盾の少女の手記   作:mn_ver2

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思ってたよりアンケートに投票してくれて嬉しかったです。
メッセージじゃなくて、活動報告のことをすっかり忘れてました笑


また会う日まで

 何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない。時間の感覚さえも失われた。

 少女はまぶたの裏世界に映る亡者たちがキャンプファイヤーで盛り上がっているのを無感動に眺める。だがなんとあろうことか、それっぽい服を着て阿波踊りをしている。バカか? バカなのか? 応えることができるのは、あの中で口のある者だけだ。

 死んだ。何度も死に、生き返った。その度に死ぬことは許されないというおよそ人の味わうことの決してできない責め苦を受けた。

 首を断たれたことなんてザラにある。拷問の挙句に殺されたこともあった。圧死したこともあった。焼き殺されたこともあった。魔獣に食い殺されたこともあった。溺死したこともあった。監禁され、四肢を徐々にもがれ、挙句達磨の状態で捨てられたことだってあった。……いや、最後のはただのサイコパスに捕まった時の話だ。特にそこまで語る必要はない。

 はやく五感もまわして、と頼むと快諾した亡者たちは素直に提供してくれた。

 少女の両脇に重武装している男が座っている。時々ガタゴトとこの閉鎖空間そのものが揺れていて、さらにB5サイズほどの小さな格子の隙間から運転手らしき人物が見えたので、ここは車の中であると簡単に結論が出た。

 ところで、なぜこうなった……つまり捕まったのか。これもすぐにわかる。亡者たちの遺志だ。逃げ続けるよりたまには捕まっても面白そうだとかきっとそんなところだろう。全く、時々予想だにしないことを相談すらせず勝手に実行するような自由気ままさには頭を悩まされる。共存するにあたって、これは大きな障害だ。

 そうでしょう? と答え合わせをすると、大正解と拍手を返される。褒美くらいあったっていいでしょ、と頼むが笑い飛ばされるのみ。

 その場しのぎの食事を探すためにゴミ箱を漁り、適当に夜の街をぶらぶらしていたら突然頭をスナイパーで撃ち抜かれた。で、蘇生はしてくれたもののこの状況から助ける気はなさそうだ。

 どこの組織かは知らないが、彼らの心は意気揚々としているだろう。なにせ絶対に捕まえられないと言われていたのに、これほどにもあっさり成功したのだから。だが厳重に拘束されても容易に突破した試しなんていくらでもある。そのせいか、少女を囲む男ふたりの武装の裏で、冷や汗がこれでもかと流れているのがわかる。

 

 

 ふふ、可愛いね。

 

 

 と、どこかに着いたようだ。重々しい真っ黒な壁がそびえ立ち、圧倒的な存在を主張している。これだけ大きければ必ず誰かにバレるのではないかと思ったが、門番が手元のデバイスを操作した瞬間、外世界から隔絶されたのを感じた。

 車の後ろが開かれ、葬式の棺桶運びよりも丁寧に、そして優しくふたりの男によって魔術的拘束衣を着せられた少女が運び出される。

 何もしないのはなんとなく癪だった。眠りこけるふりをするものアリだったが、それでは反応が見られそうにないからつまらない。

 面白半分にわざとらしく芋虫のように身体をくねらせてみる。とはいっても指一本動かさない状態だからそこまで激しい動きはできなかった。

 しかし効果は絶大で、そもそも少女への大きな恐れがあったふたりはまるで気持ち悪いものに触れたかのような反応を隠すことなく見せ、咄嗟に手を離した。当然そうなれば少女は受け身すら取れないで地面に打ち付けられた。

 何も落とすことはないでしょう⁉︎ と男たちを非難していると、突然頭に強力な蹴りを一発もらってしまった。どうやら非常に好評だったようだ。

 呻き声を漏らすこともできない。喉奥まで突っ込まれた何かのせいでこの痛みを発散させることができない。

 確かにほぼ不死身な身体なのは認めるが、だからといって本気で痛みつけるのは酷い。酷すぎる。痛いのは痛いのだ。容赦がなさすぎて逆に笑いそうになる。そんな扱いじゃ女性にはモテないぞ、と。

 空中水泳を楽しんでいる亡者たちは手を出さず、面白おかしく嗤っているだけ。

 

 

「メインターゲットの捕縛、完了しました」

 

 

