盾の少女の手記   作:mn_ver2

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次章の告知きましたね!
次こそは、シンよりシリアスなストーリーになることを期待してます!!
ということで、事件戊コラボの後に投稿しようと思ってダラダラ書いてたやつをやっと。


ツギハギ

 電子レンジで温められた食事はすでに冷えた。はやく食べないといけないのに。

 スパゲッティ。ミートスパゲッティだ。

 マスターにとって、優先すべきは食事よりもペンを持つことだ。灼けた記憶を――全てではないが――見ることができたのだ。再演された記憶を今すぐにでもこの手記に記さねば。またいつ忘れてしまうかわからない。

 三十分ほどかけてできあがったものを読み直して、齟齬がないか確かめる。

 

「うん、完璧」

 

 完璧などではない。

 あの再演は、マスターの記憶とは些細な部分が異なる。そのことにマスターは気づいていないのだ。

 何ら、何も、全く不思議に思っていないのだ。なぜならば、もう二度と思い出せないと諦めていたものを見ることができたから。

 その嬉しさで胸がいっぱいになっている。だからこの小さい……だが致命的な改竄に気づけない。

 

 継ぎ接ぎ、継ぎ接いで、継ぎ接ぐ。

 

 出来上がったものは、真実ではなく虚実。記憶の齟齬は、最終的に大きなズレとなる。

 憐れ。実に憐れ。

 久しぶりに嬉しい気分になったマスターは、いつもなら歯と舌の食感だけの気持ち悪い食事も我慢することができた。味は当然しない。

 手記をしまい、食器を片手に廊下に出る。

 すると、ちょうど目の前を通りかかったヒロインXがマスターに気づくと、血相を変えて肩を掴んだ。

 

「またアルトリア顔属性を増やしましたね⁉」

 

「アルトリア顔? ……ああ、グレイのことね」

 

「そうです、髪の色を変え、フードを被って隠そうが、この私にそんな小細工は絶対に通用しません。そう、絶対にです!」

 

 アホ毛がビンビンに反応しているのを見て、マスターは思わずくすりと笑ってしまう。

 グレイは引っ込み思案な子だ。自分から誰かに関わるのが苦手そうだが、これなら問題ないと判断していいだろう。グレイにとってプラスかマイナスかは棚に上げて。

 

「アルトリア顔のアサシン……これはまた新手が増えましたね。……む。もしかして私とキャラ、被っているのでは? これは重罪ですね。今すぐにでも処置しなければ」

 

 室内にもかかわらず双剣を握ったヒロインXがダッシュで去っていく……と思いきや、ブーディカに叱られてしまい、早歩きで向こうに消えた。

 そんな様子を微笑ましく眺めていたマスターは食堂へと立ち寄った。

 ノウム・カルデアにまだ旧カルデアの皆を呼び出せていないが、それでもこの賑わいっぷりだ。真昼から美遊にイリヤが突っかかって百合っぷりを発揮し、それを遠めに見守る刑部姫が涎を垂らしながらペンを動かす。以蔵がキングハサンの背中を陽気に叩いている。それを見た百貌と呪腕が顔面蒼白状態で必死に以蔵を引き離す。

 ……うん、実に平和だ。

 流し台に運び、無言で皿を洗い始める。

 芥のロストベルト攻略からだいぶ日が経った。傷はだいぶ癒え、深夜に痛みから目を覚ますこともなくなった。

 

「あの……マスター」

 

 ちょいちょいと袖を引っ張られ、一度水を止めたマスターはその主を見る。

 グレイだ。目元が見えないほど、いつもよりいっそう深くフードを被っている。表情は窺えないが、怯えていることはすぐにわかった。

 

「どうしたの?」

 

「アッドを部屋に置いて散歩してたんですけど、さっきからよくわからない人が拙を追いかけてくるんです。セイバー死すべしって叫びながら。でも拙はアサシンですし、話が通じる相手ではありませんし……えっと……」

 

「なるほど、すべて理解した」

 

 そして一瞬で皿洗いを終えたマスターは手をかざして惜しみなく令呪を使用した。

 現れたのは、まさにヒロインX……ではなく、エナジードリンクを片手に。冷えピタを額に貼り、死んだ目でデバイスに何かを入力しているヒロインXXだ。

 突然出てきたヒロインXXにグレイは小さく悲鳴を上げると、マスターの背中に隠れた。

 

