盾の少女の手記   作:mn_ver2

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たくさんの意見ありがとうございました!
本っ当に悩んでこのふたりにしました。
ひょっこりランキングにも載って、もうすぐで総合評価が1000に届きそうであります。

今回はどちらかというとシリアス度が高く、もしかすると鬱度も含まれるかもしれません。ご注意を。


慈愛

 無言の訴えは届いたが、それは望まれたものではなかった。

 絶対に開けてはならないもの。知ってはいけないもの。無数の悪を解放し、一の善を世界に拡散するパンドラの箱とは違う、明らかな絶望の塊。救いなどなく、また助けを求めなければ誰かが手を差し伸ばされるはずもなく。

 

 やはり、と言うよりも、壊れるべくして壊れた。

 

 ◆

 

「……ふん」

 

 ジャンヌオルタ……邪ンヌは高く鼻を鳴らした。

 不満だからではない。不愉快だからだ。

 完全に無反応のマスターの腕を掴み、必死に止めようとするマシュたちを力づくで押し退け、強引にレイシフトした。場所はもちろん、オルレアン。

 適当な家屋に入り、薄汚れたベッドにマスターを放り投げた。しかし、勢いが強すぎたか、そのまま上を転がって、地面に落ちてしまう。

 

「ああもう!!」

 

 右腕で膝裏を。左腕で背中を持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこできちんとベッドに置いてやった。

 やはり反応はない。呼吸は正常だし、目も開いている。しかし一切の無気力。

 よく見ると頬が擦れ、血が滲んでいる。落ちた時に打ったのか。

 邪ンヌは適当に桶を手に取り、その辺の井戸から水を汲み上げて、自身の服を一部を裂いた。

 それを濡らし、マスターの傷口をそっと優しく拭いた。

 

「マスター」

 

 返事はない。

 

「私はね、カルデアの連中みたいに優しくはないの」

 

 そこにいつもの悪女らしい汚い微笑みはない。

 ……返事はない。だが、邪ンヌは一方的に話し続けた。

 

「今じゃあいつらほぼ全員がマスターの日記の中を見てるでしょうね?」

 

 日記、という単語に少し邪ンヌは期待したが、それすらも反応はなかった。

 やはり不愉快だ。ばさりと黒の外套を椅子にかけ、邪ンヌは座る。

 邪ンヌももちろん日記は読ませてもらった。流れてきたものだ、いったい何があってあれが流出したかは知らないが、彼女は完全に何も考えず、興味本位で目を通した。

 

「……マスターが書いたって嘘よね? あんなの、人が書くようなものじゃないわ」

 

 読むべきではなかったと誰もが後悔しただろう。だが邪ンヌは後悔しなかった。抱いたのは煮え滾る憤怒だった。

 マスターがこんな日記を書いていて、そして壊れるまで続けていたことに気づけなかったことにではなかった。

 そうさせた周囲、世界に憤怒したのだ。

 邪ンヌはジャンヌ・ダルクの悪性。人間の悪意に殺され、彼女の怒りが積もり積もって生まれた側面だ。境遇、環境、立場、度合いこそ違うものの、その気持ちはなんとなくわかってやることができると思った。

 その他諸々の理由でここまで連れ出した。

 服は皺が目立ち、はだけ、皮膚も荒れに荒れ、あの太陽のような綺麗な髪はボサボサで陰気を醸し出している。少し前と比べると別人だ。

 ただ呆然と上を見上げているが、それはきっと、視界に映るだけで、見てはいない。

 もう治らないだろうと邪ンヌは確信した。たとえ記憶消去をしたとしても、マスターの霊基はもはや修復不可能なほどに傷ついている。

 グランドオーダーはここで終わりだ。最後のマスターはもう戦力として機能しないだろう。

 つまり人類史の終焉だ。

 ふと聞いたことがある。『盛者必衰の理をあらわす』……だったか。栄えていても、必ず朽ち果てる時は来るのだと。

 人類史はソロモンに負けた。

 勝ち負けによる時代を生き抜いていた彼女にはその時代の価値観があり、それに従う。実に単純明快な真理だ。

 

「ここでせいぜい休むといいわ。マスターはそこで一生イモムシ生活。私はマスターからの魔力供給を得るために養う。どうよ。完璧な関係ね」

 

