魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
「あ…暁美さん?」
転校生の暁美ほむらさんに恐る恐る声を掛ける。
今は、校舎の廊下を歩いている真っ最中。
転校初日の緊張で気分が悪くなったという暁美さんを、保健係の私が連れていっている…はず。
何故自信の無い言い方なのか、その理由は一つ。
彼女が私の案内をまるで必要としていないからだ。
気分が悪いにしては一人でズンズン先を行くし、分かれ道でも迷わず保健室への道のりを選んで歩いていく。
どうして転校初日で保健室の道が分かるのか不思議だけれど、本人は「早乙女先生から聞いた」と言って憚らない。
そんなわけで、私は自分が連れてこられた意味も分からないまま、オドオドと暁美さんの後ろを付いていっているのでした。
「ほむらでいいわ」
「えっ」
私の言葉に何も答えず、何かを思案しているかに見えた暁美さんが不意に口を開いた。
一瞬意味が分からなかったけれど、すぐにそれがさっきの呼び掛けへの返答であったことに気づく。
ほむらでいい…名前で呼べ、って事なんだろうか。
「ほむら…ちゃん」
「何かしら?」
ぎこちない名前呼びにも、彼女は大した反応を見せてはくれなかった。
「あぁ、えっと…その…変わった名前だよね」
しまった、と心の中で頭を抱える。
沈黙を破ろうとするのに必死で、話題を考えてきていなかったのだ。
これじゃ、まるで悪口を言ってるみたいだ。
「い、いや…だから…あのね。変な意味じゃなくてね。その…カ、カッコいいなぁなんて」
必死に弁解するけれど、彼女は沈黙を貫いていたままだ。
嫌な気持ちにさせてしまっただろうか、と心配になって来た頃、突然ほむらちゃんがこちらを振り向いた。
つられて私もビクッと立ち止まり、彼女の目と正面から向き合う形になる。
深く、暗く、飲み込まれそな瞳だった。
ほむらちゃんが、ゆっくりとその口を開く。
「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」
そこから放たれたのは、まるで予想外の言葉だった。
「え…えっと…わ、私は…」
突然の問い掛けに、慌てふためいてしまう。
一体今の言葉にどんな意味があるというのか。
どうして私がそれに答えなきゃいけないのか。
疑問は絶えない。
けれど、こちらを見るほむらちゃんの目はいたって真剣で、中途半端な答えは許されないような気がした。
「大切…だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ?」
ありのまま、思ったままの答えを口にする。
偽らざる、本心の言葉だった。
「本当に?」
ほむらちゃんが念を押して問う。
「本当だよ!嘘なわけないよ!!」
自分の答えの揚げ足を取られたように聞こえて、少しムキになって言い返してしまう。
「…そう」
彼女は声を荒げた私を咎めもせず、ただ静かにこちらを見据えていた。
「もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」
ほむらちゃんが、こちらに言い聞かせるように呟いた。
「さもなければ、全てを失うことになる」
「え…?」
彼女の真意を計りかねて、訳も分からず戸惑う。
今とは違う自分になってはいけない…?
全てを失う…?
まるで意味が分からない。
ともすれば妄言としか聞こえないような彼女の台詞。
だけど真剣に語るその姿には凄みがあり、その言葉に確かな真実味を持たせている。
ほむらちゃんは、私に何を言いたいんだろう…。
そんな私の困惑をよそに、彼女はもう用は済んだとばかりに背を向け、一人で歩いていく。
「貴女は、鹿目まどかのままでいればいい。今までどおり、これからも」
最後に、そんな捨て台詞だけを残して。
「ぁ…」
去っていくその後ろ姿に掛ける言葉を見つけられず、私はただ立ち尽くすしかなかった。
___________________
「…いつまで隠れているつもり?」
しばらく歩いて鹿目さんが完全に見えなくなった頃、暁美ほむらがボソリと呟いた。
「ありゃ、もうバレてたか」
隠れ続ける理由も特に無いので、観念して出てくる事にする。
廊下の曲がり角からヌッとその身を晒すと、不信感に満ち満ちた目がこちらを睨んで来た。
「…暦海テツヤ、だったかしら」
少しばかり棘のある口調で名前を呼んでくれた。
フルネームで覚えてくれているあたり律儀な奴だ。
まあ、俺も人の事は言えんが。
「覚えてくれてて光栄だな。ほむら、だったか?」
「気安く呼ばないで」
名前呼びは拒絶されてしまったようだ。
冷静に考えれば、当然の結果ではあるけども。
「あぁん、ひどぅい…鹿目さん限定か?名前呼びは」
「…一体私に何の用かしら?」
ふざけた語り口にも取り合わず、彼女は自分の質問だけを口にする。
相変わらずのクールっぷりだ。
「別に、俺も保健室に用があっただけだよ」
嘘では無い。本当の事だ。
…それが二人の後をこっそり付け回した理由にならない事も分かっているのだが。
「何かの病気には見えないけれど」
「持病さ。授業中にどうしても居眠りしたくなる苦しい病なんだよ」
「…フン」
暁美が軽蔑するような視線をこちらに向ける。
からかわれている、と解釈したらしい。
「…そう。なら勝手にすればいいわ」
暁美はそれ以上追及して来なかった。
これ以上の舌戦を無駄と判断したのか、そもそも俺に大した関心を持っていないのか。
