もう一度、愛しき人達と   作:ユータボウ

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誰かを泣かせるのがノルマ化してきてるような気がしてならない。ワンパターンで申し訳ない。


陳留郡①

 華琳に受け入れられたことで、改めて彼女の下に身を寄せることとなった俺は、最寄りの街に数日の滞在後、陳留への帰路に同行することとなった。元々華琳達が追っていた三人組の賊が隣にある豫州の沛国──つまり、現在は燈の治める領地へ逃げてしまったらしく、手出しが出来なくなってしまったのだ。そんな訳で、俺達は燈に宛てた手紙をしたためる以上にやれることはなく、それが済めば大人しく帰還する他なかった。

 さて、陳留への到着までは順調に行っても数日は掛かるとのことだが、お互いに積もる話のある俺達にすれば逆に好都合であった。俺は天の国に帰ってからのことを。華琳達は俺がいなくなったその後のことを。俺達はそれぞれを語り合い、離れていた間を埋めるようにしながらゆっくりと進んだ。

 

 そんな中で、俺は三人と香風に一つの質問をした。

 

 何故皆は俺のことを覚えており、俺と一緒にいた時の記憶を持っているのか、と。

 

 よくよく考えてみればおかしなことである。華琳の話からするに、今はまだ黄巾の乱も起きていないような時期、つまりは過去なのだ。今の華琳はあの時ほど大きな力を持っておらず、彼女と共に大陸を統べることとなった英雄達も表舞台には現れていない。孫策と孫権は袁術の客将として酷使されているらしく、劉備に至ってはまだ筵を作って売っているような一村人なのだそうだ。

 これが大陸を三国が統べているような時代ならば、理由はどうであれ、俺がいなくなった世界に戻ってこれたのだと素直に喜び、華琳達が俺を覚えていることになんの疑問も抱かなかっただろう。思い切って尋ねてみた俺に華琳達は、そのことかと言わんばかりにこくこくと首を縦に振り、やがて全く同じ答えを教えてくれた。

 

 曰く、夢を見たのだそうだ。

 

 今から十日ほど前、普段と変わらない一日を過ごした華琳達は、しかしその夜にある夢を見た。自分達が知らない男と共に、この大陸を統べるまでの道程だ。苦楽を共有し、想いを通じ合わせ、愛し合う関係になった彼女達だが、最後にはその男は消えてしまう。個人によって内容には差異があったものの、大まかな流れについては同じだったらしい。

 

 そして翌日、目を覚ますと思い出していた。

 

 男、北郷一刀と自分達が歩んできた道のり。そしてその果てに作り上げた太平の世を。

 

「あの時は大変だったのよ。あなたがいないと春蘭は暴れるし、華侖は大騒ぎするし、柳琳と栄華は大泣きするし。おかげでその日一日は全く仕事に手がつかなかったわ」

 

「か、華琳さま! それを北郷に言わないでください~!」

 

「シャンのところも、似たような感じ。でも星がいたから、なるべくこれまで通りにしてた」

 

 香風の言葉に俺は確かにと納得する。子龍殿は旅の同行者だが、俺の知る限りではいずれ蜀の将軍となる人だ。勘も鋭そうだったし、下手に態度に出せば悟られて色々と聞かれかねなかったのだろう。

 

「ははっ、嬉しいなぁ……」

 

「何が嬉しいのだ、北郷?」

 

「皆がそこまで俺を想ってくれていたことが、かな。男冥利に尽きるっていうかさ。本当に幸せ者だよ、俺は」

 

 大切な人にここまで想われていたのだ、あまり自惚れるつもりはないが、それでも嬉しいものは嬉しい。ここに戻ってくることの出来た理由はまだ分からないが、これが神様の悪戯とでもいうのなら、俺はその神様に深く感謝したかった。

 

「残念だけど、陳留に帰ればやるべきことがまだまだあるわ。当分の間は多忙な日々が続くわよ、一刀。あまりのんびりしている暇はないものと思いなさい」

 

「任せてくれ。忙しいのは慣れているからな」

 

「ふふふっ、なら期待させてもらうわ。あなたが天の国で培ったもの、見せてもらおうかしら」

 

 華琳の言葉に俺は自然と口角が上がるのを感じる。期待されているということに誇らしさと、下手なことは出来ないという緊張感。二つの思いに浮わついていた心に気合いを入れ直した。

 

 それから数日後、道中で特にアクシデントが起こることはなく、俺達は無事に陳留に到着することとなる。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 十年ぶりに見た陳留の街を囲む城壁は、相変わらず凄まじいまでの迫力を有していた。その迫力に圧倒され、暫しの間呆然としていた俺だったが、直後に響いた春蘭の「開門!」という勇ましい声にはっと我に返る。が、呆然としていた時の様子はばっちり見られていたらしく、隣にいる華琳と秋蘭が小さく笑っているのが見えた。少し恥ずかしい。

 

「城壁なんて大して珍しいものでもないでしょうに」

 

「一応十年ぶりだからなぁ。それに、天の国(むこう)にはこんな立派な城壁はなかったし」

 