 よくある研究所のような、だが迷路以上に複雑な通路を右左左前……と進んでとある部屋に運ばれた。二十畳くらいの比較的広い部屋。その中央に見るだけでも吐血しそうなほどの物々しい拘束台が見えた。その周りに十数人の白衣を纏った男たちが立っていた。

 台の上に載せられた少女は拘束衣を脱がされるや否や、同時に一番近くにいた男の腹を蹴り上げて台から転げ落ちる。そしてまだ開いているドアに向かって駆け――。

 

 

「あ゛あ゛あ゛ッ!」

 

 

 背中に凄まじい電流が流れ、少女はその場に倒れた。

 それでも逃げようと必死に手足を動かすが、小さく痙攣するだけでまるで言うことを聞かない。

 スタンガンか。でもこれはどう考えても人に向けて撃つ 電流ではなかった。

 脳の水分が蒸発する感覚に少女は死にかける。

 しかし、あ、そもそも私は人間じゃないんだ、と気付く。骨の棒で爛れた脳髄を突く亡者たちが楽しそうにキャッキャッと笑っている。

 正解だ、と喚き、三ポイントをくれた。還元先は、死の回数。

 ひときわ体格の大きい男に抱きかかえられ、抵抗虚しく少女は拘束台に載せられてしまった。そして恐ろしい速度で拘束が施され、指一本、一センチも動かせないという徹底した警戒心の現れに少女は苦笑した。

 

 

「君の存在は極めて貴重だ。完全なる死者蘇生。それも何度も。もう魔法すら凌駕している。心当たりは?」

 

 

「ないね」

 

 

「嘘だ」

 

 

 背中、蔵物を貫いて腹から針の山が伸びる。

 チカチカと燃える視界。少女は死ぬ。

 針が戻り、数分後には肉が再生し、血塗れの少女が息を吹き返している。

 

 

「言って、おくけど……私が生き返るからって、痛い、のは、痛いんだから」

 

 

「我々も手荒な真似はしたくないのだよ。できればウィンウィンな関係を――」

 

 

「じゃあこれ、外してよ」

 

 

「ダメだ」

 

 

 言っていることとやっていることが矛盾している。

 しかしながら彼らの言い分も尤もである。これほど頑丈に拘束されても尚、恐れを抱いているのだ。

 実際、この子たちがその気になればウルトラマンよりも早く仕事を終えるだろう。なれば、だが。

 

 

「人理焼却事件……その解決の中心に立った女。数多のサーヴァントを使役し、複数の魔術礼装を使いこなすという業。これだけならばまだ傍観するだけだった。冠位を与えるだけで、それ以上はなかった。しかし今はどうだ。その不死身の身体。封印指定されるのも無理はない」

 

 

 聞き慣れない単語を耳にした少女は顔をしかめた。どちらにせよ不穏な単語だ。

 口の中に残った血を吐き出し、黙々と服を剥がれるのをぼんやりと見ている。

 

 

「その力、譲り渡してくれるのならば今すぐにでも楽にしてやろう」

 

 

「ダメ。それだけはできない。だってこれは私の罪だから。償うために私はこうなったの」

 

 

 やがて糸一つ纏わぬ姿となった少女はそれでも恥辱を感じずに、ずっと問いかけてくる男を見据えている。

 空に漂いながら少女の裸体を見下ろしながら必死に絵に描いている人は、一体誰だろう。

 床に転がっている腕は、いったい誰のものだろう。

 ずっと向けられている、肉を舐るような殺意は、いったい誰のものだろう。

 さっぱりわからないのだ。しかしただひとつ、これだけは明確にわかることがある。

 それは、少女がかつて、助けられなかった人たちであること。

 罪は償わなければならない。

 実に単純明快な事実だ。

 だが、少女にはその方法がわからないでいた。死が最も相応しい。そう結論に至ったが、果たしてそれは本当に正しいのかと自問する。

 これは逃げではないのかという疑問が浮かび上がる。少女は優しい女の子だった。だからこそ、こういうことはきちんと真面目に尽くさないといけないと思ったのだ。

 どれほど歪んだものであったとしても。

 そしてまた、これのどこも狂った判断ではないと思い込んでいた。

 少女の思考は壊れていた。とうの昔に壊れていたのだ。

 

 

「君の魔術回路に興味を示すものは星の数ほどいる。どういう構成であのような人外の力を持つのか……いや、時計塔に回収される前に確保できて本当によかった」

 

 

