盾の少女の手記   作:mn_ver2

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槍檻のゆりかご 後編

 怒りはなかった。

 ただなぜ、という疑問があった。

 エレシュキガルは深淵の海に沈んでいった。ガルラ霊はその後をついて行った。

 ここには、凍ったマスターの魂と、海に浮くマスターの身体のみが存在していた。

 誰もいない場所で、ひとりっきり。ずっと自分の身体を遠くに眺めていた。

 情けなかった。次第にそんな感情が大きくなり、凍った魂がさらに凍り、槍檻をも凍らせる。

 どこでなにを間違ったのだろう。思い返してみるも、間違えていたと確信する地点はなかった…………いや、あった。

 そうだ、エレシュキガルから逃げたことだ。

 だからこうなった。だからこの槍檻の中に閉じ込められたのだ。

 もしあの時、アルテラの指示を無視してでもエレシュキガルとの対話に臨めばどうなっていただろう。たとえ攻撃されようと、アルテラがいたからまだ抵抗はできたはずだ。そしてきっと、こんな結末は迎えなかった。

 あああああ自分が悪い。悪い。かつての仲間と真摯に向き合おうとしなかった自分が悪い。

 自責の念に駆られ、身体から目を逸らす。

 そもそも魂だけのくせに、目が見えるだなんてなんという生殺しだ。

 とうにアルテラは、マスター不在による魔力不足によって座に強制送還されているはずだ。だから誰も迎えに来ない。終わりだ。

 今ごろカルデアでは熱にうなされているサーヴァントたちで阿鼻叫喚となっているはずだ。

 全て悪い。何もかも、全て、マスターが、悪い。

 

 誰もいない。風も、音もない。

 ただ虚しくて、ただ寂しくて。

 

 ……ごめんなさい。

 

 と言うための口も無く、『沈黙』とともに氷漬けにされて。

 無限の時間を、身体が今この瞬間消えて無くなるかもしれないという恐怖と戦い続ける。

 

 ごめんなさい、アルテラ。

 ごめんなさい、エレシュキガル。

 ごめんなさい、みんな。

 全て私が、悪かったの。

 

 ◆

 

 ……二度と這い上がれないほど深い深いまどろみの中、かすかに音が聞こえた。

 どうやら意識が無に至っていたらしい。眠るでもなく気絶するでもなく、なんとも曖昧な状態から目覚める。

 槍檻がガサガサと揺れている。

 ゆっくりと視界を槍檻の外に向けると、真冬に似合わぬ露出っぷりのアルテラが顔をぐいぐいと近づけていた。

 

「この霊基は人間か……? いや……違う……? いや、人間か」

 

「あそこにマスターの身体が浮いています! このレオニダス、いざ行かんッ! とうッ!!」

 

 何のためらいもなくレオニダスはバシャバシャと泳いでいく。そして数分足らずで海から上がり、マスターが息をしていないことに気づくやいなや、すぐさま心肺蘇生を始めた。

 

「アルテラ殿! マスターが息をしていません!!」

 

「うむ。それは当然のことだ。とりあえずその身体をこちらに持ってきてくれ」

 

「ですが」

 

「いいからいいから」

 

 いまいち腑に落ちないながらも、レオニダスはマスターの身体を肩に担いで猛ダッシュでアルテラの下にまで運びその横に優しく置いた。

 アルテラの血色のいい手がマスターの唇に触れる。そして喉、胸へとだんだん下に下ろしていき、「やはりな」と呟いた。

 

「今のマスターは身体と魂を分離された状態にある。これがたぶん、その魂なのだろう」

 

 マスターの魂が囚われた槍檻をカラフル剣でバッサリ破壊すると、中の凍った魂を手につかんだ。そしてそれを胸に当て、ぎゅううう、と温める。それだけではまだ足りず、ツェルコのもふもふの毛皮に突っ込み、ようやく溶かしきった。

 燃えるような赤い炎。しかし色はとても淡く、力無さそうに見える。

 

