盾の少女の手記   作:mn_ver2

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ゲーティアはたぶん、ゴエティアからきていると思います。
妄想が膨らんだので書き殴りました、ええ。

時空神殿レ####とビーストの出現。
様々な思惑が入り乱れ、何が生まれるか。


テウルギア・ゴエティア 後編

 果たして偶然か。必然か。いやおそらくこれは必然なのだろう。だってゼロだから。どんなに先を尖らせた鉛筆を地面に立てても必ず倒れるようなゼロを、カルデアはイチとして得たのだ。

 だからこれは……きっと運命なのだ。

 エミヤオルタがいつの間にか投影していたエクスカリバーを矢のように弓に構え、マシュに制止する暇を与えずに発射する。

 真っ直ぐに金色の軌跡を残しながら時空神殿、その玉座に座るビーストに吸い込まれるように伸びていきーー。

 ビーストが先端を親指と人差し指だけでエクスカリバーを摘み、勢いを殺す。そしてクルクルと回転させて柄を握ると、こちらに投げ返して来た。

 それは瞬きの間に返却され、エミヤオルタの足元に深々と突き刺さる。反応が一瞬遅れたが、彼は満足そうに鼻で笑った。

 内心冷や汗をかきながらアンリマユはおどけてみせる。

 

「ヒュ〜、狙いが俺じゃなくてよかったぜ。あれ食らったらオレは間違いなく天に召されてたな」

 

 その間にもビーストは玉座から立ち上がり、宙をゆっくりとこちらに向かっておりて来ている。その様はまるで……地獄からやって来た熾天使。

 

「どうするマシュ」

 

 沖田オルタが大太刀を抜刀しいつでも攻撃できる体勢をとっている。

 マシュの、盾を持つ手に力が入り、地面を擦り微小の火花が散る。

 

「……待ちます。それと攻撃は認めません。特にエミヤオルタさん」

 

「……チッ」

 

 今度はカラドボルグをつがえていたが、腑に落ちずに舌打ちをしながらも渋々と消した。

 ふわりとビーストの纏う衣がなぜか空を覆い尽くすほど大きく錯覚してしまい、夜を演出する月光すら存在を否定されるような漆黒の闇に包まれる。

 誰もその姿を見て動けない。いや、動こうと思えば動けた。だが無拘束の魅惑に囚われてしまい、男はもちろん女であろうとビーストの美に酔いしれた。

 無音の時間はついに終わりを告げ、ビーストが地に舞い降りる。

 アンリマユは息を呑み、ビーストの様子を伺う。

 優しく地面に着地したビーストはゆっくりとした足取りでこちらに近づき、約10メートルほど離れた位置で止まった。

 

「……久しぶりだね、みんな」

 

 まるで鈴の音色のような、透明感のある声。そして虜にされてしまいそうな声。

 はにかむような微笑みは確かにマスターの面影を残している。

 

「正直驚いたね。また会えるなんて全く思っていなかったから。たぶんBBの仕業かな? すごいね」

 

 マシュが一歩前に出る。

 敵対の意志はないことをアピールしようと盾を消す。

 

「確かにあの人のおかげで私たちは先輩に会うことができました。何をしに来たかわかっているかとは思いますが、それでも言わせてもらいます。……もうこれ以上人類を殺すのはやめてください。先輩が罪を重ねていくのを見るのは……耐えられないです」

 

 ビーストは顔色ひとつ変えずマシュの言葉を聞く。

 

「うんうん。そうだね。それはそうだよね」

 

 どうもこちら側の意志はちゃんと伝わったようだ。首肯し、ビーストはでもね、と口を開く。

 

「止めることはできないな。だってそれこそがこの私、ビーストの存在意義だから」

 

「先輩……」

 

「私はもうマシュの先輩じゃないよ、ビーストだよ。そこのところ、現実から目を背けずに理解してほしいな」

 

