では。
シリアスさん全解放。
ストーリーとかは色々と独自解釈を含めています。矛盾点なども探せばたくさんあるでしょうが、そこはどうか目を瞑ってほしいです。
今まではほぼ三人称の神視点で書いてましたが、今回はマスター視点に挑戦してみます。
ガウェイン、トリスタン、タマモキャット。臨時選抜メンバーと共に、私はこれまで通り、レイシフトのための準備に取り掛かった。もう何度も何度もやったことだ。頭というより、身体が動作を覚えている。
「はやくしてくださいね、センパイ。セラフィックスの危機を救えるのはあなたしかいないのですよ?」
クスクスとBBが煽る。
ダ・ヴィンチがコンソールを操作し、時間軸を指定、さらに座標を固定する。BBは、カルデアは2018年以降へのレイシフトができないと言っていた。それが一体どういう意味なのか、今の私にはそのことはどうでもよかった。ただセラフィックスの危機を救う。それだけに集中だ。
自分の頬を叩き、気合いを入れる。
……戦いだ。戦いの予感がする。
最終定義完了のアナウンスが流れ、意識が細分化され始める。向かうはマリアナ海溝の底。助けを求める未来の誰か。私の善性が刺激される。
BBの仮面のような笑顔が怪しさをぷんぷん匂わせる。私は彼女がジャックしたモニターを無言で見つめる。
「なんですかセンパイ? あ、もしかして私に一目ぼれですか? 人間にそんな感情を向けられても不快ですーー」
可愛らしく頬を膨らませてBBが怒る。流石は未来のAI。煽りから煽り、さらに人間への悪口はお手の物のようだ。
「なんで『今』の私を呼んだの? もっと未来の私のほうがあなたの力になれるんじゃないの?」
ダ・ヴィンチから大丈夫か、と声がかかる。私は何も問題ナッシングと親指も立てるハッピーセット付きで答えてみせた。マシュがダ・ヴィンチの隣でこちらに手を振っている。これこそ答えねばならぬといっぱいに手を振る。
BBはそんな私を傍観した後、カルデアのレイシフト補助定義を、侵入した回路を用いて強引にカルデアスとシバへ送り込む。ふう、わざとらしく流れてもいない汗をぬぐうと、『にっこり』と笑顔を浮かべ、最後に冷酷にマスターだけに告げた。
「その極未来が『今』ですから。ーー勝ち目のない、死ぬだけの救いのない地獄へようこそ。あなたはもう、逃げられません」
BBの紅い目がマスターを人間と見下し、見下ろす。
ああ、未来人からの遠回しな死亡宣告がなぜか心地よく感じてしまう。本当ならば恐怖に身体を強張らせるべきなのだろうが、そのような感情はあまり強く持ち合わせていなかった。
『いつも通り』だ。だから何も心配はいらない。
これまで数多の死線を避け、時には擦りながらもなんとかくぐり抜けてきたのだ。それくらいの覚悟があれば、今回だって、『いつも通り』の範疇だ。
そして私は、セラフィックスへと送られた……。
◆
まず感じたのは、圧倒的電子世界。
見るもの全てが電子世界ましましで、立っている地面すらも、よくわからない青緑色っぽい光で構成されている。
床を撫でてみると、確かな物体の質感を肌が感じる。いったいどうなっているのかなど、専門家ではない私にとってはわかるはずもない疑問だ。爪で削ってみても、何も変化はなく、爪に何かが挟まるわけでもない。本当にここは地上ではないと思い知らされる。
立ち上がり、数分間周りを見渡す。誰も人らしきものは確認できず……サーヴァントすらいない。