「聞こえているだろうマスター。そして疑問に思っているはずだ。どうして私がここにいるのかと。その答えは簡単。カルデアから聖杯を持ってきて、その力でここまでやって来た」

 

 ようはゴリ押しですな、と後ろでレオニダスが笑う。

 

「残りの門を全て聖杯の力でゴリ押……クリアし、プレゼントを押しつけ……丁寧に渡してきた。さすがに宝石の亡者には対応が困ったが」

 

 アルテラが空となった袋をツェルコのもふもふに詰め込み、収納する。

 

「宝石の亡者から聞いた。どうもエレシュキガルはそこの海に沈んでいっているのだな?」

 

 魂は口を持たず、ただゆらゆらと揺れるのみ。

「む。そうだったな。悪かった」と謝罪を口にすると、ぎゅうう! と抱きしめた。

 

「寒かったろう? 少しの間だが、私が温めてやろう。サンタ・サービスだよ」

 

「アルテラ殿ー! マスターの持っていた冥界の砂が海に溶けたおかげで潜れるようになっています! 行きましょう! 今! さあ!」

 

 レオニダスがアルテラを催促する。

 あのハイテンションぶりは、いったい何を燃料に維持しているのか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、レオニダスが潜っていった後ろをついていった。

 

 ◆

 

「来たわね。あなたたち……って、何してるのかしら⁉︎」

 

 暗い深淵の海。その底に沈んでいくエレシュキガルをアルテラとレオニダスが追う。

 エレシュキガルが、半分腐りかけた顔を怒りに歪める。

 アルテラはその怒りが理解できず、ただエレシュキガルを追いかける。

 

「何とは、何だ?」

 

「魂だけを連れてくるなんて自殺にもほどがあるわ!! 肉体の無い状態でこの海に沈めばすぐに虚無に還ってしまう!」

 

 興奮するエレシュキガルに対し、アルテラはツェルコのもふもふから聖杯を取り出し、だからどうしたという顔で掲げる。

 

「聖杯があるからな。そのおかげだろう」

 

「……あなたは何もわかっていません。冥界のルールは絶対。聖杯だろうがなんだろうが、何も意味はありません。本当は何をしたのですか? 海に触れた時点で崩壊が始まっているはずなのに」

 

 エレシュキガルはマスターの魂の様子を確認する。

 その輝きはとても弱々しいものの、崩壊の兆しはほぼ皆無。冥界のルールから逃れたイレギュラーか。もしそうならばそれはエレシュキガルがいる限り、同じようなイレギュラーが再び現れるかもしれない。そう思ったエレシュキガルは、槍をかざし、マスターの魂を、身体へと戻してやった。

 ふわりふわりと不安定な動きで浮遊しながら、なんとか身体に接触し、中に侵入し溶け込む。

 

「これは私が招いたイレギュラーなのでしょう。ここにいる魂の、望んでいない消滅は冥界の主人として見過ごせません」

 

 病的なほど白かったマスターの肌に生気のこもった熱が蘇り、やがて激しく咳き込んで完全復活を果たした。

 その間にもエレシュキガルの消滅は進み、左の脇腹が腐り果て、ボロボロと崩れる。

 エ#シュ#ガルの認識が次第に曖昧になっていく。

 

「ごほ……こ」

 

 マスターが身体を動かす。だが、その動きはとても弱く、まともに再起動できていないのがわかる。

 レオニダスがマスターを抱えると、エ#シュ#ガルへと急接近した。

 

「……帰りなさい」

 

 鈴に呼ばれ、腐敗した巨大な黒竜が現れる。大きく首を仰け反らせると、青い炎のブレスを放つ。

 

「私の専門は暴動鎮圧。この程度の障害、軽く退けてみせましょう! ォォォォオオオオオオオ!!!!」

 

 空間感覚の無い中、レオニダスは盾の陰にマスターを押し込み、強引に歩を進めた。押し負けんと吠え、竜の下にたどり着くと、尻尾のなぎ払いを避け、喉に一貫、槍で貫いた。

 

