魔法少女まどか☆マギカ異編 <proof of humanity> 作:石清水テラ
「ええ!?何それ?」
一人の女子中学生の素っ頓狂な声が、とある飲食店に響いた。
現在、お昼過ぎかつ夕方にはまだ遠い微妙な時間帯。
既に見滝原の中学生は授業を終えて、もう放課後になっていた。
体育での一騒動の後は、何事もなかったかのように滞り無く授業は進んだ。
昼休みに午後の授業、そして和子先生によるHRもつつがなく終了し、今や帰りの寄り道に勤しむ生徒達が街に溢れている訳だ。
鹿目まどかや、その友人達も例外ではない。
現に、今大袈裟な声を上げたのは彼女の友人の片割れであるショートヘアーの女子生徒だ。
彼女らのトリオは今、通学路の途中のショッピングモールに寄り道して時間を潰していた。
話題に上がっているのは、今日一番のビッグイベントたるあの美少女転校生、暁美ほむらの事である。
まあ、これほど噂話の題材に適した人間もいないだろう。
彼女らは最初の内、それぞれ転校生に抱いた印象やら感想やらを言い合っていたが、しばらくすると授業中でのハイスペックぶりが話題となり、やがて彼女の性格やキャラについての話に行き着く。
その結果、まどかが今朝保健室へ行く途中で為されたあの禅問答が話題に上るのは当然の流れと言えた。
で、その時の言動を聞いた友人の反応がさっきの叫びである。
「わけわかんないよね…」
まどかが困惑した顔で声を漏らす。
今朝の暁美の言動を説明した彼女自身、自分の体験に疑問が尽きないらしい。
「自分がどうだの全てがどうだのと要領を得ない。まさしく禅問答って感じだったな」
彼女の気持ちには全く同感だった。
暁美ほむらは確かに超絶美少女の優等生であるが、それを差し引いてもかなりの不審人物だ。
さっき話に上がった禅問答を行って以降も、彼女がまどかに対して異様に注目していたのを俺は知っている。
それに、朝初めて出会った時こちらに向けられたあの敵意バリバリの目付きも記憶に新しい。
何を考えているか分からない不気味さが彼女にはあった。
「文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん。…くー!どこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだぁあの転校生は!?萌えか?そこが萌えなのかあ!?」
さっきのショートの子が大袈裟に唸り声を上げる。
暁美ほむらの言動をどう解釈したのかは知らないが、なんかすごい悔しそうだ。
正直、彼女自身も大分愉快なキャラ立てをしていると思うが。
「萌えかどうかは知らんが、ミステリアス系女子は人気があると聞くな」
不思議美人、とも言うだろうか。
一見完璧超人に見える人間が、どこか抜けていたり天然だったりアクの強い個性を持っていたり。
そういった隠れポンコツみたいな人を好む人種も存在するらしい。
「いや、でも何か違うよな…」
どうにも暁美ほむらにはしっくり来ない気がした。
そう、彼女なら例えば…
「…不気味美人…か?」
言ってから自分でもくだらないと思った。
何言ってんだろ俺。
「……」
そんな事を考えていると、不意にショートの子がこちらに視線を向けてきた。
「…ねえ」
「ん?どうした」
やけにジトッとした目で見られている。
なんだか居心地が悪くなる目付きだ。
そして彼女はどこか引き攣った笑顔でこちらに言った。
「…いい加減…突っ込んで良いかな?」
「はあ」
はて、何かツッコまれるようなおかしな行動をしたかなと首を捻る。
うーむ。心当たりが全く無い。
もしや、不気味美人発言がそんなにも気に食わなかったというのか。
「あぁ…」
隣にいるまどかが察したような声を漏らす。
どうやら彼女には心当たりがあるらしい。
是非ともそれを教えてもらいたかったが、そうする前にショートの子が叫んだ。
「何でその転校生の片割れがまどかに付いてきて、当たり前のように隣の席に座ってんのよっっ!!??」
それまで溜め込んできた色々な物が爆発するような、気迫に満ちた声だった。
「え、今更?」
ストッと納得が行くと同時に若干驚愕する。
何も言われないから普通に会話に混ざってたけど、そんなに気に病む事情だったのかこれ。
