オール・フォー・ワンの言葉があったのか自分の手枷、目隠しは付けられることはなかった。そんなものは無くてももう自分は逃げ出さないという判断からだろう。念のための見張りは途絶えることはなかったが。
「随分とシケた面になったなぁ元ご主人!」
「うるせぇよマスキュラー。」
バーカウンターからからかってくるマスキュラーに対してもまともな答えが返せない。
恐怖が未だ自分を支配しているのがわかる。
とはいえ一晩経って楽にはなった、朝飯は食えたのだから。
「ねぇ、団扇くん。」
「何ですかマグ姉さん。」
「大丈夫?『先生』って人のとこから戻ってからずっと顔色悪いわよ?」
「そうですか...まぁ強烈だったんですよ、大先生との面会は。まさか体を作り変えられるとは思ってなかったですから。」
「それで、貰った新しい個性の調子はどう?」
「体に新しい感覚が一つ増えた感じでまだ気持ち悪いですね。ただ使い方はわかります。ただこの個性そのまま使うなら凄い微妙な増強型個性ってだけなので工夫がいりますね。」
「そう、精神を力にするって聞くと強そうな個性だと思ったのだけどそう強いものじゃあ無かったのね。」
「ええ、じゃないと俺みたいな信用の薄い奴には渡さないでしょう。」
「確かにそうね。」
マグ姉に気遣われているのを感じる。なのでその誠意には誠意で返したいと心は言っている。だから普段と同じような言葉を心がけて言葉を返す。ただ、その平時と変わらぬ言葉とは裏腹に、自分の恐怖心は薄れる事はなかった。
「まぁ、無理はしないでね。」
「無理も何も、何も行動できないですけどね。今囚われの身ですし。」
する事は何もないのでとりあえず貰った個性の把握をしようと。写輪眼を発動して自分を見ながら個性を使用する。
丹田にある身体エネルギーの源と似た位置に新たなエネルギーの源があった。精神エネルギーというのだから頭が中心かと思ったがそんな事はなかったようだ。
イメージは緑谷のフルカウル。精神エネルギーを全身に張り巡らせる。
軽く動いてみるも普段と変わらない、やはり使えない個性を押し付けられたというところなのだろうか。
こんな個性ではあの魔王に対する武器にはならない。新しい力を得ても単独での反逆が不可能だと言われているようでどこか悲しかった。
ここは
祈るような形に手を組んでバーカウンターに座る、精神エネルギーをみなぎらせたまま、印を組んだのだ。
「ん?」
写輪眼の目線の先に見えた現象は綺麗なものだった。自分の丹田で身体エネルギーと精神エネルギーが混ざり合い暖かい力が生まれたのを体全体で感じた。
「どうしたんです?団扇くん。」
「いえ、精神のエネルギー化ってゴミ個性だなぁと思っただけですよ。」
バーカウンターの向こうでグラスを磨いている黒霧さんに不審に思われた。それをとっさに誤魔化す形の嘘が出たのは何故だろう。
自分の心は、あの魔王相手に折られてしまったのだというのに。
それでも自分の理性の部分は、この現象は
心が折れても、理性は折れていない。
なら、俺が従うべきは決まっている。心が折れたままでも、反撃の準備を整えよう。
そう考えて、身体エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせる現象、チャクラ精製現象を極力動かず心が折れてもう動けない奴だと錯覚させたまま始めよう。
いつ来るか分からない戦いの準備だ。
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所変わって合宿所近くの病院
緑谷出久は医者からの治療をうけてその両腕の怪我を治していた。
「はいこれでよし。両腕のギブスは取らないでね?あさってにはリカバリーガールが来てくれるからそれまでの辛抱よ。」
「ありがとうございます、先生。痛っ!」
「麻酔効いてても痛むって相当ね。」
「...先生、その、聞きたいんですけど。」
「なんだい?」
「団扇くんは、今どうなっているんです?」
「...警察が捜索中よ。だけど安心して、必ず見つかるわ。」
「そうですか...ありがとうございます、先生。」
病室から去っていく先生の後ろ姿を見て緑谷は1人呟いた。
「もしも僕が、あの時無傷で勝てていれば団扇くんは...」
緑谷は、そう後悔を募らせていた。
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手で印を結びながら丹田で身体エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせる。そうして生まれたエネルギー、チャクラを身体中に循環させていく。
周囲を歩き回り身体の動作確認、しようとしたら足が地面に張り付いて転んだ。
「何やってんだ元ご主人。」
「足がもつれてこけた。見りゃわかんだろ。」
チャクラが地面と吸着する性質を持っているのか足の裏が地面から離れなかった。
いや、この感じは少し違う、そう思い掌のチャクラへの力の入れ方を変えてみた。掌から反発する力が生まれ、その勢いで立ち上がった。
どうやら、チャクラには吸着する性質と反発する性質があるようだ。これは移動にも攻撃にも応用できる相当に強い性質だ。すでにいくつか技が頭に浮かんできた。こういう時の技のイメージは前世のサブカル知識が役に立つ。うろ覚えだが。
「ちょっとトイレ行きたいので誰か付き添いお願いします。」
「ええ、いいわよ?」
「よろしくお願いしますマグ姉さん。でも、お触りはノーでお願いしますね。」
「しないわよ、オカマを舐めないでよね。」
そう言ってトイレまでをチャクラを集めた足で歩く。極力普段通りに、でも修行になるように足の反発をうまく利用しながら。
足音が思ったより大きくなったので不審に思われたか?
