7月某日、長野へと向かう車内にて
「相澤くん、スクリューが団扇少年の義理の父親になってるって知ってた?」
「マスコミ対策に逃げ場はあるか聞いたときに初めて聞きました、とは言っても和解した母親の再婚相手という縁なので関係性がどうかは聞いてないですね。あのスクリューなので関係性が悪いとは考えにくいですが。」
「お、相澤くんもスクリューと会ったことがあるのかい?」
「ええ、長野まで
「私はチャリティイベントのスタッフとゲストという出会い方だったが彼の在り方は実に好ましいものだった。奉仕活動に積極的に参加するヒーローは少なくなって来ているからね。そんなスクリューを射止めるとはなかなかの器量良しなのかな?団扇くんのお母さんは。」
「見た目は良い団扇の母親ですから、そう悪い顔ではないでしょうね。」
「確かに。」
少しの間静寂が車内を包む。
「オール・フォー・ワンに個性を与えられ支配されそうになっても尚立ち向かう覚悟を決めた少年か、団扇少年の事を私は見誤っていたかも知れない。」
「それを言うなら俺もです、悪い意味でですがね。林間合宿の際一戦終えた団扇ならすぐに逃げに転じると思い込んでいました。あいつが囮になる事で爆豪を含めた生徒全体の安全性を高めるなんて愚策を取る奴だったとは思ってもいませんでしたよ。」
「その点も含めて、今日はしっかり彼と話し合おう。今日の持ち回りは彼で終わりだからね。」
「ええ、そうですね。」
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玄関を開けてやってきた2人を迎え入れる。
「いらっしゃいませ、相澤先生、オールマイト。」
「やぁ、団扇少年!その後体調はどうだい?」
「よぉ団扇。家の人は今どうしてる?」
「母はリビングで待ってます。うずまきさん...スクリューさんはまだ仕事です。」
「そうか...スクリューくんにも会いたかったんだが、それは残念だ。」
「それじゃあ上がってください。」
玄関を抜けリビングに座る妊婦である母に先生たちは一瞬驚いたようだが、すぐにいつも通りに戻って椅子に着いた。
「お茶菓子です。どうぞ。」
「ありがとう団扇少年んんん⁉︎え、増えてる⁉︎」
「それがお前の与えられた新しい個性か?」
「そのちょっとした応用です。精神をエネルギーにするってだけの個性なんですけど、それを丹田で身体エネルギーと混ぜ合わせると面白いエネルギーに変わるんです。エクトプラズム先生の個性みたいに。」
プチドッキリ成功だーいえーと分身とハイタッチ。そのついでに分身を回収する。
「というかオールマイトはこの影分身の術見てるじゃないですか、オール・フォー・ワンとの戦いで。」
「正直見間違いかと思ってたよ...」
「他にできるようになった事はあるか?」
「身体強化に変化の術、壁や天井への張り付き、水上歩行ってのが今練習中の技です。印を組むことで混ぜ合わせたエネルギー、チャクラの性質が変わる事を写輪眼で見つけまして、基本となりそうなチャクラのコントロールを鍛えつつ色々試している段階ですね。」
「ん〜ん、かなり万能な個性に思えるね。奴は何故そんな個性も君に渡したのか、見当はついているかい?」
「はい。元は精神をエネルギーにするだけの個性で、できるのは微弱な身体強化だけだったんです。写輪眼みたいな身体に流れるエネルギーを見れる個性じゃないと、エネルギーを混ぜ合わせるなんて発想が出なかったのだと思います。」
「そうか。謹慎中も訓練を怠っていないようで何よりだ。それじゃあ本題に入ります。雄英の全寮制導入の話です。」
のほほんと話を聞いていた母さんが会話に参加し始めた。
「12年間も保護者をしていなかった私です。巡のこれからにあれこれ言うのは筋違いだと分かっています。でも言わせてください。」
「はい。」
「私は、巡が
「...はい。」
「だから約束してください。必ず守ると。」
相澤先生とオールマイトは、「はい」と深く頷いた。
