ではでは。
BBちゃんの活躍は続く。
RPGで例えるならば、ラスボスを倒したと思ったら実は偽物で、すべてを出し切って疲労困憊の勇者たちの前に真のラスボスが現れたという感じ。
恐ろしい速度で血が流れ、私の身体が急速に冷たくなってきているのがわかる……よりも先に本能が寒さを私に激しく訴え、無意識にガチガチと歯を鳴らし始める。
血色に染まった真っ白な腕の骨が、綺麗に一部を失って突き出ている。脇腹も少しだけ抉られ、肋骨を空洞から覗かせる。
叫び声をあげる心の余裕はなかった。濁り始めた眼はもはや全く何も映さず、私は暗闇に囚われた。敵サーヴァントの密集地帯のど真ん中で、無抵抗で死にかけの身体で倒れている。
すぐ隣で繰り広げられている戦闘の音が体を揺さぶり、銃を放つ音が耳を撃つ。
きっと、私は絶好の獲物なのだろう。
何がどうなっているのかはわからないが、私の周りで激戦が繰り広げられているのは確かだ。
いつ殺されるかわからない中で、私は本当に無様に倒れている。BBがこれを見ていたら、また無様を晒しているのですか〜? と良い笑顔で言われるだろう。……言っているだろう。
何かの破片が飛んできて、私の身体に当たった。
「……ッ。メルと、リ、りす……」
掠れる私の小さな声は、邪魔だ、と周りの騒音にすぐさま消される。
私のすぐ側で、メルトリリスの声が聞こえる。鋭く息を吐いて、じゃりぃん! と金属の脚に力を込め、風を残してどこかへ行く。
何かの液体が私の顔に飛んできた。舌を伸ばして舐めてみると、それはたぶん血なのだとわかる。
「はぁ……はぁ……マス……ター! まだ、死んではいけま、せん……!!」
しばらくすると、いつの間にか辺りは静かになっていて、メルトリリスがたったひとりで倒したのかと感心していると、恐怖がよく伝わる声色で言葉を紡いだ。
「ああ……どうすれば……! 私の手は使えませんし、でも足は棘が……。……クッ、なんてタイミングよ……!」
べちゃっ! と私の血がつくことなどおかまいなしにメルトリリスは私の横に倒れると、不自由な腕を懸命に動かして私の身体を押して動かそうとするが、なかなか上手くいかない。
「リップが……そこまで来ているというのに……!」
私は残りカスの力を燃やし、首を傾け、メルトリリスの背後を見た。
全く見えないが、あの特徴的な身体の部位をなんとか確認する。私の腕を飲み込むブラックホールのようなものを生み出した彼女はリップというのか。
「Ahhhhhhhhhhhーー……!!!!」
リップが少女とは思えないほどの荒々しい雄叫びをあげる。
もう一度あの攻撃をされてしまえば終わりだ。動けない私に、動かせないメルトリリス。どう考えても足を引っ張っているのは私だ。
何十人いたかはわからないが、大勢を相手にメルトリリスはたったひとりで挑み、勝ってみせたのだ。おそらく吸収してレベルも一気に上がったのだろうが、致命的に魔力が足りていないはず。だから今からリップと戦うにしても勝つことは難しいだろう。
やることは決まった。
動けないのは私だけではないのだ。それでもなお戦おうとするメルトリリスに、何もしてやらないのはマスターとして失格だ。それくらい、力のない私にだってわかる。
手探りでメルトリリスを探すと、どこでもいいからそこに触れた。
「…………ぁ」
メルトリリスの動きが止まる。
私は離さないように指を絡ませる。そしてわかる。これは、手だ。
「マスター……何をしているのですか⁉︎ そんなことをしたら死ーー」
「少し、聞いてくれるかな……?」
振り払おうとするメルトリリスだったが、させまいと私は手をガクガクと震わせながら強く握った。
メルトリリスの目が見開かれる。
ありったけの魔力をメルトリリスに流し込む。それでもきっと足りないだろう。リップに対抗できるほどの魔力量ではないだろう。
……ならば。
ならば、命のロウソクを削ってでも魔力を体内で作り出せ!!
