【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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文字数一万文字オーバー!やっちまったぜ...
とはいえこれでようやく入寮編終わり。次話からようやく仮免試験編です。


8月22日

決行の前日から、クラスの雰囲気はどこか騒がしかった。それは当然の事だ、なぜなら皆が世話になっている我らが委員長、飯田天哉の誕生日が明日の8月22日に迫っているからだ。

 

クラスの皆でサプライズパーティーをしよう!と誰が言うまでもなく決まった。飯田のいない中でのなかなかまとまらない話し合いの結果、企画立案は何だかんだとお祭り好きな葉隠や上鳴、瀬呂といった連中。ケーキ担当は安定の砂藤力道。飾り付け準備は八百万や麗日などの女子組を筆頭にした残りのメンバー。そして飯田天哉撹乱係にはこの団扇巡が指名された。サプライズのために最悪催眠使ってでもなんとかしろとの企画班の命令であった。友人に催眠を使いたくはないので本気で頑張ろう。

 

だが、そんなクラスの用事とは裏腹に、必殺技習得のための圧縮訓練は佳境に入ってきていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エクトプラズム先生は3人、こちらも影分身の最大数である3人。

多人数対多人数での組手を行う。正直チャクラ不足で体が重いがこれも鍛錬だ。

 

「「「行クゾ!」」」

「「「はい!」」」

 

戦闘開始だ。連携では向こうに分がある、各個撃破が最適解だ。

 

まずは先制の左ジャブでエクトプラズム先生の動きを見る。写輪眼で見るに、エクトプラズム先生はジャブを蹴りで払って、その回転の力でもう一発蹴りを叩き込む算段のようだ。だがそうはさせない。左腕の蹴りの当たる部分にチャクラを集中し、インパクトの瞬間から吸着を発動。足の動きを止めて隙を作ろうとする。

だがエクトプラズム先生も歴戦のヒーロー、吸着ができると知られている以上この動きは奇襲にならない。吸着した足を軸足にして空中に飛び上がり、かかと落としを放ってきた。

 

咄嗟に左腕の吸着を解除してクロスアームブロックでかかと落としを防御。エクトプラズム先生は敵前で空中にいる事の危険性をわかっているため即座に離れようとする。だがブロックした両腕に足を吸着させる事でその離脱を封じ、チャクラコントロールを足、腰、腕と流動させてエクトプラズム先生を力尽くで上に大きく投げる。

 

そして上空へと移動術を使用し、エクトプラズム先生を下からさらに上に蹴り飛ばす。インパクトの瞬間に足からチャクラを放出するのはもはや慣れたものだ。

落下の勢いと蹴りの勢いに挟まれたエクトプラズム先生はダメージにより消滅した。

 

これで1人。かかった時間はそう長くない、足止めに専念していた影分身たちの様子を見る。どうやらエクトプラズム先生の連携に苦戦しているようだ。

 

着地と同時に移動術、エクトプラズム先生に不意打ちをかける。だが、分身と感覚を共有しているエクトプラズム先生は1人が倒され俺がフリーになった事に気付いていた。そのため、2人の分身を1人が足止めし、もう1人が移動術で奇襲への対応としてカウンターを仕掛けてきた。

 

移動術の最中とはいえ写輪眼にはそのカウンターは見えている。首を狙った上段蹴りだ。エクトプラズム先生も移動術のスピードに慣れたという事だろう。流石プロヒーローだ。

 

とはいえ、エクトプラズム先生のアドバイスによりほぼ水平移動を可能としたこの移動術、足を伸ばせば地面に対して足が届く。両足を地につけて吸着、蹴りを寸前で回避する。その後、吸着のチャクラをそのまま利用した弱い移動術で距離を詰めて桜花衝を叩き込む。

チャクラの大量消費で疲れていても、いや疲れているからこそチャクラを無駄なく拳に集中させることができた。

 

「桜花衝!」

 

つまり桜花衝は相変わらずの殺人拳である。相手がエクトプラズム先生で本当に良かった...

