時々。
私は時々……先輩を怖いと思う時があるのです。
先輩が嫌い、というわけでは決してありません。むしろ大好きで大好きで、ずっと一緒に行きたいと願っています。
爆発によって瓦礫に下半身を押し潰されたあの日。我を顧みずに私を助けようと、魔術師でもない、本当にただの人間が、か弱い力で顔に脂汗をにじませながら。破片で掌の皮膚が、肉が破けて血が滲ませながら。そんな先輩に、私は自分の目尻に涙が溜まるのを感じました。
今まで無色だった私の人生に、先輩は色彩を与えてくれました。
そして一年間、未来を取り戻すためにゲーティアと戦い、さらに一年間、亜種特異点なるものの撲滅。計二年もの間、私は先輩と共にいましたね。
だからこそやはり、私は先輩を知らない。
冬木が私たちの初めての出撃でしたね。街は文字通り火の海で、全てが焼け焦げ、黒いサーヴァントと戦いました。戦い方すらままならない私と先輩。既に殺されていた一般人の無残な姿に、先輩は涙して、何度ももどしてもいたことをよく覚えています。
それが今となってはどうでしょう。
もう、先輩は涙のひとつすら流すことがなくなりました。笑うことはよくあります。冗談だって言うし、私にセクハラまがいのことだってします。胸を触ったり、お尻を撫でられたり。どうしても許してしまうのですが。
しかし、絶対に涙は流さないのです。絶対に。悲しむことはあれど。決して。
私が先輩を初めて怖いと思ったのは、第四特異点、ロンドンでのことです。
戦い方がだいぶ板についてきた頃のですが……先輩はもう、全く違うモノが板についていたのでしょうね。
これまでたくさんの死体を見ました。もう数えることすらやめたくなるほどの数を。老若男女問わず。
何度も言いましょう。先輩は魔術師ではありません。ただの人間です。
死とはかけ離れた生活をしていた先輩には、このグランドオーダーは、私たち魔術をかんでいる者たちだからこそわからない、想像を絶するほどのストレスを背負わされたのは間違いないのです。
あまりの非日常的な外界の刺激に、心が壊れる可能性がある、とオルレアンのあとにダ・ヴィンチちゃんが私に言いました。だから心のケアも必要不可欠なのだと。
しかし、先輩は言ったのです。
『生存者を探そう、マシュ』
首がもげ、肉が爆ぜ血が噴き。それらがぐちゃぐちゃに、山積みになったただの肉山を背景に、そう微笑みをむけて。
そこに、感情というものは、一切感じることができませんでした。
◇
私にはあまりわかりませんが、先輩と同じ年頃の少女というのは、恋なるものを
するのですよね?
恋バナ、というものに花を咲かせ、意中の男性を見るだけで心が熱く脈打たれるのだとか。
確かにカルデアには女性サーヴァントだけでなく、男性サーヴァントもたくさんいました。特異点の調査以外では彼ら彼女らと楽しくコミュニケーションを図っていたし、私もまたそうしていました。
しかし先輩には浮ついた話のひとつもありませんでした。恋バナをするのを見たことがありませんでした。
人間とサーヴァント間の恋愛というものはタブーであるとか、そのようなものはあるかどうかすら知りませんが、職員の方とも同様に皆無でした。
人間には三大欲求があり、これが満たされなければ、人間としてまともな生活ができないとされているのを知っています。
食欲、睡眠欲。そして性欲。
私を含めサーヴァントはその三大欲求が満たされなくても問題ないのですが、先輩は性欲について、どう処理しているのでしょうか。第二次性徴期を迎えた身体、特にそれが強く求められる時期だと私は思うのです。
フェルグスさんやキアラさんなら喜んで処理してくれそうな感じがしますが、先輩は一度もそんなことをお願いしていません。
だからといって私から口にするのは気恥ずかしく、躊躇っているといつものようにセクハラされて。
『う〜ん、元気百倍!』
と無邪気な笑顔を浮かべるのです。
無理をしているようには見えず、私はついつい安心してしまうのです。
果たしておかしいのは私でしょうか? それとも先輩でしょうか?
