盾の少女の手記   作:mn_ver2

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ネタバレ注意。
その後のことを妄想してみました。



思いついたことを書いてるので、特に更新ペースとかはないです。
経済流通さん、評価ありがとうございます!


行動の責任

「イヴァン雷帝の問いに答えられず、パツシィとかいうヤガには許さないと言われ、悲惨な旅だったな。ともあれ空想樹オロチの伐採おめでとう。晴れて大量殺人鬼の称号は君のものだ。同じようにあと6つの空想樹を伐採しなければならないが……あと何万人……いや、何億人殺す気だい?」

 

 カドックはそう、生気のまるで抜けた白い顔で笑ってみせた。

 

 ◆

 

「拷問でもなんでもかけて洗いざらい吐かせるんだ! あとは虚数空間にでも捨ててしまえ!」

 

 後ろ手に魔術を用いた拘束具で拘束し、壁に繋いであるカドックを見下ろしながら、ゴルドルフ所長は生唾をぶちまけながら口早に言った。

 

「まあまあ所長。一旦落ち着きましょう」

 

「そ、そうだな。うむ。ふー。ふー。よし」

 

 ムニエルの指摘に、ゴルドルフは目を瞑って深呼吸をすると、今度はマスターに向き直った。

 彼女もまた激しく神経をすり減らされた身だ。誰が見てもわかるような疲労が顔に浮き彫りになっていて、それを見たゴルドルフはぎこちなく話を切り出した。

 

「……こいつをどうする? 実際に確保したのはお前だ。お前がいなければできなかったことだ。楽に殺すもよし。拷問にかけて苦痛の中殺すもよしだ」

 

 カドックの処理はこれで全て任されてしまったことになる。

 このシャドウ・ボーダーは狭い。拡張することでなんとか部屋を確保しているのが現状だ。独房などあるはずもなく、かといって通路にでも括り付けておく訳にもいかない。

 カドックはクリプターのひとりだ。汎人類史を無にした七人のうちのひとり。誰かと同室にでもすれば、彼がどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

「先輩……」

 

 マシュが心配そうな目でこちらを見る。戦闘補助パーツを身に纏い、少し重装備にみえる彼女は、それでもいつも通り艶やかで、僅かながらマスターに安心感を与えてくれる。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、どうすればいいと思う?」

 

「そうだねー。どうにもならないのなら、私の簡易工房で面倒を見てもいいよ?」

 

 マスターの問いに、ダ・ヴィンチが朗らかに答える。拘束具を作ったのは彼女だし、なんらかの誤作動が起こった場合、迅速に対応できる人物としたらうってつけだ。だが言わずもがな彼女の工房は小さくなってしまった。カドックがいれば気が散るのは自明の理。

 ホームズは何も言わない。ただ眉を釣り上げ、結論を待っているようだ。

 

「……彼は私の部屋で面倒を見ます」

 

 皆が絶句する中で、ホームズだけが、やはりという顔をしていた。

 

 ◆

 

「僕は君よりいいマスターになれる」

 

「否定しないわ」

 

「……そうかい」

 

 カドックは不機嫌そうに相槌を打つと、ベッドに寝転がった。両手首についた輪っかが鈍く光る。

 

「ボタンを押せば瞬時に床に貼り付けられる。なんともまあ、めんどくさい仕様だ」

 

 苦言を言いながら、輪っかを撫でた。

 その間もマスターは机の上で日記をつけていた。あの日から2日。数少ない職員は皆クールダウンに入っている。それはダ・ヴィンチやホームズ、マシュも例外ではなく、今頃自室でぐっすりと眠っていることだろう。

 カドックは完全にマスターの監視下に置かれた。食事や睡眠、トイレも許可を得なければできないという状態だ。

 

「まるで奴隷にでもなった気分だよ」

 

「人権があるだけマシだよ」

 

「冷たいな。アナスタシアといい勝負だ」

 

 ぼんやりと主人を観察しながら、彼はベッドから立ち上がった。

 

「そういえばそれ、何を書いているんだ? 僕にも見せてくれよ」

 

 結構気になっていた。

 ふたりがこの部屋に入ってから、かれこれ二時間ほど経つのだが、その間ずっと何かを書いていたのだ。シャー芯を三本消費したのを彼は数えていた。まるで狂ったように殴り書く様を見て、興味が湧いたのだ。

 彼は彼女の隣に立ち、『ナニカ』を覗き込もうとした。

 

 その時。

 

 グルンッ! と天地をなんの前触れもなしにひっくり返されたような、強大な力を手首に受け、カドックは床に縫い付けられた。

 

「ッ! ゥグッ……!」

 

 これは骨にヒビが入った。

 カドックはじわりと広がる鈍痛に顔をしかめながらそう思った。

 いったいいつの間にボタンを押したのだ。リモコンが彼女の手から少し離れているのを確認してから動いたというのに、どうやって。

 どれだけ力をいれても手は上がらず、目玉だけを動かして彼女を見上げるだけで精一杯だった。

 

 ……なんて#####な顔なんだ。

 

