盾の少女の手記   作:mn_ver2

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実はマスターだけBBから特別条件が課せられていて、そのせいで何百回もマシュたちより多くループしている、とか妄想してしまいましたぁ!


星の報せ

 夜とは深い闇である。夜は負の意味を持つ事が多い。しかしそれは本当にそうだと言い切れるのだろうか?

 薄暗い森林をメフィストフェレスと歩く。夜を彩るフクロウの膨らむ鳴き声は聞こえず、夜虫の静かな鳴き声も聞こえない。

 メフィストの腕に絡む無数の小さな爆弾がジャラジャラとうるさい。いつか誤作動で爆発したりしないのだろうか。とても危険だが、したらしたでまあまあ面白そうだ。

 

「んん〜〜! 聞こえますねぇ!! 人々の喧騒がっ! 罵り声がっ!!」

 

 相変わらず気持ち悪い奇声を発す。

 マスターは耳を抑えて呻く。

 アビゲイルの夢の中とはいえ、寝起き(?)状態のマスターにはキツイ目覚ましだ。

 頼れるサーヴァントはこの爆弾魔のみ。無い物ねだりは意味がないし、仕方がないと言われればそれまでだ。

 半ば早歩きで森の中を歩き、ついに木々の間から村が見えてくる。

「キヒヒッ」とメフィストがしゃくりあげたように笑う。彼の視線の先では人だかりができている。

 嫌な雰囲気だ。大人が。子供が。誰か一人をはやし立てている。

 

「全部、全部、ア……その子が……!」

 

 子供たちが喚く。

 薄暗い月光に照らされ、責任転嫁の言葉を浴びせられる幼い少女はゆっくりと微笑んだ。

 

「あなたたちも聞こえたでしょう? 見えたでしょう? 闇に紛れて囁くあの声が。教会の天井に張り付いていたモノが」

 

「う、うるさい。黙れ! 口を塞げ! 耳に砂を詰めろ! あれは悪い夢だったんだ。もうたくさんだ!」

 

 頭を抱え、忌々しい記憶から逃れようと爪で皮膚すら裂いて懇願するようにひとりの村人が少女に訴える。

 

「夢? あれは夢? いいえ? とても面白いご冗談ね?」

 

 少女はひらりと黒い服を靡かせ、言葉を紡いだ。

 

「このセイレムに悪はなかったのだ。すべては疲弊した精神から生まれたもの……。不当な判決で処された者たちの名誉も直に回復するだろう」

 

 彼女の言葉に反応したのはとある男だ。そしてその姿を見た瞬間、マスターの中でセイレムの記憶がどっと溢れかえった。

 あの男は……判事だ。グールとなってマスターを不当に裁き、吊り首にした判事だ。

 血が凍える。

 間違いないトラウマを植え付けられたマスターは息を詰まらせた。あの時の苦痛。忘れるはずもない。忘れられない。

 何も見えない暗闇の中で首を吊られたあの苦しさ。幻痛が首筋をキチキチと締め付け、無意識にマスターは首に手を伸ばした。

 

「どうされましたか?」

 

「ううん……なんでもないわ」

 

 かぶりを振り、マスターは足を進める。

 あれはもう、過去のことだ。もう二度と味わいたくない。

 腰の高さほどある雑草をかき分け、さらに村人の様子をよく見れるように近づく。

 

「あれが神様からの試練だったとでも言うの? そんな都合のいい言い訳が通じるとでも思っているのかしら?」

 

「ぐっ……」

 

 判事が押し黙る。

 

「結局、誰も私と同じものを見ていなかったのね……」

 

 ついに村人たちを次々に論破してみせる少女の姿がはっきり見えるようになった。

 アビゲイルだ。

 空を見上げ、物憂げに涙を浮かべる。

 誰も彼女の言葉に耳を傾けないのだ。誰も彼女の言葉を違うと否定するのだ。

 あの惨劇は確かに存在した。それを指を咥えてただじっと事が終わるのを待ち、のうのうと生き延びた人たちが、今! ここにいる!