「さあマスター! どうぞ行ってください! あの分からず屋のダメダメ女神に一発入れるのです!!」

 

「う、ん……ありがと、う」

 

 盾の陰から身体を出し、拙い動きで歩き始める。

 後ろからアルテラが聖杯の力を借りてマスターの魂と身体の融合を補助し、一歩歩くごとに、意識が鮮明になっていく。

 

『なぜ存在できている……いやそんなことはどうでもいい。エ#シュ#ガル、あの女を殺すのだ』

 

 声がエ#シュ#ガルの持つ槍から響き、彼女の身体がビクンと震える。そして槍をマスターに向けて構える。

 今度は逃げない。槍檻に閉じ込められていた間、逃げた自分をずっと責めていた。だから、今度こそは、絶対。

 エ#シュ#ガルは動かない。しかし、腐敗は残酷に進み、首の部分が崩れ落ちる。今の彼女は首の皮で繋がっている状態だ。

 同時に認識もさらに曖昧に、薄れていく……。

 エ#シュ#ガル……エ####ガル……エ######……#######。

 

 ……そもそもなんのためにここまで来たのだろう?

 

『完全消滅までもう少しだ。ハハ、記憶枝を消してしまえばこんなものだ。脆い。あまりに脆い。こいつが消えればこの冥界は私のものになる。どこまでも冷たく、冷酷な冥界へと生まれ変わらせる。そしてそこで、私は私の威光を知らしめるのだ!』

 

 声が笑う。

 #######はまだ動かない。目的を忘れそうになりながらも、マスターは#######についにたどり着いた。

 

「こ、来ないで」

 

「いやだ」

 

「私なんて忘れてしまいなさいよ」

 

「いやだ」

 

「私はあなたのことを忘れているのよ?」

 

「いやだ。絶対にいやだ。一緒に戦った仲間を忘れてしまうなんて、いやだ」

 

 まるで駄々をこねる子供だ。だが実際、そうでもしないと、#######が完全に記憶から消えてしまいそうだった。だから、絶対に譲ることはできない。拒絶の言葉を続け、#######がマスターの記憶から完全に消去されるのに抗う。

 怯える#######の腕を掴む。その瞬間、腐敗がマスターの手に伸び、紫色に変色し、何とも言い難い、『生』を犯されているような感覚に歯を食いしばる。

 

「放しなさい」

 

 口では拒絶しても、#######はマスターの手を払わない。

 冷酷に振る舞おうとしても、恐ろしいほど力強く握られた腕がとても温かく感じた。

 

「#######!」

 

「放しなさい!」

 

 いや違う。ダメだと大声で叫ぶことで誤魔化し、己を律する。もう自身は消えゆく者。余計な感情は要らず、逆にそれをもたらすマスターは不快でしかないのだ。そうであるはずだ。

 槍を振り下ろし、マスターの腕に叩き付ける。所詮は人間。いとも簡単に腕は折れ、手が放れ……。

 

「どうして放さないのよ!!」

 

 ず、寧ろ掴む力が強くなる。それと同時に温かさも増す。

 

「エ######!!」

 

 マスターが失われかけている名を叫んでいる。

 しかしエ######は「うるさいうるさいうるさい!!!」と何度も何度も叩く。

 その度に肉が痛めつけられる音が鈍く深淵の底に響く。アルテラとレオニダスは黙って二人を見守っている。いつの間か黄金の羊もその傍らに浮いている。

 マスターの腕はボロボロだ。おかしな方向に腕が曲がっている。だがそれでもエ######から放さなかった。

 

「どうして! 放さない、のよ! あなた、狂ってるんじゃ、ないの!?」

 

 叩く。叩く。

 半狂乱になりながら、エ######はマスターをこれでもかと攻撃し続けた。

 消そうと思えば瞬きの間にできる。心臓に刺そうと思えば刹那の世界でできる。

 でもしなかった。そうしなかった。槍から聞こえる『殺せ』と急かす声が邪魔で、脳が剥き出しの頭を抱え、苦しみに悶える。

 一刻も早くこの苦しみから解放されたかった。

 

