盾の少女の手記   作:mn_ver2

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知ることが悪しとされる残酷さをまだ知らない少女は救われていた。
知ろうとする。向き合おうとする。肯定しようとする。その『悪』をまだ知らない少女は救われていた。
なのに。

【悲報】今回はシリアスありません。


たぶん夢

こんな夢を見た。

 

 

 口はせわしなく開閉させているのに、少しも鳴き声が聞こえない烏の群れが飛ぶ。

 欠けた日は地平線に消えかけ、あと数時間で夜に移り変わる時。気づけば私は存在していた。ここはどこか。確かマイルームのベッドでぐっすりと寝ていたはず。

 なるほど、ではこれは夢というわけだ。しかし身体に吹き付ける白い風はやけに現実味があり、感覚が起きていると変わらないほどで鮮明だ。

 くしゃみをひとつ。頬をつねると痛い。

 なるほど、ではこれは夢ではないというわけだ。しかし前方に見える『それ』は、少なくとも現実的ではない。

 恐らく人……だろう。人の形をした何か。陽炎のようにその影は揺らいでいる。数は恐らく三。ちょっぴり怖い。ホラーゲームに出てきても不思議じゃない。

 フランクに話しかけてみる? 次の瞬間襲われたりしない? サーヴァントがひとりもいない状況を鑑みると、何もわからないまま無闇に行動するのはやめておくべきだ。

 

 ゆらりゆらりとその影は。

 どこかをぼんやり見つめてた。

 静かに佇む影たちが。

 何を想うか知る由もなし。

 

 思っていたより随分と広い土地だ。建物はさっきの場所しか見当たらず、その他は何もない。まばらに雑草が生え、小さな丘がある程度だ。

 夕暮れは続き、烏たちは何もない何かを啄んでいる。通信機能は……だめっぽい。カルデアに繋がらない。

 私ひとりではここからどうやって脱出すればいいのかまるでわからない。私は頭が良い方ではないからね。頭脳プレイはロマンやスタッフたちにすべてお任せ。その他いろいろを私が頑張るのだ。おかげさまで体力が劇的に向上している。筋肉もだけど、腹筋が割れたりとかそういうのはよろしくない。だって可愛くないからね。

 所詮は夢か夢じゃないのかわからないのだからどうしようもない。こういう時は寝るに限る。今日はシミュレーションルームでたくさん連携の確認とかをしたから、私はとても疲れているのだ。マシュにマッサージも依頼している。それがこのあと予定された幸せなのだ。理由をつけていつも依頼しているため、本当に来ることは滅多にないけど。でも今日は頑張った。マシュポイントはカンストした。だから来てくれるはず。もし来てくれなかったら泣く。

「寝る。うん、寝る」

 あまり暖かくない環境だが、地面は寝るに最適だ。まるで草のベッドのよう。私は何も考えず、後ろに身を投げだした。

 しかし背中を受け止めたのは草ではなく、妙に湿り気のある物体だった。

「ッ⁉」

 慌てて立ち上がって確認すると、そこは青々と茂る草ではなく、死んで間もない誰かの死骸だった。それに背中にべっとりとついたものに触れ、私は恐る恐る見た。

 ――血、だった。

「きゃあッ!!」

 私は後ろに倒れ込み、尻もちをついてしまう。死骸に触れるなんてそんな恐ろしくて怖いこと、できないのに……。頭は一瞬で混乱に支配されてしまい、思考がフリーズ寸前にまで陥る。

 さらに辺りは草原などはなく、跡形もなく破壊しつくされた街へと変貌していた。果たしてさっきのは幻覚だったのか? 夢だから? いや、夢ではない? どっち? どっちだった?まずい、頭がこんがらがってきた。

 パニックだ。どうしたらいいかわからない。こういう時はロマンたちが指示を出してくれるが、今は私ひとりだけ。何も考えられない。

 とにかくこの場から離れよう。立つという無意識の行動もできず、四肢すべてを使って移動を始める。

 瓦礫の山にぶつかって、私はようやく犬のような歩き方になっていたことに気づいた。

 不安定な呼吸を整え、力の入らない腕に活を入れる。

「立って。立って、私」

 足の震えがまだ収まらないが、立つことはできた。そしてまた大きく深呼吸を繰り返してから、ようやく改めて状況把握に努める。

 私以外、誰もいない。死骸はあるが、それだけだ。数は四、五人ほど。強く身体を打ち付けたり、焼かれて死んだり。

 死臭が酷い。口を抑え、私は空虚な街を歩き回る。もしかしたら見つからないだけで、どこかで瓦礫の下敷きになっているかもしれない。

「誰かいませんかーー!!」

 声を張る。

 が、反応はない。

「誰か……誰か!!」

 その時、右前方の瓦礫が少し盛り上がったように見えた気がした。ただ崩れただけなのかどうかわからないが、そこにいるかもしれないという可能性は捨てきれない。

 レンガひとつ退けるだけでも力がいる。大きなものは時間がかかってしまう。擦れて手から血が出るが、それでも私は必死になっているかもしれない誰かを救うべく手を動かした。

