盾の少女の手記   作:mn_ver2

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活動報告で要望があったので、ついにゲーティア編を書くことにします。
「生きるためだ!!」まで書く予定です。
狂気全開、それいけみんなのマスター!


狂##### 冠#時#神殿 ソロモン

 盾は何も語らず、ただそこに鎮座している。だが、盾の少女はその痕跡さえ残すことを許されず、完全に焼却された。

 マスターは、ただただ、今さっきまでそこに盾の少女が存在していた場所を無為に見ていた。

 あんな笑顔、初めてだった。

 盾の少女は、これまでそんなことを思いながら戦っていたのか。

 初めて聞いた、想い。だが、それに応えることは、永遠にかなわなくなってしまった。

 

「やはり、そうなるか」

 

 ゲーティアはつまらなさそうに口を開いた。

 

「必ずや我が第三宝具を防いでみせるだろうとわかっていた。だが同時に、それはマシュ・キリエライトの肉体が耐え切れないということもわかっていた」

 

 第三宝具、再装填完了。

 玉座に在わす、人類史の全て……人類の が積み上げてきた繁栄を束ね、極限まで凝縮した光帯が再び輝き始める。

 ここで終わり、か。

 マスターは静かにゲーティアに向き直った。たかが小娘風情が彼に敵うことはまずない。

 もちろん憎しみが湧いた。それは当然の権利であるし、それをぶつけるのも自由で、彼がそれを受けるのも自由だ。

 だが、どうしても足が動かなかった。一矢報いたい。あの恐ろしい顔に一発殴りをいれたい。そんな激情がマスターの中で轟々と燃え上がった。

 だが、動かない。動かないのだ。

 

「どうした。あの娘は貴様の唯一無二の存在だったのだろう? 殺したのは他でもない私だ。せめてもの餞別だ。

 我々(わたし)の身体に触れる権利をやろう」

 

 ゲーティアが高笑いする。

 ゲーティアが勝者。マスター……人類が敗者。

 もう、これは覆らない。

 

「死ぬことがそんなに怖いの?」

 

 目元を伏せ、マスターは淡々とゲーティアに問うた。

 

「死とはそれすなわち悲しみ。この世界は悲しみに溢れている。もうたくさんだ。見たくない。だから我々(わたし)がこの星を死のない世界へと再誕させる」

 

 玉座の周りの魔神柱のような縦長の触手たちが呼応し、興奮し、その肉体を激しく震わせる。

 死とは果たしてなんなのだろう?

 よくある天国か地獄に送られるのだろうか。それとも根源へと導かれる? それとも無、か。

 いかに英霊であろうと、等しく死は訪れた。どのような形であろうと、死んだ。そして例外なくソロモンも死んだ。

 

「マシュの言った通り、死のない世界には悲しみなんて存在しないんだね」

 

「その通りだ。だからヒトとして彼女の同意が欲しかった。なのにあろうことか否定した。全く、理解できないな」

 

 ゲーティアが黒く笑う。

 ただそれだけでも、マスターの恐怖心は刺激され、無意識に萎縮してしまう。

 これまで数多の恐怖があった。しかし、マスターはその全てをことごとく打ち負かし、ここに立っている。だが、それはすぐ隣にマシュがいたからだ。どんな時でも一緒にいてくれて、どんなに苦しい時でも励ましてくれたからだ。

 

「どうした。かかって来い。せめてもの……貴様、泣いているのか?」

 

「ーーえ?」

 

 指摘されて、気づく。

 そっと目元を指でなぞれば、確かにゲーティアの言う通り、マスターは泣いていた。でも、泣いているなんて自覚はなかった。

 

「あ、あれ? なんで? ちょ、ちょっと……」

 

 拭っても拭っても涙はなぜか止まらなかった。

 ぽろぽろと大粒の涙は取り留めなくこぼれ落ち、ついにマスターは泣き崩れてしまった。

 その姿は地球にいる、どこにでもいる普通の女の子が泣いているだけにしか見えなかった。事実、マスターの精神は、皆が思うより遥かに、遥かに脆かったのだ。それがいま、ついに崩壊し、一気にマイナスまで転落しただけのことだ。

