盾の少女の手記   作:mn_ver2

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早速イベントガチャ回したのですが、イベント礼装が一枚も来ないという謎事案が発生しました。


霊怪討伐戦 後編

 先輩が、死んだ。

 マシュがそれを理解したのは、天の鎖の拘束から解放され、残った上半身がおまけと言わんばかりに落ちた後だった。

 

「ーーーーーーぁ」

 

 ゆっくりとした足取りでその亡骸に近づき、マシュは自分の戦闘衣を血まみれにしながらふたつに分かれた肉塊を抱きかかえた。

 口からは血があふれ、虚ろな目が空を見上げている。

 時が盗まれたような。永遠の氷に閉じ込められたような。

 怒りや悲しみを通り越して、超越した感情に自分は迫っているのだと感じた。

 

「せん、ぱい……」

 

 血を拭い、いったい何をして生きていたのか、汚れきった顔をやさしく撫でながらつぶやく。

 いつの間にかノッブ坂本ペアが合流し、マシュを中心に、亡骸を回収しようと歩み寄ってくる。

 

「どうして……どうして殺したんですか……」

 

 エルキドゥとジャック、そのマスターたちを睨みつける。

 

「その少女がUNKNOWNだからだよ」

 

 エルキドゥが淡々と告げ、再び天の鎖を召喚する。

 マシュには彼ら……皆を責めることができなかった。皆は先輩のことを知らないのだ。凍結されている間に人理焼却事件を解結してみせた人物。それが先輩。そしてこれ以上多くを語るわけにはいかなかった。なぜならば彼女はもう日常生活に戻ったのだから。今後人類史に偉業として記録されるであろうから。

 きっとそれが災いしたのだ。

 さらに追及したかったが、押し黙ってしまう。皆に悪意はない。知らないのだから。ただ任務を達成するために行動しているだけだ。

 

『なんてことだ……カルデアが人類の宝を壊してしまった……』

 

 カルデアとマシュ、ダ・ヴィンチの温度差は言うまでもない。

 そもそもなにがあって先輩がUNKNOWNとばれたのだ。そして視界に映った、教会の人間と思われる二人の女に問うた。

 

「あなた方がどの教会の所属かは知りませんが……あなた達なら先輩のことをよく知っているはずですよね」

 

「……」

 

 どちらも無言だ。

 だが歩いてくるのに対してマシュは警戒レベルを一気に上げた。

 盾を向けて威嚇するが、ついに目の前まで迫ったふたりはあろうことか、亡骸……下半身に対してさらに攻撃を浴びせようと迷わず銃を撃った。

 まさかそんなことをするとは露にも思わなかったマシュは完全に不意を突かれ、反応が遅れた。

 その場にいた誰もが反応できなかった。

 弾丸は無慈悲に先輩の下半身を木端微塵に……。

 

 しかし奇妙なことに、二発の弾丸は空に固定された。

 

 回転が徐々に弱まり、やがて完全に停止したところで再度回転し始める。

 回転。回転。回転。

 回転。回転。回転。

 回転。回転。回転。

 空気をかき混ぜ、コンクリートの地面を微かに削るほどの風圧を生み出す。いったい誰がこれを行っている。マシュは周りを見渡したが、犯人らしき人物は一切見当たらなかった。

 

「エルキドゥ!」

 

 彼のマスターが叫ぶ。

 その意味を理解したエルキドゥは天の鎖を超高速回転する弾丸に巻きつけるべく、じゃりぃん!! と発射する。風圧に負けじと恐るべきスピードで勢いを失いながら接近するも、やがて鎖の方が押し負け、粉々に砕け散ってしまった。

 サーヴァントの拘束すら弾いてみせる力。ついに極回転まで至った弾丸が発射され、撃った女ふたりの頭部を肉片すら残らず破壊した。

 それを認識したのは、軌跡が残した暴風に身体が吹き飛ばされそうになった後。

 

 そしてさらに気づく。

 誰もいなかったはずの裏路地に、霊のようなものがいる。それも一体や二体ではない。十人以上はいる。楽しそうに死んだ女たちの死体で遊ぶ霊。先輩の臓器をかき集める霊。先輩の下半身に欲情している霊。人に理解できない笑い声で笑う霊。

 たくさん、たくさんの霊がそれぞれの思いのままに彷徨っている。

 

