盾の少女の手記   作:mn_ver2

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関係のない話ですが、魔法使いの嫁というアニメを何話か観ました。
ただキャッキャウフフなアニメではなく、とても感動する、いいアニメでした。




では切り替えて。
要望があったので、ブリュンヒルデをテーマに逝きますっ。


わがまま

 ーーそんなに優しくしないでください……優しくされると私……。

 

 ◆

 

 マスターは集中治療室で安静に寝ている。

 ダ・ヴィンチやナイチンゲールの健闘によりとりあえず一命は取り留めた。具体的な傷は、左腹部の、槍による貫通。

 臓器は辛うじて逸れているおかげで、治療はあっという間に終えた。さすがは(いろいろすごい)ふたり。朝飯前という顔で汗ひとつ流すことなかった。

 

「せ、先輩は⁉︎」

 

「うん、大丈夫だよ。しばらくしたら目が覚めるだろうから、部屋の中で待ってるといいぜ?」

 

「ありがとうございます……あの……ブリュンヒルデさんは……」

 

「自室にこもってるよ。相当落ち込んでいるみたいだったから、今はそっとしておいたほうがいい」

 

 ダ・ヴィンチが水を一杯飲み、ふぅ、と息をつく。

 マシュはそんな彼女の横を通って、マスターの眠る部屋へと突入した。誰もいない、と思っていたが、中にはエミヤ氏がいた。

 しゃくしゃくと器用にりんごを果物ナイフで剥き、まさかのうさぎの形にしてみせるというちょっと凝ったことをしている。

 

「ああ、マシュか」

 

 マシュに気づくと、完成したうさぎ型りんごのひとつを手に取り、マシュに渡した。

 受け取り、口に運ぶ。

 

「ほら、あれだ。少しは着飾ったほうが女の子にウケるだろう?」

 

「さすがエミヤ氏。……女たらしの名は伊達じゃない」

 

「む」

 

 女たらし、に眉をピクリと反応させたが、まあいいと再び作業に戻った。

 マスターの着ている病衣を少し捲る。すると、何重にも巻かれた包帯が姿を見せる。しかも血が滲んでいるのが嫌でもわかる。

 

「……すまない、マシュ」

 

「何が……ですか?」

 

「マスターを守れなくて、だ。傷ついた彼女をマスターが助けようとして、その時に……」

 

 エミヤが悔しそうに語る。

 マシュにはどういう理由でブリュンヒルデがマスターを攻撃したからは知らず、疑問がずっと渦巻いていた。ここにいるサーヴァントたちは全員、結果的にいい人たちだ。アヴェンジャー'sの危なっかしさは平常運転だが。

 

「マスターは……少しみんなに対してて甘すぎる。サーヴァントたちにはそれぞれ歴史がある。愉快な人生もあれば目を覆いたくなるような悲惨な人生を送った者もいる。そのことも考えてコミュニケーションを図るべきなのだが……」

 

 例えばメドゥーサ。

 例えば巌窟王。

 例えばジル・ド・レェ。

 例えば天草四郎。

 挙げだせばキリがない。そんな人たちを英霊として召喚し、従えているのがマスターなのだ。そしてその彼女を支え、特異点を解決するためにあるのがカルデア。

 マスターには、彼ら彼女について詳しいことは知らない。「私、歴史は大嫌いだったんだよね」と、歴史の本を漁りながらそんなことを言っていたのをマシュの脳裏をよぎる。

 

 ーーえ⁉︎ この人がかのチョウ有名なアーサーさん⁉︎ ちょっとあれ、聖剣見せてよ!! 先っちょだけ、先っちょだけでもいいから!!!

 

 そんなことを言って、召喚されたばかりで、自己紹介で真名を明かした瞬間にロケットのごとく飛びついたマスターに対し、さすがの王さまも「え、え、え」と全力で顔を引きつらせていた。

 そんなことも記憶に新しい。

 

「マスターにとっては……どんな英霊も人なんです。もちろんオリオンさんとか神霊とかもいますが、やはりマスターにとっては、英霊以前に、人に見えるですよ。それはもう、どうしようもない先輩の悪いとこであり、良いところなんです」

 

 くすり、とマシュが笑う。

 マスターの頬に触れ、優しく撫でる。ぷにぷにの柔らかい感触に意外にもハマってしまい、抜けられなくなってしまう。

 