 この一年間、普通に生活をしていればまず経験しないようなことを経験した。それによって自分自身が成長した気がした。だがそんなものは、幻想に過ぎなかった。

 私は大丈夫という張りぼてを乱雑に貼り付けただけの、無意識に行なっていた見苦しい精神維持行動なのだ。

 

「哀れだな、カルデアのマスター。自身をコントロール出来ないくせにこの我々(わたし)に挑んだのか」

 

 ゲーティアはマスターにゆっくりとした足取りで近づき、大きな手でマスターの頭を鷲掴みした。

 

「あ、グ……!」

 

 痛みに喘ぐ。

 必死にゲーティアの小指を掴んで引き剥がそうとしても、圧倒的な力の差に、敵うはずもなかった。

 

「フンッ」

 

 薙ぎ払い。

 マスターの身体は一気に加速され、すぐ側の魔神柱の一部、その触手に激しく打ち付けられた。

 壁にぶつけられたボールは、一瞬だけ大きく変形し、弾性力によって元の丸いボールに戻るらしい。まさにそれをマスターは身をもって体験した。もっとも、マスターには弾性力などないのだが。

 べちゃっ、と身体の中で鈍く嫌な音が鳴ったのを感じた。込み上げてくる嘔吐感を我慢できず、無様に吐き出す。

 それは胃液ではなく、血だった。内臓のどこかがやられたのだろう。

 

「ぶべッ、カ、エ……」

 

 涙はそれでも止まらなかった。

 立ち上がる気力はあった。しかし、瞬時に伸びた無数の触手たちがマスターの身体に絡まり、きつく締め上げて拘束した。

 胸のあたりに絡みついた触手がギリギリと締め付け、その力の強さに肋骨が乾いた音を鳴らして悲鳴をあげる。肺に溜まった空気が強制的に排出させられ、酸素を求めて小刻みに震える。

 

「七つの特異点を修正してみせたのは実に遺憾だが認めよう。だが、所詮はその程度だ」

 

 触手のひとつがマスターの目の前に伸びる。先端が変形し、鋭いものへとなる。

 そしてそれは高速で回転しながら、ゆっくりとマスターの胸を抉った。

 

「あ、ぐ、ああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 身じろぎすることすら許されない。一ミリも動かせない胸を容赦なく触手は抉り進んでいった。肉を貫き、かき混ぜる。そんなこれまで経験したことのない痛み。そんなもの、耐えられるはずもなかった。

 それでも涙は止まらなかった。

 地獄のような時間は続き、やがて触手の侵攻が止まった。回転は続いている。

 胸部がギチギチと拘束されているため、満足に呼吸をすることすらままならない。

 

「ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ」

 

 陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉させる。

 いまこの瞬間、マスターを助けられる人物は誰もいない。英霊たちは無限増殖する魔神柱の対処で手一杯だ。

 召喚する手を封じられたいま、完全にマスターとゲーティアの一対一となってしまった。

 勝ち目は、ゼロだ。

 

「わかるか? 貴様の心臓の一歩前で止まっているのが。我々(わたし)のさじ加減で刺し貫くことなど容易い」

 

 先端が僅かな熱を帯びる。徐々にそれは熱くなっていき、中で肉の焦げるに音が聞こえた。

 

「う、ううううぅぅぅゥゥゥゥ!!!!」

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! どうだ? 貴様が苦しむ姿を見るのは存外にスッキリするものだな!」

 

 意識が混雑し、ゲーティアの黄金の身体の輪郭が霞む。

 時間神殿の黒とゲーティアの黄金が混じり、よくわからない色彩がマスターの網膜に映った。

 これが死か。目が見えなくなり、あらゆる感覚がこの世から引き離されていくような、そんな奇妙な感じだ。

 ああ、私は死ぬのか、と。

 無理だ。無理だったのだ。人間対魔神。そんなもの、幼稚園児でもわかる結末だ。

 ここで終わりだ。全ての物語にハッピーエンドは約束されていない。勝利の女神だって、時には見て見ぬ振りをするものだ。

 手を伸ばしても、この世にはもうマスターの手は届かなかった。暗闇だった。よもや、死ぬ時は暗闇に沈むのか。そんなどうでもいい発見をしてーー……。

 

 ふと、マシュの姿が浮かんだ。

 本当に、浮かんだだけだ。何気ない、実に何気ないマシュの姿がぶわり! とマスターの脳裏をよぎったのだ。

 どうして一年間、彼女とつらいグランドオーダーを続けてきたのか、はっきりと思い出した。

 

 ……こんなところで負けるわけにはいかない。現在進行形で、英霊たちはマスターの勝利を信じて身を粉にして戦っているのだ。その尽力、無駄になんてできるはずがなかった。

 負けることは許されないのだ。一年間、共に戦った仲間たち、彼ら彼女らのためにも立ち上がらなければならないのだ。立って、戦って、そして、勝つ!!

