盾の少女の手記   作:mn_ver2

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そういえば、ヘブンズフィールの第二弾が予告されましたね。超楽しみ。


裁きは下され、マスターは首を吊られた。
今回は、その後のお話。


裁きを受けよ、魔女め 後編

 床は開かれ、マスターの身体は重力に従って下に落ちた。

 そして首が絞まる。

 普通に考えれば、少しでも楽になろうと足掻くはずなのに、マスターにはそれをする気力はなかった。

 もはや完全なる首吊り人形だ。

 

「ああ……ああああああああ!!!」

 

 マシュが泣き叫び、無駄だと明らかなのに再び暴れ始めた。のしかかるグールたちは、今まさに首を吊られているマスターに対して喜びの歓声をあげている。

 だから少しだけ隙ができると思った。だがそれは容易に裏切られ、何もできずにマシュの力の方が先に尽きた。

 あんなマスターを見たくなかった。あんなに傷つき、文字通り全てをボロボロに

 され、最後は首を吊られるなんてあまりにも酷すぎる。

 目を逸らすか。逸らさないかの狭間で苦しむ。だがその間にもマスターの命の刻限が迫ってきている。

 もしこのままマスターが死に、無事カルデアに戻ってきたとしても笑顔で2017年を超えられるはずなどない。

 未来を取り戻した、そしていつか未来で必ず英霊となるであろうマスターの、何よりの功績である2017年……その先が閉ざされるのだ。

 そう思うと、諦めきったマシュの心に、蝶が羽ばたくだけで消えてしまいそうなほどだが、小さな火が点いた。

 

「盾を!」

 

 手を伸ばして部分武装し、盾を召喚する。

 そしてそれをマスターの足元へと飛ばした。開かれた床の面積は狭い。だから、そこを盾で被せば、マスターが足をつくことができる……。

 火が灯した、微かな希望。マシュはそれに藁にもすがる思いで縋るしかなかった。

 だがこれには致命的な前提条件があり……。

 

「……ふん。小賢しい」

 

 それは、カーターが邪魔しなければ。

 カーターが飛んできた盾を蹴り、明後日の方向へと飛んでいった。

 

「ーーーー」

 

 ついにここでマシュはガクリと項垂れる。

 火は大いなる雷風になすすべもなく消され、何が起ころうと二度と再燃することはなくなった。

 マスターの足元からポタリポタリと尿が溢れている。それは股の筋肉が緩かった証。そして、とうの昔にマスターが危険域に突入していることを悟る。

 

「無様だな。所詮はヒトの子だったか」

 

「先輩を馬鹿にしないでください!!」

 

「事実を述べて何が悪いのだ……ん?」

 

 カーターがマシュを笑おうとしたところで、視界の端に夜には似合わない、あまりに白いモノが映った。

 ラヴィニアだ。

 

「こ、ここにいた……のね……」

 

 グールたちの目をかいくぐり、いつ間にか彼女は処刑台の足元に立っていた。

 カーターは彼女を見下ろし、口を開いた。

 

「今さら来たのかいウェイトリー? 罪の告白なら判事が快く聞いてくれるだろう。もしかしてこの娘を助けに来たのか……? だがもう遅い。この娘はすでに処された。あと数分で死に絶えるだろう」

 

「そう」

 

 興味のなさそうな顔で答えてみせる。

 

「わ、私は別にそこの人のことなんか、なんともお……思ってないわ。でもね……」

 

 壇を登る。マシュでさえ触れることすらできなかったのに、ラヴィニアは登った。そしてカーターの前に立つ。その後ろではマスターが首を吊られている。

 

「皆一度化けの皮を剥がした、のよ。なら、あなたも正体を、現しなさい!」

 

 懐に隠していた、粉のようなものをカーター振りかける。不意を突かれたカーターは、それを全身に浴びてしまった。

 

「ッ……ガアァッ……!!」

 

 ドタドタとカーターがよろめく。

 黒い闇のような衣が剥がれ、顔が割れ、異質なカラスの頭が姿を現した。

 