足先からの感覚が完全になくなり、自分が呼吸をしているのかどうかもわからなくなる。極限まで命を代償にし、魔力を獲得する。
目は……もう見えない。メルトリリスの美しい姿を見ることはもうできなくなり、私は瞼の重さに従って、視界に別れを告げる。
何も聞こえず、ついに力を無くした手はぱたりと落ちた。地面に触れた感覚もなく、すぐさまその手の感覚すら失せる。
ああ、メルトリリス。あなたが何を言っているのかがわからない。でも、これだけは言いたかった。
令呪のある手を失い、絶対命令をすることはできなくなったが、『お願い』することならできる。
「めるとりりす……かって……おねが、い」
イエスと答えたか、ノーと答えたかはわからない。
あとは彼女を信じるだけだった。
完全に何も感じられなくなる。
何も……なにも……ナニモ……ワカラナイ。
◆
「復活したかと思えば性懲りもなくすぐ帰って来ましたね? でもいいですむしろウェルカムですよ、センパイ! 私がセンパイを絶対に死なせたりしませんからね♡」
……悪魔の囁きが聞こえた。
薄っすらと目を開けると、つい数時間前までいたBBのスタジオで私は横になっていた。
立ち上がろうとして、激しい目眩と、取れないバランスのせいで後ろに倒れる。すくそばの机を掴んで、縋って、ようやく立ち上がる。
その様子を黙って見ていたBBはわざとらしく拍手した。
「よく立てましたっ。立てなかったら『どうしようか』と思いましたが、よかったです」
「ありがとう……メルトリリスは?」
頭がくらくらする。頭を片手で押さえる。
BBがステッキを後ろの方をさす。私はその方向を凝視すると、確かにメルトリリスがいた。それになぜかリップも一緒に並んで静かに待っている。
メルトリリスは私の顔を見るや否や、私の胸に飛び込……む前に安全確認をした後で私に顎でこっちに来てと指示される。言われるまま片脚を引きずりながら彼女の前まで移動すると、懸命に腕を動かして私の前に手を差し出した。
「握ってください」
「う、うん」
左手でメルトリリスの手を握った。
私は彼女を見上げると、不満そうにもう一度言った。
「握ってください。もっと強く。壊れるくらい強く」
私は言われるがままに強く握った。力はほとんど出ないが、できる限り最大の力で握った。
「……どう?」
「ーーーーええ」
メルトリリスはゆっくりと目を瞑ると、もういいです、と言った。
「……本当にごめんなさい。私のせいで、あなたに大怪我を負わせてしまった」
メルトリリスが伏せ目で私の無くなった右腕を見る。包帯が何重にも巻かれていて、血に染まっている。
……というより、私を治療したのは誰だろう? まさかあの悪魔が……。
悪魔を見ると、『その通りですよっ』と微笑む。
「あの魔剤を打てば良かったんじゃないの?」
「センパイにはその程度の治療で十分です。それよりも魔力の確保が最優先と判断しました」
……そういうことか。つまり、『死にそう』になった時に悪魔は助けてくれるということ。そして今回はそうではなかった。彼女の判断基準がいまいちわからず、いっそ尋ねてみようかと思ったがどうせ答えた後に煽りを上乗せするだろう。
「大丈夫だよ、メルトリリス。私は生きている。これ以上なにを求めるの?」
「あんな目にあって大丈夫なわけがないわ。どうしてそんな……そんなにも楽観的なの?」
メルトリリスの鋭い瞳が私を縫いとめる。
乾いた笑いで誤魔化そうとしたが、眉ひとつ動かすことなく私を見つめ続ける。どうしようもなく、逃げられない。狭いBBのスタジオからは逃げられそうになかった。
「……私、このSE.RA.PHで死ぬらしいから。そうだよね、BB?」
「どことなく言ったんですけど、まあその通りです。センパイはここで死にます。これは異聞帯と剪定事象の要素を中途半端に含んでしまったこの世界の決定なので、逆らうことはできません」
BBの言うことはよくわからなかったが、要するに私は死ぬのだ。それに揺るぎはない。
瞬間、メルトリリスの足蹴りがBBを襲う。しかし、BBはそれを余裕の表情で避けると、ステッキでメルトリリスに軽く触れる。すると、黒い帯のようなものがメルトリリスを包み込み、激しく内部爆発する。
「ぐううッ!!」
「いきなり殺そうとするなんてはしたないですよー? 女の子ならもっとお淑やかじゃないといけませんよ、メルトリリス」
壁に背中を強く打ちつけたメルトリリスをBBが冷ややかな目で見降ろす。
メルトリリスはBBを悔しそうに見上げる。
「あなたの現在のレベルは239。対して私のレベルは999より上。どう頑張っても私には勝てません」
「あの子を救おうとは思わないの!?」
「無理です。……そもそも私はもう、諦めていますから」
リップが爪を棘に引っ掛けてメルトリリスを起こす。
起き上がったメルトリリスはまたBBに挑もうとしたが、リップに制されて唇を噛みしめて引き下がる。
「センパイもセンパイでメルトリリスとパッションリップ……ドSドMセンチネルを仲間にするなんて正気の沙汰ではありませんね。魔力を少しだけ回復させたものの、これではすぐにスッカラカンになりますよ?」