 再度鼻を高く鳴らす。

 わかってはいたものの、マスターからの反応は一切ない。それでも邪ンヌは構わなかった。ただこれまで共に戦ってきたーー……。

 

「あ、言っておくけど、仲間意識が芽生えたとかそんなんじゃないから」

 

 ふい、と首を振って、誤魔化すようにせかせかとボロい家屋を掃除し始める。ものの数時間で見間違えるほど綺麗になったのを、邪ンヌはしみじみと感じ、得意げにまた鼻を鳴らす。

 

「私だってね、元々はがっつり田舎娘だったのよ。これくらいできて当然よ。褒めてくれてもいいのよマスター?」

 

 チラリと横目で見る。マスターは魂の抜けた人形のようで、無駄だったわねと視線を戻した。

 そして邪ンヌの鼻腔を刺激したのは、鼻がひん曲がるほどの異臭。マスターの手を掴み、クンクンとにおう。

 

「……臭いわよ」

 

 今頃になってようやく気づく。

 改めてマスターの髪に手を伸ばして匂ってみると、想像以上の異臭に邪ンヌは顔を顰めた。

 そんなマスターをここまで運んだのだ。抱いていた時、マスターと外套は完全に密着していた。確認してみたが、やはり臭う。

 

「洗わないといけないじゃない! 論外! 意味わかんない!!」

 

 ひとりで憤慨しながらも、邪ンヌはこの原因をなんとかしなければならないと考えた。

 洗わなければ、マスターを。

 そのためにはお湯が必要……だが、この時代にそんなものはないし、浴場などそう簡単に見つかるはずもない。となれば、作らなければならない、か。

 窓を開けて遥か前方を見る。

 開けた大地に中規模の町のようなものが形成されている。あそこにいけば何か手に入るはず。最優先はマスターの代わりの服。

 邪ンヌはなんのためらいもなく彼女の服を剥ぐ。当然恥じらいも何も示さないマスターを無視し、服を外に放り投げ、デュへインする。臭いものに慈悲はなし。

 そして外套を上から被せてやる。短時間ここを空けることになるが……まあ、マスターがここから動くことはないだろう。

 ダッシュで行けば2分。物色する時間を10分、荷物を持つことを考慮して帰る時間4分。お金など持ってないから脅す。邪魔ならば殺す。邪ンヌは優しくはないのだ。

 

「少しの間おとなしく待っているのよマスター?」

 

 いつもの悪女の顔をする。

 返事はなく、邪ンヌはサッと表情を戻して旗を握る。

 地味な服ではなく、あえてとびきり可愛い服だけを盗ってきてやろうか。そして言ってやるのだ。「ハッ! 悪いわねぇ? 私は元田舎娘だからこういうセンスはゼロなの」と。どうせ無抵抗だから着せてやるなぞ造作もない。

 これまでマスターはおしゃれとは無縁だった、というよりそんなことをしている余裕がなかった、が正しいか。

 ともあれ善は急げ、邪ンヌは魔力消費を最小限に抑えつつ爆発するような勢いで飛び出した。

 道中で邪魔をするワイバーンなど知ったことか。銃弾のごとくその横を走りすぎ、街へと向かっていった。

 

 ◆

 

 収穫は上々。

 そのぶん戻ってくるまで時間はかかったが、むしろお釣りが帰ってくるほどの収穫だ。唯一残念なのは、マスターが全身浸かることのできるほどの浴槽の代わりが手に入らなかったこと。一応大きいサイズのものはあるが。

 可愛い服も手に入れたし、食料も手に入れた。石鹸もゲット。満足げに邪ンヌはらしからず微笑んだ。

 まずはお湯を作らねば。適当に木を伐採してきて、ラグロンドして燃やす。その上に簡単な台を乗せ、さらに水をたっぷり入れた容器を乗せた。

 

「ほら、身体を洗うわよ」

 

 指先ひとつ動かした様子のないマスターを抱きかかて運ぶ。

 十分温まったのを確認すると、羽織らせていた外套を脱がす。糸ひとつまとわぬ姿となったマスターを座らせ、桶にお湯を汲み取り、頭からざぱぁ! と盛大に浴びせた。

 手櫛をかけてみると、パサつき、さらさらな質感はなく途中で絡まってしまう。

 