 反論しようとマシュは一歩踏み出したが、その半ばで足が止まってしまう。

 なぜならばビースト……マスター……ビーストから殺意を感じたから。だがそれは刺々しいものではなく、包み込むようなもので、だが触れれば最後、たちまち死んでしまうだろう。だからこれはそう……生物的本能だ。それが危険信号を鳴らしたのだ。

 

「退けマシュ・キリエライト。やはりあれは生かしてはおけん」

 

 気づけばすぐ後ろに立っていたエミヤオルタがマシュの肩をグイッと掴み、自身の後ろに押しやって二丁拳銃を構える。

 だが負けじとマシュは彼の腕を掴み、撃たせてたまるものかと食ってかかる。

 

「私言いましたよね⁉︎ 先輩を攻撃することは許しません!!」

 

「まだわからないのか。外見は人間だがもうあれはお前の知る女ではない!」

 

 目を血走らせ、エミヤオルタが吼える。

 ふたりの女々しい争いをアンリマユは黙って鑑賞する。

 どちらの言い分ももっともなのだが、結局はどちらかにしなければならない。アンリマユにとって、正直なところどっちでもいい。……ビーストに勝つことができればという大前提の話だが。

 

「できれば私はカルデアを滅ぼしたくはない。昔みんなで過ごした楽しい日々、それをなくしたくはない。だからどうかな? 私の時空神殿に来ない? 皆が快適な日常を送れるように私、頑張るから」

 

 ビーストの誘いに、マシュが時空神殿を見上げる。

 確かにあれはあまりに巨大だ。まだ全体像が明らかになっていないが、それでもあれだけでカルデアより遥かに大きい。

 人類悪になったビーストのもと、カルデアに安寧が訪れる。致命的な魔力不足は解決し、そしてまたビースト……マスターとかつての毎日を送ることができるのだ。そして時間さえかければ人類悪から人間に戻すことだってきっとできるはずだ。ならば……。

 

「耳を貸さないほうがいい、マシュ。あの言葉にはもう中身が感じられない。単純な破滅機構になってしまった彼女におそらく想いはない」

 

 エミヤがマシュの思考の邪魔に入る。

 彼までもがマスターを否定するのか。そこまでマスターは変化してしまったのか。何がマスターをそうさせてしまったのか。疑問が尽きない。彼の顔を伺うが、苦虫を万匹噛み潰したような表情をしている。

 

「エミヤ。エミヤ。正義の味方さん。私を殺すべきなのでしょう? 抑止以前に、あなたの信念が私を許さないのでしょう? 私を殺せば兆? 京? いやもっとか。とにかく大勢の人間の命を救えるよ。ほら、これで本物の英雄だね」

 

「私、は……」

 

 エミヤが押し黙る。あんな言い方をしたが、これは彼なりの悩み抜いた果ての答え。瞳の奥でそれが揺らぐ。

 

「おう女難のエミヤ。ちょっと小突かれたくらいでグラグラしやがって。そんなんじゃクソ雑魚女たらしと呼んでやろうか」

 

「決意したのなら、最後まで貫き通しなさい。それが僕から言えるアドバイスかな。坂本龍馬が坂本龍馬である所以、そういうのには自分でも驚くほど敏感なんでね」

 

 お竜がエミヤの周りを浮遊し、軽くビンタを一発お見舞いしてやる。

 決して強くはない一撃。だが、エミヤの目を覚まさせるのには十分で、双剣を投影させ、マシュに謝る。

 

「すまないマシュ。やはりマスターは討つべき敵だ。私を憎んでくれても構わない。いやむしろ憎んでくれ。……オレは、ようやく切嗣のことを少し理解できたような気がしたんだ」

 

「…………ッ」

 

 マシュが悔しさに歯をきつく食いしばる。

 マシュの味方をする者は果たしてここにはもういないのか。沖田オルタに、巌窟王に目だけで助けを求めてもふたりとも黙って首を横に振るのみ。

 

