盾の少女の手記   作:mn_ver2

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もともと少し怖いマスターちゃんをテーマにしてちまちま書いていたのですが、introをプレイして火が付きました。
言わずもがなネタバレパーティーなので、初めはいくらか改行入れます。


見えない余命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいほど眠かった。もうこのまま永眠してもいいと言えるほど、眠かった。

 いや、これは正しい表現ではない。

 完全に無気力になった、が正しい。

 薄っすらと目を開け、恐ろしいほど真っ白なマイルームを見渡す。しかしこれは第二のマイルームだ。彷徨海バルトアンデルス。シオンとキャプテンの手によって再建された新生カルデアだ。

 

「……」

 

 ベッドに寝転ぶマスターは寝返りを打ち、もぞもぞと布団のポジションを確認しながら再び目を閉じた。

 もう数日後には大西洋の異聞帯に向かう。英気を養えと言われてこうしてグダグダしているわけだが、やはりなんとも言えぬ無力感を覚える。

 別段、これは人をダメにする布団、ベッドなどではない。ただマスターが、無気力なだけだ。

 何も考える気が起きない。何もする気が起きない。ただそれだけ。

 いつもならちょっかいを出す亡者たちも、今日はベッドの周りで満面の笑みをマスターに向けるだけ。虚ろな眼孔。抉れた顎。流れる脳汁。蠢く脳みそ。たくさん。

 でも何もしてこない。いや、これはあえてなのだろう。

 グロテスクなものはもう、慣れた。

 十八禁のグロ映画でも持ってくるがいい。そんなもの、紅茶でも優雅に啜りながら最後まで無表情で鑑賞してみせよう。本物は、『その程度』ではないのだ。血飛沫を頭から浴びてみろ。死臭に塗れた血の臭いを知れ。味を知れ。そしてその『痛み』を知れ。そうすればマスターと同じ境地に達することができるだろう。

 今日は全力で死んだように静かに過ごそう。

 

「先輩、おはようございます」

 

 スライドドアが開かれ、盾の少女が笑顔であいさつをする。

 そう、これがいい笑顔だ。お前たちに私の心が癒される笑顔はできないだろう? そう一瞥してから寝返りを打ち、横向きになった世界でマシュを眺める。

 だがいまいち今日はやる気が起きない。

 

「もう、いつまで寝ているのですか? それでは太ってしますよ?」

 

 ムスッとした顔でマスターの傍らに立つと、ちらりと布団をめくった。

 その瞬間、中でぬくぬくに暖まっていた空気が逃げ、代わりに冷たい空気が入り込んでくる。

 ひんやりとしたそれはマスターの身体を優しく撫で、鳥肌が立ち、僅かに身震いする。

 

「ああ、うん……」

 

 いまいち元気の無い声で答える。するとそれを機敏に感じ取ったマシュが、心配そうに声をかける。

 

「えっと……大丈夫ですか? もしかして気分が優れないのですか?」

 

「いんや、そんなことはないんだけどね? なんだかちょっと……」

 

 そう言いながらもマスターはバレないようにこそこそとマシュによってめくられた布団の端を直そうと試みている。

 

「今日はね、なんだかひとりになりたい気分なんだ」

 

「そうですか……。えと、本当に大丈夫ですか?」

 

「熱があるとか、そんなのじゃないの。だから大丈夫だよ」

 

 無事に布団の修正、完了。

 マシュのせいですっかり目が覚めてしまったが、マシュが可愛いから許す。

 いっそ恐ろしいほど似すぎているこのマイルームに少し怖くなる。

 

「今日一日だけ、今日一日だけ私をひとりにして? 明日は普通に顔を出すから」

 

「わかりました……。でも最後に」

 

 いまいち納得していなさそうなマシュだったが、無理やり自分を抑え込んだのだろう、隠しきれていない険しい顔のまま口を開く。

 

「いつでも頼ってくださいね。私は……私たちは先輩を何よりも大事に想っていますから」

 

 なんと健気で優しい言葉なのだろう。しかしマスターにはそれを素直に受け取る余裕も、心もない。

 マシュの背中を無言で見届けた後、再びマスターは目を閉じる。

 身体は十分に回復した。体力も、大丈夫だ。なんなら今すぐにでも異聞帯へ行くぞと言われても問題ないほどだ。だがなぜだろう、心がそれに追いついていないのだ。マスターの身体は確かに生きているのが、心はそれに引きずられているみたいだ。こんな感覚はこれまで一度もなかった。しかし、もしかすると意識していなかっただけで、いつの間にかそうなっていたのかもしれない。

 シオン……そう名乗った少女はカルデアに技術を提供した張本人であるという。見た目はマスターと同じか少し年上だ。彼女こそが世に言うとてつもない天才というものなのだろう。

 マスターにはトリトメギストスやその他の機器については理解のりもわからない。そんな彼女が、マスターたちがあの絶望的なカルデア襲撃から生き延び、この彷徨海にやって来るのを信じてずっと待っていた?

