盾の少女の手記   作:mn_ver2

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ロストベルトNo.5-1クリア記念
ネタバレ回避のため、数行空白。

たとえただの人間でも、神に立ち向かうことはできる。


侵入者を殺せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺さねばならぬ。

 それ以外、何も考えられなかった。

 この先には行かせないという使命など二の次だ。正直なところ、あの潜水艦はそのまま行ってくれても気にしない。怒られはするだろうが、それよりもこの全身から燻る憤怒を発散することを優先しなければならない。

 たかが英霊如きにコアを盗まれたことだけでも虫唾が走る。腹立たしい。呪いを付与したからもう来れないはずだが、もし再び来たら絶対に殺す。何が何でも。一切の手加減などなく、神性全開で。必ず、殺す。

 そしてどうやって克服したのかは知らないが、愚かにも身体に乗り込んできた。すでに二つ目のコアは破壊されてしまった。残り二つ。

 

 

 ――――――殺す。

 

 

 呪いを。呪いを。今すぐにでも死に至らしめる呪いを喰らえ。

 幸い三つ目のコアに集中しているから、呪いの手の接近に気づかないでいる。ゆっくりと汗をかいている身体、胸に触れて、勢いよく内側へと潜り込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 そこは深い深い朝だった。

 空はあれほど暗いのに、何故か地表は明るいのだ。辺りを見回すと、呑気にくつろいでいる、『人のようなもの』がたくさん見える。

 空に溶けそうなほど黒いものもいれば、奇怪な姿のものもいる。実に多種多様な『人のようなもの』がいるのだ。

 彼らはラジオのチャンネルを切り替えてラジオ体操を流している。それに合わせて体操を始める。

 何をやっているのか全く理解できず、彼らを無視しようとした。しかしそのうちのひとりに気づかれてしまう。不味い、と思ったが、相手は警戒することもなく寧ろ快く歓迎してくれた。

 なんだここは? と不思議に思った。ここには呪うためにやって来たのだ。この者の深層意識は必ず抵抗するはずだ。なのにこの待遇は明らかにおかしい。

 警戒しながら彼らに近づくと、一緒にラジオ体操をしようと誘われた。そんなことはしないとかぶりを振ると、ならお腹が空いているのかと訊かれる。それも違うと応えると、難しそうな顔をしたあと、じゃあ遊ぼうと半ば強引に連れて行かれた。

 この深層意識はあまりに広い。初めに呪いに来たときより何十倍も広い。

 連れてこられた場所は、処刑台だった。こんなところでどうやって遊ぶのかまるでわからずにいた。すると皆は一列になって順番に階段を登り、首を台にセットしたあと、自らの手で留め具を外して刃を落とすのだ。

 血で錆びついているのに、まるでそれは幻想のようなレベルの切れ味で首は綺麗に落とされる。

 首が足元に転がってきた。身体は処刑台を降りるとあたりを彷徨い、首を見つけてくっつけた後、楽しそうにキャッキャッと笑う。

 こんなものは見たことがない。死を楽しみ、遊びとして捉えている狂気がまるで理解できなかった。島に落とされるアルテミスの矢を……死を喜ぶ者たちはいるが、死をそのように扱うなどまるで人の領域から外れている。

 さすがに自分も首を落とすわけにはいかないから完全に観客となって、だいたい162回ほど刃が降ろされたところで遊びは終わった。

 運動のあとは、ちゃんと食事を取らないと駄目だよね、と無邪気な笑顔を向けられる。

 特に反応は示さなかったが、再び一方的にどこかに連れて行かれる。

 次は大きな枯れた大木だった。

 生気はなく、また水気もない。その根本には同じように腹をすかせた『人のようなもの』たちが手を上に伸ばしていた。

 木に実っていたのは、この世のものとは思えないほど美しい色をした、たくさんの果実だった。

 そのうちのひとつが、下から投げられた石によって落とされる。それをキャッチするや食べるのかと思えば、レコードのように実を回転させながら爪を当てて、中身を再生し始めたではないか。

 一緒に映像も上映され、ちょっとした映画館のような雰囲気になる。

 流れ始めたのは、誰かの視点だ。

 荒れる猛吹雪の中、目の前の狼っぽい人間に血を流しながら胸ぐらを掴まれ、怒鳴られている。

 これは恐らく記憶なのだろう。上映を終えると、嬉しそうに皮を剥ぎ終えた果実に齧り付く。味はわからないが、とても美味だったのだろう。文字通り頬が溶けていく。

 この大木は、ただ実を与えるだけのものへと成り下がっていた。虚しさが滲み出ている。きっとこんなことは望んでいないだろうに。

 何かがおかしいと結論に至ると、そそくさと大木から離れる。

 そもそもここに知的生命らしきものが存在していることがおかしいのだ。もしかしてこの者は一度呪ったのとは違う? いやそんなことはない。

 なぜなら、こんなにも複雑に何重にも絡まった呪いがあるのだから。解くことは不可能と断定できる。いつの間にこれほど肥大化したのかは知らないが。でもこれのおかげで死にたくなるほど苦しんでいるのは確かだ。とても心地が良い。