 そう思うと、意識の不明瞭さが嘘のように晴れた。

 ゲーティアの姿が見える。胸部の肉が爛れているのが見える。

 

「ゲーティ、あ……」

 

「む?」

 

 面白そうに観察していたゲーティアが眉をひそめる。

 カ、カ、と粒ほどの呼吸を繰り返しながら、マスターは手を伸ばした。

 やはり、涙は止まらなかった。

 

「そうか、まだ足掻くか……だが我々(わたし)には届かん! フハハハハハハハハ!!!」

 

 マスターの伸ばしてた手が届くことはなかった。ゲーティアが一歩引くだけのことなのだから。

 そのたった一歩は、マスターにとっては途方もない距離で。

 そして触手が無慈悲に心臓に刺さり、死んーー……。

 

 ◇

 

「その程度で死ねると思ったのか? 馬鹿者め」

 

「ーー!!」

 

 気づけば立っていた。

 咄嗟に胸も部分に触れてみるが、さっきの傷が嘘のように治っている。しかし、破けた服が現実だったと語っている。

 なぜだ。あと、いったい何が起こった。

 

「たったあれだけで死なれては困るからな。貴様程度、全快させることなど容易いこと。最終証明まではまだ時間はある。それまでの余興として、貴様で遊んでやる」

 

 地獄はまだ始まってすらいなかった。

 

 ◇

 

 引き千切られた。

 斬り刻まれた。

 噛み砕かれた。

 焼き尽くされた。

 嬲られた。

 押し潰された。

 貫かれた。

 凍り付けられた。

 溶かされた。

 沈められた。

 叩きつけられた。

 落とされた。

 毒に犯された。

 光を盗まれた。

 血を失った。

 

 何度も何度も殺されかけられる。いや、そんな表現はあまりにも優しすぎる。実際、まさに死ぬ瞬間に傷を全快させられる。そしてまた、ただゲーティアが楽しむためだけに誰が見ても惨すぎる拷問を与えられる。

 

「………………ぁ、グ」

 

「ほう……まだ屈しないか。面白い」

 

 ご丁寧に礼装まで完全に修復された。傷跡ひとつない。この時間神殿にやってくる前と全く同じ外見だ。

 しかし中身はすでにボロボロだ。糸の切れた操り人形のようにだらんと地に崩れ、動き出す気配など皆無だった。

 ゲーティアは鼻を鳴らし、残り時間を確認する。まだまだ時間はある。少し苛立つところだが、ちょうどいい玩具があるから、特に気にも留めなかった。

 ここまでを1セットとして、あと5セットする余裕があるほどの時間だ。

 

「ふむ」

 

 ゲーティアが指を鳴らす。

 ただそれだけで、うつ伏せに倒れるマスターの背中からトゲトゲしい触手が生えた。

 

「ーーーー」

 

「もう反応もできなくなったか。つまらん」

 

 べちゃっ、とゲーティアの足元に投げ捨てられる。

 瞬く間に血の池は広がり、ゲーティアの足に触れた。その瞬間、血はマスターの元に戻っていき、痛々しい傷が修復された。

 

「何も、言わないのか」

 

「……」

 

 マスターを蹴り、仰向けにする。

 全く普通の呼吸を繰り返しているが、ただの植物人間のように動じなかった。瞬きすらせず、倒れていた。

 

「殺してくれ、とは言わないのだな。言ったとしても、殺すとみせかけて復活させるがな」

 

「……」

 

