盾の少女の手記   作:mn_ver2

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バアルを書くために新宿読み直しました。
たまにはストーリーを読み返すのもなかなか面白いですよ?


美味しい。おいしい。オイシイ。 前編

『3000年の計画を台無しにされたからでもない。英霊たちによって、人理焼却を防がれたからでもない。まして、忌まわしきソロモンによって指輪を天に返されたからでもない。完全な計画、完全な展開。全てを台無しにした起点がある。……そう、お前だ!!!』

 

 ただの巨大な柱だった魔神がヒトの姿を得た。

 無数の紅い眼が列を成して宙を浮き、息を呑むほどの白い肌を、『憎悪』がまとわりつく。朱い瞳は憎しみに燃え、マスターを殺さんと視線だけで貫く。

 

 なんと。なんという執念なのだろうか。

 策とは確実に勝つために練るもの。だが、バアルは違った。その確実性を捨ててでもマスターを殺すことを優先した。

 まだこの世に生を授かってからまだ10年と暫くしか生きていない少女に、遥か昔、神代から生きる魔神柱が、隠す気すら見せずに、剥き出しの殺意を向けるのだ。

 ヒトにまで堕ちる屈辱を味わい、マスターの前で無様を晒し、なおも己が望みのためにモリアーティーと手を組んだ。ホームズですら敗れるほどの策を講じて。

 マスターにはバアルの感情を理解することはできないだろう。何しろ年季が違うのだ。魂の位が違うのだ。

 

『魔術師ですらない、ただの女が我々を打ち負かした。……なんたる屈辱ッッ!!!! なんたる無念ッッ!!!!! これでは死んでも死にきれぬ!!!!! 憎い!! お前が憎い!!! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!!!』

 

 バアルが頭を抱え、生唾を撒き散らしながら連呼する。その言葉は、まるで実体を持ち、力を有しているように錯覚してしまうほどだ。血の涙を流し、目だけでマスターを殺さんと睨みつける。

 マスターはそんなバアルを、死ぬことよりも遥かに恐ろしく感じた。これほどの恨みを延々とぶつけられるのなら、いっそ死んでしまった方がマシだ、と思ってしまうほどにも。

 これまでにたくさんの苦痛を味わった。地を這い泥水を啜り、血を浴びてボロボロになりながらも足を進め、ついに人理焼却事件は解決された。

 だからもう、マスターは全てが終わったのだと安心していた。これからも人理は続き、平和な日々が戻ってくると。

 狂おしくて狂おしくて、だが狂おしく、そして狂おしく、狂おしくて狂ってしまいそうな劇日を勝ち抜き。

 その結果がこれか。

 残党は復讐に燃え、世界を殺すことでマスターを殺す。これを狂気以外の何という。

 もうマスターには平和という名の幻想は二度とやってこないのか。

 絶望したか? と誰かが嗤う。絶望なんて、とっくの昔にしている。しすぎていて、絶望とは何かなど、忘れてしまった。頭にこびりついた無数の記憶が根を張り、幹を伸ばし葉を広げ、黒い花が常に満開している様だ。マスターと一体化したそれを取り除くことは、モウデキナイ。

 

『お前のその顔を見るだけでも虫唾が走る!! 胸を掻き毟る劣情!!! 血が湧き上がる苦悶!!! ああ憎い! お前が憎い!! ……死ね。今すぐに死ね。死なぬというのなら、こちらから殺してやるーー……!!!!』

 

 バアルが魔神柱本来の姿に戻る。

 黄金の柱がバベルの塔を貫き破るほど伸びる。無数の紅い目がマスターを見下ろす。

 ……殺意。そう、殺意だ。

 皮膚を裏返しにされ、肉を晒され針を刺されるような感覚。

 自我を獲得し、復讐のみに身を焦がした魔神。目のひとつひとつが独立した生物のように蠢き、口もないのに、マスターに言葉を投げつける。

 

『小娘め、ゆっくりと嬲り殺してやる』

『我らの苦しみを知れ』

『肉片のひとつも残さぬ』

『死ね。ただただ死ね』

『太陽を堕としてやる。闇を喰らえ』

『お前に恨みの鉄鎚を』

 

『完全犯罪はもうすぐ成立する。かかって来い、カルデアのマスターよ』

 

 モリアーティが自身の背丈ほどある巨大な棺をマスターに向ける。『自身を善だと信じていた』彼に裏切られ、今はこうして敵対している。

 認めよう。彼との新宿での調査は楽しかったと。だが、あれが彼の本性なのかどうか、そんなことなどマスターにとってはどうでもよかった。

 