 計算の結果だとは言っていたが、もしそれが外れていたら彼女は……シオンはどうしていただろう。

 もしマスターがカルデア襲撃で死んでいたら? イヴァン雷帝に敗れ、その巨大な足で踏み潰されていたら? スルトによって、灰すら生温い、完全焼却されていたら?

 来ることのない人を永遠に待つことになっていた。

 ……尊敬に値する少女だ。

 

 しかし彼女に違和感を覚えるところがある。それだけではない。マシュやダ・ヴィンチ、新所長にも同じ違和感がある。

 それはこのバルトアンデルスに再建されたカルデアだ。

 なぜだ、なぜわざわざ『カルデア』に似せて作り直した?

 誰も思わないのか。思い出さないのか。あの日を。

 まったく似通った通路、まったく似通ったマイルーム。そして、まったく似通った管制室。

 見るたびに思い出す、あの嫌な記憶。

 血と、悲鳴と、死と、死と、死と、死と、死と……。

 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――……。

 あれだけはどうしても都合よく無くなって消えない。もうロマンの記憶はほとんど残っていないのに。

 

「どうして」

 

 その言葉に、思いに反応した亡者たちが反応する。

 大急ぎで狙撃部隊を編成し、重そうなスナイパーライフルを軽々と抱え、ロマンとの記憶だけを正確無慈悲に撃ち落としていく。

 

「やめて。やめて」

 

 マスターにはそれが彼らをさらに面白がらせる要素でしかないとわかっていても、言うしかなかった。

 パリンッ、パリンッ、と割れ、その残滓がキラキラと輝きながら消えてゆく。

 言わんこっちゃない、と腕の無い隊長がやれやれと肩をすくめると、部隊は消えた。

 あの人との思い出だけは絶対に忘れるわけにはいかないのに。どうしてそんな酷いことをするの?

 理由がわかっているのがまた悲しい。覚悟している。理解している。だがやはりそれでもやるせない。

 眠ろう。眠ろう。そう言い聞かせ、マスターは眠ろうと努力することにした。今日はきっと、心が弱い日なのだ。だから嫌なことを考えてしまう。思ってしまう。何も考えないでいよう。何もしないでいよう。誰にも会いたくない。誰とも話したくない。そうすればきっと、大丈夫だ。

 ゆっくりと瞼を閉じ、そして眠り……眠……。

 

 ◆

 

 目が覚めた。

 ゆっくりと目を開けると、時計はまだ夕方の六時を越えたところをさしていた。というより、白紙化した地球で時間という概念がまだ機能しているかどうか怪しいところだが。

 どうやらぐっすり眠ることには成功したようだ。

 ふぅ、と息をつき、寝返りを打って反対を向く。マスターはやはりまだ重い瞼を開けようと努力した。

 するとそこには誰かがいた。

 椅子に腰掛けているが、頭を下げて船を漕いでいる。さらさらな紫色の髪が優しく波に揺れる。

 マシュだ。

 この瞬間、マスターの中で怒りが湧き上がった。なぜだ。なぜここにいるのだ、と。ひとりにしてくれ、とそうお願いしたのに、なぜここにいる。

 明らかなため息を大きく吐く。

 するとそれに反応したマシュが目を覚まし、マスターの起床を確認したところで完全に覚醒した。

 

「あ、ご、ごめんなさい先輩! 私、寝てしまっていました!」

 

 ガタッと立ち上がったマシュは傍の台に載せていたお盆をマスターに差し出す。彼女が眠っていた時間はそれほど長くないということを、まだ湯気の立つスープが語っている。

 なるほど、食事を持ってきたのか。スープの他にも、キレイに揚げられたカツなどがある。

 しかしマスターの怒りは収まらなかった。

 

「マシュ……」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「私は今日、ひとりにしてって言ったよね?」

 

「ええっと……はい、ごめんなさい……やっぱり先輩が心配で……」

 

「はあ……」

 

「…………ごめんなさい」

 