「オレは中立ってことで。どうなるかなんてオレにわかるわけないでしょ」

 

 アンリマユは誰よりもビーストから離れた位置で物語のいく末を眺めている。ちょうど座り心地の良い岩に腰掛け、完全に傍観に徹している。

 戦いなら勝手にやってくれ。だが巻き込むのはNG。なぜならば弱いから。

 

「マシュさんよぉ、お前の考えは正しい……とまでは言えないが、何も間違っちゃいない。だからといって抑止さんたちが間違っているわけでもない。オレは何もしない。ただ見届けるだけ。エミヤは決意した。んで行動する。ならお前も決意するべきじゃないのか? お前の行動であいつらを納得させてみせろ。……そうじゃなきゃ先輩が死んじまうぜ?」

 

 坂本がアドバイスをやったのだ。ならばアンリマユだってアドバイスしてもいいだろう? それくらいの権利は認めてほしい。

 マシュは俯きながら、ひとつひとつ落し物を拾うように言葉を発した。

 

「先輩……私は先輩に死んでほしくありません。……なので全力で先輩を倒します。エミヤさんたちの思い通りには、させません」

 

 盾を召喚。重々しくそれを構え、ビーストを見据える。

 ビーストは寂しそうに小さく微笑む。

 

「とても残念だな。たぶんゲーティアもこんな気持ちだったのかな」

 

 やっぱりその表情は、人間だ。

 ビーストが一歩踏み出す。それが合図となった。

 エミヤが双剣で斬りかかる。ビーストは咄嗟に両腕を剣に変形させて迎え撃つ。

 エミヤの単純な突き……に見せかけた首を搔き切る一撃をなんなく華麗なステップで避け、その隙を狙ったエミヤオルタの射撃を、召喚した魔神柱を壁として利用し防ぐ。

 ここまでの時間、わずか0.8秒。

 巌窟王が黒い炎で地面を燃やし、ビーストの行動範囲を拘束する。だがそれは地面を抉りながら蹴り上げられ、意味を無くす。

 超高速で移動し攻撃する巌窟王の攻撃を全て捌ききり、最後に突進してきたマシュを受け止める。

 

「私は絶対に先輩を助けてみせますからッッ!!」

 

「うん、期待してるよ」

 

 両腕でマシュの盾を受け止めていたが、片腕だけ強引に動かし、盾の防御範囲外からマシュの横腹を貫く一貫が迫る。

 電光石火の如く。マシュの頭の中で思考が加速し、手首をひねり、盾を回転させる。

 ガガアアァァン!! と激しいせめぎ合いが始まり、単純な力勝負はマシュのの負けに終わり、華奢な身体が吹き飛ばされる。

 息をつく暇もなくビーストに今度は沖田オルタと坂本タッグが肉迫する。

 

「お、お、おおおおおおぉぉぉぉーー……!!」

 

 その辺の武器に比べ、リーチの圧倒的に長い大太刀がビーストの衣の一部を裂く。だがその一部がひらりと舞い、最後に小爆発を起こすのはさすがに予想できなかったか。煙で視界からビーストの姿が消えーー……。

 首筋を指で撫でられたのに気づいたのは、すんでのところで庇いに乱入した巌窟王が彼方まで吹き飛ばされた後だった。

 

「重、すぎるぞ……!!」

 

 巌窟王が口元に流れる血を拭い、滾った炎がボウッッ!! と燃え上がる。

 彼がビーストを炎で撹乱し、沖田オルタがその隙間を縫うように太刀を振るう。

 

「行くぞ、お竜さん!!」

 

「よし、行こう」

 

「「『天駆ける竜が如く!!!』」」

 

 お竜の姿が巨大な黒蛇の姿となり、頭の上に坂本が騎乗する。

 沖田オルタも流れに乗って宝具を解放。無数の斬撃を空中に固定し、多段発動させる。無人の空間に剣を振る音が止まることなく高く鳴り響き、防御に徹しているビーストをお竜が食らう。

