「い、ぎああああああッ⁉」
「――つまらぬ奴め。耳障りだぞ。せめて頭領ならば、それなりの意地を示せ」
頭蓋を強く揺さぶる衝撃に、男の意識は白黒する。
勝てない。まるで勝ち目などない。地面に落ちている、拳銃を握りしめた手を見下ろして静かに死を悟る。
逃げ場もない。手段もない。狭い一室まで追い詰められた男にはもう、目の前の襲撃者たちに生死を握られていた。
「それにしても物好きよ。魔術師でもないただの雑種どもの掃討など、本来は我のするべきことではないのだがな」
「アーチャー。仕事はまだまだ山ほどある。この程度に時間を潰すのはあまりにも無駄だ。……こ奴らのためにわざわざ相手をしてやることを感謝すべきだとは思わんか。なあ?」
杖を手にし、その先端で胸を軽く突く。
男は文字通り顔を真っ青にして恐怖ながら悲鳴を上げる。
「な、なんでも話す! 金だっていくらでもやる! だから……!」
「…………ほう。では話せ。その質によって貴様を量る」
薄暗い月光が、窓から射す。
口早にすべてを語り尽くした男はこれで救われると、安堵のため息を吐いた。どうやらふたりの目的は男の提供した情報だったらしい。満足げに口角を上げたのを見て、男もそれにつられる。
「ふむ、確かに貴様の言ったことは有力な情報だ。まさに我がマスターの求めていたもの……」
「なら――」
「ああ、そうだな。これで別れだ」
杖に力を込め、心臓を一突き。
男は何故と弱々しく繰り返しながら、やがて目の光は失せた。
数多の宝具を収納している宝物庫へと、片っ端から目についた資料を放り込み、十分と判断されればふたりはその場を後にした。
◆
「知っているか? この世には三種類の人間がいる。我、雑種、雑種でないものだ」
「ふうん。じゃあ私は?」
「もちろん三つ目だ。貴様の逸脱した実在。しかしながらそれに反したその生き様。ながらにして今もこうして
「……ってアーチャーは言ってるけど、キャスター的には同じ意見なの? やっぱり」
「当然。我は我。たとえ我がバーサーカーのクラスであったとしても、人類の叡智たるこの頭脳が判断を誤るわけがなかろう」
キャスターの巨大な工房で、三人は今回の成果を報告し合う。
誰にも認知されない領域。陸にあらず、空にあらず、また海にもあらず。キャスターにしか制御できない異空間に工房はあった。
七畳ほどの狭い領域。最小限のものしかない空間。
仕事は無事達成。キャスターから得られた情報は、依頼主の条件を十分に満たすものだった。それに多額の金が振り込まれている口座も得られた。これで当分資金面において不自由することはない。
「じゃあそろそろ報告しに行こっか。キャスターはここで留守番。アーチャーは霊体化して私と一緒に来て」
「いいだろう」
相槌をうったアーチャーは、黄金の塵となって消える。キャスターから情報を預かり、落合場所に工房を移させて地表へと降り立った。
場所は人気のないぼろアパートだ。深夜はすでに過ぎ去り、あと数時間で日が昇るといったところ。アパートの階段を上り、指定された部屋のドアを指定された数だけノックする。
するとドアは開かれ、快く中へと入れてくれた。男が五人。四人は筋肉質な黒服。つまり最後の一人、病的なほど白い肌の青年が依頼主だ。
「こんな時間にすまないね、T」
「いえ、気にすることはありません。……貴方が欲しがっていた資料、これで十分でしょうか?」
懐を漁り、依頼主にホッチキスで留められた五枚の紙を渡す。
受け取り、猫のような目をしながらざっくりと読み切った依頼主はほくそ笑んだ。
「ええ、ええ! まさにこれでですとも! 完璧です。さすがはT。依頼された仕事は必ず完遂させる。手口を一切明かすことなく、ミスのひとつもない……噂通りですね」
「……ありがとうございます」
「で、報酬は……不死殺しの情報でしたよね……この世に不死は確かに存在します。しかしそれを殺す方法は今のところ見つかっていませんね。時計塔や様々な組織を探りましたが、考察があるだけで確実な方法はありませんでした。一応それらの論文を報酬としてお譲りします」
「はい、確かに受け取りました」
依頼完了。
この依頼主との関係はこれで終わりだ。両者とも、探りを入れない。それが暗黙の了解だ。
踵を返し、五人に背を向ける。まだ仕事がある。山ほどに。だから時間があまりにも惜しいのだ。