 そして、いた。

 少年が一人、柱に身体が挟まって出られなくなっている。その少年は虚ろな目で私を見る。

 何も思っているのかはわからない。口をぱくぱくと動かしているが何を言っているのか聞こえない。

「絶対助けるからね」

 少年は小さく頷く。

 助けるには、てこの原理だ。

 周りにある瓦礫の中から頑丈そうな板を持ってくる。それを少年と柱の間に差し込み、支点代わりの石を置き、私は両手で渾身の力を入れる。

「くっ、ッッ!!」

 少しだけ柱が持ち上がる。そこにすかさず私は適当な瓦礫を足で割り込ませる。

 十分な高さになったところで、ゆっくりと力を抜いた。だいたい五センチほどの隙間か。これで少年は抜け出せるはずだ。両脇を掴んで、丁寧に引っ張り出す。ずいぶん軽い。血が流れているのだろうか。傷口を強く押さえれば大丈夫。そう思って少年の身体の全容が明らかになった瞬間、私は小さく悲鳴を上げた。

 

 その少年には下半身がなかった。

 

 少年は呼吸をしておらず、冷たい。

 血は今も流れ続け、どろりと溢れ出した内臓が見える。

 血の匂いがした。

「え? …………は? ………………ぇ、なん、で?」

 死んでる? い、や、それはおかしい。だって私が助けるって言ったとき、ちゃんと反応してくれた。死んでいたら反応はなかったはずだ。

 なら、どうして。

 下半身は、下半身はどこ?

 柱の奥を確認する。初めは少年の身体で見えなかったが、確かにそこに下半身はあった。それも、いくつもの破片で抉られていた。

「――――――――」

 ぼんやりと、ひとつの可能性が浮かび上がる。

 下半身はぐちゃぐちゃで、すでに少し引っ張るだけで簡単に離れてしまう状態ではなかったのだろうか。

 そこに私が来て、助けようとして、柱を上げて引っ張り出した……。

 ということは、少年にとどめを刺したのは――。

「わた、し?」

 そんな、それは、それだけは、違う。そう否定したい。だって私は本気で助けようとして行動したのだから。私が殺した? 人を? あり得ない。

 善意で助けようと思った。本当。悪意なんて欠片もない。誰か、これをウソって否定して。そうだ、これは夢なんだ。だからこんなにもおかしな現象が起こっているのだ。急に場所が変わったりしないし。だから本当に私が殺したわけではない。皆も夢の中で色んなことをするでしょう? でもその事実は現実には持ち込めない。それと同じ。だから違う。私じゃない。そんな酷いこと、私はしない。だってそうでしょ? 殺すとか、そんなこと一度も考えたことのない私がすると思う? しない。絶対しない。だから私じゃない。そんな私は人間失格だ。今すぐにでも死んでしまえ。でもそこで少年は死んでいるし、この生々しい感触は夢では感じられないはずだ。じゃあこれは事実として残るの? 相談しよう。誰かに相談しよう。帰って、マシュでもロマンでもダ・ヴィンチでも。もしくは人を殺したことのあるサーヴァントだったら詳しく……………………。

 …………。

 ……………………。

 ……………………………。

 だから私は殺してないっっ!!!!!!