 それでもさらに呪いを課さねばならない。まだ怒りが鎮まったわけではない。

 ふと気づくと、海辺に立っていた。

 防衛意識が反応したのかと警戒するが、何も現れない。

 そして何かが浅瀬にいることに気づいた。

 あれは安楽椅子だ。しかも誰かが座っている。

 こちらには気づいていない。直感が告げる。あれがコアなのだと。

 砂浜を歩き、赤い海へと足を踏み入れる。

 まだ座っている者は気づかない。よく聞くと、子守唄を歌っている。ゆっくりと椅子を前後させて何かをあやしているようだ。

 だがそんなことは関係なかった。

 安楽椅子の後ろに立つと、椅子ごと蹴り飛ばしてやった。軽々と横に倒れ、座っていた者も浅瀬に投げ出される。

 すかさずその首を掴んで持ち上げた。

 正体は赤毛の女だった。抱いていた疑問はこれで払拭された。こいつは間違いなくコアを盗んだ奴だ。

 白いワンピースを身に纏っているが、滲んだ血が所々黒ずんでいる。それに身体は壊れかけのガラス細工のようだ。どこもかしこも亀裂が走り、少しでも衝撃を与えるだけで壊れてしまいそう。

 首を掴む呪いの手から逃れようと足掻き始める。しかしその力はあまりに弱々しい。

 女の目は恐怖に染まり、涙を流し始める。

 

「……っ゛、ぃ……や……! 〜〜〜〜!!」

 

 女を砂浜へと投げ捨てる。

 右半身を強く打ち付け、鈍い音が聞こえたが、それを無視して再び詰め寄る。

 女はその場にうずくまり、逃げようともせずに啜り泣き始めた。

 

「誰か助け、て……! 嫌だ、嫌だ……。怖い!怖いよぉ!! 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、しにたくない、しにたくない、しにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくない…………!!!!」

 

 目の前に立つと、女は股を濡らしながら後ずさる。お前を殺すと告げると、女はさらに酷く泣きじゃくった。

 

「なんで皆私を傷つけるの⁉ 私何か悪いことした⁉ 皆に嫌がること、した⁉ こんな『私』になりたくて私は頑張ってきたわけじゃない!!」

 

 やや自棄になりながらヒステリック気味に叫ぶ。さらに亀裂が深く刻まれることなどお構いなしに、手を動かし砂をかけて抵抗する。

 だがこれは抵抗ですらないほど非力だ。

 

「まだ死にたくない! 普通に生きて、普通に働いて、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に死にたい! 何も特別なことなんていらない!! そんなちっぽけな願いもだめなの⁉」

 

 雑魚だ。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を見下ろして評価する。殺すのはあまりに容易い。こんな奴にコアを攻撃されたと思うと腹が煮えたぎる。

 四つ目のコアも破壊されそうだ。もう終わらせよう。

 手を振りかざす。女が身を極限まで縮こまらせる。あとは振り下ろすのみ。

 しかしその瞬間、背後から赤ん坊の泣くような声が聞こえた。

 振り向いて、声の正体を確認する。そういえば、女は何かをあやしていたのを思い出す。

 浅瀬に浮かんでいたのは、『繧ア繝「繝』だった。耳障りな泣き声だ。魔力を込めた弾を当てると泣き止んだ。邪魔はいなくなり、再び女に向き直ろうとしたが、なぜかまた泣き声が聞こえた。

 繧ア繝「繝は間違いなく殺したはずだ。なのに泣き続け、不快感を与えてくる。

 怒りに任せて複数命中させるが、今度は泣き止むどころか声量が大きくなってくる。

 浅瀬は引き、水平線へ海が消えゆくのかと思えば実は水平線がすぐそばで、海から繧ア繝「繝がその全容を現した。それを見上げていると、今すぐここからいなくなりたいほどの恐怖を覚えた。

 

 ――その姿はまるで、獣のような…………。

 

 潜り込んだのはフランシス・ドレイクではなかった。ではいったい誰の深層意識に潜り込んでしまったのか。これほど恐ろしい繧ア繝「繝を内に隠し、表出化させないように維持させるなど……どう考えても不可能で……。

 そんな疑問と後悔に、呆然と見上げる侵入者を、繧ア繝「繝は………………。

 

 

 ◆

 

 

 オリュンポスを見下ろす。

 そこは神の国。人間が立ち入ることは疎か、視認することさえ許されない理想郷。

 神への挑戦状を手にした。三つの試練を乗り越え、ここまで来た。大勢の先駆者たちが土台を築き、オリオンたちが送り届けてくれた。彼らの想いはただひとつ。マスターに未来を託す、その一点のみ。

