電撃大賞に挑戦しようと思い、しばらくそっちに時間を費やしてました。
CCC復刻からちょこちょことネタストックを蓄えようと思ったものの、どれも序盤で燃え尽きて永遠のゼロ状態。
でもビースト案件なら話は別。これは4章が楽しみですねっ!
獣が歓喜に震えている。
餌だ。餌だ。餌だ。と。
だからこそ、あの宇宙から逃げたマスターを責め立てる。なぜ食べなかったのかと。
お前もお腹が空いて仕方がないはず。知っているぞ。本当は涎が垂れそうで、誰にも見られないように、顔を上げないことに精一杯だったことを。
なのに逃げた。
美味しそう。食べたらどんな味がするのだろう。ゲーティアや他の獣とは違った、甘美な味がするのは間違いない。あの香りを思い出すだけで気が狂いそうだ。
なのに逃げた。
飢餓に苦しんでいるのは知っている。お前が唯一満足できる食事はあれだけなのだから。
なのに逃げた。
なのに、逃げたのだ。
――弱虫め。
◆
赤。
一面赤の大奥。壁も、床も、天井も、赤。
どうしても血を想起してしまったマスターは吐き気を催してしまう。が、なんとか胃まで戻した。
それにダンジョンのようなレベルの低い嫌がらせにも反吐が出る。むしろこちらはゲーム気分になってしまう。
徳川化に対する対抗手段を得たマスターは再び対峙するカーマに思いを馳せていた。
獣。獣。マスターの獣が鼻をクンクンとひくつかせて下を指差す。
はやく行こうぜ、と急かしてくる。
しかし、だーめ、とマスターは言い聞かせ、前を向いた。
「行きますよマスター? あ、いえ、やっぱり先に行っていただいていいしょうか? 出待ちトラップとかがあったら死んでしまいますので」
こんな時でも究極に死に怯えるシェヘラザードがぷるぷると杖を震わせながら言った。
徳川慶喜の印籠、『徳川を終わらせる力』を手にした今のマスターたちなら、カーマに立ち向かえることができる。
とんだ騒動になったものだとマスターは最下層への扉に手を触れた。
五戒を突破し、徳川化に打ち勝ち、今度こそ。
『安心してください、そこにトラップなんてありませんので。正々堂々ぶち破ってやってください』
シオンが力強くマスターの背中を押す。
みんなの期待を背負って、マスターは意思を固める。
『行きましょう、先輩! ビーストに勝って、みんなを取り戻しましょう!』
マシュが応援してくれるのならマスターは百人力、もっと、千、もうひと声、万人力だ。
すべては奪われた仲間たちを取り返すために。
獣を食べ……あれ? これは、いや、違う。これは二番目に優先することだ。
扉を開けると、そこには暗闇が広がっていた。無だ。しかし、すぐに遥か遠くの星が輝き始め、前に悠々と立ち、快楽の獣が妖艶に微笑んでいた。
「はい、おかえりなさい」
「……」
「なんですか、その生意気な目つきは。でもいいですよ。そんなあなたでも私は愛してあげますから」
コツ、コツ、と無音の世界にただ一つの音を鳴らしながらマスターに向かってくるカーマ。
しかし。
「――主殿に近づな、でなければ斬り捨てる」
柳生但馬宗矩が神速の一太刀を、カーマが伸ばした手を襲う。恐るべき反応速度で身を引いたカーマがうんざりするほどのにやけ顔で再び話しかける。
「……いじらしい。その対抗心はいったい何から来ましたか? 使命? 恐怖? どちらにせよ私はそのすべてを愛します。本当は嫌ですけど」
『そんなものは必要ありません。なぜ私たちがまたここに戻ってきたのだと思いますか? もちろん勝つためです。カルデアのサポートがあるからには次は負けませんよ、ビーストⅢ/L。……やっちゃいなさい! 対徳川特殊礼装、起動!』
通信機越しのシオンの声に、マスターが礼装を起動させる。
ふぉん、と軟質の音がマスターのまわりを包み込み、堕落することで己を失う『徳川化』からの防御膜を纏う。
以前は手も足も出なかったが、今回は違う。パールヴァティー、宗矩、マタ・ハリ、シェヘラザードもいる。これで勝てないわけがない。
ビーストと戦うのはこれで……四度目だ。ティアマト、ゲーティア、キアラ、そしてカーマ。
どうやって勝ったかは、よく、覚えていない。
パールヴァティーが動く。
その初動を機敏に感じとったカーマが、黒い太陽を散りばめる。それらひとつひとつが圧倒的な爆発力でパールヴァティーを襲う。しかし駆けながら槍から発射した光弾が、必要最低限の太陽だけを撃ち落として肉迫した。