『……うん。倒させてもらうよ、バアル、モリアーティ。あなたたちは私の敵。この世界は私を殺すためだけに用意したステージなのでしょう? なら私なりにせいぜい足掻いてみせるわ』

 

 サーヴァントたちを呼ぶ。

 ……そうだ。これは『いつもの戦い』だ。なんの感慨もわかない。具体的な理由など不要。ダ・ヴィンチたちは今ごろ死に物狂いでマスターを帰還させるためにあらゆる手を尽くしていることだろう。ならば自分もあらゆる手を尽くす。ただそれだけだ。

 何も間違っていないでしょう?

 

『憎むのならいくらでも私を憎むといいわ。でも、私は負けない。負けられないの。……だからお願い。あなたたちの完全犯罪を……解決させて』

 

 手を高く掲げる。

 それが合図となった。

 

 ◆

 

「ああマスター! 私の手料理を食べてくださるのですね⁉︎ 私の手料理を食べてくださるということは、もう恋人の関係……いえ、すでに私とマスターは恋人ですから、それ以上……つまり妻ということですね!!!」

 

「なんだか途中でぶっとんでるねおかーさん」

 

「いつものことだから気にしないでいいよー」

 

 マスターはジャックを膝の上の乗せ、いつも通りの清姫の愛の告白をいつも通り受け流す。

 エミヤ氏は今日は非番だ。

 誰もいない食堂にいつもの賑やかさは無く、嘘のような静けさが広がっている。そもそも現在は15時だ。昼過ぎもいいところ、もうおやつの時間だ。清姫はいつの間に入手していたのか知らないが、裸エプロンで厨房に立つ。

 ……もちろんエプロン『だけ』着ている。

 

「こうして……」

 

 料理するのはオムライスだ。

 特に凝ったものではなく、しかしとても美味しい料理である。

 人参などの野菜をみじん切りにし、フライパンで軽く炒めたものに、ちょうど炊きあがった白米を加える。

 

「ケチャップ……ケチャップは……っと」

 

 あったあった。

 清姫のイメージと違って、複数個ある比較的小さなボトルに入ったケチャップのひとつを掴み寄せ、一気に全部ぶっかけた。

 さらに軽く炒めながら全体が程よく混ざったところで火を止める。

 オムライスにおいて、ここが一番の見せ所。これを失敗してしまえばもう終わりだ。

 フライパンをさらに一つ用意して油をしく。手際よく卵を片手で割ってみせ、フライパンの上に落とす。ちょこっとミルクを加えてとろみを出させる。

 いい具合に焼けてきたところで、さきほど用意していたケチャップご飯を適量盛った後、フライパンを皿に添え、クルッと乗せれば……。

 

「完成しました!!」

 

 完璧だ。文句なし。ジャガーマンも満面の笑み間違いなし。

 最後に二本目のケチャップボトルで大きくハートマークを描いて終わりだ。

 半ばルンルン気分でお盆に乗せると、軽くスキップしながら愛しのマスターの元へと運ぶ。

 波打つスカート部分からいろいろと丸見えになりそうになる。ちなみに小ぶりなお尻は元から丸出しである。

 

「さあさあ、存分に味わってくださいね? あ・な・た? うふふふふ」

 

 腰をふりふり。マスターの前にお盆に置く時にわざとらしく前かがみになり、エプロンの隙間から豊かな双丘をのぞかせる。

 だがマスターはそれをがっつりと数秒間目に焼き付けたあと、まるで空虚を見ていたかのようにパッと切り替えた。

 

「うん、ありがとう清姫! 本当にジャックちゃんはいらないの?」

 

「うん! ナーサリーとおやついっぱい食べたから大丈夫だよ」

 

 ジャックが顔を上にあげ、ニッコリと笑う。

 お腹が空いた。今もお腹の虫をどうどうと落ち着かせているのが現状だ。

 

「マスター、私があーんしてあけますね?」

 

「え、あ、はい」

 

 スプーンを手に取ろうした瞬間に、清姫に先にとられてしまい、主導権は彼女になってしまった。

 オムライスをひとくち、スプーンに乗せ、マスターの口元に持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん」

 