 頭を抱えて、膝をつき、叫ぶ。

 パニックになっている。ヒステリックを起こしている。自分を落ち着かせないと。落ち着かせないと。落ち着かせないと。どうやって?深呼吸。そう深呼吸。深呼吸。深呼吸を。深呼吸だ。深呼吸。深呼吸。焦るな私。たかが呼吸だ。その方法を忘れるとは何事だ。空気を吸って、吐く。それだけの単純作業。

 血の臭いにも慣れた。良くないけど。

 死の臭いにも慣れた。良くないけど。

 今一度、少年の亡骸を胸に抱く。

 私が殺したことなんて知りたくないけど。私が原因なのかもしれないなんて知りたくないけど。そもそもこれはきっと夢なのかもしれないのに。

 それでも、目の前で失われた死を弔うことは、人としての礼儀だと、思う。

 死後の世界なんて知らないけど、せめて安らかでありますようにと祈り、静かに瞼を下ろす。

 今思えば、あの場所はオルレアンのような気がしなくもなかった。それに、この子を見たことがあったような気がしなくもなかった。

 そのときは確か、間に合わなかった。

 

 気に病むことはない。

 貴女には救えない命だった。それだけ。

 すべてを救うなんて神の所業。

 だから彼の想いを『知る』必要はない。

 貴女は振り返らず、前に進む。

 貴女は積み上げられる死の砦を知る余裕なんてない。

 

 胸に抱く感覚がふとなくなって、私はゆっくりと瞼を上げる。

 そこは草原だった。血も死の臭いもしない、草の香り。唯一変わっていることは、いっぽんの大木があることだ。

 あれだけ血まみれになった礼装も綺麗になっている。それを確認した私は、やはりあれは夢だったのだと深く安堵した。よかった。あれが事実だったらどうすればいいか全くわからないところだった。

 私は周囲を見渡してから大木に近づく。手を伸ばし、硬く太い幹に触れた。

 すると頭上にひとつ、果実が成った。手の届かない高さだ。ジャンプしても届かない。

 その色は認識できなかった。しかしそこに果実があるということは認識できた。まだ熟していないからかもしれないと私は思った。

 そして何かが物欲しそうに見上げていることに気づいた。それは揺れる影。ぼんやりと人の形をとっていて、下半身は存在していない。

 口なき口を動かしているような気がして、私はこの子があの果実を欲しがっているとわかった。

「ごめんね。まだダメだよ。ほら見て、実が熟していないでしょ?」

 指差す場所は、あると思われる果実。まだ実在していないが、いずれ実を持つモノ。

 しかし影は嫌だ嫌だと駄々をこねる。どうしたらいいものかと私は悩む。ここでいい知恵など働かない。だって私は天才ではないから。影は細かく震えながらしだいに癇癪が激しくなり、とうとう私に襲いかかる。

 初動作が一切ない飛びかかりに、私は反応しきれなかった。

 腹を鋭い何かが電流のように通り過ぎた感覚。痛みはないが、代わりに巨大な不快感に震えた。たたらを踏み、腹部を手で抑えようとするが、ずるりとゆっくり腰が物理的に横にズレていくのに気づいた。

「ぁ」

 肉が切断されているのに溢れる血など止められるはずもない。何もできずに私はズレが広がるのを見ることしかできない。そしてついに私の上半身が完全に下半身と別れた。

 どしゃ、と地面に崩れ落ち、私はまだ何が起こったのかまるでわからない顔で夥しい量の血が流れるのを見ている。

 これは夢だ。だから痛みはない。

 落ち着いていられるのはそのおかげだろう。ゆっくりと深呼吸をしよう。大きく息を吸う。しかし底の無い入れ物のように空気がどこからか漏れてしまう。そして吐くのは血。

 痛くはない。これは夢なのだから。

 落ち着いて。私は大丈夫。大丈夫。落ち着いて……。

 

 ゆらりゆらりとその影は。

 どこかをぼんやり見つめてた。

 静かに佇む影たちが。

 何を想うか知る由もなし。

 

「……ッ! ひっ、ぐ!! ぅあ゛あ……ッ! っっっっっ゛ッ、が、ぁあああああア………………!!」

 

 そんなの無理だってわかるよ!!!

 痛くなくても! 夢であっても! こんな知らない感覚を味わって落ち着けるわけがない!

 怖い! ここは怖い!! はやく帰りたい!

 マシュ、みんな、助けて!

 吐き気を催し、喉までこみあげる胃の内容物を吐き出す。

「⁉」

 足がある。

 今、確かに足がある。つまりさっきのは夢? 何がどうなっているのかを理解できる範疇を超え、私の気は狂ってしまいそうだ。

 草原も大木も消え失せ、今度は砂浜に倒れている。深く咳き込んだあと、おぼつかない足で立ち上がる。

 静かな波の音が聞こえる。潮の匂い。海が近いようだ。袖で口元を拭って私は歩きだす。

 浅瀬まで浸かり、その先に何かがあるのを発見した。

「安楽椅子……?」

 なぜこれがそこにあるのかはどうでもいい。休むことができるとわかった瞬間、溜まっていた疲れがどっと溢れてきた。私は足早に椅子に近づき、座った。

 深くため息を吐いて、目を瞑る。

 波が安楽椅子を揺らし、私はすぐに睡魔に襲われた。寝よう。寝よう。

 こんなにも怖い世界、私は知らくていい。ほら、よく聞くじゃん、知らないほうが幸せってやつ。まさにそれ。

 うとうとと船を漕ぎながら、私は今度こそ心の底から安らぎを得た。

 