「おの、れ……ウェイトリイィィィィ!!!」

 

 頭を手で抑え、苦しみもがく。

 さっきまでの余裕はなくなり、憎悪に嘴をガチガチと鳴らしながらラヴィニアに手を伸ばす。だが、彼女は可憐に避けると、夜の闇に消えてしまった。

 その去り際に、マシュと目が合う。

 

「マスターを!!」

 

 しかし、ラヴィニアはマシュの言葉を無視して行った。

 

「あ、あ……」

 

 最後の希望が去ってしまった。

 まさに今、カーターが怯んでいる隙にマスターの首にかかる縄を切ることくらいできたはずだったのに、それをしなかった。いや、でもとマシュは自分を落ち着かせる。ラヴィニアが刃物を持っている様子はなかった。もしマスターに寄っても、縄を解いている間にカーターに襲われる可能性がある。

 結局は……。

 

「ーーあの子はよくやった。まだ諦めるな嬢ちゃん!」

 

 マシュが負のスパイラルに陥りそうになったのを、ロビンの励ましの声がすんでのところで止めた。

 シバの女王が雲によってマシュに群がっていたグールが一掃される。

 

「ラヴィニアちゃんのおかけでえーー、私、魔神柱の呪縛から解放されましたあーー」

 

 てへっ、と可愛く舌をペロリと出して埋もれていたマシュを引きずり出す。

 

「キルケー!」

 

「了解。ジメジメの地下牢にぶち込まれた恨み、八つ当たりとして返させてもらうよ!」

 

 ロビンの呼び声に、キルケーが応える。

 風を起こし、カーターに向かって撃つ。

 

「グッ……!」

 

 まだ完全に霊体が物質化されておらず、不安定なカーターには大打撃だ。

 ーーチャンス。ここで最大のチャンスが訪れた。ここでモタモタしていると、置いてきたグールたちにまた呑まれて逆戻りになってしまう。

 

「マタ・ハリ、キャッチ!」

 

 ロビンが矢を放つ。狙いはマスターの首にかかる縄をくくりつけている木だ。

 外れるはずもなく、見事命中して砕いてみせた。それによってマスターの身体は地面に落ちーー……。

 ることなはく、マタ・ハリが抱きかかえてみせた。キャッチする瞬間、大きな力を受けるだろうと少し身構えていたが、あまりの軽さに腰が浮ついてしまう。

 

「確保したわ! さあ皆、撤退するわよ!」

 

 キルケーがさらに風に力を送り、カーター……魔神ラウムを空高く吹き飛ばした。

 頭はカラスだが、身体は人間のものだ。ある程度頑丈だとはいえ、あの高さから落下して無傷とはいかないはずだ。

 シバの女王がマシュをおぶる。無理に英霊化したせいで、体に大きな不可のかかった彼女には、走るだけの力は残っていなかった。

 グールたちも近い。だが走れば距離を離せる。マスターの奪還も成功した。あとは撤退するだけ。

 深い深い闇夜に紛れ、やがてロビンたちの姿は完全に見失われた。今はただ、逃げ切ることに全力を注がなくてはならない。

 ……マタ・ハリの腕に抱かれたマスターの息は、すでに止まっていた。

 

 ◆

 

「急いで! そこのソファーに寝かせるから上の物をどけて!」

 

 空き家に逃げ込んだが、予断は一切許されない状況だった。

 マタ・ハリがシバの女王に指示し、服やら本などをどかせる。

 

「心肺が停止してるわ。早急に蘇生措置を始めるわよ!」

 

 マスターの身体をソファーに降ろし、その隣に座ったマタ・ハリが心臓マッサージを始める。

 紫色に萎みきった唇。極限まで痩せこけた頬。そして何より、あまりにも細すぎる手足。どれをとっても悲惨な容体だった。

 あれほど真っ白な礼装が、真っ黒に汚れていた。身体のいたるところが黒ずんでいて、マシュはためらいなく礼装を破き、脱がし始めた。

 

「先輩の……身体を拭かせてください。ロビンさん。水を汲んできてもらえますか……?」

 

