もう一度、愛しき人達と   作:ユータボウ

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始まったばっかりなのにランキングに入るくらい読んでもらえて嬉しい限りです。


帰還③

 ドドドドという馬の足音が大きくなるにつれて、俺の中の感情もどんどんと膨れ上がっていくのを感じる。それは期待であったり、感動であったりと様々だが、それら全てをひっくるめた今の気持ちを述べるなら、『早く会いたい』の一言に尽きる。十年もの間、叶わない夢と目を逸らして蓋をし続けてきた想いは、ここにきてこれ以上ないほどの昂りを見せていた。

 だがここで焦るのは厳禁だ。無様な姿はほんの少しでも晒す訳にはいかない。相手はあの華琳であるので、多少取り繕ったところですぐに見抜かれるだろうが、それでも男ならこういう時にはきっちり格好をつけたいものなのである。

 

「お兄ちゃん、緊張してる?」

 

「そうだなぁ……うん、そうかも。嬉しくて堪らない筈なんだけどな」

 

 手を繋ぐ香風の言葉に苦笑し、一度大きく深呼吸をする。

 

 そして、ついにその瞬間がやって来た。

 

「北郷ぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

「待て待て待て待て待て!?」

 

 近付いてくる数にして十ほどの騎馬の一団。そこから最初に飛び出してきたのは、大剣を携えた黒髪の女性だった。怒気を孕んだ表情で叫びながら得物を振り下ろした彼女に、俺は久しぶりと挨拶をする暇もない。勢いよく横に転がってなんとか躱すことが出来たが、切り落とされた髪の毛がはらはらと宙を舞った。

 

「避けるなっ!」

 

「おまっ、馬鹿言うな! 死ぬわ!」

 

「えぇい、うるさいうるさい! 貴様は大人しく私に斬られておけばいいのだ!」

 

 滅茶苦茶なことを言いながら再び七星餓狼を構えた女性──春蘭。俺は助けを求めるように彼女の後ろで黙っている主へ視線を向けた。そこで返ってきたのは、思わず見蕩れてしまいそうなほど優しい微笑み。残念ながら助けに期待は出来なさそうだ。

 

「秋蘭、手を出しては駄目よ。香風、あなたもね」

 

「御意」

 

「は~い」

 

「ちょっ、華琳さん!?」

 

「さぁ覚悟してもらおうか、北郷! 華琳さまを散々悲しませた罪、その身を以て償うがいい!」

 

 結果、俺はそれから暫しの間、春蘭と命懸けの鬼ごっこをする羽目になってしまった。迫る刃からみっともなく逃げ回ることおよそ一刻、そこまでしてようやく華琳から制止の声が飛んだ。

 

「もう満足したかしら。春蘭、剣を納めなさい」

 

「はっ!」

 

「はぁ……はぁ……俺……生きてるな……」

 

 声に出して生存を確認し、すっかり上がってしまった息をゆっくりと整える。激しく地面を転げ回ったせいか、青い制服のあちこちは土に汚れて悲惨なことになっている。何度か叩いて払ってみるがあまり意味はなさそうだ。

 何より、春蘭に追いかけられている間は生きた心地がしなかった。我ながらよく頑張って逃げたものだ。あれだけの恐怖を感じたのは果たしていつぶりになるだろうか。曹武の大剣、恐るべしである。

 そんなことを考えながら顔を上げると、今度は秋蘭がこちらに近付いてきていた。穏やかで柔らかな笑みを浮かべる今の秋蘭からは、記憶にある凛とした表情の彼女とはまた違った印象を受ける。気付けば、そんな秋蘭に見入っていた。

 

「久しいな、北郷。息災そうで何よりだ」

 

「ん……あぁ、久しぶり。秋蘭こそ、元気そうで良かったよ」

 

「無論だ。華琳さまに仕える身として、己の健康には十分に気を遣っているとも」

 