「本当にこの程度の報酬で、あのような大仕事を請け負ってくれるとは……個人的に貴女に興味がわきましたよ」
「……依頼、ですか?」
気づけば、ドアが消失している。
依頼主は猫のように舌なめずりをした後、醜悪な欲望をむき出しにして言った。
「欲しい。私の手駒として、欲しい。貴女の手腕は間違いなく私たちに大きな力を与えてくれるでしょう。どうです? 待遇も応相談ですが?」
部屋はいつの間にか実験施設の一室へと姿を変え、壁からは幾つもの武器が向けられている。四人の男たちも見たこともないような武器を構えて立ち塞がっている。
初めからこれが狙いだったのか。上手い具合に偽装が施されていて、完全に思惑に気づくことができなかった。
小さくため息を吐き、やれやれと肩を上げる。依頼主の勝ち誇った表情は崩れない。圧倒的アウェイで、突いただけでバランスを崩して尻もちを付きそうな軟弱なモノ。それに過剰とも言えるカードを用意している。
これだけ見ればどう頑張っても抵抗する手段はない。
『クク、さあどうするマスター』
アーチャーが耳元で囁く。
私ひとりで十分だと宥め、ハキハキとしたく長で言い放った。
「断るわ。私は、私のすべきことをするためだけに動いているの」
「では仕方ありません。その身を捕縛させていただきます。安心してください。殺しはしませんので」
刹那。
ガクンと視界が下がった。そして次に何が起こったのかを認知した時、灼けるような激痛に絶叫する。
壁から照射されるレーザー光線が両脚をバッサリと切断したのだ。魔術師の癖に、現代兵器を用いるとかナンセンスと毒づいている間にも容赦なく第二波が両腕を焼き払う。
「護衛をひとりもつけずにのこのことやってきたのが運のつきでしたね。貴女を人質とし、貴女の部下たちを懐柔する。どうです?」
「ぅ、あ……ァ」
「実はどこも、貴女のことを知りたがっているんですよ。いつも独りで活動し、行方をくらますことだって多々ある。そのくせ依頼はきちんとこなす。興味の目が向けられても仕方のないことです」
依頼主に髪を掴まれ、傷口を地面で擦りながら引きずられる。断続的な痛みに、必死に歯を食いしばることでしか耐えることができなかった。
冷たい線が、首を撫でる。
「――――――コ」
横一文字に赤いラインが刻まれ、そこから鮮血が吹き出る。
別に死んでいても構わないということか。必死に呼吸をしても切られた喉から漏れ、満足に肺に酸素が送られなくなり、やがて絶命に至る。
その様を見て不敵に微笑み、部屋を出る。
と、ここでようやく『再起』の反応が現れ始める。
蘇生させられた意識を束ね、虚ろな身に『存在』を収束させる。
ぶくぶくと。
ぶくぶくと。
肉が妙な動きを始める。
その異変に気づいたのは、真後ろから付いてくる、無精髭の生えた護衛の男だった。
脊髄反射に近い速さで銃を向けられるが、今度はこちらが笑ってやった。
「ごっくん」
――死が居た。
咀嚼する素振りに反応したのかまるでわからないが、その起因を探ることはできず、男だった肉塊は壁に四散する。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
――死が居た。
疑似的な不可視、ゆえにぼんやりと虚空に映る幽霊の如く、死の群れはその場に鎮座していた。
「な――――」
「不死は存在する。そう言いましたね?」
依頼主があり得るはずのない状況に悶絶する。その間にも肉体の『存在付与』は完了し、重くなっていることに気づいた依頼主は、素早く命令を下した。
せいぜい敵は一人。それにもはや衣服としての機能すら果たしていない布の下に隠し武器もないのはわかっている。
だから、この奇妙な生物を一刻でも早く黙らせないといけない。
本能だ。本能が、そう泣き叫ぶばかりに訴えてきたのだ。人間とは理性の化物。だが、この瞬間だけは本能に従った。
捕縛は断念。よって殺す。トカゲのように手足が生えてくる様子を生で見る依頼主は不快感を募らせた。
三人の護衛が襲いかかる。魔改造を施した人間兵器、よほどの猛者でない限り負けることはまずない。
懐へなんなく飛び込み、力強く踏み込み、拳を固め、藁人形のような身体のど真ん中、つまり狙いは心臓。
なんらかの回避手段の前作もなし。呆気なく拳は胸を貫通し、べちょりと臓器が依頼主の胸元に飛んだ。
