もう一度、愛しき人達と   作:ユータボウ

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陳留郡②

 大勢の人々で賑わいを見せる陳留の大通り。そこを馬に乗って進みながら、俺は十年前の記憶に思いを馳せた。

 華琳の覇道も、俺の警備隊も、皆の夢も、全てはこの陳留から始まったのだ。俺にとってこの街は第二の故郷と言っても過言ではない。そんなこの陳留に再び戻ってくることが出来たせいか、不意に胸の内から温かい何かが込み上げてくるのを感じた。

 

「懐かしいな……本当に……」

 

「ですが今の陳留には、まだまだ改善すべき点が山のようにありますわ。区画の整理、治安の向上、その他諸々……。正直、お金も人も全く足りていません」

 

「確かに。シャンの知ってる陳留と比べたら、ちょっと寂しい」

 

 後ろの栄華がふぅと息をつき、俺と同じくキョロキョロと辺りを見回していた香風がポツリと呟く。彼女の言う通り、俺の記憶にある陳留も今よりもっと綺麗で、かつ活気に満ちていたような気がする。とはいえ、時期としてはまだ黄巾の乱も起きていないような頃と、劉備孫策連合との決戦を間近に控えた頃とでは差があって当然だ。仕方のないことだろう。

 

「だから言ったでしょう、当分の間は多忙な日々が続くと」

 

 どこから聞いていたのか、少し前にいた華琳がそんなことを言った。その意味をここにきてようやく完全に理解し、俺はこくりと頷く。

 街の大通りを進んでいた俺達は、やがてどっしりと構えられた城へと到着した。沸き上がってくる帰ってきたのだという実感に、自然と頬が緩んでしまう。そして、そんな俺達を城の前で出迎えてくれたのは、これまた俺のよく知る女性だった。

 

「お帰りなさい、お姉様。そして……一刀さん」

 

「ええ。今戻ったわ、柳琳」

 

「ただいま、柳琳」

 

 ペコリと下げていた頭を上げ、丁寧なお辞儀をする女性──柳琳。全てを包み込むかのような優しい微笑みは、相変わらず健在のようだ。その隣に華侖の姿はないが、自由奔放な彼女のことだ。きっとどこかで日向ぼっこでもしているに違いない。

 

「申し訳ありません。姉さんも一緒にと思ったのですが……その、見つからなくって……」

 

「もう、華侖さんったら……。お姉様のお帰りだというのに、一体何をしているのかしら……」

 

 なるほど、やはりだ。華侖の気ままさは変わっていないらしい。

 

「そう……なら一刀、柳琳と一緒に華侖を探してきなさい。私は湯を浴びてくるわ。後でこれからについての話をするつもりだから、将であるあの子を放っておく訳にはいかないわ」

 

「分かった。栄華、降りるぞ」

 

 栄華に短く断りを入れてからさっと馬から降りる。そうして、城に入っていく華琳達の姿が完全に見えなくなるのを待ってから、俺はあらためて柳琳と向き合った。

 

「久しぶり、柳琳」

 

「はい。本当に……お久しぶりです」

 

 そう言って柳琳は先程と同じ笑顔を見せる。が、俺には今の彼女がどこか取り繕っているように思えた。それは僅かに震える肩や潤んだ瞳を見れば一目瞭然で──俺は無意識のうちにそんな柳琳を抱き寄せていた。

 

「あ……」

 

「柳琳……」

 

 もう一度会えて嬉しい、そんな気持ちを全身で示すように抱擁をする。ピッタリと体をくっ付ければ、とくん、とくんという柳琳の鼓動が聞こえてくるような気すらした。

 

「何も言わずにいなくなって……ごめん」

 

「謝らないでください。こうして一刀さんは戻ってきてくれたんですから……私には、それだけで十分です」

 

「……ありがとう、柳琳」

 

「はい。……一刀さんは、暖かいですね」

 

 言葉を重ねる度に、最初は強張っていた柳琳の体から、だんだんと余計な力が抜けていく。やがて彼女の方からも腕が回され、俺達は少しの間お互いの温もりを感じ合った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

「辛い時は力になるよ。辛い思いをさせてた俺が言うのもなんだけどさ」

 

「ふふっ、ではこれからは頼りにさせてもらいますね」

 

 そう言って微笑んだ柳琳はまるでつきものが落ちたようだ。俺のよく知る彼女に戻ってくれたことで、こちらもつられるように破顔した。

 

「さて、それじゃあ華侖を探しに行こうか」

 

「はい。城の外に出ていったという報告は受けていませんから、きっとまだ城の中にいる筈です」

 

 先行する柳琳の後に続き、俺も城へと入っていく。ここに足を踏み入れるのも十年ぶりだ。どの道かどこに通じているのかも曖昧になっているので、迷わないようにしっかりついていかなくてはいけない。

 

「姉さーん! どこにいるのー!」

 

「華侖、俺だー! 帰ってきたぞー!」

 

 二人して華侖の名前を呼びながら、彼女が日向ぼっこしていそうな場所をどんどん回っていく。こうして名前を呼べば向こうからも出てきてくれるし、何より一々屋根の上に上がって確認していては、いくらなんでも時間が足りない。あと、危険だ。