「……ん、ああ。マスターですか。わざわざ令呪を使って呼び出すなんて贅沢ですね。用があるならはやく言ってください。私は今脳死状態で仕事をしているので。え? 見えない? 見たらわかるでしょう⁉ こんなにも可愛そうな私に休みをくださいよ! じゃないと、銀河パトロールをバックレてニートになりますよ⁉ いいんですかっ⁉」

 

「いや、私まだ何も言ってないんだけど……」

 

 そう会話している間にもヒロインXXは五本指を起用に動かして仕事をしていた。サーヴァントは伊達じゃない。が、あまりにもその様は悲壮を感じさせた。

 

「ちょっと提案があるんだけどね」

 

「くぅ〜来ましたよ。どうせ断れない案件でしょう? いいですよ何でも言ってくださいよ。外宇宙からの干渉ですか。ルルハワの時みたいなのは流石に勘弁ですけど」

 

「ヒロインXが暇を持て余しているっぽいからさ、一緒に仕事したらどうかなーって思うんだよね。ちょっとくらいならあなたの仕事、わかるはずだし」

 

「――――――お、それはいいですね」

 

 ようやく手が止まったヒロインXXが顔を上げた。クマのよく見えるやつれた顔だったが、キラリと輝く希望の光を見たマスターは思わず涙を禁じ得なかった。

 しかしこれでヒロインXXの負担もいくらかは楽になるだろう。そしてグレイに迫る魔の手も遠ざけることができる。五本ほど冷蔵庫からエナジードリンクを取り出して意気揚々と食堂を去る彼女の背中を無言で見送り、安心することができたグレイの手を優しく握る。

 

「いろんな時代の、いろんな人がここにいるの。あんな人もたくさんいるから、接し方はこれからゆっくり学ぶといいよ。私も手伝うからね」

 

「は、はい。ありがとうございます! 拙、もっとみんなのことを知りたいです!」

 

 食堂を出たマスターとグレイは手持ち無沙汰に廊下を歩き始めた。

 ふと腕時計を見て、トレーニングの時間まで余裕があると判断したマスターはグレイと仲を深めることにした。タバコを吸うときだけ大人の姿になるキャスターは……呼ばないでおく。都合のいいタイミングでコロコロ姿を変えるあの男をグレイに矯正してもらうのは、また今度だ。

 廊下を歩くと他のサーヴァントともどうしても会ってしまう。それがどうも恥ずかしいグレイは手を滑らせて、マスターの指をちょこんと握るだけになってしまう。

 

「おや? 主殿ではありませんか」

 

 マスターのなかでどスケベ防具上位に入っている牛若丸がいつも通り、従者の弁慶を連れていた。

 気さくに話しかけ、とたたと駆け寄ってくるが、これが世界の力か、胸を隠す部分が絶妙なズレ具合で、決して見ることの叶わないチラリズムを生み出している。「それエッチすぎない?」と訊くと本人より弁慶が過剰反応を示しそうだから何も触れておかないでおく。

 

「ええっと……ぐれい、殿でありますよね?」

 

「あ、はい」

 

「なるほど、実に可愛らしいお方だ。フードで顔を隠すのはカルデアの損失。外したほうがいいと思いますよ」

 

「拙はこれが好きなので……逆に貴女はもう少しちゃんと服を着たほうが……」

 

 グレイが目を向けているのは言うまでもなくアソコだ。初対面だからこそ、そのインパクトは計り知れないだろう。牛若丸はグレイの言いたいことをすぐさま理解したようで、自身の胸をパンパンと叩いた。

 

「いえいえ、服なんてむしろ邪魔でしょう。いっそ裸のほうがマシと思えるほどです」

 

「そ、そうですか……」

 

 露出狂の予兆を機敏に感じ取ったグレイは頬を引きつらせながら無理やり笑顔を作った。それを純粋に好意と受け取った牛若丸は微笑み返す。

 ……危ない。きっとこれはあれだ、弁慶がいないとき、つまり一人の時はほぼ間違いなく全裸になっている。マスターはグレイよりさらにひとつ深く感じた。

 本人には捻れた貞操概念に違和感すら抱いていないだろうが、もしフェルグスにでも見つかってみろ、秒でベッドに連れて行かれる未来が千里眼なしでも見える。

 

「マスター、我々は今からトレーニングをしますので、この辺りで」

 

「うん、どっちもほどほどにね」

 

 弁慶が牛若丸の首根っこを掴む形でマスターとグレイの前から立ち去っていく。

 その後ろ姿をぼんやりと眺めていたマスターは、どっちが主かわからなくなりそうになる。

 

「……………………」

 

 ああ、そうだった。

 彼の背中を見たことがある。

 いつのことだったか。真っ黒い海。辺り一面、真っ黒い海。その上に弁慶は堂々と立っていた。

 対峙するは……誰? 誰?