「魔力……回復させてくれたの?」
「え? 何を言っているのですかセンパイ。魔剤その2をキメたじゃないですか~。あの暴れようはさすがに私も焦りましたけど」
そういえば、魔力が確かに僅かながら回復している。気分は言うまでもなく死にそうだが、魔力譲渡をした後に失ったすべての感覚が元に戻っている。しかしどう頭を穿り返しても、魔剤を打たれた記憶はなかった。BBが改ざんしたのかと疑いを抱いたが、どうもそうではないらしい。
メルトリリスは私の『お願い』を聞いてくれ、無事パッションリップを倒してくれた。何がメルトリリスを突き動かしたのかはわからないが、そのおかげで死の淵から落ちずに済んだ。
「大まかなことは、わかった。じゃあBB、天球シミュレーターまで送ってくれる?」
「え、嫌ですけど」
どうしてセンパイの言うことに従わないといけないのですか? と本当に理解できないという風に装い、おどけてみせた。
いったいどこまで私を虐めれば気がすむのだろう。私自身はどうなってもいいが、メルトリリスと……メルトリリスと仲の良さそうなパッションリップのふたりには害を加えないでほしい。
「でも安心してください。ちゃんと帰しますから。あなたの状態、魔力量、そしてこれから想定される魔力消費量、まだ残る96騎のサーヴァントたちのステータス、配置、移動予測。そして何より天球シミュレーターからの距離を計算し、最適な場所を弾きだしましたから♡」
BBが楽しそうにホログラムのキーボードをタイプし、ッターン! とわざとらしくカッコつけてエンターを押した。
すると私の足元から徐々に消えていく。前回も味わったこのなんとも言えないヒンヤリとした冷たさについ身がぴくりと震える。
メルトリリスとパッションリップも同じように足から電子に変換されていっている。あと数秒で転送されるだろう。
まだ目的の一部も達成していない。手がかりはあるが、それが外れたら私はきっともう、終わりだ。
私に残された時間はもう、少ないと悟り、焦りが募る。
「それでは三人とも頑張ってくださいね? 私からささやかな特典としてメルトリリスとパッションリップのレベルは1にしました。嘘⁉︎ 急いでレベル上げしないと! なんて思わなくても大丈夫です。レベルが上がらないようにしましたので、気にすることなく天球シミュレーターへと向かってください♡」
悪魔の伝言を聞き終えた私は、絶望に膝をついた。
何時間かけてあそこまでたどり着いたと思っている。モザイクが目に見えて目立つ腕を見る。時間がない。圧倒的に足りない。それに来た時と比べると歩くスピードが遥かに落ちている。ここからいったいどれくらいの時間がいるのか、私にはもうわからなかった。
メルトリリスも、パッションリップもその身体的な特徴から私を抱えて走ることはできない。
『何しているのですかセンパイ? ほら、もう10秒のロスが出ていますよ? この調子では『ギリギリ』には間に合いませんよ?』
悪魔の通信が入り、私は我にかえった。
いくら絶望しようと、時間は否応なしに刻まれる。
ぼろぼろの机に身体を擦りつけるようにして立ち上がる。偶然その上に置かれていたいつかの女神像がぐらりと揺れ、落ち、地面に打ちつけられて、両脚と右腕がぽろりと壊れてしまった。
それを見て私は自嘲する。
堕ちた女神様。
どう考えても不要な像がどうしてここにあるのかはわからない。だが、ぽつんとあったこれに何かを想い、私はその像を元の場所に置いた。ついでに破片もちゃんと側に。
「ふたりとも、行くよ。すごく申し訳ないけど、非力な私を連れていって。そのためなら私の魔力、この命、いくらでも燃やしてやるわ」
必死に足を引きずりながらも私は隻腕でドアを開ける。
すると案の定、そこには10騎ほどのサーヴァントが血みどろの戦いを繰り広げている。その内の3騎がこちらに気づき、すでに間合いを計り始めている。
倒す必要なんてない。倒してもレベルアップはしないし、なにより時間の無駄だ。しかしそれでもレベル1になったふたりではまともに敵に対応できない。だからこそ私の少ない魔力をフル稼働させ、十分立ち回れるようにさせる。
メルトリリスの顔を窺う。
彼女は怪訝な顔だが、どうしてもやらなければならない。ごめんね、と心の中で謝り、魔力を注ぐ。
パッションリップは「ぅ」と応えたかどうかいまいち微妙な返事をしている。
……私は崩れる崖から逃げる女だ。
歩みを止めてみろ、一瞬で呑まれるぞ。
全方位から迫る全ての攻撃を一撃でも受けてみろ、それが終止符になるぞ。
ここから天球シミュレーターまでおおよそ四時間ほどかかった。しかし、私の電子化を考慮すると、制限時間はその半分もない。
悪魔におっぱい星人めと心の中で1秒で1000回呟き、精一杯の平穏を保つ。そうでもしないと恐怖に、不安に、絶望に、そして死に殺されてしまいそうだから。
こんなところで死んでたまるか。世界がわざわざ私に死ねと言ったのだ。ならば全力で抗わなければ面白くない。
私は、自由になりたい。
そして嗤う。
「……クヒャ」
おや、マスターちゃんの様子が……。
次回。
マスターちゃん、無事にDEAD END。