 確かにマスターはマシュにひとりにしてと言った。しかし食事はいらないとは言わなかった。だからきっとマシュはそこが気になってやって来たのだろう。

 これはマスターの落ち度。ちゃんと伝えられなかったマスターが悪いのだ。

 それ見ろ、マスターに怒られて、マシュはしょんぼりと落ち込んでいる。いつも隣にいて、マスターを守ってくれる彼女を自ら悲しませた。それもマスターの勝手なわがままでだ。本当に謝るべきはどう考えてもマスターだ。

 ふたりの間に無言の時間が流れる。

 マシュはまるでマスターの許可がなければ何もできないような状態に陥っている。マシュはこの時、確かにマスターを恐れていたのだ。

 

「……ごめんね、マシュ」

 

 だから先に。

 

「え……?」

 

 驚き、顔を上げる。

 次は罵声でも飛んでくるとでも思っていたのだろうか、豆鉄砲をくらった鳩のようだ。

 

「私を心配してくれたんでしょ? それは素直に嬉しいよ」

 

「でも……」

 

「いいの。いいの」

 

 手を伸ばし、マシュの手を握る。

 そのまま優しくこちらに引き寄せ、マシュをベッドインさせる。

 まだ無気力ではあったが、そんなことでうだうだ言ってはいられない。今日はもう十分に時間をくれた。皆はマスターの都合に合わせてくれた。

 これ以上求めるか? 否。否。

 これ以上マシュを遠ざけるか? 否。断じて否だ。

 

「あの、先輩?」

 

「ごめんね。ごめんね」

 

 手を強く握る。

 するとマシュはもう何も言わなくなり、ただただマスターの手を握り返すだけになった。

 それが拒絶ではないと理解したマスターは心から安心し、再び眠りに落ちることにした。マスターはひとりではないのだ。仲間がいる。長い間、形は違えど、ともに戦ってきた仲間が。

 なんて私はバカだったのだろう、と陰で自嘲する。

 今度こそは、安心して眠れそうだ。

 マシュが起きているのか、寝ているかなど些細なことだった。誰かが側にいてくれる。ただそれだけで、今のマスターには確かな安らぎが存在した。

 だから……だから……。

 

 ――そんなマスターを、心から蔑み、妬み、憎み、恨む者たちがいた。

 

 ◆

 

 また目が覚めた。

 心地は悪くない。時計を確認して深夜を迎えていることを知る。

 ふと気づくとマシュがいないことに気づいた。持ってきていたお盆も無くなっている。代わりに菓子パンがひとつだけ置かれている。

 

「喉、乾いたな」

 

 食べ物があるだけでも十分ありがたいのだが、一緒に何か飲みたい。マスターは今日初めてベッドから下り、菓子パンを手にマイルームから出た。

 見慣れた通路だ。やはりあの嫌悪感は拭いきれていない。できるだけ意識しないように、これはただの通路だと自分に言い聞かせて食堂に向かう。

 誰もいない。深夜だから仕方ないことか。きっとダ・ヴィンチやホームズなどの天才たちはきっとまだ自室で起きているだろう。

 ドアを開き、薄暗い部屋を明るくしようと電気のスイッチを入れる。

 するとそこには人影がいた。

 あまりに突然のことで驚いたのか、口に運びそこねたケーキが頬についてしまっている。

 

「む⁉」

 

 その人物の反応に、マスターは一瞬だけ固まる。

 

「お、わ」

 

「な、なんだね⁉︎ 私は今夜のティータイムをしているのだ! 盗み食いではないぞ!!」

 

 つまり盗み食いらしい。

 その人物……ゴルドルフ所長は半ば必死にマスターには対して言い訳を始める。

 しかしマスターはジト目で彼を見続ける。やがて観念したのか、まだ口惜しそうにケーキとマスターの間を視線が五往復ほどした後で、最後に喉をゴクリと鳴らした。

 

「……仕方あるまい。本当に仕方あるまいな! 私はもう十分味わった。まだ手をつけていない半分をくれてやる。お茶はそこのポットにある」

 

 所長が顎でさした先には、なんともいい香りのするお茶が確かに入れられていた。

 

「じゃあ、いただきますね。でも菓子パンがあるので、それを食べてから」

 

「ふん、好きにしたまえ」

 

 マスターは所長の前の席に座る。

 ポットに手を伸ばし、カップに淹れ、早速と飲む。

 

「ふぅ……」

 