 それより、と秋蘭は言葉を区切り、俺の体をまじまじと見つめた。琥珀にも似た橙色の瞳がすっと細められ、足の爪先から頭頂部までをじっくりと観察される。顔には出さないものの、秋蘭ほどの美人にじっと見つめられてはなかなかにくすぐったいというか、恥ずかしい。

 

「あの、秋蘭……?」

 

「ふむ、やはり以前より逞しくなっているようだな。それに背も伸びている。いやはや、随分と男らしくなったものだよ」

 

「そ、そっか。まぁこれでも一端の警察官……えっと、天の国での警備隊みたいな仕事に就いてたからな。トレーニング……じゃなくて、鍛練もきちんとしてたし」

 

「ほぉ……なるほど。ならばその辺りのこともまた詳しく聞かせてほしいものだ。ふふっ、楽しみにしているぞ」

 

 そう言って微笑した秋蘭は数歩ほど後退り、彼女と入れ替わるように華琳を乗せた馬が現れた。漆黒で大柄の騎馬を操り、太陽を背にして堂々と胸を張った華琳の姿は、俺もよく知る覇王のそれで、俺は無意識のうちに姿勢を正していた。

 

「久しぶりね、一刀」

 

「……うん、久しぶり。華琳」

 

 口から出たのは、そんなチープな言葉。言いたいことは他にたくさんある筈なのに、上手く出てこないのだ。待ち望んだ再会だというのに、これではなんとも締まらない。そうしてまごまごしていると、先に華琳の方から口を開いた。

 

「いい面構えをしているわ。天に帰ってからも、研鑽は怠らなかったようね」

 

「……そうだな。腑抜けた俺を皆が見たらなんて言うかを考えたら、自然と体が動いてたんだよ」

 

「そう。いい心掛けではなくて」

 

 華琳は俺の返答に満足げに頷くと馬から降り、そのまま立ち尽くす俺のもとにやって来る。そしてふっと笑みを浮かべ──俺の胸にすとんと体を預けた。

 

「……ねぇ一刀」

 

「おう」

 

「……もう、離さないわよ」

 

 それは今にも消えてしまいそうな、か細い声。俺に抱かれているのは誇り高き王ではない。一人の、寂しがり屋の女の子だ。

 

「あなたにはずっと私の隣にいてもらうわ。これは命令よ。もう二度と天の国に帰れるとは思わないことね。もし破ったりすれば──」

 

「首を刎ねる、か?」

 

「えぇ。よく分かってるじゃない」

 

 俺の腕からするりと抜け出した華琳は、そう言って得意げな笑みを浮かべた。それにつられるように、俺もまた小さく笑う。そして、その場に跪いた。

 

「華琳。こんな俺でいいのなら、もう一度君の傍に置いてほしい。君の覇道を、そしてその先を、今度こそ最後まで見届けさせてくれないか?」

 

「許すわ! この曹孟徳の行く末を、あなたには特等席で見せてあげましょう!」

 

 高らかに宣言された華琳の言葉に、俺は再び頭を下げて臣下の礼をとる。直後、その頭をふわりと何かが包み込んだ。優しくて、温かい。これはきっと華琳の腕だ。

 

「おかえりなさい、一刀」

 

「っ……ただいま……華琳……!」

 

 感極まり、今にも溢れ出しそうな涙をぐっと堪える。だが……駄目だ。数秒も持たずして涙腺は決壊し、俺は大声で号泣しながら華琳の体に抱き付いた。十年もの間に重なった想いが次々と流れ始め、当分止まる気配はない。

 

 嬉しかった。

 

 華琳が俺を受け入れてくれたことが。また共にいさせてくれることが。

 

 おかえりと言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。

 




春蘭と秋蘭の一刀さんの呼び方は普段は北郷、いい感じの雰囲気なら一刀になります。どっちにするかは悩みましたが、最後には原作参考ということで。

ところで秋蘭が一刀さんに「華琳さまと姉者の次に大切」的発言をしてましたが、それってつまり「世界で三番目に大切な人かつ世界で一番好きな男」ってことになる訳ですよね。見た瞬間に思わずパソコンの前で悶えました。
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