「ずっと気になってたけど誰も何も言ってくれないからスルーしてたんだよ…!」
彼女は絞り出すような声でそう言った。
どうやら無理に気にしないようにしていた事が相当ストレスだったらしい。
「あぁ…そう…すまん」
なんだか申し訳無い気持ちにさせられた。
「ごめんねさやかちゃん。何か自然に混ざっちゃったから説明しないままで…」
「帰り道になんか後ろからついて来てるなぁとは思ってたけどそのまま店まで入ってくるし、まどかは当たり前に受け入れてるし、仁美は何も言わないし、私の方がおかしいのかって感じでスゲー怖かったぁ…」
想像以上に彼女へ心労をかけていたらしく、反省させられる。
自分でも知らない人のいるグループに混じるのは多少気が引けたが、昼をぼっち飯で過ごしたのが辛かったのと、まどかが特に何も言わず混ざらせてくれたのもあって結局ついて来てしまっていた。
「…それで、二人は何の関係があって一緒にいる訳よ?」
一通り叫び終えて落ち着いたのか、彼女が心持ちクールダウンした声でこちらに問いかけてくる。
「えぇっと…それはその、ね?」
「ふむ…なんの関係が、と申すか」
説明の言葉を探して視線をさまよわせるまどかに代わって、俺が彼女と向き合う事にする。
しかし自分とまどかの関係性を彼女にどう説明したものだろうか。
確か、会話の極意はシンプルに分かり易くとかなんとかって誰かが言っていたような気がする。
意を決して、口を開いた。
「オレ」
まず最初に親指で自分を指差す。
「マドカ」
続いてまどかを人差し指で指し示す。
「トモダチ!」
最後に目の前の子に向けて、親指をグッと突き立て見せた。
野生味溢れる実にシンプルな説明台詞だった。
「そういうことなんだけど…」
「…ゴメン、余計に意味分かんなくなった」
彼女は頭を抱えていらっしゃった。
どうも今のは上手く伝わらなかったらしい。
あれかな、サムズアップじゃなくて某トモダチの印でもやっておけばよかったかな。
とかどうでも良いことで悩んでいると、それまであまり会話に入ってこなかったもう一人の友人、ポワッとした長めの髪の女の子が口を挟んできた。
「つまりお二人は、今日の内にお友達になっていた、ということですの?」
「えぇっ!?」
「あ…うん。そうなの」
どうやら彼女には伝わってくれたらしい。
分かってくれる人間がいてちょっぴり感動ものだ。
「いや、何で今の三単語でそんなに理解出来んのよ!?」
「やはり、コミュニケーションは魂でするものなのか…」
頭痛に苦しむショートの子…さやかだっけかを尻目に、さっき発言した子に一先ず礼を述べる。
「通じてくれて嬉しい。ありがとうノーブルな感じの人」
「志筑仁美と申します。改めてよろしくお願いしますわ、暦海さん」
「好きな呼び方で構わんぜ?無理にとは言わないが」
「ではテツヤさんと。いい名前ですね」
「うわぁ、なんかアッサリ打ち解けてるし…」
互いに挨拶しあい、親交を深める俺達。
それを見ているさやかさんとやらがちょっと取り残された感じになっていたが、気にしないでおく。
そういえばあの子だけフルネーム聞いてないな、呼びにくくてしょうがない。
「っていうかまどか。あんたいつから転校生とそんな関係になってたのさ?」
気を取り直したらしいさやナンチャラさんがまどかに問う。当然の疑問だろう。
「あ、えぇっと…体育の時間で怪我した時に保健室へ連れてってそれで…」
「あんなことやこんなことがあった結果、我等はソウルのアッミーゴになったのだよ」
まどかと俺の説明を聞いて、ああ、と納得しつつもどこか腑に落ちない様子の二人。
「その、あんなことやこんなことって?」
当然この説明のフワッとした部分を突いてくる訳である。
「それは…ちょっと言いにくいんだけど…」
さナンタラさんの質問に、まどかがしどろもどろになっている。
まあ、あんまり人に話したい内容じゃないわな。
役に立つとか立たないとかそういうネガティブな悩みは。
となれば、それとない誤魔化しの言葉を探すべきか。
よし、と一息付いてから満面の笑みを作って声を上げる。
「そりゃあほら、人には言えない恥ずかしい事さ…!」
その言葉を聞いた瞬間、目の前に座る二人が耳まで顔を赤く染めた。
「なっ、ちょっ、え!?どういう意味よそれ!?」
「いけませんわ!そんな出会ってばかりではしたない!!」