 

桜花衝のダメージによりエクトプラズム先生は消滅する。これで残り1人。こちらは3人あとはリンチだ。囲んで叩けば勝てるだろう。

 

だが、少しチャクラを使いすぎた。これまでのようなチャクラをふんだんに使った戦闘は出来ないだろう。だが大丈夫、あとの戦闘は影分身がやってくれるのだから。

 

「あと1人、行くぞ!」

「「応!」」

 

分身たちとアイコンタクト。三方に分かれて囲んでエクトプラズム先生を叩く、同時攻撃だ。

 

「理想的ナ連携ダナ。」

「ありがとうございます!」

 

初撃の俺の攻撃を難なく躱し、追撃の分身による移動術からの桜花衝を蹴りでいなした。だが、3人目の分身によるかかと落としは回避しきれなかったようだ。

 

「痛天脚!」

 

エクトプラズム先生の脳天にかかと落としが決まる。その衝撃が地面へと伝わり、ステージにヒビが入った。足技だろうと相変わらずの殺人拳である。

 

影分身を解除しチャクラを補給。これでチャクラ不足のだるさは治った。エクトプラズム先生の分身が再び現れる、今回の戦闘訓練の講評だ。

 

「ウム、移動術ハ完全二マスターシタナ。見事ダ。」

「ありがとうございます、まぁ桜花衝も新技の痛天脚も相変わらずですけどね。」

「ソコハ要改善ダガ、最悪移動術ノミデの戦イデモ構ワヌ。高速移動カラノ体術ヲ初見デ見切レル者ハソウハイマイ。」

 

見切られるフラグですね、と内心思う。

 

「さて、それじゃあいつも通り桜花衝の調整訓練お願いします!」

「ウム。セメントス、ターゲットヲ頼ム。」

「あいよー。」

 

地面から生えてくるいくつものターゲット。今日こそは桜花衝の調整をモノにしたいものだ。

 

影分身を使って桜花衝を使う自分自身を写輪眼で観察させる。

 

まずは全身にチャクラを巡らせたフルカウル状態からの桜花衝。チャクラの放出量が足りずに大した破壊力にはならない。これは以前試した通りだ。

 

次に上半身にチャクラを集中させての桜花衝。この時点で分身が「ああ、こういう事だったのか」と納得した顔をした。

 

案の定ターゲットは粉々に砕け散った。

 

影分身が解除され、写輪眼で見た経験が流れ込んでくる。

分身の経験は、上半身に留めておいた筈のチャクラが、拳を握るのと同時に流れて拳へと集中し、結果的に一点集中したときと同じチャクラ量が拳に集まっていたという事を俺に教えてくれた。

 

「難しいな...そんなに恐れているつもりはなかったんだけど、本当にチャクラコントロールが乱れてる...いや出来過ぎているのか。」

 

拳を握る事、拳を振るう事に慣れすぎてしまっている。

何かを傷つける事に躊躇いがなくなっている。

 

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。だっけかな。」

 

強大な力を手に入れた俺はいつからか、拳に優しさを込める事を忘れていた。そういう事なのだろうか。

 

握った拳を見ながらそんな事を考えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、飯田が学校に早くに行った後、サプライズパーティーの段取りを決める事となっていた。その会議には影分身での参加となるため、自分は飯田天哉撹乱作戦へと移る。まずは朝食の場だ。

 

「おはよう飯田、朝飯食おうぜー。」

「団扇くん、朝のロードワークは良いのか?」

「ちょっと早起きしちまってな、パパパッと終わらせてきた。」

「ふむ、それならご相伴に預かろう。食事は皆で食べた方が美味いからな!」

 

そう言った飯田と共に、食堂にすでに配膳されているランチラッシュ先生作の朝食をよそう。和食と洋食を選べるが、ランチラッシュの作った米の美味さから実質和食一択なので、ご飯を他人を気にしないでよそえる朝早起きする連中はちょっとだけ得をしている。そんな隠れたシステムがこの朝食にはあった。

今日は飯田と共に一番乗りなので和食を食べる事ができる。やったぜ。

 

味噌汁をよそったあたりで、障子、口田、常闇、八百万、耳郎などがやってくる。女子組は準備で頑張っていた訳なのだから当然といえば当然だが、皆眠そうだ。

 

