盾の少女の手記   作:mn_ver2

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要望があったので続きを。
一話分では収まりきらないため、二話に分けます。


霊怪討伐戦 前編

 マシュはただひたすら後悔し続けた。

 先輩と連絡が取れなくなってはや三ヶ月。せっかくダ・ヴィンチを説き伏せることに成功し朗報を届けられると思ったのに、その晩、先輩が呼び出しに応じることは果たしてなかった。何度、何時間コールし続けても、電話マークのディスプレイは無情にも変化することはなかった。

 先輩の言葉を聞かず、通信をこちらから切ってしまったことが非常に心苦しい。「バイバイ」すら言えなかった自分がとても……とても……。

 あの瞬間に戻れるのなら、自分を殴ってでも通信を維持させていた。

 だがそれはもう過去のこと。どうしようもない。

 部屋に引きこもり、今日も機械作業のようにコールをかけ続ける。

 

「大丈夫かい、マシュ?」

 

 いつの間にか部屋に入ってきていたマスターのひとりがマシュに声をかけた。

 殺風景な白い部屋で、ベッドの上でだらしなく寝転んでいる。しかし両手から端末は離さない。

 

「いえ……たぶん大丈夫ではないです」

 

 誰が見ても暗いマシュの笑顔はどうしようもなく寂しいものだ。マスターは歯痒さに目を逸らしつつも、端的に用件を告げた。

 

「よくわからないけど、ダ・ヴィンチさんに呼ばれているぞ? 内容は知らないケド」

 

「ダ・ヴィンチちゃんが? まあ……はい、わかりました」

 

 応答なしの音がポロロンと鳴り、マシュはそっと端末をベッドの上に置いた。マスターはちらりと見えた通話履歴の列に驚愕する。

 画面いっぱい分では足らず、356ページまである。いったい何回コールを繰り返したのだ。それほど盾の少女は『先輩』なる人物を好いているのがよくわかるが、いつまでたってもこれではマスターとしても問題だった。

 

「諦めろとは言わないけど、その人ばかりに固執するのはあまりよくないと俺は思うぞ?」

 

「それは……ダメです。どうしても諦めたくないんです。諦めてはいけないのです」

 

 弱々しいながらも堅いその決意はマスターの心を揺さぶった。

 マスターはマシュが『先輩』と特異点を回っていたことはよく知っている。だがそれは記録のみだ。そしてその中にある物語は知らない。

 皮肉にも『マスター』としての仕事はゼロといっても良いほどで、実のところマスターたちはカルデアにとって、ただの置物となってしまっている。

 

「俺はその『先輩』という人がどういう人か知らないから深入りできないけど、はやく見つかるといいな」

 

「はい。ありがとうございます……」

 

 マシュはマスターの横を通り過ぎ、廊下へ出た。

 すれ違うサーヴァントたちは皆、共に二年間戦ってきた仲間だ。しかし一度強制退去させられ、あの記憶を持った人はもう、マシュと天才ふたりしかいない。

 当時では考えられないほどの賑わいぶり。ひとりの時ですら相当だったのに、現在はその何十倍だろう? たくさんの人に話しかけられ、相槌を打ちながらなんとかダ・ヴィンチの工房にたどり着く。

 軽く三回ノック。

 

「マシュだね? 入りたまえ」

 

 ドアを開け、中に入る。

 ここはいつまでたっても片付かない。全く理解できないものまでそこらに転がっているせいで、迂闊に触れることができない。天才(マッドサイエンティスト)の発明品はなにが起こるかわかったものではない。

 適当に近くにある椅子を手繰り寄せようと手を伸ばす。

 

「待った! その椅子には触らないほうがいい」

 

「えっ」

 

「触った瞬間、ビリビリと電流が流れる仕組みになっているのさ。ちょ〜っとあのバリツ野郎にイタズラしてみたくてね」

 

 てへっ、と可愛く舌を出しても笑えない。天才同士だからこそできるイタズラなのだろうが、それを常人が理解することはできない。

 呆けていると、ダ・ヴィンチが「ささ、これに」と今度こそちゃんとした椅子を差し出してくれ、ようやくマシュは腰を下ろした。

 

「実はね、複数の教会のほうから指令が来ているのだよ」

 

「指令、ですか?」

 

「Yes。なんでも、全くもって正体のわからない人物を殺さずに捕らえろとかいうブラック極まりないものだ」

 

 そう言ってダ・ヴィンチはタブレットを操作して日本の地図をホログラムにアウトプットする。徐々にズームしていき、とある地域でストップする。

 その場所の意味するものを理解したマシュが息をのむ。

 