 マスターは何も答えない。だが、立ち上がろうとした。

 身体の節々が全く痛くない。動ける。でも身体がマスターに必死に停止を呼びかける。

 何をしている。どうせまた破壊されるだけだ、と。

 うるさい、とマスターは身体を黙らせ、トゲトゲの触手を背中に擦り付けながら、震える脚に力を込め、ついに弱々しく立ち上がった。

 

「……立つか」

 

「例え……わ、たしに勝ちめ……がないとし、て……も」

 

 涙は、いつの間にか止まっていた。

 まるで生まれたばかりの子鹿だ。歩くこともままならないくせに、必死にゲーティアに近づこうとした。

 だがしかしゲーティアが一歩引けばいいだけ。さっきと全く同じーー。

 この時、ゲーティアはマスターを侮った。

 警戒はしていた。なぜならあれほど苦痛を与えられたのに、立ち上がろうとしたから。果たしてそれが人間の業かどうかはどうでもいいが、その異常性に僅かながら警戒心を抱いたのだ。

 その僅かながら、はあまりにも僅かすぎた。

 

 マスターが駆けた。

 

「なにっ⁉︎」

 

 その行動に、さしものゲーティアは目を見開いた。ゾンビのようにうだうだと歩くだけと思っていたが、それを大きく裏切ってきた。

 咄嗟にゲーティアは魔神柱の力をこちらに譲渡させ、マスターの両脚を切断した。

 

「たち、むか……わない、と」

 

 崩れる。

 安堵しかけたゲーティアだったが、両腕を使って這いだした時はさすがに戦慄した。

 とりあえず楔を打ち込んでおく。地面に縫い付けられ、今度こそマスターの動きは完全に停止した。

 

「貴様……本当に人間か?」

 

 口から赤い血を吐く彼女を見下ろす。

 あの時ロンドンで見逃してやった小娘が、文字通りバケモノとなって帰ってきた。ヒトの皮をかぶった、バケモノ。ゲーティアは過去を視る目によって、マスターの過去ーー特異点を巡る旅ーーを覗いた。

 それは、あまりに悲惨なものだった。マスターの周りの者は『マスター』を知らず。堕ちてゆく彼女を誰も知らず。なんと救われない少女であろうか。おかげで人間性を奪われてしまっているではないか。

 

「貴様の持つ獣性、確かに見させてもらった。これほどのものなら、ここまで耐えきることができる理由として納得だ」

 

 傷を最低限で癒す。

 血は止まらず、しかしながらマスターは立ってみせた。

 腹部の風穴はふさがっているが、曖昧な治療のせいで見るも無残な傷口だ。

 

「やはり立つか」

 

「……う、ん」

 

 ふわっ……、とわずかな擬似的浮遊感を感じ、足元がふらつく。それでも確実に歩を進め、ついにゲーティアの目の前までたどり着いた。今度はゲーティアはその場を動かず、長い時間をかけて歩み寄るマスターを待った。

 自分の倍以上もあるゲーティアを見上げる。その瞳に宿るのは、諦めではなかった。燃えるような情熱だ。

 

「惜しい。殺すにはとても惜しいぞ、カルデアのマスターよ。貴様の見る世界は、マシュ・キリエライトとも、我々(わたし)とも異なる異質なもののはずだ。その獣性、ヒトの器では維持するのが困難だろう。どうだ、ヒトであることを捨て、我々(わたし)の同胞とならないか。そうすれば、マシュ・キリエライト以上に、新生後した地球の平和は約束されるはずだ」

 

 それは、ゲーティアのマスターの抱く獣性を十分に理解した上での誘いだった。ここはソロモンの第二宝具の領域。カルデアとの通信をカットすることは容易いことだ。つまりこれらの行動はカルデアには伝わっていない。そしてこの会話も。

 魅力的な話のはずだ。獣性に人間性を犯されているマスターにとっては、ゲーティアの誘いはある種の救いに違いないのだ。

 だが。しかし。それでもマスターは。

 

「ごどわ、る゛……!!」

 

 血反吐を吐きながらもゲーティアをにらみつけ、そう叫んだ。




ソロモンさんがもし来るのが遅かったら。
ゲーティアとマスターの話なので、それ以外……つまりソロモンなどにスポットライトを当てるつもりはありません。一応出演はちゃんとさせます。ちゃんとノヴァらせるつもりです、ハイ。
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