盾の少女の手記   作:mn_ver2

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イヴァン雷帝のピックアップは意外w
さっそく回したらアストルフォ君二人目でした。でもサリエリ来たから満足。モーションかこいい。


囁き

 マスターはカルデアの通路を全速力で駆け抜けた。息を荒げ、必死の形相でリズミカルな足音を響かせて緩いカーブを曲がる。

 目を丸くして驚く職員たちには風を残し、ただただある場所を目指していた。

 

「ああマスター、あなたから私の胸に飛び込んでくるのですね!! ……ってあれ?」

 

 目をハートに輝かせ、身体をくねくねとさせて嬉々と喜ぶ清姫の横を素通りして。

 目的地に着いたマスターはそれこそまさに神速の速さでドアを開けるとすぐさま閉めて鍵をかける。慣れた手つきでスカートを下ろし、パンツを下ろす。

 そしてうずくまり、苦しさに顔を歪ませる。

 痛い。痛い。

 鈍器でお腹を強打され、さらにぐりぐりとねじりこまれるような重い痛みに手汗が滲む。シワができるのを気にする余裕などなく、腹部を手で押さえ、白い制服を力任せに握りしめる。

 声ならぬ声が喉につっかえても、それすら奥に押しとどめてマスターは独りで長い時間痛みに耐え忍ぶ。

 ギュッ、と目を瞑り、精一杯いきんでも解決されるはずもなく。代わりにと喉に胃液がこみ上げる。

 

「ゥ……ぼオエエぇぇ!!」

 

 びちゃびちゃと汚い音が終わるまでが気の遠くなるほどにも感じられる。疲労が溜まっているわけでもないのに、なぜか力が抜け、壁にもたれかかってしまった。

 しだいに、惨めな自分があまりに無様に思えてきて。

 

『ただの少女』の弱々しくすすり泣く声は、狭い個室の中にやけに虚しくて。

 

 ◆

 

 ここ最近、ずっとこんな調子だ。

 痛みを抑える薬を飲んでもまるで意味がない。生理もなかなかな痛みだが、これは別格だ。デミであってもサーヴァントの身体だからだろうか。生理を知らぬ彼女にこの痛みを語るのは無意味だ。

 通路に出たマスターはげんなりとした顔でとぼとぼとマイルームへと戻っていった。

 ベッドに身体を斜めに放り投げ、だらしなく枕に顔を埋める。が、すぐさま息苦しさに跳ね起き、その勢いで机の引き出しから綺麗なノートを取り出し、椅子に座ってガリガリと文字を書き殴っていった。

 見たこと感じたこと、思ったこと、全て。文字通り全てを事細かに記すのだ。

 そうすることで気分が楽になり、非日常を澄まし顔で過ごすことができる。

 この儀式は、ノートに書くことによって嫌なことを捨ててしまいたいという哀れな逃避願望からくるものだった。

 このノートこそがマスターにとって唯一の心の拠り所、マシュやロマ二、ダ・ヴィンチたち仲間という安らぎとは異なる、異色極まりないものなのだ。

 

「は、あ、あ、ああぁぁ……」

 

 苦しみという塊を思い起こす限り全て捨てたマスターは、今度こそベッドに安心して身体を預けることができた。

 予定は確認してあるし、緊急なこと以外、今日はすることはない。召喚したサーヴァントたちを強化すべく出撃、という気分ではさらさらなく、こんなやる気のないマスターでごめんね、と誰に届くわけもない謝罪を心の中で呟き、数日ぶりに完全な、安心した睡眠をとれる。

 ……と、勘違いした。

 

 ◇

 

 救えるのに、他を優先して救えなかった命があった。

 救いたくても、自分の力の無さが故に救えなかった命があった。

 救えないと、諦めてしまった命があった。

 たくさんの命が、マスターの前で失われた。皆が皆、血に染まり、肉を穿たれ、地を爪を立てながら手を伸ばして言うのだ。「助けてくれ」と。だが、「……ごめんなさい」とマスターは血のにじむほど唇を噛み締めながら、聖杯を手に入れるべく背を向けて走り去る。

 大粒の涙がポロリ、ポロリと地に堕ちる。

 

 ああ。痛い。いたい。

 苦しい。苦し……。

 殺してくれ……いっそ、殺してくれ……。

 あははははは!! ははハハハはハハは……!!