 そうして華侖を探し始め、そろそろ二刻もの時間が経とうとしていた。食堂、蔵、厩等々、彼女がいそうな場所は一通り行ってみたが、未だに見つかる気配はない。ここまでくると、もしかすると華琳を待たせているのではとも思えてくるので、俺と柳琳もやや焦り気味だ。

 

「う~ん……華侖の奴、どこ行ったんだ?」

 

「もう大体の場所は見終わりましたが……もう、どこにいるのよ、姉さん」

 

 小さく溜め息をついて項垂れる柳琳だが、彼女の言葉も尤もだ。こうも見つからないと焦りもそうだが、心配になる気持ちも強くなってくる。

 

 もしかすると城の外に行ってしまったのかもしれない。

 

 そんなことを考えた瞬間だった。

 

「お──────い!」

 

「ん……?」

 

「こっちっす────! こっち─────!」

 

 不意に響いた声に顔を上げ、発せられた方に目を向けると、少し離れたところにある屋根の上でブンブンと手を振っている人影が見えた。キラキラと光る金髪に見覚えのある青の衣装。俺と柳琳は同時に目を合わせるとすぐに頷き、そこに向かって走り出す。

 

「華侖っ!」

 

「姉さんっ!」

 

「一刀っち! 柳琳!」

 

 その人影──華侖は、駆け寄ってくる俺達を喜色満面で迎えた。持ち前の人懐っこい笑みを浮かべ、すっくとその場に立ち上がった彼女は勢いよく助走をつけ──跳んだ。

 

 もう一度言おう、跳んだのだ。

 

 建物の二階部分、すなわち地面から六、七メートルはあろう高さから。

 

「はぁ!?」

 

「きゃあああああああああ!?」

 

 予想だにしなかった華侖の行動に俺の口から困惑の声が、そして柳琳からは絹を裂くような悲鳴が上がる。思わず足をもつれ、そのまま転んでしまいそうになるが、すぐさま体勢を立て直し、ギリギリのところで着地地点に滑り込むことに成功した。

 

 その直後、重力に引かれるがままに降ってきた華侖を体で受け止め、俺は背中から地面に叩きつけられる。

 

「ぐえっ!?」

 

「一刀さんっ!?」

 

「ふぇ!? 一刀っち! しっかりしてほしいっすー!?」

 

 あまりの衝撃に一瞬意識が飛びかけた。視界がチカチカと点滅し、近くにいる筈の華侖と柳琳の声すら何故か遠く感じる。それでもなんとか生きてはいるようで、俺は弱々しく呻きながらも小さく手を上げ、自らの無事を彼女らに伝えた。

 

「もう姉さんっ! あんなところから飛び降りて、怪我でもしたらどうするの!」

 

「あはは、もう柳琳は心配性っすねー。あたしがあれくらいで怪我する訳ないっすよ!」

 

「着地の時に足を挫くことだってあり得たわ。姉さんがいくら凄いといったって、絶対に何も起きないなんて言えないの。だから一刀さんもこうして姉さんを助けようとしたんじゃない。出来るとか大丈夫とか関係なく、あんな真似はもうしないで……」

 

 だんだんと涙目になりながら懇願する柳琳。華侖もこれには身にこたえたようで、申し訳なさそうに目を伏せ、ペコリと頭を下げた。

 

「うっ……ご、ごめんなさいっす。一刀っちの姿が見えたから、それで……つい……。一刀っちも、本当にごめんっす」

 

「華侖の気持ちも分かるし、気にしないでくれよ。華侖に会いたかったのは俺も同じだからさ」

 

 いてて、と小さくこぼしながら少々痛む体を起こし、あらためて華侖と向き合った。不安げに揺れていた藍色の瞳を、すっと覗き込むように目線を合わせる。

 

「ただいま、華侖。また会えて嬉しいよ。元気そうでよかった」

 

「……! お、おかえりなさいっす! あたしも! 一刀っちに会えて凄く、すっごく嬉しいっす!!」

 

 感極まったのか、その一言と共にガバッと抱き付いてきた華侖に押され、俺は再び地面に倒れる。

 

 痛い。だがそれ以上に喜びが勝った。沸き上がってくる幸福感に思わず顔がにやける。

 

「ねぇねぇ一刀っち。一刀っちはもうずっとここにいるんすか?」

 

「あぁ。俺はここでまた皆と一緒に、華琳のために尽くすつもりだよ」

 

「ホントっすか!? ならあたしと柳琳と一刀っちは、これからずっと一緒にいられるっすね! 三人で買い物にも行きたいし、美味しいものも食べたいっす! それからそれから──」

 

 爛々とした目でこちらを見つめる華侖は、俺が肯定したことで更に目を輝かせた。それから嬉々として自らの願望を語り始めた彼女を、俺と柳琳は微笑みと共に見守り続けた。

 彼女の望みを必ず叶えよう、そんな誓いを胸に立てて。

 




最近オリジナルの作品を考えたりもしてるんですが、自分が思っていた以上に凝り性だったらしく驚いてます。もっと時間がほしいなぁ……。
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