八百万と耳郎は、俺と飯田の前の席に座った。お前ら自然に座ってきたな、まさか飯田は隠れプレイボーイだったのかッ!と馬鹿な事を考えながらも箸を進める。今日もご飯が美味しい。

すると八百万と耳郎は、二人揃った綺麗なタイミングであくびをした。

 

「どうしたんだ、寝不足か?」

「うん...昨日ちょっとね。」

「昨日?何かあったのか?」

 

朝食の場からいきなりのピンチである。だがそこをフォローするのが撹乱係の役割だ。

 

「飯田、女子のプライベートに土足で踏み込むのは感心しないぜ?男の俺らには分からん秘密が女子にはあるもんさ。」

「む、確かにそうだな。八百万くん、耳郎くん、軽率に話を聞いてしてしまい悪かった。」

 

2人はどこかバツの悪そうな顔をしながら

 

「いいよ全然、団扇の言うような秘密って訳じゃないから。ただ音楽聞いてただけだから。」

「ええ、私も少し読書に熱中してしまっただけです。団扇さんの言うような秘密なんかではありませんわ。」

 

と返してきた。

 

飯田に耳打ちで

 

「こういう誤魔化しに騙されてやるのが男の甲斐性って奴らしいぜ?」

 

と呟くのは忘れない。飯田は、「ム、そういうものなのか。」と納得してくれた。

 

「...そうか、それなら仕方ないな!とはいえ眠そうなままでは授業に支障をきたしかねない、朝食を食べ終わったら仮眠を取るのはどうだろうか!」

「そうですわね...5分程度の睡眠でも眠気は取れるという話ですし、試してみますわ。」

 

と八百万が言ったあたりで話は終わった。

 

その後食事を食べ終わった自分と飯田は一足早く教室へと向かった。

食堂に影分身をこっそり残しておくのは忘れずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「朝の教室掃除を自主的に毎日やってるとか、お前本当に学級委員長だよな。」

「ム、それは褒めてくれているのか?」

「褒めてるに決まってるだろ、なかなかできる事じゃないよ。」

「とはいえ今日は楽をさせて貰ってるがな、団扇くんのお陰で。」

「ハハハ、褒めてもMAXコーヒーくらいしか出せるものはないぞ?」

「あの甘いコーヒーは出るのか...」

 

教室の掃除をしながら飯田と駄弁る。

今日初めて手伝う事が出来たが、この委員長は毎朝学校に早く来て教室の掃除をし、机と椅子を綺麗に並べ直すという事をやっていたのだ。その真面目さ加減にはほとほと頭が下がる思いである。

 

「さて!団扇くんのお陰で今日の掃除は早く終わった。僕は自習をするが団扇くんはどうする?」

「俺も自習とするわ。分かんない所があったら聞いていいぜ?」

「ああ、そうさせてもらおう。」

 

そうして自習を始める俺と飯田。たまに飯田から質問があったりしたが平和な自習時間だった。

飯田が、皆が誰も来ていない事に気付くまではだが。

 

「団扇くん、皆が遅くはないか?」

「寮生活も慣れて来てちょっと気が緩んだんだろ。でも遅刻はまずいからちょっと影分身に様子見させてくるわ。」

 

影分身を使用し、廊下へと向かわせる。そして飯田の目から外れた瞬間に影分身を解除。これで今寮で作戦会議をしている影分身に情報が届くはずだ。

 

それから少しして影分身の経験が流れ込んでくる。その少し後に廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。時計を見ると時間は始業3分前だ。どうやら皆はギリギリ間に合ったようだ。

 

「朝から全力ダッシュはキツイって...」

「お疲れー。大変だったな、奴が現れるなんて。」

 

そう言って皆に目を合わせ、写輪眼で単語のみをイメージとして伝える。

 

葉隠が咄嗟に話を合わせてくれた。

 