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ……そしてまた、この娘を傷つけるのか。『自分のため』に。

 

「ーーエレシュキガル!!!」

 

「----ぁ」

 

 次こそ必ず貫いてみせる、と刃の部分で腕を切り落とそうと振り上げた隙を突き、マスターがエレシュキガルを抱き寄せた。激しい叩き付けによって極限まで痛めつけられた腕は、とうとう限界を迎え、だらんと力なく垂れる。エレシュキガルから伝わった腐敗により、どろどろに肉が爛れている。

 

「どうして……そこまでして私を……」

 

『それ以上聞くな、エレシュキガル!』

 

 槍の声はエレシュキガルに届かず。

 槍はエレシュキガルの手から放れ、底へと落ちていく。エレシュキガルに抱き着いたことにより、マスターの全身がすさまじいスピードで腐敗を始める。離れようとマスターの胸を突き飛ばそうとしても、なぜか力が入らなかった。

 マスターの身体は冥界全てを包み込むほどの温かさだった。じんわりと滲むように、胸を中心として広がり、エレシュキガルの全身に伝わっていき、どこか居心地がいいと感じてしまっていた。

 エレシュキガルは「……ほぅ」と安堵の息をついた。

 

「……ほら、あなたはひとりじゃない」

 

 マスターがエレシュキガルにに微笑みかける。

 どうしてあんな酷いことをしてしまったのだろうと、目に熱い何かを感じながら思った。ガルラ霊ーーネルガルーーに催促されたからだとはいえ、生きながらにしてこの娘の身体から魂を抜き取ってしまった。

 それほど傷つけたのに、来た。

 あんなに腕を叩いたのに、放さなかった。

 これほど自分のために動いてくれるただの人間に対し、神とかそういうものの以前に、許されざる行為をしてしまった。その罪は、以前の自分が犯したらしい罪より遥かに重いと断言できた。

 

「……あなたを『頼り』にしている人が、ここにいるじゃない」

 

 その言葉はとても単純で、簡単で。だからこそうれしかった。ただただうれしかった。

 これほど素晴らしい人が、以前の自分と共にいたという事実が、なによりもうれしかった。

 

「ぁ、ぁぁ……ぁぁあああーー……!!」

 

 こんなの、泣いてしまう。

 エレシュキガルは数千年ぶりに泣いた。

 今まで解放されることのなかった涙が、一気に溢れた。申し訳なさと後悔でいっぱいになり、今なお腐りゆきながらも抱きしめるマスターに、エレシュキガルは不甲斐なく泣きついた。

 その隙に黄金の羊が割り込み、エレシュキガルに失われた記憶を再付与する。

 

「失われた記憶、お届に参りました。手数料ゼロに輸送料ゼロ。これぞ安心パック。お代はその感動の再会に代えさせてもらいます。……はい、OKです。ご利用ありがとうございましたーー」

 

 キィン! と明るい音。

 陰に太陽の光がさすが如く、エレシュキガルの腐敗が晴れ、同時にマスターの腐敗も失せた。

 底から槍が浮上する。

 ネルガルの悪意の宿った槍。それがエレシュキガルの再起を果たそうとする一番の要因となったマスターを狙う。

 

「させないのだわ!」

 

 マスターを退け、槍を掴む。瞬間、ボウッ! と槍に深淵全てを照らすほどの炎が燃え、槍に宿っていた闇……ネルガルの悪意が引き剥がされた。

 深淵が太陽のような光に照らされる。元のガルラ霊となったネルガルは、その眩しさに目元を隠しながら憎悪をぶちまける。

 

「お、の、れ……カルデアのマスター!! あともう少しだったというのにいぃぃぃ!!!」

 