 温かい。ただそれだけ。

 眠気がさっぱりと消えるほど爽やかな喉伝いだ。ただそれだけ。

半分ほど飲み干すと、持ってきた菓子パンをさっさと食べる。

 まあ、いつも通りの味だった。ただそれだけ。

 

「ところで、何か不満はあるかね?」

 

「?」

 

「お前だけではないぞ。あの盾の小娘についてもだ」

 

 最後の一口を飲み込み、再びお茶で奥に流し込む。

 珍しく所長は少し真剣モードな顔だ。

 

「不満……不満ですか……逆に所長は私たちに何かないですか?」

 

「むむ。そうだな……お前たちはよくやっていると思うぞ。決して高スペックではない、むしろ低スペックのコンビなのに、数々の困難を生き抜いてきた。そこは素直に私は評価するぞ。ただ……」

 

 ここぞとばかり不満の雨に濡れると思っていたが、思わぬ好印象にマスターは驚いた。

 

「やはりもっとお前ができるヤツだったら……と思うのだよ。まあ、無い物ねだりはしないがな」

 

「今この手にあるもので挑まないといけない。それはわかっていますよ。だから私たちは全てに全力で戦うんです」

 

「そうだな……そうだったな。すまないな」

 

「いえ、私だって、もっとできれば……と自分の無力さを呪うことなんていつもですよ」

 

『ぺろり』と半分のケーキを平らげる。その食いっぷりに所長が感嘆する。

 

「甘いものを食べ、温かいお茶を飲んだら心も落ち着くだろう。無論、翌日は『私はひとりで食堂で夜食を食べていた』と言うのだぞ? 無人の食堂でケーキを共にこっそり食べた共犯者としてな」

 

 所長が冷や汗を垂らしながら口早に言う。それほど盗み食いしていたことがバレるのが怖いのか。

 内心クスリと笑ったマスターは「わかってますよ」と短く返す。

 しかしすぐにあれ? とマスターは違和感に気づいた。無人なのにケーキだけが置かれていた。これは状況的に考えておかしいのではないか。

 

「このケーキは所長がつくったのですか?」

 

「そんなわけなかろう、これほどふわっふわで頬がとろけるほど美味いケーキがつくれるのなら、私はとっくに超有名ケーキ職人になっている」

 

「所長がつくったのではないと?」

 

「私が食堂に入った時にはすでにこれがあって、『マスターちゃんへ♡』と愛情たっぷりに置かれていたな」

 

 言った途端、所長の顔がみるみる青ざめていく。

 つまりこれはマスターのために用意されたケーキということだ。それを所長は勝手に食べていたと。まさに『盗み食い』というところか。

 なんだか嫌な予感がする。

 

「ははは! 完食したな? では共犯者となったわけだ! ……ところで君ィ、すごく顔色悪くないかね? 驚くほど顔が青いぞ?」

 

 マスターは自分の顔をペタペタと触る。特に何も感じなかったが、おそらくこれが『言われてみれば』なのだろう、おそらくそんな気がしないわけでもなかった。

 

「いやでも所長も真っ青ですよ?」

 

「うむ、さっきから寒気と目眩が止まらないのだが? なんだかとっても嫌な予感が……」

 

「しますね」

 

 それを認識し始めるともう止まらなかった。

 マスターも所長に似た症状が出たことを自覚する。さっき飲んだお茶の温かさが急速に失われていくのを感じる。視界がぐにゃぐにゃに曲がる。曲がりすぎて一瞬スリムに見えてしまったほどだ。

 そして意識すら曲がり始めて――。

 

 脳髄に響くほどのけたましいサイレンに呼び起こされた。

 

『警告。警告。登録外の生体反応が検知されました』

 

「な、なんだね⁉︎ つまり侵入者かね⁉︎」

 

「しょ、所長! こっちへ!」

 

 よろけながらも所長に近づく。

 足がもつれ、前かがみに倒れる、その瞬間。まるで刹那の空間を食い破って乱入してきたかのような、認識の外から迫ってきた一本の鋭利なナイフが眼下いっぱいに迫っていた。

 

「…………ぁ」

 

 ――死んだ。

 そう確信すらした。

 だが、それが果たして結果とならなかったのは、マスターの前にひとつの影が躍り出たからだ。

 キィン! とかん高い金属音が響き、ナイフが弾かれる。

 

「……危ないよ、下がってて。そこの壁にイヤな女がいる」

 

「キャプテン!」

 

 現れた小柄な少年は振り向きすらせずに、ただの向かいの壁を睨みつけていた。

 