恐らく両方の理由で尾行の件は流され、何事も無かったかのように彼女は歩みを再開した。
しかし悪いがこちらは彼女への関心大ありだ。
ここで会話を途切れさせるつもりなど毛頭ない。
「なあ、暁美」
それとなく歩を進め、彼女の隣まで並ぶ。
「…」
黙りこくったままの暁美に、歩きながら問い掛ける。
「今とは違う自分ってなんだ?」
「…っ」
それまで無視を決め込んでいた彼女が、僅かにこちらに首を動かした。
「…いつから聞いていたの」
少しだけ震えた声でこちらに問うた。
それだけ重要な会話だった、という事か。
「保健室の場所、のくだりからかな」
早い話が、最初からって奴だ。
それを聞いても彼女の反応に変わりは無いが、微かに肩が震えたようにも見える。
「あんた、早乙女先生に保健室の場所なんか聞いて無いと思ったが」
「そうね」
彼女は肯定した。
自分の嘘も、ごまかしも。
そして、その上でこちらを突き放す。
「…貴方には、関係の無い話よ」
「あら、そうかい」
言葉の上では引き下がる。
もっとも会話は続ける気満々だ。
「もしかして、鹿目さんにあの禅問答をするためだけにここまで連れて来たのか?」
「だとしたら何だというの?」
「いんや、ただ二人は知り合いなのかな、って」
「そう」
「あの子はあんたの事知らなさそうだけど」
「そのようね」
…会話にならない。
一応相槌こそ打ってはくれるものの、それ以外の何も喋る気は無いらしい。
思った以上の難敵だ、暁美ほむらっていうのは。
「ふむ…」
彼女は自分の事を何も語らない。
なら切り口を変えるまでだ。
「…変化を望んじゃダメなのか?」
彼女に対する疑念ではなく、さっきの禅問答そのものへの疑問を口にする。
「…どういう意味かしら」
もう一度、彼女の目がこちらを向いた。
手応えアリ、か。
「今とは違う自分になるな、っていうのはつまり自分を変えたいって願いを否定する事だろう」
「間違いではないわね」
彼女が、こちらの言葉に答えてくれている。
それだけこの禅問答に意味があるという事なのか。
いや、そもそも思い返せば彼女は他の女子達の質問にも律儀に答えていた。
…となると、何故鹿目さんの話題だけを避ける?
「自分を変えようと思う事の、何がいけない?」
胸中に渦巻く疑問を置いて、会話を続けさせる。
「いけないとは言っていないわ」
暁美の瞳が、今はしっかりとこちらを見つめていた。
最初に出会った時、俺に何らかの関心を持っていた時と同じ視線だった。
「けれど、その願いが今の平穏を犠牲にして成り立つものである事も忘れてはならない」
その言葉が、具体的にどういう意味であるのかは分からない。
それが彼女の経験則であるのか、それを何故鹿目さんに言う必要があったのか。
「そうか…」
どちらも、俺には知りようの無いことだ。
「…だが、それでも」
一つだけ、言いたかった。
「切なる願いがあるのなら、それは叶えるべきじゃないのかな」
暁美のこちらを見る目が、スゥと細まった。
いつだったかと同じ、睨むような恐い目だ。
「…その気持ちが、全てを壊してしまう事だってある」
ポツリと、彼女が何か呟いた。
「…なんだと?」
その言葉の意味を問いただす前に、彼女が足を止めた。
一緒になって自分もその歩みを停止する。
「着いたわよ、保健室」
彼女が止まったのは一階の廊下にある扉の前。
上を見上げると、<保健室>と記された立て札が確かに掛けられていた。
「後は好きにしなさい」
素っ気なく言い放つと、暁美はきびすを返して去っていこうとする。
「…あんたはやっぱり来ないんだな。保健室」
「…」
その後ろ姿に声を掛けるが、彼女はもう何も答えてはくれなかった。
「…じゃあな」
暁美ほむらは、何も語らず離れていく。
これ以上の自分との会話を、不要と判断したのだろう。
もう、ただ去っていくのを見送ることしかできない。
逆光を受けてなびく黒髪が、妙に眩しく感じられた。
「身持ちが固いこと固いこと…」
結局…彼女は何のために嘘を付き、鹿目さんに接触し、あのような問答を行ったのだろう。
分からなかった。何も。
自分が感じた彼女への既視感の正体も、何もかも。
「暁美ほむらと、鹿目さん…」
夢の中で逢ったような、二人の少女。
「それと、"今とは違う自分"…か」
彼女の語る、謎の言葉。
この先の自分が、これらの事象の意味を知ることがあるのだろうか。
それとも、ただの違和感と消えていくだけなのか。
言い知れぬ不安に襲われる。
この場所で、これから自分は何を知るのだろう。
俺は…なれるのだろうか。
どこかの誰かに。
「…まあ、どうしようもないか」
気分を落ち着かせる。
先のことは分からない。
だから今は、ただ進むしかない。
運命も因果も、この時の自分には知りようの無い事なのだから。
「気を取り直して、ツレーしまーっす」
努めて普通の学生らしく振る舞った明るい声と共に、保健室の扉をノックした。
___________________
「暦海テツヤ…」
廊下を独り歩きながら、ある少女が呟いた。
「彼は、何故私達の前に現れたの…?」
その問いに答えるものは誰もいない。
放たれた言葉は虚しく溶けて消えていくだけだった。
マミさんもキュウべぇも全然出て来ねぇ…(汗)
そして書き溜めのストックがそろそろピンチな状態になって焦りまくる今日この頃。
更新ペースを落としたくないので、ゴールデンウィークに全力で書きまくるつもりです。
一応ストックされてる分話は進んでいる筈なので、気長に見守っていただけると幸いです。