「まあ……考え方は人それぞれだからな。私がマスターにとやかく言って強制させるのも違うだろうから、その辺は首を突っ込まないでおく」

 

 どれ、少し私も、とエミヤ氏もマシュと反対側の頬に触れる。

 

「おお……これはいいな。マシュマロみたいだ」

 

「でしょう?」

 

 ふたりはマスターが起きるまで、その柔らかさをただひたすらに堪能していた。

 

 ◆

 

 女は愛を求めた。しかし愛を求めなかった。

 優しさは、毒だ。甘美で、つい依存してしまいそうな、毒なのだ。だから、あの太陽のような、女を照らし、どれだけ嫌がっても優しく接してくるあの少女が苦手だった。

 もちろん嫌いではない。嫌いならば指示など聞かないし、そもそも召喚になど応じない。

 だがついに、優しさを受け取れる皿からそれは溢れてしまった。

 悪いのは少女だ。あれほど止めてくれとお願いしていたにも関わらず、優しくしたからだ。

 だがもっと悪いのは女だ。ああ言ったのならば、徹底的にその優しさから逃れればいいだけなのに、それをしなかった。むしろ心地よいと思ってしまった瞬間があった。

 

「ブリュンヒルデ、マスターがお呼びだよん」

 

 いつの間にかダ・ヴィンチが部屋に入ってきていて、そう言った。

 入ってきたのに気づかないほど自己嫌悪に陥っていたのか。

 

「私には、マスターに合わせる顔がありません……」

 

「勘違いしてるようだけど、あの子は君のこと、嫌ってないと思うよ? だってほら、もし嫌いなんだったら呼ぶわけないだろ?」

 

「もしそうだとしても、私があの子を苦手としているんです……それに、会うのが怖い……です」

 

 薄暗い部屋にブリュンヒルデの鈴のような美声がふわりと鳴る。

 だがダ・ヴィンチは、んなこと知るかとズカズカと部屋の奥へと侵入すると、端でいじけているブリュンヒルデの腕を掴んだ。

 

「ほら、悪いことをしたんだったら謝りに行く! いつの時代どこの国でも変わりない当たり前のことじゃないか」

 

 半ば強引に引きずられながらブリュンヒルデはダ・ヴィンチに部屋を連れ出された。その手を払おうと本気で思えば払うことができた。しかししなかった。

 明るい通路の光に思わず目を覆う。

 マスターのいる集中治療室の前に立つ。

 

「ここから先は君ひとりで行ってもらうよ」

 

「え……私ひとりですか……?」

 

「ああ。あの子がそう言ったからね」

 

 肩を軽く叩き、ダ・ヴィンチは「いやぁ、ちょっと手術後のデザートが楽しみだねぇ」と軽やかなステップを踏んで去っていった。

 そんなハイテンションな彼女を見送った後、ブリュンヒルデは部屋に入った。

 カーテンが影になり、マスターのシルエットが見える。上体を起こしていて、項垂れているように見えた。

 

「マスター?」

 

「ん? ああ来たね」

 

 ブリュンヒルデの呼びかけに、マスターが頭を上げ、カーテンを開けてこっちに来なよと促され、首肯してマスターの元へと近寄った。

 ふと無意識にマスターの腹部に目がいってしまう。病衣にまで血が滲んでいる。こうしてブリュンヒルデと話すためだけに上体を起こしているのだろうが、それだけでも痛みは感じているはずだ。

 

「マスター……血が……」

 

「ちょっとくらい大丈夫だよ」

 

 マスターそう言いながら微笑みかける。

 しばらく沈黙が流れる。どうしても話の切り出せないブリュンヒルデに対し、マスターはハキハキと話し始めた。

 

「別に私、あなたのこと怒ってないから」

 

「え?」

 

「ほら、たぶん私が優しくしたせいなんだよね? 私を刺すとき、小声でシグルドシグルドって言ってた。私をその人と見間違えてしまったのかな?」

 

 気づかなかった。言われて、初めて気づいた。

 自分はそんなことを言っていたのか、と。

 あの時マスターの腕に抱かれて、何か胸の奥が熱くなるのを感じた。身体は冷たいというのに、それは燃えるような……太陽のような熱さだった。そしてマスターに感謝を口にしようと顔を上げ……いつの間にか自分の槍はマスターを貫いていた。

