デスストが楽しすぎて土日を捧げたマンです。
「ああ、マスターともあろう者が死んでしまうとは情けない」
死んだ。確かに死んだ。
圧倒的……その表現すら生温い。天と地。これも違う。蟻と象。レベルが低い。……そう、人と銀河だ。
銀河の攻撃に為す術などあるはずもなく、後味が残らぬほどすっきりした惨敗だった。
――そしてマスターは真っ白い空間に大の字で寝転がっていた。
痛くもない。痒くもない。さてはさてはついに天に召される時が来たのか。寝起きのように気だるい身体を起こした。
「あれ? もしかして私の言ったこと、聞こえてませんでした? ならもう一度言いましょう。……こほん。ああ、マスターともあろう者が死んでしまうとは情けない」
「………………ぱ?」
立派な髭を生やした神様っぽい人でもなく。それはそれは神々しい女神様でもなく。マスターの目の前には、和菓子を齧る暗黒少女騎士がこちらを見つめていた。
「蘇生の代金をよこせください。そうすれば私の飽くなき(和菓子への)空腹は満たされ、マスターはもう一度やり直せます。つまりwin-winです」
「『すみません、私の手違いで貴女を死なせてしまいました。そうだ、違う世界に特典もつけて転生させてあげましょう』的なのではないんだよね?」
「何を言っているんですか。今は半殺し状態です。それに基本死んだらそこで終わりです。痛い妄想を聞くこちらの身にもなってください」
「仰るとおりです。今のは聞かなかったことにしてください」
美味しそうな和菓子だ。イシュタルたちと旅をしている間にも美味いものはいくつか食べたが、やはり女子たるもの、甘いもの専用の胃袋は虚数空間並に異次元である。
存在するのはマスターと、この暗黒騎士のみ。いったい彼女がどういうポジションなのかはまったく想像できないが、口ぶりからするに、何かしら大きな力を持っているようだ。
丁寧に口元をハンカチで拭いたあと、暗黒騎士はさらに懐から新たな菓子を取り出した。
「……で、どうしますか?」
「……できるの?」
「できます。不思議な力で死者蘇生ではありませんが、過去の時間軸に放り投げます」
「お代は……」
「20000000QPで手を打ちましょう」
「くっ」
星5サーヴァントのスキレベを10に出来る額だ。出せないことはないが、今後のサーヴァント育成に大きな影響が出てしまう。しかし出さないとずっとこのままだ。実際死んでしまっているわけだし、現状を打開するためならばどうってことはない。
「――うーん、やっぱやめとこうかな」
「…………えっ?」
てっきりお願いされると思っていたのだろうか。暗黒騎士はそれまで忙しく動かしていた手をついに止めた。
マスターは立ち上がると、その手を掴み、和菓子をひょいと自分の口に放り込んだ。
「死ぬ時っていうのはね、あっさりやって来るものなんだよ、きっと。一度死んで、やっぱり死んでないから頑張ろうって言われても……ねぇ? って考えるとどっちでもいいかなーって思ってきちゃった」
「……このままだと間違いなく負けますよ?」
「そういう結末なんじゃない? すべての戦いに勝利できるなんて、それはもう……なんだろ……少なくとも人の業ではないね」
すべてに於いて、勝利をもぎ取ってきた。
幾度となく不利な状況に陥ろうとも、必ず勝ってきた。皆からすれば、マスターは勝利の女神に見えるかもしれない。しかしマスターはコイントスの表を常に出し続けられただけである。
そして、今回はとうとう裏が出た。それだけ。
気に病むことはない。ずっと、ずっと前から覚悟していたことだ。ああ、いつかは死ぬだろうなと。
だから今のマスターの心はとても落ち着いている。なぜならば、このまま死ぬという選択肢があるからだ。
「仲間を助けたくはないのですか?」
「もちろん助けたい。なんとしてでも助けたい。……でも、死んだ人間が助けるのは違うと思わない?」
和菓子を両手いっぱいに乗せ、それらをマスターの胸に押し付ける。