おかしい、と私はだらだら歩き回っていた脚を全力で運動させ、できる限り広い範囲を走り回った。確か一緒にレイシフトしてきたはずなのに、どこにもいない。走り疲れて、どデカいフィールドに、ひとり息を切らして大の字に倒れた。
「ガウェインーー! トリスターーン! タマモーー!! 誰もいないのーー!」
反応はない。
もう一度叫ぶもやはり誰も応えず、ついに私は諦めた。
誰一人として側にいないのは白状すると寂しいし、そしてなによりも、どんなことが起こるか全く予想できないセラフィックスにたった一人という状況が、どれほど危険であるかはよく理解している。
「……とにかく」
誰かに出会わないと。
じゃなければ何も始まらない。ようはイベントだ。そのためのフラグを立てるのだ。楽観的に考えればそんな感じ。相変わらず能天気で、狂った感覚だ。
よっこいしょ、とまだまだ年若いくせにくさいひとことをバネに起き上がる。
まずは何をしようかと考えて、できるだけ高い建物から周囲を広く見渡すことを第一の優先とした。
そうと決まればあとははやい。完全に不規則に点在している建物のうち、それなりに高い教会っぽい建物に目星をつける。距離は……だいたい300メートルほどだろうか。
軽く走っていけばすぐに着く距離。そう思い、初めの一歩を踏み出そうとした、まさにその瞬間。
目にも止まらぬ速さで、何かが私の向かおうとしている方向とは真逆の方向の彼方で激突した。
爆音。
距離はだいぶ離れているはずなのに、風圧が私の身体を容赦なく殴り、呆気なく飛ばされた。
「う、あッ……」
電子世界だから土煙が上るわけではなく、ただ私が転がり回る。
天と地が逆転した視界でその衝突した方向を確認してみると、そこには三体の馬……とそれらが引く乗り物ーー戦車だろうか?ーーに男が乗っているのがなんとなく見えた。見るからに只人ではなさそうだ。おそらくサーヴァントとみて間違いない。
セラフィックスに来てようやく誰かに遭遇できた。その朗報に、吹き飛ばされたのが嘘のようにかき消され、さっさと立ち上がるとその男に近づこうと駆け出した。どちらかというと教会っぽい建物の方がはるかに近いのだが、一瞬で優先順位が更新された私にとっては些細なものだった。
しかし、男は手綱を握るとまた何処かへ飛んで行ってしまった。向かう先はーー……。
ぬぅっ、と現れた、あまりに巨大なマンモスだった。この遠さでも視界いっぱいに広がるほどの巨躯。もし誰かがあれを獣の神だとポロリと漏らしても容易に信じてしまいそうなほどだった。
男の乗った戦車が稲妻のようにジグザグの軌跡を残しながらそのマンモスに体当たりする。激しい轟音が空気を爆発させ、私のところへとまた影響が及ぶ。
体当たりされたマンモスは少しだけ仰け反るも、長い長い鼻を振り払うと、戦車にクリーンヒットし、地面に叩き落とした。そのまま大きく湾曲した牙に魔力を迸らせ、極大の魔力の球が……。
「ーー!!」
あれは……宝具だ。
ビリビリと肌を灼く威圧感がそれを何よりも語っている。これだけ距離が離れていても、絶対に死ぬ。そう確信できた。あれはマシュでないと防ぐことは不可能だ。しかし、そのマシュはカルデアで留守をしている。
マンモスに背を向け、全速力で逃げた。逃げ込む先は教会。力をためる時間、そして私に届くまでのタイムラグを見積もって、時間としてはある程度の余裕が生まれそうだ。