 みるみるうちに巨大化し、異形の幽霊へと変貌する。ネルガルが襲いかかってくる。しかし、エレシュキガルはそれを槍でたやすく弾いてみせる。

 まだ完全に復帰しきれていないマスター。エレシュキガルが記憶を取り戻して安堵したのか、一気に力が抜けてその場に倒れそうになった。

 

「おっとっと」

 

 それをエレシュキガルが優しく受け止める。

 

「……ありがとう」

 

「気にすることはないわ。私は元に戻ったのだわ! 全てマスターのおかげよ。ありがとう」

 

 くるくると燃える槍を振り回す。

 それだけで、冥界の魂たちが、自分を安らかになるようにといつも願ってくれていた主人の帰還に震え、歓喜に震える。

 エレシュキガルの腕に抱かれ、マスターはその凛々しい姿を呆然と見上げていた。

 側にいるだけで、十分だった。マスターが感じたのは、安心だ。エレシュキガルならば大丈夫というものだ。

 

「この輝きは太陽の灼熱なり!」

 

 深淵の海に集った魂たちが、赤く燃え上がる。その光は底をも明るく照らしてみせた。

 それらはエレシュキガルへと収縮し、より一層の輝きを放つ。

 

「マスター……あなたに敬意を表してこう名付けましょう! 冥界の陽、荒野を暖める平和の証! 発熱神殿、ギガル・メスラムタエアと!」

 

 ◆

 

 ネルガルの悪意は討たれた。

 エレシュキガルにマスター。アルテラとレオニダス。それに聖杯の補助もあり、為すすべもなくネルガルは消滅した。

 足りない魔力は聖杯から抽出することで、いつもより比較的負担の少ない戦いができた。

 

「居場所が欲しいだけのあなたに冥界は渡せません。冥界とは死者の魂たちが安らかに存在していられる場所。ここはそうあるべきなのです」

 

 ネルガルの消えた跡は何も残らず、エレシュキガルは語る。

 

「これで一件落着。ハッピーエンドじゃな。ほっほっほ」

 

 いつの間にかヒゲを蓄えたアルテラがサンタらしく笑う。

 ついに魔力を使い切った聖杯が灰となり、散ってゆく。最後の魔力の欠片でボロボロのマスターの腕を治す。

 海から上がったマスターたちは、改めて久々の再会に花を咲かせる。

 しかしエレシュキガルはマスターと目を合わそうとしない。伏せ目っぽく俯き、さきほどの威厳はなんとやら。ビクビクとマスターの言葉を待っていた。

 

「エレシュキガル」

 

「え、ええ……」

 

「……久しぶりだね」

 

「そうね……久しぶり……って! 私のことを怒らないの?」

 

 エレシュキガルが突っ込む。

 だがマスターは、なんだそんなことかと言った。

 

「あれはエレシュキガルの意思じゃなかった。そうでしょう? それに私が死んだわけじゃない。ならオールオッケー。問題なし」

 

「いや、その程度で終わっていいわけがーー……!!」

 

「失礼ながらおふたり方。残り時間が限られています。エレシュキガルは2016年の12月に。カルデアはその一年後の12月に。ちなみにあと15分。時間を超えてしまうと色々ヤバいことになるのでどうかそれを頭に」

 

 エレシュキガルとマスターの間に割って入ってきた黄金の羊が淡々と告げた。

 

「あと少しなのだわ! というかあなたドゥムジじゃない⁉︎」

 

 エレシュキガルは身構えるも、ドゥムジはいやいやと敵対意思がないことを伝える。

 冥界には昼も夜もない。永遠に広がる暗闇。静寂。どれをとっても負のイメージしか思い浮かばないが、この冥界には確かな暖かさがある。

 それはエレシュキガルだ。彼女こそ冥界の主にして核。

 いつもなら空など見えるはずがないのに、今日だけは地上を透き通して夜空を眺めているように、空は美しかった。

 

「ほっほっほ。これはサンタのアフターサービスじゃよ?」

 

 アルテラがここぞとサンタ力を存分に発揮する。

 最後の最後で、とても美味しいところをものにしてみせた。

 