 そう言っている間にも少女の身体にいくつもの電極のような針が刺される。さらに頭にも何十本も線の伸びたヘルメットを被せられ、ボルトで固定される。

 ある程度空洞があったが、きゅっ、と引き締まり、わずかの隙間をも埋めた。

 血が全て鉛に変換されたような重みを全身に感じ、怠惰感に震える呼吸を吐いた。

 カルデアを去ってからは完全ではないものの、全能を体感していた。そしてそれに酔ってもいた。

 だが今は、たとえ拘束が解かれてもその場から動けそうになかった。

 

 

「生命活動速度を落とした。これで感覚は鈍くなり、痛覚もマシにはなるだろう」

 

 

「それは嬉しいね。死ぬまで長く苦しめられるから」

 

 

「君の魔術回路を剥き出しにして、コピーする。あまり人道的な方法ではないが、致し方ない。頑張ってほしい」

 

 

 刺した電極を指で弾いて確かめながら男が言う。

 

 

「私の魔術回路なんか覗いても何もないけどね」

 

 

 それと同時に作業が始まった。

 まず始めに襲ったのは、頭蓋を割る衝撃。続いて全ての骨を折られるような圧力だ。

 刺された電極が致死の電流を流し、強引に魔術回路の活動を促す。

 あっという間に黒い拘束台が血色に染まり、少女は必死に奥歯を噛み締めて痛みに耐えた。

 魔術回路に手が伸びているのがわかる。少女の言う通り、魔術回路をコピーしたところで不死を獲得できるわけではない。

 亡者たちの祝福があってのこの身体なのだ。だからこの男たちのしていることは無意味。ではなぜ少女は抵抗しているのか。

 実に簡単だ。やられっぱなしではつまらないからだ。せめて思い通りになってたまるものかというまだ子供っぽい思考が、四度死ぬのに十分な激痛に耐えさせているのだ。

 

 

「深層領域、yに侵入。これ以上は進めません」

 

 

 口を開けば、出てくるのは苦痛に歪んだ絶叫だ。こんな奴らにそんな声を聞かせてたまるか。そう意地を張って上下の歯を全て噛み合わせて必死に濁った唸り声を漏らす。

 

 

「――では、出力を上げろ」

 

 

「⁉」

 

 

 少女のバイタル信号が激しく上下している。と、一度少女を痛みつける侵略が止まった。

 汗か血かまったくわからない液体に全身が濡れている少女は、朧気ながらも部屋に運ばれてくる軽自動車ほどの巨大な装置が運ばれてくるのを見た。

 身体中に接続された機器が一旦全て外され、少女は安堵のため息を吐いた。

 しかしその表情は一気に絶望の色に変わる。

 外されたケーブルが、次は巨大装置に繋がれる。

 かけられていた布を取り払うと、大きくペイントされた『DANGER』マークが少女の痩せ細った身体を震わせた。

 さっきのはお遊びだったのかと思わせるほどの威圧感。黒光りする機器は本能的に死を感じさせた。

 

 

「いや……ぇ……? 嘘、でしょ……?」

 

 

 少女は耐えられる自信が一気に喪失した。

 ジジジ……と今に爆発しても何もおかしくないレベルで重々しく活動し始めるそれを、半笑いしながら少女は見上げた。

 身体が逃げようと動く。しかしさっきの責めの影響で指一本満足に動かせない少女は、ただの人形でしかなかった。

 こんなの、無理。耐えられるわけがない。これはどう考えても処刑用……それすら生温い。痛みを与えることのみに特化した拷問器具だ。

 これを受ければ、間違いなく死ぬ。

 死ぬことに恐れはない。しかし、死ぬという恐怖にはいつまで経っても打ち勝つことのできない。言わば生物として当然の感情だった。

 

 

「仕方ないだろう? 無理ならば、こじ開けるまで。『押してだめなら引いてみろ』ではなく、叩き壊してみろ、だ」

 

 

 今までどんな痛みにだって耐えてきた。

 蘇生するとはわかってはいても、だんだん曖昧になっていく生死の境目がとてつもなく恐ろしくなる。ふと自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなることがよくあるのだ。

 そんな経験は人類史上、少女以外、誰も味わったことのない苦痛だ。

 

 

 無駄だとわかりきっていても、少女はやはり抵抗した。

 しかし指の先まで正確に拘束された少女には、腰を僅かでも捻らせることすらできない。

 

 

「では――」

 

 

「……待って……! 無理、そんなの、耐えられるわけがないよっ!!」

 

