今回のマスターは、心身ともに正常であるものとします。獣性には一切犯されておりません。
カルデアは色鮮やかに彩られ、時の流れを感じられる。通路から通路にわたって門松やら餅やら、なぜかクリスマスのツリーまでもが飾られている。なんでも、片付けるのがかったるいのだとか。
レフに爆破され、甚大な被害を受けたオペレーションルームもすっかり元通り。亡くなったスタッフたちの命は帰ってこないが、その無念はちゃんと晴らしてみせた。
マスターはマシュと手をつなぎ、賑やかな雰囲気を楽しんでいる。彼女の手はふにふにで温かく、この手がいつも盾を持っていたというのが信じられないほどだ。
少し強く握ってみれば、マシュは顔をこちらに向け、くすりと笑って、ちゃんと握り返してくれる。そんな、なんの意味もないやり取りが楽しくて、嬉しくて、つい何度も握ってしまう。
「い~~や~~だぁ~~!! 私はこたつにもぐって! ミカンをほおばって! グダグダしたいの!! ニートの特権を奪うなーー!」
「そんなこと言わないで今日くらい部屋から出たらどうだ! 大晦日くらい皆と過ごせ!」
刑部姫がエミヤに引きずられながら叫んでいる。ドアの端に両手でしがみつき、なんとか耐えている。エミヤは彼女の腰を両腕で掴み、ぐぬぬと引っ張る。
なんとも小さな争いか。そんなふたりのレベルの低い喧嘩から、ゲーム機のコントローラーを手にインフェルノが、アサシンに霊基チェンジしたかと疑ってしまうほどの気配遮断でするりとドアの隙間から出て行った。
「あ、逃げるなーー!!」
「どこを見ている!」
なんとなく彼女の部屋を覗いてみると、FPSの真っ最中で、ちょうど敵にやられた瞬間だった。インフェルノはこれをプレイしていたのか。
「先輩っ」
「ん?」
マシュがマスターを呼ぶ。
にへらと笑う彼女が可愛らしい。そして愛おしい。「なんでもないですよっ」とおどけてみせたマシュに、マスターは容赦なく全力でマシュマシュにしてやつた。
向かうは食堂。
今夜はエミヤ氏だけでなく、(自称)料理できるんですサーヴァントが何人も参加してくれているおかげで、大晦日の晩御飯はさぞ盛り上がることになるだろう。
クリスマスが終わり、査察を挟んでたった数日でこれだ。カルデアはとてつもなく大忙しだったが、それ以上にとても楽しかった。
「……あ」
マスターの視界の端に、ことこういうものには興味のかけらもなさそうなふたりが映った。向こうはこちらに気がつくと、そそくさと曲がり角の向こうに消えようとする。
「……マシュ」
「もちろんです先輩」
マスターとマシュは小走りにふたりの後を追う。曲がり角を曲がると、そのすぐ脇でエミヤアサシンとエドモンが壁にもたれかかっていた。
ふたりはマスターと目が合うと、何も言わずに見て見ぬ振りをした。そしてムスッとマスターは手を掲げた。
「令呪を以て命ずる。イリヤとクロ、あとナイチンゲールもーー……」
「……それは強引すぎないか?」
エミヤアサシンがぼそりと呟く。
使用を中断したマスターは、彼の目の前まで迫ると、ぽんぽんと胸を叩いた。
「ゴー、食堂。ウィズアス」
「わざわざ英語で言う理由がわからない」
変にハイテンションなマスターから逃れようとするが、逃すか、と彼の服を掴んだ。ついでに気配を消して退散しようとするエドモンの外套もしっかり捕まえる。
「俺たちはああいうのは好まない。だから、ほっといて、くれ!」
「ダーーメーー!」
まるでおもちゃをねだる子供だ。
必死に逃れようとするふたりを、マスターが力づくで抑える。ちゃっかり令呪を使用して筋力補強しているため、そうそう引けを劣らない。まさに我が儘な犬二匹をなだめる我が儘な飼い主といった奇妙な図の完成である。
「2017年の最後だよ? お願い、皆で過ごそう? ほら、コーヒー豆のエミヤですら参加しているんだよ?」
そんなマスターの言葉に、まさかとふたりは顔を振り向いた。
コーヒー豆のエミヤ……通称デミヤは完全なる孤独の悪性だ。本性は言わずとも皆が知っている。クッキングパパのエミヤとは正反対な彼が、そんな和気藹々とした空間にいるわけがない。そんな暗黙の了解レベルのものなのだ。
しかし期待は裏切られ、彼はオルタグループに吸収されてしまっている。そのせいでオルタグループではさらなる混沌が渦巻いている。アーサー'sに無理やり食べさせられていて、少し可哀想にすら思えてくる。