「ここは……」

 

「ーーそう、あの子の家の近くだ」

 

 ダ・ヴィンチが静かに告げる。

 そして顔を上げるマシュに言葉を続ける。

 

「後々全員にこれを通達し、レイシフトして現地に向かってもらうことになる。過去への干渉は厳密に禁止されているため、時空に変化はないものとする。そこでだ。マシュ、君には特別任務としてあの子の捜索を命じる。いいね?」

 

「……え、えと……ということはつまり……」

 

 嬉しさが大きすぎるせいか、マシュは興奮気味に息を荒げる。

 胸に手を当て、呼吸を落ち着かせようやく鎮まる。そしてみるみるうちに表情が明るくなり、抑えきれなかった興奮が爆発し、椅子から立ち上がってダ・ヴィンチの手を握った。

 

「あ、ありがとうございますっ!! 私はすごく嬉しいです!! 必ず、必ず先輩を見つけ出してみせます!!!」

 

「お、おう」

 

 予想以上の喜びぶりにダ・ヴィンチも苦笑いを浮かべる。

 感極まって工房を出て行こうとして。ダ・ヴィンチは再び「待った」をかける。

 

「なんでしょう! このマシュ・キリエライト、今幸せの頂点にいますよっ!!」

 

「それは少し早い気がするんだけど」

 

「そうでした、この程度で頂点だったら先輩と会ったら幸せすぎて死んでしまうかもしれませんね!」

 

「気をつけたほうがいい。どの教会も内容はほぼ同一。生死を問われていないあたり、怪しい匂いがプンプンする。おそらくこいつは……」

 

 数枚の要請書類にザッと目を通す。

 ターゲットはどれも『UNKNOWN』と顔写真すらない。そのくせに最重要ときた。報酬も桁が4桁ほどズレているのではないかと錯覚してしまうほど高額。明らかに怪しい。

 これらから考察するに、ダ・ヴィンチはひとつの予想……確信があった。

 それはーー。

 

「……封印指定だ」

 

 ◆

 

 マスターは6人。

 それぞれにひとりのサーヴァント、エルキドゥ、ジャック、武蔵、坂本龍馬、ロックなノッブ、そしてマシュが同伴する。

 

『まずは魔力痕を調べるんだ。情報によると、夜な夜な戦闘が発生しているらしい。その痕を辿れば何か見つかるはずだ』

 

 ダ・ヴィンチの通信に、マスター6人が頷く。

 相談の結果二人一組、つまり三組になった。マシュと武蔵、エルキドゥとジャック、ノッブと坂本に分かれる。

 

「ここじゃだいぶ目立つ姿だから皆霊体化していてくれ」

 

 マスターの言葉にマシュと坂本とノッブ以外が従って姿を消す。

 

「三人もして欲しいんだけど……」

 

「すみませんマスター。どうしても私はそうするわけには……」

 

 そう言ってマシュがくるりと回転する。すると一瞬で私服姿に代わり、ノッブが「是非もなし!」と意味のわからないツッコミをする。

 

「これならいいでしょう?」

 

「うーん……まあいっか」

 

 一人目、合格。

 

「ほら、僕はパッと見は日本人っぽいだろう? というか日本人なんだけどね」

 

 ハイカラな制服さえ着ていなければ文句はないのだが、マスターはがくりと項垂れて渋々了承する。

 

「ならお竜さんも日本人だからイケるな」

 

「いやいや、さすがにダメでしょ」

 

 坂本に反対されぶーぶー駄々をこね、最終的に「あとでカエルな」と要求して大人しく霊体化する。

 二人目、条件付き合格。

 

「ノッブは……うん、アウト。令呪を使ってでも霊体化してもらうよ」

 

「是非もないのじゃあ⁉︎」

 

 言葉遣い、水着、それに骸骨イェーイなギターは誰がどう見てもこの街には合わない。異なるものに過剰に敏感な日本でノッブが歩くとする。するとたちまち警察のお世話になってしまう。

 三人目、不合格。

 

『準備はできたかい? ならさっそく捜索を始めよう。昼過ぎだからあまり騒ぎは起きないと思うが、それでも気をつけるんだ』

 

 ダ・ヴィンチの合図に三組が一斉に別れる。ターゲット潜伏予想範囲は存外に広い。抜け目なく終わる頃にはおそらく夜になっている頃だろう。

 そしてそうそうマシュはポケットから地図を出して広げる。

 マスターはそれを覗き込むように見て、不思議そうに首をかしげる。

 

「本当にごめんなさい、マスター。私にはどうしても行きたいところがあるので、そこに行かせてください」

 