 

「耐える? そんなことは求めていない。君が死んでいようが生きていようがどうでもいい……のだが、死なないのなら僥倖だ。手加減無しで全力で君の結界を壊してみせよう」

 

 

「嫌……! 嫌、だッッ! 嫌嫌嫌イヤイヤイヤイヤイヤ…………!!!」

 

 

 まだ何もされていないというのに、物々しい迫力と恐怖に股の筋肉が緩み、アンモニア臭がし始める。

 そんなことを気にすらせずに少女は叫び、どうせ無理な拘束を解こうと暴れる。

 だが客観的に見ると、泣き喚きながらただ必死にやめてと懇願しているだけ。

 魔術の世界に足を踏み入れた時点で、まともな人生が送れないことはもちろん理解していた。それでも、カルデアの人たちとふれあって、圧倒的に辛いことばかりだったが、少なくとも楽しいと思える時もあった。

 あの瞬間がいったいどれだけ幸せだったのか。それをようやく少女は気づいたのだった。

 男が機器に手を伸ばし、あまりにもシンプルなON-OFFスイッチを撫でる。まるで焦らすかのような動きに少女の呼吸はリンクする。オンに近づけば呼吸が速くなり、オフに近づけば遅くなる。

 数分ほどその繰り返しを楽しんだ後、男はスイッチから手を離した。

 少女は汗と涙でぐちゃぐちゃな顔を、安堵して力を抜いた。

 その時、男は完全に少女の隙をついてオンを押した。

 

 

「っっぴびゃあア゛アああ!!? あ゛あ!? ッア゛アッッッ! ああ゛ぁぁア゛ア゛ああぁあ゛ああ!!!!!」

 

 

 甲高い絶叫が部屋に反響する。

 いくつもの拘束を施された少女は小刻みに身体を震わせることしかできないが、本当は跳ね回らんばかりに悶絶していた。

 先程とは次元の超えた侵略。身体の隅々までほじくり返すだけではない。ごりごりと、容赦なく心身ともに抉られる感覚に少女は狂うほどの激痛を味わう。

 

 

「ひゅ゛ー!! ひゅ゛、ぃ゛ぎぁああ゛あ゛アア゛ぁあぁア゛アあ゛!!! う゛ぇぇ゛ぇぐ、あ゛アアア゛ぁぁ゛……ッっっ!!!」

 

 

「yを破壊しています。……意外に硬いですね。最低14年は」

 

 

「なるほど」

 

 

 目の前で少女が生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているというのに誰一人と目も向けず、計測器を睨む。

 絶え間なくこの悲鳴が聞こえているはずなのに、誰も耳を傾けない。

 灼ける。灼ける。灼ける。

 灼けていくのは、なに?

 怖くて怖くて、ただ激痛を発散させようと叫ぶことしかできない少女の喉もあっと言う間に限界に達し、音を発することすら困難になり、時々「ど……め゛、て…………!!!」と意味のある言葉を口にするだけになってしまった。

 永遠拷問。それが一番ふさわしい。誰にも相手にされず、ただ利用されるだけの道具として扱われるこの『憐れ』だけではあまりに表現しきれない有様。

 助けなど来るはずもなく、少女を人間ではなくモノとしか見ていない集団の、ど真ん中にいいようにされている状態。

 助けてよ! と周りの亡者たちに助けを求めても、集音器を少女の口元に向けてASMRを録音しているのだと主張するだけで、他は何もしてくれない。

 苦しみに悶える。誰にも助けてもらえない。誰にも見られない。

 そして、死。そして蘇生。

 

 

「――――――ッ、っ゛っっ゛!! カ――……ッ! い゛ゃああ゛……ぁ゛!! 待っ゛……あアア゛――――――……あぁ゛ぁあ!!!!」

 

 

 誰も少女の訴えに気づかない。生死をモニターしているはずだから、今少女が死んだことがわかっているはずだ。なのに何の反応も示さない。どれだけ必死に掠れきった喉を酷使して使っても、それに見合った成果は得られず、余計に苦しみが増すばかり。

 

 

「隔離する。なにも急ぐ必要はない、我々にはまだやることがあるのだから。特殊隔離指定、レベルQに設定」

 

 

 男が機器を操作し、周りも一旦少女から離れた。

 すると拘束台が縦九十度に回転し、床が開かれる。視覚、聴覚に意識を与える余裕などとうに失っている少女には、あまりに突然のことに驚きつつも、それ以上は何もできないでいた。そして、拘束台ごとゆっくりと床に沈んでいく。