「そう、もうびっくりだったよー。台所でカサカサカサって音がしてなにかなーって見てみたらいたんだもん!怖かったー。」

「葉隠くん、奴とは何だ?もしや(ヴィラン)が⁉︎」

「あー、違う違う。台所とかでカサカサ動く奴つったら黒光りする奴しかいないだろ。GだよG。」

「G...ああ、ゴキぶっ」

 

背後から飯田の口を閉じる。口に出させたら反応でボロが出かねん。

 

「馬鹿おまえ奴の名を口に出すな、思い出させちまうだろ。」

「...ム、確かにそうだ。配慮が足りなかったな、すまない皆!だがそうもうすぐ始業だ、席につきたまえ!」

 

「はーい」と皆の声が揃う。流石の委員長だ。

 

「おはよー」と緑谷と焦凍が挨拶してきた。

 

「おはよう2人とも、朝から大変だったな。」

「へっ、いやあそんなこと...ねっ轟くん!」

「...まあな。」

 

微妙にズレた2人の回答。あれ、またピンチか?

と、思ったが飯田は特に気にする事はなく2人を席に送っていった。

 

そして皆が席に着く。だが俺の前の席の麗日が寝癖がついたままだった。

 

「麗日くん!寝癖がついているぞ。」

「へっ?うわ、ほんと?昨日遅かったからなぁ...」

 

慌てて手櫛で髪を直しながら言う麗日に、飯田はどこか引っかかったようだった。

 

「何をしていたんだ?」

 

さて、言葉に詰まる麗日をサポートするのが撹乱係のお仕事だ。

 

「お前寮生活でたるみ...わかったわかった何も言うな席につけ。」

「団扇くん、何か変な納得してない?」

 

そう言って麗日が席に着いた瞬間に狙ったように相澤先生はやってきた。流石の時間ぴったりだ。皆は瞬時に静まり返り姿勢を正す。

 

一限終わりの休み時間に、飯田がこっそりと自分に耳打ちしてきた。なのでこっそりと耳打ちで返す。

 

「団扇くん、麗日くんの寝癖に納得していたのは何故だ?僕には理由がわからなかったのだが。」

「一番後ろの席だから俺には皆の様子が見える。耳郎と八百万だけでなく今日の一限、女子は皆眠そうにしていた。つまり...これは、女子の秘密のパジャマパーティーが行われていたという証拠かもしれない!」

 

一限の時間を使って麗日と話を合わせた設定をさも自分の推理のように披露する。

だが飯田はなんと⁉︎と驚いていた。

 

「だが、何故僕ら男子に秘密にするのだ?」

「秘密のパーティーってのはそういうもんなんだろ。きっと男子に言えないあんなことやこんな事を言っていたから後ろめたいのさ。だが麗日に言及したりするなよ?良い男ってのは女子の秘密を受け入れてやるものさ。」

「ム、そういうものなのか。わかった。ありがとう団扇くん。」

「...礼を言われる事じゃないさ。」

 

これはガチ。ごめん飯田、俺はお前の純情さを利用している。なのでかなり心が痛い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あっというまに四限も終わり昼食の時間となった。今日の訓練は午後からだ、

飯田、緑谷、焦凍のいつものメンバーで食堂に行く。食堂は今日も大混雑だ。

 

「しかし、寮生活が始まってランチラッシュ先生は大忙しだろうな。」

「ああ、ランチどころじゃねぇな。」

「そうなるとヒーロー名、改名したりするのかな?オールタイムラッシュ先生とか。」

「オールタイムでラッシュとか悪夢だろ。ちゃんと休めているのか不安にしかならないぞ。」

「確かに。」

「まぁ、そもそも簡単に改名できねぇだろうけどな。」

 

そんな会話の後に注文を受け取る。メニューは豊富にあるのだが、皆はなんだかんだと好きな物に落ち着いている。緑谷ならカツ丼、飯田ならビーフシチュー、焦凍ならせいろそばだ。ちなみに俺はとろろ定食ご飯大盛りだ、この食堂の安いメニューをいろいろ食べた結果、もっともコストパフォーマンスが良いと思うメニューであった。大盛り無料はいい文明だ。

 

そうして食堂の席に着く。すると砂藤がやってきた。

「なぁ、俺も一緒にいいか?」

「も...」

「もちろん!ね、飯田くん!」

「ああ...」

 