 そして吐き出したところを。

 

「『絶剣、無窮三段ッ!!』」

 

 剣尖から黒い光線を放ち、地面を深く穿ってビーストごと吹き飛ばした。

 後に残るのはレンガで補整された道路の残骸。土煙が上っているのを見て何かを悟った沖田オルタは迷わずそこに突入する。

 その瞬間、不協和音がゴガゴ、と引きずるように鳴り、何度か火花を散らせて数秒後、ボロボロになった沖田オルタが弾き出される。

 

「ぐッ……!」

 

 土煙が晴れ、ビーストの姿が視認できるようになる。

 無傷だ。

 衣はさすがに所々破れてしまっていて、それに気づいたビーストが瞬時に修復する。

 同時にその背後で円状に回転しながら浮遊するのは18個の聖杯。黄金に光り輝くそれはとても神々しく目に映る。

 

「勢いに押されると少し難しいね。ここはまだまだ改善余地がありそう。いい勉強になったよ。ありがとう」

 

「ふざけるな……!」

 

 身体全体をバネにして地を蹴り、超至近距離でエミヤオルタが射撃する。

 しかしそれはつまらなさそうにビーストが息を吹きかけるだけで弾の勢いを殺し、驚愕に目を見開いているところをデコピンで頭を吹き飛ばす。

 

 ……爆ぜる。

 

 頭部を失った身体がだらりと膝をつき、重力に従って地に伏せる。

 

「ーーーー」

 

 一同に戦慄が走る。

 たった一撃でエミヤオルタが死んだ。それだけでも十分恐るべきなのだが、あまりの力の変化ぶりがこれまでビーストはまったく本気を出さずにマシュたちと戦っていたことを意味している。

 さっきのはそう……前菜だよ、とでも言わんばかりのものだ。

 すすす、と腕を横に払えば空間を切り裂き、魔神柱の孕む廃棄孔の口を開く。中で蠢く魔神柱たちを解放し、マシュたちを襲う。

 それらが波となって大きなひとつの生き物として迫る。

 

「宝具、展開します! 私の後ろに下がってくださいッ!!」

 

 宝具、『いまは遥か理想の城』。擬似的にキャメロットの城壁を左右に広げて強固な防御を築き上げる。

 

 ーー衝突。

 

 完璧に敵の進行を止められるはずだったが、それは容易に裏切られ、ズガガガッッ!! と容赦なく城壁を削り、一気にギリギリのところまで攻められる。

 

「そんな……!!」

 

 蝕み、侵し、破壊する。

 今なお防御を突破してマシュたちに迫ろうとしている魔神柱との距離は、手を伸ばせば届くほど。このままでは……破られる。

 マシュの持つ盾はその主の心のありように強く依存する、絶対の守り。

 ゲーティアの第三宝具すら防いでみせた盾。だが今それが破られようとしている。逆を言えばマシュの心のどこかに迷いがあるのだ。

 マスターを守ると決意してはいたが、傷つけなければならないという矛盾に揺らぎが生じてしまったのかもしれない。

 共に戦ったかつての仲間を攻撃するなんて、やはり耐えられるものではなかった。

 マシュは……優しすぎた。

 ついに絶対を謳う壁が破られる。荒れ狂う魔神柱に呑まれ、なすすべもなく攻撃に身を晒すことになり、通り過ぎた後には、ぐったりと倒れ伏せる四人の影。ビーストのたった一撃の範囲攻撃で、全員が戦闘不能に陥った。

 

「あなたたちは強い。私なんかいつも後ろであなたたちに指示を出していただけだから。意志の力。洗練された連携。どれも私にはないもの。今回はとても、とても勉強になった」

 

 ビーストが倒れるマシュの側に立ち、手をさしのばす。

 これまでのマシュならば、これは立ち上がる手助けなのだと素直に手を伸ばしていただろう。だが今回はできなかった。

 