「あなたと私の縁はこれで完全に結ばれたね。……ってことはカルデアに召喚できる」

 

「一年のズレがあるから、少し待たせてしまうけれどね」

 

「そんなの知らない呼ぶったら呼ぶ」

 

「強引なのだわ⁉︎」

 

 エレシュキガルが今日一番のツッコミを入れる。そして、一緒に笑う。

 

「……私を助けにきてくれて、ありがとう」

 

 もじもじと顔を赤らめながらエレシュキガルは言う。

 そんな彼女を見て、マスターはぷっ、と吹き出した。

 

「ちょっ! ここは真面目シーンでしょうに⁉︎」

 

「あはははは!! いやぁごめん。うん、そんな真面目シーンは要らない! その言葉だけで十分だよ」

 

 マスターがエレシュキガルに微笑みかける。

 

「さあマスター! そろそろ時間です! ドゥムジさん曰く、遅れてしまうと時間経過が狂って大人になっていたり子供になっていたりしてしまうらしいですよ!」

 

 存在の薄れていたレオニダスが声を張り上げ、マスターを呼んでいる。

 

「よし子供に戻ろう」

 

「それはダメなのだわ⁉︎」

 

 エレシュキガルがいやいやと駄々をこねて残ろうとするマスターを半ば強引に引きずり、なんとかレオニダスに返却した。

 彼に担がれ、ついに観念したか、だらりと力を抜く。

 

「さよならの時間だ。また会おう、冥界の主よ」

 

「ええ。あなたも」

 

 瞬時に再起動したマスターはレオニダスから逃れようと抵抗したが、やはり彼からは逃れられず、ようやく観念した。

 

「エレシュキガルと一年待ちたいんだけど、本っ当に不本意ながら……うん、帰るよ」

 

 残念そう……いや絶望している表情だ。エレシュキガルは苦笑いを浮かべる。すると、マスターはハッ、と何かを思い出したらしく、エレシュキガルに手を伸ばし、小指を出す。

 エレシュキガルにはその意図がわからなかったが、「ん」とマスターに顎で指図されて、仕方なく同じように小指を差し出す。差し出された小指を、マスターの小指で交差させる。

 

「また絶対に会おうね。ーー指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます指きった!」

 

「え、えええ⁉︎」

 

「約束だからね!」

 

「そんな恐ろしい約束知らないのだわ⁉︎」

 

 けらけらとマスターは笑う。

 ツェルコが浮き、マスターの姿がものすごい速さで遠ざかっていく。

 完全に彼女たちの姿が見えなくなるまで、エレシュキガルは手を振り続けた。

 ……最後の最後で、ある言葉が聞こえたような気がして。

 

「ーーメリークリスマス!!!」

 

 地上まで届きそうな大きな声で言葉を返した。

 エレシュキガルは、自分の胸がぽかぽかと暖かいことに気づいた。この気持ちをどう表現すればいいかわからなかった彼女は、再び大きな声で感謝を口にした。

 

 ◆

 

「さて、何しましょうか。また花を咲かせるために頑張ろうかしら」

 

 マスターたちを見送ったエレシュキガルはふぅ、と息をついた。

 前回試した結果、ダメだった。でもだからといって諦めるのはよくない。こんな荒野の大地だからってやる前から諦めるのはよくない。

 あわよくば、マーリンが咲かせた花のように、冥界全体に広がるといいな。

 

「思い上がってはダメよ、私。そう、まずは一輪咲かせるのだわ」

 

 広がっていく想像がどうせエレシュキガルを裏切ることはいつものことだ。だから少しずつ、まずは一輪。二輪と増やしていけばいいのだ。

 トコトコと冥界の闇にエレシュキガルは消えてゆく。

 

 ーー花なんてもうすでに一輪、ずっと、ずっと咲き続けているというのに。




『この程度』、二週間に比べればなんてことはない。
ハッピーエンドの裏には色々なものが蠢いていましたね^_^


というわけで次回は要望通りメルトリリスで。
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