 身体の中で、何かが壊れたような気がした。

 マイルームにたどり着く前に廊下で膝をついてしまう。きっと疲れたのだ、慌てたマシュに肩を借りながらマイルームに入った。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「うーん、これはやばいかも。一歩も動けないほど疲れた」

 

「ええっ! 今すぐ休憩しましょう! あまり時間はとれませんが……少しでも疲れを回復させないと!」

 

 マスターは無気力に「あーあー」と意味なく唸る。ストーム・ボーダーはこのままオリュンポスに突入する。そうすれば空想樹を伐採するまで休みを取ることはできないだろう。

 

「でも解決方法はひとつだけありますな」

 

「なんですか? 私にできることならなんでもしますよ!」

 

「マシュにすっごくやさしーくマッサージしてくれたら元気百倍になるね、これは間違いない」

 

 マシュの行動は速かった。

 マスターの身体をベッドに押し倒す。鼻と鼻が触れるほど至近距離になり、マスターは無意識に赤面してしまう。

 

「そそそ、そういうのは違うと思うなぁ! 私としてはウェルカムだけど、時と場所をだね、マシュ君?」

 

「いえいえいえ! ち、違いますよ⁉ そういうのではありませんからっ! 」

 

「う、うむ」

 

 必死に否定されて少し悲しくはなったが、合法的に、しかもマシュの方から触れてくれるという喜びを噛み締めながら、この一瞬一瞬を全力で堪能しようと決意する。

 仰向けのマスターの横でマシュが腕や脚やらを揉んでくれる。これほど幸せな時間が永遠に続いていればいいのに……と考えていると、マシュに「先輩、顔がニヤけすぎておじさんみたいですよ」言われてしまう。

 それは仕方のないこと。マシュは自分の可愛さを全く理解していない。実にけしからんことだ。だからマスターがわからせてあげないといけない。マスターとして! マ ス タ ー と し て !

 

「先輩、うつ伏せになってください」

 

 マシュの声に我に返ったマスターは、寝返りをしようとする。

 ……しかしできなかった。身体がまるで言うことを聞かないのだ。特に右半身が痺れる。辛うじて右腕を上げられるが、実行までのラグが酷い。

 握り拳をつくっても、握っているという感覚がしっかりと伝わってこない。

 

「先輩?」

 

 右手を見ながら訝しむマスターを心配したのか、マシュが声をかける。

 

「ん? いやなんでもないよ。どうせだしおんぶにだっこまでマシュにお願いするよ」

 

「またおじさんみたいな顔してますよ……まあ、いいですけど」

 

 これもマシュとスキンシップをするために必要なことだ。誰かと親密度を上げるためにはやはりスキンシップが必要なのだ。

 

 そうだよね、繧ア繝「繝?

 

 繧ア繝「繝は爪楊枝で歯に挟まった神性をとり、満足げに大きくげっぷをする。

 最近はあまり食事ができていなかったからね。あれはとても美味しいご馳走だったろう。犠牲はあったが、それより大きな成果があった。それはマスターとして喜ぶべきことだ。

 

「先輩、どこを見ているんですか?」

 

「ううん、何も。さあさあ、どんどん私を揉んでくれたまえ」

 

 マシュにごろんと寝返りをさせてもらい、十分ほどかけて丁寧にマッサージをしてもらった。

 終わった頃には痺れはずいぶんマシになっていた。活動に致命的な影響は出ないと判断したマスターは嬉しそうに微笑む。

 これならなんとかオリュンポスでも戦えそうだ。キリシュタリアとも戦える。戦いは終わりに向かい始めている。異星の神の降臨を食い止め、残り三本の空想樹を伐採すれば終わりだ。だからこの身体よ、どうか最後まで戦わせてください。

 ベッドから降りたマスターはマシュに向かって両腕を開く。

 

「ハグしよう」

 

 今日はなんだかテンションがおかしいと判断したマシュだが、自分にこれほど甘えてくれることに多少なりとも嬉しかった。わかりきってはいるが一応周りを確認してからマスターの胸に飛び込んだ。

 マシュの身体の熱が伝わってきて、同時に安心感にほう、と息を吐く。

 

「先輩はハグが好きですね」

 

「…………うん」

 

 いつかはこの温もりの意味がわからなくなってしまうかもしれない。だから、今のうちにできるだけ感じたいのだ。

 鏡に映る、マスターの肩に乗せられる呪いより恐ろしい手を見る。やはり、繧ア繝「繝からはどうやっても逃れられないようだ。

 マシュの身体に触れられない、小刻みに震える右腕を見てマスターは口を歪ませた。




神が、鍛え抜かれた獣性に敵うはずがないだろう。

▶マスターちゃんに新たなバッドステータスが追加された!
・自傷行為
・味覚障害
・記憶障害
・幻覚
・幻痛
・感情異常(中)
・右半身麻痺(軽微) new!
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