 

 物理的にはマスターの背中には届かない。だが、声は届く。苦しむ声、それらが呪詛となって容赦無くマスターへと降り注ぐ。

 だが足を止めてはいけない。彼ら彼女らの命と特異点解決を天秤にかけると、どうしても傾きは決まってしまうのだ。目先の助けより、人理の助けをしなければ前者は意味のないものになる。だから見捨てる。

 もう一度「ごめ、ん……なさい」と涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになり、しゃくりあげ、なんとか発することができた謝罪も。

 

「「「許さない」」」

 

 と死者たちは無慈悲に告げ、力のこもった呪いの言葉をかけ続ける。

 

 呪いだ。呪いだ。呪いだ。呪いだ。

 呪いだ。呪いだ。呪いだ。呪いだ。

 

 私たちを見捨てた女め、死ね。

 手足をもがれて死ね。

 暗闇の中で誰にも知られず死ね。

 冷たい、無音の海の底で溺れ死ね。

 絶望を味わえ。救われぬことを知りながら死ね。

 私たちの苦しみを知れ。そして後悔の果てに死ね。

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 しね。

 しね。

 しね。

 しね。

 しね。

 しね。

 しね。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 シネ。

 

 やめて、と頭を抱えることができなかった。

 死者の言うことは何も間違っていないのだ。正当性と正当性のぶつかり合い、それにマスターは負けただけの話。

『ただの少女』には荷が重すぎた。無理だったのだ。サーヴァントたちを率いることができるだけの、正統な魔術師でもない人間には。

 もしかすると、自分が人類の救世主になれるのではと僅かながら舞い上がったのは認める。辛く苦しい旅になるのだと甘く考えていたのも認める。

 

 ……グランドオーダーが、これほど恐ろしいとは露にも思わなかった。

 

 ◇

 

 ああああああああああアアああああああああああアああアああああああアああああアあああアあアああああアあああアああアああああアアああああアああああああアああアああああアああああアああアアアああアアああアああアああああアアああああアああああアああああアアああああアあああああああアああアああああアアああああアああアアああアああああアアああああアああああアああああアアああああアああああああアああああアアああああアああああアああああアアああああアああああああアああああアアああああアああああああアああアああアああアああああああああアああああああアああああアああアああああアああアアああアああ!!!!

 

 ごめなさいごめんなさいと、リプレイするDVDプレイヤーのように機械的に呟く。目の焦点は合わず、枕に顔を埋めているはずなのに、赤の光景がはっきりと彼女の網膜が映している。

 忘れられない。忘れられるわけがない。ノートに捨てても、その残滓が彼女にまとわりつき、いつまでたっても苦しめる。

 その光景から逃げたくて。

 半狂乱に枕を投げつけ、部屋の隅へと逃げ込んだ。

 お腹が痛い。切れ味の悪い果物ナイフで何度も腹を抉られ肉を切られるような激痛だ。

 

「ぐうっッ! うう、ううウうぅぅぅ……!!!」

 

 惨め。

 立派に胸を張って戦う姿こそがサーヴァントたちの、マスターへの理想像。弱いマスターなど不要。強くなければ死ぬ。自分が死ねばその時点で人理は焼却される。そういう戦いに足を踏み入れてしまった。

 もう、後戻りするための道すら断たれている。

 だがどうだ。見下ろすがいい。幻聴幻覚のようなものに心を抉られ、ストレスで腹を容易に壊してしまうほど弱いマスターがそこにいるぞ。

 死者たちは後ろ指を指して嗤う。

 そしてこんな者のために死んだのかと怒りを再燃させる。

 怯え、震え、恐れる。

 灼けつくお腹の痛みが治まらない。

 これほどの痛みをあと何度味わえばいいのだろう。

 嫌だ。こんなの、嫌だ。

 儀式を始めるべく、地を這って手を伸ばして机の上にあるノートとシャーペンを地面に落とす。

 

「はあッ……! はあ、は、あ、ああぁぁ」

 

 乱雑にページを開いた。どこでもいい。なんとしてでもこの痛みを捨てなければ。そんな使命感に駆られ、震える右手でシャーペンを握った。しかしいざ書いてみると、「いたい」としか書けない。書いている間も容赦無く腹痛は彼女の集中力を乱す。

 これではダメだ。

 マスターにも意地はある。

 嗤われ、死ねと言われ、弱くても、誰に誇れるほどではなくとも意地はあるのだ。

 

「こんなことで……」

 

 ーー弱るな私……!