「まぁ俺に関しては正式な保護者は校長になるので拒否権ないんですけどねー。」
「台無しにするね団扇少年!」
張り詰めていた空気は今の言葉で緩んだ。シリアスは続けてもいい事ないって。
「それじゃあ次の話だ。団扇お前、メンタルに異常があるとかの自覚症状はあるか?」
「今のところないですね、体を作り変えられた時の事とか夢に見るかなーと思ってたんですがそんな事はまだないです。」
「
「それもないです。連合では俺の心に取り入るために割とよくして貰ってましたから。黒霧さんと一緒に料理作ったりしてましたし。」
「調書に書かれていたのは書き間違いじゃなかったのか...お前どんなメンタルしてるんだ、団扇。」
「鈍感なだけですよ。」
「強いな、団扇少年は。個性うんぬんではなく、その心が。」
「だから鈍感なだけですって。強い奴って言うならそれは緑谷たちみたく俺みたいなのの危機に駆けつけてくれた奴らの事ですよ。」
「あれは本当に驚いたよね、10代って感じで。」
「緑谷たちが来てくれなくて父さんが殺されていたらどうなっていた事やら。多分俺が馬鹿みたく突撃してそれをオールマイトが庇って2人で仲良くあの世行きって感じですかねー。」
「平然と怖い事言うね君!同感だけど!」
「まぁ神野の件はその辺でいいでしょう。」
「あ、相澤先生。そういえばなんですけど、月一の通院って本当に必要なんですか?個性はもう完全に馴染んじゃってますよ?」
「個性を与えられたなんて症状は他にないんだ、何か異常が生まれないとも限らん。サボるなよ?」
「はーい。」
そんな緩い空気で会話はひと段落。
相澤先生はお茶を少し飲んでから、ギロっと目を光らせて言った
「なぁ団扇、お前林間合宿の件について、なにか言い分はあるか?」
「マスキュラーの力と自分の初見殺しがあれば楽勝だと思ってました。マスキュラーが信用されてなさすぎて一瞬でバレて大ピンチになりましたけどね!」
「よし、反省文な。寮入居日に提出しろ。」
「...除籍処分じゃないとかちょっと優しすぎません?相澤先生。何か変なものでも食べたんですか?」
「反省文倍な。」
「殺生な!」
「HAHAHA、いい経験だと思ってしっかり反省すると良いよ、団扇少年!でもその前に恥ずかしがらずにちゃんと理由を言うんだ。それだけの理由で君があんな危険に飛び込む訳はないって事を私たちはちゃんと分かっているんだから。」
内心をオールマイトにも見抜かれるとかちょっとショックだ。
相澤先生の厳しい目とオールマイトの優しい目に見られて、ハァと思わずため息をついた。
「両腕をやった緑谷を見て、一刻も早く時間を終わらせないとクラスの誰かが死にかねないって思ったんです。
「それで自己犠牲に走った訳か?」
「自分なら勝てると自惚れていたんです。若気の至りですね。」
「自分で言うな。」
「すいません先生方、息子が変な所馬鹿で。」
「いいえ、自分たちの教育が至らなかった結果です。お気になさらず。」
「相澤先生、ちょっとディスりすぎてません?」
「気のせいだ。...団扇。」
「はい。」
「こんな馬鹿な事を二度と出来ないようにみっちりシゴいてやる。覚悟しておけよ?」
「はい!」
そんな会話の後、相澤先生たちは帰っていった。
「あんた、先生たちと仲良いのね。」
「そりゃあ3ヶ月も一緒に勉強してれば仲良くもなるって。」
「でもあんた子供の頃全く友達作らなかったじゃない。」
「覚えてない昔を持ち出すのはやめてくださいお願いします。」
いつの時代も母は強しである。
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保険は大事だという話
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病院にて
採血、レントゲン、MRI、個性因子診断などのちょっとした人間ドックを警察の三茶さん付き添いの元行った。
「三茶さん。わざわざありがとうございました。」