「龍馬!」

 

「はいはいわかってますよ!」

 

 坂本がそのうちの一体、挙動不審の霊に対して攻撃を仕掛ける。

 剣撃を浴びせ、お竜の拳が喉元に寸分の狂いなく命中するが、『当たった』という感覚は希薄で、風景に滲むように消える。

 

「さてはお前、お竜さんと同類以上とみたぞ」

 

『気をつけるんだ。その霊たちの霊基が確認できない! おそらく新種のなにかだ! それとマシュ、そこは危険だ! はやく下がるんだ!』

 

 ダ・ヴィンチの叱責にすら、マシュは動くことができなかった。身体的な問題は何もない。しかし、先輩が死んだという現実をまだ完全に受け入れられない彼女の狼狽え、悲哀、氷のような憤怒が自身をドロドロの闇に陥れた。

 サーヴァント全員が次々に現れる霊に対応しているのに、マシュだけ何もしていない。

 カルデアを、世界を救った真の英雄が、その救ったはずの人類に殺されたのだ! なんという残酷な仕打ち。世界から称賛されることすらなく、代わりに与えられたのは死だ。

 

 マシュの前に霊がひとり、現れる。

 

 その霊を見上げると、なんと霊は敵対意思はありませんとかぶりを振る。

 そしてボロボロに破けた黒い制服の首元を正し、折れた指揮棒を振り上げる。すると各々好きにしていた亡者たちが一斉に動きを止め、先輩の亡骸を囲むように集まった。

 指揮棒の振るリズムに合っているように聞こえて、だが合っていないようにも聞こえる合唱が始まった。

 

 起きろ。起きろ。起きろ。

 いつまで寝ているつもりだ。

 私たちはお前と約束したのだ。

 さあ立て。死ね。立て。死ね。立て。死ね。立て。死ね。立て。死ね。立て。死ね。立て。死ね。立て。

 ひ、ひひ。ひひ。ひ。ひひひひひひ、ひ、ひ。ひ、ひ、ひひひ、ひひひひひ。ひひひひひ、ひひ、ひひ、ひ。ひひ。ひひひひ、ひ、ひひ。

 

 身が震え上がるとはまさにこのことか。

 鳥肌が立ち、足の先から頭の頂点に至るまでに微細だが、北極南極ですら生温い極限の寒気が染みわたる。

 ぞわり、と見ることを生理的にすら拒絶してしまう、未知の感覚。

 亡者たちは怯えるマシュから先輩を取り返すと、臓器、血をかき集め、上半身と下半身をくっつける。

 いっそ美しいまでに切断された部分から紫色の糸が無数に伸び、己が身体に触れると縫うように結びつけ、それが全体に行き届いたあと、ズルズルと身体を引きずりながら接続を果たした。

 そのなんとも人間ではない活動に、武蔵のマスターが嗚咽を漏らす。

 

『霊基は確かに人だが……どうなって……いや、これはまるで変数だ』

 

 ようやく解析を完了させたダ・ヴィンチが言う。

 

『人に縛られてはいるものの、何にでもなれる存在。受け皿。変態者。だがそのどれも行使せず、生きることだけに執着している。……もはや一種の呪いじゃないか』

 

 死んだ人間が、生き返る。

 この世に別れを告げたはずの先輩が再び息を吹き返す。

 ゆっくりと目を開き、辺りを見回す。そしてマシュの姿を見つけると、いつものあの笑顔で語りかけてきた。

 

「久しぶりだね、マシュ。何年ぶりかな?」

 

 ロングヘアの先輩は大人の魅力ともいうべきものを獲得し、さらに美しさを増していた。だがだからこそ、それを背にのしかかっている狂気が、マシュとっては正直怖く感じてしまった。しかし、それと同等かそれ以上に先輩に再会できたことが嬉しかった。

 マシュも狂気に堕ちたわけではない。ただ、先輩と会うことができた。その喜びが何よりだっただけだ。

 

「先輩! 先輩ぃっ!!」

 

 死者? 生者? そういうことではない。先輩なのだ。まぎれもない。

 抱きついた瞬間、あの懐かしい匂いを感じ、マシュの中の思い出が爆発した。

 

「いままで何をしていたのですか……! なんの前触れもなくいきなり通話に出なくなったりして!! どれだけ私が心配したかわかりますか⁉︎」

 

