ」
「そう」
無難な質問に、無難な返答。
反応をくれるのは嬉しいが、会話としては物足りない時間が続く。
「いつもまどかやさやかにおんぶにだっこな感じでなー」
「……」
淡々と、雑な返答を続けていた彼女が、押し黙った。
意図して話をここに持っていった訳じゃないけれど、やはりまどかの名前が出ると反応が微妙におかしくなる。
といってもおかしくなるだけで、そこから彼女の考えが読み取れたりする訳ではない。
「お前さ、まどかのこと…」
どう思ってるんだ、と言いかけて、少し躊躇う。
まどかへの執着、魔法少女への資質、マミさんを超える可能性。
昨晩、薄ぼんやりと繋がりかけた考えが、頭上でチラついた。
ここでこの話題に触れることが、正しい行動か分からなかった。
そんな逡巡の時間を破ったのは、意外にも暁美の方だった。
「貴方は巴マミの側にいると思っていいのよね?」
「え?」
マミさんの側?
というのは、つまり自分が誰の味方なのかどうか、ということを聞いているのか。
「うん、あー、そういうことに…なるかなあ」
意図が分からず首を捻りつつも一応頷く。
マミさんの元で魔法少女見学ツアーを行っている以上、誰の側の人間かいえば確かに自分はこちら側だ。
「先日、私は彼女に明確な敵対宣告を受けたのだけれど」
「はあ、テキタイ」
的屋のおっちゃんが何故か鯛焼きを頬張る謎のイメージが浮かんだ。
間違いなく今の話と何の関係も無いイメージだった。
いや、待て、本当になんだテキタイって。
テキタイ…てきたい…
…敵対?
「敵対?え、本当に?」
「だから貴方は、私を敵対者としてもっと警戒すべきじゃないかしら」
「…」
ここ最近暁美の姿を見ないと思っていたが、どうもマミさんは俺達に悟られぬまま、彼女と接触していたらしい。
おそらく、まどか達に危険を及ばせない為に。
そしてその結果として、彼女は暁美ほむらが敵対者であると判断した。そういう事だろう。
それなのに、自分の方から態々話しかけに行くのは、なるほど彼女からみれば無神経なヤツに見える。
しかし、それは…
「それってよ、自分が敵だって認めたってことなの?」
「巴マミがそう思うならそうなんでしょうね」
「…お前が、どう思ってるかってことを聞いてるんだけど」
なぜか少し苛立って、そんな言葉が口をついた。
「………」
俺になんの視線もくれなかった筈の暁美が、いつの間にか自分の顔を見つめているのに気付く。
「…あなたは私が敵だと思わないの?」
彼女の口から漏れた言葉には、いつもの素っ気なさとは違う、微妙な感情が乗っていた。
その瞳に、まるで初めて会った時のような戸惑いの色が浮かんでいるのを見て、言葉を失う。
「それは…」
質問をしているのはこっちなのに、なんでこっちに質問を寄越してくるのか。
でも確かに、それは当然の疑問だった。
自分はまどかを心配して、この魔法少女の世界に関わっている…つもりだ。
その自分にとって、まどかを着け狙う暁美ほむらという存在は、最も警戒すべき対象の筈だ。
それなのに、自分はその相手に、無意識に対話を求めた。
「……」
昨夜のキュゥべえの話を思い出す。
鹿目まどかは、巴マミを越える素質があるかもしれない。
だから、同じ魔法少女である暁美にとって、まどかは邪魔な存在の筈だ。
これが現時点で推測できる、暁美ほむらが敵対してくる理由で、マミさんもそれが正しいと考えている。
それに疑念を挟み込む理由はない。
何より、本当にまどかのことを思うのであれば、暁美ほむらは理屈抜きで敵視するべき相手なのだ。
なのに、どうして…
いざ彼女を目の前にしても、…敵意が浮かんでこない。
一度命を救われたせいもあるだろうか。
だとすると、俺はあまりにも絆され過ぎている。
それを分かっていても、尚、
「…俺は―」
ガラガラッ、という音が無造作に会話を引き裂いた。
「おっはー!」
「おはようございますわ」
「おはよう…あ、テツヤくん、ごめんね遅れちゃって」
三者三様の声が扉の方から届く。
さやか、仁美、まどかの3人だ。
極力不審な素振りを見せないよう、にこやかに彼女たちに振り向く。
「あ、おはようまどかさん…とみんな」
「ちょっと、みんなって何よ?あたしらはオマケかー!」
と言ってくるさやか、それに、
「いいじゃん、3人呼ぶの面倒くさいじゃないすかー」
などと返す。
さっきまでの湿っぽい会話が嘘のように、普段どおりの賑やかな会話が始まった。
そんな俺たちのやり取りを、まどかも仁美も楽しそうに見ている。
ちらり、と暁美ほむらの顔を一瞬盗み見る。
会話を断ち切られた彼女は、何事もなかったかのように、いつも通りの仏頂面でまた虚空を見つめていた。
その目に、さっき感じた謎の感情は見受けられない。
俺と暁美は、互いに先程の会話を無かったこととする、という方向で一致したようだった。
…俺は、あの後、なんと言おうとしたのだろう。
暁美は友達ではない、仲間でもない。
仲良くする義理は無いし、相手にもそのつもりはない。
そのことを、何故か寂しく思う自分がいた。
「HRを始めますよー。皆さん席に付いて下さい」
現れた早乙女先生の呼び掛けに、生徒達は各々会話を止めて、自分たちの席へ戻っていく。
こうして、胸に小さなしこりを残して、
最後の平和が、始まった。
半年以上ぶり最新話です。
ガラパゴス象亀更新ですが、終わってません。
さあ、物語をつづけましょう。