 

 カチッと芯を長く出して垂直に構える。

 

「…………ッ!」

 

 眼を逸らすな。立ち向かう瞬間を記憶に灼きつけろ。

 高く振りかぶって。

 左手首に深く突き刺した。

 

 ◆

 

「素材回収お疲れ様です、先輩」

 

「うん。皆もお疲れ様。帰ろうか」

 

 敵の死骸から視線を逸らし、マスターは目的の素材を手に取った。

 これがどのような原理で力を持ち、英霊を強化するのかなんてマスターにはこれっぽっちもわからない。だが、まあ、いい。

 ロマ二に連絡してレイシフトしてカルデアに帰還する。

 

「だいぶ集まったね。これでネロくんも強くなれるよ」

 

 マスターから素材を預かり、満足げにロマ二は言った。

 

「うむ! これで余の美しさにさらに磨きがかかるな、奏者よ!」

 

「これ以上美しくなるとかもうミューズすら凌駕するんじゃない?」

 

「ミューズとな! そう、あれはとても美しかったぞ……」

 

「カエサルさんは痩せればイケメンになること間違いないねっ」

 

「なんと!」

 

 話に割り込んできたカエサルを軽くいなし、マスターは彼らの元を離れた。

 なんとも賑やかな人たちだ。ふたりは確か、歴史では暴君として悪名を広めていたという。だがどうだ。実際話してみるとなんのこともない、気前のいい人物だ。一緒にいるととても楽しい。

 そしてマイルームに入ったところでイチがゼロになり、緊張の糸が切れる。死者たちの呪いの合唱が始まる。待ちくたびれた指揮者が指揮棒をかざす。

 はやく捨てなければならない。

 はやく。はやく。はやく。

 そうしなければまたあれに苦しむことになる。

 焦る手でノートを開き、その瞬間あれの予兆を感じた。その前に! シャーペンを握り、手首にーー。

 

「先輩? 入りますよ?」

 

 なんと悪すぎるタイミングだ。

 ノートを閉じ、これ好機と指揮棒は振られ、大合唱が始まり、腹痛がマスターを襲い始める。咄嗟にシャーペンをポケットに滑り込まる。

 

「う、うん。どうぞ……」

 

 自動ドアが滑らかに開き、マシュが入ってくる。

 いったい何の用だろう。内臓をミキサーにかけられるような幻痛を澄まし顔の裏に張りぼてで隠す。

 

「お疲れのところごめんなさい先輩。少し……相談したいことがあって……」

 

「相談? なんの?」

 

「今日の戦闘についてなんですけど……」

 

 マシュをベッドに座るよう促す。

 痛みに全身が熱くなり、指先1つ動かすことすらマスターには苦痛だった。

 

「実は私……まだ戦うのを心のどこかで恐れているんです。マスターは戦う時、何を考えていますか?」

 

「ーーーー」

 

 死者たちが煽る。

 はやく答えてやれ。

 大事な後輩の相談だぞ。

 何も考えていないって答えてやれ。

 歪なハモりで死者たちは唄う。

 何も考えていないのではない。何も考えられないのだ。戦いとはマスターにとっては恐怖の具現化。味方も、敵も傷つき鮮血が飛び散る。

 文字通り命の削りあいに、気が狂いそうになる。『皆のマスター』の仮面を被っているが、裏では狂気が渦巻いているのだ。

 

「そうだねぇ……マシュやカルデアのことを考えてるかな。そうしたら負けられないってなる、かな?」

 

「なるほど……そうですか……。ありがとうございます、先輩。とても参考になります」

 

 ーー嘘つきめ。

 ーー嘘をついたな。

 ーーこのクソ女が。

 

 合唱が変わる。

 ただ乱暴に、リズムも何もない、調和性の欠片もないレクイエムとなった。

 仮面に亀裂が走る。狂気が隙間から漏れそうになり、焦って手で押さえる。

 

 ーーその化けの皮を剥いでやる。

 ーー罪を知れ。戒めを受けろ。

 

 違う。違う。違う。

 弱いところは見せられない。

 だからやめて。やめてください。

 嫌だ。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてーー……!