 この時初めて彼は彼女の表情を読み取ることができた。

 こんなの、クリプターの誰にもできない顔だ。彼自身はもちろん、ヴォータイムにすらできないと断言できた。

 なんとなくだが、彼女がここまで生きてこられた理由の欠片を掴んだ気がした。

 

「手荒い真似はしたくなかったんだけど、これだけは誰にも見られたくないの。ごめんね?」

 

 ノートを閉じると、彼女の滑らかで、すべすべな指がカドックの手首を優しく撫でた。

 なんて美しい指なのだ。ロシアにずっといたカドックの指はひび割れが酷いだが、マスターのはまるで対照的だった。はるかに短い間の滞在だったのはわかるが、それにしても傷つかなさすぎるのである。

 

「謝るの、なら、もっと優しく、してほしいもんだ……」

 

 マスターは解除ボタンを押すと、カドックはふらりと立ち上がった。

 そしてベッドに座るように促され、おとなしく従う。

 

「僕は君の部屋が嫌いだよ」

 

 突然そんなことを言い出す。

 

「どうして?」

 

「僕はね、人がもどしたのを見たり、匂ったりしたら連鎖的にもどしてしまいそうになるんだ」

 

 皮肉だ。

 くんくんと鼻をひくつかせ、男なのに弱くて悪いな、カドックは誠意の全く感じられない謝罪をする。

 マスターはイスを回転させ、カドックと正面に向き直る。すると嫌な顔で上半身を逸らす。

 

「ほら匂う」

 

 リモコンをかざすと、はいはいと気だるそうに頷く。

 

「君はこの状況を全く理解していない。僕の力ではこの拘束を外すことはできないけど、それ以外ならだいたいのことはできる」

 

 そう言うや否や、ググッ、と身体を寄せくる。

 何かされるのか? と身構えるが、数秒待っても何も起こらず、恐る恐る目を開く。

 

「これで僕は自由だ」

 

 彼の手には先ほどまでマスターが持っていたはずのリモコンが握られている。

 咄嗟に取り返そうと掴みかかったが。

 

「よっと」

 

 簡単に腕を掴まれ、逆にベッドに押し倒されてしまった。抜け出そうと足掻いてもビクともしない。馬乗りにされて、両腕を彼の膝に踏まれ、ほどよく成長した胸がカドックの股間の前で自己を主張する。

 彼の隈のひどい眼がマスターを見下ろす。

 頭を横に向けるが、両手で頭を掴まれ、正面を向かされる。

 

「こんな狭い部屋に男と女のふたりきり。ましてや敵だ。僕が君を犯したり殺したりする可能性は十分ある。ただの善意から僕をここに置いたのか?」

 

 何も答えない。

 代わりに彼女は抵抗することを止めた。

 ただ時間だけが二人の間を生意気に通り過ぎる。その時間も、虚数空間での時間だ。実数空間では一瞬か、それとも数年の時間が孕んでいる。

 カドックはつまらなさそうにため息を吐いてから、両手を彼女の首にそえた。

 

「10秒もあれば僕は君を絞殺することができる。怖くないのか? 命乞いをしたらどうだ?」

 

 彼なりの精一杯の脅しに、彼女は一言。

 

「……私はあなたを信じているから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーなんともまあ、お花畑な頭だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出たよそれ。馬鹿みたいに信じる信じるってほざく主人公きどりの人間がさぁ!」

 

 腹が立った。

 カッとなった。

 眼が吊り上がった。

 頭に血が上った。

 腹わたが煮えくり返った。

 虫唾が走る。

 

 彼なら出来損ないのデミ・サーヴァントなんか使い捨てにして、より強いサーヴァントを率いて、彼女よりもっと効率よく、そして早く人理焼却を解決することができた!!

 仲間とか、友情とか、そんなものに執着しているからいつまでたっても弱いのだ。愚かにも今でもデミ・サーヴァントに助けられて生きているのだ。

 いいだろう、君が信じると言うのなら、それを裏切ってやる!!!

 

 指を彼女のか細い首に食い込ませる。

 手抜きは無しだ。本気で。殺す気で力を入れる。

 

「どうだ? 苦しいだろう? 君が助けを呼ばなければ誰もこない。君は死に、僕たちクリプターの目標は達成される。ここで死ね。僕の……僕たちのために死ね」

 

 ギリ、ギリギリ、とさらに食い込ませる。爪が肌に食い込み、血が流れる。

 

「……コヒュッ! ッッ!! カふッ、カヒュ……」

 

 抵抗は一切なかった。背中を膝で蹴られなかったし、膝から逃れようと腕を動かす気配もなかった。

 #######な顔をしようと知るか。そんなもの、知ったことか。

 アナスタシアをあの異聞帯の頂点に立たせるという夢を『殺した』のは目下で無様に泡を吹き、今にも白目をむいて死にそうな、コイツなのだ。

 

「………………ゥ」

 

 もう死ぬまであと二秒もないだろう。

 カドックはずいぶん呆気ないものだと、可愛らしい顔が、醜悪にぐちゃぐちゃになったのを見下ろして思う。

 馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。自分の身すら満足に守れない人間が世界を二度も救う? そんなもの、ご都合主義の創作物にすぎない。

