盾の少女の手記   作:mn_ver2

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すごく遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
ずっと前にこれで終わるとか宣言してましたが、完全に終わる終わる詐欺状態ですね笑
今年の目標は、ロストベルトクリア記念を投稿すること。

今回のネタは、マスターちゃんにも休憩をプレゼントしたいと思ったので、シリアスはなしです。ごめんなさい。


お風呂

 紅閻魔亭は絶賛再建築中。

 大昔から客の『ありがとう』を貯め、奉納する由緒ある建物。

 訳あって従業員として働かざるを得なくなったマスターたちは無事に今日もその激務を終えた。

 

「あーー、やっぱ身体にきますね、これ。英霊たちの相手するの、疲れましたわーー。なんなら猫の手も借り――」

 

「呼んだかにゃ! オリジナルも堕ちたものよ――」

 

「呼んでません」

 

 いったいどこからやって来たのやら。突然ふすまを開けて顔だけを覗かせたタマモキャットに対し、戦闘の時よりも速いのではないかと疑うほどのスピードでふすまを閉めた。

 盆に載せられた十数個のみかんを、ディルムッドが華麗な剣さばきで見事全てを一口分にしてみせた。

 

「ご覧になりましたかマスター! これぞ剣を持つディルムッドの力です!!」

 

「めっちゃ綺麗に切れたね! でもお行儀悪いからダメだよ? 紅ちゃんに見つかったら罪ありきだから」

 

「食べ物で遊んではいけまちぇん!」とマスターの脳内紅閻魔が叱責する。が、本人はここに存在しないため誰も彼に罰を与えることはない。

 恥ずかしそうによそよそしくディルムッドが切ったみかんの一部を手にとって口に運ぶ。

 マスターも無言でみかんを食べ始めた。ここにこたつもあったら最高なのだが……と願うが、ない。もしあれば我こそはと脚を入れようとして聖杯戦争ならぬ炬燵戦争が始まることだろう。

 誰も無言のまま取り憑かれたようにみかんを貪っていたため、たった数分でなくなってしまった。

 さて次のみかんを、と誰もが思ったろうが、どうも皮を剥く行為が面倒くさく感じてしまったようだ。

 誰が最初に皮を剥き始めるかを全員がチラチラと目配せをしながら心理戦が始まっている。

 全てはディルムッドのせい。彼のあの剣さばきを見てしまったが最後、剥くという行為がいかに非効率的な作業なのかを悟ってしまったのだ。

 そしてとうとう我慢の限界を迎えた巴御前が立ち上がった。

 彼女のクラスはアーチャーだが、なんだかんだ薙刀も保有している。もしてかして切ってくれるのかな? とマスターは期待したが、そういえばいつもなら振るった後に炎がその軌道を燃やすからダメだ、焼きみかんだと諦める。

 

「お、お風呂に行きましょう! みかんは十分に食べましたしね! それに今日の疲れを癒やすにはピッタリですから!」

 

 ポンコツが偶然いい提案をした。

 このままでは平行線だったみかん闘争がこれでなんとか終結させられそうだ。

 出された助け舟だ、乗らない手はないとマスターは痺れた脚でふるふると立ち上がりながら巴の提案に全力で同意した。

 

「決まりましたね。じゃあ早速行きましょう!」

 

 マシュもマスターの心を理解したようだ。円卓の机を想起させるような重々しい空気から逃げるように移動を始めた。

 フィンがディルムッドに目配せをし、いそいそと用意を始める。

 

「先輩、今日こそは一緒に入りましょうね!」

 

 マシュの笑顔が眩しい。

 マスターは喉の奥で転がしていた言葉をようやく外に出すことができると心底喜びながら吐き出す。

 

「うん、いいよ」

 

 清姫は紅閻魔から花嫁修業という名の地獄を受けているため、残念ながら彼女とはまたの機会になってしまう。それが幸か不幸か言えないが、少なくとも一緒に入りたかったという気持ちはあった。

 

「紅閻魔さんに感謝しないといけませんね。私たちのためにわざわざお風呂の営業時間を延ばしていただいているのですから」

 

「まあ、だからといってだらだら長い時間使うのは迷惑だからちゃっちゃと上がろうね」

 