 

「……ぱい? 先輩?」

 

「ッ!!」

 

 いつの間にかマシュはマスターの目の前で心配そうに表情を伺っていた。

 驚き目を見開くと、視界いっぱいに薄紫色が広がる。

 

「大丈夫ですか先輩……?」

 

「……ちょっと大丈夫じゃないっぽい。お腹がすごく痛い。ごめん、トイレまで連れて行ってくれる?」

 

「ドクターも呼びましょうか?」

 

「大丈夫。ただの生理痛だから。うん……生理痛。だから大丈夫」

 

 マスターは弱々しい笑顔をマシュに向けた。

 もちろんとマシュは頷くと、マスターの肩を借り、ゆっくりとした足取りでトイレへ向かう。

 偶然にも誰とも遭遇することはなく、トイレに到着した。

 逃げるのか? と死者たちが焼け落ちた唇るを震わせて問う。そうだとマスターは自答する。

 

「あとは大丈夫だから。ありがとうマシュ」

 

 これからすることは誰にも知られたくない。これは『ただの少女』の戦い。この程度のことで、他人の手を煩わせるわけにはいかないのだ。

 

「でも……」

 

「大丈夫。……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせる意味も含め、マシュにしぶしぶ承諾させる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「わかり、ました」

 

 マシュが完全に去ったのを見届けて、個室のドアを閉めて。マスターは『皆のマスター』の仮面の亀裂を抑えるのをやめた。

 

 ……それはダムの決壊。

 

 この瞬間まで耐えていた痛みが、極大の一撃となってマスターを直撃した。

 

 上半身と下半身が別れた。

 もはやこの痛みを表現にすることはできなかった。えづくことも許されず、吐きそうになっても、吐き出すタイミングを失う。喉を抑えても意味はなく。鼻から逆流した胃の内用物が吐き出し、その気持ちの悪さに口からも吐き。

 気道が塞がってしまい、呼吸ができなくなったマスターは無様に床に倒れ、弱々しく四肢を動かす。

 なんと。なんと哀れなのだ。

 誰もマスターの戦いを知らない。一対無数の孤独な戦い。

 どれだけ苦しくても助けは求めない。すでに負けているのに。勝てないと思い知ったはずなのに。それでもなお足掻こうとする。その理由は一体なんなのだ。

 涙が流れた。だがその理由は自身にもわからない。

 

「ううっ、えぐッ……」

 

 小さく泣きじゃくり、吐瀉物で汚れた手をポケットに突っ込み、入れていたシャーペンを掴む。

 呼吸ができない。目が白黒し、視界がぼやけて世界に霞がかかる。

 合唱は止まない。力を持ち、暴力となった指揮者は指揮棒を叩き折る。

 マスターにも、『ただの少女』にもまだまだ戦ってもらわなければならない。

 死にたかった。死者の声から逃れたかった。耳を塞いでいても、脳に直接伝わる彼らの呪詛がなによりも恐ろしかった。

 生きたかった。マシュや皆と過ごす日々があまりにも眩しくて。あの温もりを忘れない。忘れたくない。

 

 ーーならば戦わなければ。

 

 薄れ行く意識の中、『ただの少女』は力一杯振りかぶった。

 

 ◆

 

「新たな特異点が発見された。場所はロンドンでーー」

 

 翌朝のブリーフィングで、ロマ二がそんなことを言っていた気がする。




ああ神様。
なぜ47人の誰かでなく、ただの弱い女の私を選んだのですか?



思ったより反響があって驚きです。
が、ここでネタが尽きました。もし何か面白そうなシチュとかあったら教えてほしいです。琴線に触れたらまた書くかもです。
ねこがすきさん、評価ありがとうございます!
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