 苦笑しながらそんなことを話しているうちに、重厚な音を立てながらゆっくりと城門が開かれていく。そしてそこから飛び出し、一目散にこちらへ駆けてくる少女が一人。二つに結んだ金髪を揺らす彼女に、俺は思わずその真名を叫んだ。

 

「栄華!」

 

「北郷さぁん!!」

 

 馬から飛び降り、飛び込んできた栄華を優しく抱き止める。俺を見上げる彼女の目は赤くなってしまっており、目尻には涙が溜まっていた。

 

「あなたという人は……どうして勝手にいなくなってしまったのですか……! 一体どれだけの人を悲しませたか、分かっているのですか……!」

 

「……ごめんな、栄華」

 

「いいえ、許しませんっ……! 絶対に、許してなんてあげないんだからぁ……!」

 

 上擦り声で今にも泣きそうになりながら、栄華はより強く俺の体を抱き締めた。離れたくないという気持ちを行動で示す彼女に、掛けるべき言葉がなかなか見つからない。俺は自分の胸に顔を(うず)める栄華をただ慰めることしか出来ず、時折背中にぽんぽんと手を当てたり、頭を髪型が崩れない程度にそっと撫でた。

 

「栄華、俺はずっとここにいるよ。もう皆を悲しませたり、寂しい思いをさせたりなんてしない。勝手にいなくなりもしないから」

 

「北郷……さん……」

 

 泣き止まない小さな子供をあやすように、俺はゆっくりと栄華に語り掛ける。

 

「俺はこの街が好きだ。そしてこの街に住む人達が大好きだ。俺はここにいたい、大好きな皆と一緒にいたいんだよ。だから……笑ってくれ。泣いてる栄華より、笑ってる栄華の方が俺は好きだから」

 

「……約束、ですわよ?」

 

「あぁ、約束だ」

 

 そうして見つめ合うこと数秒、やがて栄華はこくりと小さく頷くと、俺の体に回していた腕を離した。そして取り出したハンカチでそっと涙を拭い、今度は華琳の方へと向き直る。

 

「見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんわ、お姉様」

 

「構わないわ。それより出迎えご苦労だったわね、栄華。私のいない間に何か起きたことはあるかしら?」

 

「いえ、お姉様の陳留は平穏そのものですわ。ただ、以前お姉様の仰っていた案件の書簡がいくつか届いていますので、また確認の方をお願いします。それと、お風呂の支度が出来ておりますので、今日は是非そちらで疲れを癒してくださいませ」

 

「いい手際ね。それではありがたく使わせてもらうわ」

 

 先程までの様子とは一変してすらすらと報告をする栄華に、華琳はふっと笑って満足そうな表情を見せ、春蘭と秋蘭達騎馬隊を連れて陳留の城門をくぐっていった。残されたのは俺と香風、そして栄華の三人だけだ。俺は自分の乗る馬の後ろを叩きながら、ポツンとその場に立ち尽くす栄華に声を掛ける。

 

「栄華、良かったら乗るか?」

 

「へ? わ、わたくしが、北郷さんの後ろに?」

 

「おう。わざわざ出迎えに来てくれたのに、また歩かせるのは悪いしな。なんだったら交代の方がいいか?」

 

「いえ、いえ! そ、それでは失礼しますわ!」

 

 俺の提案にぱっと表情を綻ばせた栄華は、そのまま慣れた動きで馬に上った。金庫番としての文官的側面が目立つ栄華ではあるが、彼女もまた華琳を支える立派な将軍の一人だ。騎乗くらいは朝飯前らしい。と、そこまで考えたところで、後ろから栄華がおずおずと寄り掛かってくる。

 

「えっと、北郷さん。わたくし、重くはありませんか……?」

 

「平気だよ。栄華一人くらい軽いもんさ」

 

「栄華さま、久しぶり」

 

「あら……あらあら、香風さん! お久しぶりですわ! お元気そうで何よりです」

 

 最初は俺の背中にぴったりと引っ付き、おっかなびっくりしていた栄華だが、隣にやって来た香風に気付くとすぐに嬉しそうな声を上げた。そういえば栄華は香風や季衣、流琉といった子が好きだったなぁと、俺は後ろから聞こえてくる楽しげな会話に、一人笑みをこぼした。

 

「北郷さん、お姉さまを追い掛けなくて良いのですか? 早く行かなくては、怒られても知りませんよ?」

 

「おっと、そうだった。栄華、それじゃあしっかり捕まっててくれ。香風、行くぞ?」

 

「はーい」

 

「よろしくお願いしますわね」

 

 栄華のその言葉を合図に俺と香風は馬の尻を蹴り、すっかり先にまで行ってしまった華琳達を追い掛け始めた。

 




この話書くために栄華ちゃんとの初対面のシーンを見て、それから拠点フェイズの最後の話を見たら態度が軟化しまくってて一刀さんの凄さを改めて思い知った。

次で残る二人に会ったら再会は一旦ストップかな。

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