「別に変な意味は無かったんだけどな」

 

「……せん、ぱい」

 

 ビーストはマシュに背中を見せると今度はアンリマユに歩み寄る。

 彼があぐらをかいて座る岩の横に立つ。

 

「あ、気にすんなビーストさん。オレはあんたと戦う気ナッシングだから」

 

 ニシシと笑い、まだ傍観に徹している。

 

「でもオレ、引っかかることがあるんだよな。……あんた、いったいどこにいる(・・・・・)んだ?」

 

 途端、ビーストの足が止まる。

 そしてゆっくりとアンリマユに振り返り、獰猛に口元を歪ませた。

 

「ああ。あなたは最高だね。そう、そうだとも。私はここ(・・)にはいないよ」

 

 バレたか、と幼稚ないたずらっ子のように額を軽く叩く。

 

「ど、どういうこと、です……か。せんぱいがどこに、なんて……」

 

 身体中から血を流しながらも這いずりながら上半身を持ち上げ、アンリマユに問いかける。

 相変わらずおどける彼は面白おかしそうに笑う。

 

「変だとは思わなかったのか? あいつの言動の全てが。エミヤが中身が無いって言った時はお? って思ったんだけどな。まあようするにーー」

 

 アンリマユが説明しようとしたまさにその時、マシュの通信機からあの声が聞こえてきた。ダ・ヴィンチだ。

 

『第9グループ! 無事か⁉︎ カルデアは負けてしまった……!! 全グループは全滅。残っているのは君たちだけだ!!』

 

 向こうも余裕がなさそうだ。珍しく覇気迫る声色で彼女が叫ぶ。

 そして、言葉の意味を確かめるように噛み砕きながらその異常を理解する。

 

「そ、れはどう、いうこと……ですか」

 

『マシュ⁉︎ マシュだね⁉︎ よかった、まだ生きているのなら希望はある。はやく逃げるんだ! この世界には今、172人(・・・・)のマスターがいる!!』

 

 呆けた顔でそれを聞き、マシュはにっこりしているビーストを見る。

 いやいや、それはおかしい。現にマスターはここにいる。ずっとここにいるし、どこかに行ってもいない。そもそもマスターはひとりしか存在しない。

 実は双子だったと言われても信じないし、172人いるだなんて……ありえない。

 

「14グループに『私たち』は勝ったんだね。でも『この私」はまだ。反省点がボロボロ見つかって困っちゃうよ。ともあれ今回は興味深いものになった」

 

 ……霞む視界だからなのか、マシュにはマスターがふたりいるように見えた。

 

 目を凝らし、もう一度確認する。

 どうやらマシュは狂ってしまったようだ。本当にマスターがふたりいる。

 

「久しぶりだね。この私がビースト、分身じゃない、本物の私。ちょっとひとりで世界を滅ぼすのはさすがに時間がかかるからね。より効率を高めるために多方面に私の分身を展開したの。成果は出たけど、この方法を正式に採用するのはまだしばらく先になりそう」

 

 お疲れ様、とビーストはもうひとりのビーストの頭を優しく撫で、泥に還す。

 分身でさえこのザマだというのに、本体が現れたとなれば、もう勝ち目はない。……終わりだ。

 ビーストは微笑む。

 

「BBは本当にすごいよ。私が狙った基点を正確に予想したのだから。まあダ・ヴィンチの言ったとおり排除させてもらったけど。だからあなたたちが最後。これで邪魔者……ですらないけど、いなくなればスムーズに事が進められる」

 

 アンリマユ以外、誰も立ち上がれない。

 分身にはなかった、圧倒的な威圧。ビーストは何もしていないが、そこに存在しているだけで彼女たちに未知のプレッシャーを与えているのだ。

 鬼だ。悪魔だ。死神だ。魔神だ。

 人より上位に在わす存在。人が絶対にかなわない存在。それがビーストであり、マスター。

 エミヤが汚く吼え、それでも立ち上がろうと腕を地面に立てる。その様子を見たビーストは優しく甘い声で誘惑する。

 