建物が自然に生み出した簡単な迷路を走り抜け、ようやく教会の正面ドアが見えた。空気がバチバチと激しく反応し、そこらじゅうで静電気のような現象が起こっている。その欠片が私の肩を打つ。
「グッ……!」
鋭い鞭に叩かれたような痛みに少しだけ足元がふらつく。サーヴァントの戦いの余波でけがをするなんてざらだ。もしかすると、何度も宝具のぶつかり合いなどを目の前で見ているのにまだ生きているなんて、奇跡なのかもしれない。
とにかく教会へ。走ってきた勢いのままドアを開け、中へと入る。鍵がかかっていなかったことに感謝しながら、上がった息を整える。肩を上下させてようやく落ち着いたところで、あのマンモスが宝具を発動した様子がないことに気づいた。たぶんあの戦車男がなんとかしてくれたのだろうと結論付け、当初の目的、高い建物からセラフィックスを見下ろす、を達成すべく教会の中を歩き回り、階段を探した。
……古い教会だ。木造で、列を成して並べられている横長椅子のいくつかは背部が腐りかかっている。電子世界のはずなのに、触れた感覚がやけにリアルだ。ギシ……と足の重みに軋む音もリアルだ。
腕に亀裂が走っている女神像をサッ、とスルーし、その下にある壇に登った。
見下ろせば一瞬で宣教師気分。適当に「アーメン」と唱えてみた。
馬鹿馬鹿しい。そんな言葉で誰かが救われるわけでもないのに。一刻も早く上に登らなければ。そう思い、壇を降りた。
「誰か、いるのですか……?」
「ひゃっ⁉︎」
猫は驚いた時、高ジャンプをするらしい。それに負けず劣らずの高さまで飛び上がり、私は声のした方から離れた。十分な距離が取れたところで止まり、様子をうかがう。ゆっくり思い返せば、今の声はとても弱弱しく、放っておけば死んでしまいそうだった。
もしかしてセラフィックスのスタッフか? であるのならば早く助けなければ。もしそうでなかったとしても、私の良心が助けるべきだと訴えてきている。
もう一度壇に登り、注意深く探し回った。
……教会の壊れた高窓から射し込む光に眩しく反射する、歪な脚部の金属。膝から突き出た長い棘。それらが私の目にまず飛び込んできた。そして次第に視点を移動させ、やがて正体の全体像が明らかになってきた。……少女だ。おそらくサーヴァント。……しかも露出度が高レベルな。
「……」
私は彼女を見下ろす。
壁に寄り掛かっているこの子はとても傷ついている。何があったのかわからないが、とりあえず少しだけ魔力を分け与えた。
「は、あ、あああ……」
変に艶やかな声を漏らし、彼女は瞬時に傷を修復した。たぶん全快、とはならないだろうが、動き回れるほどにはなっただろう。
彼女はゆっくりと目を開けると、長い時間私を見つめていた。数秒ほど経った後、口を開いた。
「魔力を分けてくれたのはあなた……ですか?」
あれほど生気を失っていた顔はみるみると血色を取り戻していく。
「うん」
「そうですか……ここで消えるのを待つだけの私を助けるなんて、とんだお人よしですね。でも、感謝を」
「よくわからないけど、そうだね。みんなにもよく言われるし」
マシュがふくれっ面で「先輩はお人よしすぎです……!」と私に迫ったことがあったなと最近の記憶をゴミ箱の中からあさる。
「で、あなたの名前は?」
「メルトリリスです」
「ふむ」
メルトリリスが立ち上がろうとするのを手伝おうと咄嗟に手を差し伸べるが、断られる。
「私の棘が刺さったら大変です。それよりもあなた、サーヴァントは?」
訊かれて、三人を思う。