「はい」

 

 フィン、ディルムッドと別れ、マスター、マシュ、玉藻そして巴は脱衣所に入った。浴衣をかごに入れ、制服を脱ぐ。

 そこは、美少女たちの園。

 皆が皆が生まれたままの姿となり、その美は世の誰もが目が釘付けとなるだろう。

 神の創造ミスで産み落とされたとしか思えない生。これほどの眩しさは代金を取るだけではなお足りない、そんな光景。

 

「いやはや、良い正月休みですねぇ。どこかの所長のせいで働く羽目にはなりましたが……これはこれでまた。玉藻ちゃん、これでも結構楽しんでるんですよ?」

 

「紅閻魔さんの前ではサボれませんもんね……」

 

「こらそこ、そんなことを言ってはいけませんよ」

 

 玉藻が巴のグチを黙らせる。

 仮にも師匠なのだ、その言葉が耳に届こうものならどうなることかわかったものではない。

 ゴシゴシと念入りに身体を洗い、今日一日の垢を落とす。

 

「…………」

 

 マシュは黙々と身体を洗うマスターを凝視した。

 それに気づいたマスターは「ん?」と一瞥すると、バスチェアに座りながらマシュの横に移動する。そして足りなくなった泡をマシュから借りる。

 ようやくくまなく洗い終えたマスターはさらにシャワーを借りて泡を流した。

 

「どうしたのマシュ? 私なんか見て。……ハッ! まさか私の身体に発情したの⁉」

 

「いやいやいや! そんなわけないじゃないですか⁉」

 

「え……」

 

 残念そうな顔をするマスターに、マシュはどんな答えが正解だったのかを本気で考えそうになって、変態的思考に切り替わりそうなところで頭を振って邪念を払った。

 全員が身体を洗い終えたようだ。無言で湯船に足のつま先を触れ、ぶるりと震えた後、ゆっくりと全身に浸かった。

 四人が快の嗚咽を漏らす。

 人理を修復したとはとても思えないほどのグダだ。尻を滑らせて鼻の下まで湯に浸かる様はとても英雄サマではなく、ただの温泉客にしか見えない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜ぎも゛ぢぃ〜〜」

 

「下品ですよ、先輩」

 

「あぇ」

 

「まあまあ、今くらいいいじゃないですか。私たち、そこいらに比べて胸の大きい女性ですから、肩がこるんですよ。ねえマスター?」

 

「イエス。さすが玉藻。ついでに肩をもんでくれると最高なんだけど」

 

「ダメです」

 

「ダメかー」

 

 ジリジリと尻を左右に振り、沈みかけていた上半身を伸ばす。

 巴はいつの間にか用意していた酒を盆に載せ、ひとり夜景を楽しんでいた。

 これはずるいと思ったマスターと玉藻は、マシュを強引に連れて彼女の背後に忍び寄るや否や、その脇に手を入れてわしゃわしゃとくすぐった。

 

「ひゃわっ⁉」

 

 突然の奇襲に可愛い声で叫んだ巴は、手に持っていたおちょこを滑らせてしまい、中身を湯船に零してしまった。

 じわりと滲み、ものの数秒で溶けた酒を無言で見つめた後、巴は『にっこり』と微笑みながらこちらを振り返る。

 

「ああ、せっかくの高い日本酒が無駄になってしまいましたね? これ結構高かったんですよね?」

 

「怒った?」

 

「怒ってませんよ」

 

 マスターの問いに対してラグを感じさせない素早い返答に身の危険を感じる。

 急いで後ろを振り向いたマスターは「盾を!」とマシュに懇願する。しかしマシュは面白いいたずらを思いついた悪ガキのような笑顔を浮かべると、マスターに腕を掴まれる前に巴のおよそ被害を被るであろう領域から離脱する。

 もうそれは面白く、お年玉を取り上げられた哀れな子供のようなマスターをマシュは楽しそうに笑うのだった。

 

「ああ、可哀想に先輩……」

 

 その声はとても可愛そうには思っていない。

 マスターは手を伸ばそうとしたが、それよりも先にマスターと玉藻の肩を掴んだのは鬼の角を生やした巴だった。

 