 ジジジ、と映像にノイズが走り、弁慶の姿は牛若丸の姿へと置換される。

 間違えた。

 これは、覚えている。これは……そう、バビロニアで弁慶がケイオスタイドに犯され、それを牛若丸が鎮めたのだった。こっちが正しい記憶だ。

 しかし、マスターの前に仁王立ちするのは、牛若丸ではなく、弁慶のほうがどうしてかしっくりくるのだ。ちょうど空いたピースにぴったり合うように。

 この違和感は、いったい、なんだろう。

 ……やめよう。

 記憶も、思い出も、心にある。

 灼かれまいと抵抗する継ぎ接ぎが、崩れそうだ。

 

 継ぎ接ぎ、継ぎ接いで、継ぎ接ぐ。

 

 築いた奇怪な記憶城。継ぎ接いでできている骨組みは突くだけで崩れそう。

 その門番は、マスター自身だ。

 しかしその役割を果たすことは結局できない。これまでの死者の苦悶を前にすると、どうしても足がすくんでしまうのだ。だから形だけの防衛になる。

 突破され、憂さ晴らしとばかりに城は壊される。

 

 継ぎ接ぎ、継ぎ接いで、継ぎ接ぐ。

 継ぎ接ぎ、継ぎ接いで、継ぎ接ぐ。

 無限に、いつまでも、永遠に、止まることはなく。

 

「マスター?」

 

「……あ、ああ。なんでもないよ。少し考え事してただけだから」

 

 グレイの呼びかけに、遅れて反応する。

 考えれば考えるだけ、無駄だ。前のことをうじうじと引きずる余裕はない。それに今を頑張って生き抜く気力を保つだけで精一杯だ。それ以外は、もう。

 だからこそ、前を見るしかない。未来を信じるしかない。過去は灼け、現在は曖昧だ。ならもう、マスターが見ることができるのは未来しかない。

 きっと楽になるだろう、この地獄も終わるだろうという、なんの根拠もない、希望的観測に縋るしかない。それでさえも、本当は薄々……。

 

「無理、なんだろうね」

 

 グレイに聞こえない声量で弱く呟く。

 でも、もしかしたら。本当にもしかしたら。

 そんな期待を僅かながら抱いている。

 牛若丸たちがいなくなり、誰もいないことを理由にグレイがちゃんと手を握りしめてきた。さっきは指で摘まむ程度だったのに。

 マスターは何も言わなかった。きっとグレイだって恥ずかしいはずだ。それを自覚させるようなことを言ってしまうと、手を離してしまうかもしれない。

 せっかくのグレイの行為を無下にできない。しかしこの場面をマシュに目撃されるという何も言われるかわからない。「先輩は女の子が好きなんですね!」と無垢な納得に至ること間違いなしだ。

 恋愛などに興味のないマスターにはいい迷惑になってしまう。

 

「どこに行くのですか、マスター? ……あ、いえ、マスターが行きたいところなら、拙はどこへでも」

 

「ダ・ヴィンチちゃんとこだよ。この前の異聞帯でゲットした植物があってね。それで美味しい飲み物ができたらしいから、飲みに」

 

「甘いものですか?」

 

「わかんない。ただ美味しいってしか聞いてないんだよねぇ」

 

 ダ・ヴィンチに指定された部屋についたふたりを迎えるようにスライドドアが滑らかに音もなく開いた。

 その奥で椅子に脚を組んでダ・ヴィンチが座っていた。短い脚は床についていない。ついずっと見続けていると視線の意図に気づき、頬を膨らませながらぴょこん、と降りてマスターに駆け寄った。

 

「こら。こういう時の弁解はね、可愛いねで十分なのだよ」

 

「可愛いよ、ダ・ヴィンチちゃん」

 

「むぅ。……まあ、今はそれでガマンしてあげるとも。席につきたまえ。すでに用意はできてるからね。グレイくんも」

 