「いいえ、今回の事件の場合団扇くんへの報復は十分に考えられる事ですから。気にしないでください。」
「いい人ですね、三茶さんは。」
「...ありがとうございます。」
団扇さん、お会計をお願いします。との声が聞こえたので会計に行くと、思いもよらない事態が自分を待っていた。
「それでは、お会計は10万2400円となります。」
「...はい⁉︎え、どういう事ですか?マイナンバーカードはちゃんとありますよ?」
「いいえ、お客様のマイナンバーを確認した所、保険に加入していないという事がわかりまして...」
「親父の馬鹿野郎、貯金がぁぁぁ!」
叫びを上げて崩れ落ちる俺、今はまだ貯金があるので払えなくはない額だが、毎月10万はちょっとどころでなくキツイ。
まぁ俺の戸籍事態偽造したものなので考慮しておくべき事だったのだが、今までは幸いにも、今では最悪にも病気とは縁のない人生を送ってきたので病院にかかる事はなかったのだ。
そんな将来のお金の事で頭を悩ます俺の肩を叩き、打開策をくれたのは、スマホ片手に何かを調べている三茶さんであった。
「団扇くん、落ち着いて下さい。国民健康保険という手があります。」
「三茶さん?」
「国民健康保険は加入から遡って保険を適用する事が可能なのです。なので今は料金の全額を一旦支払って後で返金してもらう事が可能です。そうですよね?」
「はい、その通りです。」
「あーびっくりした。つまり申請さえすればギリギリセーフだと。」
「そうなりますね。」
「それじゃあ、カード決済でお願いします。」
「サインをお願いしますね。」
「はい。それじゃあ今日中に返金して貰いに来るんで、覚悟しておいて下さいね!」
その言葉を聞いた受付嬢さんはちょっと引きつつも
「は、はい。」
と答えてくれた。いい人だこの人。
「さぁ三茶さん、役所行きましょう!確かマイナンバーカードさえあればどの役所からでも諸々の手続きができるんでしたよね!」
「ですが団扇くん、ちょっと待ってください。」
「はい?」
「団扇くんはまだ未成年です。諸々の手続きには保護者の承認が必要です。」
「...あ、俺まだ16歳だった。」
「それを忘れますか普通...」
三茶さんはどこか呆れ顔だ。仕方ないだろう、役所に行くなど久しぶりどころか前世ぶりなのだから。今世の半分をヤクザと共に過ごしたが故に役所に縁はなかったのだ。
「と、とりあえず校長に電話しますね...頼むー出てくれよー。」
電話に出た!と、思ったら本人録音の留守録メッセージだった。
「校長さ!今は電話に出られないのでメッセージをお願いするのさ!」
ピーと音がなる。録音の合図だ。
「校長先生、団扇です。実は保険に加入していないっていう問題が明らかになりまして、そのご相談をしたいと思いご連絡させて頂きました。都合がつき次第連絡をよろしくお願いします。
...メッセージはこれでよし。とりあえず役所行きましょう、三茶さん。書類だけでも貰っておきたいですから。」
「今日中に返金というのは無理そうですね。」
「そうですね。畜生、俺の貯金がぁ...」
「思ったことを言っていいですか?団扇くん。」
「はい、構いませんよー。」
「その程度のお金、根津校長に言えば貰えるのでは無いですか?書類上の保護者なのですから。」
「...最後の手段にしときます。校長先生にたかるのは。一応ですけどプライドはありますので。」
その後、役所に行き国民健康保険加入手続きの書類を貰えはしたもののやはり保護者のサインが必要なものだった。
その後校長からの電話が来るまで三茶さんの奢りでカフェでお茶をしていたところ、その電話はかかってきた。念願の校長からの電話である。
「やぁ、団扇くん。君の保護者、根津校長さ!留守電は聞いたよ、災難だったね!まさか今日日保険に入っていない子がいるとは思ってもみなかったから驚いたよ、ごめんね!気付けなくて!」
「いいえ、校長先生。悪いのは戸籍作った時に保険とか考えてなかった親父なので気にしないで良いですよ。」