「喜んで」

 

 ロビンが適当に水を入れられる容器を見繕って、家を出て行く。

 

「キルケー! お願い!」

 

「うん! いくぞ!」

 

 杖の先端をマスターの胸の中央やや右寄りに当て、キルケーが魔術を発動させる。高電圧がマスターの中で流れ、大きくビクリと震える。

 すかさずマタ・ハリは顎を上げ、気道を確保したあとに、人工呼吸を施す。

 ……息が戻らない。

 

「……もう一回!」

 

 誰も、必要なこと以外は何も話さなかった。

 夜が明け始め、神不在のセイレムにも太陽は上り始める。地平線の彼方から顔をのぞかせ、家をほんのりと照らし始める。

 

「持ってきたぜ」

 

「ありがとうございます……」

 

 マシュは静かにロビンから水入りの容器を受け取ると、比較的綺麗な布を適当に漁り、それでマスターの身体を拭き始めた。

 

「戻ってきてください、先輩……私たち……まだまだこれからじゃないですか……」

 

 ポタリポタリと干からびた肌に涙が落ちる。視界が滲む。それを誤魔化すように、マシュはただ黙々と身体を拭いた。

 

「キルケー! マシュ、離れて!」

 

 再びキルケーの魔術が発動する。

 さっきよりもさらに強い電気が加わり、大きく海老反りをするように腰が高く浮いた。

 そして数秒後、微かにマシュの握った手が握り返される。

 

「……………………………………コホ」

 

 消えてしまいそうなほどだが、あまりにも弱々しいかったが。マスターが息を吹き返したのを聞いた瞬間。

 滝のように涙を流しながら、まるで赤子のように大声で泣きながらマスターに抱きついたのだった。

 

 ◆

 

「キルケーさん、その……マスターの首の……」

 

「ああ。任せなさい」

 

 マスターの首。吊られた跡が痛々しい。

 キルケーは快く受諾し、首元の跡を消してみせた。

 マシュがようやくマスターの全身を拭き終わった。日はすでに高く上っており、朝を迎えている。何度も何度も水を取替えに行ってくれたロビンには感謝の念が絶えない。

 マシュのおかげでだいぶ汚れは落とせた。異臭はまだ少し残っているが、ちゃんと洗剤などで洗えばすぐにでも落ちるだろう。

 礼装はもはや何の意味もないただの布切れになってしまい、捨てることにした。下着も汚れと異臭でどうしようもなく、同じように捨てた。代わりにクローゼットで見つけた、サイズの合いそうな服を一式着せている。

 

「ひとまず難は脱したわね」

 

 水を飲み、マタ・ハリが椅子に腰掛けた。どれくらい長い間人がいなかったのか知らないが、床の埃がわずかに舞い上がる。

 

「そうだな。でもだから終わり、ちゃんちゃん、というわけにはいかないんスよね。一般的に、首を吊った後、だいたい十秒で意識を喪失。その後酸素が脳に行き届かなくなり、五分以上経つと、後遺症が高確率で残るとされ、十分以上経つと、蘇生率は絶望的になる」

 

「ロビン、ちなみにマスターは……?」

 

「九分だ」

 

 一同の視線がマスターに集まる。

 穏やかに呼吸してはおらず、時々、突然詰まったように激しく咳き込む。

 あれから随分と時間が経ったが、目覚めそうな気配は全くない。

 

「キルケーさんなら治せるのでは?」

 

 マシュが尋ねる。

 

「残念だけど、私には無理だね。そういうのに特化しているわけじゃないからね。大魔女とはいえ、なんでもできるわけじゃないんだ。すまない」

 

「い、いえ、気にしないでください……。あ、そ、そうです! カルデアに戻れば……!」

 

「たぶんそれも厳しいと思うよマシュ」

 

「どうしてですか、キルケーさん!」

 

「複雑骨折とかその程度なら、骨を動かさないように固定して強引に繋ぎ合わせれば何とかなる。だがマスターのは違うんだ。……脳の一部が死んだんだ。だから後遺症が残る。治すとしたら、そこを生き返らせなくちゃいけない。例え大魔術を行使しても、ぎこちなさはどうしても抜けないだろうね」