「機嫌悪い?団扇くん。」
「ええ、修行したいストレスが溜まって来てて。一応ニューパワー会得したわけですから。」
「よかった、ちょっとは元気になったみたいね。」
「ええ。心配してくれてありがとうございます。」
「
その言葉には、マグ姉さんの本音が見えていた。
LGBT差別に立ち向かう形で犯罪を犯してから社会の敵になり
「本当に心配してくれてありがとうございます。貴方が
「なに、お姉さんを口説いてるの?でも残念、年下は好みじゃないの。」
「そりゃあ良かった。」
意外な所からの人の善性に触れて少し元気が出てきた。
さて、
「マグ姉さん。」
そう言って振り返る、マグ姉さんは目線を一瞬たりとも目線を合わせたりはしてこなかった。
「何?団扇くん。」
「いいえ、油断はしてないんだなーと。」
「って事はいま催眠かけようとしたの?侮れない子ねー。」
「してませんよ、いま写輪眼使ってないですし。」
「もう。あんまり大人をからかっちゃ駄目よ?」
「はい。」
そう言って個室トイレのドアを閉める。
状況確認。トイレの個室、窓はなし、手持ちの道具は全て没収されたのでトイレから何かをする事は不可能。
現状を確認する。オール・フォー・ワンはおそらくこの精神をエネルギーとする個性でチャクラを練ることができると知らない。精神エネルギーを利用した微弱な増強系個性としか認識していないはずだ。でなければ信用のおけない奴にこんな無限の可能性を秘めた個性を渡したりはしない。
「自己催眠で記憶を掘り起こせたならNARUTOの内容とか思い出せるんだが、鏡が無いんだよなーこのトイレ。」
そうごちたとしても仕方ない。ならば覚えているその技を試してみるだけだ。
手の印の組み方は一つ、両手の人差し指と中指を伸ばし十字に組む。イメージはエクトプラズム先生のを写輪眼で見た。チャクラを伸ばしもう1人の自分を形作るイメージ!
(影分身の術!)