何かすごい勘違いされた。
紳士的な態度を心がけた台詞だったが、周りからはニタニタしながら意味深長な事を言い放つ変態にしか見えなかったらしい。
まあ、半分くらいワザとではあるけど。
あと仁美さんの目が妙にキラキラしてるのは何なんだ。
「ち、違うよ!?ちょっと悩み相談っていうか話してたら意気投合しちゃったってだけで…」
まどかもまた顔を赤くし、必死に弁解する。
それを見るとちょっとやり過ぎたような気もしてきた。
流石にここは真面目に否定すべき場面だろう。
「うんまあ、ぶっちゃけトークでお腹を割るみたいな」
まどかに同調して誤解を解こうとする。
「あら、そう…なんですの?」
「はぁ…。もうあんまり変な言い方しないでよ転校生!」
ちょっと驚きつつもどこか安堵した顔で二人は笑い飛ばしてくれた。
「すまない。悪癖が出た」
素直に反省し謝罪する。
人との会話はフレンドリーにユーモアを交えて、とは言うが流石に限度というものがある。
自分はまだその距離感を掴めていないような気がした。
「それにしても一瞬で意気投合出来るような悩みかぁ…何を話したか気になりますな~?」
あっやべ、結局話を逸らしきれてねえ。
「そ、そういう訳で私と一緒にいるんだけど、迷惑だったかな?」
まどかが無理矢理話題を方向転換し、質問を回避する。
殆ど力技だ。
「えっ?あぁ…まどかの友達だっていうなら別に男子でも良いけど…」
少しまだ納得いってなさそうな顔をするさやナントカさん。
言葉では俺を容認してくれているが、何か不満な点でもあるというのか。
そしてその理由は、仁美さんの口から率直な疑問となって放たれた。
「どうしてまどかさんなんです?他にお友達はいらっしゃりませんの?」
「ごぉうふっっ!?」
悪意無き言葉の暴力が俺の心を貫き穿つ。
凄まじい精神ダメージだった。
「あ、仁美ちゃん…それは」
まどかが仁美さんを窘めようとするがもう遅い。
既にイジケモード突入済みだ。
「いいさ判ってるよぅ…俺がクラスメイトと録に話してないボッチ野郎ってことぐらい…」
体育の時間の後、結局俺と二回以上会話したのはいまだに鹿目まどかと暁美ほむらのみだった。
他に会話したのは精々先生やプリントを配る前の席の子、あと何だっけ…中沢とかいったあいつぐらいか。
現状友達1人。
相変わらずの空気っぷりだった。
「も、申し訳ありません…そうとも知らず私…」
「あぁ…うん。そうだったね、ウチらもあんたの事全く気にしてなかったね…」
「何も…何も言わんでいいから…」
可哀相な物を見る目を向けられ、何とも言えぬ気持ちになる。
優しい謝罪がかえって痛い。
「まあほら、元気出しなよ」
「うぉう…」
肩を叩いて慰められてちょっと呻く。
机を挟んで手を伸ばして叩いてくるので、正直肩痛い。
「…美樹さやか」
「え?」
ボソッと彼女が呟いた。
唐突な台詞に思わず聞き返す。
「あたし達の仲間になるんでしょ?だから自己紹介」
そう言って、美樹さやかは朗らかに笑った。
「美樹…さやか、サン?」
「ふふっ、何ならさやかちゃんと呼んでも良いのだよ?」
おどけた口調で彼女が言う。
さっきまで突っ込む側に回っていたが、本来これが彼女にとって自然な態度なのだろう。
認められた、ってことなのか。
「さっきも言いましたが志筑仁美です。仲良くしていきましょうね?」
仁美さんも改めてこちらに呼びかける。
二度目の自己紹介には、確かな親愛が感じられた。
前言撤回するべきだろう。
友達、3人できそうだ。
俺もまた、改めて彼女達に挨拶を返す。
「ああ、よろしく。仁美さん。そしてチャン=サヤカ」
「いえいえ」
「何故にあたしだけ英名風…!?」
こういう場面でついふざける癖はこれから直していこうと思った。
「張さやかの方が良かったかな?」
「中華風になっただけじゃんそれ!?」
俺達のやり取りを見ていた仁美さんが笑いを上げる。
「ふふふっ。なんだかさやかさんが二人になったみたいで微笑ましいですわね」
「えぇ…。あたしこんなにふざけた奴だっけ?」
さやかはその感想が気に食わないらしい。
正直彼女も大概ふざけた所があるので同じ穴の貉だ。
「おぉ…君こそがソウルのブラザー!」
「その気になるなっ!」
「えへへ…テツヤくんがちゃんと馴染めてるみたいで良かった」