 

「そんな……」

 

 マシュがまた涙目になる。

 例えマスターが目覚め、どんな障害を背負ったとしても、その状態でラウムと戦わなければならないのだ。とても戦える状態ではないのに、明らかにマスターには苦痛でしかない。

 

「それに……まだある。何をされたかは知らないが、半日でほぼ廃人にされてしまった。お前たちも聞いただろう。判事に対するあの返答を。どう見ても心が犯されているのは疑いようがない」

 

 ロビンがさらに追い打ちをかける。

 マシュはもう聞いていられないと耳を塞いでいる。

 

「……ん? ちょっと疑問なんですけどおーー? その半日間の記憶を消してしまえばいいのでは?」

 

「あんた、えげつないこと考えるんだなぁ」

 

「いや、それはアリだな」

 

 シバの女王の非人道的な提案に、キルケーが乗っかった。

 

「おそらくこのまま目覚めても、会話はおろか、ヒトとしての尊厳は潰されている。それならばいっそ、その部分の記憶をなくしてしまうべきかもしれない。でもそれには欠点があって……当人にとっては、急に記憶が変わるんだ。だからより繊細な記憶補助が必要になる。曖昧な記憶は、何にでもと繋がろうとする」

 

 つまりは海を眺めていたら、突然山の頂上に立っていたようなもの。突然の記憶のすり替えに、頭は混乱し、エラーを起こしてしまう。だからそうならないためのストッパーが必要なのだ。

 

「ーーその役、私にやらせてください」

 

 セイレムはまさに異端だった。そしてそれにマスターは呑まれた。そして壊れた。どんな言葉で誤魔化そうとその事実は覆らない。

 罪悪感か。

 あの時、あの瞬間。目の前にいたのに何もできなかった罪悪感か。例えそうだったとしてもいい。

 マスターのためならば。そう願い、この亜種特異点へと足を運んだのだ。

 

 マシュの目は、真剣だった。

 

 ◆

 

「ぁ……ぅぁ……。ま、ましゅ……?」

 

 マスターが目覚める。

 ゆっくりと見回すと、知らない家。手を強く握るマシュの手が痛いくらいで、さらに、自身の服が変わっていることにも気づく。

 

「なに、が……」

 

「先輩はアビーさんの魔女化を止めた後、魔力切れで倒れたんです。その後先輩が連れていかれそうになったので、ここまで運びました。皆さんは今は出かけています」

 

「…………ぇ?」

 

 半開きの目でも光が眩しく、まだちゃんと目を開けられない。

 しばらくの間虚空を見つめ、やがてマシュの方に向き直った。

 窓から差し込む光をバックに、マシュがなんだか神々しく見えてしまい、思わず笑ってしまう。

 

「どうしました? 先輩?」

 

「いや、私のこと、たいせつにおもってくれてるんだなーって」

 

「そ、それはあ、当たり前ですよ」

 

 マスターが両手をマシュに伸ばす。

 マシュはすぐにその手を掴む。すると、弱い力で引っ張られ、仕方なくマスターに抱きつく形で倒れた。

 

「んふふ〜。いいね〜」

 

「何がですか?」

 

「いいやー? 何でもないよー?」

 

 ただただマスターはマシュを抱きしめ続けた。そして無邪気に微笑み続けた。

 マシュにはその理由がわからなかった。だがそれでよかった。ラウムに何をされたかはわからないが、その記憶はキルケーによって消された。だから、何も心配することはない。

 マスターの腕がマシュの身体を確かに抱きしめる。

 ただそれだけで、マシュはとても幸せに感じたのだった。




キルケーは『半日間』の記憶を消しました。


ではではそれでは参りましょう。
い つ も の。
ネタが尽きました^_^
面白そうなネタなどがあれば、活動報告にてビシバシドンドン送ってください。琴線にビンッビンに触れたら燃えます。書きます。
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