 突然まっすぐに頭を下げるマシュにマスターは困惑する。

 武蔵のマスターに目線だけで助けを求めるも、無反応だ。

 

「さすがにはいそうですかと簡単に許可を出すわけにはいかないな。理由を教えてくれ。それ次第では……うん、許そう」

 

「……この近くに先輩の家があるんです。そこに行けばもしかしたら先輩に会えるかもしれないのです。だからどうか……」

 

 また『先輩』か、と正直なところ思い、何か言ってやろうと口を開きかけるも、マシュの懇願する顔を見てしまうと、どうしても言葉が喉に詰まって口から出てこない。

 サーヴァントをひとり手放すのはあまりにも惜しい。ダ・ヴィンチの言う通り、昼間だからといって何も起こらないわけではない。そこを考慮すると、武蔵だけでは心もとない部分もある。無論武蔵が頼りになるとわかっていてもだ。

 

『行ってきなさいな。私がマシュの分も頑張ればいいだけなんだから!』

 

 武蔵が霊体化しながら声だけマスターに届ける。

 

「……条件がある。端末を常に持っていること。俺たちが呼んだらたとえどんな状況でもすぐに来ること。それが守れるのなら……いい」

 

「自分で言うのも少しあれですが……本当にいいのですか?」

 

「はやく行けよ。大切な人を探す奴を止めるのはただの畜生だから」

 

 マスターが端末をマシュに投げ渡す。

 手のひらサイズのそれをポケットに入れると、とびきりの笑顔で感謝を告げた。

 

「ありがとうございますマスター! 必ず先輩を見つけますからーー!!」

 

 言いながら、最後にはもう、遠くへ走ってしまってあまりよく聞こえなかった。マスターは黙ってそれを見届け、人混みに消えたところでようやく足を進める。

 

「ん。悪いな、マシュを行かせてしまって。武蔵、あの子の分もよろしく頼む」

 

『合点承知! マスターもいいよね? この武蔵に任せなさいな!』

 

「もちろん。でもちゃんと私の指示を聞いてよね?」

 

 痛いところを突かれたか、武蔵はそれきり無言になってしまう。

 ともあれこの二人のマスターにとって戦力となるのは武蔵のみとなってしまった。

 賑やかな商店街で、魔力痕を探しながら歩き、時々道草を食う。みたらし団子をこっそり武蔵に食べさせてやる。すると彼女は都合よく現れて三本ほど頬張る。

 

「君、もしかして故郷では結構モテたりしてた?」

 

 ふと、そんな武蔵のマスターの疑問に。

 

「まさか。俺は天涯孤独。ソロぼっちを極めた男だぞ」

 

「……そ」

 

 爪の先ほどだがカッコいいじゃない、と思っていたそれは、すぐさまどこかへと飛んでいった。

 

 ◇

 

 地図を広げ、拙い土地勘を頼りに街を走る。すれ違う人に道を尋ね、交番で道を尋ね、ようやくそれと思われる一軒家の集まりに着いた。

 ざっと見渡すと30軒ほどあり、どれが先輩の家なのかわからない。地図は確かにここを示しているのだが、どうしてもここから先どうすればいいのかわからなかった。

 途方に暮れていたその時。

 

『マシュ、家がわかった! その家の列のひとつ向こうにある二列目、その左から二番目の赤茶色の屋根がそうらしい』

 

「本当ですか⁉︎」

 

『ああもちろんだとも。天才が間違えるわけないだろう?』

 

 ありがとうございます! と通信を切り、マシュは駆け足で二列目へと移動する。そして見る。左から二番目……赤茶色の屋根……。

 

「……!」

 

 ある! 確かにある!!

 あれだ、あれが先輩の家だ!!

 この三ヶ月分の絶望が一気に彼方へと飛んでいった。

 あの家に先輩がいる。先輩を怒って、どうして通話に出てくれなかったのですかと泣きながら叫んでやるのだ。

 先輩の苗字の名札を確認し、高鳴る心臓の鼓動を抑えることも忘れたままマシュはインターホンを押す。

 はやくはやくと急かすマシュの心と裏腹に、ピンポーンとのんびりに聞こえてしまう呼び出し音。

 数秒待っても反応はなく、もう一度押す。

 

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 ……反応がない。もう一度押す。

 

「あ、れ……」

 

 もしかして間違い……? いやそれはありえない。この家に間違いないのだ。

 

「どうしたんだい君?」

 

 ランニング中の男に声をかけられ、マシュは我に返った。

 

「あ、あの! ここの人は今どこにいるかわかりますか⁉︎」

 