「エミヤ。エミヤ。正義の味方さん。無理しなくていいんだよ。優しく、そして瞬きの間に殺してあげるから」

 

「私は、マスターを止めてみせ、る!!」

 

「……そう」

 

 ビーストは無感動に相槌を打つと、エミヤの腕を掴み、立たせてやる。そして両腕を広げてどこでもどうぞと身体をさしだす。

 よろよろと立つのを維持するだけで精一杯のエミヤはそれでもビーストをしっかりと見据えた。

 右腕を引き、拳を突き出す。

 ぱんっ、とビーストの胸に確かに命中したが、それだけだった。

 

「……つまらなかった」

 

 何を期待したのか、どうやら満足はしなかったようで、左腕を剣に変形したビーストはエミヤの身体を跡形も残さずに微塵切りにしてみせる。

 血を浴びて、微笑む。

 

「……つまらなかった。もういいや、この世界。基点は全て抑えた。終わらせよう」

 

 手を垂直に掲げる。

 すると上空に浮遊する時空神殿が重低音を遠く遠く轟かせながら降下してくる。一定の高さになっところでビーストは空を飛び、玉座へと戻っていった。

 マシュが盾を杖代わりにして立ちあがり、ビーストを見上げる。

 おそらくきっと、この後ビーストは光帯を発射させるつもりなのだろう。だがそれはさせない。絶対に……!!

 

「無理だよ、マシュ。もはやあなたたちは私にとっては燃えるゴミと同じ。殺すのはとても残念だけど……仕方ないよね?」

 

「やめてください!」

 

「あなたに私を止める方法はない。せいぜいその盾で光帯を防ぐだけ。でも大丈夫? 本当に防げる?」

 

 ビーストの指摘しているのはさっきのことだ。

 盾の守りが破かれた。そんなくせして本当に防ぐ気なのか、と。

 覚悟はした。

 覚悟は、した。

 もうあの人は先輩ではない。ビーストだ。敵、なのだ。

 大好きな人との決別。それは何よりも苦しい。頬を伝う熱いものを感じながらマシュは盾を構えた。

 

「来なさいビースト!! 私はもう、迷いません!!!」

 

 宝具再展開。

 再度築くはキャメロットの城壁だけではない。カルデアでマスターと共に過ごしてきた想い出を全て組み込み、より頑丈に、決して揺るぎのないものになる。

 何が何でも防いでみせるという強い意志の表れ。ビーストはピクリとそれに反応する。

 

「……オワリ宝具、対人類宝具、極展開」

 

 背後の発射台、闇光帯の充填率が100%を超え、目にするのも悍ましい破壊の力が現れる。

 ゲーティアの光帯を受け止めたマシュだからこそわかる。あれは単なる焼却のため光帯ではない。悪そのものだ。

 自分はきっと、また死ぬのだろう。

 マシュはそっと瞼を伏せ、そう思う。

 キャスパリーグはいない。この攻撃を受けて身体が蒸発し死んでしまったらマシュの命はもう、そこで終わりだ。

 しかし、それくらいの恐怖を跳ね除ける意志がなければビーストと向き合うことはできない。

 覚悟を決めろ! マシュ・キリエライト!!