「――思わぬ邪魔者につい気配遮断が乱れてしまいましたわ、ゴルドルフ閣下?」

 

「お、お前はTV(タマモヴィッチ)・コヤンスカヤ!!」

 

 ぬうっ、と滲むように姿を現したのは、同じ女性としてあらゆる観点で優っているコヤンスカヤだった。マスターと目が合い、彼女は『にっこり』と微笑む。

 

「相変わらず、人の足を引っ張ることだけは一流のようですね? おかげさまで可愛い可愛いマスターちゃんを華麗に、そしてスマートに毒殺しようとしていましたのに……。台無しですわ、閣下」

 

「毒殺だとぅ⁉ それはないぞ! 毒見は私がした! 毒が入っていたらとっくの昔に吐き出している! 超絶パーフェクトグルメケーキだったぞ!!」

 

「そうですか、死ぬほどおいしかったのですか。それはよかったです。当初の目的は果たせませんでしたが、もう時間の問題ですね」

 

 満足そうに舌なめずりをすると、今度はマスターに言葉を投げかける。

 

「カルデアのマスターちゃんがひとりで喘ぎ苦しむ姿を見たかったのですが……。残念です。死にたくないですか? 助かりたいですか? 私のお人形になるのなら助けてあげてもいいですよ? と、目の前で解毒薬をちらつかせながら言うところまでが私の予定なのでしたが……」

 

 目を細め醜悪に歪んだ口から発せられる、悪意の塊をマスターはじっと聞く。

 ここで彼女に怯えるそぶりを見せることは、今絶対にしてはいけない行為だと理解している。それはコヤンスカヤの加虐性により一層の熱を与えるだけでしかないのだ。

 だからここは、強気に。

 

「たとえそうなったとしても、私は絶対にあなたに助けなんて求めない。その結果死んでも、あなたに弄ばれるのに比べたら遥かにましよ」

 

 コヤンスカヤの表情が嘘のように覚める。

 そして何か面白いことを思いついたかのように、突然子供のように無邪気に笑い始めた。

 

「ええ。ええ! いいですとも! やはりそうでなくては!! そうでなくては堕とし甲斐がありませんもんねぇ!! 嬉しい、私は嬉しいですわ。是非生き抜いてくださいな。私は全力であなたを堕としてやるわ!!!」

 

 ははははははははははははははははははははは!!!!! と嗤いながらコヤンスカヤが青いオーラに包まれる。

 

「――させるか!」

 

 キャプテンが拾ったナイフを投げるも、それは虚空を貫いただけで、そこにはもう、コヤンスカヤはいなかった。

 

 ◆

 

 ゴルドルフ新所長、余命十日。

 マスター、異常なし。

 

 マシュの加護のおかげで毒はマスターの身体には効かなかった。

 だが所長はそうはいかず、時間がない。本音を言ってしまえば勝手に人のものを食べた自業自得なのだが、この状況でそれを責める余裕はない。

 仲間の命だ。あの時、崩壊寸前のカルデアで彼を助けた。そう簡単に消え去ってしまうのは、その意味がなくなってしまう。コヤンスカヤは彼のことを足を引っ張ることに関しては一流と言っていたが、決してそんなことはない。

 彼のおかげで危機を脱したことなどいくらでもある。彼だからこそ、生き残ったカルデア職員はここにたどり着いたのだ。

 彼は決して、邪魔者などではない。

 

「よし」

 

 準備はできた。

 今すぐにでも出港を。一秒すら惜しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、苦しさがこみ上げてきた。

 それに耐え切れなくなり、マスターは深くえづく。

 喉が焼けるようだ。マグマが食道を逆流しているような錯覚に陥り、激しくせき込む。

 

「ごっ……ふッ!! っつ……!」

 

 大きく肩を上下させ、ガンガンと頭痛に揺さぶられながら口元を抑え、咳をする。

 小刻みに呼吸を繰り返し、五分ほどしてようやく落ち着いたと判断したマスターは口元をぬぐった。

 そして手を見て、戦慄する。

 

「――――――ぇ」

 

 血に濡れていた。




コヤンスカヤってこんなキャラでしたっけ?(困惑)
いつの間にかこの人、一人走りしてました笑笑

マシュの加護によって、完全毒耐性であるはずのマスターちゃんにも症状が現れる。
余命はメインヒロイン兼所長より遅いのか、それとも早いのか。

いいネタがあれば書くかもです。希望があれば受け付け……ようかな笑
それではまた。
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