実験は成功した。狭苦しいトイレで行ったのでさらに狭苦しくなったのが難点だが。
自分自身を見ると言うのは不思議な感覚だ。
「なぁ、俺。」
「なんだ?俺。」
「俺は、どうしたいんだ?」
「頭の中ではもう決めているだろ?多分それが答えだよ。」
マグ姉の魅せてくれた一欠片の善性が、自分に勇気のエンジンをかけてくれた。邪悪に与えられたこの力が、俺に戦うチャンスをくれた。
「父さんとともに、この
口に出すと覚悟が決まった。障害の数は多く実現は不可能に思える。
だが、そんなときにかけられる言葉はいつだって一つだった。
Plus Ultra だ。
オール・フォー・ワンは親父がドクターとやらの元へと送られるまで一週間だと言っていた。つまり残り6日。
その間にこの
最後が無理だ、別のプラン
とりあえずのプランはこれで良い。6日間の間に隙を見て催眠をかけるのは歴戦の
とりあえずトイレに影分身トラップ一体だ。
トイレからドアを開けて外に出て、手を洗う。
「マグ姉さん、ちょっとトイレ見てもらえますか?」
「?なぁに、巡くん。」
そう言ってマグ姉にトイレの中を見せる。当然その中には影分身トラップがある。
「「すいません、マグ姉さん。」」
そう言って影分身がマグ姉に写輪眼をかける。まず1人目だ。
「さぁ、戦いを始めよう。」
心は依然折れたまま、それでも戦いを始めようと決めた。
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マグ姉の手持ちの携帯を使って地図アプリで所在地を確認した後、相澤先生へと電話をかける。
「もしもし、誰だ?」
「俺です、団扇巡です。」
「団扇⁉︎今どうなってる⁉︎」
「連合のアジトで捕らえられてます。隙を見て一人目を催眠にかけて携帯を奪っていま電話をかけてるところです。」
「そうか、所在地は?」
「神奈川県横浜市神野区3丁目のどこかです。電波悪くてGPSがうまく効いてくれなくてそこまでしかわかりませんでした。」
相澤先生は息を飲んだあと、優しい声で言った。
「...よく頑張ったな、団扇。」
その優しさに正直、泣きそうになった。でもまず伝えるべきは奴の事だ、時間は限られているのだから。
「でも、カチコミかけるなら戦力を整えてからにして下さい。連合の裏ボス、オール・フォー・ワンって奴は化け物です。オールマイト並みの威圧感を感じました。」
「...そいつの個性はわかるか?」
「見せてきたのは個性識別、個性強制発動、個性を与える、個性を奪う、このあたりです。戦闘用の個性はいくつ持ってるか見当が付きません。個性を操る魔王って知ってます?」
「まさか、実在したのか...」
「ええ、なのでオールマイトクラスの戦力を整えてから来てください。幸いにも連合は俺を仲間にしようとしています。まだ、殺されません。」
「団扇、
「はい。それともう一つ、オール・フォー・ワンの元に人がいます。あと6日でその人は脳無にされるそうです。出来るなら助けたいです。」
「わかった。幸いこれから警察の調書を取るところだ、その情報は必ず伝える。」
「ありがとうございます、相澤先生。あんまりトイレ長いと警戒されるんで切ります。携帯は
「わかった、団扇。何度も言うが無事でなくても良い、生きて帰ってこい。」
「はい、必ず。」
そう言って電話を切る。通話履歴を削除した後電話は外で待っているマグ姉のポケットに戻して表層催眠を解く。
「さて、マグ姉さん、戻りましょう。」
「ええ、にしても長かったわね。」
「大きかったんですよ、言わせないでください。」
まず、これでやるべき事はやれた。後はヒーローが来るのを待ちながらやるべき事をやろう。
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明けて翌日。死柄木からついに仕事の依頼が来た。
「団扇巡、お前の入団テストだ。今から黒霧が連れて行く所に捕らえてる男に
「ついにって感じですね、ターゲットの詳細は?」
「俺たちのスポンサーになってくれるかもしれない奴さ。」
「じゃあ催眠の内容は連合に従うことに幸福感を覚えるって感じで良いですか?」
「幸福感?そんなもんで人が従うのか?」
死柄木のその言葉を遮ったのはその催眠の経験者であるマスキュラーであった。
「ボス、そいつの幸福感は麻薬みたいなもんだ。俺も初めての幸福感に抗えなくてこいつの下僕になった訳だからな。」
「そうか、ならオーケーだ。...流石8年間ヤクザの元で働いていただけはあるね。引き出しが多い。」
「それではゲートを開きます。」
開かれた黒いゲートをくぐる。後ろについて来るのは荼毘とコンプレス。どちらも催眠にはまだかかっていない。