 指をさして、やや半狂乱気味にマシュは訊いた。

 男はポカンと惚けた顔を晒し、逆に不思議そうにマシュの様子を伺いながら答える。

 

「何を言っているんだい? この家に人なんていないよ。三ヶ月くらい前だったかなぁ……この家で殺人があったんだよ。両親は惨殺。一人娘は行方不明。今はもう迷宮入りした事件だよ」

 

「ーーーー」

 

 この瞬間、マシュは己の考えの浅はかさを思い知った。

 そもそも先輩が通話に出なくなったのは、何かが起こったから。そのくせに普通に家にいるわけがない。三ヶ月間あったというのに、なぜそう考えられなかったのか。ダ・ヴィンチの教えてくれた情報があるからといって、必ずしも先輩が見つかるはずでもないのに。

 

 いったいどれだけ自分の頭の中はお花畑だったのだろうか。

 

 両親は死に、先輩はどこかへ消えた。

 とっくの昔の話だ。この地域はもういないに決まっている。きっとどこか遠くに行ってしまっているはずだ。

 マシュは先輩の家だった建物を前に膝をついた。

 そして震える手でポケットから端末を取り出して。

 

「マスター……私、今からそちらに……合流、しま、す」

 

 と、小さくえづきながら短く伝えた。

 

 ◆

 

 ターゲット発見の知らせを聞いたのは晩のことだった。

 

『そんなわけがない……これはどう考えてもおかしい!!』

 

 マシュがマスターに返した端末から珍しくダ・ヴィンチが叫ぶ。

 こんな彼女は珍しい……いや、初めてかもしれない。それほどの狼狽ぶりだった。

 

「ダ・ヴィンチさん、何がですか⁉︎」

 

 マスターの問いにも答えず、ぶつぶつと目と目の間を指で摘みんでつぶやき始める。

 現在対峙しているのはエルキドゥとジャックのペアらしい。場所は人気のない裏路地。なんと偶然居合わせた教会の人間と共闘しているらしい。

 

「これは特大だね」

 

 武蔵が人目の少ないところに入った瞬間に霊体化を解除し、自分のマスターに言った。

 

「マシュ、しっかりしなさい。あなたの本来の目的はUNKNOWNの捕獲。そうでしょう?」

 

「……そう、です」

 

 武蔵に諭され、マシュは私服から武装し、盾を召喚する。

 

『そういうことだったか!! 私たちは……カルデアは嵌められた……!! ああ……ダメだマシュ。君は行くべきではない。そもそもこの指令を請け負ったのが大正解(・・・)であり、大間違い(・・・・)だった……!』

 

 ダ・ヴィンチが支離滅裂なことを言い始める。だがもう四人は止まらない。止まれない。マシュだって本来の任務は理解している。あくまで先輩の捜索はサブ任務にすぎなかったのだ。今回はその機会があり、ものにできなかっただけ。

 ならば次の機会、万全を期して先輩を探せばいいのだ。どんな苦境でも生き抜いた人だ。だから必ず今回も生きている。そして生きているのなら、必ず見つけられる。

 ようやくそう無理やり自分を理解させたマシュは、角を曲がる。その先にUNKNOWNの正体が……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは人だった。

 女の子だった。

 夜だというのに、太陽のように明るい髪色だった。

 

 しだいに『あの人』と面影が重なっていく。

 

 まだよく見えないから、もっと近づく。

 顔がしだいに鮮明に見えてくる。

 

「……うそ」

 

 一瞬だけ他人の空似だと思ったが、見間違えるはずなどなかった。

 エルキドゥの天の鎖で空中に縛り上げられ、苦悶の表情を浮かべている。

 

『待て、やめるんだ!!』

 

 誰に言ったのかわからないダ・ヴィンチの制止の声。

 

「ーーせ」

 

 ついに面影が完全に重なる。

 確信。あの女の子は間違いない……『あの人』だ!!

 だが、マシュが彼女を呼ぶのを遮るように。

 

 ジャックの宝具が元マスターの腹を深く、深く切り裂き。下半身がぼとり、と。臓器がぼとぼと、と。夥しい血がビシャビシャ、と地面に落ちた。

 

 ……それは、五ヶ月ぶりの再会であったとしても、あまりにも残酷なものだった。




何度か質問を受けましたが、マスターちゃんはビースト覚醒していません。

マスターちゃんに憑く亡者たちは、お竜さん的なポジションだと思ってもらえば。
ずっと前に説明しましたが(感想欄だったかな?)、亡者たちは特異点を訪れるたびに増えます。特にバビロニアは酷かったですねぇ? ということは……そういうことです。
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