飯田が答える前に緑谷が食い気味に答えた。そういう所から違和感は持たれるんだがなぁ。

 

皆で話しながら食事を進める。飯田は早起きな上に潔癖な所があるので、脱衣所の散らかりをなんとかしたいと思ったそうだ。

 

それを皆であーでもないこーでもないと話し合っていると、砂藤が改まったように「そ、そういえばよー」と飯田に向かって口を開いた。嘘がつけない奴がまた1人見つかった。このクラスいい奴が多すぎて自分が汚れているんじゃないかと思えてくる。いや、前科的には汚れているんだけどね。

 

「飯田って食べられないものってあんのか...?」

「嫌いな食べ物ということか?いや、好き嫌いは特にないが。」

「...それじゃあアレルギーとかは?」

「いいや、そういうのも特にない。」

「そうか!よかったぜ!」

 

満面の笑みを浮かべた砂藤につられて皆笑顔になる。飯田の次の言葉で嘘のつけない緑谷と砂藤は固まった訳なのだが。

 

「ああ、ありがとう!ところでなんでそんな事を訊くんだい?」

 

さぁ撹乱係のお仕事だ、ボロが出る前に誤魔化そう。

 

「そんなもん決まってるだろ、砂藤だぞ?1-Aの誇る名パティシエの砂藤だぞ?」

「ム、確かにそうだ。砂藤くんの作ったスイーツをアレルギーが原因で食べられないというのはとても残念な事だからな。そんな事が起こらないように事前に調査しているという訳か。成る程、理解したぞ。」

「あ、ああ。その通りだぜ飯田。」

 

その後、特に問題はなく食事を終える事ができた。さぁ午後からは訓練だ、気合い入れていこう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、ダメだ。詰んだ。」

 

今日の訓練は駄目駄目だった。桜花衝の特訓は言わずもがな、ついに切島が怪我をしたというのでようやく他人に試す事が出来た掌仙術に新たな問題が発生したのだ。

 

「チャクラの調律と放出を両立できねぇ...自分に使うときは何となくで行けたのに何でだ?」

 

写輪眼で切島の身体エネルギーを見る、できる。

印を結んでその身体エネルギーの色にチャクラを調律する、できる。

その調律したエネルギーを患部に流し込もうとする、すると調律した筈のチャクラの色が徐々に元の色に戻ってしまうのだ。その結果、当然のように掌仙術は失敗に終わった。

 

何故だという言葉が止まらない。本気で師匠が欲しいと思ったのは初めてかもしれない。

 

だが、とりあえず切り替えよう。今日は飯田を楽しませる為のサプライズパーティーを成功させる為の撹乱作戦をしっかり行わなくてはならない。最後の役割、飾り付けを終わらせるまでの時間稼ぎを自分が行わなければ皆の頑張りは水泡に帰す訳なのだから。

 

まぁ、決行が迫るにつれて皆が静かになって行く様で何か勘付かれたかも知れないが。なにせ夕食を食べたときのぎこちなさは知っている自分であるからこそ笑いを堪えるので必死だったのだから。皆嘘が苦手だなぁ、としみじみ思う。

 

そんな訳で夕食を終えて少ししたあと、影分身を残して自分は飯田の部屋へと向かった。

 

「飯田ー、今大丈夫か?」

「団扇くん?構わない、入ってくれ。」

 

飯田の部屋へと入る。眼鏡が多くある以外は特におかしい所はない。いつもの飯田の部屋だ。

 

「今暇だったか?」

「ああ、今から黎明期ヒーローの本を読み返そうか迷っていた所だ。特に予定などはないぞ。」

「あーよかった。飯田、ちょっと新技練習の為のモルモットになってくれないか?」

「は?」

 

ポカンと口を開くその顔が少し間抜けで、ついついクスリと笑ってしまった。

 

「俺の新技、掌仙術。つまり治療の技だよ。」

「ああ、今日切島くんに使おうとしていた技だな。構わない、俺でよければ練習台になろう。」

「ありがとよ。それじゃあ腕出してくれ、チクっとさせて貰うわ。」

 