チッ、と特徴的な角を掠めるも、まだ余裕の笑みを向けるカーマは無限の閃光を放出してパールヴァティーを灼く。その一部が肩に命中して顔をしかめる。いつの間にか姿を現していたランプの魔人が左手で摘んで後ろへ投げ、逆に右手が何かをカーマに向けて一直線に投擲した。
「――――!!」
老剣士だ。
短く、鋭く息を吐き、神速すら超えたスピードでカーマに飛ぶ。
僅かに反応の遅れたカーマの角を、少しばかり抉り取った。
ゴトリ、と重い音が確かにマスターの耳に届く。こちらの攻撃が通用していることとに希望を見出し、ここで押し切るべきと判断した。
礼装全解放。四人のサーヴァントに力を与え、命令した。
「――倒して!!」
そして、カーマが今までで一番の笑顔を浮かべた。
「ああ、その時を待ってましたよ……ずっと」
どう見ても優勢はこちら。なのにカーマは焦る素振りすら見せず、じっとマスターを愛おしそうに目を向けていた。
マタ・ハリがその間に介入し、宝具を発動させる。
対象者を魅了する、マスターから意識を削ぐために。
「その程度で私が惑わされると思ったのですか?」
小さな太陽の爆発。その爆炎を斬り裂いて接近したのは宗矩だ。パールヴァティーがカーマの周囲に雷の波を這わせ、逃げ場を防ぐ。
上からは物語の巨人。逃げられない。
「……私に本気で勝てると勘違いしているところ、私はいじらしくて好きですよ? 希望が絶望に変わる瞬間、その落差に至福を感じてしまいます」
ひときわ眩しい閃光がマスターたちを照らし、攻撃の手を止めさせた。
「なんのためにその印籠を入手させたと思っているのですか? 徳川を終わらせる力……それが本当に私の脅威足りうるのならば、そんなわかりやすいところに隠すはずがないでしょう。待っていたんですよ、この時を。徳川の代すべての堕落を味わった貴女は『私自身の誘惑』にかかったからにはもう逃げられません」
溶けるような甘言に、マスターの意識が混濁し始める。
「わはははは! いい気分だぞぅ! む? そこの小娘よ、何を苦しんでいる。苦しむ必要などどこにもない。何もかも楽になってしまえばいい。ここは何もかもが揃っているからな! さあ信綱とやら、もう一杯飲むぞ~!!」
遠くでゴルドルフが酒盛りをしている。実に楽しそうな笑顔だ。隣の信綱は嫌そうな顔を全開に醸し出しているが、ゴルドルフはお構いなしに盃に酒を注いでいる。
「……ちょっと、場の雰囲気が乱れるのでその人を遠くにやってもらえません?」
カーマが初めて嫌な顔をした。明確に邪魔をすることができたのはもしかするとゴルドルフが一番目なのかもしれない。
「……く、ぅ」
まただ。これは『徳川化』の影響だ。身体が怠くなり、思うように視界が定まらない。それにしだいに内面をぐりぐりとほじくられるような不快感がマスターを襲い、立っていられなくなって膝をつく。
『先輩、しっかりしてください!』
マシュの激励が飛び、マスターは手首を強く抓って自意識を持っていかれないように努めた。
カーマは今、マスターに集中している。
ならば。
マタ・ハリがマスターのフォローに入り、あとはカーマへの集中攻撃を始める。
「みーんな平等に愛してあげるのに」
完全に死角から与えられた攻撃に、パールヴァティーがボロ雑巾のように吹き飛ばされる。
カーマは一切の攻撃動作を見せなかった。咄嗟にその元へと首を傾ける――前に宗矩は閃光に灼かれ、シェヘラザードはランプの魔人の腕によって追撃を逃れた。
「少し徳川化の兆候が鈍いですが……まあいいです。羽化するための餌として貴女は十分な役割を果たしてくれました」
無限に広がる広大な宇宙。それを彩る無限の紫色の光が、焔となってゆらゆらと燃える。
それらが人の形となり、女の形となり、カーマとなるまで数秒もなかった。
すべてがカーマ。
あれもカーマ。
これもカーマ。
みんな、カーマ。
マスターの獣がついに我慢の限界を超えて飛びつきそうになったが、更に深く爪を食い込ませて自身を戒めることで抑えつける。
餌!? 餌だと!? ぽっと出のウブで赤ん坊ビーストが、なに生意気なことをほざいてるのだろうか!
礼儀のなっていない奴め! 捕食者と非捕食者の違いも理解できん脳みそピンク色の雑魚女が!