「……せっかく綺麗な髪なのに、台無しじゃない」

 

 わしゃわしゃと頭を石鹸で洗い、十分だと判断したところでお湯で流す。さらにリンスもしてやりたかったが、無い物ねだりは意味がない。

 仕方なしにタオルに石鹸を染み込ませて、手首の酷い切傷を触らないように気をつけながらゴシゴシと擦る。傷の意味をなんとなく察するも、何も言わずに邪ンヌは黙々とマスターの身体を洗い続けた。

 

「……好きな人とかはいないの?」

 

 ポツリ、と邪ンヌは呟く。

 マスターとて人の子だ。しかも年頃の女の子。恋愛などにうつつを抜かしても問題ない……青春を謳歌しているのかを邪ンヌは暗に尋ねたかった。

 だがどんな返事か返ってくるかなどわかっている。

 邪ンヌには生前、青春と認識するものがなかった。だから少しでもきっかけを作りたいと思ったのが、どうやら無駄骨だったようだ。

 邪ンヌはまた押し黙り、ついに身体を洗い終えてしまった。バスタオルで水気を拭き取り、下着を着せ、シンプルな白いワンピースを着せた。

 櫛はないから邪ンヌ自らがマスターの髪を手櫛ですく。以前のようなサラサラとまではいかないものの、幾分かはマシになったので文句なしだ。匂っても石鹸のおかげで全く臭わない。

 マスターをお姫様抱っこして今度は椅子に座らせた。無気力に落ちるかと思ったが、どうやらちゃんと自分で座ろうとする意思はあるようだ。

 邪ンヌは少し嬉しくなり、町でかっさらったパンの山とミルクの瓶をマスターの前にドン! と置いた。

 

「食事よ。時間的に夕食かしら」

 

 窓からさす夕日の淡い赤色の光がマスターを照らす。

 その姿はとても美しく、だがその美は汚れきっている。

 

「ーーーー」

 

 見惚れ、時が止まる。

 邪ンヌはふたりだけの世界に飛ばされたかのような錯覚に陥った。うたかたの平穏を邪魔する者など誰もいない、完全に孤立した世界。かつて昔、自身がまだ少女だったころの思い出……心安らぐ静かな故郷の様子と被ってしまい、頭を振って現実に帰ってくる。

 食べる様子はないから食べさせてやる。パンを手に取り、マスターの口元に運ぶ。

 どうせ口を開けはしないだろう、と邪ンヌはマスターの顎を掴み、強引に開けさせ、突っ込んだ。

 しかし数秒は咥えたものの、ぽろっと落としてしまう。何度繰り返しても同じ。前半戦は面白半分だったが、後半戦に突入すると、逆に苛立ちが増してきた。

 

「呑みこんでくれたっていいじゃない⁉︎」

 

 床に落ちる前にパンを拾い上げるループ作業にとうとう飽きた邪ンヌが吠える。

 咥えさせることはできる。なら次は呑みこませるまで。

 ……実にマスターには失礼だが、これしか他に思い浮かばない。やるか? やらないか? いやいややらねばといつの間にか朱色に染まった顔をブンブン! と擬音が聞こえそうなほど激しく頭を振り、ようやく邪ンヌは平然に戻る。

 邪ンヌはパンを一口頬張り、咀嚼した後、マスターの頭を抱えた。

 顔を近づける。顎を指で下げさせて口を開かせる。カサカサに干からびた唇だが、それでも十分邪ンヌにとってはかわいいマスターは魅惑的で、この子のファーストキス(?)を奪ってもいいのかと寸前になって思い留まる。だがつい今しがた決意したではないか。決意の二重固めをする。数ミリ近づいては止まり、数ミリ近づいては止まりを繰り返してついに接吻する。

 ピクリとマスターの身体がわずかに反応したような気がしたが構うものか、邪ンヌは自分の口の中のパンをマスターの口へと押し込んだ。

 絶対に吐き出させてやるものか。マスターがパンをちゃんと食べるのを確認するまで唇は離してやらない。

 

「…………」

 

 少しだけマスターの瞳に生気が蘇り、ついにマスターの口が動く。

 ゆっくりとした動作で咀嚼を始め、マスターの舌が邪ンヌの舌に触れる。そして喉を通る。

 ようやく食べたマスターを見て、邪ンヌはそっと唇を離した。

 二人の間を唾液の糸が引く。

 