ゲートをくぐった先には拘束から抜け出そうともがいていた中年の男性がいた。
周囲を見回す、廃工場のような建物だ。放置したままの材木や機材が埃を被って転がっている。
目の前の中年男性はその廃工場の真ん中にポツンと置かれた椅子に巻かれたベルトに体を拘束され、助けを求められないように口に猿轡を巻かれていた。
コンプレスが猿轡を外した。仮面で顔が隠れているがおそらく嗜虐的な笑顔をしているだろうと分かる。この短い期間だがその程度はわかる程度には濃い日々だったのだから。
「き、貴様ら!私を誰だと思っている、私に何かしたら信者たちが黙っていないぞ!」
そんな中年の戯言を無視して、コンプレスが顎でクイっと俺にやれと指示をして来た。
気がすすまないがやるしかない。写輪眼発動だ。
「⁉︎、その、その赤い目は!」
中年男性と目が合った、催眠発動。催眠内容は死柄木に言った通りのものに時間制限を加えたものだ。ついでに写輪眼でメッセージをイメージで送りつける。少しの辛抱ですと。
そして自分は自分の口で催眠のキーワードを言い放つ。
「俺たちは
「はい、はい!はいいいい!私は
その様子の変わりようにコンプレスも荼毘も少し驚き、笑みを浮かべてきた。
「団扇、お前の催眠って凄まじいな。」
「そりゃあ、鍛えてますから。」
そう言いながら荼毘へと振り返る。目線は合わない。やはり連合の
「お前、俺に催眠かけようとしたろ。」
「気のせいですよ荼毘さん。これでもう後戻りできなくなった訳ですよ?ならもう逃げ出そうと動く意味なんてないじゃないですか。」
「それもそうだな。」
その返し方に焦凍を思い出して内心少し笑ったのは内緒だ。
「団扇巡。」
「はい?」
「ようこそ、
「...よろしくお願いしますね、荼毘先輩。」
「ふざけているなら手伝ってください、この拘束椅子はまだ使うらしいので持って帰るのですよ?」
「あ、分かりましたコンプレス先輩。」
「ああ、わかった。」
そう言ってえっちらおっちらと3人で割と重い拘束椅子を持ってワープゲートを潜る。
「その様子だと、催眠は成功したようだな。」
「ええ、余裕ですよこの程度。」
そう自分に声をかける死柄木はマジックミラーゴーグルをつけたままだった。
そのゴーグルを外しながら死柄木は言った。
「ようこそ団扇巡くん、
「死柄木先輩。」
「なんだ?」
「それ、荼毘先輩からも言われました。」
「...おい荼毘、俺の良いところを取るなよ。」
「すまん。」
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「緑谷、大丈夫か?」
「おっす緑谷!」
「轟くん、切島くん!」
病室で療養していた緑谷の元へとやってきたのは轟と切島だった。
「いてもたってもいられなくて、つい来ちまった。」
「ありがと、痛っ!」
「無理すんじゃねぇよ緑谷、お前の腕、まだバキバキなんだろ?」
「でも、大丈夫。麻酔効いてるし。明日にはリカバリーガールが来てくれて治してくれるって話だから。」
「そうか。」
「ねぇ、轟くん。団扇くんはいまどうなってるか聞いてる?」
「いや、聞いてねぇ。」
「心配だよな、あいつは
「うん。」
ひと時静寂が病室を包む。
「僕さ、
「ああ、聞いてる。」
「もし僕が
そう言った緑谷の目からは、涙が流れていた。
轟は無言でハンカチを取り出して、その涙を拭った。
「団扇なら、大丈夫だ。
「そうかもね、団扇くんなんだかんだでしたたかだから。」
「そうだよ、気を落とすな緑谷、団扇なら大丈夫!そう信じよう!」
「ありがとう、轟くん、切島くん。」
病室のドアが開き、新たな来訪者が病室に招き入れられた。
緑谷の母親、緑谷引子だ。
「出久?お友達来てるの?」
「うん、轟くんと切島くん。心配で来てくれたんだ。」
「んじゃ、俺たちは八百万とか耳郎とかの様子見てくるわ。」
「そうだな、家族水入らずで話しとけ。」
そう言って二人はぺこりと礼をしながら病室から出ていった。
「緑谷の母ちゃん、優しそうな人だったな。」
「ああ、そうだな。」
そう言って近い八百万の病室に行く轟と切島、その病室のドアは開きっぱなしだった。
「ん?誰か来てるみたいだな。」
「この声、オールマイトだ。」
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「緑谷!」
「どうしたの切島くん。」
「団扇を、助けに行けるかもしれねぇ!」
希望はまだ繋がっているかもしれない、そう緑谷は思った。
デバフそのままで動く巡くん。でも先生の声とかしていないのでまだまだ動ける。先生は恐怖で巡くんが動かなくなるのはそれはそれで面倒だと思って今は黙ってる感じです。前話最後の質問で父さんに人質としての価値があると知られてしまったからね!