 目の前のオムライス、よりも清姫のなんとも言い難き、へにゃっ、と、まるでペットに餌を与えるかのような愛情丸出しの表情に、マスターは顔を引き攣らせながらいただいた。

 ぱくり。

 もごもごと咀嚼して、一言。

 

「ーー超美味い!!」

 

 親指を立てて可愛らしくウインクして。マスターの予想以上の高評価に、清姫は天にも舞い上がる気持ちになった。

 

 ◇

 

 マスターは満足気にマイルームへと帰っていった。

 結構大盛りで皿に盛ってしまったが、全部あーん、で残すことなく食べてくれた。

 少しだけご飯が残っている。また卵を割ってもいいが、ご飯との比率が合わない。ここはおとなしく諦めて卵はなしにしておくか。

 

「んー? 余ったの?」

 

 子供用の台に乗ったジャックが、調理台からピョコ、と頭を出す。

 そんな彼女を清姫はよしよしと頭を撫でた。ジャックがにへらと微笑む。

 

「……そうです、ジャックちゃんはいりますか?」

 

「食べる! おかーさんが美味しそうに食べてたから、わたしも!」

 

「はいはい」

 

 食器棚から適当に皿を取ってきて、残りをよそう。

 スプーンをジャックに渡す。嬉しそうに受け取ったジャックはさっそくとちんまりとひとくち分をスプーンにすくって口に運んだ。

 

「うぇっ、ペッ!! なにこれ、辛すぎるよぉ……」

 

「え?」

 

 しかし。

 ジャックが苦しそうに皿に吐き出す。

「美味しい!」と喜ぶ図を想像していたのに、それは大きく裏切られた。

 ……そんなはずはない。全てはマスターのため。日々の努力の結果、目まぐるしい進化を遂げた料理スキル。熟練度はEXだと自負しているほどだ。清姫はひとつまみすると、口に運ぶ。辛いなんてはずがなーー。

 

「ん、んんんん!!」

 

 ダッシュで冷蔵庫へ向かい、コップをとって水を注ぎ、強引に喉奥に流し込む。

 ……なんという……辛さだ……!

 これは、激辛料理ではないか。いや違う。辛さの次元を超え、痛覚にまで訴えかけてくるほどのレベルだ。舌が痛い。喉が痛い。加熱した鉄トングを押さえつけられるような激しい熱さと痛みだ。なぜ気づかなかった。これほど辛く痛いのなら匂いですぐにわかるはずなのに。

 再びコップに水を注ぐと、ジャックに手渡す。

 どれだ。いったいどれがオムライスをこれほど辛くしたのだ。食材を漁り、片っ端からつまみ食いをする。

 そして。

 

「これ、か……!」

 

 それはケチャップボトル。だと清姫が思い込んでいたもの。てっきり色がそのものだったからなんの疑いもなく使っていたが、原因はこれだった。

 保管庫にもまだ数本残っている。

 きっとジャガーマンが冗談半分で作った試作品か何かだろう。意味不明なものなのは今に始まった事ではない。匂いがないのも頷ける。

 だがしかし。

 清姫はシンクに置かれた、マスターの食べ終えた食器を見て静かに畏怖する。

 

 ーーマスターは……これほど『痛い』料理を何も感じずに食べきったというの……!!!

 

 ◆

 

 モリアーティーとバアルの攻撃をすんでのところで回避し、敵に最後のトドメをさした。

 サーヴァントたちに持っていかれた魔力が予想よりも遥かに多く、激しい立ちくらみに、一瞬だけ世界が黒化しそうになったが、偶然にもそばの柱に倒れこむにとどまった。

 冷や汗か何かもわからないような汗が素足を流れるのを感じながら、倒れる敵を、マスターは歪曲する視界の中で確かに見た。

 

『やはり……やはりこうなるか。いくら策を練っても! いくら怨念に我が身を注ごうとも! 結局、悪は正義にやられるのか!! フフフ……フハハハハハハハハハハハ!!! だがいい! 『それでこそ』だ! もうじき私は滅ぶ。しかしお前の死は揺るぎないものになった。これで完全犯罪は……成立した……!!』

 

 バアルがヒトの姿に戻る。

 ところどころ身体の一部がぐちゃぐちゃに抉れ、あれほど威圧的だった無数の目は今や半分も生きていなかった。

 ……今回も、無事に勝った。果たしてこれは、何度目の命のやり取りなのだろうか。数えてなどいないし、数えたくもない。

 終わりのない、苦痛の螺旋階段。上を見上げれば光などなく、下を見れば底は見えぬ。

 