「――死とは」
死んだ。確実に死んだ。心臓を穿たれてなお生命活動に衰えがないその歪さに、瞬時に拳を引き抜こうとする。
「――安らかな眠り。あなたも、もうお休みなさい」
太い腕を、細い指が絡めるように触れる。そのあまりの冷たさは錯覚でもなんでもなく、現実として理解したのは、触れられた部位から腕が腐敗し始めてからだ。
「うわあああああああアアアアアアッッッ⁉」
「……死の王政、凍結執行」
王に呼ばれ、集う死。
甘き死を。
良き死を。
儚き死を。
あなたに。
死は誰にも与えられる平等な権利。それを一方的に行使する、反則めいた王の権限。
恐るべき速度で腐敗が全身にまで行き渡り、やがて骨も残らず塵と化す。
瞬時に近接戦闘が危険と理解した護衛は血相を変えて距離を取った。
死は形を得られず、苦しんでいるようだ。人型と断定できない影たちが蠢き、憎悪のままに口無き口で咆哮する。
生と死は表裏一体。なのになぜ死はこれほどまでに拒まれるのだろう。いずれは皆、死ぬというのに。
――傲慢である。
生物として生まれたのならば、この理に従え。生を謳歌したのならば、次は死を甘んじて享受せよ。
死が不吉なもの? そちらの方が見るに堪えない惨たらしさだ! 生き汚い様を見せつけられる、生を謳歌できなかった者たちの怨みを知れ!
「クッ、クヒャヒャヒャ! 憎いぞ! 生者よ! 私たちの死を咀嚼しろっ!!」
依頼主を含め、周囲の人間の魂をすべて狩り取る。実体も霊体も持たぬ死に対抗する術などあるはずもなく、一方的に蹂躙される。
数分後には中身が空虚な肉片がゴロゴロと転がっていた。
……悪意ではなく、善意だ。母性のように優しくも残酷で暴力的なまでの抱擁をするだけだ。
それだけでは飽き足りなかった死たちは壁をすり抜け、敵施設内の人間を求めて放浪を始める。
「――我が出るまでもなかったな」
「ごふっ……。ッッ! ァ、――――グ。はぁッ……!」
アーチャーが周囲の死体を見下ろし、わずかに口角を上げる。
「雑種だったな。これを耐えられないとは、人間もひどく軟弱になったものだ」
「ひぁッ、ぁう。うぐ、ア……ッ゛ッ゛ッ゛!!」
「せいぜい三分ほどで終わるな、これは。…………キャスターに診てもらうか?」
「いや……いら、ない。どうせ意味、ない、の……わかってるでしょう……?」
息苦しく胸を抑えて過呼吸を繰り返す素振りを見ても、アーチャーは何もしない。そして、今ふらりと力が抜けて身体にもたれかかられても顔色一つ変えず、症状が治まるまでただ見ていた。
「死の王、か。確かに貴様以上に死んだやつはいないだろうよ。あの肉ダルマでさえ十二回よ」
「肉ダルマって、なに?」
「そのままの意味だ」
金ピカの鎧に手を当てて体勢を立て直し、ようやく落ち着かせることができた。
「ふん、どうせ教えてくれないんでしょ。……ねぇ、いつになったら教えてくれるのアーチャー? あなた達のことと、私のこと。どう考えても私の名前はTじゃないでしょ。ふたりともどう見ても同一人物だし……いや、双子って可能性もあるか」
アーチャーは腕を組み、つまらなさそうに死体を眺めていた時とは一変、妙に明るい口調で答えた。
「貴様にとって
そもそもTという偽名を与えたのはアーチャーだ。
もちろんなんの意味を含んでいないわけがない。皮肉たっぷり、今もなお目の前で死にそうな者への命名だ。
もう、
肉体的、精神的成長はこれ以上望めず、ただ毎日死にながら活動を続けている機械のよう。使命のために動き、使命のために死ぬ。そして蘇生する。それ以外の欲求も意志もなく。
これしか存在する理由がないと公言しながら。
「悪を討ち、悲しい死を迎える人をひとりでも減らす」
「せいぜいその在り方を放棄するなよ? 放棄したが最後、貴様は間違いなく自己崩壊の後に意味消失する。そうなってしまっては我の愉しみも減るしな」
「そんなこと絶対にないし。私を誰だと思ってるの? 私は…………、誰だっけ? HAHAHAHA!」
「フハハ、いいぞマスター! その調子で今後も頼むぞ?」
遠くから微かに聞こえる悲鳴や命乞いの声をBGMをバックにひとり漫才をしてみせる。
そもそも依頼を請け負ったのはここへの尻尾を掴むためだ。