「……どうして」

 

「え?」

 

「どうして私にそこまでするの?」

 

 数週間ぶりに聞いたマスターの声。それは驚くほど暗くて、聞いているだけでこちらの心が痛みそうだった。目元には影が差し、陰湿な雰囲気を放っている。

 

「マスターを守りたいと思ったからよ」

 

「信用できない。私はもう、何もしたくない」

 

 決してマスターは邪ンヌを見ない。

 でもそれでもよかった。やっと。やっとマスターが反応してくれたのだ。それだけで大勝利なのだから。

 

「私は優しくないからねぇ。嘘だってこともありえるわよ?」

 

 マスターからの返事はない。

 奇跡のような瞬間は、本当に瞬間で終わってしまい、邪ンヌは黙りこんだ。しかしそれと食事とは話は別だ。パンを再び口に含み、また接吻して口移しする。何度も。何度も。何度も。ゆっくりと。マスターにちゃんと生きてもらうために。

 夕日が沈み、夜の帳が下りて外で虫が静かに合唱を始めても、邪ンヌは黙々とマスターにパンを食べさせた。

 

 ◆

 

 朝目覚めて。

 邪ンヌはすぐ隣のマスターを確認した。

 あれほど色あせていた顔は血色をいくらか取り戻している。昨日の懸命な介護が功を奏したのか。

 ベッドから起き、伸びをする。寝癖ができていたからささっと水に濡らして直す。ここにはドライヤーなどないからそういう面では不便だ。

 寝返りのひとつうっていないマスターの白ワンピースは皺が全くなく、今度パジャマも手に入れなければと心の中で強く決心してボロカーテンを勢いよく開け、窓を開放する。

 暖かい朝日が邪ンヌとマスターに優しくおはようの光を浴びせる。カルデア以外で朝を迎えるなんてずいぶんと久しぶりなことだ。

 朝食は何にしようか。残しておいたパンを食べてもよし、狩りに出かけて適当に動物を捕まえてデュへって食べるもよしだ。

 草原が風に吹かれなびく。まるで波がざわつくようにさあさあと静かな音が邪ンヌの耳に届く。

 痩せ細ったマスターには、もっと肉を食べてもらわなければ困る。

 マスターを抱き起こさないと。

 視線を部屋の中へ向けようとした時、白い女が見えた。自分の霊基が敏感に反応している。

 ……間違いなくあいつだ。

 とうとう追手がここまで追い付いたか。だがここでマスターをそうやすやすと明け渡すつもりなど、絶対にない。

 

「マスター。ちょっと行ってくるわ。……勝手に連れ出したりして、悪かったわね」

 

 いつの間にか目を覚ましていたマスターの額にキスをする。

 反応はない。でも邪ンヌにとって、そんなことはどうでもよかった。彼女とふたりきりの時間を過ごせたのは、決して偽りではない。ジャンヌの側面でしかない邪ンヌだが、この1日は紛れもない本物だった。

 家を出て、邪ンヌはあいつと対峙する。

 

「……ここにいたのですね」

 

「ええそうよ。悪い?」

 

 ジャンヌだ。

 旗を立て、いつもは穏やかな彼女だが今回ばかりはそうとはいかなく、怒っているように見える。

 邪ンヌも戦闘衣を纏い、黒く染まった旗を手に臨戦態勢をとる。

 

「どうしてマスターを連れ出したのですか。日記の中身を知られたから壊れてしまったのは知っています。そんな状態のマスターを……あなたは自分のしたことがわかっているのですか」

 

「わかっているわ。少なくとも、あの連中の誰よりもマスターのことをわかってやれる自負すらあるわ」

 

 キッ! とジャンヌは激昂し、邪ンヌに詰め寄ろうとした。

 しかし、邪ンヌは旗をひと振り、近づけさせないと炎を燃え上がらせる。

 

「そこを……退きなさいッ!」

 

 炎の壁を強引突破。

 ジャンヌは旗を大きく振り下ろす。邪ンヌも咄嗟に旗で防御をとり、がぃんん!! と硬い金属音が鈍く轟く。

 

「あなたを倒してでもマスターを返してもらいますよ!」

 