 胸を叩き、彼女を叱りつける。

 涙がとどまるところを知らず、決壊したダムのように流れる。

 亡者たちはポップコーンを貪りながら感動モノのお話を観賞している。さながら映画館模様。

 

「ごめんねマシュ。簡単に許されることではなかったね」

 

「当たり前です!」

 

「私のこと、嫌いになった?」

 

 顔を離し、先輩はマシュの様子を伺う。

 

「それは……ずるいですよ……」

 

 嫌いになるわけがない。嫌いになる理由などない。

 もう一度熱い抱擁を交わし、ふたりは絆を確かめあった。

 エンドロールの流れない映画を観終わった亡者たちは最後に底に残ったポップコーンになれなかった種もバリボリと噛み砕いて、ゴミは丁寧にスタッフもどきの亡者に投げつける。

 

「カルデアよ、何をしている。あの女が目標だ。はやく捕縛するのだ」

 

 木陰から、死んだはずの女が……五人、六人……いやホムンクルスか……が現れる。

 マシュと先輩のあれを見せられ、戸惑うマスターたちをよそに女は続ける。

 

「あれは人ではない。あれは貴重なモノだ。あれは我らがいただく。拒否は許されない。我らに従え。さもなくばお前たちを殺す」

 

 高圧的な声色で一方的に命令する。

 たった数秒で女の数が増え、ざっと40人ほどになっている。

 

「ゴキブリみたいだな」

 

「それ、直接言ったらダメだからね?」

 

 お竜が緊張感のかけらのない言葉を坂本が咎める。不服そうな彼女は「あんな量産型ゴキブリはやく倒そうぜ」とファイティングポーズをとる。

 

『君たちはどこの者だ? ターゲットがあの子であることをなぜ隠していた? カルデアは君たちに対して信頼を失ったぞ』

 

「カルデアの信頼などいらない。あれを渡せ。それだけでいい」

 

 女……ホムンクルスたちが臨戦態勢をとる。

 ……敵対だ。

 

『カルデア所長代行として絶対命令だ! 絶対にあの子を渡してはいけない!』

 

 マスターたちが先輩を守るように陣形を組む。

 ノッブ、ジャック、エルキドゥ、坂本、武蔵が多方面に展開し、女たちを迎え撃つ。

 

「わしのわしによるわしのための是非もない戦いじゃな!!」

 

「うるさいぞノッブ、はやく戦え!」

 

「マスターはわしに対して是非もなさすぎじゃないかのう⁉︎ ところで誰か全体宝具の奴はおらんのか? ……え、いない? 全員単体宝具? わしはロックなノッブだから単体宝具でいいんじゃよ。ま、是非もないよネッ!!」

 

「ピーチクパーチクうるさいぞ、帰ったらアルトリア顔の集団にぶち込んでやろうか⁉︎」

 

「是非もなさすぎワロタ」

 

 そんなことを言いながらもノッブは宝具の断片展開で骸骨を召喚してホムンクルスたちを一網打尽にする。

 取り逃がした敵は、坂本の正確な射撃で撃ち落とす。

 

「うーん、今のは80点だ。カエルをくれたらあと20点プラスしてやろう」

 

「はいはいあとであげますよっと。お竜さん、合わせてくれ!」

 

「ほいきたー」

 

 腰に差す剣を抜刀。

 ホムンクルスたちの間を縫うように通り過ぎ、後には斬撃が残る。「とどめはもらったぞ」と最後の一撃をお竜が丁寧に拳で殴り倒す。

 しかし倒せば一体、また一体とどこからともなく現れる。

 

「本当にゴキブリだな」

 

「さすがに僕も同意せざるをえないかもね」

 

 ホムンクルスたちは同胞の屍を踏み、まるでゾンビのように襲いかかってくる。

 マシュも盾で迎撃はするが、活路を見出せない状況でいた。

 武蔵の鬼神の如き剣技が敵を圧倒しているが、それだけだ。攻撃範囲から逃れた敵は先輩へと攻撃を集中させる。

 

「マシュちゃん、左50度!」

 

「はい!」

 

 武蔵の的確な指示を頼りに、マシュは盾を振り回す。

 

「先輩は! 私が、守りますからッッ!」

 