どこにいるかまったくわからない状態。こんなことで令呪を使うのももったいない気がする。右手の甲に残る三画を見て、いや、やっぱりまだいいと私は手を下ろした。
「今はいないよ。しがない迷子ってとこかな」
あはは、と後ろ頭をかく。一緒に笑ってくれるかと思ったが、逆にメルトリリスは驚きに目を見開いた。
高い踵でカツカツと床の上を器用に歩き、私の目の前に立った。
さっきは私が見下ろしていたのに、逆転してしまった。その膝の棘で蹴られてしまえば、呆気なく死んでしまうのか、なんて変なことを考えていると、メルトリリスが問いかけた。
「サーヴァントがいない? ここSE.RA.PHはサーヴァント128騎による大規模聖杯戦争が行われているのに?」
「……128騎?」
「まさかそれも知らないのですか?」
一般的に知られている聖杯戦争は、それぞれのクラスで召喚されたサーヴァントと、そのマスターを1組とした、7組の生存対戦である。そしてそこで勝ち抜いたただ一組にのみ聖杯が与えられ、自身の望みを叶えることができる。そうダ・ヴィンチから教わっている。
……それがサーヴァント128騎? とんでもない量に頭がおかしくなりそうだ。
「……はあ、もう。わかりました。私と契約を結んでください」
「え?」
「あなたに借りができてしまいました。だから、あなたを守るということでチャラにさせてもらいます。それに私自身、都合がいいので」
「ん」とメルトリリスが指図し、私はとりあえずそれに従った。
まだきちんと理解できていないが、外ではドロドロの阿鼻叫喚なバトルロイヤルが繰り広げられているということだけはよくわかった。
一時的に契約を交わし、魔力がメルトリリスに流れていく感覚が新しく加わる。
「で、どうするのメルトリリス?」
「まずは敵を倒し、吸収します」
「吸収」
「今の私は初期化され、レベル1ですからどんどん倒していかないといけません」
「レベル1」
「そして私はあなたを生かし、あなたは私を生かす……って、聞いてますか?」
敵を吸収だとはなんと物騒な。可愛らしい見た目とは反してなかなかエグいことをするサーヴァントだ。しかし、今はどんな手を使ってでも生存することが大切だ。その手が随分と物騒だが。
口早に説明するメルトリリスは、悶々とする私にようやく気づき、眉を顰めながら訊いてきた。
「ちょっとごめん。もしかして私たちって……初めから詰んでるんじゃないの?」
「初めから悲観的になるのはよくありませんよ?」
「逆に私はなんでそんなに楽観的なのかがわからない……」
これじゃあよくある魔王討伐系RPGの『はじまりの大地』とかでモブ・オブ・モブで超有名な、雑魚モンスターことスライムさんではないか。
しかもそんなスライムさんに勇者パーティーひと組が襲いかかってくるのではなく、100を超える勇者が単騎で休む暇も無く戦いを挑みに来るのだ。
どう足掻いても絶望的。剣で軽く薙ぎ払われてワンパン。そして経験値の足しになるオチが容易に想像できる。
「とりあえず外に出ましょう。まずは弱っている敵を見つけ、倒すのです。今の私では正攻法で挑むのはまず無理でしょう。奇襲。不意打ち。漁夫の利。なんでもアリでいきます」
「……訊いてなかったけど、もしかしてクラスはアサシン?」
「いえ、アルターエゴです」
「あ、あるたーえご?」
オルターエコではない? エコなオルタなら大歓迎だが、生憎そんなクラスは聞いたことがなかった。おそらくはルーラーやアヴェンジャーと同じ、エクストラクラスなのだろうか……?