◇
エミヤオルタさんは言いました。
『俺と同じになるな』
ゴルゴーンさんは言いました。
『マスター、いったいどこを見ている?』
ジャンヌさんは言いました。
『マスターの心は病んでいません。ならいったいどこが……』
金時さんは言いました。
『たまにだけどな? 大将が頼光の大将より恐ろしく感じるんだよな』
エミヤアサシンさんは言いました。
『僕と同じ眼になる時があるね』
私は知っています。先輩の、サーヴァントたちからの評価を。誰一人として不満はありません。実力は高いわけではないですが、人を思いやり、仲間と団結して立ち向かう姿に誰もが惚れ惚れとするのです。
ですが私は知っています。
先輩の弱さを。マイルームのゴミ箱に夥しいほど血に染みた包帯が捨てられていたことを。咄嗟に腕を隠したこと。マイルームに入る度、必ず酸味の効いた……吐瀉物の匂いがすることを。口の端に消化途中だった夕食のおにぎりが付着していたこと。
これはきっと触れてはいけないものなのだと、私は悟りました。
誰にだって、決して入り込まれたくない領域はあるのです。しかし、私は先輩の心のケアをしなければいけません。
何も言わずにベッドに押し倒し、ぎゅう、と抱き締めて『辛いことがあったら言ってくださいね。私、絶対に力になりますから』と優しく伝えました。
それでも先輩は。
『辛くなんかないよ? 皆は私は立派に戦ってるって言うけど、ただ突っ立ってマシュたちに命令してるだけだからね。そういうマシュこそ辛いことがあるんじゃない? ほらほらー、私を押し倒すなんて……その気になった?』
そのあとめちゃくちゃ遊ばれました。でもやられるばかりではいられず、私もたくさんやり返しました。
どれほど長い間、にゃんにゃんしていたかはわかりませんが、ついに疲れた私たちはそのまま眠ってしまいました。
ーーやっぱり、先輩に近づくほど、酸味のきいた匂いは強くなりました。
◆
「先輩、入りますよ?」
ここはシャドウ・ボーダーの中。
ドアを叩いても反応がなく、おそらく寝ているのだろうと思い、静かに私は入った。
マイルームに比べると、やはり格段に部屋は小さい。質素すぎるベッドの上で、先輩は可愛らしく吐息をたてて寝ていた。
ベッドの上に座り、先輩の袖をめくってみる。
「……やっぱり」
そこには無数の切り傷。
最近はしていないらしく、自然治癒力によってかさぶたができている。しかし、どう見ても肉を裂き骨にまで至る傷は、きっと一生残るだろう。
そっと戻し、手をギュッと握りしめる。先輩の手は暖かくて、生の鼓動を感じる。
ちょっと他愛のない話をしようと来たのだが、寝ているのならしょうがない、またあとでお邪魔しよう、と寝顔を5分ほど観察してから立ち上がった。
「ん?」
ふと私は机の上にあるものに気がついた。
一冊だけ、ノートがある。ボロボロで、数年ほど使わない限りこうはならないだろうというほどの。
私はどうしても気になってしまいました。ゆっくりと手にとって開く。初めの一ページ目は私と初めて出会った時のことを書いていました。
次をめくれば冬木、さらにオルレアンと、楽しいことや悲しいことが異常な量書かれていました。
「日記……」
……ようなもの?
しかし、めくる度に私にもわからないが、確実に『ナニカ』がおかしくなっていきました。
そして一番最近のページになった瞬間。
「ッッ!!」
あまりの悍ましさに、ついノートを落としてしまった。これは狂気の結晶だ。これほど怖いものを人間が書けるというのか。
まずい! と思い先輩を見ると、眼を覚ます様子はない。
ノートを拾い、元あった場所にきちんと置く。
「ーーーー」
これは絶対に触れてはいけない。
そう私は確信した。そして私はこれを無視しなければならない。これに触れれば、確実に先輩は終わる。
私はきっと、残酷なサーヴァントでしょう。マスターのサケビを知ったにも関わらず、何もしないのだから。今マスターを失えば、私たちは戦えなくなり、それはつまり汎人類史の完全なる喪失を意味してしまう。
これは、私だけの、先輩の秘密。
全てが終われば、私はどんな罰だって受けましょう。
「ごめんなさい、先輩……ごめんなさい……」
先輩の頭を撫で、頬にキスをする。
ホームズさん曰く、虚数空間からはやく浮上しなければ、食料が尽きてしまう。明日にでも浮上したい、と。
先輩にはまた過酷な戦いを強いらなければならない。さらに敵はマスターだ。状況によっては殺さざるを得ないかもしれないのだ。それを果たして先輩は耐えられるのか?
……わからない。
私は部屋から出た。
やはり酸味のきいた匂いは強かった。
◆
「………………」
苦しくて苦しくて。どうしてわたしがこんな目に合わないといけないの? 生きていながら死んでいるようなもので私は私が失われそうで死んでしまいそうで死んでしまいたくてでもマシュたちに励まされて生きている。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してして殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してして殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してして殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してして殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してして殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああああああえあああ、あかあかあああえあああああああえあえあえあああ
だれかわたしをころして