 促されるままに席に座るとちょうど目の前にコーヒーポットがあった。その吹き出し口からは甘い匂い……というより酸味の濃い匂いがしている。

 ふとグレイのほうを見ると、ぎょっとした目をしてマスターに視線を投げかけている。

 

「なんていう植物かわかないが安心したまえ。成分は調査済みだ。毒味はシオンくんにしてもらった」

 

「なら安心かな。スパゲッティ食べたあとで喉乾いてたからちょうどいいや。グレイはどうする? ……飲む。なるほど、飲むんだね」

 

「拙は何も言ってませんよ⁉」

 

「はいは~い、お待たせだよー」

 

 マスターが言ってすぐに淹れ始めたダ・ヴィンチは、グレイが否定するときには既に淹れ終えていた。

 カップの取っ手を掴み、くんくんと鼻をひくつかせたグレイはおよそモザイクがかかるレベル、もしくはライネスが三度見するほどの渋い表情を浮かべた。

 

「グレイちゃんダメよ、その顔は人に見せられないわよ」

 

「マ、マスター。これはその……酸っぱすぎませんか? 匂いから」

 

「大丈夫だよ、うん……うん。別に死ぬわけじゃないし。私も飲むから、一緒に逝こう」

 

「え、いや、逝くってどういう……でもマスターが飲むのなら拙も……ここは腹をくくるところなのですね、よし」

 

 マスターがカップの縁に口をつけるのを見て、グレイも同じく一気に液体を喉に流し込んだ。

 

「ぴぇっ!」

 

 酸っぱすぎる味は舌に電流が流れたようなビリビリ感を与えた。その後、追撃とばかりに喉も同じことが起こり、グレイは俯いて必死に我慢しようと顎に力を入れた。

 たっぷり時間を要し、なんとか口を開くことができるようになったグレイに、マスターは何ら変わらない口調で尋ねてきた。

 

「どんな味だった?」

 

「しゅごく、しゅっぱかったです……。すみません、拙は、やっぱりこれはにがてです。マスターはすっぱいの、大丈夫なんですか?」

 

 グレイに言われて、二口目を啜ったマスターは、やはり特に反応を示すことなく、小さく舌を出すだけだ。

 

「うん、たしかに酸っぱかったね」

 

 本当に酸っぱいと思っているのかよくわからない感想だったが、舌の被害が甚大なグレイにはそれを気にする余裕はなかった。

 

「ごめんね」

 

「……? え、あ、はい……?」

 

 どういう意味かわからない謝罪をされて、グレイはつい中途半端な反応をしてしまう。

 この意味はダ・ヴィンチにだって絶対にわからない。これはグレイに飲ませるような真似をさせたことに対する謝罪などではない。

 グレイにだけその超酸っぱいらしい味を感じさせたことに対する罪悪感である。

 

「もしこれが好きでしたら、あとはあげますけど……?」

 

「そこまで好きじゃないよ、流石にね。それとダ・ヴィンチちゃん、グレイに水出してくれない?」

 

「いいとも。君はいいのかい?」

 

「これくらい我慢できるよ。あと、さ……」

 

「うん?」

 

「私の家族の情報とか……あったりする……かな」

 

「…………すまない、それは旧カルデアに」

 

 本当はどんな返事が来るか、なんとなくわかっていた。だからこれは、確認に過ぎない。

 

「……だよね。うん、そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃって」

 

 グレイがいない、ダ・ヴィンチと二人きりのときに聞きたかった。ただ今訊きそびれたら、この前のコヤンスカヤ襲撃もあったし、後回しにするのはよくないと思ったのだ。

 

 継ぎ接ぎ、継ぎ接ぎいで、継ぎ接ぐ。

 家族の記憶の欠片がなければ、継ぎ接ぐことすらできない。

 マスターの小さな掌では、たくさんの記憶をすくいきれない。その半分以上が溢れてしまう。

 だから第二の手記に書くのだ。忘れても思い出せるように。絶対に忘れてはいけないことが消えてしまわないように。

 ムネーモシュネーの記憶再演はとてもありがたいものだった。

 しかしそれでも再演されなかったものは、もうマスターの記憶から消えてしまっている。

 

 ――あれだけ大事な人……マシュとの出会いも、絵の具のように滲んで……虚空に混ざってしまって、思い出すこともできない。




頑張ってロストベルトNo.4クリア記念も書く予定です。
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