メルトリリスの言い方も多少問題があるが、事実そうせざるを得ない状況だ。勇者同士で傷つけあった後、美味しいところをスライムさんの『体当たり』でいただく。現実的にみても異論はない。
「じゃあよろしくね、メルトリリス。奇襲! 不意打ち! 漁夫の利上等!」
「私が言うのもなんですが、あなたのテンションも相当変ですよ? 命の危険だというのに、なぜそんな正常でいられるのだすか?」
「うーん、もう慣れたから、かな」
軽く流す。
誤魔化すように、メルトリリスから逃げるようにドアに向かう。
メルトリリスが128騎のうちの1騎だから、要するに127騎の相手をしなければならない。バビロニアでの無限増殖する牛若丸もだいぶ手こずったが、今回はそれ以上になりそうだ。
握り拳を作り、気持ちを切り替える。この大規模聖杯戦争を勝ち抜きながら、セラフィックス……SE.RA.PHの生存者と合流。何が起こっているのかを知り、解決にあたる。
考えるだけならばこれほどにも簡単なのに、いざ実際やるとなれば遥かに難易度が高い。
「あと、気づいていないようですから伝えておきますが、あなたの身体、徐々に電子化していってますよ? SE.RA.PHが沈むほどそれは顕著に現れて、最後には、消えます」
「……うそ」
咄嗟に私は自分の手を確認する。
……確かに輪郭が薄れていて、ポリゴンのように砂粒単位でゆっくりと現在進行形で削られている。
それと同時にSE.RA.PHの探索にもうひとつ時間制限が条件として加わる。
「じゃあ……速攻で敵を倒さないといけないってこと?」
「はい。早速行きましょう。1分1秒が惜しい状態ですので」
「了解」
レベル1のサーヴァントと共に、時間制限ありの中、100以上のサーヴァントとバトルロイヤル。控えめに言うと超ハードモードなのだが、やらなければならない。
カルデアからの通信ももちろん途絶えているため、天才たるダ・ヴィンチからのアドバイスはもらえない。サーヴァントとしての力を失ったマシュもいない。
BBの言っていたことが本当ならば、おそらくもう、二度と声を聞くことも、顔を合わせることもないだろう。寂しいし、割り切ることなどできないが、どうしようもない。
私は無言でふたりに……カルデアに別れを告げて協会のドアを開ける。
するとそこには、あの男がいた。
「ぃよう。お前さんが出てくるのをずっと待ってたんだが、やっと出てきてくれたな? もうすぐでこの戦車で教会ごと引き潰すところだったぞ?」
雄々しい三頭の馬が蹄で地面を蹴り上げる。
槍を構え、私に矛先を向ける。
「さっき、誰かがいるのはわかってはいたものの、まさかただの人間だったとは! ここのルールはわかっているよな? ーーならば、死んでもらうぜ?」
馬が高く鳴く。
男が手綱を握り、戦車が私に向かってくる。
避けよう、と思った。完全に避けることなど不可能だろうが、少しでも被害を抑えたかった。
左に跳ぶべく、予備動作をとった。しかしそのコンマの世界で、馬の力強い脚はすでに私の頭の上にあった。
「…………ぁ」
死を悟った。
侮っていたつもりは欠片もなかった。だがそんな言い訳が相手に通じるはずもない。
こんなにはやく死ぬのか。私だって、こんなの無理だって心の底で微かに思っていた。バトルロイヤルで必ず現れる、颯爽と誰にも知られずに脱落する、哀れなプレイヤー。まさにそれが私というわけだ。なんと無様な幕引きか。これには私自身、簡単に納得することはできなかった。
そして……馬の蹄が私の頭に当たり、頭蓋を割る、その瞬間。
ーー黒いバレリーナが、馬を蹴り飛ばした。その隣の二頭も巻き込まれ、戦車は横倒しに倒れた。
「契約した途端に死なれるのは困ります」
すたっ、と軽やかに着地すると、後ろを振り向き、私にそう言った。
戦車が壊れ、馬と共に光の粒となって消えていく。素早く飛び上がった男は、メルトリリスの前に綺麗に着地した。男よりも身長の高いメルトリリスは男を見下ろす。
男はニヤリと口角を上げる。
「おいマジか。お前さんにもサーヴァントがいたのかよ。……滾るなぁ。なら存分に殺しあえるじゃないか、ナァ!!!」
槍を握り、刹那の時間でメルトリリスに肉迫する。
