目が覚めて最初に感じたことは、"帰ってきたんだ"という実感だった。
視界に映る天井は病院のそれだろうか。少し顔を動かせば窓ガラスが、その外には道路や車、家々などが見える。そのどれもが俺にとって当たり前のもので、かつ俺がいたあの世界にはなかったものだ。
それから次に押し寄せてきたのは、寂しさと悲しさ。
俺の愛した、何よりも大切な人達と、もう二度と会うことは出来ないかもしれない。そんなことを考えた途端に、涙が止まらなくなってしまった。
「うぅっ……ぐずっ……華琳っ……皆っ……!」
病院と思わしき場所でベットに横たわりながら、俺──北郷一刀は、嗚咽を噛み殺しつつ静かに泣いた。
▽△▽△
俺が魏の皆を想って泣いたのは、今振り返ってもその一回だけだった。
泣いてなんかいられない。うじうじしている暇などない。
今の俺を華琳が、皆が見たらなんと言うだろうか。いつまでそうしているの、あなたは一体何をしているのかしら、なんて、そんな事を言うに違いない。そう考えるとこんな情けない様を晒している場合ではないと思い知ったのだ。
色んなことを一生懸命やった。それは剣道部での活動であったり、学校での勉強だったり、地域で行われるボランティアであったり。時間を無為にはしないよう、とにかく色々なことに手を出してみた。
上手くいかなかったり、失敗したことも数え切れないくらいあった。けれど、その度に反省をして、次はどうするべきかをしっかり考えるようにした。失敗を失敗したまま置いておくような真似は、絶対にしてはいけないと分かっていた。
──華琳、俺はちゃんとやれているかな? 少しは前に進めているかな?
返事がないことは分かっている。それでも時々、俺は澄み切った蒼穹にそんなことを尋ねた。
やがて俺は聖フランチェスカ学園や大学を卒業し、いつしか一端の社会人となっていた。選んだ仕事は、警察官。魏では警備隊長を勤めていた経験もあるし、俺自身も単純な企業よりも交番など、人々の生活に近いところで働きたいと思っていたので、これ以上適任な職業もないだろう。
尤も、警察官という仕事自体、俺が想像していたより遥かに大変なものだった。警察学校での日々は訓練と勉強漬けで、卒業して交番の勤務になってからも、帰宅すると同時にベッドに倒れ、泥のように眠ることも多々あった。また勤務時間が長いのは承知の上であるし、給料も悪くないのだが、人々の安全を守る職業だけあって有事の際は休日でもする必要がある。とにかくまとまった休みがなかなか出来ないのだ。
それでもまとまった時間が出来れば漢文や中国語を勉強したり、乗馬のクラブに通ったりもした。あの魏で必死になって身に付けたものを無駄にはしたくなかったから。
街の人々の生活を見守り、窃盗などの犯罪者を取り締まる。決して楽な日々ではなかったが、それでも誰かのためにと思えば頑張ることが出来た。
そんな日々を過ごしているうちに……気付けばあれから、十年もの時が流れていた。
「ん~……いい気分だ、ほんと」
暖かな陽気に照らされ、俺はポツリとそんなことを呟く。天気のいい非番の日は、こうして適当に散歩をするのが習慣になっていた。もう見慣れた道や風景でも、今と仕事でパトロールをしている時とでは、また違った風に見える。
気の向くままに、行く宛もなくブラブラと散歩を続ける。時折顔見知りの人とすれ違えば挨拶を交わし、時には少し立ち話をすることもあった。それは地元の小学校に通う少年であったり、買い物帰りの奥さんや、杖をついたお爺さんであったりする。こうした何気ない人とのふれ合いが、俺は好きだ。
「ふぅ……もうお昼時か」
休憩がてら立ち寄った公園、そこで俺は自動販売機で買った缶コーヒーを片手にベンチへ腰掛けた。少し離れたところにある遊具では子供達が元気に遊んでいる。その様子に微笑ましさを感じつつ、ゆっくりとコーヒーに口をつけた。
「華琳、春蘭、秋蘭、華侖、柳琳、栄華、桂花、季衣、流琉、凪、真桜、沙和、霞、風、稟、香風、燈、喜雨、傾、瑞姫、天和、地和、人和……皆、元気にしてるかな……?」
雲一つない綺麗な青空を眺めつつ、俺は大切な人達の顔を思い出す。あれから十年もの年月が流れ、あの頃の記憶も少なからず薄れてしまった。いつ誰の買い物に付き合っただとか、誰と何を食べただとか。仕方ないと割り切るべきこととはいえ、皆と過ごした記憶が少しずつ薄れ、なくなっていくのはとても悲しいことだ。
だが彼女達の笑顔と声だけは、十年経った今でも鮮明に思い出せる。
それだけは、絶対に忘れはしない。
「……会いたいなぁ、もう一度」
笑顔も声も覚えている。けれど、やはり会いたい。お互いにちゃんと向かい合って、触れ合ってその熱を感じたい。俺の名前を呼んでほしい。
これはきっと叶わない夢だ。俺の物語は華琳を勝利させたあの瞬間に終わったのである。あの世界に戻ることは、残念だがもう出来ないだろう。俺は一人、この世界で生きていくしかない。
「──あぁ、分かってるよ。悩んでる暇があるなら、やれることをやるべきだよな」
ぐっと缶コーヒーを傾けてその中身を一気に煽り、立ち上がる。もうお昼時で腹も空いてきた。どこかで適当に飯を食って、もう少しブラブラしてから家に帰ることにしよう。家に帰ったところで誰も待っていないのだ、ゆっくりしていたって誰にも文句は言われない。
北郷一刀、もうじき三十路になるのを控えたアラサーであるにも関わらず、未だに独身を貫き通している。理由は語るまでもないだろう。
この身は余すところなく華琳と曹魏に捧げると誓ったのだ。例えもうあそこには戻れず、皆に会うこともないのだとしても。
「ははっ……まるで春蘭みたいなことを言ってるな、俺」
流石に彼女ほど一途に尽くせるかと問われれば分からないが、俺にとって華琳と曹魏は己の命より大切なものだ。それだけは間違いない。皆を守るためならどんな困難にだって立ち向かってみせると、胸を張って断言出来る。
「やっぱり、俺は皆が大好きなんだなぁ……」
十年、まだ三十にもなっていない俺にとって、その時間は人生の三分の一に相当する。それだけの時間を経て尚、俺は未だに華琳達を想い続けている訳である。あらためて思えば結構な重症だ。きっとこれは死んでも治らない、不治の病に違いない。
ぼんやりとそんなことを考え、意味もなく妙な誇らしさを抱きながら、俺はまだ元気な子供達の声の残る公園を後にした。
正直、警察官になるまでの過程とか、普段の仕事内容とか、そんなのはネットに知識しかないので、大きく外れてない限りは見逃していただけると幸いです。ぶっちゃけ、大事なのはここじゃないしね。一刀さんが警察官であるということが大切なのです。
革命のヒロインだと一番は華琳さまなんだけど、次点は栄華ちゃんかなぁ……。同じ男嫌いの桂花は最後までそんなにデレなかったけど、最後の方のデレデレ栄華ちゃんがクッソ可愛くて……ね。あんなん反則ですわ。
とりあえず長々と自分語りをしてましたが、感想などございましたら是非お願いします。作者にはそれが一番の原動力になりますので。ではでは。