「お二人ともよろしいですか? 正月ですし、まあ気が抜けるのは仕方のないことでしょう。しかしそれとこれとは別です。私も全力でくすぐって差し上げましょう。泣いてもやめません。――では、お覚悟を」

 

「あの、巴さん? 私がサーヴァントに本気で迫られたら死んじゃうけど?」

 

「ええ、マスターはちゃんと力加減してあげますから安心してくださいね?」

 

 一瞬の隙を見出した玉藻が巴の手から逃れようと足掻くが、逃がすまいと尻尾を力強く掴まれて「ふぁふん!」と陥落する。

 心底震え上がる。

 紅閻魔の修行(修羅モード)と巴のくすぐりのどちらかが選べるとしたらマスターは間違いなく前者を選ぶ。それほどの脅威を感じたのだ。

 マシュはただこちらをジッと見つめているだけ。

 おのれマシュめ。後でマシュマシュの刑にしてやると心の中で固く決意したマスターは、賢者モードに突入してすべてを受け入れた。

 

 ◆

 

 ピクピクと肉体が震える。

 鬱憤を晴らした巴は満足そうに風呂をあとにした。

 マスターは縁にだらんともたれ、肩を上下させ、だらしなく小刻みに熱い呼吸を繰り返した。

 

「これ、巴、は、やばい……ね……」

 

「はい……なんかもうやばかったですね……」

 

 玉藻も完全にダウンしたようだ。顔だけこちらに向け、死にそうな表情で言う。しかしサーヴァントだからこその体力だからか、ものの数分で復帰してみせた。

 ふらりと湯船から出た玉藻は生まれたばかりの子鹿のような歩き方で風呂を出ていく。

 残されたのはマシュとマスターだけ。

 

「大丈夫ですか、先輩? 少し私もいたずらが過ぎたようですね」

 

「うん、大丈、夫と言えば……大丈夫。でも、ちょと休憩が……欲しい、なぁ」

 

「私はもう満足したのであがりますね。コーヒー牛乳を買っておきますので、あとで飲みましょうね?」

 

「いいねそれ……ありがとう」

 

「いえいえ。それでは」

 

 マシュマシュの刑はチャラにしてあげよう。

 トテトテと去っていく後ろ姿を見届けたマスターは岩に顎を置き、俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっと見てたの?」

 

 ただの独り言に聞こえたそれが湯船に満たされた湯が小さな波を生じさせ、マスターの身体を打った。

 岩陰からぬぅ、と人影が現れる。

 幽霊屋敷に出てきそうな仮面。にじりと全身を覗かせ、くすりと笑った。

 

「いいものを見せてもらったわぁ。眼福眼福♪」

 

「――蛇庄屋」

 

 ススス、とマスターの横に移動した蛇庄屋は手にした温泉卵を、仮面の下から頬張った。

 

「思ったんだけど、あなたって性別どっちなの? 口調は女だけど、なんとなく男って感じがするし」

 

「アタシのこと疑うの? なら見せてあげるわよ?」

 

 ざぱぁっ! と蛇庄屋が立ち上がる。

 マスターは興味本位に頭だけを横に傾けてその股間を確認する。

 そして勢いよく逆の方向に頭を向けると、のぼせているのか恥ずかしがっているのかわからないくらい真っ赤に顔を染める。

 

「…………ダメじゃん」

 

「おほほほ。昔は混浴が普通だった時代もあるのよ? それにアナタだって、アタシのこと、全然拒否しないじゃない」

 

「それはまあ……恩があるからね」

 

「本当にそれだけかしら? まあそれについては別に気にしないでいいのに。この程度は造作もないことよ」

 

「それでもだよ」

 

『これ』のおかげで今日、この紅閻魔亭に来て初めてマシュたちと一緒にお風呂に入ることができたのだ。それはマスターにとってこの上なく嬉しいことであり、一言だけのありがとうだけでは言い尽くせないほどなのだ。

 だから蛇庄屋を無下に扱うことはできない。

 

「……っと、そろそろ時間切れだわ」

 