 先輩を背に、マシュは覚悟を叫ぶ。

 武蔵との連携。盾で攻撃を防ぎ、大きくのけぞったところを武蔵の二刀流が襲う。

 

「マシュ」

 

 先輩から声がかかる。

 

「私に任せてください、先輩!」

 

「違うのマシュ。退いて」

 

 肩を掴まれ、マシュの動きが止まる。

 前に進ませるわけにはいかないと引くつもりなどなかったが、存外にその力が強く、引き下がってしまう。

 

「武蔵も退いて。危ないから」

 

「カルデアの元マスター! 本当に大丈夫なの?」

 

「いいから」

 

 貫いた刀を引き抜き、刃についた血を振り払いステップを踏んでその場から離脱する。

 ホムンクルスたちの動きが止まる。

 本命自らのお出まし。これまで離れていた場所で戦っていた者たちも集い、先輩の前に捕縛しようとにじりにじり寄ってくる。

 

「……出てきて。私の子たち。200人ほどでいいわ」

 

 瞬間、亡者たちが吼える。

 一瞬で武装を果たし、さらにその数が増える。黒い炎の在然、その一柱一柱の燃え後に亡者が召喚される。

 そして指揮者が指揮棒で199人を統率し、力強く足踏みをする。それは瞬く間に全員で伝染し、地を揺るがす。

 

 ざっ、ざっ、ざっ。

 らっ、らっ、らっ。

 うらっ、らっ、らっ。

 

 足踏みをする亡者たちは、決して戦士だけではない。ただの農民、ただの子供。ただの老人。実に多種多様な集まりだ。

 ではなぜ彼ら彼女らが戦うのか。生涯に渡り、一度も武器を手にしたことのない者もいるというのに。それはただひとつ。

 

 元マスターへの罪の精算である。

 

 この瞬間において、戦士となった亡者たちは鬨の声を上げ興奮のまま武器を闇夜に掲げる。己が主の号令を今か今かと待ち遠しそうに醜く唸っている。

 その錚々たる圧、轟きにホムンクルスたちが一歩引く。

 単なる一般人であるはずの元マスターが、これほどの魔術……いや違う、もっとほかの何か……純粋な力、だろうか。魔術師ですらないのに、あれほどの力を。ともあれあの亡者たち、そして彼女明らかな脅威だった。

 

「ーー踏み潰しなさい」

 

 ざっ、ざっ、ざっ。

 らっ、らっ、らっ。

 うらっ、らっ、らっ。

 ひひ、ひひ。ひひひひひ、ひ、ひひひ。ひひひひひ。ひひひ、ひ。ひひ、ひひ、ひ、ひひ。ひひひひ、ひ。

 

 それは、数の暴力。

 それは、戒め。

 それは、研ぎ澄まされた、あまりにも純粋な憎悪也。

 

 ホムンクルスたちを囲い、虐殺と表現して何も違わない一方的な蹂躙を広げる。

 亡者は嗤い、貪り、殺す。

 あれほどサーヴァントたちが苦戦していたというのに、ものの数分で敵を一体も残すことなく殺してみせた。

 

 嗤う。嗤う。勝ったことにではない。

 元マスターがここで終わりを迎えなかったことに嗤っている。

 

 ひひひひ、ひ。ひ、ひ。ひひひひひ。ひ、ひひひ、ひひ。ひひ、ひひひ。ひひひひ。ひひ、ひ、ひひ。ひひ」

 

 最後に満足げに亡者たちは最高の笑顔を浮かべて戦いが終わるかと思われたが、あろうことか我先にと死体を漁り始めた。

 

「あれはいったい……なにを……」

 

 マシュが見る先には、服を剥ぎ、金属物を取り上げて子供のようにはしゃぎ回る亡者たち。

 

「あーそうだった、ついいつもの癖で。ほら、こういう系の敵はいいもの持ってるんだよね」

 

 程よい物を回収した後で、亡者たちはわざわざマッチ棒を燃やして死体を焼く。空腹そうに指をしゃぶっている者は耐えきれずに炎に呑まれながらも食事をする。

 ようやく終わった亡者たちは30人ほどに数を減らし、元マスターを囲んで今回の戦利品を献上する。

 

「いいね。これで新しい服が買えそうだね。久しぶりにおにぎりぐらいの食費が浮きそう」

 