獣が激昂して、涎の水たまりの中心で満足するまでだだをこねた後、煮えたぎる欲望をマスターに当たり散らす。
飢えた牙がマスターの脇腹に食い込み、骨を砕かれる痛みに呻く。だがこれは幻痛だ。リアルへの痛みはない。
『そんな……ナイナイ! 群体のビーストだなんて! どれも分身や分裂ではなく、正真正銘、ビーストです!』
角が消え、代わりに天使の輪のようなものがカーマの頭上に出現する。
「なぜ大奥に目がついたと思いますか? 別にどこでも良かったんですよ。でも、ここがピカイチで私の目に映ったんです。『徳川を愛し続けたい』という妄執……それに引き寄せられてここに来たのですよ。――ねえ、春日局」
パールヴァティーが着物姿になり、春日局が表出化する。
カーマに指摘されたことに、取り乱し始める。
「私、が。そんな……。あああああ!!」
「落ち、ついてください!」
マスターが全力で声を飛ばすが、どうやら彼女には届いていない。それだけではなく、誰にも届いていない。その証拠に、宗矩も、マタ・ハリも、シェヘラザードも、マスターを見向きすらしない。
そして、本当は声など出していなかったことに気づく。出せていなかったことに気づく。
『徳川化』の影響がますます酷くなっていく。取り返しのつかないダメージをジワジワと与え続けるような、万力で頭を潰されるような感覚にマスターは短く喘いだ。
それに比例して、獣の飢餓が頂点に達しそうになる。苦痛の果て、いくら呼吸をしても満足に肺が満たされない。焦げた鍋に僅かな水を注ぐような。
これは地獄か? いいや違う。通常営業だ。
「貴女の心を折らせてもらいましょう。酸素を極限までカット。これは慈悲です。地面を無くし、重力を消失。視界もカット。光など与えません。永遠の暗闇の中、芋虫のように宇宙を遊泳してもらいます。どうです? 貴重な経験でしょう? 満足するまで楽しんでもらいますよ。……いえ、逆ですね。私が満足するまで楽しませてあげます。私はそこら中にいます。貴女を温かく見守っています。果たして堕落しきった状態でどこまで堕ちることができるのか……あ、やばいですね。自分でも思った以上に興奮してきました」
ふわり、と足に触れていたものがなくなり、マスターは完全に何もできなくなってしまった。
無限のカーマがマスターを全方位から眺め、楽しそうにくすくすと笑う。
地面がなくなってもある程度自由に動けるが、カーマの機動力には遥かに及ばなかった。マスターの手を掴み、遠くへと運んでいく。
凍えて死んでしまいそうだ。恐ろしく冷たいカーマの手はマスターを蝕み、必死に抵抗しようとこれ以上になく露出した腹を蹴るが、所詮は人間とビースト。敵うはずなどない。
「本当にめんどくさいですけど、貴方のこと、本気で愛したくなってきました。なんだかこう……虐め甲斐があって楽しいんですよね。圧倒的弱者をいたぶる快感というやつでしょうか。でも私はすべてを愛する義務がある。だから嫌なんですけど、やっぱり宇宙遊泳、してもらいます。どうしようなく矮小な人間の心が折れ、私の『温かさ』を求めた時……その時まで今後の『貴方を虐めたいリスト』でも作って待っておきますね」
「放し、て!」
カーマの手首を殴り、逃げようとしても無駄な努力。それに余分な運動のツケが回り、過呼吸に陥り、ついにだらんと力なく項垂れてしまう。
「まだ酸素しか手を出していないんですけど、よく囀りますね? それだけより苦しくなるというのに」
カーマの声が耳に入らない。すべての機能を破棄してでも呼吸を全力で繰り返した。
ヒュ、ヒュ、と小刻みな呼吸音はカーマ達の静かな嘲笑にかき消される。次第に感覚が薄れていく。マスターに牙を這わせていた獣は凶悪な爪でマスターの身体を抉りながら輝いた眼でカーマに接近している。
違う、今じゃないとなけなしの力で獣を強引に自身の意識に従わせ、その代償を払う。
「……そろそろ忌々しいパールヴァティーたちから十分な距離をとれたかしら? ええ、始めましょうか」
手を引かれ、マスターとカーマは対峙する。
おんぶからだっこまで。何もできないマスターは、冷たい抱擁を受け入れるしかなかった。
これがカーマの愛。心がちっとも熱くならない。彼女なりに愛情表現をしようと腰に手を回してより強く抱きしめるが、それは余計にマスターを苦しめるだけ。
「く……ぁ。ひ、たぃ」
「痛かったのですか? それは悪いことをしてしまいました。ではお別れの挨拶はここまでとします。――さようなら、またあとで会いましょう」
この世の美を集約したような、永遠に記憶に焼き付く笑顔が向けられる。
そしてカーマの手が離れ、「ぁ」と気づいたときは遅かった。
マス
最後のシーンが書きたかっただけ。
獣ちゃんはマスターちゃんの可愛い可愛い守護者(要審議)です。