 そしてそれを『なかったもの』として終わらせようとしている。

 

「この罪は何度生まれ変わっても晴れることはないわ……」

 

 アビゲイルがうつらうつら訴える。だがそれすらもまるで聞き入れない。

 そしてついに、アビゲイルの想いが爆発した。

 

「魔女は、ここに……確かにいたのよ!!」

 

 もうこれ以上見ていられなかった。

 いちはやくマスターのしようとしていることに勘づいたメフィストの制止を振り切り、村人たちの前に躍り出た。

 

「アビゲイル・ウィリアムズ!!」

 

「!!」

 

 その名を持つ少女がこちらを振り向く。

 それと同時に村人たちの目線がこちらに向く。ほぼ全員、見たことのある顔だ。そのいくつもの表情にあるのは驚愕か? 畏怖か? 憎悪か? 憤怒か?

 それは今はどうでもいい。とにかく、アビゲイルを止める事が先だ。

 

「アビー。落ち着いて」

 

「マス、ター?」

 

 マスターは棒立ちになった村人たちの山をくぐり抜け、そっとアビゲイルを抱きしめた。まだ心も身体も幼いのに、よくここまで言いきってみせた。その精神力は大変素晴らしいが、これ以上は良くない。

 彼女に震えはなかった。しかし、胸にじわりと染みる彼女の涙を感じた。

 

「私、私……なんだかおかしいの。まるで私が私を操っているような変な感覚なの」

 

「ゆっくり息を吸って。吐いて」

 

 すー、はーと深呼吸を繰り返し、アビゲイルはようやく落ち着きを取り戻す。

 

「変な気分だわ。とても、変」

 

「うん……うん。私がいるからもう大丈夫……大丈夫だからね」

 

 メフィストはまだ遠くでこちらを見守っている。

 村人たちもようやく状況を飲み込み、一気に興奮が高まる。なにせあの座長が再び姿を現したのだ。すべてはマスターが来たところから始まった。急変した。

 怒りか。怒りだ。

 

「お、お前はあの時の座長……!」

 

 誰かがわなわなと拳を震わせながら喘ぐように叫ぶ。

 マスターはそれを黙って聞き入れ、静かに彼らを見据えた。

 

「からくも神の試練を乗り越えたというのに、またか! また私たちは苦しめられなければならないのか!!」

 

「忘れろ! 忘れろ!!」

 

「ようやく立ち直ろうとしているセイレムに汚れたお前たちは必要ないんだッ!」

 

 糾弾の罵声がマスターとアビゲイルに容赦なく降り注ぐ。

 

「なかったことにするなんてひどい……。亡くなった人たちを冒涜したいわけじゃないわ。私が生まれ育ったセイレムでの、辛かったことも……楽しかったことも……」

 

 あの時と記憶が被る。

 あれはそう……アビゲイルが自分を魔女と告発したのに、誰も聞き入れなかった時と同じだ。

 誰もがアビゲイルを避ける。誰もがアビゲイルを否定する。

 そんな村人たちが、本当に試練を乗り越えたと言い切れるのだろうか。

 マスターは怒らなかった。皆が皆、聖人のように素晴らしい人格を有しているわけではないのだ。きっとマスターも村人の側に立ったら、嫌な思い出を忘れさせまいとする外部の人間が憎たらしく思うだろう。

 

「この、こノ……神をオソれヌ小娘ドモガァッ!!」

 

 判事が汚れた呻き声をあげる。

 すると突然、肉体が驚異的なスピードで腐敗していき、グールになってしまう。

 それが伝播し、たった数秒で村人全員がグールになってしまう。

 マスターは心の中でため息を吐く。

 なんだ、悪は『そこ』にいたんじゃない、と。

 

「ギィアアアアアア!!」

 

 ひとりがアビゲイルに襲いかかる。

 

「メフィストッ!!」

 

「いつでも参加できるよう待機していたメッフィー、満を辞して登★場! さきほどから私の可愛い可愛い爆弾(ベイビー)ちゃんたちがウズウズしていましてねぇ?」

 

 無駄口をふたつみっつほど抜かしながらもメフィストはそれを弾き飛ばした。

 しかしひとり、またひとりとその波は引く様子はない。

 

「やめてマスター! あの人たちは本当は優しい人なの。マスターにとってのカルデアの仲間たちと一緒なのよ?」

 

「……それでも、仲間が傷つけられるのを黙って見ていられない」

 

「マスターは……いけない人ね」

 