もし依頼主からの過剰なスキンシップを図られていなくとも、キャスターが常にこちらを監視しているため、場所の特定は為されていただろう。
アーチャーとキャスターは部下ではなく、使い魔だ。部下以下の関係である。もちろんふたりが使命に面白半分かどうかはどうでもいいが、賛同してくれているから思う存分従わせているだけだ。
魔力なんて知らないし、なんなら勝手にふたりが吸っているらしいから問題はない。別段身体に軋みが生じても気づけないし、そもそも軋みなどとという生ぬるい表現で済まない身体は常に苦しんでいる。
どうやら狩りは終わったようだ。
王政に呼び出された死たちは微力ながら満足してくれたようだ。アーチャーにはその機微は理解できないが、理解者がひとりいるだけでも僥倖だろう。
紫色の焔となって消えた死。
彼らはまた王によって呼び出され、生を貪る快楽を王の内にて昂ぶらせるのだ。
「帰ろっか」
「うむ」
「ここを木っ端微塵に破壊するの、忘れないようにね」
「任せよ」
アーチャーが抱きかかえ、空中に姿を見せたキャスターの工房へと飛び上がる。
そこは、巨大なドーム状の施設だった。よくもまあ時計塔に掌握されずに存在できたものだ。
「ご苦労であったな、アーチャー、マスター。用が済んだってことは……いいということだな?」
「いいけど……アーチャーに任せるから」
「そう案ずるな。我がすでにやっている」
人差し指を上に向けるキャスター。空を仰げば宝物庫の鍵は開けられ、幾千もの宝具が照準を地上へと向けていた。
「な?」と言わんばかりに眉を上げたキャスターを見てアーチャーは口を噤む。つまりはまあ、黙認ということだ。
「別にそんなこと競い合わなくても、最悪私がやるんだけど……」
「いいや、貴様がすべきことはそんなことではないはずだ。そうだろう? 後始末程度
我がいくらでもいてやろう。悪はいくらでもある。今日はその内のふたつを潰したに過ぎない。地球規模で見ればゴマ粒未満の成果だ」
「……でも、塵も積もれば山となる。そうだね、キャスターの言う通りだよね。私のするべきことは、悪の掃討……うん」
身に纏うボロ布を捨て、全裸になり、適当に脱ぎ捨てられているポンチョを羽織った。流石に露出狂の趣味はなく、最低限のモラルは弁えているつもりではある。
「ねえキャスター、あなたとアーチャーってなんで私と一緒にいてくれるの?」
「先日も訊いたばかりではないか」
「え? そうだっけ?」
地上では無数の宝具による後始末が行われている。二度と悪行ができないように、細部にまで拘って徹底的に破壊し尽くす。
その轟音。その爆音。その暴風。
それら一切をなんでもない自然現象のように感慨なく感じている。
キャスターはやれやれと肩をすくめる。
「貴様を観るのが愉しいだからだ。我が査察だからといって大人しく座に帰るとでも思ったか? 王であるこの我に雑種風情がよくもまあ命令するものよ。聖杯をいくつかくすねてドサクサに紛れて去ってやったわ。だがさすがの我とアーチャーも魔力が切れてはどうにもならん。聖杯の魔力だけではな。そこで貴様に合流できたのだ」
「何言ってるかよくわからないけど……なんとなく理解」
いつ存在し始めたのかは覚えていない。世界に拒絶され、灰となり四散した自意識はそのまま死へと至る。そのはずだった。なぜそうなったのか。なぜ今こうしてこの世に留まっていられるのかがまるでわからない。明らかに何かによって引き止められたに間違いない。そして、ただひとつだけ魂に刻まれていることがある。
贖罪だ。
この束縛からどうしても逃れることができない。どうしてこうなったかもわからない。誰も教えてくれない。だってこれは心の内の問題なのだから、他人が感知することなどできない。
きっと以前、とんでもない罪を犯してしまったのだろう。その罪悪感が自身への鎖となった。
では身に覚えのない罪を、どうやって償えばいいのか。
答えはとても簡単だ。善行を為せばいい。
決してその罪を無かったことにはできないが、それを上回るだけのことをすればいい。
ふたりとともに世界中を飛び回った。
悪を為そうとする者たちを躊躇なく殺すことができた。
悪を為している者たちを皆殺しにしたこともあった。それによって大勢の者に感謝された。だが間に合わず、救えぬ命も僅かながらあった。
今現在だってどこかで間違いなく悪が牙を剥いている。それによる犠牲者だっている。