 そして、最後に死に顔でも拝んでやるか、と『浅はかな考え』を抱いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は#笑#で##。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーッッ!!」

 

 虚数空間だけでなく、実数空間も『死んだ』。そうカドックは錯覚してしまった。肺から都合よく酸素を盗まれ、水中にいるわけでもないのに溺れてしまった。一瞬だけ呼吸が『殺され』、リモコンのボタンを押されたわけでもないのに、床に転がり落ちてしまった。

 何だったのだ、今のは。

 すぐに呼吸は『生き返り』、カドックは何事もなかったかのように立ち上がる。

 チャームの亜種か何かか? いや、そんなことはコイツにはできないし、そもそもそれにかかる彼ではない。

 

「オ゛ッッ!! ガハ、ゥ、ォッッ! ゴホッ! 」

 

 彼女は男の前で喉に込み上げてきた胃液をベッドの上に撒き散らした。色は透明だ。晩飯を食べてきたと言っていたくせに、それは嘘だったのか。

 酸味の効いた匂いが狭い部屋に充満する。

 眼はハイライトを失い、虚ろな表情で彼を見つめた。

 

「なんなんだよ……お前は……」

 

 とにかく離れたかった。

 部屋の隅に素早く移動し、サーヴァントのように霊体化でもして消えてしまいたかった。もういっそ幽霊にでもなっていいから壁をすり抜けたかった。

 そんな恐怖に凍りついた彼に。

 

「########」

 

 と、汚い顔のくせに、とびきりの笑顔で言ったのだった。

 

 ◆

 

「う〜ん、おはようマシュマシュ〜!」

 

「はい! おはようございます先輩!」

 

 シャドウ・ボーダー内の時間では朝を迎えた。

 マスターはマシュに遭遇するや否や、サーヴァント顔負けのスピードで背後に回ると、胸を揉みしだく。

 

「ひゃっ! も、もう! やめてくださいよ」

 

「大丈夫だ、問題ない。これでマシュ成分はMAXになったから生きていけるよ」

 

 昨日の疲労が嘘のようだ。

 元気なマスターは、そのまま朝食をマシュと一緒に食べると、そのままオペレーションルームへと向かった。

 

「そういえば先輩」

 

「ん?」

 

「マフラー、しているのですね。寒いのですか?」

 

 マシュに指摘され、「ああ、これね」とマスターは下がってきたマフラーをあげ直した。

 

「そうだねー、ロシアは寒かったからねー。ロシアはおそロシア〜。なーんちゃって」

 

 全く理由になっていなかった。ロシアの寒さが抜けない、というのならばなぜマフラーだけしかしていないのか。それ以外は別段普通の服装だというのに。

 しけた冗談のせいで微妙な沈黙が流れてしまう。

 突っ込むタイミングは今かと口を開いたマシュだったが、それは偶然すれ違ったダ・ヴィンチに阻害されてしまった。

 

「おはようダ・ヴィンチちゃん」

 

「うん。おはよう。晩はよく眠れたかな? 彼と同室なのはいささかストレスが溜まるだろう。本当に大丈夫かい?」

 

「大丈夫だよ。あまりおしゃべりしないから私にとっても楽かな」

 

「それならいいんだけどね〜」

 

 そしてダ・ヴィンチは向こうへ行こうとーー。

 

「あ、そうそう。リモコンのことなんだけど、もし何かあったらすぐに私に言うんだよ? あれが壊れたりとかしたら何されるかわからないからね」

 

「そうだね、怖いね。でも私は『大丈夫』だよ」

 

「ん。なら良し」

 

 今度こそダ・ヴィンチは去っていった。

 1日の休みを経て、今日からまた忙しい日々が始まる。シャドウ・ボーダーが受信した信号。完全に消去されたかと考えていたところに現れた思わぬ生存者。しばらくはその彼らとの合流を最優先として進むのだろう。

 ふと、マシュの手をマスターが握る。

 やや恥ずかしそうにえへへ、とはにかむのがなんとも可愛らしい。マシュも笑顔で返すと、手を握り返したのだった。

 

 ◆

 

「どうして君が世界を救えたのか、ほんの少しだけどわかったような気がするよ」

 

 部屋を漁っていたら思わぬ収穫だ。机の隠し引き出しからなんとあのノートが出てきた。

 ひと通り目を通してサッと元に戻す。

 昨晩の『信じている』とは『そういうこと』ではなかったのか。つまり彼は彼女の掌で踊らされていたことになる。

 敵ながらあっぱれとはこの場合は言うのだろうか。

 人間でないものと戦うためには、己の人間性を捧げなければならない、か。

 なるほど、面白い。

 人類の救世主となるか、それとも人類悪よりもタチの悪いただの破壊者となるのか。彼にはもう、ことの行く末を彼岸より見届けることしかできない。

 

 元々入っていた、修復不能なほど壊されたリモコンと一緒に、カドックは隠し引き出しを静かに閉じた。

 




また、お願いしていいかな?
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