まどかが心底嬉しそうな声を漏らす。
「いや、まだ大分違和感あるんだけど…」
思えば、自分は彼女が気にかけてくれたおかげで今この場所にいるのだ。
やっぱまどかはどうしようも無いほど良い奴だと思う。
「最初お会いした時は暁美さんに比べて地味な方だと思いましたが、話してみると面白い方ですのね」
「ほむらちゃんとは、本当に正反対って感じだよね」
仁美さんの感想にまどかが同意する。
地味な子、という印象が払拭されたのは喜ばしいが少し馬鹿にされてるような気もする。
「ホンット。あの転校生といいあんたといい変ちくりんなキャラばっか転校してくるんだから、けしからん!」
「褒めてんのかけなしてんのかハッキリしろぉい」
あの不気味美人と同列に語られるのはあんまりいい気がしない。
ていうか、気付いたらまた暁美ほむらの話題に戻ってきていた。
「にしてもまどかは転校生にモテるなぁ…さては新調したリボンの賜物かな?」
「そんなんじゃないと思うけど…それにほむらちゃんとは仲良くなった訳じゃないし…」
なんと、まどかのリボンは今日から新調だったのか。
通りで彼女にしては派手目の色合いだと思った。
…じゃない、今は暁美についての話だ。
何故彼女がまどかに接触したのか、思えば不明なままだった。
「そういや、あいつは最初からまどかが目的だったけどなんでだろうな」
話を聞く限りまどか側に心当たりは無いようだが、暁美ほむらは幾度となくまどかを注視していた。
出会ったこともない他人に、何故…?
「まどかさん。本当に暁美さんとは初対面ですの?」
「うん…常識的にはそうなんだけど」
仁美さんの質問にまどかが返す。
どこか歯切れの悪い言い方だ。
「何それ?非常識なところで心当たりがあると?」
さやかの追及に、少し考え込むまどか。
ちらり、とこちらに目を向けてくる。
…?
その視線の意図がよく分からなかった。
「あのね…昨夜あの子と…」
まどかが二人に向き直り、語り出す。
そしてやや逡巡しながら、彼女は。
「夢の中で逢った、ような……」
そんな事を、言った。
「…ふふふふっ」
「あははははっ、すげー!まどかまでキャラが立ち始めたよ」
仁美とさやかはそれを聞いて大笑いした。
少々酷いが至極当然の反応ではある。
夢の中の少女なんてもの、それこそ夢物語というものだ。
(…)
そしてその夢物語を俺は笑い飛ばす事が出来なかった。
「ひどいよぅ。私真面目に悩んでるのに…」
「あー、もう決まりだ!それ前世の因果だわ。あんた達、時空を超えて巡り合った運命の仲間なんだわぁ!」
大はしゃぎするさやかの声が、遠くに聞こえる。
…夢の中の少女。
身に覚えのある単語だった。
そういえば、あの日見た夢の中には黒髪の女の子だけじゃなく、もう一人小柄なツーテールの子がいた。
それこそ、今隣にいる人と同じくらいの背格好で…。
「それに、夢に出てきたのはそれだけじゃなくて…」
「なになに?まだなんかあるの?」
「…もう、さやかちゃんには教えてあげないよ?」
「えぇ~!?そりゃないよまどか~!」
「…なあ、その夢見たの今朝って言ったか?」
やや拗ねかかっているまどかにそれとなく聞いてみる。
「え?…そう、だけど?」
どういう意味?、といった顔で彼女がこちらを見てくる。
…まどかの見た夢は今朝だという。
だが俺があの夢を見たのは転校よりも数日ほど前だ。
これだけズレがあるなら、やっぱり偶然の一致に過ぎないのかもしれない。
行き過ぎた憶測は危険だ。
「もしかしたら、本当は暁美さんと会ったことがあるのかもしれませんわ」
不意に仁美さんが口を挟んだ。
「え?」
キョトンとした表情のまどか、ついでにさやかと俺に向けて彼女は言葉を続ける。
「まどかさん自身は覚えていないつもりでも、深層心理には彼女の印象が残っていて、それが夢に出てきたのかもしれません」
仁美さんが語ったのは、実に論理的でいかにも納得しやすい仮説だった。
勿論完璧なものでは無いし推測の域を出ないものだが、少なくとも前世の因果よりは納得しやすいだろう。
でも、だからといって本当に納得できるものかと言われれば少し腑に落ちないような気もする。
「それ出来過ぎてない?どんな偶然よ?」
「そうね」
さやかが疑問を呈するが、仁美さんはサラっと返しただけで何の反論もしない。