「そんな、バカな……ボクたちと彼は同志だと信じていたのに……」
エミヤアサシンが落ち込む。
しかしエドモンはどこ吹く風だ。このひねくれようは筋金入りだ。これはもう、どうしようもないのかと思われた。彼の迫力にはつい退いてしまう。だから絶対に嫌だと断られたら……残念だが、諦めるしかない。
「私は皆に参加してほしかったんだけど……」
俯く。エドモンの袖から手を放し、難なく彼はマスターから離れる。
黒い雷のようなものがバチバチと爆ぜ、怒っているのかとさらに委縮してしまう。
エドモンが無言でマスターを見下ろす。そしてバサリと外套を翻すと、早歩きで遠ざかっていった。
「……行くぞ」
「……え?」
「貴様ではない。アサシン、食堂に行くぞ」
「ボクか?」
「ああ。コンチェッタなら、きっとそう言っていたからな。……勘違いするなよ我が契約者? 貴様の言うことに従うのではない。俺がそうしたいからだ。クハハハハハハ!!」
そう言い残し、エドモンは黒雷を纏いながらよくわからない移動方法で滑るように、あっという間にマスターの視界から消えてしまった。その後をエミヤアサシンが音もなくついて行く。
マスターはポカンとした顔だ。
「先輩、あれはきっと照れ隠しなのだと思いますよ」
「あれで?」
「はい」
マシュが頷く。
そんなものなのか。男の心はよくわからないものだ。そう思いながら、マスターは再びマシュと手を繋ぎ、さっさと食堂へと向かった。
◆
「お、主役が来たね。さあさ、ここに座りたまえ!」
食堂にマスターとマシュが入ってきたのを見たダ・ヴィンチはふたりを座らせ、「静粛に」と全員の注目を集めた。
ぐるりと見渡せば、錚々たるメンツだ。巡った特異点では敵だったサーヴァントも、今では味方となり、同じ杯を交わしている。たとえ文化、価値観そして時代が違えど、わかり合うことはできるのだ。その証明が、ここにある。
大晦日は大盛況だ。食事はバイキング形式。バリエーションもたくさんで、よりどりみどりだ。料理担当のスタッフやサーヴァントたちには感謝の念が絶えない。
「査察も無事に終わった。これでグランド・オーダーは完遂ということになる。皆、この二年間よく頑張ってくれた! カルデアは部分解体ということになってしまい、レイシフトはできなくなるが、現在カルデアに滞在するサーヴァントたちの在籍が特別に許可された」
全員が一斉に湧き上がる。
どうどうとダ・ヴィンチは鎮めると、「そして」と言葉を紡ぐ。
「なによりも、全てマスターのおかげだぜ? これほど異色極まりない英霊たちを纏め上げてみせた。これこそまさに偉業だろう」
「ちょっと……大袈裟だよぉ」
「何を仰せですか我がマスター様」
遜ったダ・ヴィンチの物言いがなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまう。
皆がマスターを見ている。さっきの二人も、無関心ながらも流れに乗って、マスターを見てくれている。
ダ・ヴィンチからマイクを受け取り、立つ。何を言うかなんて考えていない。言いながら、考える。それしかないとマスターは思った。
「まずは感謝を。皆、こんな未熟な私を支えてくれてありがとう。力を貸してくれてありがとう。ええっと……うん、明日からも頑張ろーー!! か、乾杯!」
オフの時はこんなにも抜けているくせに、やるときはやる。そんな理屈のよくわからないマスターながら、よくぞここまで生き抜いてきた。人類史を守り抜いてみせた。
今日は大盤振る舞いだ。酒やらワインやらも目白押し。しかしマスター含め、未成年はジュースで勘弁。
食堂にひとつしかないテレビで何を観るかという争いがアーサー's+円卓とマスター好き好きトリオとの間で勃発したり、調子に乗って酒を飲みすぎたメイヴが艶やかにマスターに迫ったりと、それはもう大はしゃぎだった。
最後は武蔵が全員分の年越し蕎麦を振る舞うという、大晦日の締めとしては最高の料理を皆で食べ、終わった後は、時計とにらめっこをしながら2017年が終わるのをガヤガヤと騒ぎ立てながら待っていた。
……とても楽しかった。