画鋲で飯田の腕に小さな傷を付ける。修行の始まりだ。

 

印を結んでチャクラの調律、飯田の身体エネルギーの色に合わせ、そのままチャクラを傷口の細胞ひとつひとつに流し込む。

イメージはできている。後は集中力の問題だろう。

 

「おお!傷が塞がった、成功だぞ団扇くん!」

「...ふぅ、とりあえず他人の傷を治せないってわけじゃないのはわかったわ。ありがとう。」

「この程度の協力なら構わない。いつでも言ってくれ。」

「おう、それじゃあ今度はもうちょっと深く刺すな。」

「...お手柔らかに頼む。」

 

そう言って再び画鋲で飯田の腕に傷を付ける。今度は気持ちもう少し深く刺した。

 

「このチクっとする痛みは注射を思い出すな。」

「あー、確かに。飯田って注射とか苦手なタイプ?」

「いいや、特に苦手ではないな。」

「それは良かった。」

 

印を結んでチャクラを調律、チャクラを体内に流し込んで細胞を活性化させる。ここまでは良い。が、集中が切れてきたのか傷を治しきるまでに調律がブレてしまった。

 

「痛っ⁉︎」

「すまん!」

 

咄嗟に掌仙術を中断する。調律が乱れたチャクラは傷ついた細胞に対してダメージを与えてしまう。今日切島に対して初めて失敗したことにより気付いた事実である。これがあるから集中が必要なのだ。まさに針の穴を通すようなチャクラコントロールが必要だということである。

 

「大丈夫か?飯田。」

「ああ、予想外の痛みで取り乱してしまっただけだ。今考えると。大した痛みではなかった。」

「...そうか、すまない飯田、集中を切らさないように気を付けていたんだが。」

「構わない、実際傷は殆ど治っている以上、最後の詰めを誤ってしまったということだろう?練習にはこういった失敗もつきものだ。気にはしていない。」

「ありがとな、飯田。」

 

そういって残り少しの傷に対して掌仙術を使う。今度は集中を切らさず治しきる事が出来た。

 

「すまん、集中が持たん。ちょっと休憩入れさせてくれ。」

「ああ、コーヒーでも飲むか?」

「フフフ、持参してるのさ!MAXコーヒーを!コップあるか?」

「ああ...しかしあの甘いコーヒーか、虫歯にならないだろうか。」

「ちゃんと歯磨きすればへーきへーき。」

 

MAXコーヒーで一服、修行の小休止だ。

 

さて、こんな時間は滅多にないのでちょっと深いことを聞いてみよう。生まれつき力を持っていた飯田のような男がどんな事を考えていたのかを。

 

「なぁ、飯田。」

「どうしたんだ?団扇くん。」

「お前さ、生まれつき人を殺せる大きな力を持っていて、そのことについて何か考えた事はあるか?」

「どうしたんだ突然?」

「俺さ、この新しい個性のお陰で色々できるようになった。鍛えた体しかなかったあの頃と違って、今なら飯田のギア低い所とならスピード勝負できるくらいには個性を鍛えた。」

 

飯田は、黙って聞いてくれた。

 

「でもさ、俺は降って湧いたこの力についてのこととかを何も考えていなかったんだ。今までの催眠は人を狂わせる力であっても、殺す力じゃなかったからな。だから聞きたいんだ、他人の考えを。俺がどうこの力と向き合っていくかを決めるために。」

 

少しの間考えたあと、飯田は答えてくれた。飯田の答えを。

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。コミックの言葉らしいが昔のヒーローたちが良く口にした言葉だ。俺は、個性に対してはその考えが一番適していると思う。」

「責任か...」

 

親愛なる隣人、スパイダーマンに出てくる言葉である。スーパーパワーを持つ事になってしまった主人公にかけられた言葉だ。

 

「そんな事考えたことなかったわ。」

「いいや、団扇くんはしっかりと責任について考えている。でなければ技の威力の調整にこんなに頭を悩ませることはない筈だ。」

「そうかね...」

「僕だって足を振るうときに考えるさ、この蹴りが命を奪ってしまうかもしれないと。だがそれで良いのさ。その躊躇いはヒーローとして無くしてはならない大切なものだと僕は思う。」