「ずっと前からだよ」

 

 メフィストに指示し、迫るグールたちを退ける。

 

「魔ジョめ! 魔女メ!! オ前さエイなけれバ私タチはシアワせに生きテイラれタとイウの二! また首ヲ吊ってヤル! イヤまだ足りなイ。その穢レタ身を燃やサれながら、死ねッッ!!」

 

 判事が手をマスターに伸ばす。

 距離はとても届く距離ではなかったが、空想の手がマスターの首を確かに掴んだ。実際には掴んではいない。

 しかしなぜかギチギチと締め付けられる幻痛に襲われる。

 痛くはなかった。なんというか……心……というべきか、概念というべきか。それに当てはまるものを攻撃される。

 

「私が……私がセイレムの魔女よ!!」

 

 そう叫ぶアビゲイルを必死に守り抜く中で。

 ポキッ、と。とても乾いた音が無音で鳴り響いた。

 

 ◆

 

「ッ⁉︎」

 

 目が覚めた。

 後味の悪いそれにマスターは心を落ち着かせようと深呼吸する。

 となりではつぶらな瞳をパチクリを開くアビゲイルが静かにマスターを見つめていた。

 

「ごめんなさい、座長さん。私が一緒に寝たいなんて言ったばかりに……」

 

「いや、いいんだよ」

 

 背中にパジャマが汗で張り付いている。とりあえず適当にタオルで汗を拭き、洗面台に立って顔を濡らして眠気を覚ます。少し気分が悪い。

 

「気持ちが落ち着くまで、カルデアの中を散策するのはどうかしら?」

 

「そう、しよっか」

 

「ええ」

 

 鋭い自動ドアの開く音。

 アビゲイルはマスターの手を握って通路に出る。

 夜だから通路は最小限の明かりしかない。刑部姫の部屋の前を通っても、FPS特有の銃撃音が聞こえない。前々から苦情が来ていたものの、一向に止む気配はなかったがついに観念したか。

 恐ろしいほど静かだ。もしかしてもう寝てしまったのか……? それはないか。昼夜逆転しかけている彼女に限ってそれはない。

 やはり誰一人いない。次第にマスターの中で疑念は大きくなり、渦巻く。

 

「ここはとても広いのね、座長さん?」

 

「でしょう? 部屋もたくさんあって、すごく楽しいよ」

 

 ふふ、とアビゲイルが笑う。

 大浴場……の横を通り、「ここは?」と尋ねるたびにマスターは丁寧に教え、アビゲイルは楽しそうに頷く。

 

「楽しいわ座長さん。私、ずっと座長さんのいるところに行ってみたかったの」

 

「それはよかったよ、セイレムの(・・・・・)アビゲイル」

 

 そう言うと、アビゲイルは寂しそうにはにかむ。

 マスターはそっと彼女の小さな身体を抱き寄せ、力強く抱きしめた。

 安堵するような、満足するような息がほう、と彼女の口から漏れる。

 やはり、というかさっきからの言動から想像するには容易かった。

 手はまだ握ったままだ。ぎゅっ、と手を強く握られ、マスターもそれに応える。

 

「星辰の合の間だけ……夜明けまでの、ほんの少しの時間しかいられないの。だからまた会えて嬉しい」

 

「そんなこと言わないで。いつでも会いに来てくれていいんだからね」

 

「いくつもの幸運が重なって……あなたが私を想ってくれて……そのおかげでここに立っていられるの」

 

 本当の私はまだ旅の途中。ずっとずーっと、気の遠くなるほど向こうに私はいる。と目を伏せてそう言う。

 マスターには彼女が具体的にどのようにしてここまでやって来たのかはわからない。きっとレイシフトよりも遥か高次元の方法なのは間違いない。

 

「今日は懐かしい思い出に浸るためにここに来たの。私のことを覚えているのはもう、座長さんとマシュさんと、数人のサーヴァントだけ」

 

 しだいにアビゲイルの様子が目に見えて変わってゆく。これがフォーリナーだからなのか、それは知る由も無い。なぜならフォーリナー自体、特例中の特例のエクストラクラスなのだから。

 彼女の興奮が高ぶってきている。

 

「座長さんの顔が見たかったの。でもダメ。この気持ちが抑えられないの。私は…………いけない子ね」

 