 破けた服を脱ぎ捨て、そこをすぐさま亡者たちがカモフラージュ。早着替えで現れた元マスターはさっきよりも酷いボロボロの服を着ていた。

 

「完璧。……じゃあマシュ、お別れの時間だ」

 

「えっ、なにを言っているのですか?」

 

「なにって……え?」

 

 そのわけのわからない発言をマシュは聞き捨てならなかった。

 あんな目にあったのに、今からどこに行こうというのだ。両親は殺され、家には帰れない。言動から予想するに、とても苦しい生活を送っているのは明らかだ。

 

「そんな状態の先輩を放っておけません。その……両親も亡くなったらしいですし……またもう一度カルデアで暮らしませんか?」

 

「いやー、それは無理だよ」

 

「どうしてですか……?」

 

 何をバカなことを、とでも言いたげな表情で彼女の周りの亡者たちを指差す。

 

「この子たちがカルデアに迷惑をかけるのは確実だよ。だって寝てる時に私を殺すんだよ? さすがに驚きだよ」

 

「そんな……でも、皆でなんとかすれば……」

 

「無理だよ、絶対に。この子たちの行動理由は私を苦しめることだから。それに私は追われる身。たとえ本当にこの子たちが何もしなくても外部から何か攻撃されるのは確実なんだよ。だから私は……カルデアと関わってはいけない」

 

 踵を返し、元マスターはマシュに背を向ける。

 前は涙の別れだった。笑顔の別れだった。

 だが今回は全くの逆だった。

 涙はなかった。笑顔などありえない、黒い絶望の果ての別れ。

 もう人類最後のマスターだった少女を、元に戻すことは不可能である。

 ほぼ不死となった彼女に、救いは……。

 

「……最後にマシュ」

 

「これでお別れなんて認めせんよ、先輩!!」

 

「私を哀れんだ? 悲しんだ? 助けたいと思った? 絶対に救おうと思った?」

 

「当たり前です! 先輩を救うためなら、私はなんだってやる覚悟です!!」

 

「そう? じゃあこれを」

 

 亡者のひとりがマシュに激しく湾曲したナイフを手渡す。切れ味は素人が見るだけでもわかるほどとても鋭いもの。軽く触れるだけでも容易く切れそうだ。

 

「私は行くね、マシュ」

 

 振り返り、寂しそうにも見える、今にも崩れ落ちそうな笑顔をマシュに向け、屈強な亡者に抱きかかえられて夜空を舞い上がった。月光が彼女を淡く照らし、その様子はまるで地球を去る、血に濡れたかぐや姫のよう。

 マシュは届かないとわかっていても、手を伸ばした。

 こんな別れ方、絶対に認められない。この後になんの意味もない、本当になんでもない話をしたかった。

 カルデアでのこととか、他にもたくさん、いっぱい、それこそ1日では語りきれないほどの。

 

「もし本当に私を想ってくれているのなら……」

 

 彼女の姿がだんだん遠のく。声だけがぼんやりと伝わり、しかしすぐさま消えてしまう。

 

「ーーそのナイフで私を殺し(救い)に来て」

 

 ついにどこかに消えてしまった元マスターを、マシュは力無く見上げる。

 また会いたい。なんとしてでも会いたい。マシュと彼女が培ってきた絆は、この程度で崩れるものではないはずだ。今度は向こうから一方的に別れを告げられてしまった。これでは立場が逆だ。

 目線を落とし、ナイフを見る。

 

「私は……わたし、は……」

 

 これがマシュとっても、彼女にとっても人生最大の決断となる。

 どっちを選ぶとどのような結末を迎えるかなど、マシュにわかるはずなどない。しかし、これが最善であると。これが唯一の方法なのだと信じて行動する。これがもし間違いだったとしても、後悔は絶対にしない。

 

 そしてマシュはーーーー…………。




約三ヶ月間ほぼ毎日敵に襲われ、まともに休むことなどできず、死ぬように眠ることが許されたとしてもその間に亡者たちに殺されるし、だがまた蘇生させられる。
そんな無限地獄に堕ちた元マスターちゃんをマシュマシュはどうするか。
ここで話は終わりです。

ifルート編はとりあえずここで終わります。
次。
ーー人類悪、在臨。


ネタが次で尽きます。ということは……。
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