胸が締め付けられる。一秒すらあまりにもったいなさすぎる時間だ。
吐き気がする。完璧に悪から人を救うことができない自分に嫌気が差す。これでは贖罪ができない。いつまでたっても完了しない。
もっと。もっと頑張らないと。
もっと。もっと。もっとだ。頑張って頑張って。でもやっぱりそれでも助けられない命というものはある。その度に自責する。
もっと頑張っていれば、と。いつも最上のパフォーマンスをしているつもりだ。しかしまだ圧倒的に足りない。
もっと頑張らないと。
頭が痛い。どこかで誰かが叫んでいるかもしれない苦痛の叫び声が、頭の中で反響する錯覚に襲われる。
頭を抱える。罪人は聖人になれるのか? その是非を問うことはない。なぜならそれは答える人によって千差万別だからだ。
ゆえに、たとえ世界中の人々がお前は永遠の罪人だと後ろ指を差され、石を投げつけられたとしても自分だけは、自分を聖人であると。聖人であろうと死力を尽くしていると信じている。
ああ、救わないと。皆を、悪から救わないと。
「だめ、だめ。私は。わたしは……救うの。皆。理不尽な死から。それで死は絶対に悲しくあるべきじゃないって、王として教えないと。安らかなる眠り。平等な権利。生を全うした人に与えられる愛だと」
「「………………」」
「時間があまりにも惜しい。次、いくよ」
キャスターによって完全な更地となった土地を確認する。これで悪を排除できた。
だが安寧はない。
「死の王政、執行」
呼ばれた死たちは王の周りに集い、頭を垂れる。顔はない。手もない。足もない。だが王に対する忠誠はわかる。王の言葉を素直に聞き入れてくれる、頼りになる者たち。
ふたりに出会う前にすでに何度も殺された。あまりの激痛に泣いたことも少なくない。でもその度に死たちが鼓舞し、まるでそんな事実はなかったと言わんばかりの修復を施して蘇生させてくれる。
王とは孤高に非ず。
「死を嗅げ。安らかなる者に祈りを。悪に断罪を」
統率する者たちがいてこそ王は成立する。
王命は示された。
死たちは忠誠を果たそうと各々が散らばり、死と悪を求める。
「相変わらずあれらと意思疎通ができるマスターが末恐ろしいものよ。で、あれだけ放っていいのか? そうとう身体にくるのではないか?」
アーチャーの問いに答えることはできず、その場に崩れ落ちる。
魔力は死たちの奉仕という形で納められている。それらがほぼいなくなってしまったせいで生命力が格段に落ちるのだ。
浅い呼吸。
身じろぎすらせず、その場に這いつくばる。
「助けは、いい。自分で立つ、から」
震える枝のような腕に力を込め、上半身を持ち上げ、次に――。
「焦れったいぞ。我が運んでやる」
あっさりと抱きかかえられ、お姫様抱っこでベッドまで運ばれる。
「王が人を抱き上げるとはな、ハハ、これは傑作だ」
「それ、いつも言ってるぞアーチャー」
キャスターの鋭い指摘に対して無視をしてベッドに放り投げる。
「ぶべっ」
「ちょうどいいタイミングだ、マスター。さっきので我とアーチャーはいささか魔力不足だ。補給させてもらうぞ」
「私は少し寝るから……いくらでもどうぞ。吸いすぎてあまり殺さないでね」
「「わかっているとも」」
ふたりのニヒルな笑顔を見て、「あ、これは手加減する気なしだわ」と確信する。いやでもどうせ寝ている間のことだし、最悪天井の染みを数えて……天井なんてなかったわ! HAHAHA!
主人公ではない。脇役でもない。もはやその扱いは名を記されることすら許されない。
そもそも世界から一度完全に消去された存在だ、仕方のないことである。
強くてロードゲーム。装備品はなし。
魔王は在らず。だが人でない、何でもないモノが人のように振る舞う奇怪なお話。
称号は『死の王』。正体不明の男ふたりを連れてゼロから始める。
果たしてこれは幸せか? その問題は心配ない。それほどの余裕はなく、提起すらされないからだ。
これはちょっとした後日談。過去、現在、未来で紡がれる無限の人生の、ひとつの結末だ。
生を全うできず、半端な死を乗り越えてしまった、名を喪った誰かの結末だ。
ノーマルエンド、ハッピーエンドは綴られた。
よかったね、これで終わりだね! と思った者はどうやらひどく勘違いをしているようだ。
もちろん皆はわかってたよネ!