戸籍を作ったという点で三茶さんの顔がム?となったのが見えた。確かにただの学生から出る言葉じゃ無いな、うん。
「それじゃあ団扇くん、今の状況を教えてほしいな!三茶くんと一緒にカフェでお茶をしているのはわかるんだけど君が書類を貰ったかどうかは分からないからね!」
「あ、役所に行って書類は貰ってきました。後は保護者記入のところ以外記入は終わっています。郵送して書いて貰う感じで良いですか?」
「いいや、それには及ばないのさ!団扇くんに代筆を頼むよ!」
「代筆⁉︎」
「そうさ、保護者の許可さえあれば公文書の代筆は可能なのさ!」
「「代筆、その手があったか...」」
三茶さんと一緒に根津校長のハイスペックは侮れないと思った瞬間である。
その後、代筆した書類により無事保険に加入した俺は病院に行き七割の返金をしっかりとして貰った。やったぜ。
まぁ、毎月の保険金という出費が増えたのできっとトントンなのは気にしない。
「三茶さん、今日は振り回してしまって申し訳ありませんでした。」
「申し訳ないと思うなら、その借りはヒーローになってから返してください。」
「...はい!約束します!」
動物顔の警察官はいい人だという偏見が自分の中にできた日の話であった。
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塀の向こうからの手紙
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「巡、財前さんって人から手紙が届いたわよー。」
「親父から?なんだろ、扉さんからは特に何も聞いてないんだけどなぁ。」
内容はこうだ。
扉から大体の話は聞いている。
だが、まだお前は卵だ、変に調子に乗らず母親や先生方、ヒーロー方の言う事をきちんと聞くこと。親父としては色々心配なんだ。
まぁそういう心配とかはするりと乗り越えていくお前の事だから今度も大丈夫だと思うことにする。
初めての手紙なんで作法とかは間違っているかもしれないがその辺は大目に見てくれ。
というのを微妙に汚い字で頑張って書かれていた。
「そういや親父ってヤクザの兵隊だもんなぁ、そりゃ手紙とかは縁遠いか。」
「巡を育ててくれた人からの手紙よね、見てもいい?」
「いいよー。」
「どれどれ...あ、拝啓の字が間違ってる。」
「あ、本当だ。手紙のネタにしよ。」
「人の間違いを笑うんじゃありません。」
「いいのいいの、親父だし。母さん、封筒と便箋ある?あと切手も。」
「切手はないわね、郵便局で出しなさい。」
「はーい。」
母から便箋と封筒を受け取り返事の手紙を書く。
拝啓のところに二重線を引いておくのを忘れずに
それと、林間合宿で撮った集合写真もプリントアウトして同封しておこう。高校では友人に恵まれてるのだと安心されるために。
「影分身の術!それじゃあ配達頼むわ。」
「おうさ、でも道わかんないから財布と携帯プリーズ。」
「はいよ。」
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刑務所内、巡の養父である財前小指は手紙を受け取ってこう思った。
「巡の奴、わざわざ二重線で拝啓を強調しやがって...誰にでも間違いはあるだろうが。」
財前小指はコンピュータ機器を使いサイト運営や事務仕事をしたりしたITヤクザである。変換機能に頼った身にはそういった機器の許されていない刑務所内で手紙を書くというのは結構大変な事であったのだ。だから漢字間違いくらい許してくれよと一人思った
同封されていた写真を見る。そこには、多くのクラスメイトの中心近くで笑っている巡の姿があった。
「どいつもこいつもキャラが濃そうな連中だが、楽しそうで何よりだよ、巡。」
財前小指はその手紙と写真をそっと懐にしまった。息子からの手紙を決して無くさないように。
初の短編集回、ネタはあっても分量の足りなかったのを纏めてみました。