 

「くあっ!! んっ!!」

 痛い。痛すぎる。

 何も考えずに頼んだ私が馬鹿だった。ミシミシと骨が悲鳴を上げているのが聞こえる。肺の空気が強引に押し出され、私は奥歯を噛みしめる。

 下心丸出しだったのがバレたのか。しかし私が苦悶の声を漏らしても全く力を弱めてくれる気配がない。むしろ強めてくる。

 私、何かやってしまったかな?ここ最近マシュに対してやったことといえばブリーフィング中にマシュへの愛を堂々と演説したことや、マシュをたくさん撮ったカメラをどこかに落としたこと、「マシュのその服装ってえっっっっっ!! だよね」と言ったくらいだ。まるで思い当たる節がない。

 違う、考え方を変えよう。これはきっと愛なのだ。間違いない! 素直になれないマシュからの愛! 愛なら喜んで受け取ろう!!

「先輩、少し顔が気持ち悪いですよ」

「ちがッ、これは、痛いから、だよ……」

「でもなんだかそれだけではないような……どうですか? 私のマッサージは?」

 ぐりぐりと肩甲骨の裏側を巧みに責めるマシュ。私は堕ちる。ギシギシと軋むベッドがいやらしいし、私の嬌声を誰かに聞かれたら誤解されること間違いなしだ。

「エッジが、効、いててとても良いッ⁉ ねっ」

 マシュはまったくそんなことは考えていないようだ。淡々と私の疲れが溜まっているところを重点的に責めもといほぐす。

 そしてマッサージという名の拷問(愛)が終わる頃には、私の身体は痙攣し、微動だにできなくなってしまった。効果は抜群だが、やはりサーヴァントにマッサージをしてもらうとはこういうことなのか。とても効果があるのは確かだが。

「えっと……大丈夫ですか?」

「すごく効いた……ありがとう」

 うつ伏せの私を見て、マシュは茶を濁す。

「そ、それはよかったです」

 頑張って仰向けになって、ゆっくりとベッドに腰掛ける。隣のマシュが、不思議そうに私の顔をうかがう。

 私は夢なのかどうか自信のないあれを思い出して、はにかんだ笑顔を見せた。

 ……きっとあれは悪い夢だったのだ。いつもいい夢が見られるとは限らないし、今回はそういうことだと片付けよう。忘れてしまおう。

『振り向いてばかりじゃ前に進めない』なんてよく聞くけど、今の私にはとても大事な言葉。人理修復も始まったばかりだし、先はまだまだ長い。もし私の力が足りずに後悔することがあれば、それを糧に、二度と同じ後悔をしないようにする。

 亡くなった人たち全員を知ることなんてとてもできない。だからこそ、私にできることはなんでもしておきたい。

「マシュ、あとでトレーニングルームに行かない?」

 私の突拍子のない提案に、マシュは豆鉄砲を食らったような顔をする。今日はとてもハードトレーニングをしたのに、まだ運動するのですか? と言いたげだ。

 私も普段ならそう思う。でも、私が死ねばそこですべてが終わってしまうし、死を間近で見せつけられると影響を受けてしまう。

 あの少年の想いを知ることはできなかったが、私はそれに執着しない。前を向かないといけない。

「どうせ明日はフリーだし、今頑張って、明日全力でゆっくりしようよ」

「先輩がそう言うのなら……いいですけど」

「決まりだねっ」

 水分補給を済ませ、私はマシュの手を引いてマイルームを出る。腹筋が割れるのは嫌だからそうならないくらいまで鍛えよう。

 私たちの旅は順調。魔術世界の常識には驚かされてばかりだけど、なんとか私はついていけている。世界を救うなんて大きなものを背負うことに不安はあるけど、皆となら成し遂げられるはずだ。

 私達の未来は、明るい。




いくつの夢、知って。
いくつの夢、灼いて。
アナタ、先に進むだろう?

想定時系列は一部前半。幸せそうなマスターちゃんでしたね。
ほら、シリアスはなかったでしょ?
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