 蛇庄屋が呟く。

 ちょうどその瞬間、マスターのまわりに無数の札が舞い始めた。それらはすぐに燃え散り、残ったのは、見るも無残なマスターの身体だった。

 

 ――傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡。傷跡――……。

 

 肩から腰に伸びた引掻き傷。

 右の脇腹に残る痛々しい火傷の跡。

 まだ完全に塞がれていない太腿の抉れた跡。

 右肩を何かに貫かれた跡。

 腎部に目立つ、死んだ肌。

 探せば無限に見つけられそうなほどの、傷跡。

 極め付きは……。

 

「あらアナタ、ずっと前に手術でも受けたのかしら?」

 

 まるで包丁で切れ込みを入れられたような、綺麗に胸から子宮の上に真っ直ぐ伸びる傷跡だ。

 

「手術……手術か……いや……えっと……」

 

 思い出せない。

 暗い洞窟の中、誰か小さい女の子に岩に押さえつけられて腹を裂かれたのは覚えている。あれほど強烈な痛みだったのだ。思い出すだけでも吐き気を催すレベル。まだその記憶は灼けきってはいない。

 でも誰だったろうか。

 ジャック? パライソ? メドゥーサ? 静謐?

 ……いや。いや。そんなことはたいしたことではない。

 そもそもいつの出来事だったか。

 覚えているのは、ただ痛かった。

 それだけ。

 

「どうだろうね……」

 

「なんて曖昧な答えなのかしら」

 

 蛇庄屋が嘆息する。

 マスターが貼っていた護符……『これ』は曰く、花咲爺さんの再現のようなものらしい。

 肉体の逆行……とか何とか説明していたが、マスターにはそんな具体的なことはどうでも良かった。

 しかし再現は再現でしかなく、つまるところ制限時間があるわけだ。

 

「……どうする? 暇つぶしに昔から作っていたからまだ護符はたくさんあるけど、いるかしら?」

 

 巴の被害からようやく復帰したマスターは、湯船から立ち上がった。それは風呂に入ってきた時のあの美しさはまるでなく、『幻想』だったかのような見すぼらしい姿だった。

 蛇庄屋はのぼせないのだろうかとふと気になったマスターは後ろを振り向いた。

 蛇庄屋はさっきのマスターと同じ体勢で縁にもたれたままマスターの後ろ姿を凝視していた。

 

「……こんな私に発情なんてしないでしょ」

 

「ほほほほ。喜んでいいわよぉ? そんなアナタを好む『イロモノ』なんてこの世にはいくらでもいるのよ?」

 

「気持ち悪いね、そんな人も………………私も」

 

 蛇庄屋を残してマスターは脱衣所へ向かう。

 マシュがあがってからだいぶ時間が立っているはずだ。両手にコーヒー牛乳を持って部屋で自分を待ってくれていると考えると、はやく戻ってあげないと、と思った。

 

「結局……」

 

「やっぱりもらうよ。お代は……」

 

「いいのよお代なんて。アタシもいらないものを処分できるから一石二鳥よ」

 

「ありがとう。またあとであなたの部屋に取りに行くね」

 

「わかったわ。……ところでひとつ訊きたいのけれど……アナタ、今日は何をしてたの?」

 

 突然の話題から大きく逸れた質問にマスターは再び後ろを振り向き、目をぱちくりとさせながら答える。

 

「今日は外で食材集めをしていたよ。でも猿たちと結構やりあったなー」

 

 その返答に納得したのか、顎をさすりながら「ああ、そういうコトね」と頷いた。

 

「な、何?」

 

「いやぁね? もう一回身体を洗うことを勧めようと思ったのよ」

 

 失礼な。

 マスターは頬を膨らませてその理由を問う。

 湯船に浸かる前に身体を洗うのは当然のことであり、マナーだ。汚い身体のまま浸かるのは他に人に迷惑になるのだから。

 ちゃんと四人全員で洗っていたし、別に適当にしていたわけでもない。これでもマスターは女の子だ。それくらいのことは当然なのだ。

 しかし蛇庄屋はさっきのように戯けたりせず、ごく普通に、思ったことを口にする他人に過ぎなかった。

 

「――――だってアナタ……とても獣臭いわよ?」




シリアスはなかった。

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