槍による一貫……と見せかけて脚のひと蹴り。私の目では捉えることができない速さを、メルトリリスはなんとか脚を振り上げて相殺する。
男は仰け反りざまに槍を振り回し、先端がメルトリリスの頬を掠める。メルトリリスが追撃しようと接近すると、認識の外から飛び込んできた、馬たちが引く戦車に跳ねられ、メルトリリスは高く空に上がった。
「おいおい、その程度か? 興醒めだぞ」
「クッ……!!」
メルトリリスが空中でバランスを取ろうとする。そこに男の投げた槍が金属の脚に命中する。貫通することはなかったが、大きくバランスを崩してしまい、背中から地面に激しく打ちつけて着地してしまう。
「ア……! ク、ッ」
すぐさま立ち上がろうとしたが、許すはずがないだろうと男が追撃を仕掛ける。咄嗟に脚を振り上げて牽制するが、なんなく避けられ、男のつま先が深くメルトリリスの腹部にくい込み、そのまま遠くへと蹴り飛ばされた。
「……つまらねぇ」
すっかり興味を無くしたメルトリリスから意識を背けると、今度は私の方に歩いて来た。
怒っている。明らかに怒っている。目だけで殺すような威圧だ。思わず悲鳴が漏れそうになったが、私はグッと耐えた。
「おい」
男が私を見下ろし、口を開く。
「あの程度でこの俺に勝てると思ったのか?」
「思ってない。そもそも私たちはとても弱いわ。だから強者から戦いを挑まれた時点で勝つのはほぼ不可能なの」
「そうか」
男が槍を構える。
私は打開策を考える。今すぐ令呪を使うこともできるが、その前に右腕を切断されて終わり。真正面から私が戦っても数秒で殺される。
……どうやら私の命運はここで尽きたようだ。
「……だからといって、俺はあんたに慈悲を与えるつもりはねぇ。たとえ命乞いをされてもな。だからここで死んで、俺の戦果の足しになってもらうぜ」
……諦める。
……脱力する。
ーー諦めた。
ーー脱力した。
肩をだらんと下ろし、その時を待つ。
私を待つ死とは、この男のことだったのか。
メルトリリスが不器用そうに腕を動かしながら、這って私のもとへたどり着こうとしている。でもダメだ。あまりに距離が離れている。
男が一歩引き、一気に槍を突き出す。
矛先が鈍色に輝き、金属特有の光沢が煌く。そう、ゆっくりな時間を味わった。
走灯馬も、願いも、祈りも、救いもない。ただ絶望と、失望と、悲哀に沈む。
だがやはり、私はどうも生き汚く、死に汚いらしい。
私自身の魔力はまだ十分残っている。
この男にひと泡ふかせる程度のことをしておかないと……不愉快だ!!!
『刹那』では遅い。もっと、もっと……! それこそ光の速さの如く……!!
ーー魔術防壁を、展開。
脳が灼け落ちそうだ。ガンガンとハンマーで脳を直接叩かれるような痛み。柔らかいそれは、跡形もなく脳汁をぶちまけて潰される。意識がブレ、一瞬だけ『死ぬ』。
形は私の前に盾のようにではなく、逸らすことを目的としたものを。
これで槍の軌道を逸らすことはできるはず。これでーー……。
しかし、槍は私の胸から生えた。
「……は」
……目の前に男の姿は、なかった。
震える手を懸命に持ち上げ、血濡れの矛先に触れる。そして手を開き、べっとりと血に染まっているのを見た。
まだ、何がどうなったのかがわからず、
ーーヒンヤリと絶対零度の冷たさが私の胸を撫で、それを灼熱の炎が燃やした。
「……ゴ、ぷ」
口から血が溢れる。
叫ぶにも、喉を逆流してくる血に溺れ、醜く血を吹き出すのみ。
「ゴボっ……ケッ、ッ゛ッ゛」
誰かが私の肩に優しく手を乗せた。
耳元で、誰かが話す。
「……いやぁ、やっぱお前さんなら何かしらすると思ったぜ? だが残念、それは失敗に終わったなぁ? お前はここで……終わりだ」
……そうか、ここまでか。
血の意味も理解し、さらに声の主が男だとわかった瞬間。
私はきっと、死んだ。
それではさっそくマスターさんには脱落してもらいまーー……。
シリアスさんが、許しません♡
次、(小)悪魔BBちゃんがマスターちゃんをシリアスシリアスします。
誰と誰が戦っていたかはわかりますかね? そこが文章力の熟練度に大きく影響するというかなんというか……。