 純粋な力比べはジャンヌが勝ち、彼女を一気に弾き飛ばす。

 土煙が上がり、それを火柱が巻き上げる。姿を現すは、黒の聖処女。

 

「そうするといいわ。でも今回はいつものギャグはゼロ。見掛け倒しの戦闘じゃない、本当の殺し合い。霊核を潰すつもりで戦わないと、逆に潰されるわよ?」

 

 背後にはマスターがいる。対して敵となったジャンヌにはカルデアが。

 はたから見れば邪ンヌはカルデアの反逆者だ。それは自身でも理解しているし、しかしながらこの行動に間違いはないと強く思っている。

 

「カルデアに戻って、皆でなんとかできないか考えましょう? そうすればきっとマスターだって救えるはずです」

 

「……ハッ! これだから脳内お花畑の連中は嫌いなのよ」

 

 皆で、とか。救う、とか。

 そういう話ではないのだ。もう、マスターは全てに絶望してしまったのだ。すべてが嫌なのだ。救いは求めない。おそらく死すら望んでいるだろう。誰にも、何にも刺激されない世界をマスターに。そう願って邪ンヌはマスターの腕をつかんだ。

 それを理解できない連中にマスターを渡す? どうしようもなく阿呆だ。あちらに悪意はないのだろう。こちらは一。向こうはカルデア。分が悪いのは百も承知だ。力づくででも取り返してみせろ! でも……私の屍を踏み越えることね!!

 

「「この……分からず屋!!!」」

 

 自身の写し身との衝突。

 己を殺すために、マスターを守るために戦う。

 信用できない、と言われた。だが残念ながら邪ンヌは悪女だ。そんなことを言われようと自分の好きに行動する。

 

 邪ンヌは、優しくなんてないから。

 

 ◆

 

 ジャンヌは玄関に立った。

 そもそも彼女にはマスターの代わりに聖杯のサポートがある。僅かしか確保できないマスターからの魔力で対抗できるはずなどなかったのだ。

 だがなぜだろう、まさに死闘といえる戦いだった。彼女の張り付く執念には何度も度肝を抜かれた。あれはアヴェンジャーだからこそのものなのか。それとも……。

 とにかく。マスターはこの家のどこかにいるはずだ。はやく見つけなければ。

 そして一歩を踏み出そうとした、その時。

 ガシッ! と誰かに足首をつかまれた。

 

「ッ⁉︎」

 

 振り向くと、地面を這いつくばり、息絶え絶えながらも死に物狂いでしがみつく邪ンヌがいた。

 

「私の屍を越えて行きなさい……!!」

 

 掴む手に熱を帯びさせ、ジャンヌの足首を焼く。

 

「マスターは……あの子は絶対に……!」

 

「ーーごめんなさい」

 

 旗を掲げ、その背中を貫く。正確に、霊核を貫く。

 邪ンヌは目を見開き、悔しさと悲しみに口元を歪ませながら完全消滅する。

 これでついにジャンヌを邪魔する者はいなくなった。今後再び邪ンヌが召喚されたとしても、それはきっと『このこと』を知らない、別人だ。

 ……完全に倒しきらなかったことが仇になったか。焼き爛れた足首を見下ろし、魔力を消費して応急処置を施す。

 彼女にはなぜそこまでしてマスターを守ろうとしたのかよく理解できなかった。そこが別側面だからこその壁なのだろうか。

 家を調べ、そしてジャンヌはついにマスターの姿を遠目に見つける。

 彼女はまるで死んだ天使のようにベッドの上で眠っている。白いワンピースが天使を連想させる。連れ出される前はあんなにも見た目が汚かったのに、そんなことはなかったのだよ、と諭されるほどに綺麗な姿だった。

 

「マスター?」

 

 ゆっくりと近づく。

 なんだか違和感を感じる。

 目は開いているが、それ以外の活動が一切見てとれない。それに口元から血が流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ぁ」

 

 マスターは舌を噛み切って死んでいた。

 

 さっきはマスターの影で見えなかった、枕元にある血まみれの舌。まだ新しい涙の跡。

 その姿が目に焼き付いて。

 何も考えられず。

 ジャンヌはただ呆然と立ち尽くした。




ふたりに悪意はなかった。
……ただマスターを守りたかっただけ。

次もifルートにするか、それとも別の方にするか。そこは悩み中です。

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