 瞼を開ける。

 

「終わりの時きたれり。其は人類悪を為すもの。……ありがとうマシュ、大好きだよ。『終わりの時きたれり。其は人類悪を為すもの(テウルギア・ゴエティア)』」

 

 カッ!!! と眩い黒の閃光。

 あの時とシチュエーションは全く違うが、それでもマシュはマシュのすべきことを貫く。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」

 

 こんな土壇場にビーストからの告白だなんて、ずるい。ずるすぎる。

 だが、光帯が迫り、マシュの防御に触れようとしたまさにその瞬間、真っ黒の人影がマシュの前に躍り出た。

 最弱英霊、アンリマユ。

 後ろを振り向き、一方的に話しかけられる。

 

「お前バカじゃねぇの? これを受けてお前は消滅。で、その次は? どうせ何も考えてなかっただろ。……あいつの光帯の本質は悪。ならこの『この世すべての悪(アンリマユ)』と相性は最高というわけだ。オレが受けてやる。だから退け」

 

 アンリマユがマシュの横腹を蹴り、吹き飛ばす。

 途端、宝具は中断され、キャメロットが消え去る。

 アンリマユは笑った。腹の底から笑った。これほど愉快なことが果たしてあるだろうか。

 

 ーーない!!!!!

 

「オレ単騎で人類悪に勝てる可能性って……この瞬間じゃねえかよォッ!!!!!」

 

 宝具、『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』。

 雄叫びを上げ、獣の姿に変貌する。

 アンリマユは『この世すべての悪(アンリマユ)』だから。そう呼ばれる所以、『あの程度』の悪ならば受けとめてやる!!

 バウッッ!! と身体が光帯を浴び、自身が死んだ錯覚に陥り、アンリマユは生きていることを示そうと笑い続けた。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 霊基を喰らう熱のない炎を心臓に受けながらもアンリマユは耐え続けた。

 ビーストがどうなるかに興味はなかったが、この世界を滅ぼすというのならば話は別だ。

 あまり力にはなっていないが、少なくともこの世界を救うために彼は彼なりに頑張ったのだ。それを無駄にするような行為は許せなかった。

 笑った。

 笑った。

 笑った。

 笑った。

 人類悪を、ビーストを、マスターを笑った。

 煉獄に身を晒す時間が終わり、後ろの地面の存在を否定され空白になっているが、アンリマユは立っていた。

 耐えた。耐えきってみせた。

 ゲーティアの光帯ならば絶対に死んでいた。これは、ビーストの光帯だからこそできたこと。

 

「アンリマユ……あなた……」

 

 ここでようやく、初めてビーストが驚愕の表情を浮かべる。

 アンリマユはボロボロになり血反吐を吐きながらも「ハッ!」と笑い飛ばした。

 最弱が、人類悪に勝つ。

 面白い。実に面白い。シェイクスピアらへんなら血の涙を流しながら記録を残してくれそうだ。

 

「……さて、ビースト……オレの宝具のことよくわかってるよなぁ?」

 

 獣の口が大きく開き、キシシと笑う。

 

「ーーいくぞ人類悪。遺言はきちんと残したか?」

 

 待ってはやらないんだけどな、と残し、最弱宝具を解放する。

 自身の受けた攻撃を倍加して返す、『報復』という原初の呪い。

 ビーストの宝具を耐え、アンリマユに蓄えられた力はもはや測定不可。光帯をも超越した力。

 身が有り余る力に震え、今にも爆発して溢れかえりそうだ。それを必死に押さえつけ、制御する。

 

「へへへ、てめぇの自業自得だぜ? 逆しまに死ね! 『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』ァァァーーーー…………!!」

 

 アンリマユを中心に特大かつ特濃の魔力が発生し、ひとつの球となり、銀色に光り輝く。

 ーー時、きたれり。

 照準が定められ、ボボ、とあまりにも普通の発射音で球はアンリマユの手元から離れる。

 その爆発を見た者すべてがその言い尽くせない迫力に畏怖した。

 時空神殿に球が触れ、弾ける。幾万、幾億の鐘が共鳴するような轟音とともに、闇を、さらに深い深淵の闇が呑み込み。

 遥か宇宙にまで届かんばかりの黒の火柱が屹立させて。

 時空神殿を、ビーストごと消しとばした。




悲報
続きまーー……。

ネタストックが雀の涙状態なので誰か……ネタをオラにわけてくれーー。
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