「――あなたは……まだ、死んでいません」
「そうだね。半殺しだもんね」
もしマスターが戻るという決断をしたのならば、きっと彼女たちのために銀河と戦うだろう。
暗黒騎士はそれを望んでいる。そこにどんな想いがあるのかなど知ったとこではない。
すべてはマスターの自由だ。生殺与奪の権利は自身にある。
「誰にもお別れを言えずに死ぬだなんて、寂しいと思いませんか?」
「――――――」
そんなことを言われて。
……胸の奥が、少しだけ痛く感じた。
受け取った和菓子を落としてしまうことなど気にせずにマスターは胸に手を当てた。
特になんの機微もなかったが、ふとユニヴァースに拉致される瞬間を思い出した。
あれは完全にマシュと自分が騙されたのが悪いが、軽いノリでアシュタレトについていった。
そして帰ることは一生なかった。そうなってしまえば誰が何を考えてしまうのかは容易に想像できた。
どんな別れがあったとしても、そんな無味な別れは許容できない。人間性を削ぎ落とされたマスターでも、これだけは人間的に間違っていると辛うじて判断することができた。
まだだ。まだ非人間には至っていない。そもそも人間性を捨てたくて捨てているわけではない。だから、今ある僅かなものだけでも大切にしたい。
――誰かとの約束があった。
誰なのかは記憶から灼けおちた。ずいぶん前の話だ。
未来を勝ち取り、自分の道を歩み続けると誓いを立てた。その相手の胸を穿ち、獣性を獲得した。確か…………ゲのつく名前だったような……気が……。
そして振り返る。
『これ』は、納得できる終わりなのかと。
道半ばで死ぬのはいい。大往生を遂げるのもいい。しかし『これ』は違う。何が違うのかはマスター自身にも言葉に言い表せない。天才ならできるだろうがマスターはそうではない。
約束は他にもある。何もゲ……との約束しかないわけではない。
どれも死んでもなお果たせないものばかりだ。ならばなおさら死ぬわけにはいかない。今死んでしまうと、約束は怒り狂い、他のもっと醜悪なものに変貌するだろう。ただでさえすでに許容範囲を大幅に上回っているというのに、どうなってしまうか自分でも予想できない。
「――――――こわい」
誰にも聞こえないほど掠れた声は、マスターの中でのみ反響する。
怖い。怖くて怖くて、どうにかなっ…………。
いや、すでになっている。
「……戻ろうか」
マスターは落とした和菓子を大きく鷲掴みして、口に放り込んだ後に言った。
暗黒騎士は特に何も言わなかった。
手を貸したいと思ったから手を貸す。その善意は正直なところ、マスターには眩しすぎて直視できないほどだ。
昔は自分もこうだったのだろうかと過去と照らし合わせてみたりする。
「ねえ、私はあの銀河に勝てるの?」
尋ねると、暗黒騎士は答える。
「勝てます。そのための要素はすでにあります」
疑うことすら失礼に値してしまうくらい確固たる自信に、マスターは「そっか」と返す。
過去に遡って、何が銀河への特攻口になるのかを探ろう。何がアシュタレトの悪性を否定させてあげられるかを探そう。
もし力が及ばなければ、あの人たちの力も借りよう。何をしてくれて、どんな見返りを求められるのかが怖いけど。
だから信じてみよう。
善意でマスターを助けてくれるのだ。恩人の言う言葉を信じられずして、どうして人間であることを主張できようか。
「和菓子ありがとう。頑張るよ!」
私は人間である。まだ人間である。だから人間として、人間らしく、『人間』にしがみつく。
そのうちに『人間』を無くしてしまっても、人間のように生きられるのだ。
どう頑張っても避けられない決定事項。その中で唯一の終着点。妥協点。こればっかりは譲るつもりはない。『人間』を失うまでは。
――努めて朗らかに笑顔を浮かべ、マスターは暗黒騎士の導きに身を任せて過去へと去った。
忘るるなかれ、死の恐怖を!
お前の致す人間模様。私たちには滑稽で、憎たらしいこと!
それでは、ロストベルトNo.5までシリアス成分を溜めておきます^^