 

言葉を返せなかった。その躊躇いを俺はなくしかけていたのだから。

 

「取り戻せるかな、その躊躇いを。」

「取り戻せるさ、皆に優しくあり続けた君なら、力を得てもそれを誰かを助ける為に使おうと努力している君なら、拳を振るう相手にもその優しさを与える事ができる。少なくとも僕はそう信じている。」

 

その言葉の強さに、そうであれたらいいなと、そうありたいなと思った。この真面目な友人の言葉に応えたいと、そう思えた。

 

その時、影分身の経験が流れ込んでくる。準備OKだと。

 

「さて、それじゃあ俺は戻るわ。お前に言われた事をちゃんと考えたいしな。」

「ああ、わかった。おやすみ、団扇くん。」

 

後ろ手に手を振って部屋から出て行く。

 

さて、パーティの仕上げを手伝いに行こう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日のサプライズパーティは実に見事に成功した。

停電を装った後に麗日の悲鳴による飯田の誘導。

そしてライトアップからのクラッカーをパーンしての「お誕生日おめでとう!」。飯田の一瞬ポカンとした顔はしばらく笑い草になるだろう。

尚、ハッピーバースデーの歌と共に現れた砂藤力道渾身のオレンジケーキは皆に大好評だった。

 

そんなパーティも終わり、俺と飯田は一緒に風呂に入っていた。

 

「凄いな皆は、サプライズパーティを計画していたなんて全く気付かなかったよ。」

「そりゃあな、今日は常にお前に張り付いて気付かれないようにしてたからな。それでも思い返すと今日は違和感だらけだっただろ?」

 

「...確かに⁉︎」と驚かれた。こっちでもサプライズ成功である。

 

「まさか今日は団扇くんに欺かれ続けていたのか僕は⁉︎」

「ちなみに嘘は一つも言ってないぞ。」

「確かにそうだ⁉︎...凄い詐術だな団扇くん。」

「いやー、隠し事の多い人生だったからな。物事をバレないようにするってのは慣れたもんなんだよ。ヒーロー志望としては悲しい事だけどさ。」

「いいや、ヒーローとして活動するにあたって(ヴィラン)を欺く詐術は必要になるだろう。団扇くんのそれは長所になりうる美点だと僕は思う。」

「...ありがとよ、飯田。」

「気にするな、友人の長所を言っているだけだからな。」

「それでもありがとう、今日一日の罪悪感が綺麗さっぱり落ちた気分だ。」

「それなら、どういたしまして、だな。」

 

騒がしかったその日はそんな会話とともに終わりを迎えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深夜、飯田に言われた事を考えていた。

大いなる力には大いなる責任が伴う。それを俺はまっとう出来ていない。今のままでは駄目だ。友人が信じてくれたようなヒーローになりたいと思うなら。自分の夢見る「助けて」を叫べない誰かに手を差し伸べられるヒーローになる為には。

(ヴィラン)とて、「助けて」を叫べない誰かの1人なのだから。

そう思い、自分の握った拳を見る。その拳を開くと、足りなかったものが何となく見えた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「桜花衝!」

 

その一撃は、ターゲットに大きなダメージを入れつつも砕ききったりはしなかった。

 

「ヨウヤクモノニシタナ。」

「はい。今までの俺に足りなかったモノは思いだったんです。たとえ凶悪な(ヴィラン)であろうと殺さないで捕まえるという思いが。だからその覚悟を形にしたのが、俺の新しい桜花衝です。」

「トハイエ、一度デハマグレカモシレヌナ。サァ、次ノターゲットダ。」

「はい!」

 

ターゲットを見据える。そして拳を()()()()

これが、俺の見つけた覚悟の形だ。

 

「桜花衝!」

 

開いたその手に殺さない為の技の感覚が残る。

俺はこの日、ついに桜花衝の調整をモノにした。




桜花衝(掌)習得!
残虐ファイター脱却のための第一歩です。

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