 まず足に触れたのは、液体だ。嫌な予感を察知した少女は、なけなしの気力を振り絞って叫んだ。だがそれは亡者たちを喜ばせるだけで、男たちにはただの絶叫にしか聞こえない。

 

 

「……っ! ひっ、く!! ぅあ゛あ……ッ! っっっっっ゛ッ、が、ぁ………………!!」

 

 

「安心したまえ。この液体は毒ではない。君の排泄物などを消化してくれるバクテリアを含んだ液体だ。直接肺に飲み込めば酸素は問題ない。生命維持機能は……不要か。最小限の栄養はチューブから送られるから問題はない。不死性の極限の実験にはもってこいの隔離だ」

 

 

「くぶっ……ッ! ごボッ!! おがし、くなっらぁぅ……!! あは……ば……っっ! くる゛、じぃ!! か、ら、じな゛せ……っ、しなぜてぇ、っ……!!」

 

 

 弱々しく震えながら死の安寧を求める少女。しかしそれは許されない。死は許されても、少女にとっての死は絶対に許されないからだ。

 狂いながら、これまで経験したことのない生死の連続の中、潰れかけの喉の痛みに咳き込みながら泣いている。

 男たちが呑気にパネルに入力していることなど知りもしない少女は懇願している。

 腰、腹、胸と液体に沈み、もう本当に時間がないと悟る。

 ああ、皆にもう一度会いたい。

 マシュに誘われた時、本当はとても嬉しかった。またカルデアに戻れる。そんな淡い期待を抱いたのも確かだ。

 これが最悪の結末なのか? いや違う。これは最善の結末だ。少女だけが悲劇のヒロインになることで、他の皆はこれ以上に酷いことをされることはない。もちろん望んでそうなったのではない。

 できることならば今すぐ亡者の呪縛を剥いでやりたい。

 しかしその想い以上に罪の意識が少女を縫い付けるのだ。

 どこまでいっても救われない。

 苦しみは続く。

 それを見る亡者たちの気が少しでも晴れるのならば……まあ、いいか。

 狂っている。壊れている。そんなこと、ずっと前から自分自身が一番わかっている。だってそうしないと自分を保てなかったから。自分が嫌いで嫌いで、どうにかなってしまいそうだったから。

 でも、やっぱり苦しいのは、嫌。

 

 

「拘束レベルⅤ」

 

 

「っっ゛! ぅぁ゛っ……っ! ギぅぅ゛ッ、っっ――――――っっ゛っ!! っ―――……っっっ゛!! くぁっ゛………いやっ、やだっやらぁ!いやいやいや嫌ぁっッっ゛!!!?! っ、いっ゛……が、ぁっ………っっっ゛、っ―――――――…………っっ゛ッ!!!」

 

 

 ただでさえ動けないのに、さらに拘束が課せられる。台が動き、両手を背中にまわされ、一切の隙間を与えられないブヨブヨの肉塊が台から溢れ、ギチギチと少女の身体を締め上げる。

 仰け反った腹部にも覆い被さるように拘束され、呼吸すら満足できないようになる。さらに首にも巻き付き、締め上げられる。

 

 

「ではさよならだ。次に会うのは私の後継者かもしれないが、その時はよろしく頼む」

 

 

「ご、ア゛っっ………っ゛っ!! ……っ! っ! ………だ、す、け゛っ…………っ!! ――――――っっっ!!!」

 

 

 筋肉がギジギジと悲鳴をあげ、骨格がゴギリと軋む。あと少しでも無理に力を入れようものなら、少女の身体は壊れる。

 窒息寸前まで締め付ける首の拘束。辛うじて息はできるが、声がまったく出せない。

 ついに口、鼻と液体に沈む。数秒も我慢できなった少女は口から肺に液体を流し込み始める。だがお構いなしに少女を殺したらしめる苦しみは続き、満足に液体が飲めない。そして数分後には窒息死し、蘇生し、勢いよく飲み込んで、また吐く。その繰り返しを上から見ていた男たちは、ついにぼこりと粘性のある液体が表面に泡立たなくなると、チェックに印を入れて、無言で蓋をするのだった。




NORMAL END

以上、『霊怪討伐戦』後、もしマシュがマスターを追いかけなかったらのIFルートのIF分岐でした。

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