 突如、アビゲイルが爆発的な魔力の暴走を起こし、あのセイレムで、魔女と自称した姿に変容する。

 病的なまでに白い肌。真っ黒の花で彩った服。霊基再臨。

 アビゲイルはマスターの手を握ったままだ。

 

「ねえ、行きましょう座長さん? 星の報せがあなたに届いたの」

 

「星の報せ?」

 

「あなたはもう、ここ(・・)にいるべきではない。それは自分でもわかっているはずでは?」

 

 心当たりが、ないわけではない。むしろありすぎる。そのせいでアビゲイルが言わんとしていることがいまいち理解できない。

 

「……」

 

「私と旅に出ましょう? ラヴィニアを探しましょう。私ひとりだったら寂しいけど、座長さんとなら……とても楽しいに違いないわ」

 

「……」

 

 しだいにアビゲイルの霊気再臨は進み、大きくて太い、雄々しい触手までもが具現化する。それらはマスターの身体を優しく撫で、こちらに寄せようと腰を掴まれれ。

 抵抗は無意味だ。そもそもサーヴァントにマスターが敵うはずがないのだから。アビゲイルの前まで移動させられ、嬉しそうに抱きつかれる。マスターはそれを大人しく素直に受け取った。

 

 そして、マスターはゆっくりとアビゲイルを引き離した。

 

「え……座長、さん……?」

 

 まるでおもちゃを取り上げられた子供のように目尻に涙を溜め、マスターを見上げた。しかしマスターは首を横に振る。

 マスターにはまだ、使命があるのだ。ゲーティア、魔神柱との決着はついたが、マスター個人として、まだやらなければならないことがある。

 罪への償い。

 アビゲイルの勧誘に、惑わされる余裕はない。

 

「ダメだよ、アビー」

 

「ど、どうして……」

 

「こんな誘拐じみた方法で私は一緒に行きたくない。それに、アビーも私もまだ、終わっていないでしょ?」

 

 正論を突きつけられ、アビゲイルは黙る。

 マスターが口を開く。

 

「薔薇の眠りを越え……」

 

「「窮極の門へと至る……」」

 

「そう、アビーはまだ、未完成。わかるでしょう?」

 

 ぎこちない動きで顎を下げる。

 きっとやろうと思えば本当にマスターを連れて彼方へ飛び立つことができるのだろう。しかしそれはダメだ。ふたりとも、まだ未完成だからだ。

 

「でも、でも! 星の報せが……! ここ(・・)にいても座長さんは苦しむだけ。それよりここ(・・)ですらなくなってしまうのっ!!」

 

「それは、未来のことかな?」

 

「…………」

 

 失言だったようだ。

 ハッ! と目を見開くが、手遅れだ。マスターは微笑み、今度はマスターからアビゲイルを抱き寄せる。

 すると、雄々しい触手たちは消え、霊基も落ち着き、いつものおとなしい彼女に戻っていく。

 

「別にアビーが嫌いだからとかじゃないわよ? 何年、何十年後かはわからない。私なんてよぼよぼのおばあちゃんになっているかもしれないし、とうに死んでいるかもしれない。でも、ずっと待ってる。あなたと私が完成した時、また私を誘ってくれる?」

 

 たとえ星の報せによってマスターの未来が予言されていようとも、やることは変わらない。

 これまでマスターの無知、無力のせいで死んだ者たちへの償いを続けるのだ。その決意は誰も揺るがすことはできない。

 

「本当にそれでいいの?」

 

「もちろん。ずっと前から覚悟していたことだから」

 

「……そう。なら、いつかまたお迎えに上がらせてもらうわ。今度は、完成した私が。絶対に。だからその時は……」

 

 誰もいないカルデア、氷に閉ざされたが如く静まり返ったここで、とある言葉が重なって、溶ける。

 ふたりの少女は笑って、別れを告げる。

 それは遥か長い長い時間の約束。女の子同士の、秘密の約束。

 束の間の談笑を交わし、来訪者(フォーリナー)は元の自分へと帰っていく。胸に刻み、決して失われない、ふたりの絆。

 

 ーーそんな、夢のような出来事だった。




突然のあれですが、たぶん次で最後の投稿にします。
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