マスターは心の中で思った。辛いことがたくさんあったが、それでもここまでたどり着くことができた。それらは全てここにいる皆のおかげなのだ。ひとりでは決して叶わなかった任務。尊い犠牲を払って成し遂げた試練。
もう終わった。これからはサーヴァントたちとの何気ない日常が繰り広げられるのだろう。
この先の未来がどうなるかなんて、今を生きる者たちには何もわからない。だからこそ、しっかりと生きる。それだけで十分だ。
だが、あまりの騒ぎに新年を迎える瞬間を祝い合うことができず、来年はリベンジだね、と皆笑ったのだった。
◆
真っ暗な部屋なのに、マシュの顔がとてもはっきりとわかる。ひとり用の布団をふたりで被る。述べるのならば、窮屈なんて感想ではなくて、これだけ距離が縮められる、という感想だ。
手を伸ばし、頬をぺたぺたと触る。
「な、なんですか先輩?」
驚きながらも、やめてとは言わない。ならこれはもっとやってほしいという意味では? そう勝手に結論づけたマスターは、今度はマシュの顔を自身の胸に押しつけた。
……マシュの息遣いが、パジャマを通じて身体に感じる。互いに何も言わず、沈黙の時間がただただ通り過ぎる。
やがて耐えきれなくなったのか、先に口を出したのはマシュだった。
「あの、先輩……これは一体どういう……」
「私の心臓の鼓動、聞こえる?」
マシュが自ら動いて、耳を胸に当てる。
「えっと……はい、とてもはやいですね。緊張しているのですか?」
「それもあるんだけど、恥ずかしいもあるかな」
「じゃあどうしてこんなことするんですか?」
「ほら、深夜テンションってやつだよ」
あはは、と小さく笑って、マスターはぎゅうう、とマシュの身体を抱き締めた。人の温もりが直に伝わり、なんとも言えない、幸福な感じがマスターを支配した。マシュもまんざらでもない様子で、同じようにマスターの身体を抱き締めてくれた。それがとても嬉しかった。
「この心臓はね、いつもマシュが守ってくれたものだよ? マシュがいてくれたおかげでここまで生き抜くことができた」
「もう、大袈裟ですよ?」
「ううん、大袈裟なんかじゃないよ」
全ての始まりは、マシュが下敷きになったあの時からだ。その時からずっとそばにいてくれた。
マスターにとって、最古で、かつ最愛の人物は、他でもないマシュなのだ。
「マシュ、大好きだよ」
「……はい、私も先輩のことが……その……大大大好きです」
「おっと、言ってくれたね? これはもう相思相愛、結婚を前提にお付き合いしないといけないね?」
「ふふふ……そう、なってしまいますね」
甘くて蕩けそうな幸せ。
それでいい。これでいい。マシュと、カルデアと、皆と。これから歩んでいく未来がとても楽しみだ。
そして朝になると次はおせちを食べなくてはならない。その時に寝不足だったら笑えない。だから、おとなしく眠ることにする。
最後。マシュの額に、キスをした。その瞬間、彼女の顔は真っ赤になった。
◆
◆
薄暗い部屋。
マシュと一緒に寝た時とは異なり、真っ暗ではなかった。なぜ? と思い部屋を見渡してみると、その理由がすぐにわかった。
……ここは、シャドウ・ボーダーの中だ。
「ん? ああ。やっと目が覚めたか」
マスターの上に馬乗りしていたカドックが相変わらずの不健康そうな表情でこちらを窺う。
そして首から両手を離し、ベッドを降り、回転椅子に座った。つまらなさそうにくるくると回転し、やがてマスターと対面する状態で止まった。
「もう何回やってるんだ? 僕としては飽きないからいいけど」
いまいち状況が読み込めず、ぼんやりと彼を見つめる。
すると彼はおいおいやめてけれよと手を振った。
「君が僕に頼んだんじゃないか。今回は随分と長く意識が飛んでいたな?」
……ああ。
「こういう時ってなんて言えばいいんだ? そうだな……」
あれは夢だったのだ。
幻想。叶うはずもない夢。いつの間にか、そんな理想の世界を自身の中で想像していたのだ。とてもリアルな夢。だが偽りのもの。
そして今更になって、彼に絞められていた苦しみを身体が思い出す。
「ーーさよなら理想。おはよう、現実」
マスターはまたまた、カドックの前で、無様に吐いたのだった。
……『はっぴーえんどで終わる』なんて言ってませんよ?
▼シリアスさんは十分力を蓄えました。
シリアス(愉悦)警報発令。
次は、CCCコラボの『1周目』です。これ以上の説明は……いりませんよね?