 

「ええそうです。マスターがシグルドに見えてしまった。だから刺したのだと思います。……だからいつも言っていたではありませんか。私に優しくしないで下さいと」

 

 言って、失言に気づく。

 一番悪いのはブリュンヒルデだ。それなのに、これでは罪をなすりつけるような物言いだ。

 青ざめる。弁明の余地などない。いったい何とマスターに怒られるのだろう。そんな恐れだけが、彼女の中で震えていた。

 

「このカルデアに来てからね、私は自分が思った以上にわがままなんだって気づいたんだ。皆の人生なんて全然知らないから、少しずつ勉強して、それでみんなの事をたくさん知りたい。だからまずは友達にならないと」

 

 マスターが、ブリュンヒルデを見つめる。

 純粋な、無垢な瞳が彼女を貫く。

 

「で、私なりの結論が、皆に優しくすることだった。これは私のわがまま。たとえどうなってもこのわがままは貫くよ。私だって、中途半端な意思でここにいるわけじゃないからね」

 

 あはは、と言い終えて笑う。

 なんの取柄もない少女の、唯一の意地というかプライドというか、そんなことをブリュンヒルデは初めて知った。

 特異点解決はまだ半分も完了していない。遥か長い旅路。人類の未来を取り戻す、前人未到の旅。それを今目の前で病衣に血を滲ませながらはにかむ少女が挑戦するのだ。そして必ず達成しなばればならない。それだけの偉業、果たして為すことができるのか。それはブリュンヒルデにはわからない。

 

「それは……また私に襲われるということになりますが理解していますか?」

 

「うん、してるよ」

 

「私にはそうはーー」

 

「してるよ」

 

 マスターはただブリュンヒルデを見ていた。だがブリュンヒルデはマスターをいっそ睨みつけていた。

 今回は傷が深くなかったからよかったものの、この調子だと次はどうなるか目に見えている。馬鹿だ。あまりに馬鹿だ。筋金入りの馬鹿か。それとも頭のねじを無くした狂人か。

 味方であるはずのサーヴァントに殺意をぶつけられるのだ。そんなもの、恐怖以外のなんと言えよう。

 

「今回は、あなたを知るいい機会になった。次は気を付けるよ」

 

「次はとか、私はそういうことを言っているのではありません……」

 

「さっきも言ったけど、私はあなたに優しくし続けるよ。だって、拒絶しないじゃん」

 

「ーーーー」

 

 まさに核心の言葉だった。

 口を開くが、否定することができずに無為に口をパクパクさせる。

 

「眠くなってきたよ。どう? 一緒に」

 

 大きなあくび。目尻の涙を指で拭い、ちょいちょいと手招きをする。

 

「いえ、私は……」

 

「よしわかった、少しでも悪いと思うのなら、私と寝て」

 

「それはちょっと……ずるいです」

 

「まあまあ」

 

 そう言って、マスターは上体を倒し、布団をめくってブリュンヒルデに入るよう促す。ついに観念した彼女はおどおどと布団に入った。

 あの時鼻腔をくすぐった匂いが記憶によみがえり、一瞬だけマスターの姿があの男に霞んでしまい、目を見開く。

 

「どうしたの?」

 

「……いえ、なんでもないです」

 

「ならよし」

 

 いちいちブリュンヒルデを惑わすこの少女には困らされてばかりだ。こっちを向いて寝るものだから、反対を向こうとすると、手を握られて防がれてしまう。

 わざとか、無意識なのか。そんなことを考えていると、瞬く間にマスターは穏やかな吐息をたてて寝てしまった。

 この少女の優しさを拒絶していないのはもう認める。

 ルーンの魔術で、マスターの開いた傷口をふさぐ。

 

「……」

 

 マスターの寝顔があまりにも愛らしくて。

 

「ふふ」

 

 ()してしまいそうだった。




ブリュンヒルデの初登場がいつか知らないので時系列に矛盾が生じるかもしれませんが、そこは目を瞑ってほしいです。
まだシリアス度が低い頃のお話。


次は、珍しくネタの神様が降臨したので、その意思に従います。
テーマは、これまでの話のどれかに繋がるもの。
ネタのストックはいつもゼロなので、活動報告にて募集してます。
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