『クヒャ……フヒヒヒハハハハハハハハハハハハ!! お前は死ぬ! ここで死ぬ!! これほど愉快なことはあるか! お前は今、『自殺した』!!!』

 

 バアルが血反吐を吐きながら、その仮初めの身体を崩壊させながら嗤った。嗤い続けた。

 ダ・ヴィンチから通信が入る。隕石はこのバベルに標準が定められた。七発目の弾丸として因果を定められ、もはや揺るぎのないものとなった。

 ……ゆえに回避など不可能。

 

『完全犯罪とは、誰にも暴かれることはなく、そして確実に成し遂げるもの!! ありがとうモリアーティ! これで我々(わたし)の憎悪は今、晴れる!! 私を倒したと安堵したな? それは大きな間違いだ!! 死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!!! フッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーー……!!』

 

 やがてバアルは嗤いながら塵となって消えた。しかし、同時に消えたはずの嗤い声がいつまでも続くような錯覚を覚え、頭を抑える。だが、そんなことは無意味だと言わんばかりに止まることはない。

 あれ? なんだかおかしい。今は残ったモリアーティと落ちてくる隕石に意識を向けないといけないのに、バアルの嗤いがいつまでたっても頭から離れない。なくならない。どれほど頑張って掃除をしてもやがては溜まる埃のように。

 離れない。離れない。離れない。

 何度も何度も嗤う。やがてモリアーティやバベルの塔がマスターの意識の外へと追いやられた。

 おかしい。おかしい。

 何を見ているのかもわからない。暗闇ではない。しかし何も理解できない。

 わかるのは、バアルの嗤いだけ。

 

 フハハハハハハハハハ!!!! クヒッ! ハハハッ!! ハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!

 ハハハハハハ! クヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! アッハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ハハハ! ハハハハハハ!! ハハハ! ハハハハハハハハハ!! クハハハハハハハハハ! クハ!! ハハハハハハハハハ!!!!

 アハハハハハハハハハ!! クヒッ! クヒャハハハハハハ! ハ! ハハハ!

 ハハハハハハハハハハハハ!

 ハハハハハハクハハハハハハ!!

 ハハハハハハーー……。

 

 ◇

 

「ッッッ!!」

 

 やはり深く眠るのは難しい。

 汗で張り付いた服が気持ち悪い。へそを丸出しで寝ていたからか、小さく可愛らしいくしゃみをひとつして、ベッドから気だるげに身を起こすと、マスターは無表情で机に向かうと、いつもの儀式に取りかかった。

 ゲーティアはマスターを、人理焼却における障害として排除しようと動いた。しかしバアルは純粋な殺意のみで動いた。両者の程度には明らかな意識の差がある。局面になって本気でかかってきたゲーティアと、狂うほどの憎悪を抱いてかかってバアルでは、後者の方が圧倒的だった。

 あれは何よりも恐ろしかった。

 そして、このグランドオーダーはまだ前座が終わった程度なのだと認識した。

 まだ、なのだ。

 あと三柱も倒さなければならない。

 見方を変えれば、あと三柱だけ倒さなければならない。気楽にいこう……とはもうマスターには不可能だ。

 ふと時計を見ると、晩の8時をさしている。半からちょっとした用事があるから、手早く支度を済ませなければ。

 洗面台の前に立って、ボサボサの髪を少し濡らしたあと、ドライヤーで整えながら直す。

 

「よしっと」

 

 鏡に顔をグイッと寄せて、マスターの死相が大きく映る。目元をほぐし、口角を指で押し上げて表情の再確認をする。

 

「うーん、違うなぁ……」

 

 これは可愛いくないこれはブサイクとあれでもないこれでもないと奮闘すること五分。

 

「できたっ」

 

『笑顔』の完成だ。この形を忘れないように頭に叩き入れて、二度三度シュミレーションする。細かい微調整をして、今度こそ終わりだ。

 時間は……だいぶおしている。走っていけば一応間に合うほどだろう。

 最後に髪ゴムを口に咥えて部屋を出る。サイドテールにくくるのは走りながらでもできる。タッタッタッ、とリズミカルに通路にマスターは走り抜ける。すれ違う人たちに『笑顔』を振りながら。




次回。
清姫、問う。



ゲーティア戦で「生きるためだ!!」って言葉が言えるかどうかが気になるという旨の感想がたくさん届いていて、いつかゲーティア戦書けたら書いてみたいですね。
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