彼女はあくまでそれっぽい解釈をしただけで、夢の真相自体には興味が無いらしい。
夢に引っ掛かりを覚えているのは、所詮まどかと俺の二人のみだった。
「あら、もうこんな時間…」
ふと、仁美さんが時計を見て立ち上がる。
何か用があったらしい、少々慌てている。
「ごめんなさい、お先に失礼しますわ」
「今日はピアノ?日本舞踊?」
「お茶のお稽古ですの」
どうやら習い事でもあるらしい。
言動の節々から育ちの良さは伺えていたが、彼女結構なお嬢様のようだ。
「ノーブルっぽいじゃなくてガチでやんごとなき身分だったんか君…」
「ええ。もうすぐ受験だっていうのに、いつまで続けさせられるのか」
「うわぁ、小市民に生まれて良かったわ…」
ちょっと驚いた俺に、仁美さんが愚痴をこぼす。
さやかの言う通り、自分も小市民の身分を喜ぶべきなのだろうか。
「私達もいこっか」
「あぁ、そうだな」
まどかが俺達に声をかけ、席を立つ。
自分もそれに続こうとした時、さやかがまどかに耳打ちした。
「…あ、まどか、帰りにCD屋に寄ってもいい?」
「いいよ。また上条君の?」
「へへ。まあね…って、あ」
照れ笑いを浮かべていた彼女の顔が、ゲッという風な表情に変わる。
理由はまあ、俺がその会話をバッチリ聞いていたのに気付いたせいだろう。
「誰さ、上条クンって」
すかさず彼女を問い詰める。
我ながら耳聡い人間だとは思うが、気にしない。
君付けするからには、上条という人が同年代の男性であると見て間違い無いだろう。
それも口振りからして只の知り合いではなさ気だ。
悪い趣味と分かっているが、とても気になる。
「いや、その…友達っていうか腐れ縁みたいな?」
「上条君っていうのはさやかちゃんの幼馴染みで…」
「わぁっ!?ちょっ、まどか、勝手にそういうこと言わないでよぉ…!」
あたふたしながら誤魔化そうとするさやかの気を知ってか知らずか、まどかがサラリと友人の情報を口にした。
しかし、幼馴染みの男にCDを…ねえ。
何やら強い色恋沙汰の気配を感じる話題だ。
「フムフム、そうかいそうかいナルホドナルホド」
「うわぁ、なんか嫌な納得のされ方だぁ」
正直その手の話は大好物だ。
引き攣った笑いを浮かべるさやかには悪いが後でまどかに詳細を聞くことにしようと決意する。
そんなやり取りを経て、飲食店での集いはお開きとなった。
「では、また」
店を出てエスカレーターを上った辺りで、仁美さんとはお別れになる。
折角親交を深められたと思ったのに、すぐにお別れとなって非常に残念に思った。
「じゃあね」
「バイバーイ」
「また、明日な」
三人で手を振って、その後ろ姿を見送った。
なんだかんだ転校初日で友達3人ゲット、というのはかなり特異な体験をしてしまった気がする。
ああいう気の良い友人というのは非常に得難いものだ。
明日学校で会う時はもっと積極的に話しかけていくことにしよう。
「そんじゃ、二人とも行きますか!」
彼女の姿が見えなくなると、さやかに促され自分達も目的の場所へと足を向ける。
その時だった。
「…ん?」
ふと、窓の向こうに何か赤い光が見えた。
気になってじっと見つめてみると、それは不意に揺らめき遠くの方へ飛び去っていってしまう。
「あっ」
飛び去っていくその一瞬、赤い光点が周囲に暗い影を纏っているのに気付く。
いや、正確には少し違う。
むしろ"何か赤い光を放つモノの影が見えた"と言うのが正しい。
「テツヤくん?」
いつまでも足を止めている自分にまどかが呼びかけてきた。
「あぁ…うん、今行く」
その言葉で気を取り直し、さっさとその場を後にする。
どうも転校初日で久々に人と話したものだから、思いのほか身体が疲れているらしい。
まさかこんな奇妙な見間違いをするなんて。
だからきっと、気のせいだ。
あの赤い光点が、何か小さな動物の瞳に見えてしまったのは。
5話目にしてようやく第一話のサブタイが出てくるという。
次回からは本格的に非日常に巻き込まれていきます。やったね。
と、言いたい所ですが今回で遂に書き溜めのストックが切れてしまいました。
その上現在中間考査期間という事でますます遅筆になっていくかと思われます。
考査期間後はなるべく早めに更新して行こうと思いますので、気長にお待ちいただけると幸いです。